そらはかなたで

 カランカラ〜ン‥‥カランカラ〜ン‥‥


「ん〜‥‥?」

 聞こえてきたのは鐘の音。それはわかる。

 目を開けば、真っ青なそら。くもがちょっとだけ、ぷかぷかゆれてるわ。

「ふふ‥‥」

 緑のにおいにつつまれて、体じゅうぽかぽか。顔が勝手にゆるんでくのも自分でわかる。

 でも、ひとつだけ、わからないことがある。

「‥‥軽いわ」

 胸に抱いた本、もっと厚くて重かった気がするのだけど‥‥気のせいだったのかな?

「あ、また寝ちゃった」

 ロイヤルワンダー学園の中庭。ウンチークさんの像の下でやっと見つけたのになぁ、マーチ。

 来たときはちょっとだけ開いてた目、いまはしっかりつむっちゃってるよ。その上のおっきなメガネには、青い空とぽっかり雲が映ってるだけ。芝生のみどりの真んなかに、ちっちゃな池でもできてるみたい。

 そんなこと考えながら、また覗きこんでみたあたしの肩が、つんつん、ってつつかれて、

「ファイン、『起きてダンス』、やってみる?」

 隣を見たら、青い髪の毛のたば、ぽん、って背中に戻しながら、レインがそう言ってた。

 『起きてダンス』かぁ、ずっと前にやったきりだけど、まいっか。じゃ、せぇ、の、っと!

「おーきおきおき起ぉーきて起きて おーきおきおき起ぉーきて起きて‥‥え?」

 ダンスの途中で、レインが止まった。そのままあたしの顔、じっと見てる。どしたんだろ?

「なんか、ちょっと違わない?」

 頭をちょっとななめにして、考え込んじゃってるなぁ。あれれ? でも、たしか前にやったのは、さっきのだった気がするけど?

「こうじゃなかったかしら。ええと‥‥
 起ぉーきて起きておきおき起ぉーきて 起ぉーきて起きておきおき起ぉーきて」

 レインのダンスをじーっと見てたけど、やっぱりなんか‥‥なんかムズムズするっていうか、ん〜?

「‥‥さっきの方がいいんじゃないかな?」

「そんなことないわ。起こすんだもの、『起きて』が多いほうがいいわよ」

「でもさぁ‥‥」


 ふふふ‥‥


 ん? なんだろ?

 声、じゃないし‥‥って、見回してみたら、マーチの口もとが、ちょっと変わってた。

「笑われてる‥‥の、かな、これ?」

「いいわ。わたしがやってみる」

 あ、なにか思いついたみたい。目キラキラさせて芝生に近寄ってる。そんじゃ、まかせちゃおっか。

「見ててよぉ〜‥‥
 あ〜っ! 芝生の上に寝てるわ。減点よぉ〜っ!」


「‥‥残念」


 レインが大声出したとたん、芝生の上のメガネが光って、

「それは昔の校則。今は寝てるだけじゃ減点にならないわ」

 マーチの体がゆっくり起き上がった。

「それで、なにか用?」

 あたしたちをじっと見つめてる目が、なんだかいつもと違う。横の方をちらっと見たら、レインもうなずいてくれてるよ。やっぱり、あたしの気のせいじゃないんだ。

 じゃ、まさか‥‥

「「減点をなくしちゃうって、ホントなの?」」

 ふたりで同時に言った言葉が、あたしには中庭に何度もこだましてる気がした。

 最初に聞いたのは、ブライトからだったんだよね。

 体育の授業中、池でおぼれかけの犬をみつけちゃったから、つい光の力を使っちゃって。また減点かな、って思ってたとき。

 マーチが持ってる、あの薄くなった校則の本にも、『授業中の魔法禁止』は残ってるんだもんなぁ。ブラッククリスタルキングを追っ払ってからは『魔法自粛』に変わって、次の校則じゃ『魔法はあまり使わない』になって‥‥でも、やっぱりなくならないんだもん。

