へいわななつに

 梅雨が明けたと思ったら、もう7月もなかば過ぎ。明日は終業式なんて、早いわねぇ。

 カレンダーを見ながら、思わずため息ついてしまう。齢を重ねると時のたつのが早い、なんていうけれど、それじゃ一年が一瞬で過ぎちゃうわね。わたしたちの場合は。

 時計を横目で見たら、まだ5時すぎ。ちょっと早いかもしれないけど‥‥わたしはお化粧しなくていいのだから、これくらいは、ね。

 クローゼットを開けると、今日の服がかかってる。薄いピンクのブラウスに薄青のスカート、それといつもの白衣。中身はそれだけ。自分で用意するからいい、って言っているのにね。まぁ、もうしばらくは慣れないのかしら。

 着替えて鏡に映したわたしの姿は、いつもの通りの清潔第一。よし。じゃ、行きましょうか。


 扉をちょこっ、と開けてまわりを確かめて。それから、わたしは表に出た。目の前には薬棚。振り返ると保健室のロッカー。ぱたん、と閉めれば、いつもどおり。美空小学校の保健室。

 窓にかかっている、白くて厚いカーテンを開けると、キラキラした光が降り注いできた。

 ――あっつい。まだ6時なのに。

 長く住んでいる好きな町だけど、この季節だけは里帰りしたくなるわぁ。

 保健室の先生が、スカートでバサバサあおぐわけにもいかないものねぇ。やっぱり。


 エアコンの除湿ボタンを押すと、ちょっとだけ涼しい香りがやってくる。芳香剤はやっぱり入れておいてよかった‥‥薬の多い保健室では、あまり入れるとまずいけどね。

 生徒用の小さなベッドと、大人用の簡易ベッドを確認して、薬やシーツの数をチェックして‥‥それが終わるころには、早い先生がやってくる時間になる。

「あらぁ? ゆき先生、いつも早いですねえぇ?」

 へ〜ぇ。 珍しい人が一番になったわね。

「おはようございます、西澤先生」

「や〜だぁ。ゆ〜かですよぉ。もう、ゆき先生ったら他人行儀なんだからぁ」

 いつものことだけど、思わず苦笑いしたくなっちゃう先生ねぇ。これが彼女の後輩だ、っていうんだから、世の中ほんとにわからないわ。

「早くから登校なんて。ずいぶん、頼もしくなりましたね」

 わたしがそう言うったとたん、西澤先生、保健室のとびらにつかまってうなだれちゃった。

「もうちょっとゆっくりしたいんですけどぉ〜、生徒が来ちゃうんですぅ〜」

 あらあら。

 わたしは、がっくりしてる西澤先生の肩を起こして、冷たいタオルで首すじ拭いてあげた。これでも、彼女なりに頑張ってるんだものね。

「おっはよぉございま〜す」

 西澤先生が職員室に向かってしばらくすると、元気な声が聞こえてきたわ。

「おはよう、ぽっぷちゃん」

 どれみちゃんたちが卒業してから、ぽっぷちゃん、保健室によく来るようになったわ。わたしに気を遣って、人の少ないこんな時間とかにも。

「そういえばぽっぷちゃん、西澤先生が担任だったわね?」

 ‥‥西澤先生、これじゃ当分鍛えられるわね。

「うん。でも、ゆ〜か先生ピアノうまくないんだもん。あ〜あ、あたしも関先生がよかったな〜」

 ふふ。今でも人気あるのよね。彼女。

「しかたないわ。『自分のクラスが卒業するまでは』って言って、結婚がまんしてたんだもの」

「そーだけどさ‥‥ゆき先生も、いつかいなくなっちゃうの?」

 か〜るく言ったように見せかけてるけど、わたしにはわかるわ。体が緊張してる。わたしの答えが怖いのね。

「そうね。わたしも、ぽっぷちゃんが卒業するまでは、見ていたいかな」

 微笑んでみせたら、ぽっぷちゃん、目をつぶって、

「ずっと、ず〜っと、ここにいてほしいな。あたし」

 言った瞬間に、しまった、って顔で首を振った。笑顔がちょっと寂しそうだわ。

 普通にしてたつもりだけど、わたしも顔に出ちゃうのかしら。

「ま、まぁ関先生なみ、なんてもう言わないけど、ゆ〜か先生って頼りないんだよ。なんか、ぜんぶ」

 急いでごまかしちゃって まぁ、いいわ。話を合わせてあげましょうか。

「ん〜、そう見えるかもしれないけど‥‥他に、いいところあるわよ」

「ゆき先生、本気でそう思ってる?」

 あはは。痛いところ突くわ。でもね‥‥

「人間はね、成長するのよ。魔法がない分、いろんな経験をして。魔法がない分、いろんなことを吸収してね。西澤先生も、それができる――素晴らしいことじゃない?
 わたしはそんな姿を、魔女たちに伝えたかったの‥‥もちろん、ぽっぷちゃんの姿も、ね

