ひとみ♪しゃしんき

「ほな、おとぅちゃん、おかぁちゃん、またあとでな〜」


 手ぇふりながら、ふたりがタクシーに乗り込むんを見送って。あたしはようやっとひとりになった。

 手に持ってた卒業証書、さっきふりすぎたんで頭が出てしもてん。ぎゅっ、と押しこんで、と。

 ‥‥ふぅ。ずいぶん遅れてもぅたな。これからハナちゃんとミミたち見送りにMAHO堂行かなあかん、っちゅうのに。

 あ〜あ、どれみちゃんたち、みんな先行ってしもたみたいや。


 そう思いながら校門のとこまで歩って行ったら、

「あら?遅かったわね」

 って声。

 あれっ、と思て振り向いたら、背ぇの低い子がひとり。Gパンにシャツ着て、ぼうしかぶって、サングラスかけた‥‥

「おんぷちゃんやんか。そのかっこ‥‥逃げてきたんか?」

「ふふ、まぁね。卒業式は、みんな撮りたがるから。
 あいちゃんはどうして?」

 サングラスをちょいとおデコに上げて、おんぷちゃんがあたし見てる。まぁ、普通はこんなん遅くならへんわな。

 のぶちゃんやらクラスのみんなやらにつかまって、大変やったんけどなぁ。最後やから握手、とか、囲まれて泣かれてとか‥‥

 うちのクラスで遠くに行くんはあたしだけやし、去年からアメリカ行く言うてたももちゃんと違て、あたしが大阪行くちゅうんはあんま言うてへんかったから、しゃあないんやろけど。

