このひチョコのひ

 シャコッ シャコッ シャコッ‥‥


 台所ののれん上げたら、小気味ええ音と一緒に、甘い匂いがふわぁ、っとやってきたわ。

「へぇ、ええ匂いやなぁ」

 テーブルの前には、水色のナプキン三角巾にした、あたしの娘。 一所懸命ボールの中をかきまぜてる手が、ずいぶん大きなったように見えるわ。

「あいこも、お菓子なんて作るようになったんやね」

 ふぅ、て息ついて、おでこタオルでぬぐってから、おっきなおでこが振り向いた。

「5年生ンときは、お菓子屋さん手伝ぅてたって、まえに言うたやん」

 あぁ、そう言えば、そないなこと言うてたなぁ。

「それに‥‥」

「それに?」

 あたしが目ぇ覗き込んだら、

「これはまた別や。東京に行ってから、バレンタインには毎年作ってるからなー」

 そう言うてる顔が、えらい大人びてるわ。ちょい上の方、遠く見るような目ぇして‥‥あぁ、そっか。

「‥‥あいこ」

「ん? なんや、おかあちゃん?」

「東京に、好きな男の子おるんやね?」

 きょとん、て顔しとるわ。あたしやったら気づかへんとでも思うてるんかなぁ?

「4年も前からずぅっと想ぅてるん? おかあちゃん悲しなぁ。なんで言うてくれへんの」

 目ぇがまんまるに開いた思たら、あいこの顔が真っ赤になったわ。

「ちゃうちゃう、ちゃうて。これはそないなチョコやない!!」

 あーあ、ヘラ持ってる手ぇぶんぶん振り回すから、チョコがそこら飛んでもうてるやないの。

 手ぇからヘラ取って、そこらついたチョコ拭いてたら、あいこが両手握り締めてこっち向いた。

「これは、はづきちゃんや。誕生日がちょうど2月の14日やから」

 ああ、なんや。友達の方かいな。そやけど‥‥

「ずいぶんはよから作るんやねぇ。バレンタインまで、まだ一週間もあるやないの?」

 聞きながら返したヘラ、うちわがわりに扇いでるわ。ふふふ。よっぽど慌ててたんやね。

「アメリカのももちゃんかてケーキ送る言うてるんやで? 同じ日本にいるあたしが間に合わへんなんて、よう言われへん‥‥ どわぁぁっ! チョコがさめて固まってしもたッ!!
 ‥‥あ〜あ、やりなおしやぁ‥‥」

 ぶつぶつ言いながら、湯せんに使ってた鍋をまた火にかけてる。あたしは笑わんように後ろ向いて、台所出て行った。

 そやけどなぁ。 いくら誕生日いうたかて、バレンタインデーにチョコあげる相手が女の子、か。ほんまは、もっと一緒に遊びたいんやろな。

 ‥‥うん、そやね。ちょっとお父ちゃん、つついてみよか。

「なんやて!?」

 あたしは思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声上げてしもた。

「なんやって、見てわからんか?」

 おとうちゃん、半分ふくれっ面でこっち見とん。


 三日がかりのチョコ作りがやっと終わって、箱どないしよかなー思いながら夕飯の手伝いしとったときやった。

 おとうちゃんが、ただいまも言わんと台所来て、あたしになんやプレゼントがある、言い出したんや。

 目の前に出されたんは、新幹線のきっぷ。新大阪から東京までの。

「いや、そやけど、ちょ、ちょい待ちや。こない高価なもん、なんで‥‥?」

「たまにはええやないの。あんまりお父ちゃんばかにしたらあかんで」

 いつの間にかおかあちゃんが、あたしの両肩に手ぇ置いてるわ。

「そうや。俺の稼ぎやとちょいちょいは無理やけど、たまにもやれん、ちゅうわけやないで。 チョコくらい、直接持ってったりや」

 おとうちゃんがあたしの手に、きっぷをぎゅっと押し込んで、そのまま台所出てこうとしてん。おかあちゃんが背中ぽんぽん、て叩くから、わけわからんまま、大声でおおきに言うて受け取ったけど‥‥

 手の中のきっぷ、裏っ返したり透かしたりしても、なんもあらへん。いったい、なんやったんや?