「えへへ‥‥あ、も、もう行かなくっちゃ!」

 そう言って、走って出て行く後姿を見ながら、ついつい微笑んじゃうわ。

 照れくさそうに、ほっぺたをかく仕草がかわいかった。言ったら怒っちゃうかもしれないけど、お姉さんゆずり、ね

 鐘が鳴って授業が始まると、保健室はしーんと静かになる。

 聞こえるのはエアコンの音。そのむこうから微かにセミの声。さっきいれた紅茶は冷めるにまかせて、わたしは今日のお仕事メモを眺めていた。

 ほとんど、まっ白。

 美空小の保健室は、ここしばらく開店休業。わたしが暇なのはよいことかもしれないけど、子供たちに元気がないような気がして、なんだか悲しくなってしまうわ。

 はぁ。どれみちゃんたちがいたころは、盛況だったのにねぇ‥‥

「‥‥ぅきさま、ユキ様?」

 あら?

「執務中に、失礼致します」

 顔を上げたら、ロッカーの中から知った顔。

「リンじゃないの。昼間に来るなんて珍しいわね」

 マジョリンは一礼してから、ロッカーを音も立てずに閉めたわ。紺のスーツにネクタイなんか締めちゃって‥‥そりゃ『来るなら人間界の服にしなさい』って言ったのはわたしだけど、ねぇ?

「ユキ様、あの‥‥よろしいでしょうか?」

 おずおず、っていう感じの声ではっとした。いけないいけない。ついジロジロ見ちゃった。

 なにか言いたそうだけど。まず、今朝のこと言っておかないとね。

「ねぇ、リン? わたしが帰らなくなって、もうじき1年半よね」

「は。人間界ではそんなになりますか」

 両手を前で重ねて、背中ピンっ、と張って。服のせいかしら?いつもより緊張して見えるわ。

「そろそろ、わたしの世話はいいわよ」

 ぴくっ、と眉毛だけが動いてる。さすがに動じないか。でも、ひとつ深呼吸してる。これは‥‥

「お言葉ですが、今の女王様は歳若すぎまして、私達には仕事がないのです。できましたら、もうしばらくユキ様のお手伝いを‥‥」

 ほぉらきた!

「ダ・メ! もう、そんな付け足しの理由なんか言ったってしょうがないでしょ? 本当に仕事ないなんて思ってるの?」

「そ、それはもちろん。一同で協議しまして‥‥」

「その『一同』に、ハナちゃん入れた?」

「はぁ?」

 口をぽっかり開けて、目を見開いて。吹き出さないようにするの、大変だわ。‥‥でも。

「ねぇ、女王様に聞きもしないで『お仕事な〜い』なんて言わないでよ。先代のわたしが恥ずかしいじゃないの」

 リンが両手を握りしめて、わたしに近づいてきた。

「し、しかし、ハナ女王様はまだ3歳で‥‥」

 めったにやらない、わたしに抗議するときの体勢。

「だからどうしたって言うの? 彼女はこの小学校の、れっきとした卒業生なのよ?」

「私どもに、ままごとに付き合え、と言われるのですか?」

「付き合えばいいじゃないの。もし、それが本当に女王様のお望みなら、ね」

「ユキ様!」

 思い切り力を込めて、リンの目がわたしを見てるわ。

 わたしは、固くなってる両肩に手を置いて、目をじっと覗き込んだ。

「いい、リン。もいちど言うわよ? ハナちゃんは、小学校の卒業生なの。人間の心は、もう十分だいじにできるわ」

 そう、リンにわたしの世話する暇なんかないわ。

「足りないのは、魔女のことよ。普段の生活から、魔女のことを知らないといけないの‥‥それはもう、ハートやミラーが教えることじゃないわ」

 リン。ハナちゃんを、立派な新女王様に育てるのは、あなたたちなのよ‥‥

 リンは、ちょっとだけ目を伏せて、『はぁ』って一言。十分じゃないけど、少しはわかってくれたかしらね。

 そう思ってたとき、リンの背中から、また新しい声が聞こえてきた。

「役立たずで申し訳ありませんが、先代女王様」

 肩越しにロッカーを見たら、ハートとミラーが並んで立っていた。

 かける言葉に迷って、ただにこにこしていたら、ハートがひとつ、ため息ついた。

「やっぱりね。来てよかったよ」

 まぁ。昔から地獄耳だとは思っていたけど、これほどだったの?