 これじゃ、どうしたって減点が止まらないよぉ、ってついボヤいちゃったら、ブライトが空を見上げながら言ったんだ。『今度から減点はなくなるって聞いたよ』って。

 それで今度はタンバリン先生に聞きに行ったら、通りかかった校長先生――代理、が笑いながらひと言。『マーチ君の提案で、やめることにしたんだ』だって。

 目の前で、メガネの顔がこっくりうなずいた。

 見合わせたレインの顔、髪とおなじくらい青くなってる。きっと、あたしも同じなんだろうな。

「それって、やっぱりわたしたちのせい‥‥?」

 レインの言った言葉が痛いよ。だって、校長先生に言われちゃったもんね。『もうすぐなくなるから、しばらくおとなしくしなさい』って。それって‥‥

「あたしたちが、マイナス50ポイント超えちゃったから‥‥?」

 それって、あたしたちのために、校則変えちゃうってこと?


「何言ってるの。あたしなんか、マイナス2105ポイントよ」


 ‥‥って頭の中でぐるぐる考えてたから、マーチがなに言ったのか、すぐにはわからなかった。

 声が頭にしみてくるまで、どのくらいかかったんだろ。気がついたら、目の前のレインの目をじっとみつめたまま、口が勝手に開いてくよ。

「に、にせんひゃくごポイントぉ〜!?」

「そ。フーキ星に帰ればね」

 でもマーチ、ゆっくり話してるだけ。どっちかっていうと楽しそうな目で、あたしたちを見てる。

「フーキ星ではね、子供が歩けるようになってから悪いことすると減点になるの。あたしの歳なら、マイナス3000ポイントくらい当たり前よ。
 だからフーキ星の子供はみんな、いいことをして、マイナスをなくしてくの。それがゼロになったら、大人として認められるのよ」

「ふぅん‥‥」

「ちなみにあたしは、フーキ星のプリンセスで歴代トップですからね」

 レインのぽかーんとした顔、あたしも同じなのが自分でわかる。だって、マイナス2000ポイントでトップって‥‥

 そしたら、マーチがおかしそうに手を振った。

「ちがうちがう」

 くすくす笑いながら振ってた手を止めて、

「トップはトップでもね‥‥あたしはフーキ星はじまって以来、一番マイナスの多かったプリンセスなのよ

 にっこり笑ってる。こんなマーチ、見たことないよ。

「マイナス9928ポイント。フーキ星じゅう探したって、これ以上の人はほとんどいないわ」

「えぇ〜っっ!?」

「きゅ、きゅきゅきゅ‥‥きゅうせんっ!?」

 あたしの目、レインとマーチを勝手に行ったり来たりしてる。だって、きゅうせんって‥‥!

「そんな、かわいそうな目で見ないでよ」

 でもやっぱり、マーチの声は落ち着いてた。

「ロイヤルワンダー学園に入ってからは、ずーっと減点がんばってね。それでようやく、ここまで少なくなったってわけ」

 ぽん、ってあたしは思わず手を叩いた。レインも、『ああ』って声に出てる。

 そっか。減点のチェックばっかりしてて苦手だったんだけど、ようやくわかったよ。何千ポイントも減点しなきゃいけないんだもん。そうなるよね。

「でも」

 ん?

「学園に入るとき、お父様に言われたのよ。『ひとを減点して自分の減点を消す。お前はそれだけでよいのか?』って。
 そのときは意味がわからなかったけど‥‥あなたち見てて、ちょっとだけわかったような気がするわ」

 そう言ってまたにっこり笑うの見て、はっと思ったよ。びっくりしっぱなしで忘れてたけど、

「それじゃよけい、減点なくしちゃダメじゃん!」

「お父さまの言葉だけで学園の校則なくしちゃうなんて、よくないわ!」

 あたしの横で、レインの声も大きくなってく。そうだよ、いくら楽になるって言っても、そんな勝手に変えたりしちゃ‥‥

「それは別に構わないわ。だって、この減点制度を作ったのも、お父さまだもの」

 え?