「ここんとこ、ず〜っとチョコ作ってんやでーってお父ちゃんに毎日言うといたんよ」

 背中でおかあちゃんがこそこそ言うてる。振り向いたら口に指あてて、静かにしぃ、って形や。

「そんでな、今朝そわそわし出したから言うてみたんや。『東京やったら14日は藤原さんの誕生日や言うてたなぁ。けど、今年は行かれへんし、誰にあげるんやろなぁ?』て」

 へ?

「そしたら、きっぷ買ぅてくるから、言うてでかけてんで。もう、かわいいなぁ

 居間に聞こえんように、くすくす笑てん。はぁ‥‥負けたわ。ほんま。

「へェ、MAHO堂に泊まるんダ」

 むかしは魔女界につながってたとびら。マジョモンローの写真見ながら、わたしはそのとびらによっかかって、背中からくる大阪弁聞いてた。

「せや。きっぷが結構しよったからなぁ。まぁ、おかぁちゃんたちには、どれみちゃんとこ泊めてもらう、て言うといたけど」

 とびらのむこうは、大阪のMAHO堂‥‥に、なるはずだったとこ。むかし、マジョリードさんが作ったんだ、って言ってたな。あいちゃん。

「このとびらが開くんやったら、そっちの――アメリカのMAHO堂にかて楽々行けるんやけどなぁ。ま、そらぜいたくっちゅうもんやろ」

 あいちゃんの声が、苦笑いしてる。そだね。

 とびらのむこうに届くのは声だけ。開けて、むこうには行けない。でも、もともとは声も届かないはずなんだから、

「お泊り、かァ‥‥」

 それ以上は望んじゃいけないよ。うん。

「あ、そや。前から聞きたかったんやけど‥‥あたしらの誕生日のたんびにケーキ送ってきてるやんか。うれしいけど、ももちゃん大変やないの?」

 あ、いきなり別の話題。‥‥お泊り、いいなぁ、って思ったの、声に出ちゃったかな?

 ケーキね、ケーキ‥‥まぁ、そっか。年に4回も送ってたら、大変って思うかもね。‥‥でも、

「えへへ。実はネ、約束なんだヨ」

「約束?」

 あはは。やっぱり、わかんないか。それじゃ、

「ウン。実はネ、このMAHO堂は、なくなるハズだったんだヨ」

「なんやて!?」

 そんなに驚かないでよ。大阪にMAHO堂があることのほうが、よっぽどびっくりなんだから。

「バニラさんに言われたノ。だからわたシ、頼んだんだヨ。『もう入れなくてもいいカラ、せめてお店だけは残して』って。 そしたら、ひとつ約束すれバ、消さなくてもイイって言ってくれたノ」

 わたしは、細いネックレスの先をにぎった。このMAHO堂のカギ。白く光ってる、わたしだけのカギ。

「それが、ケーキなんか?」

「ソウ。このMAHO堂デ月に一度、思いを込めて、お菓子を作るコト。これが、バニラさんとの約束ダヨ」

「そっかぁ‥‥って、ちょい待ちや?」

 ん?どうしたんだろ、おかしな声出して。

「あたしらの誕生日‥‥ももちゃん合わせたかて5回やろ? あと7回どないするんや??」

 あぁ、そっか。

「それはネ‥‥適当に、作っちゃっタ

「て、適当やて?」

 パパにママにベスに‥‥アメリカの友だち全部合わせても、うまく毎月にはならないもんね。

「あまったところは、好きな魔女さんの誕生日ッテことにしちゃったノ マジョモンローとか、リリカおばあちゃんトカ、マジョリカとか‥‥きゃぁ!!」

「な、なんや?どないしてん!?」


 パコン! シャンシャン! ゴンッ!!


 いたい、いたい、いたいってば!

