おみず ひとしずく

「どれみちゃん、ファイット!」

 あたしが声かけたら、どれみちゃんが頭かきながら、ちょいと振り返ったわ。

 いつものおだんご‥‥っと、シニヨン頭、やったな。高校でまた会うてから何度かなおされたけど、昔からの呼び方っちゅうのは変わらんもんや。


「ええ返事だと、ええな‥‥」

 遠くにちいちゃくなってく背中を見送ってから、あたしはMAHO堂に戻ろうと振り返った‥‥はずなんやけど、目の前には顔がアップになってて、

「なんの返事?」

 うわっっ!!

「おんぷちゃん!? い、いらっしゃい!!」

 思わず言うてもうてから、あたしは慌てて口おさえて謝ったわ。びっくりしてたら、まるで来たらあかんみたいやからな。

 おんぷちゃんも、すぐ笑ってMAHO堂のとびら開けてくれたんやけど

「いらっしゃい、か‥‥」

 MAHO堂のとびら開けながら、ぼそって言うたんが、ちょい耳に残ったった。

「おお、来たかおんぷ。それじゃ、あとは任せるぞ」

 あたしらがMAHO堂に入ったら、レジの前にいたマジョリカが、すぐに奥に引っ込みよった。

 おや、っちゅう顔のおんぷちゃんが、空いたレジに座って、奥を覗き込んでるなぁ。ああ、最近の様子は知らんのやな。

「ここんとこ、ずっとこうやで。あたしだけンときは()るんやけど、他にだれか居るときは、すぅぐ引っ込んでまうわ。やっぱ歳なんかなぁ?」

「そうじゃないかもね」

 くすくす(わろ)てる、おんぷちゃん。そか、マジョリカも気ぃ遣うようになったんやなぁ。

 それにしても。

「どないなるんやろなぁ、どれみちゃん‥‥」

「さっき、返事って言ってたわね。それじゃ、いよいよ?」

 店の奥にあった丸椅子をレジまで運びながら、口からこぼれてもうた言葉を、おんぷちゃんが拾うた。

 そういえば、MAHO堂の表で()かれたんやった。どれみちゃん、みんなに話してたわけやないんか。

「せや。告白の返事、小竹くんに直接訊きに行ったんや」

「やっと、ね」

「あたしらが、あんだけ(つつ)いてやっと、や。悪い結果やったら怒鳴りこんだろか、て思うけどなー」

 あたしが言うたら、ふふふ、て、あきれたみたいな顔で笑てるわ。

「逆にうまく行き過ぎも困りもんやな。いきなり襲いかかる、ちゅうのはないとは思うんやけど」

 あきれついでに軽口でも叩いたろ、思てそう言うたんやけど、いきなりおんぷちゃんの顔が変わって、

「そうも言えないわ」

「そっかぁ? 小竹くんはそんな甲斐性があるように見えへんで」

「そうじゃなくて」

 んぁ?

「本能っていうのかな‥‥どんなにやさしいオトコの人でも、襲いかかりたくなることはあるんだって、ママが言ってた。
 だから、誘ってますよ、って見えるようなことはやらないであげなさい、って」