「なんや色々泣かれてしもてなぁ」

 思い出して苦笑いしながらそれだけ言うたら、

「あいちゃん、もてもてだもんね」

 おんぷちゃんも、くすくす笑てる‥‥なんや、見てたんやないか。人が悪いなぁ。

「まぁええわ。みんな待ってるやろ、いっしょ行こか」


「そういえば、大阪へはいつ行くの?」

 学校前の坂をもうじき降りきる、っちゅう頃、おんぷちゃんが言うた。

「あ、言うてへんかった? 来週の終わりや。ももちゃんがアメリカ行くんは、なんとか見送れるんやけどなぁ」

「そっか。もう、ほんとにお別れなんだね‥‥」

 下向いてもうたおんぷちゃんの顔見ながら、あたしは頭かいて、

「‥‥おんぷちゃんの引越しは手伝えへん。かんにんなぁ」

 引越しは月末や言うてたもんなぁ。できたら行きたいんやけど‥‥

「飛行機で行くももちゃんは仕方ないけど、あいちゃんまで来てくれないなんて‥‥」

 ああ、顔を手ぇでつつんでしもた。そんなん言うたかて‥‥あん? いま、ちょっと口もとふくらましてん。こぉらうそ泣きやな。

「お〜い‥‥もう、おんぷちゃんまでMAHO堂に閉じこもったりせんといてや? あたしがファンからボコボコにされてまうわ」

 ぽんぽん、っと背中たたいて、げんこで軽くあたまコツンッ、てやったら、おんぷちゃんが苦笑いしながら舌だした。

「エヘ☆ ごめん」

 ったく‥‥けど、ちょっと楽になったわ。おおきに、おんぷちゃん。

「ね、ちょっと遠回りしてみない?」

 あたしの前にまわってきたおんぷちゃんが、腰かがめて見上げてん。な〜んかたくらんでる気ぃするけど‥‥

「ん〜‥‥どれみちゃんたち先行ってしもたみたいやし、まぁええか」

「それじゃ、美空町一周ツアー! コンダクターはわたし、瀬川おんぷで〜す

 とたんに元気なチャイドル口調になってん。

 そやな。MAHO堂行く前に、もうちょい元気ためとかんと。


 美空町の公園。あたしがこの町を、最初に見わたした鉄棒。すべり台。砂場のまわりに広い林と草むら。

 でも、いまはあたしらやない、小さな子供が遊んでる。

「いろいろ、あったよね」

 おんぷちゃんがそう言いながら、あたしの横を歩いてった。まっすぐ、草むらのほうに向かってる。

「どこいくんや?」

 早足で追いかけてったら、いきなり立ち止まってしもた。

「うぶっ!」

 あだだ‥‥背中にぶつかってもぅたやんか。ちぃと文句言うたろ思て顔上げたら、おんぷちゃんが、草むらの方指差してん。

「ここ、覚えてる?」

 ここ、て‥‥公園のわきにある、ただの草むらやん。

 わけわからんでいると、おんぷちゃんが顔だけこっち向いた。

「3年前、間違いメールで集まっちゃった人たちの心を変えようとしてたわたしを、あいちゃんが止めてくれたの」

 ああ‥‥そういえば、そんなこともあったわなぁ。

「思い出した?
 わたしは、忘れないわ。あいちゃんが体をはって止めてくれたの。心を変えられる人たちじゃなくて、わたしのことを心配してくれたの」

 いや、そう‥‥やったんかもしれへんけど、それ真顔で言われると‥‥

「あは あいちゃん、顔まっ赤よ」

 体ごとこっち向いたおんぷちゃんが、あたし指差して笑ぅてん。

「もう!からかわんといて!!」

 ぷいっ、と背中向けて、そのまま歩っとったら、

「ごめん、ごめん。待ってよ

 笑いながら追いかけてくる気配感じながら、 3年前のこと、今ごろになって思い出したわ。そや、公園の草むらかて、思い出あったんや。

 小さなハナちゃん乗ったベビーカー押して歩いた小道、バッドアイテムを探し回った商店街‥‥


 この町で思い出のない場所なんて、ないんかも知れへんなぁ‥‥


「最初のお別れは、ハナちゃんとロロたちね」

 商店街に入ったころ、おんぷちゃんがぽつん、と言ぅた。あたしはそっち見ないでうなずいて、

「マジョリカにララもや」

 考えてると、ちょっと寂しなってしもた。

「あいちゃん。なに考えてるの?」

 ん? おんぷちゃんの目が、小さく笑ぅてる。‥‥そか。

「おんぷちゃんと、おんなじことや」

 おんぷちゃんがこっち向いて、大きくうなずいてん。

「そうよね。わたしたちはこれからも会えるけど、ハナちゃんたちとは、こんどいつ会えるのかな」

 ああ、考えただけで寂しなるいうんに‥‥ ふぅ。

「5年後かも、10年後かも知れへん。ひょっとしたら、生きてるうちにはもう会われへんかもな‥‥」

「そうね‥‥」

 はぁ。口に出したら、もっと寂しなってしもた。なんか元気出ること言いたいんやけど、のどまで出てきてすぐ引っ込んでまう。

 なんとかせななぁ、思いながら歩ってると、おんぷちゃんが立ち止まった。

「ねぇ、ちょっとそこ、行ってみない?」

 そこ、て‥‥ああ、よく寄り道したコンビニや。そやけど、

「ちょ、ちょい待ちや。いっくらなんでも、買い食いまでしとったら、どれみちゃん怒んで!?」

 それでなくても、どれみちゃん、食べもんの匂いに敏感なんやから‥‥

「そうじゃないわ。いいから、ね


 コンビニに入って、ひとまわりして、なんも買わずにそのまま出てって。そんでも、おんぷちゃんはコンビニながめてた。

「どないしてん?」

 あたしが声かけると、顔だけちょっとこっち見て、

「ね、わたしのママがアイドルだったころ、覚えてる?」

 おんぷちゃんのおかあちゃん?‥‥ ああ、思い出したわ。

「20年前に行ったときのことやな?」

 おんぷちゃんがうんうん、てうなずいて、

「みんな違ってたよね。電話は押さないで回してたし‥‥」

 そやったなぁ。なんや、映画のセットん中入ったみたいやった。

「ポストも、なんや丸っこかったしなぁ」

「そう。このコンビニも、酒屋さんだった‥‥
 いま見てるものも、何年かしたら変わっちゃうのね」

 おんぷちゃんは、まっすぐコンビニ見つめてる。サングラスで目がわからへんけど。

「せや。あたしも、大阪行くたびそう思うわ。4年前いたところが、どんどん変わっていくねん」

「そう。そうね」

 はす向かいの郵便局や、奥のCDショップを見まわしながら、おんぷちゃんの 言葉が、涙声になってん。

「あたしな、さっきからずっと、ハナちゃんとはもう会えへん、て考えてた。他のみんなには会えるけど、ハナちゃんやミミには‥‥てな」

 せや。いま、はっきりわかったわ。魔女界に帰ってまうみんなとのお別れは、耐えられるんかわからへん。それが怖かったんや。

 最後の最後で、ちゃんとお別れできるかわからへん。そやから、おんぷちゃんと一緒に遠回りして、ちょっとでも先のばししてるんや。そやけど‥‥

「そやけど、ちゃうねん。
 ハナちゃんたちだけやない。あたしらがいま見てるもん、このコンビニも、小学校も、目の前にいるおんぷちゃんかて同じや。いまのみんな、もう会えへんものなんや‥‥」

 おんぷちゃんのサングラスに、涙がたまってん。あたしは、コンビニのわきの階段まで、おんぷちゃん引っ張ってった。

「あいちゃんは、泣かれるばっかりね」

 涙声のまま見上げるおんぷちゃんに、あたしはうなずいてた。

「ああ、あたしは泣かへん」

 あたしの声、おかしなってん。ほおがこわばってんのわかるわ。

「な、おんぷちゃん」

「うん?」

 すぅっ、て息吸うてると、鼻のあたりがなんや水っぽくなってん。‥‥まだや。まだ早い。

「これからいっぱいお別れせなあかんやろ?」

「うん‥‥」

 目の奥が、熱ぅなってきてん。しっかりせな。

「それにいちいち泣いとったら、みんなたまらんわ。そやから、あたしは決めた」

「なにを?」

 口が震えてきてん。もう、ちょっとだけ!

