『冥府・壁の前にて』

 ここは地の果て地獄の外れ。嘆きの壁のまん前に、いま金色の群が集った。

「おお、みんな済まんな。ささ、黄金聖闘士十二人のコスモの力、この壁に拝ませてやろうではないか!」

 軽く、たくましい声が響き渡る。その源には、若々しい老師の姿。

「十二人の黄金聖闘士すべての力かぁ…見てるだけで燃えてくるなぁ。な、紫龍」

 星矢が脇を見てぎょっとなる。

「どうしたペガサス。ちゃんと見んといかんぞぉ、こんな舞台は滅多にお目にかかれんからのぉ」

 童虎であった。星矢は冷汗を感じながら顔をもとに戻す。

(まさか…)と思う間もなく、遠くから叫び声が…

「な、なんで俺がこんな所にいるんだ!」

 当然、紫龍である。黄金の輪から、何とか逃げだそうとする彼の肩を、ミロがおさえる。

「おいおい、おまえも老師の弟子なら、見事その代役を勤めて見せてやったらどうだ?たとえ死んだところで、お前なら何度でも生き帰れるだろうが。なぁ、カミュ」

 友人に同意を求める彼の目に映ったのは…水瓶座の聖衣を着た氷河だった。

「なっ、なぜおまえがそこにっ!そこは我が友、カミュの定位置だ!お前ごときの居るべき場所ではない!!」

「まぁまぁ、大人げないことを言うな、ミロよ」

 やや遠くから声がする。声の方を見ると、友が正座しながらこっちを見ているではないか。しかも、老師と一緒に茶をすすりながら…

 ミロはコケた。双節棍がやけに重く感じられる。


 一方こちらは、黄金聖衣を付けた…いや、付けさせられた氷河。

「先ほどから何もおっしゃらないようですが、アイオロスよ、このバカ騒ぎを見て何とも思わないのですか?」

 隣を見る。そこに居るのは聖衣だけ…

(なんだ?)よくよく覗き込むと、中にいきなり人が…

「せっ、星矢…おまえ…どうやってきたんだ!」

 射手座を着た星矢は、キョロキョロとあたりを見渡し、自分の格好をまじまじと見てから青ざめた。

「あっ、アイオロスっ!!あなたまでがこんなことを…!」

 童虎のとなりで饅頭をほうばっていた射手座の聖闘士が、もぐもぐしながら答える。

「あひぇにゃはおまぁぇはひにまはへるほひっはほうが」
(訳:アテナはおまえたちにまかせると言ったろうが)

 星矢の両腕がぷるぷると震える。顔を上げると、着ている聖衣の持ち主の弟をキッと睨み、

「アイオリア!なんとか言ってくれよぉ!!」

 やれやれといった表情で、獅子座の聖闘士は兄を見据えた。

「兄さん!」

「ばらすぞ」

 兄がつぶやきと同時に、アイオリアの動きがぴたりと止まった。

 なにか暗い過去があるのかも知れない。


「黄金さん達に深入りしてなくてよかったですね、兄さん」

 枠の外、のんびりとした瞬の言葉に応じる声一つ。

「そうだな。私もこんなゴタゴタは苦手だ」

(わたし…?)聞き慣れぬ兄の口調に、ふと隣をみやる。

 同時に黄金の輪の中で、赤々と一際強く燃えるコスモ。

「…たしかに、我が弟をもて遊んだハーデスは憎い。アテナが危機に陥っているのもわかる。だが…だがなぜ!何故俺がこんな姿にならねばならんのだ!!シャカ!!!」

 一輝の体にぴったりと張り付いているのは、まごうことなき乙女座の聖衣。

「こっ…こんなっ…こんな惰弱なものをっっ! ええぇぇぃい惰弱な!惰弱な!惰弱な!惰弱な!惰弱な!惰弱な!惰弱な!惰じゃ…うぐぐうぅぁ!!」

「一輝、乙女座の聖衣に悪口を言うとためにならないぞ」

 茶をすすりながらシャカがいう。

「ぬぅぉぉぉぉぁあ! たかが聖衣ごときに、この一輝を封じられるものか! いでよフェニックス、降り来たりて我身をつつめぇ!」

 いつのまにやら頭の上には不死鳥星座の聖衣。それがいきなり分解して、すべてのパーツが一輝へ向けて降りる!
 (BGM:ペガサス神話)

