ただいま・おかえり(未完)

 タンスから、薄手のショールをそぉっと1枚。

 

 取り出したとたん、部屋に秋の香りがやってきたわ。毎年のことだけど、またこの季節になったのねぇ。1年なんて、本当にあっという間。

 肩にショールを掛けながら居間に戻ったら、テーブルの上に1通の手紙。じっとだまって、わたしを迎えてくれてる。性格の違いかしら?‥‥手紙を送ってきたのがユキだったら、きっと仕掛けを楽しめたのにねぇ。

 木のペーパーナイフで封を切ると、かっちりした文字が語りかけてきた。やっぱり、性格が出るわね。でも‥‥

「よほど急ぎみたいねぇ、これは」

 思わず声に出てしまったわ。でもほんと、よっぽどのことよ。だって、手紙のあて先の名前、フルネームで書いてあるんだもの。

 

 『マジョリリカ様』ですって。

「でさでさ、ももちゃん。それからが大変だったんだよ! 小竹ったらさ‥‥」

 お休みの土曜日。あたしは朝からMAHO堂にいたんだ。

 床の上に、家から持ってきたクッション敷いて、とびらによっかかって。その向こうとおしゃべりするの。

「ええト、どれみチャン‥‥」

 MAHO堂の奥にあるとびら。普通のとびらじゃないんだよね。むかしは魔女界につながってたし、いまはいまで、アメリカのももちゃんと話ができるんだもん。

「あ、そうだ。サッカーの話ってしたっけ? 」

 ハナちゃんが間違って、MAHO堂のとびらを繋いじゃったんだよね。美空町と、アメリカと、あとマジョリードさんがむかし作ったっていう大阪のMAHO堂‥‥そういえば、あれから2年かぁ。

「でもって、あいちゃんがさぁ‥‥あれ? そういえば、あいちゃん最近あんま来ないよね。やっぱ、勉強大変なのかな? 専門の高校に行きたい、って言ってたもんね」

 もう、とびらは開かないけど、声だけはいつでも届くんだ。中学最初の半年がウソみたいだよ。

「あたしなんか、近くの高校がいいなぁ、くらいしか考えてないや。えへへ☆」

「あ、アノね、どれみチャン‥‥」

 あれ?

 おしゃべりしっぱなしで、気がつかなかったけど‥‥今日のももちゃん、いつもと違うな。なんか、ちょっと沈んでるっぽい?

「どうかしたの、ももちゃん?」

 よっかかってたとびらに向き直って、じーっと見つめてると、なんだかももちゃんの顔が見える気がするよ。困ったみたいな顔がさ。

「ちょっト、聞いてもらえる‥‥カナ?」

「うん‥‥い、いいけど‥‥」

 のどをごくっ、って鳴らしながら、あたしはクッションに正座した。

「マジョリリカさま、ねぇ‥‥」

 読み終わった手紙をまた封筒に戻して、机の上に置いて。ちょっと待ってみるけど、封筒は動いたりしないわね。

 大きく息を吸ってから、庭に出てみた。最近は毎年みんながやってきて草を刈ってくれてるから、とってもきれいねぇ。

 

 でも、それだけ。

 

 振り返って、ペンションの部屋を見てみた。あたたかい部屋に、ちいさなゆり椅子。

 

 でも、それだけ。

 

「ここも、いつか忘れ去られる場所なのね‥‥」

 思わず、頬が緩んでゆくわね。わかっていたことなのに、いつの間にか忘れてしまうものなんだわ。

 