 キッチンに片付けといた料理の道具、いきなり飛んでくるんだからなぁ、もう。

「お〜い、ももちゃ〜ん!だいじょぶか〜!?」

 あぁ、いけない。いけない。

 わたしは、まわりをひょいひょい飛び回ってる、ボールや泡だて器やめん棒を全部かかえこんで、またとびらによっかかった。

「とりあえず、平気ィ‥‥あはは、忘れてたヨ」

「なんや、いったい?」

 ボールがバタバタ暴れてる。もう。みんなまとめて、とびらに押し付けちゃえ!

「このMAHO堂っテ、マジョモンローの思い(・・)がものスゴ〜ク残ってるンだって。だからネ、ズルすると怒るんだヨ」

 泡だて器とめん棒が、ぐいぐい押してきてる。しょうがないなぁ。

「‥‥あいチャン、ちょっト待ってテ。バツゲームしてくるカラ」

「はぁ? なんや、それ??」

 背中にあいちゃんの声聞きながら、わたしはキッチンの方にひっぱられて行った。怒られたらお菓子の修行、これも約束だもんね。


 今日の怒りかただと、ん〜‥‥パイ3個くらい作らなきゃ、ダメかな?

「えぇっ? あいちゃんMAHO堂泊まるの!?」

 あかん。思わず吹いてもうた。


 罰ゲームとか言うて、ももちゃんいなくなってもうてから20分。 学校行こ思てたとこへどれみちゃんが来たんで、バレンタインの話してみたら、これや。

 まったく、とびら越しで大阪と美空町と離れてるんに、目ぇまんまるに開けた顔が浮かんでくるわ。

「まぁ急な話やし、みんなンとこ押しかけるンもなぁ。そこやったら遠慮せんといられるし、それに‥‥」

 あたしは言いながら、とびらを右手でコンコン、って叩いた。

「夜には、ももちゃんともずっと話できるしな」

「あはは。面白いネ。いいヨ、待ってル」

 あぁ、ももちゃん、戻ってたんか。

「え〜、あいちゃんずる〜い! よし。だったらあたしも泊まるっ!」

 へ?

「待ってて。おんぷちゃんとはづきちゃんにも声かけてくるから」

 ちょ、ちょっちょっちょい!!

「ちょい待ちやぁッ!」

 思っきし大声出したら、向こうの足音が止まった。‥‥ふぅ。あぶないあぶない。

「耳いたいィ‥‥」

 あちゃ、せやった。どれみちゃんだけやのうて、ももちゃんも聞いてるんやったわ。

「ごめんなぁ‥‥せやけど、やっぱひとりで泊まるわ。だいたい、とびらの前に3人も4人も寝られへんやろ?」

 あ、どれみちゃん、むくれた声出してるわ。しょぉないなぁ。

「それにや、どれみちゃん。おんぷちゃんはまぁええとして、はづきちゃんはあかんやろ」

「へ?なんで??」

 わけがわからん、っちゅう声が帰ってきたんで、あたしはちょい 頭(いた)なった。‥‥幼なじみちゃうんかい。

「あたしが泊まる日ぃはバレンタインデーやんかぁ。 いっくら大親友いうたかて、あたしもまだ馬に蹴られたない‥‥」

「わたしなら、別にかまわないわよ?」

 んぁ、この声?

「は、はづきちゃん‥‥!?」

 どれみちゃんの声がビクビクしてん。あたしも、ももちゃんも、いきなり黙ってもうた。

 去年のクリスマス、カレン女学院のパーティで矢田くんとカップル組ませる計画に、あたしら乗ってもうたからなぁ。

 あとで聞いたら、一年生で男子と一緒に参加したん、はづきちゃんたちだけやったみたいや。

「みんなのおかげで、3学期になってからもず〜っとからかわれてるなんて、わたしちっとも気にしてないのよ

 うぁ、あかん。とびらがあるのに、はづきちゃんのめがねが光ってるんわかるわ。

「と、と、とにかくあたしはひとりで泊まるから‥‥ あ、もう学校行かんと。ほな!」

 どれみちゃんの『逃げるな〜』ちゅう声が聞こえるけど、気にしてられへんわ。くわばら、くわばら。

 あいちゃんの声がなくなってからも、わたしはそのまま座って、耳を澄ましてた。

 とびらのむこうは、しばらくボソボソ、ゴソゴソって音。それがピタッとやんだと思ったら、はづきちゃんの声が聞こえてきた。

「ねぇ、ももちゃん。まだいる?」

「う、うん、いるヨォ」

 なんかこわい。たくらんでる声だわ。

「じゃあね、ちょっとお願いがあるんだけど。
 ‥‥どれみちゃん、逃げないの!」

 続けて『うわっ』っていう声。どれみちゃんの声だわ。つかまったのかな?

