あったかいくうき

4年2組の教室はきょうも平和。

ホームルームが終わったあとは、いつもの通りのおしゃべりタイム。でも、わたしはなんかその気になれなかった。

きょうはお仕事もないから、ママがむかえに来ることもない。だけど急いで帰る、っていう気分でもないし‥‥

だから、わたしは席にすわったまま、なんとなく窓のそとをぼおっ、とながめていた。

「あれ、おんぷちゃんどうしたの?きょうはお仕事ないんだっけ?」

目の前におだんごがふたつ飛び出してきた。もちろん、どれみちゃんだ。

「え?あ、うん」

そっか。あたりまえだわ。教室にのこってたら、みんなが声かけてくるんだっけ。

「おんぷちゃん、きょうちょっと変ね。なにかあったの?」

大きな丸メガネ。心配そうなはづきちゃんの顔。

‥‥そうよね、ここでゆっくりできるわけないじゃない。

わたしは軽く息をすってから、にっこりと笑顔をつくってみせた。

「ううん、別に。なんでもないわよ」

笑顔でいられるうちに、わたしは机のなかのものをカバンにつめこんで、そのまま立ち上がった。

「あ、おんぷちゃん待ってよ。MAHO堂行くならいっしょに‥‥」

MAHO堂かぁ。ハナちゃんに会うのはいいんだけど‥‥

そんなことをぼんやり考えながら、わたしが教室の扉をあけたちょうどそのとき、うしろから元気な声がひびいてきた。

「おんぷちゃんおまちどうさん。いや〜ごめんな〜遅うなって」

振り返ったあたしの肩を、あいちゃんがぽんぽん、とたたいていた。

「おまちどうさま、って‥‥あいちゃん、おんぷちゃんと約束してたの?」

「そや、どれみちゃん、はづきちゃん。悪いけど、あたしおんぷちゃんと行くとこあってん」

「ええっ!?どこどこ?どこいくの?」

どれみちゃんの目がかがやいてる。そんなこと、わたしに聞かれてもこまるんだけど‥‥

って、口を開こうとしたところにあいちゃんが割りこんできた。

「ないしょやて。へへ、うらやましぃやろ〜」

「べ、別にうらやましくなんかないよ〜だ」

口ではそう言うけど、ぷっくりふくらませたほっぺは『うらやましい』って言ってる。おもいっきり。

「それじゃ、私たちはMAHO堂に行っているから‥‥さ、どれみちゃん、行きましょ」

そう言いながら、はづきちゃんがどれみちゃんのうでを引っぱって行った。

肩にはいつのまにか、ふたり分のランドセルを持ってる。

「あたしらも時間あったらあとで行くよって。ほなおんぷちゃん、そろそろ行こか」

わたしもあいちゃんに引っぱられるまま、歩いていった。

まぁ、いいか。このまま教室にいるより、うるさくなさそうだし。

教室を出ていくとき、はづきちゃんがウィンクしてるのがちらっと見えた。

あいちゃんがにが笑いしながら、顔の前で手を合わせてる。『ごめん!』っていうみたいに。

わたしはそれを見ながら、夜になったらハナちゃんの世話をしてあげよう、と思った。

みんなが帰ったら‥‥ね。

「で、なんで屋上なの?」

あいちゃんに引っぱられて、ついたとこは屋上のとびら。

よいしょっ、ととびらを開けたあいちゃんは、給水塔のうらっかわへ歩いてく。

わたしがついてきてるのを横目でちらっ、と見てから、

「あたしな、こないだ空から学校見てて、ええ場所見つけたんや」

そう言ってパイプのすき間に入っていった。

「せまいから気ぃつけてなー」なんて言葉を受けながら、わたしもそれについていってみた。

誰かつれて来たかったのかな?

わたしだけさそう、っていうのはわかるような気もする。

言ったらかわいそうだけど、こんなせまいところ、はづきちゃんはさそいにくいし‥‥

「入り口からは見えにくいんやけど、このおくがけっこ広おて‥‥ほぉら!!」

せまい道をやっと抜けたら、目の前がなかった。

へぇ、屋根の上に出ちゃうんだ。

「そんでな」

あいちゃん、あんまりかたむいてない屋根にごろん、と転がって

「こうすると、ほら、目のまえぜ〜んぶ空なんや」

言われてわたしも転がってみた。ほんとだ。大きなそら。

わたがしみたいな大きなくもが、目の前をゆっくり歩いていく。

あいちゃんはこれが見せたかったのかしら?

小さなくもがちぎれてくのをぼぉっ、とながめてたら、

「かんにんなー、おんぷちゃん」

「え?」

いきなりそう言われて、わたしはちょっとびっくりした。

「わかってる思うけど、どれみちゃんもはづきちゃんも、おんぷちゃんのこと本当に心配してるねん」

「‥‥」

なんだ。やっぱりただ元気づけようとしてただけなんだ。

あたしはちょっとがっかりした。あいちゃんならわかってくれそうな気がしてたのに‥‥

でも、それからあいちゃんはずっと、何も話さなかった。

そらを見ながら、ぼーっとしてた。

わたしはわけがわからなくって、つい聞いてみた。

「なにもしゃべらないの?」

そしたら、あいちゃんがぽつん、と言った。

「大親友かて、言いたないことあるやん」

「‥‥!?」

わたしは思わず起き上がって、あいちゃんの顔をのぞき込んだ。

でもその目はさっきと同じ、くもの方をぼぉっ、と見てるだけだった。

「せやけど、だれかとなりにいて欲しいやん」

「‥‥」

目の前が、すこしだけぼんやりかすんできた。

わたしはまた横になって、あいちゃんに見えないように目のあたりをふき取ってから、大きく息をすった。

「‥‥それって、くうきみたいね?」

「くうきでええねん。あたしがそんな、ベタベタしたら気持ちわるいやんかー」

あいちゃんのほっぺがちょっと赤いのは、あったかいお日さまのせいじゃない。きっと。

「ふぁ‥‥なんやぽかぽかして、ほんとねむたなってきてん‥‥」

あいちゃんはまるくなりながら、わたしに半分せなか向けた。

「おんぷちゃん―――?」

「うん?」

ちいさくて、でもとってもあったかそうなせなかに、わたしはうなづいた。

「あしたは、笑おなー」

「‥‥うん」

あとは、ゆっくりとした息の音が聞こえるだけ。

わたしはなんとなくその音にあわせて息をしてみた。

‥‥いつのまにか、体がらくになっていった。

「おっはよ〜!」

朝の教室はあいさつでいっぱい。

「みんな、おはよう」

わたしは席にカバンを置きながら、どれみちゃんたちにあいさつした。

「おんぷちゃん、きょうは元気みたいね」

はづきちゃんが笑顔で声をかけてきた。

「え?うん。心配させちゃってごめんね」

「そうそう、おんぷちゃん。昨日あいちゃんとどこ行ってたの?
あいちゃんは、ぜ〜んぜん教えてくれないしさ、きょうになったらおんぷちゃん元気になってるし‥‥
あ、ひょっとして、何か食べに行ってたとか??」

いまにもよだれをたらしちゃいそうな、どれみちゃんの顔。わたしは思わず笑いながら、軽く首をふった。

「ううん。ただ、くうきを思いっきりすっただけよ」

「え!?」

きょとん、としてるふたりを見ながら、わたしはこっそり口に出してみた。

「あったかい‥‥くうきだよね」

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