 部屋に戻った私は、アルバムから写真をひとつ取り出した。

 木の枠に入れて、服のポケットにそっとしまうと、そこだけあったかくなるみたいね。

「それじゃ、行きましょうか。モンロー」

 誰もいない部屋に響いてる言葉を聞きながら、私は目の前の()()()を開けた。

 コンコン

「お〜い」

 コンコンコン

「だれか〜? いないの〜?」

 コンコン‥‥コン

「やっぱ、ダメかぁ」

 ももちゃんの声がいきなりぷつっ、って消えちゃってから、もう2時間。向こうはもう真夜中だし、帰っちゃったんだろうな、ももちゃん。

 それにしても‥‥

「大人の人、かぁ‥‥」

 思わず、口からこぼれちゃったよ。もうみんな中3で、子供じゃない気がしてたのにさ。

(ワタシ、はやくSweet Shopを開きたいノ。でないと、このMAHO堂がなくなっちゃうカラ‥‥)

 ももちゃんの言葉が、頭に響いてきた。

 そうだよね。こんな風に話ができちゃってたから忘れてたけど、いまのMAHO堂って、みんなから見れば空き家で子供が遊んでるだけなんだ。美空町のはまだ、ユキ先生がなんとかしてるみたいだけど、アメリカには誰もいないんだもん。

「お店を開くには、大人の人、かぁ‥‥」

 見上げたら、とってもきれいなMAHO堂の天井。誰も掃除なんかしてないのにこんなにきれいで、ちょっとため息出ちゃうよ。

「やっぱ、ユキ先生に相談するしかないのかな?」

 MAHO堂使うんだし、魔女じゃないとマズいもんね。

 でもさ、先生って、いまは保健室から外に出ないみたいだし、それに‥‥

「お店はじめたら、とびらで話なんて、もうできないよね‥‥」

 

 コンコンコン

 また叩いてみたけど、だ〜れも出てこない。あいちゃんも、おんぷちゃんも。

 そりゃ、みんな忙しくなっちゃって、毎日は集まってないけどさ。

 でも、こんなときに限って‥‥

 

 ドンドンドンッ!

「こらーっ、誰か出てこーいっ!」

「おっかしなぁ。なにやってんのやろ、みんな」

 MAHO堂‥‥になるはずやった家の奥で、あたしはとびらの前に座ってた。

 古い和風の家なんやけど、とびらだけは洋風のつくり。ほかはホコリかぶってるんに、このノブだけはいつもぴっかぴかや。ずっと昔にここ作ったマジョリードさんも、ヘンなとこ凝る人なんやなぁ。

 

 コンコン!

 またとびら叩いてみたけど‥‥う〜ん、返事あらへんなぁ。

 ももちゃんはもう()らん時間やけど、土曜のこの時間やったら、たいてい、どれみちゃんかはづきちゃんが居るんやけどなぁ‥‥

 

「もう、ええか? あいちゃん」

 背中のほうから声がして、ちょい、っと玄関のほう覗いたら、丸いめがねが首横にしてこっち見とる。

 中学で友達になった、(さき)ちゃんや。

「あ〜‥‥もぅちょっと、ちょっとだけ待ってぇな」

 せや。今日は咲ちゃんに、参考書選んでもらいに本屋行くっちゅうことになってたんや。

 せやから、今日はもうここに居らんて、みんなに連絡してから行こう、思ぅたんに‥‥ったく、ボロとびらやなぁ。

 まぁ、しゃあないか。いまはしっかり勉強せな、な。

「ごめんなぁ。今行くわ」

 すわってたクッション、とびらの前に立てかけて、あたしはそのまま歩ってった。えぇと、玄関の鍵出さななぁ。ポケットん中の銀色のカギ‥‥っと、

「‥‥ってあいちゃん、なに振り返っとん?」

 あり? あ、ほんまや。玄関に歩ってるはずなんに、あの()()()が見えてる。なんや知らんけど、あたしのからだの上半分、勝手に後ろ向いとるわ。

 すぐぱっ、てからだ元もどしたけど、なんやろ、髪の毛だれかに引っ張られてるみたいな、ヘンな感じやなぁ。

 咲ちゃんがリスみたいな目ぇで、きょとーんとこっち見とる。あたしは両手合わせて苦笑いしてから、もっかい、ちょいっと振り返って、ひとことだけ声かけたった。

 