 一瞬、あたしたちの動きが止まった。

「マーチの!?」「お父さんが!?」

 思わず見つめたレインの顔、今日いちばんのびっくり顔だった。

 よいしょ、よいしょ、っと。ふぅ。


 バケツの水って、結構重いわ。でも、せっかく早い時間に授業の終わる日だもの。ウンチークさまを、ぴかぴかにしてあげないと。

 ‥‥あら?

「ふしぎ ふしぎ‥‥」

 思わず口に出してしまったわ。でも、ふしぎ。私がバケツを取りに行くときにはここでお昼寝してたはずのマーチがいなくなってる。

 そのかわり、ふたごが並んで立っているわ。ぽかーんとした顔を見合わせて。

「ふしぎ、ふしぎ!
 こんなにぽかーんとしたファインとレインって、最近見てないもの。とってもふしぎ!」

 私はバケツをウンチーク様の脇に置いて、ふたごの前に回りこんだ。

「あ‥‥」

「シフォン‥‥」

 ぽーっとした顔のなかで、目だけが私を追いかけてるわ。

 それにしても、

「マーチが芝生で寝たい、なんて言い出すのもふしぎだったけど、これはもっともっとふしぎ‥‥」

 って、言いかけたとたん、

「マーチが!?」

「芝生で寝たい、ですって!?」

 び、びっくりした! ふたごの顔が、思いっきり近くに来て、私、よけることも考え付かなかったくらい。

「え、ええ、そうよ。ここで寝てもいい? って訊ねてきたから、そぉっと寝転がれば大丈夫よ、って答えたわ。でもふしぎよね。芝生で寝るのって、ちょっと前まで校則違反だったんだもの。マーチがそんなこと言い出すなんて‥‥」

 あら?

 ふたりとも、私がそう言ったら考え込んじゃったわ。ファインはおでこにしわ寄せて、レインは空をじっと見つめてる。

「‥‥マーチさ、本当に減点なくしちゃいたいのかな? お父さんの作った減点なのに」

 ファインが言った言葉で、私はあぁ、と思った。

 そういえば、校長先生が言ってたわ。減点をなくす方向で考えてる、って。あれは、マーチが言い出したのね。

「お父さまが作ったからこそ、娘の自分が責任もってなくすんでしょう? リクツは正しいと思うわ」

 ふたりとも、私をちょっとだけ見て、また考え込んじゃった。

 そっか。たしかふたりとも、減点がおっきくなってたわね。それがいきなりなくなるんだもの、複雑なのも無理ない‥‥

「マーチのお父さん、本当に減点をなくしたがってたのかな?」

 え!?

「マーチ、そんなこと言ってたの?」

 またまたびっくり。だって、マーチのお父さまと言えば、フーキ星の王様よ。規則を一番大事にする人じゃない。それが、ロイヤルワンダー学園の規則を変えたい、だなんて‥‥

「ええ。マーチ、実はすっごくたくさん減点持ってて、他の人の減点をチェックすることで自分の減点を減らしてた、って言ってたわ」

「でもって、お父さんにそれでいいのか、って言われたって‥‥」


 ??


 私の頭が斜めにかたむいた。なにか、ヘン。ふしぎとちがう、ヘン。

 そのうち、自然に両手のひとさし指が頭に向かって、触れたとたん、いつもみたいに、頭の中がすぅっと透明になっていった。いろんなこと――聞いたこと、見たこと、さわったこと、すべてがそこに、さぁっ、と流れ込んできて、くるくるっ、と混ざりながらひとつになってゆくわ。

 その中から、ひとつ。いちばん輝いてるもの‥‥これっ!

