おかしなわたし

 春は過ぎたけど、たまにちょっと寒いときもある、5月。 学校が終わると、わたしは、いつもの通りMAHO堂へ歩いていった。

 公園をちょっと入ったところにある、MAHO堂。何年も見てるはずなのに、いつ見ても、なんだかほっとするわ。

 アメリカに戻ったときも、そうだったな‥‥ まわりのたてものは変わっても、ここだけは2年前のままだったっけ。中にはマジョモンロー ――じゃなくてマジョバニラさんまでいたし、ね。

 わたしのポケットには、バニラさんからもらった白いカギがある。世界にたったひとつしかない、このMAHO堂のカギ。

 わたしのいまの生活は、このカギと一緒にはじまったんだ。

 MAHO堂に入ってすぐ、 カレンダーの5日のマスにバッテンつけてから、わたしはいつもどおり、エプロンつけてキッチンに立った。

 まだ洗いかごに入ってるボールに泡だて器。来る途中で買ってきた、たまごにフルーツの缶詰。それに棚の中から小麦粉と砂糖。テーブルの上に一通りそろえてから、わたしは冷蔵庫の中のケーキを出した。

 ここのところ、お昼はいつも前の日に失敗したケーキ。あんまりおいしくないけど、しかたないよね。がまん、がまん。

 このマジョモンローのMAHO堂を、また使うようになって1年。3日に一度はこうしてお菓子作ってる。ほんとに、いつものこと。だけど‥‥ このケーキ、うまくいかないな。そんな難しくないはずなのに。


 粉っぽいケーキほおばりながら、ちらっと目に入ってくるのは、奥のとびら。去年ハナちゃんが、ここと美空町と大阪のMAHO堂をつないじゃった、とびら。

 いまはもう開かないけど、声だけは届いてたんだ。‥‥5日前までは。

 立ち上がって近くまで寄って、コンコンって叩こうとして、手が止まっちゃった。また、なんの音も帰ってこなかったら、さみしいもんね。

『モモ、来たよ』

 声がして振り返ったら、MAHO堂の入り口から顔がふたつ、のぞいてた。

 いっけない。カウベルの音も聞こえないなんて。ちょっと、ぼーっとしてたみたい。

『いらっしゃい、ベス‥‥あ、サチコも来てくれたんだ』

「こんにちは、ももちゃん」

 日本人のサチコは、ベスの親友。アメリカに来てから紹介されたんだけど、実は前に会ってるんだよね。

「こんニチはァ」

 へへ。サチコは、わたしには日本語であいさつするんだよね。だから、わたしも日本語で返すことにしてるんだ。

「え? ももちゃん。なんだか言葉‥‥?」

 あれれ? まだときどき日本語と英語まざっちゃってるみたい。2年も日本にいたのにね。

『モモがしゃべる言葉って、英語か日本語かときどきわかんなくなるわ』

 こんなとき、どれみちゃんだったら「わかればいいじゃん」とか言うんだろうな。

『あはは、しかたがないわよ。わたしとベスが一緒にいるんだもの。どっちに合わせたらいいのかわからないんでしょ?』

 あいちゃんなら、なんにも気にしないでそのまま話しちゃうだろうし‥‥

『モモ?』

 うぁ! あぁ、いつの間にか、目の前がベスの顔でいっぱいになってるわ。

『また? 最近多いよね、ぼーっとしてるの』

 だめだめ。ちゃんとしなきゃ。うん。

『だいじょうぶ。ふたりとも入って』

『モモ、Happy Birthday!』

 パン! って勢いよくクラッカーが鳴って、わたしの手にプレゼントが乗せられた。

 そう。今日は5月6日、わたしの誕生日。

 わたしは「ありがとう」を英語と日本語で言ってから、頭を下げた。

『なんにもなくて、ごめんね。何度やってもうまくケーキ焼けないんだ』

 笑いながら言ってみたけど、なんだか泣きたくなってきた。あ〜あ、なんで焼けないんだろう。

『誰でも調子悪いときはあるんだから‥‥言ってくれれば、ケーキくらい持ってきたのに』

 ベスが心配そうな顔してる。あぁ、顔に出ちゃってたんだ。

『いいよ。どうせ月に一度はケーキ焼かないといけない約束だもんね』

 肩をすくめて、目をちょっと細めて。これでちょっとは、笑って見えるかな?