「これからみんな見送っても、見送られても、絶対泣かへん。笑ってお別れや」

「‥‥」

「せやから、せやから‥‥今だけ、な?」

「うん‥‥」

 うなずいてるおんぷちゃんの顔を見たとたん、あたしは首ったまに抱きついてた。

 もう涙が止まらへん。泣き声も止まらへん。ただぎゅって抱きしめて、肩ぬらすしかあらへん。

「わたしも、いい?」

「ん。あったりまえ‥‥やんか」

 おなかがきゅっ、としまって、肩のあたりが熱ぅなってく。あたしは、この熱いもん忘れたない。

 いんや、忘れへん。絶対‥‥!


 小ちゃい公園で顔あらって、あたしらはまた歩ってた。

 ようやっとMAHO堂の坂が見えてきて、さぁ行こかっちゅうとき、あたしの肩がぎゅっとつかまれてん。なんや?思てたら、目の前におんぷちゃんが回ってきとった。

「なにしとんねゃ?」

「ふふ。こうして、ね」

 顔近づけて、じ〜っとあたし見てん。‥‥なんや、恥ずかしなってきたわ。そしたら、いきなり目をぎゅっ、て閉じて、また開いた。

「ほら、おぼえた」

 なんや?

「何年か、何十年かたってから、またこうするの」

「何年か‥‥何十年か‥‥?」

 おんぷちゃんの言葉、くりかえしてみる。なんや、ようわからへん。

「そ。お姉さんになったあいちゃん。お母さんになったあいちゃん。おばあちゃんになったあいちゃん。みんな、み〜んなおぼえておくの。そしたらいつでも、『いま』に会えるわ」

 お姉ちゃん、お母ちゃん、おばあちゃんになったおんぷちゃん、かぁ‥‥

「そやな。あたしもやってみよ」

 今度はあたしが、おんぷちゃんの顔に近づいて‥‥

「ほいで、ぎゅっ‥‥と」


 ちゅ


「!?」

 びっくりして目ぇ開けたら、おんぷちゃんが笑ぅてた。

「この方が、はっきりおぼえられるでしょ?」

 やっぱ、おんぷちゃんにはかなんなぁ。もう、笑うしかあれへん。これなら、元気に見送れそうや。

「お姉さんになっても、お母さんになっても、おばあちゃんになっても、またおぼえよ。ね?」

 ‥‥せやけど、おんぷちゃんの顔見てたら、もちょっと元気欲しなってきたわ。

「おんぷちゃん、いま、もっかいおぼえたって」

「‥‥うん♪」


「‥‥マジョリカの言うこと、よく聞いてね」

 MAHO堂の奥、魔女界の扉の前。ハナちゃんたちの見送りに、あたしらもなんとか間に合うた。

 ‥‥おんぷちゃんが着替えてる間、みんなに囲まれてぶつくさ言われたけど、まぁええわ。

「あ、それから! おやつのまえにはちゃんと手を洗って‥‥」

 あたしは、どれみちゃんの肩にぽんっ、て手ぇかけて、言葉とめたった。

「そろそろ、行くぞ」

 マジョリカの声も、いつもより固なってん。

「ハナちゃん、早く立派な女王様になって、ぜったい会いに来るからね!
‥‥さよならは、言わないよ」

 ハナちゃん、もうじゅうぶん立派やで―― そう心ん中で言いながら、おんぷちゃんと目を合わせてうなずいた。

 おんぷちゃんの右手が、あたしの左手と重なってん。

「それじゃあのぉ」

 マジョリカの声に、ハナちゃんがついてく。その瞬間、左手を調子に合わせて軽く握って、せぇ、の‥‥


 ぎゅっ!


 ひとみの奥に、大きなハナちゃんが写った。

「ハナちゃん!」

 少しだけ、時間をかけてから目ぇ開いたら、ハナちゃんが小さくなっていく。

「いままで‥‥いっぱいいっぱい、ありがとう」


 もいちど、ぎゅっ!


 もう忘れへん。いつかもし会えたら、またこうやって写すんや。お姉ちゃんになったハナちゃん、いつか、きっと。

 わきを見たら、おんぷちゃんがこっち向いてうなずいとった。

 泣きそうになりながら、それでも笑ぅてた。

 あたしも笑て、目ぇつむった。この顔も写しとくんや、ひとみに。


 ‥‥ぎゅっ、て


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