「マジョリンだとうまく話せないんじゃないかと思ってね。なんたって、つい最近までおそば仕えしてたんだから」

「それで、ハートと私で参りました。先代女王様」

 ミラーが軽く手を振ってリンを下がらせた。

 それにしても、いまだにこの呼び名なのよね、このふたりは。

「堅苦しくって、イヤなのよね。その呼ばれ方」

「我慢願います」

 ピシャリと一言。あら、これはちょっと真面目に聞かなきゃいけないことみたいね?

「問題はなぁに?」

「はい‥‥実は、マジョリカ殿なのですが」

 ハートが言いよどむなんて、珍しいわ。そんなに大変なことなの?

「わがまま言い始めた? もう1年半だものね、そろそろとは思ってたけど‥‥」

「いえ、普通の意味でのわがままでしたら、元老院がどうとでもします」

「ですが、今回はそうはいかなくて‥‥」

 まぁ、このふたりのこんな苦い顔、久しぶりに見たわ。

「実は、銅像を作りたい、と言い出したのです」

「銅像? 自分の?」

 ふたりして首を振ってるわ。そうね。もしそうだったら、ハートの一喝でおしまいのはずだもの。

「それが‥‥どれみたちの像を作りたい、と」

 あ!

 おもわず、声が出るところだった。そっか、それは考えてなかったわ。でも、よく考えればあたり前よ。どれみちゃんたちと、いちばん長くつきあってた魔女なんだから‥‥

「内容はわかりました」

 自然に、声が硬くなる。たしかに、あきらめてもらうには、わたしが行くしかないかもしれないわ。

「それでは、わたくし‥‥」

 そこまで言って、はっ、とした。いいえ、いるじゃない。わたしよりも適任の魔女が!

「‥‥わたしに、まかせてくれない?」

 ハートとミラーの目が、細くなった。わたしの声が軽くなったのがわかったんだわ。

「大丈夫。でもね‥‥ちょっとだけ、目をつぶってね

 3人が帰ってから、わたしは手紙をしたためて、ロッカーの向こうに飛ばした。

 彼女のことだから、1時間くらいで済んじゃうかもしれないわね。帰ってきたときのために、お茶を用意してあげないと。


 薬棚の隅から取り出したティーセットを拭いてると、鐘が鳴った。そうそう、今日の授業は午前中でおしまいだから、彼女の方もそろそろ来るかしら。

「こんにちはぁ〜」

 あ、こっちが早かったわ。

「ぽっぷちゃん、待ってたわよ」

 言ったとたんにポットの沸騰チャイムが鳴って、わたしはちょっと笑っちゃったわ。ぽっぷちゃん、この部屋に愛されてるみたい。

「はい、お紅茶。今日はお昼前なんだから、おやつはなしよ?」

「は〜い。いっただっきま〜す」

 こくこく、って飲み方、いつもより幼く見えるわ。友達とか他の先生の前だとしっかりものなんだけど。甘えられちゃってるわね。

 あたしが紅茶飲んでる間、ゆき先生はロッカーの方チラチラ見てた。

 知ってるんだ、あたし。あの先は、どっか他の場所‥‥きっと、魔女界につながってるんだ、って。

「ゆき先生は、夏休みどうするの?」

 だから、こう聞けばきっと『魔女界に帰る』って言うと思ったんだ。だけど、

「わたし? わたしはいつも通り。保健室にいるわよ」

 えぇっ!?

「海とか山とか、いっぱいあるよ。ここがいやなら魔女界に里帰りとか‥‥いろんなとこ、あるじゃない」

 あたしは、あわてて言ってみた。ここにいっぱなし、なんて、おかしいよ。絶対!

「魔女界には、行けないわ」

 へ? なんで?