『ここを使わせてもらう条件なのは知ってるけど。でも、なにも自分のバースディケーキまで作らなくてもいいんじゃない?』

 サチコの言葉に、ベスが思いっきりうなずきながら、わたしの手を取った。

『最近、学校でも考え込んでるでしょ? そんなに大変なら、私たちも手伝‥‥』

 最後まで言う前に、わたしはベスの口に指あてた。

 うれしいけど‥‥7月のどれみちゃんの誕生日も、9月のぽっぷちゃんの誕生日も、そのあとだって。毎月ひとつづつ、ひとりで頑張って作ったんだもの。一年くらいで、あきらめられないよ。

『ジュースとフルーツ缶はあるから、それだけでも食べてってよ。‥‥ええと、ちょっと待っててね』

 わたしはそのままキッチンに行って、水を張ったボールに顔つけた。いまだけ、普通の顔にもどらなくっちゃね。

 ベスたちが帰ってから、わたしはまたケーキを作りはじめた。

 誕生日だから、っていうだけじゃないわ。月に一度、心をこめたケーキ‥‥ それは、マジョバニラさんとの約束だから ‥‥あ、スポンジ焼けた。

 このMAHO堂には、マジョモンローの想いがしみついてる。いいかげんなお菓子作りしてると、調理用具が飛んでくるくらい‥‥


 シャンシャン シャンッ!


 ‥‥そう、こんな風に、ボールのまわりで泡だて器があばれたりするもんね。それじゃ、ボールを氷水につけて、クリーム混ぜ込んで、と。

 このままじゃお化け屋敷になっちゃうから、って、バニラさんが取り壊そうとしてたとこに、わたしが来たんだっけ。

 週に一度は必ずいるから、って言って、無理に使わせてもらえるようにしたのはわたしなんだ。そのときの条件が「お菓子作り」。

 毎月ひとつ、このMAHO堂が満足するような、心をこめたお菓子をわたしが作ること。 そんなの、簡単だと思ってた。もらってくれる人の笑顔を思い浮かべれば、それだけで心がこもるから―― でも。でもね。


 しぼり袋にチョコクリーム入れて、 薄く伸ばした白いマジパンに、ゆっくりチョコしぼり出してく。``Happy Birthday''―― そこまで書いたけど、しぼり袋にぎってた手が軽くなった。

「心をこめて書けないヨ‥‥自分の名前なんテ」

 カタン


 ん? あれ、まわりが暗いな。そっか、あのまま寝ちゃったんだ。‥‥そういえば、いまなんか音がしてたよね。

 立ち上がって、あかりをつけて。まぶし‥‥え?だれか、いる??

「だ〜れだ?」

 あれ、日本語? それに、この声‥‥

「ど、どれみチャン!?」

 丸いお団子の頭、まんまるの大きな目。本物の、どれみちゃん‥‥

「あったりぃ〜。 へへ、びっくりした?」

「あ‥‥」

 目の前が、ゆらゆらしてる。よく見えないよ‥‥

「ど、どうしたのももちゃん、いきなり泣い‥‥うあぁ!」

 なぜかわからないけど、涙が止まらないよ。抱きついて、声上げて‥‥あぁ、恥ずかしいけど、もういいや。

「あぁ、ちょ、ちょっと‥‥あいちゃ〜ん、たすけてぇ〜」

「泣きたいんやったら、思っきり泣いたらええやん。その間に、あたしら準備しとくわ」

 あいちゃんの声に、ほかのみんなが応えてる。みんなが、いるんだ。

 わたし、もっとぎゅっと抱きついちゃった。

「泣くのはいいけどさぁ‥‥ももちゃんの胸、あたしより大きぃよぉ‥‥」

「まぁまぁ、ちょっと見ないうちに背が伸びたわねぇ」

 涙が出なくなってからちょっと顔上げたら、大きな影が見えた。あれ? この声‥‥!?

「リリカおばあチャン!?」

「そうだよ。あたしたち、リリカおばあちゃんにつれてきてもらったんだ」

 いつもの帽子に黒い服、やわらかい笑顔‥‥何年ぶりだろう。ほんとうに、リリカおばあちゃんだ。

「とびら越しにあいちゃんと話してたらね、いきなりとびらが開いて、『アメリカのMAHO堂に行くけど、一緒に来る?』って言われたのよ」

 はづきちゃんが苦笑いしてる。あはは。びっくりしたみんなの顔が目に浮かぶわ。でも‥‥

「それなラ、来る前に知らせてくれればいいノニ。5日もいなかったカラ心配したんだヨ?」

 ‥‥あ、あれ? なんで、みんなしてきょとん、としてるの??