「あのね、ももちゃん。あいちゃんが美空町に来るのって、13日の夜なのよ。だから、そのとき‥‥」

 ふんふん。‥‥え? ええっ!?

 わたしは、ちょっと言葉につまっちゃった。

「は、はづきチャン? ちょっと性格、変わったんじゃナイ?」

「うふふ きたえてくれたの、誰かしら?」

 あ〜あ。もう、笑うしかないわ。ずっと向こうからはどれみちゃんの、乾いた笑いも聞こえてる。

「協力して、ね? それじゃ」

 そのまま学校に行く二人の足音聞きながら、わたしは思わず吹き出しちゃった。

 あはははは、まぁ、いっか。それにしても、


「わたシ、日本にいなくてよかっタ」

「はいOK! おんぷちゃん、15分休憩でーす」

「はぁい♪」

 ふぅ、写真撮影はたいへん。歌やお芝居の方が、動けるから楽でいいわ。

 15分か。ちょっと、横になろうかな?


 控え室に入って、バッグの中をチラッと見たら、携帯がチカチカ光ってる。メールかぁ‥‥寝たいんだけどな。

 誰からだろ? あ、どれみちゃんだ。

 はづきちゃんのバースディの話かしら? 14日はお昼前からお仕事なのよね‥‥ あいちゃんもいないし、今年はプレゼントだけにしようと思ってたんだけど‥‥まぁいいわ。とにかく、読みましょ。

 あら? あいちゃん来るんだ。13日の夜からMAHO堂にお泊りかぁ。

 みんなでお泊りなんて、ひさしぶりね ‥‥って、え!?

「ひとりで泊まって、ももちゃんと夜通し話するですってぇ!?」

 いけない。思わず声に出しちゃった。そっと廊下見たけど、だれもいない。ふぅ。

 でも‥‥あいちゃん、時差のことちゃんとわかってるのかしら??

 2月13日。学校終わってから家に 帰って、おじいちゃんに夕ご飯作って‥‥おかあちゃんは、ええからて言うてくれたけど、これはゆずれへん。

 それから新幹線と普通の電車乗り継いで、美空駅からMAHO堂までてくてく歩ってるころには、もうすっかり夜中やった。


「お、あいたあいた」

 古い店のとびらに金色のカギ入れたら、すぅっと開いてもうた。そら開けるためのカギなんやけど、なんや妙な感じや。

 あたしはそのまま中に入って、まわり見渡した。

 5年くらい前、どれみちゃんにひきずられて最初にきたときと同じ、明かりつけても薄暗い部屋や。そやけど、テーブルにもイスにもほこりついてへん。

 何べん掃除してもほこりだらけになってまう、大阪のMAHO堂とえらい違いやな。‥‥ひょっとして、マジョリードさん、作り方間違えたんとちゃうやろか?