 あー‥‥

 中学の頃を思い出して、あたしはちょいため息ついてしもた。あたしが直接の被害者やないけど、

「オトコノコやからなぁ‥‥」

 思い出したら頭(おも)ぉなってしもて、レジの机の上にあご乗せて休んでたら、ドンッて音と一緒に声が帰ってきた。

「ええ、オトコノコだものね」

 目の前に出てきた魔法ねんど、ため息の分もぶつけたろか、て思いながら、あたしは思い切りこね始めたわ。

「はぁ。どれみちゃん、どないなったやろなぁ‥‥」

「あいちゃん、それ5回目」

 あ、言われてしもた。

 魔法ねんどこねくって、なんも考えんとアクセサリのモト作ってるつもりやったのに、なんや勝手に声になってまうなぁ。

「あー、あはははは」

「笑ってごまかさない。心配なのは、あいちゃんだけじゃないんだから」

 おんぷちゃんの顔、いつもよりわざと澄ましてるんも、見え見えなんやけどなー。

「もちろん、わたしたち以上の人もいるけどね」

 そう言うて、おんぷちゃんが店の奥ぅ指さした。‥‥ああ、なーるほど。がたがた音がしてるやないか。

「落ち着け、いうたかて、無駄やろうなぁ」

「『わしゃ落ち着いてるわいっ!』‥‥って言い返されるのがオチよ。全身ふるえながら、ね☆」

 お互い笑って、ため息ついたのも同時やった。

「オトコノコやいうても、ほんまにすぐえろえろ、ちゅうことはないと思うんやけどなぁ」

「えろえ‥‥って、あいちゃん!」

 あ、目ぇが冷たいわぁ。あたしも、ちょい考えんといかんな。

「そんなことにならん、てことや。
 小竹くんは隣のクラスやし、あたしもよぉ見てるけどな。いきなりサッカー部のレギュラーになるわ、練習試合で大活躍するわで、女の子にきゃあきゃあ騒がれとんねやで。せやけど‥‥」

「せや‥‥だけど?」

 あはは、大阪弁うつってもうたかな。

「自慢やないけど、うちの学校(ガッコ)、かわいい子多いんや。それが十なん人も詰めかけて、練習の邪魔になりそうなくらいの騒ぎっぷりなんに、浮いたはなしどころか、女の子と一緒に歩いてるとこかて見たことあらへん」

「それって‥‥女の子が嫌い、じゃないわよね?」

 あー、そう思うてる子ぉもいるみたいやな。BLやったっけ? 変な話のネタにされてるとか、信ちゃん言うてたわ。せやけど、

「そうやないのは、あたしらよぉ知っとるやろ」

「それじゃあ‥‥」

「ズバリ。他の女に興味あるて、誰かさんに誤解させへんため、やな」

 人差し指ぃ、ビシッと立てたあたしを見てるおんぷちゃん、顔がぽかーんてなっとんなぁ。ま、気持ちはわかるけどな。

「つまり、そういうことね」

 あたしは、机にあごぶつけるくらい思いっきりうなずいた。あたしらから見たら、もう犬も食わへん、ちゅうヤツやから。

「でも、どれみちゃんから告白したのは、いいことだと思うわ」

「そうでもされんと、自信もてへんのやろな、小竹くん‥‥わかる気ぃするけど」

「そうね。本当に誰のことでも心配して、誰のためでも頑張っちゃうから‥‥自分に対してが一番なんて、わたしだったら自信持てないわ」

 おんぷちゃんが自信持てへん、ちゅうのは相当やなぁ‥‥けど、ほんまわかるわ。あたしかて、しょっちゅう大親友て言うてるけど、ほんまに大親友でいてくれてるんか、ほんのちょっと心配やったくらいやからな。

「小竹くんは、大丈夫よね。いまは‥‥」

「‥‥いまはなー。覚悟決める前に、あたらしい子ぉに会うてしまわんこと、祈るしかないか」

 ふたりして、レジの上に頭乗せてひとやすみ‥‥


「なにサボってるんじゃ、お前たち!」

 おっと、マジョリカや。いつの間に奥から出てきよったんやろ。

「‥‥心配せんでも」

 え?

「どれみの相手なら、わしもララも見たわい。あれはそうそう、外れる男じゃないぞ」

「そうねぇ、ちょぉっと臆病だけど。どれみちゃんに対してだけは、ね

 あ、あはははは。ララにまで言われてもうてるやん。

「いずれここが、どれみたちの逢引(あいびき)の場所になるんかのぉ‥‥はづきだけでなく」

 ん?

 なんやマジョリカ、いまぼそっ、て

「はづきちゃんたち、ここで会ってるんだ‥‥」

 おんぷちゃんの言葉に、マジョリカがはっ、っちゅう顔した、て思たらいきなり背中向けて、

「ん、んんっ! わしゃ、なーんも言ってないぞ。それより仕事じゃ、仕事!」

 そのまま、ばーっ、と奥に引っ込みよった。

 ははーん。こら、隠れて覗いとったな?