「5日?」

「おらんやて?」

 はづきちゃんとあいちゃんが、顔見合わせてる。なんで?

「みんな、これ見て!」

 お互い顔見合わせてたら、背中のほうから、おんぷちゃんの大きな声が聞こえてきた。

「これ、て。ただのカレンダーやん‥‥ぅえ!?」

 あいちゃんが妙な声上げてる。カレンダーが、どうかしたの?

「ももちゃん、今日ってまさか、6日?」

「え?ん、ウン。そうだケド‥‥」

 わたしが言ったとたん、みんなの動きが、止まった。

「うそ‥‥」

「あたしたちが日本出たのって、1日だよ?」

 どれみちゃんとはづきちゃん、飛び出しそうなくらい目を見開いちゃってる。わたしも、なんて言っていいのかわからなくて困ってたら、背中からの〜んびりした声。

「そうねぇ。どうやら、5日あとのMAHO堂につないじゃったみたいね」

 振り返ったらリリカおばあちゃんが、とびらのとこに立ってむこうを指差してる。

 とびらのむこう、ロッキングチェアのある部屋の奥の、日めくりカレンダー。5月1日。

「ど、どーなってんの!?」

「たまにね、思いっきり開けちゃうとこうなるのよ。今日はそぉっと開けたつもりなのだけど」

 あははは。あぁ、みんな肩落として笑ってるわ。もう、変わらないひとだよね。

「それじゃ、とびらが閉じる前に戻らないといけないわね。本当は、一晩泊まるはずだったけど‥‥」

「ンなん、言うてもしゃあないやん」

 心配そうなはづきちゃんの肩、あいちゃんがポンポンって叩いてる。

「そうだよ。6日ならちょうどいいじゃん。このままお祝い、やっちゃお!」

 あぁ、どれみちゃんもだ。変わってない。みんながいるんだ。

 キッチンに戻ったら、いつの間にかパーティ会場になってた。

 飾りつけはないけど、ローストチキンにフレンチフライとコーンサラダがきれいに並んでる。

「ももちゃん泣いてる間に、準備終わってんで。
へへ、時間のぅて、簡単なモンだけやけど」

 思わず顔が赤くなっちゃった。思い出させないでよぉ。恥ずかしいんだから。

「ケーキは用意してないんだけど‥‥これ?」

 あ、いけない。作りかけのケーキ、片付けてなかったんだっけ。

「あ、それはネ、その‥‥」

 ケーキに駆けよろうとしてるわたしの前に、おんぷちゃんが割り込んできた。

「あと、この``Happy Birthday''のマジパンつければ完成、みたいね」

 あぁもう、おんぷちゃんがじゃまして、マジパンが取れないよぉ!

「せやけど、なんや字ぃが余ってる気ぃすん‥‥あ」

 おんぷちゃんが、あいちゃんの顔みてうなづいてる。 さっき机に落ちちゃったしぼり袋持って。

「じゃ、ひとり一文字よ。まず、わたしから。『も』ね‥‥はい」

 マジパンに文字書いて、そのままあいちゃんに袋わたして。

「ほな、あたしも『も』やな‥‥と。ほい」

 あいちゃんから、笑ってるはづきちゃんに。

「それじゃ、私は、『ちゃ』‥‥うん。はい、最後よ」

 はづきちゃんから、どれみちゃんへ。

「あたしは『ん』? えっと‥‥よっ、と。あ、リリカおばあちゃんは?」

 どれみちゃんの声と同時に、わたしのわきからすっ、とカップが出てきた。

「はいはい。お茶をいれてきましたよ。それじゃ、マジパンのせて、ろうそく立てましょ

 ‥‥もう。また、泣けてきちゃうじゃない。

 バースディソングを合唱してもらって、わたしがケーキのろうそく吹き消して。拍手されると、ちょっとテレちゃうな。

「みんな、ありがト。うン、やっぱり誕生日に一人っきりじゃないッテ、いいね」

 ケーキの上の、マジパンの文字。うん、わたし、いまは一人じゃないんだ。

「あら、悲しいわね。モンローがいるじゃないの」

 え?

 顔を上げたら、リリカおばあちゃんにじっと見つめられてた。モンローって‥‥マジョモンロー?

