ほねおりバナナ

「おかえりマジョリカ! 今日はどうだった?」

 魔女界の扉を抜けてそぉっとMAHO堂に戻ってきたわしを、白い服が迎えてくれよるわい。

 大きな目に、期待をいっぱいためて、のぉ‥‥じゃからそぉっと帰ってきたのじゃが。

 ま、

「なんもなし、じゃ。さぁ、もう眠る時間じゃぞ?」

 いつもどおり、ハナを寝かしつけるのはわしの役目じゃ。

「‥‥うん。おやすみなさ〜い♪」

 パタパタ、二階に上がっていく音は元気じゃが、わしにはわかる。

「こう長く続いてはな、期待はずれが」

 応えるまえに一拍だまった顔が、なんども頭にのこるのぉ‥‥

「よっこら、しょい、っと」


 二階のハナの部屋から音がしなくなってから、わしはダイニングの椅子に腰をおろした。

 菓子用の道具だらけのキッチンをぼんやり眺めておると、そこにあいつら(・・・・)()らんのが不思議な感じじゃ。夜中だから、当然なのじゃが‥‥それだけではないのぉ――

 あいこが怪我(けが)して、はづきが実力差を見せつけられて。強くふるまってはおるが、疲れておるのは確かじゃ。

 どれみさえも忙しくなった今となっては、動けるのなぞわしらだけ、じゃな。

「高校も2年ともなれば、未来も見えてくる頃じゃ。仕方のないことではあるかのぉ‥‥」

 ま、こんな時期まで魔女見習い育てとる魔女なんざ、例がない、か。

 そこへもってきて、ハナの妹‥‥ユメ探しなんぞアテもなく連れ回したら潰れてしまうわい。みな、MAHO堂に来るたび気にしておるのはわかるが‥‥ああ、テーブルの上にバナナが置きっぱなしじゃ。ももまで疲れとるのかのぉ。

「ふん。あー‥‥もぐ」

 わしはバナナをひとつもいで皮をむくと、半分ばかり口に入れた。

 ももの選んだバナナじゃ。まずいはずがないが‥‥疲れた身体(からだ)には、チョコがけの方がうれしいかの。


 魔女界の主だった面々にはすべて目通りした。元老院の方々も、ハナのためなら、と言うてあちこち号令かけてくれたんじゃが、だれひとり知っておらん‥‥知ったかぶりならひとりおったがな。まったく、マジョルカのヤツめ‥‥

「ふぅ。これも師匠の仕事かのぉ。老骨がきしむわい」

 階段を見上げるわしの背中に、小さい手の感じがした。

 ララにも苦労かけておるのぉ‥‥じゃが、

「ララ、次は誰じゃったかな?」

 バナナを喉に流し込んで、わしは訊いてみた。

「そうねぇ、元老院の方々は全部終わっちゃったし、あとは‥‥あ、デリが魔女界に帰る日だわ」

 デリか、問屋魔女じゃな。あいつらは世界中の魔女と付き合いがあるから情報は期待できるんじゃが‥‥とにかくがめついからのぉ。ちと挨拶させてもらおうとしただけなのに、デラから大金ふっかけられたくらいじゃ。

 それでもなんとか、妖精付き合いでアポ取り付けたのじゃからな。ララには感謝しとるわい。これがひと段落したら、温泉でゆっくりさせてやるか‥‥

「ん?‥‥温泉?」

 なにか、思い出した気がするんじゃが、気のせいか?

「縁日だよ、縁日!」

 大声のだんご頭が飛び出てできたのは、その次の日の放課後。菓子がだいたい売り切れた頃じゃった。

「縁日がどうした? その丸い頭に醤油でもつけて焼いてもらうか、どれみ?」

「だーかーらぁ、団子じゃないって! シニヨン! ちゃんと覚えてってば!!」

「あー、話それてんで、どれみちゃん‥‥でな、マジョリカ。今晩、お寺で縁日やるそうやから、ハナちゃん連れて行ってええかて、聞きたかったんや」

 ああ、なるほどな。

 どれみはまだ不満げな顔しとるが、まぁいいわい。そうか、縁日か‥‥

「ハナ、行くか?」

 もう客が来ても売るもんも少ない、いい頃合いじゃ。ここのところ、ユメの手がかりもなくてたまっとるじゃろうし、早じまいもよかろうて。

 ハナも小さかった頃は、行きたがってたしのぉ。二つ返事でうん、と‥‥おや、言わん、な?