「先生‥‥」

「「え?」」

 目の前で、ふたりが私を覗き込んでる。けれど私の目には、その手前に答えが浮かんで見えた。

 そう、そうだわ。この学校の、むかしのことだもの。

「先生に聞きましょ。きっと、タンバ・リン先生が知っているわ」

「よくわかりましたね。私が学校の歴史を調べてたこと」

 中庭から職員室に戻って、タンバリン先生に話してみたら、最初のひとことがこれだった。

 さっすがシフォン。となりで頭かいて、てれてる姿を見てると、そうは思えないけど。

「以前調べたのですけど。ええと、これのにひゃくさんじゅう‥‥よい、しょっ!」

 机の上で、先生がしがみついてる本を、あたしはゆっくり持ってあげた。にひゃくさんじゅう、って、ページだよね? そこを開いて、っと。

「ああ、ありがとう、ファインさん‥‥そう、これよ。減点制度は、マーチさんのお父様――いまのフーキ星国王様が在学中に提案したのが始まりらしいわ‥‥わわわっ!?」

 シフォンがいきなりからだを乗りだして本を見つめたと思ったら、

「そっか、生徒の提案が校則になったのは、フーキ星の人だから、なんだわ!‥‥あ、す、すみません先生」

 び、びっくりした。

 机の上のタンバリン先生なんか、ちっちゃなクッションに寝っ転がってるよ。シフォンの勢いで飛ばされちゃったんだ‥‥あ、手のひらで、大丈夫ってやってる。ふぅ、よかった。

「フーキ星の人だと、校則が作れるの?」

 となりでレインの声がして、あたしはそっちに向きなおった。シフォンが自信たっぷりにうなずいて、

「フーキ星はね、星と星との仲介役‥‥ケンカのなかなおりを助ける役目があるのよ。フーキ星がなかったら、宇宙はいまごろ、ケンカしてる星であふれかえってるわね。
 その星の国王になる人だから、マーチのお父様の提案に、みんなが賛成したのよ」

 うわぁ‥‥そんなにすごい星だったんだ、マーチの星って。

「その通りです。シフォンさん」

 いつの間にか、先生が机の上で立ち上がって、あたしたちを見上げてた。

「あなたたち、こんな言葉を知ってますか?
――『偉人は減点が作る』」

 先生のちっちゃな顔がにこにこしながら、あたしたちを見回してる。‥‥偉人? 減点が??

「ウンチークさまの言葉じゃないみたいですね?」

 背中の方から、シフォンの声が聞こえてきた。

 シフォンも知らないって、なんのことだろ?

「これはね、フーキ星のことわざよ。たくさん減点された子供は、たくさんいいことしなくちゃいけないから、よい大人になれる、って解釈されているわ。
 ‥‥普通は、ね」

 ふつうは?

「でもね」

 あれ、先生のにこにこ顔がもっとにこにこになった?

「私、あなたたちを見ていて思ったの。偉人は、減点を恐れない子供がなるんじゃないかしら、って」

 う〜ん‥‥

 あたしたち3人、みんな腕くんで考え込んじゃったよ。だって、それじゃ、

「じゃあ、どうしてマーチのお父様は、マーチに『減点するだけでいいのか』なんて言ったのかしら??」

 レインがつぶやいて、シフォンも頭に指当てて‥‥でも、なにも浮かんでこない顔。あたしなんか、考えのかの字も出てこない。いったいなんで‥‥


 ぽんっ!