「新しい女王様に代わって、まだ1年半よ。ハナ女王様もマジョリカも一所懸命やってるはず。そこに、前の女王があそびにきたらどうなると思う?」

 あ、そっか。

「ブニュちゃんだもんね。ゆき女王様と比べられたら、イヤだよね‥‥」

 あ〜あ。なんだか、イヤなこと思い出しちゃった。

「わかる?」

「うん。あたしもさ、どれみお姉ちゃんによくやられたもん。ピアノだって、魔女見習いだって、あたしの方がうまいのに。みんな、お姉ちゃんの方が好きなんだよ」

 ゆき先生、にこにこ笑ってる。もう。

「ゆき先生だって」

 言っちゃってから口にふたしたけど、遅かった。ゆき先生、あたしの顔じ〜っと見て、

「わたしが、どうかしたの?」

 って、いつものやさしい声で。あたし、つい目そらしちゃった。

 しょうがないや。あたしはそのままふざけた声で、

「あ〜あ。あたしもほしかったなぁ〜。MAHO堂のカギ」

 お姉ちゃんの卒業の日、ゆき先生にもらったんだって。ず〜っとあたしに隠してるんだもん。

「そぉお?」

「魔女見習いだったのは同じはずなのに、あたしだけ仲間はずれなんだもん」

 くるっ、と背中むけたら、なんだか寒くなった。音が、きえちゃった。

「いいえ。それは違うわ」

 思わず、体がちぢまっちゃう。大きいわけじゃないのに、すごく、こわい声だよ。

 でも、そぉっと後ろ見たけど、おこった顔はしてなかった。

「仲間はずれなのは、むしろ、どれみちゃんたちの方」

 えぇっ!?

「そのうち、わたしは恨まれちゃうかもね‥‥」

 あたしは、首だけ後ろ向いたまま、動けなくなっちゃった。

「――ごめんね、変なこと言っちゃって。どれみちゃんには、ナイショよ?」

「う、うん‥‥」

 なんだか、今だけ女王様の目になってたような気がするよ。ほんのちょっとの間だけ、だけど。

「で、でもさ。別にここにいなくてもいいじゃん。行くところがわからないなら、伊豆のリリカおばあちゃんのとこでも‥‥そうだ、あたしたちといっしょに海とか、ね」

「ありがと。でもね、ここにいないと困っちゃう人がいるのよ」

 困っちゃう? なんで??

 首ひねってたら、ゆき先生の後ろから、ボンッ! ってすっごい音がした。びっくりしてそっち見たら、黒いけむりがロッカーからわいてきてる。

「な、なに、これ?」

 なんだか、足音もするよ。走ってる音。どんどん、こっちに近づいてる!?

「始めたみたい。ふふふ。久しぶりだからって、派手にやってるわねぇ

 ゆき先生がそう言いながら紅茶飲んでるところへ、ロッカーから何かがころげ出てきた!!

「せ、先代女王様! お、お助けをっっ!」

 ロッカーから真っ黒いのがころがってきて、ぶつかりそうになったけど。顔を上げたら‥‥

「えぇ? ブニュちゃん!?」

「おぉ、ぽっぷか。久しぶ‥‥いや、そんなことを言っている場合じゃないわい。先代女王様ぁ〜!」

 ゆき先生は、机の前で紅茶飲んでる。さっきと同じ、へーきな顔で。

「あら、わたしに頼むなんてお門違いじゃない? そういうことは、今の女王様にお願いしないと」

「ハナ女王様は手を叩いて喜んでるだけですっ!!」

 え? え? いったい、なにがどうなってんの?

 ブニュちゃんとゆき先生の間でおろおろしてたら、また別の声が聞こえてきた。

「マジョリカちゃん。どこに逃げても無駄ですよ」

「ひ、ひいぃぃっ!!」

 聞いたことのある声といっしょに、ロッカーの中から、白いものが出てきた。

 あたし、この服見たことあるよ。どれみお姉ちゃんが着てた、白くてふわっていう感じの、花びらみたいなスカート。あたしも着たかったから、よく覚えてる。

 でも、いま着てるのって、着てるのって‥‥!