 わしが首かしげて見てみると、

「う〜〜〜ん」

 頭かかえてうなっとる。なんじゃ、いったい?

「ハナちゃん、行きたくないの?」

 見かねたララが助け舟だしよった。それでも頭から手を離さんな。‥‥ははーん、ひょっとして。

「わしとララならまた魔女界に行っておるから、ここはからっぽじゃ。ハナは帰るまで縁日で遊んどれ」

 わしが言うたら、白い服ががばっと起き上がったぞ。

「それじゃ、ハナちゃんダメっ子じゃない!!」

 はぁ?

「ハナちゃん、どうしたの?」

「だってさ、マジョリカ毎晩魔女界でユメちゃん探してるんだよ? なのにハナちゃん遊んでたら、ユメちゃんにあきれられちゃうよ!!」

 あ、あぁ‥‥なるほどのぉ。

「ハナや。わしがもしユメを探すのやーめた、なんぞ言うたら、お前はどうする?」

「え?」

「わしゃ疲れた。もうユメなんて知らん。勝手にどこへでも行ってしまえばよいわ‥‥と言ったらどうするかの?」

「え? え?? ええぇぇぇっ!!?」

 おーお、のどの奥が見えるくらい大口ひらいて、目に涙ためとるわい。わしの耳元にはララがしがみついて抗議しとるし。あー、もうわかったわかった。

「それだけ期待しとるんじゃったら、わしらを信じるんじゃ。お前はお前のままいればよい。手伝って欲しい時にはちゃんと言うから、そんとき力を貸せ。いいな?」

「‥‥うん」

 不承不承(ふしょうぶしょう)でうなずきおったわい。それなりに、我慢(がまん)というものを覚えたのかのぉ。‥‥さて、ここは大人の魔女の出番じゃ。

「――やれやれ、今日も手がかりなし、か」

 魔女界からの扉を閉めながら、わしは思わず愚痴ってしもうたわい。大人の魔女の出番でも活躍できんのぉ、わしらは。

 ちら、とあたりを見たがだれもおらん。ふぅ、気苦労が絶えんのぉ。ま、それも我慢じゃ、ハナでさえ我慢を覚えておるのじゃから‥‥

「ふん、まだあったか」

 見回した目に、昨日とおなじバナナが映った。菓子の材料じゃなかったのかのぉ?

 もっとも、ももがバナナを使うとケーキとかになるがな。わしはもっとこう、格好なんぞ気にせん駄菓子のくらいのがいいんじゃが‥‥

「ハナちゃん、おみやげいっぱいい〜っぱい買ってきたよぉ♪」

 っと考えてるところに、爆弾が飛び込んで来おったわ。それじゃ、疲れた顔なんぞできんな。

「早かったな。楽しんできたか?」

 階段を降りながらのわしを待ちきれんようで、ハナがぽいっと魔法でジャンプしながら戦利品を見せてきた。

 両手いっぱいに抱えおって、まったくのぉ、どれどれ‥‥わたあめ、りんごあめにあんずあめ、か。甘いものばかりじゃな‥‥ん?

「チョコバナナ、か‥‥」

 小指で掴んだ焦げ茶の棒を、ハナが器用にこっちに差し出しとる。

「うん。なんだか欲しくなっちゃったの。マジョリカ、好きだったよね☆」

 ふふふ。わしの機嫌でもとるつもりかの? なら、ため息などはつかんようにせんとな。

 それに、好物なのは本当じゃ。やはりこう、祭りらしく安っぽくてガリッガリにチョコかけたヤツでないと、雰囲気がでんわい。以前ももにも作らせたが、品がよすぎてのぉ。バナナらしくないというのか――


『バナナやパイナップルもあるんじゃ。あたたかい場所はええぞい?』


 ん? 考えとった頭ン中に、声が聞こえてきたぞ。ちょいと前にはよく聞いてた声じゃ。

 バナナ、南国、あたたかい‥‥あああっ!!