「フッ…これこそフェニックスの翼。きさまら、よく覚えておけ! 俺に似合うのは、凛々しきこの不死鳥の翼だけだ!」

 (決まったな…)などとひとりこちている一輝の腹を、隣の男がつつく。

 つんつん。

「なんだ、きさまは!」

 振り向いた彼の前にあったのは、大きな姿見。

 一輝が凍り付いた。

 姿見に映った彼の聖衣は…本邦初公開、伝説にもない「不死乙女座」!

「こらフェニックス、何をするか! その聖衣で遊ぶと、後が恐いんだぞ!!」

 シャカの声に、なかば気絶状態の一輝が目を覚ます。

「きっさっまぁぁあ! 人に無理やり着せておいてその言い草、たとえアテナが許そうとも、この一輝が許さん! こんな聖衣、こうしてくれる!!」

 いつのまにか、手の中には油性ペン。(どこから出したか、なんてことは愚問である)

「これで、こうして、こうして、こうして、こうして、こうして、こうして、こうして…」

「うわぁぁああ! やめろ、やめるんだぁぁあ!!」

 光速で止めに来るシャカ。しかし、怒りで爆発した一輝のペンさばきにかかっては、光速などカメのマラソンにも劣る。

「どぉーだぁぁ! 正視してみろぉぉぉお!!」

 ようやく到着したシャカが、思わず泡を吹いた。

 そこにあったのは、この世のものとは思えない光景…ぱっちりおめめの金色乙女が、きらきらおめめのおっきな鳥に頭を『かぷっ』っとされて、泣いている姿だった……

 乙女の体がむちちゃくちゃにゴツいのが涙を誘う。

「見たか、これがエスメラルダ直伝の秘技『おほしさまの目』だあぁ! 」

 からからと笑う一輝の脇腹に、軽い痛みが走った。

 ちくちく。

 やーな予感を覚えつつ痛みの先を見る、と…

「マホカンタっ!」

 アイオリアの手には、先ほどの鏡。

「うぐぅぉぁああああああ!」

 おのが姿におののいて、フェニックスの聖闘士が灰となって消えて行く…

 後に残るは、異様にかわいい黄金の乙女のみ。

 遠くで、誰かがボソリと言った。

「残念ですね… 久しぶりに思い切った改造が出来ると思ったのに……」


 さて、こちらは観客側。芸(?)の数々にやんやの歓声が巻き起こる中、瞬のそばで何やら音がする。

 シャラン…

 シャララン…

「どうかしたの?」

 あどけない顔が振り向いた瞬間、チェーンが伸びた。

 ジャキイィィィイン!