「リ、リリカおばあちゃん!? それ、パトレーヌの服じゃ‥‥?」

「まぁ、ぽっぷちゃん。久しぶりねぇ

 間違いじゃ、なかった。やさしい声も、あったかい笑顔も、ほんとに、本物のリリカおばあちゃん‥‥

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆきせんせぇ? これって、いったい‥‥??」

「あら、言ってなかったかしら? マジョリリカは元ロイヤルパトレーヌ――とっても強いひとよ」

「うっそぉ〜っ!?」

 ブニュちゃんが、目の前から消えた。あたしの背中につかまって、ぶるぶるふるえてる。

「まぁまぁ、なんてこと? 子供の背中に隠れるなんて、見損ないましたよ。さ、出てらっしゃい!」

 白いスカートをふわっ、と浮かせながら、リリカおばあちゃんが近よってきた。右手に、見たことのないポロンかかげて。

 これ、冗談じゃないんだ。それじゃ‥‥

「ブニュちゃん、いったい何やったの! リリカおばあちゃんが怒るなんて、ただ事じゃないよ!?」

 いつの間にか、ブニュちゃん、あたしを背中から抱きしめてた。ふるえてるのがそのまま伝わってくるよ。

「わしはただ、お前たちの像を、魔女界に残したかっただけじゃ! ぽっぷ、お前の像だってちゃんと作るつもり‥‥」

「そんなの、なんでいるのよ!?」

 あたし、思わず振り返って、ブニュちゃんの頭を持ち上げた。

「それじゃ、あたしたち過去の人だよ。本当にもう二度と会えないみたいじゃん! 冗談じゃないよ!!あたしは、あきらめてないんだからっ!!」

 あたし、ブニュちゃんの首を夢中でゆすってた。なんでわかんないの? あたしは、あたしは絶対っ!!

「わ、わしは、みんなを形に‥‥」

「そんな形なんかいらない! あたしは、ハナちゃん忘れないもん。ハナちゃんも、絶対あたし覚えてるもん。形なんか‥‥!!」

 ちらっ、と目の端にゆき先生が見えた。手のひらに、金色のカギ。お姉ちゃんがもらった、MAHO堂のカギ。

「形、なんか‥‥?」

 でも、ゆき先生、あたしの目を見ながら、ポケットにしまっちゃった。

 そうだよ。これも、形なんだ。魔女界とあたしをつないでた、形。

 急に力が抜けるのといっしょに、ドサッっていう音が遠くから聞こえた。

 ブニュちゃんがゆっくり立ち上がって、リリカおばあちゃんたちに頭下げてるのが、なんだか別の世界のことみたいに見えるよ。

 でも、ブニュちゃんがロッカーに消えるとき、あたしに言ったんだ。『それじゃ、またな』って‥‥

「パトレーヌより、ぽっぷちゃんの方が強かったみたいね」

 閉まっちゃったロッカーをぼ〜っと見てたあたしの肩に、ゆき先生の手が乗っかった。

「それはとても素敵なことよ。ちがう?」

 反対側の肩には、リリカおばあちゃんの手。あぁ、これも覚えてよう。いつか、またみんなに会えるときまで‥‥


「でもね〜ぇ、リリカ?」

 あたしの肩に手を置いたまま、ゆき先生が軽い声で言った。

「むかしみたいな、ドッカ〜ン!って暴れるあなたを生で見たかったわぁ

 ど、ドッカ〜ン? 生で?

 おそるおそる見上げたら、ゆき先生がにこにこ笑ってた。ちょっとだけ、ほっぺた赤くして。

「カッコよかったのよぉ。むかしのリリカは

 これが、あの、女王様。この1年で、わかったつもりだったけど、つもりだったけどおぉぉ‥‥

「ど、どうしたの、いきなり泣いたりして」

 肩に置かれた手の重さが、なんだか悲しくなってきた。

「いいんですぅ。泣かせてくださいいぃ〜‥‥」

 ぽっぷちゃんを見送ってから、わたしは保健室のドアに鍵をかけた。

 ぽっぷちゃん、泣き止んでもまだちょっと青い顔してたわね。わたしが声かけたら、大丈夫って繰り返し言ってたけど‥‥


 エアコンを消したとたん、聞こえてきたのは鈴虫の声。でも、それも厚いカーテンを引くまでのこと。しん、とした保健室のあちこちを指差し確認してから、わたしは明かりを消して、ロッカーを開けた。

 振り返ると、薄暗い保健室。いつもと変わらない部屋が、いつもと変わらない顔で見送ってくれる。

 ちょっとだけ伸びをしたら、自然に言葉がこぼれてきた。


「あぁ、今日も平和だったわ

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