「タケ〜〜っっ!」

 わしが頭を上げた瞬間、小さな悲鳴が上がった。

「な、なによマジョリカ!?」

 ララをふっ飛ばしてしまったようじゃ。じゃが、それどころじゃないわ。

「タケじゃ、マジョタケ!あやつを忘れとった!!
 不思議なところから話を聞きつけてくる奴じゃからな。うわさ話に関しては問屋魔女はだし、ヘタをすると魔法使った女王さまでも(かな)わんぞ。ああ、やつの電話はなん番じゃったか‥‥」

 ポケットに手を突っ込んで、出てきたメモをめくって‥‥おお、あったあった。が、番号が(にじ)んで読めやせんぞ。そうか、番号聞いたのは、魔女界の温泉でじゃったからのぉ。

「たしかマジョタケさんなら、LINEに名前で登録してたはずよ?」

 ララがわしの顔を覗き込んでそう言うたが、らいん? なんじゃらいんて??

「ほら、前に温泉行ったとき、ジップロックで包んで操作してたじゃない、スマホ」

 スマホぉ? ンなもん、普通の魔女がもっとるかーいっ!!

「‥‥そノ、マジョタケさんなら知ってルんだネ、ユメちゃんのいるトコ?」

 面倒じゃから、読めそうな番号片っぱしからかけてやるわいっ! ‥‥と電話のボタンに手をかけたとき、いきなり頭の上から声がした。なんじゃ?

「よォし、ハナちゃん、電話つなげちゃエ〜ッ!!」

 見上げれば、黄色いブーツに帽子。ほうきに乗って、ふわふわ浮かんとる‥‥もも!?

「うん、マジョタケさんへのホットライン、つなが〜れっ♪」

 ハナの声と一緒に、受話器のむこうから声が聞こえてきたぞ。

「もしもし、マジョリカじゃが、聞こえるか?」

 もうどこ見ていいかもわからんが、成長したハナの魔法じゃ、きっとタケにつながったはず‥‥


『――本日の営業は終了しとるぞい。明日(あす)にせぇ、明日に』


 ぐぉ‥‥た、たしかにタケの声じゃが、そうか、もう夜中じゃったな。

「ハナ、タケはもう寝てしもうたようじゃ。悪いが明日またつないで‥‥」

「明日ならいいんだ? じゃぁ、ねぇ‥‥MAHO堂とマジョタケさんだけ、明日になぁれっっ!!」

 な‥‥なんじゃとぉ!?

「そんなむちゃくちゃな魔法があるか、ハナ!! あン?」

 耳にあてた受話器から聞こえてきたのは、タケの声じゃった。

「タケか? マジョリカじゃ。久しぶ‥‥いやそんなことはええんじゃ。ユメを知らんか、ユ・メ!
 あ? じゃからユメ‥‥夢じゃないわい! また魔女(ひと)を老人扱いしおって、お主の方がはるかにババアじゃろうが!! っと‥‥おお?」

 いきなりわしの手から、受話器が離れたぞ? そのまま上の方に‥‥って、もも!!

「Hello? My name is Momo. マジョモンローと、マジョリカに育ててもらっタ、魔女見習いだヨ!」

 な、な、な、なんじゃ、いきなり!?

「こ、こらもも! 電話を返さんか!!」

「アん、もうちょっと待っテ☆ ‥‥それデ、マジョアヴェニールさんのこと、知ってるノ?‥‥うン、Oh! Wonderful! すぐMAHO堂に来て来て!わたしたち、ごちそうするヨ

 来て来て‥‥なんじゃと!?

「よォし、ハナちゃん、Go!!」

「マジョタケさ〜ん〜いらっしゃ〜い♪♪」

 ぐにゃぁ、っと目の前が曲がった感じがしたと思うたら、

「ふぉぁぁぁぁ〜」

 なんにもないテーブルの上に、鷲鼻(わしばな)のちいさな婆さん――タケの身体が落ちてきよった。危ないっ!