「バニラに聞いたわ。このMAHO堂を使う代わりに、毎月『心を込めたお菓子』作るそうね」

 カタカタ、って音がする。みんなはあわててるけど、わたしは見なくてもわかるわ。流しで、ボールが動いてるんだ。

「みんなのお誕生日に、ケーキ焼いて贈って‥‥自分のお誕生日ケーキに心を込めるなんて、難しかったでしょ?」

 みんなが、あっ、て顔してる。あ、あははは‥‥

「ねぇ、ももちゃん。無理してケーキ作っても、MAHO堂は喜ばないわよ?」

 リリカおばあちゃん、わたしの右手を両手で包んでる。これ、マジョモンローがわたしに教えるときと、おんなじ‥‥

「一番喜ぶのは、あなたの成長した姿を見せること。ちゃんと友達と遊んで、勉強して‥‥その中でお菓子も作るのよ」

 流しで、ボールと泡だて器が踊ってる。‥‥そばであいちゃんたちが笑ってるけど。

 ほんとだ。なんで気づかなかったんだろ。『想い』じゃない。あれは‥‥このMAHO堂にいるの、マジョモンローなんだ‥‥

 とたんに、まわりがぱっ、て明るくなったような気がした。ポケットの中、ベスとサチコにもらったプレゼントがあったかい。目の前にいるみんなが、大人っぽく見える‥‥!!

 リリカおばあちゃんを見たら、いつも通り、の〜んびり笑ってる。そっか、ほんとに変わってないのは、変わろうとしてなかったのは、私だけだったんだ。

「姿かたちは変わっても、ここにはモンローがいるわ。伊豆のペンションに私がいるように、ね。いつかはももちゃんが、ここにいるようになる。‥‥そうなると、いいわね」

「きゃぁぁっ!!」

 リリカおばあちゃんに、お茶注いであげようとしたとき、いきなり大声が上がった。

「ど、どないしてん、はづきちゃん?」

「と、とびらが、閉まり始めてるわっ!!」

 え?‥‥えぇっっ!?

 みんなの視線が、奥のとびらに集まった。‥‥ほんとだ。さっきは思いきり開いてたのに、半分くらいになってる。

「ど、ど、ど、どうしたら‥‥?」

「はづきちゃん、落ち着いて! ‥‥ええと、ももちゃん。悪いけど‥‥」

 どれみちゃんが言い終わる前に、わたしは食べ物を大皿にまとめてた。あいちゃんが空いたお皿とカップを端から洗って、それを受け取ったおんぷちゃんがバッグに詰めてる。

 さすが、息ぴったりだわ。

「あ、その、え〜と‥‥よし。はづきちゃん、あたしたちは、とびら押さえよ!」

 大皿にラップかけ終わるのと、あいちゃんが洗い終わるのとが、ほとんど同時。お互い顔見合わせて、くすくす笑っちゃった。

「止まんないぃ〜、急いで!」

 いけない。笑ってる場合じゃないみたい。

 大皿をあいちゃんが、バッグをおんぷちゃんが持って、とびらのむこうへ走っていく。

「ほな、ももちゃん。またなぁ」

「また、こんどね」

 それでも、ちょっとだけ振り返ってくれる。わたしは素直に「またね」って言えた。

「とびらのむこうに、いるわよ」

「いつだって、大親友だよ。忘れないで!」

 はづきちゃんとどれみちゃんも、とびらに押されながらあいさつしてくれる。わたしは「元気でね」って応えられた。

 おわかれなんて、ないんだ。わたしが、おわかれって思わなければ。

「さぁ、それじゃあ私も、おいとまするわね」

 そしてリリカおばあちゃん。閉まりかけのとびら‥‥さっき、どれみちゃんたちが二人がかりで押さえてたとびらを軽く開けて、悠々と歩いてく。

「リリカおばあチャン、マジョモンローに会いに来たんでショ? わたしに時間とらせちゃって‥‥ごめんなサイ」

 背中に向かって謝ったら、閉まりかけのとびらが、ぴたっ、と止まったわ。

「モンローに?」

 とびらを閉めながら、くるって振り向いた顔。笑ってたけど、ちょっとだけいたずらっぽい。

「そうね、モンロー‥‥未来のモンローに、ね」

 とびらが閉じた瞬間、マジョモンローがくすくす笑う声が聞こえたような気がした。

 未来の‥‥か。うん。いつか、なりたいな。

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