 ちっちゃな音が、机の上から響いて、みんなぱっと顔を上げたら、机の上のタンバリン先生が、うなずきながら手を合わせてた。


「そういうことだったのね」

 手をぽん、っと叩いて見上げてみれば、3人があれっ、て顔で机の上の私を見ている。なんだか、教師なの忘れて楽しんでしまいそう。でも、ここは我慢しなくちゃね。

「あなたたち、マーチさんがすごいマイナスポイントを持っていること、知っているのよね? どうしてそんなに持っているのか、わかる?」

 3人が首を振るのをしばらく待ってから、私はひと息吸って、続けた。

「実はね、ほとんどは国王様――お父様に(さか)らったから、なのよ」

 えぇっ!? とか、なんで!? とか、騒いじゃう子供たちを、私は全身で止めた。急がないと、間に合わなくなっちゃうものね。

「フーキ星の人たちを、お一人で減点するのは限度があるわ。たまに、どうしようもなくて規則を破ってしまうひとがいる‥‥マーチさんは、その人たちの減点をなくすように、国王様にお願いしたのだけど、それも規則で許されなくて。それだったら、自分が代わりに減点されるって言って、それからずっと、みんなの『しょうがない減点』を肩代わりしていたのよ。
 だから、国王様は(おっしゃ)られたのね、『減点だけでよいのか』って」

 3人の顔を、私は順々に見つめて行った。私の言葉を待ってるみたいね。それじゃ、

「‥‥さぁ、それで?」

 そのまま、私は口をつぐんだ。急ぎでも、これだけは待たなくちゃいけないから。‥‥さぁ、気がつくかしら。

「それで、って\…」

「言われても\…」

 シフォンさんが、あっ、って顔をしたわ。でも私は、目配せで彼女に黙ってもらった。

「私は構いませんよ。()()()()()()()()()()()、ね」

 ふたごのプリンセスさんたち、私の言葉でぱっ、と顔を上げたわ。

「先生、それって」

「そんなこと、できるんですか?」

 私は体ごとうなずいてあげた。さすがは私のふるさと、ふしぎ星のプリンセスだわ。

 それじゃあ、あの荷物を出してあげないと。バン・ジョー先生にも協力してもらって‥‥あぁ、いけない。忘れてたわ。

「ファインさん、レインさん、ふたりはいいのかしら? マイナスポイントが今のままだと、そのうち本当に退学になっちゃいますよ?」

 机の上の荷物入れを開けながら、私は一応、背中のふたりに訊いておいた。


 答えなんてわかってるけど‥‥マーチさんがひたすらマーチさんでいるように、私は先生だものね。

 春のそらは、わりと高いな――


 寮の自分の部屋を出て、廊下の窓の外を見たとき、あたしは ふっ、とそんな風に思った。

 硬い制服のスカートから、ハンカチ出してメガネを拭いて、また窓のそと見上げてみる。

 フーキ星では、よくそらを見上げたわね。

 見上げるたびに、そらは答えてくれた。お父様に口を出す勇気をくれた。そんな気がしたわ。

「いいのよね。これで」

 でも‥‥いま、答えて欲しいそらは、はるかかなた。


 ハンカチを戻したポケットからは、スカート生地より硬い手ごたえがつたわってきた。

 減点カードの束を指で揃えなおして、さぁ、行きましょう。

 もう、返す時間だわ。

「オホン!」

 校長室に入ってから、あたしは何度か、校長先生――代理、の咳払いを聞かされていた。

 いいかげん、咳払いが校則違反じゃないのが残念に思えてきたとき、ようやく先生の口が開いて、

「あー。それでは、マーチ君。きみの減点カードを回収する」

 いま背中のドアが叩かれた気がしたけど? ‥‥まぁ、いいわ。

「‥‥はい」

 分厚いカードの束が、あたしの手から、先生の手へ。

 これで、おしまい、か‥‥なんだか、あっけないものだわね。

 そう思いながら、あたしがドアへ向かおうとすると、背中から声がかかった。

「ああ、待ちなさい」

 え?

 なんだろう? カードはもう渡したはずなのに。

「ふたりとも、入りたまえ」

 でも先生の声は、あたしを通り越してドアの方に向かってた。

 ドアを開けて入ってきたのは、大きなからだ。その右の手のひらに、小さな人影が乗っている。

 ‥‥え? なに?