「よいしょォっ! よし、キャッチ成功♪」

 飛び込んできたももが、両手でなんとか抱えおった。ふぅ、(おど)かしてくれるわい‥‥じゃなくて!

「いっきなりなにするんじゃ!」

「だーってサ、マジョリカ、こないだからずーっとひとりデぼそぼそ言っテ。誰にも手伝わせテくれないんだモン。
 ワタシだって、ハナちゃんだって、マジョリカのオ弟子サンだヨ☆」

 ‥‥ふん。

「自分に向かって『お弟子さん』なんて言う奴がおるか‥‥とと?」

 まだ頭の上で浮かんどるももを怒鳴りつけてやろうかと上むいたわしの肩に、なにかのしかかって、

「おお、これがごちそうかえ? わしゃこれに目がねぇでなぁ」

 そのまま、わしの頭を乗り越えた鷲鼻が、テーブルの上のチョコバナナをつかみよった。

「こりゃ、タケ!」

 そのまま頭ごしに、ぱくりと一口じゃ。ああ、わしの分がぁぁ‥‥

「いやいやマジョリカ、そう邪険(じゃけん)にするでねぇだよ。こらぁ、ええ『ごちそう』だぬぇ。これがが食べたくて南国まで行ったっちゅうに‥‥向こうじゃあまり作らんのじゃのぉ。それだけが残念じゃわい。
 はぁ、ごちそうさん。で、あんたが モモかえ? モンローの弟子、っちゅう」

 ももが大きな声で応えるのを、タケがわしの背まで降りながら笑っとった。

「そんで、そっちがハナか。ふふ。おおきゅうなったもんじゃのぉ」

 首元に腰掛けて、ふたりを眺めてるのか? ええい、降りんかこらっ!

「マジョリカはええのぉ。子を成さん魔女にとって、弟子はわが子も同じだぁね。よっしゃ、よっしゃ」

 そのままわしの肩に足掛けて、浮いてるももの頭を()でだしよった。く〜っ! これじゃぁ振り落とすわけにもいかんじゃろうがっ!!

「のぉマジョリカ、この子らに呼ばれたんも縁ちゅうもんじゃろ。ホネ折っちゃるから、なんでも言いんさい」

「それじゃぁ、わしゃこれで。モモ、みやげありがとうな。魔女界のみんなで分けて食べさせてもらうでな」

 魔女界への扉の向こうに、ももが急いで作ったチョコバナナをたんと抱えた、タケの小さな身体が消えていくのを、わしらは並んで見送ったんじゃ。


「沖縄、か‥‥」

 ぱたん、と扉が締まると同時に、わしの口から言葉がこぼれた。

 まるっきり予想外じゃったわい。盲点というやつじゃな。

 日本ならこの美空町に、あといくつか。他にはアメリカのモンローがいた場所に、フランス、イギリス、ドイツ‥‥とにかく、きっとMAHO堂の近くにおるのじゃと、勝手に思い込んどったわい。よくよく考えれば、リリカママだってMAHO堂の近くにはおらんじゃないか。

 しかし、タケをもってしても、確実と言えんとはな。あやつら引き連れて行っても、無駄骨(むだぼね)になるだけかもしれん。が――


 わしは少しだけ目をつむってから、あたりを見回してみた。

 ももとハナの、なにか言いたそうな顔。ララの心配げな顔。そして‥‥テーブルにはバナナ、か。

 ふふ。久しぶりに、顔がほころんでゆくわい。そうじゃ、バナナで十分。十分じゃろ、マジョリカ‥‥


「電話じゃ」

「エ?」

 わしは手をまっすぐ伸ばした。時計を見れば学校帰りの時間じゃからちょうどいいわい。ま、ももとハナには1日サボらせてしもうたが。

「電話をよこさんか。どれみにはづきにあいこにおんぷ、全員呼ぶぞ!」

 いいかげん、みなもイライラたまっとるじゃろ。どれ、わしも含めて、気晴らしさせてもらうとするか。


「ユメが()らなんだら、みやげに山ほどバナナを買って、MAHO堂バナナフェアにでもするまでじゃ。
 よぉし、みんなでゆくぞ、沖縄じゃぁぁっ!!」

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