 もっと奥に入ってくと、キッチンもトイレもちゃんとある。水はきれいやし、コンロで火も使えるし、どこの明かりかてちゃんとつく。

 二階ちょい、っと見たら、ここだけはそんなむかしやない。ハナちゃんの部屋がそのまんまになってるわ。

「なんや、このまんま暮らしていけそうやなぁ」

 キッチンのイスにすわったら、つい口に出てもうた。ほんま、大阪のMAHO堂とは大違いや。


 ぼ〜っと見回してると、なつかしなぁて思うてしまうわ。たった1年なんやけど、ここももう思い出なんやな。

 あたしは、プレゼントのチョコだけテーブルに置いて、そのままキッチン出てった。なんとなく、あたしのいる場所やないなぁ、て思うてしもたから。


 キッチンと反対側の、いちばん奥。1年前にハナちゃん見送った、魔女界につながってるとびら。

 その前にすわり込んで、後ろをコンコンって叩いてたら、不思議な気ぃしてきた。大阪から4時間かけてやっと来たっちゅうのに、このすぐむこうは大阪なんやもんなぁ。

「んにゃ、ちゃうか」

 このむこうは大阪だけやない。アメリカの、ももちゃんとこにもつながってるんや。こっち行くんは、何時間かけたらええんかわからんわ‥‥


 ももちゃんが来るんは、こっちの真夜中やろな。ほなメシでも食うて、の〜んびり待とか。

 大阪で作ってきたおにぎり食べながら 時計見たら、もう夜の11時過ぎやった。そろそろ、準備せんとあかんな。


 食べ終わってゴミかたしてから、あたしは二階のハナちゃんのふとん借りて、とびらの前に戻ってきた。

 ほこりくさいくらいはしゃあない思てたけど、とんでもないわ。いま干したばっかり、っちゅう感じの、お日さんのにおいいっぱいや。

 きっと、ハナちゃんいつでも来れるように、ってしとるんやろな。

「ハナちゃん、一晩貸してなー」

 あたしはふとん抱えたまんま、天井に向かってそう言ぅた。 明日はええ天気になる、言うてたし。きちんと干して返さな、な。


 とびらの前にふとんしいて、カイロつっこんでから、あたしはパジャマに着替えた。

 う〜、東京は寒いなぁ。急いでふとんをちょいっとめくって(くる)まると ‥‥お〜、わりと(あった)こうなるやん。よっしゃ、これなら朝まで大丈夫や。

「ももちゃん、まだかな?」

 とびらのむこう、まだ人の気配があらへんわ。ちょい早かったかな?

 ええと、アメリカは日本より14時間遅れてるんやったな。日本がもうじき0時ちゅうことは、アメリカは朝の10時か。もう来てても‥‥ん? あ!

「あっちゃぁ。アメリカはまだ13日やんか!」

 日付けが違うっちゅうこと、すっかり忘れてたわ。 ええと、学校終わってから来るとして、午後の3時やと、こっちは‥‥朝の、5時。

「泊り込んで話しよ、っちゅうんは、甘かったみたいやなぁ」

 思わず口にでてしもた。あ〜あ、ちゃんとそこまで考えるんやったわ‥‥

「あたりまえでしょ?」

 へ?

 すぐ後ろから声がした思たら、ふとんの背中がふわっ、と持ち上がって、なんか入ってきたわ。

「うぁひゃ!!」

 冷たいんが、背中に張り付い た。背中にぴとっ、てくる、この感じ、まさか。

「おんぷちゃん!?」

「きまってるじゃない。それとも、あいちゃんは誰 がふとんに入ってきても平気なの?}

 ん。そら、この声にこの気配でわからんわけないわ。せやけど、

「今日も仕事や聞いてたけど、ちゃうんか?」

「そうじゃなかったら、もうちょっと早く来てるわよ」

 えらいツンツンしとんなぁ。 あたしに、はよ気付け言うてるみたいや‥‥あ。

「ひょっとして、こっち来る、いうんを直接言わんかったん、怒っとるん?」

 ありゃ? ため息 ついてもうた。なんやろ?

「じゃぁ訊くけど‥‥なんでこんなとこに、ひとりで寝てるのよ。わたしの家に泊まりに来ればいいのに」

「せやから、ももちゃんがいる思てたからやて。時間間違えてるてわかってたら‥‥」

「わかってたら、わたしの家に泊まった?」

 おんぷちゃんの手が、あたしの腕にぎってる。逃がさへん、っちゅうてるみたいや。

「そ、そらそう‥‥いててててっ!」

「うそばっかりついてると、つねるわよ?」

 もうつねっとるやんか!!

「で、本当は?」

 うぁ、怒りながらにっこり笑てるんが見えるような声や。もう、しゃあないなぁ。

「‥‥とびらのむこう、ももちゃんひとりやで?」

「え?」

 はぁ‥‥おんぷちゃんはごまかせへんわ。

「ももちゃん置いて、だれかン家に泊まり。なんちゅうたら、寂しがるんやないかぁ、思てな」

 おんぷちゃん、黙ってしもた。片手離して、背中でごそごそやっとんなぁ‥‥あ?