「バン・ジョーくん、タンバ・リンくん。渡してあげたまえ」

 バンジョー先生の手が、あたしの前に伸びてきた。その手の上には‥‥えぇっ!?

 左手に持っているのは白いカード、右手の上でタンバリン先生が抱えてるのは金色のカード。いまさっき手を離れた、カード。

「さぁ、新しいカードだ。受け取りなさい」

 なにを言っているのか、あたしにはしばらくわからなかった。

「新しいカード、って‥‥いま、返したはずよ?」

 言葉遣いが悪くなってるのが自分でわかる。けど止められないわ。こんなこと、ありえないもの!

「よく見たまえ。見覚えが、ないかね?」

 言われて、よく見てみたら‥‥目が、勝手に大きく開いていくわ。だって、こ、これって‥‥!

「ふ、フーキ星の、減点カード‥‥!?」

 あたしの目、カードと先生の顔の間で、勝手にうろうろするの止められない。だって、あるわけないもの。フーキ星から学園には、あたししか来てないはずなんだから!!

「フーキ星の国王様から、先日私に届いたんですよ。白は減点のためのカード、金は減点を許すためのカードだそうですね」

 タンバリン先生が、金のカードを抱えたままそう言った。

 でも、言われなくたって知ってるわ。だって、金のカードはあたしが作ったんだもの。

「わたしたちはね、マーチさん。このふたつのカードを、両方ともあなたに預けます」

 すっ、と差し出されたカードから、あたしの体が勝手に逃げた。

「ちょ‥‥」

「あぁ、言い忘れましたね。金のカードを使っても、マーチさんは減点にはなりません。これは、先ほど国王様にも許可を頂きました」

 面白そうな笑顔のタンバリン先生の姿が目に入った瞬間、あたしの中でなにかがはじけた。

「ちょっと待ってよ!!」

 みんな、知らないの!? 金のカードで減点されないってことが、どんな意味なのか\…

 でも、すぐにわかった。先生たちみんなが、あたしを見てうなずいてる‥‥みんな知ってるんだ。あたしが、減点するのも許すのもやりたい放題にできちゃうの!!

「あたしに何を期待してるの!? あたしは、ちょっとしたミスでみんなを減点しまくったのよ!? 好き勝手な法律を作りまくったのよ!? あたしは正義なんかじゃない‥‥秩序のためなら、人が苦しんでも平気な子なのよ!!」

 くすくす、笑う声が聞こえてきて振り向くと、そこに小さな女の子が立ってる‥‥シフォン!

「シフォン! これじゃあたし、生徒会長より強くなっちゃうのよ!? なんとか言いなさいよ!」

 シフォンが、笑顔を苦笑いに変えながら、校長室のドアを開けた。そこに立ってたのは、あのふたご。

「あたしたち、マーチの減点がイヤだったこと、ないよ」

 な‥‥!

「なに言ってんの、あなたたちが一番の被害者でしょうが! 何度も何度も退学寸前に追い込んだのは、このあたしよ!?」

「ほら、やっぱり

「みーんな、気にしてるんだよね。マーチは」

 ふたつの顔がちょっとだけ見つめ合って、すぐあたしの方に向き直った。

「あたしたちは‥‥」

「わたしたちは‥‥」

 まっすぐ見つめられて、身動きできない。まるで、体が縫い付けられたみたい。いったい、何を言い出す‥‥


「「マーチが言うなら、退学になったっていい!!」」


 な‥‥!?

「なに、言ってんのよ。あたし、そ、そんなに‥‥」

 言ってる途中で、ひざが少し痛くなった。知らない間に、ひざついていたみたい。

 その頭に、ぽん、っとなにかが当たった。顔を上げると、大きな手のひらの上の小さな人が、あたしに手を乗せてるわ。

「もう、観念してもいいんじゃないかしら?」

 タンバ・リン先生‥‥

「結果だけでなく理由と方法を含めて減点をつける。それは、きみにしかできないことだ」

 バン・ジョー先生‥‥

「心配しなくてもいいのよ、マーチ。いけないカードの使い方したら怒る役目――フーキ星でのマーチのもうひとつの役目は、私たち生徒会がするから」

 シフォンまで。もう、みんなに知られてるの?