「ほな、またな」

「おんぷ、いまは打ち合わせ中だよ。ほら、ちゃんとお聞き」

 土曜日のお昼前。わたしはマジョルカの事務所に来ていたの。

 お仕事はないけど、打ち合わせが終わったら、歌と踊りのレッスンがお昼過ぎから。そのあとは英会話。忙しいけど、もう少しなんだもの、しっかりやらなくちゃ。だけど‥‥

 だけど、いまのわたしはそれどころじゃなかった。

「ちょいと、おんぷ! どこ見てるんだい、さっきっからさ」

 わたし、真っすぐ前に指を伸ばしたわ。事務所の奥にある窓。曇りガラスが、ゆらゆらしてる。まるで、池に石でも落としたみたいに。

「ちょっとお待ちよ、これは‥‥うわわっっ!!」

 バンッ! って思いっきり窓が開いて、近づいてたマジョルカが飛ばされてく。

 でも、わたしは動けなかった。

 だって、開いた窓の向こうから、杖と手が伸びてきたんだもの‥‥!

「だ、誰!?」

 思わず両手のこぶしを握っちゃったけど、そんなのでどうにかなるなんて思ってないわ。

 ここから入ってくる人間なんか、いるわけないんだから。

「おんぷ、早くお逃げ!」

 動けないでいるわたしの前に、影ができた。両手を大きく広げたマジョルカが、わたしをかばってくれてる。

「あたしだって、元女王候補なんだからね。そこらの化け物なんか‥‥」

 無理しちゃって。いいわ、魔女見習いじゃないけど、マジョルカのお手伝いくらいなら!

「おんぷちゃんじゃない。久しぶりねぇ」

 ‥‥え?

 聞き覚えのある声が、いきなり窓から聞こえてきた。のんびりしてて、おもわず顔がほころんじゃう声。これって、ひょっとして‥‥

「げげっ! まさか‥‥!?」

 黒くてゆったりしたマントに、黒いとんがり帽子。まとめた髪を、マラカスみたいにふたつさげて、顔じゅうにこにこ。間違いないわ。

「リリカおばあちゃん♪」

 わたしは窓に駆けていって、手をひいてあげた。昔のまんま。懐かしい、リリカおばあちゃんだわ。

 ふぅ。なんだか、緊張してたのがばかみたいね。それにしても、すごい登場のしかた。もう、びっくり‥‥

「マ、マ、マジョリリカだってぇ!?」

 び、びっくりした。もう、いきなりすぐ横で大声なんて出さないでよ!

 でも、深呼吸しながら振り返ったところで、わたしの口は動かなくなった。

 

 だってマジョルカの顔、見たことないくらい真っ青なんだもの――!

 とびらを抜けたら、まぁまぁ、地面が遠いわね。行き先を間違えたかしら。

 足元は金物(かなもの)でできた枠みたい。これは、窓‥‥かしらね? さぁて、どこへ来ちゃったのかしら‥‥あら、まぁ

「おんぷちゃんじゃない。久しぶりねぇ」

 すぐそこで大きな髪がゆれてるわね。おんぷちゃんも、わたしだ、って気がついたみたい。ぱっ、と両手を出してるわ。手をひいてくれるのね。

 あぁ、なんだかモンローのお小言が聞こえるみたいだわ。ここにいたら、きっと言うわよね、黙って行ったりしちゃダメよ、なんて。

「マ、マ、マジョリリカだってぇ!?」

 そんなことを考えていた私の耳に、突然大きな声がやってきたわ。

 まぁ。よく見たら、おんぷちゃんの向こうに、びっくり顔の()がいるじゃない!