「もう14日になっわよね。じゃ、チョコあげるわ。口あけて」

 いきなり、えらいやさしい声なってる。 それといっしょに、口元に手ぇのびてきたわ まぁ、チョコで機嫌がよぉなってくれるんやったら‥‥ほな、 あむ。

 ‥‥むぐっ!?に、苦いっ!?

「砂糖ぬきビターチョコ、作っておいてよかったわ

「お、おんぷちゃ!?‥‥げふっ」

 あぁ、チョコはき出しても、苦くて舌が動かへんわ。

 げほげほやっとったら、また口になんや押し込まれた。チョコ!! ‥‥やけど、こんどのはまともや。あぁ、しんどかったぁ〜

「どう? ちょっとは反省した?」

 反省もなんもあるかい! って、あたしが背中むこうとしたら、押し返されてしもた。

「ねぇ、ももちゃんがそんなこと喜ばないの、わかってるでしょ?」

 そないなこと、わぁってるわ。せやけど‥‥

「あいちゃんが楽まなかったら、みんな楽しくないのよ? だから、会えたら、会えたときに楽しめることしよ。ね?」

 せやから、わあってるて。せやけど‥‥

「せやけど‥‥ ももちゃんは、ずっと海のむこうなんやで?」

「だったら、会いに行けばいいじゃない」

 へ?