「あとで、はづきちゃん問い詰めよっか」

 ああ、おんぷちゃん、悪い顔になっとんなぁ。

「矢田くん、ここに誘い込んでからにしよ。今度なんとかしてみるわ」

 こら、乗らなあかんやろ、な♪

「恐ろしい奴らじゃな‥‥」

 変なこと聞こえた気もしたけど‥‥ま、気にせん、気にせん。


 カランカラン‥‥


 お、ドアベルの音や。

「いらっしゃいませーっ!」

 さぁて、商売商売。頑張らんと!

「まいど、おおきにーっ!」

 あたしらより歳上っぽい女の子たち見送ったら、MAHO堂は、またあたしらだけになった。

「ふぅ。商売繁盛やなぁ。悩んでる子ぉが多いんは、喜んでええもんかわからんけど‥‥」

 遠くの方で、『繁盛すればいいんじゃ』とか聞こえるけど、無視無視、と。

 ん?

 肩をつつかれた気がして振り向いたとこに、おんぷちゃんのアップがあった。

「ね。気づいてないでしょ?」

 気づいてない? ん〜‥‥あぁ、そう言えば。

「こんなとこにおるなんて、知らんのやろ」

 昔やったら おんぷちゃんのファンが山ほど詰め駆けてたけど、今日はそれなりに人も来てるのに、だーれも騒がへん。

「それでも、よ。わたしくらいの芸能人だって、すぐに忘れられて、消えてっちゃうものなの。まぁ、その方がやりがいあるってものだけど
 だから、心配なのよね。小竹くんより、どれみちゃんの気持ちが‥‥」