「まぁまぁまぁ、もしかして、ルカちゃんなの?」

 きちっ、とスーツなんか着ちゃって、ちょっと顔色は悪いみたいだけど、間違いないわ。

「立派になったわねぇ、ルカちゃ‥‥あららら」

 くるっ、と目の前が縦に回って、なにかやわらかいものにぶつかったわ。そういえば、窓枠にいたんだったわね。すっかり忘れてた。

 顔を上げたら、目の前に小さい腕。落ちそうになったわたしを、おんぷちゃんが抱きかかえてくれたみたい。そのまま、わたしを立たせてくれたりして。大丈夫ですか、なんて言う顔はむかしのままなのに、ずいぶん鍛えているのねぇ。笑ってお礼を言ったけれど、もう頭をなでたら失礼になっちゃうわ。

 あら、そういえば、わたしどうして窓から落ちたのだったかしら? えぇと、とびらを開けたらそこが窓で、大声が聞こえてきて‥‥あぁ!

「ルカちゃん! 懐かしいわねぇ。ちゃんと食べているの? 顔色が悪いわよ?」

 よぉく見てみたら、まぁ、なんだか震えているみたい。熱でもあるのかしら?

 そう思ってそばに行こうとしたら、あらあら、ぴゅっ、って()ねるみたいに後ろに下がっちゃったわ。

「マジョルカ! なんでいきなり逃げるのよ。リリカおばあちゃんに失礼じゃないの!!」

 おんぷちゃんが、ひょい、っとその後ろに回りこんでいくわ。まぁまぁ、本当に鍛えているのねぇ。

 あらあら、ルカちゃんがだんだん近づいてくるわ。おんぷちゃん、背中を押しているのね。

「うわわわわ!! やめておくれ、おんぷ!
 こ、この人はね、マジョリードさまが『歩く天災』って呼んだくらいの人なんだから‥‥って、おんぷ!なに笑ってんだい!!」

 まぁ、はじめて見たわ。おなか抱えて笑ってるおんぷちゃんなんて。

「リ、リリカおばあちゃんとは、もう何年ものつきあいよ。そんな怖い人じゃないわ」

 まだ笑いながら、おんぷちゃんがそう言ってくれている。‥‥ちょっとだけ、ため息出ちゃうわね。

「だったら、もうひとつのあだ名を教えたげるよ。『陽光のマジョリリカ』って言やぁ、伝説のロイヤルパトレーヌさ。
 先々代の女王様がお隠れになったときだって、人間を懲らしめに行こうとした魔女たちを、片っ端からなぎ倒して食い止めたくらいだからね!」

 あぁ、ルカちゃんの怒鳴(どな)り声に、おんぷちゃんがびっくり顔になってしまったわ。

 

 ‥‥そう。そうなのね。やっとわかったわ。

 そう言えばルカちゃんのおかあさんも、わたしが押し止めた方だった。とても素敵な方だったのに、ね。

 

「そんなはずないわ。だってマジョリカは、魔女界ではすごい人気者なんだって‥‥」

 必死になってかばってくれるおんぷちゃんの前に、わたしは出て行った。そのまま杖をルカちゃんに預けて、その目をじっと見ていたら、ぷいっ、ってそっぽむいちゃったわ。

「‥‥『陽光』っていうのはね、正しい魔女には春の陽射(ひざし)のように暖かいけれど、(あやま)った魔女には砂漠の炎天のように厳しい、って意味さ。あたしみたいな悪い魔女にゃ、女王様より怖い相手だよ。
 魔女たちを食い止めたとき、あまりにも厳くしすぎたって言って、ロイヤルパトレーヌの称号を自分から返上して魔女界を去ったんんだからね。公平で公正で、そしてとってもやさしい‥‥人気者さ」

 あっち向いたまま押し付けてる杖を受け取ると、わたしの胸からちょっとだけ痛みがとれた気がするわね。‥‥あと、いくつあるのかわからないけれど。

「むかしはむかし、いまはいまよ。もう魔女界に、わたしは『()らない』の。それは、とても嬉しいことよ」

 ふたりが、びっくりした顔でわたしを見ている。

 ‥‥さぁ、ごあいさつしなくちゃね。

「ですからね、『要る』ところに行こうと思っているの。わたしは」

未完成ですが、現時点で製作を終了します。申し訳ありません_(_ _)_ 2011.09.05

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