「そしてきっと、フーキ星から来た生徒がマーチの後を継いで、代々その役目を果たしてくれる。私は‥‥いいえ、私たちは、そう信じています」

 そう言いながら、タンバリン先生の全身の力差し出された金のカード。あたしはそのまま、胸に抱きしめた。


 先生ごと抱きしめないでいるのが、あたしの精一杯だった。

 目の前でマーチが立ち上がるの見て、あたしはレインと一緒にふぅ、って息をはいた。

 レインと顔を見合わせて、ちょっと笑っちゃう。あぁ、よかった。あとは‥‥たまっちゃったマイナスかぁ。

「いいわ。だったらやったげる」

 なんて考えてたから、マーチがあたしたちに向きなおったの、しばらく気がついてなかった。

「まずは手始めに‥‥このふたりの減点を、なしにします」

 えぇっ!?

 びっくりして目を上げたら、そこには金色のカード。マーチが、まっすぐ上に掲げてる‥‥!

「い、いいの!?」

 あたしがなんとか言ったと同時に、マーチはカードをポケットに入れて、代わりに手帳を取り出した。

「ふたりのここ最近の減点は53ポイントづつ。理由はみんな、授業中に魔法を使ったからね。でも、あたしの記録じゃ、ほかのひとや動物を助けること以外では使ってないわ。しかも、ほかの手段で助けることはできなかった‥‥と。情状酌量の余地あり、ってやつよ」

 そう言いながら、マーチが笑いかけてくれた。ほんと?

 となりに顔を向けたら、レインもあたしの方見てる。ほんと、だ!

「「や、やった〜っっ!!!」」

 すごいすごいすごーいっ! まさか、あんなにたっくさんのポイントが全部消えちゃうなんて!!

「あ〜、これで自由の身だぁ」

「やっぱり、ポイントのことはマーチが一番ね

「あー、ちょっとちょっと。それで終わりじゃないわ」

 ん?

 ってふたりで首だけ見上げたら‥‥うわっ!

「えーっと‥‥ふたご、マイナス1ポイントづつ」

 目の前が、白いカードでふさがれちゃった!?

「え〜〜っっ!?いま減点なしって言ったじゃん!!?」

「むぐっ‥‥ど、どうして、マーチ!?」

 自分の目とレインの口に貼り付けられたカードをはがしてマーチにつめよったら、

「ふたりとも、いまどこにいるかわかってる?」

 え? あ、ここって、校長室‥‥!

校長室(ここ)で騒いだら、減・点。理由はわかるけど、他に手段あったはずだから、こっちのカードは使えません」

 金色のカード、ぽんっ、と叩いて目をつむってるマーチ見てると、なんか、ちょっとムカッとした。

 だって、さっき思いっきりさわいでたの、マーチもだもん。

 ちらっ、ととなりを見たら、レインもこっくりうなずいてる。うん!

「「それじゃ、マーチは!?」」

 ふたりで言った瞬間、マーチがくるっと後ろを向いた。

「決まってるでしょ」

 そのまま、窓の外を見上げて、大きく息を吸って、

「マイナス6ポイントよ。ここにいる全員分騒いじゃったんだもの」


 マーチが自分の頭のよこに、白いカードをぺったり貼り付けた瞬間、タンバリン先生が吹き出した。つられてみんな、校長室じゅう大笑い。

 あぁ、マーチがちらっとこっち見てる。白いほうのカード、出そうかやめようか迷ってる感じ‥‥


 これでもあたしたち、最後までガマンしたんだからね、マーチ

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