 ああ、そっか。

 レジ打ってるときも、なんやお客さんやのぉて、もっと遠く見てる、て思たけど、どれみちゃんのこと考えてたんやな。

「あー、ええと‥‥うん」

 あんま言いたないけど、確かにそうや。

「はづきちゃんに聞いたけど、彼氏が欲しい、っちゅうのが先やったみたいやしな」

「お似合いだとは思ってたのよね。小学校の頃から」

「おんぷちゃんも? あたしもや。どっちかっちゅうと、はづきちゃんたちよりも、こっちが先にまとまるんやないかー、なんて思てたくらいやからな。けど‥‥」

 あたしの目の前で、おんぷちゃんがしっかりうなずいたわ。

「そう。ひとの気持ちは変わるわ。中学に入って、高校に入って、どんどんいろんな人と出会えば‥‥小学校での気持ちなんて、どっかに行っちゃうかもしれない」

「行って欲しない、ちゅうのはワガママやからなー」

「わたしのファンだった人たちも、そうだったわ。歳の近い子は特に、ね」

 あたしは、思わずため息ついてまうの、我慢した。

「あたしらは、大親友やからな‥‥」

「ええ。同じ経験をした、誰より強く結びついた仲間よ。だから、みんなのことは心配してな‥‥」

 そう言いながら口元だけ笑てる顔ぉ見てたら、あたしの手が勝手に動いたわ。

「うりゃ!」

「え? あ、あははっ」

 一瞬、自分でもなにしとるんかわからんかった。

 けど、せやな。これでええんや。

「ほい、ほいっ!」

「ちょ、ちょっとやめ、脇を突付かな‥‥あはははっっ」

「さぁ、どうや」

「どうや、じゃ‥‥ないわ‥‥よ。ふぅ、はぁ‥‥」

 息も絶え絶え、ちゅうヤツやな。けど、さっきより、ずっとええ顔や

「ちっとはあたしにも心配させんかい!
 おんぷちゃんほどやないかもしれへんけど、あたしかて、いろいろあったんやでー」

「え‥‥えろえろなこと?」

 こだわるなぁ、おんぷちゃん。

「それも含めてや、て言うたらどないする?」

「‥‥いろいろ、あるわよね。15年も生きていれば」

 まぁ、せやな。

 あたしがうなずくと、おんぷちゃんの声が、優しゅうなって、

「イヤなこと、あった?」

 自然と、口元が(わろ)てしまう。あたしも、あかんな。

「あったのね」

「‥‥おんぷちゃんや、どれみちゃんがいたらええのになー、て思たこと、一度や二度やあらへんな。そやけど‥‥」

 あたしは、そこでちょっと考えた。中学の3年間で思てたこと。好きな陸上より、心配やったこと‥‥うん。おんぷちゃんになら、言うてもええやろ。

「あたしの一番は、高校まで変わらへんかった。けど、どれみちゃんは‥‥どれみちゃんの一番は、小竹くんに、なるんかもしれんなー」


 言うてからしばらく、MAHO堂の中から音が消えてしもた。

「どれみちゃんって、一滴のお水だと思わない?」

 静かなMAHO堂に、最初に聞こえてきたんは、おんぷちゃんの澄んだ声やった。

 けど、おみず、て‥‥

「ん〜、そらたしかに、どれみちゃんは惚れっぽいけどな。そない尻軽やない思‥‥」

「違う違う。そうじゃなくて‥‥ ねぇ、あいちゃん。川がどうやってできるか、知ってる?」

 かわ、て、流れる方の川、かぁ。川がどないしてできるか、て、なんや?

「川がどこから来るのか、探したこと、ない?」

 あー、そういえば。

「あるで。ちいちゃいころ、お父ちゃんに連れられて、山に登ってな。だんだん川が細ぉなっていって、しまいには消えてしもた」

「川によっては、そうなるわよね。わたしも、パパと一緒に登ったことがあるの。その川は、途中で消えなくてね。最後の最後には、岩から水が染み出してるだけだったわ」

 染み出してる‥‥

 一瞬、あたしの前に、水の玉が見えた。透き通ってて、気持ちよさそうな玉や。

「一滴、一滴、ほんのすこしだけのお水なのに、まわりのお水をまきこんで川になって、最後には海になる‥‥
 ね、どれみちゃんらしいでしょ?」

 あぁ。そういうことかぁ。

「それ、わかるわぁ。どれみちゃん、よぉ自分になんもないー言うてるけど。自分には一滴にしか見えへんのやろな」

 そやから、すぅぐグチりよるけど‥‥どれみちゃんの水玉は、川になって海になる水玉。うん。

「わたしたちは、大親友、でしょ? 川になるために巻き込まれる中心にいるのよ。どれが一番でも、ほんのちょっとの違いでしかないわ。きっと」

 お団子つけた水玉が、目の前でくるくる回ってるような気ぃする。

「巻き込まれるのが役目、ちゅうわけやな‥‥そら、たしかに一番もへったくれもあったもんやないわ」

 なんや、肩が少し軽ぅなったみたいや。

「でもやっぱり、一番にはなりたいけれど、ね

「せやな‥‥よっ、しゃ!」

 パンッ、て両方の頬を手のひら打って、あたしは一発、気合入れた。

「一番二番は、まず顔を見てからや。作りかけのアクセサリーぜんぶ焼いて、戻ってくるの待つとしよか。それと‥‥」

 アクセサリー持って立ち上がったあたしを、おんぷちゃんがじっと見てる。なんや、カユくなってくるけど‥‥ええい!

「さっきは、ごめんなー。MAHO堂は、みんなが帰るとこやから、挨拶は『おかえり』や。おんぷちゃんも『ただいま』言うてやー」

「‥‥うん

 言い切ってそのまま店の奥に歩いてくあたしの後を、済んだ声が追っかけてきた。

 カラン‥‥カラン‥‥


 ドアベルがちっちゃく鳴る音で、あたしとおんぷちゃんが顔上げた。ふたつの視線の先で、おだ‥‥シニヨン頭が、そーっと入ってきよる。

 ほいじゃ、せぇ、のぉ‥‥

「「おかえり!」」

 シニヨン頭がびくっ、となって、ゆーっくり顔が上がってくわ。

 さぁて。どっちや、どれみちゃん?


「た、ただいまー。
 ねぇ、国立(くにたち)って‥‥すぐ近くだよねぇ?」


 あたしは、思わずおんぷちゃんと顔見合わせてしもた。

「まだまだ、決まりそうにないわね、一番」

 やれやれ、いう笑顔が、なんや妙に嬉しかったわ。

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