「会いたい、ってほんとに思うなら、わたし月だって行ってやるわ。何年かけてでも、絶対!」

 は、はは、ははははは。

 そっか、行ったらええんや。ももちゃんがおるんは同じ地球の上や。いつか行って、思っきり楽しいことしたらええんやわ。

 ‥‥はぁ、なんや、一気に疲れてもうた。なんでこないちから入れてたんやろなぁ、あたしは。

「ねぇ、わたしはずっと『会いたい』って思ってたのよ。 最初に聞きたいことば(・・・)、わからない?」

 がっくりしてるあたしのおなかに、そおっと腕が回ってきた。あぁ、そっか。それやったんか。

「ええと‥‥ただいま、で、ええかな?」

 おなかに回ってる腕が、きゅっ、てしまったわ。ああ、もうカイロなんていらへん。ひさしぶりや、この感じ。

「ん。おかえりなさい

 しばらく、わたしはあいちゃん背中から抱いてた。

 ひさしぶり。とびら越しに声はよく聞いてたけど、やっぱりこうやって()れられるって、いいわね。

 この、おなかの感触が‥‥ あら?でも、なんだか以前より‥‥

「あたしのからだ、ゴツゴツしてきたやろ?」

「え? あ、え〜と‥‥」

 なんて言おうか迷ってたら、あいちゃん、いきなり笑いだした。

「夏ごろからやけど、いろいろ運動してんねん。入ってるわけやないけど、いろんなクラブで、いっしょにやらせてもらってるんや」

 さすがあいちゃん。わたしも思わず笑っちゃった。

 いろんなクラブでちょっとづつ運動、なんて、専門にやってる人に、にらまれて当然だものね。普通は。

「筋肉おんな〜、なんて言うアホもおるけどな。保健の先生――あ、ゆき先生と違て、天然やないで? で、その先生が言うてくれたんで、気にせんことにしてるわ」

「なんて言われたの?」

 聞きながら、わたしはあいちゃんが運動してる姿を想像してた。

「女の子は、どんだけ運動してもちゃんと丸ぅなるようにできてんで、てな。せやから、やれるだけやり、言うてたわ」

 そう言われて、喜んでるあいちゃんが目に浮かぶわ。あいちゃん、けっこう『女の子』ってことを気にしてるもの。

「いい先生ね」

「ああ。あたしはほんま、行くとこ行くとこ、ええ人に会ぅてる気ぃするわ」

 ううん。違うわ。いい人に会ってるんじゃない。 あいちゃんだから、まわりが自然によくなっちゃうのよ。

 なんたって、わたしがいま、ここで抱きしめてるくらいだもの

「こんどさわるときは、どうなってるかしらね?」

「もっと硬いかもしれへんな」

「もう! そういうこと言わないの」

 ふたりして笑った声が、うす暗いMAHO堂に響いた。うん。やっぱり、笑い声がいちばん、ね。


 わたしはそのまま、少し硬くなったあいちゃんのからだ、パジャマの上からなでてみた。

 肩に、腕に、おなかに、太ももに‥‥ん。どこもきれいに筋肉ついてて、気持ちいいくらいだわ。

「こらぁ〜、そないぺたぺたさわってると、あたしもやったるで〜」

 ふふふ。そんなこと言っちゃって。

「いいわよ」

「ほぉ〜、言うたな?」

 ぎく。なんか、雰囲気が変。くるっとこっち向きなおったわ。なにを‥‥

「うりゃ」

 え‥‥!?

「ぷ‥‥あははは」

 わたしのおなかの横、つん、ってつついてきた。

「おんぷちゃんの弱点や。わきの下は平気なくせに、もっと下が弱いんやもんな〜」

 あ、また、つん、って‥‥

「なんでそんなこと、知って!‥‥にゃぁ〜」

「あははは。『にゃぁ〜』が出た

 う〜っ!

「あはははは。いや〜、前にみんなでお泊りやったことあるやろ? あんとき、夜中に目ぇさめてもうたんで、その‥‥ちょいちょい、っと、な?」

 『ちょいちょい』じゃ、ない!

「もう! あたしだって、あいちゃんの弱点、知ってるんだからね!!」

 はぁ、はぁ‥‥あ〜、疲れた。なんで夜中にこない疲れなあかんね。

 ‥‥あぁ、おんぷちゃんも、とびらの方でぜぇぜぇやってるわ。ひさしぶりやから、お互い手かげんなしやな、まったく。

「ゴホ、ゲホン!」

 ん!?

「え〜っト‥‥もう、いいかナ?」

 なんや、この声? とびらのむこうか??

「も、ももちゃん!?」

「えへへ。Hello」

 あたしも、とびらに近づいてはっきり聞いた。まさかと思たけど、ほんまにももちゃんや。

「い、いつからそこにおったん?」

「ん〜とネェ。 いつからダト思う?」

 な、なんや。思わせぶりに‥‥ あぁ、寒いんに、汗かいてまうやんか。

「ちょっと待って。なんでこんな時間にももちゃんがいるの? わたし、ぜったい誰も来ないと思ったから‥‥」

「エヘヘヘ。ソウ、ホントは学校なんだケド。
 昨日はづきちゃんがネ、この時間にいたラ、きっと面白いわヨって」

 はづきちゃんが? ‥‥あぁっ!!

「ってことは、まさか‥‥はづきちゃん!どれみちゃん!!」


 パン! パンパン!!


 あっちゃぁ‥‥やられたわ。居間のテーブルとイスのかげから、クラッカーの音といっしょに二人飛び出してきてるやん。

「「ハッピー・バレンタイン!」」

 もう、なに言うたらええんか‥‥

「二人とも、だましたわね!?」

「わたしの誕生日なんだもの。このくらい楽しんだって、いいでしょ

 ふふふ、って‥‥うぁ、はづきちゃんも言うなぁ。

「た、楽しむって、なによ。わたしはなにも‥‥」

「「「にゃぁ〜」」」

 あ〜あ。合図もせんのに、とびらの向こうのももちゃんまで、声そろえてるわ。


「こら、あたしらの負けやで。おんぷちゃん」

 頭の先まで真っ赤になってうつむいてたおんぷちゃんの肩に、あたしが手ぇ置いて言うたら、 その手ぇにぎりながら、ちっちゃな声が聞こえてきた。

「せっかく、バレンタインにお泊りできると思ったのにぃ‥‥」

 あ〜あ。もう、本音だだ漏れやないか。まったく、しょおないなぁ。

 あたしは耳元で、こっそり言うたった。


「またいつか、な? そんときはきっと‥‥
 もちょっと、抱きごこちよぉなってるから

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