「チイッ、見つかったかっ!」

「…殺気を目いっぱい出しときながら、よく言いますね、アフロディーテ。言っておきますが、ぼくは魚座の聖衣なんか絶っ対に着ませんよ。

 …ぼくを怒らせるとどうなるかは、あなたが一番良く知っているはずですよね」

「フッ、怒ったからどうすると言うのだ。わたしとて十二宮の時とは違う。
 地獄帰りの恐ろしさを思い知らせてくれるわ!」

「…格好をつけるのは、その辺までにした方がいいですよ」

「黙れっ! 今こそ見せてやろう、地獄の中で編み出したピスケス究極の奥義・ブラッディハリケーンッッッ‥‥んっ?」

「だから言ったのに…」

 頭をおさえながら横を向く。聖闘士の情けである。

「しまったぁ、ばっバラがないっっっっ!」

 ここは冥界の一番奥である。

 バラなどあるはずはない。

 当然である。

「・・・・・・・・・・・・」

 止め絵のごとく立ち尽くす魚座の聖闘士を、瞬が睨んだ。

「いつまでそこにいるつもりです、さっさと持ち場へ戻りなさい!」

 言いざまチェーンでつりあげて、円陣へほうり投げる。

「おお見事。大魚の一本釣りじゃな」

「お召し上りになるのでしたら、そちらに持って行きますよ、老師」

 宙に浮いているアフロディーテの体をチェーンが器用に捉える。そのまま観客席へ移動して来るのを見て、童虎が目を丸くした。

「いっ、いや、わしはいらん…」


「どぉでもいいけどよぉ、壁を壊すってなぁどーなったんだよ」

 毒づく蟹座・デスマスクの目の前に、いきなりやきものの椀が現われた。

 いつのまにやら、目の前には童虎がいる。

「シャカが目覚めるまで待つほかあるまいて。なにせ、あの恥ずかしい聖衣を着れるような奴は他におらんからの」

 言いながら、椀になみなみと酒を注ぐ。

「五老峰特製の地酒じゃ。ささ、ぐーっといけ
 …おお、お主もどうだ、サガ。結構いけるくちじゃったろうが」

「い、いえ私は…」

「遠慮せんと、ほれ飲め!」

 言いざま、酒瓶を双子座の口に押し込む。

 ごっくん ごっくん ごっくん。

「ほれ、いけるじゃろうが」

サガの目がすわってきた。椀をあおっていたデスマスクが吹き出す。

「ちょ、ちょっと待て! それ以上飲ませちゃまずい!」

 遅かった。

「ふっふっふ…」

 不気味な笑い声と共に、その髪が黒く染まってゆく。

「ほっほっ こりゃ面白い。もちっと飲ましてみようかの」

 ごぼっ ごぼっ ごぼっ

ふっふっふ…

「おお、これは芸じゃな」

「違うと思うゼェ…」

 蟹座はすでに逃げ腰である。

 輪の反対側では、シュラとアフロディーテも逃げにかかっている。

3番・双子座のサガ、WINKを歌うっ!

 蟹が頭を抱えた。

「ほら出たぁ! だからまずいって言ったじゃねぇか!」

「いい余興ではないか。何がまずいのじゃな?」

「あいつぁ教皇やってたときからカラオケに凝っててよぉ、たびたび召集かけちゃ歌いまくってたんだゼェ… その度に、俺達がどんなつらい目にあったか‥‥」

「辛い、のぉ… 歌ぐらい歌ってもよいではないか?」

「てめえだけで歌うんならな!」

 言い合ってる間にも曲は進む。

…あ〜んなったっにドッラッマは〜っじまって…

 すぱこ〜〜ん!

 景気の良い音を出しつつ双子座を張り倒したのは、もう一人の双子座、カノンである。

「にいさん、何をバカなことをしている! 俺が死をかけて聖衣渡した意味がないじゃないかっ!」

そう言うな、カノンよ。ほれ

「何のまねだ」

 カノンの手には、マイクが握らされている。

お前も、実は好きなんだろうが。
 さぁ、声が三つ揃ったところで…

「おわあぁぁ、よせえぇぇぇ!」

キャンディーズだぁ!

 唐突にBGMが流れてきた。その曲は、紛れもなく『年下の男の子』。

「ううう… 体が勝手に……」

 などと言いつつ、最後まできっちり振りつきで歌ってしまうカノンであった。

「貴っ様ぁぁあ…」

 肩で息をするカノンを後目に、サガは次の曲を探している。

次はやっぱり、『微笑みがえし』かなっ☆

「ちょっとまて! ここまでやらせるからには、曲ぐらい選ばせろ!」

 カラオケセットに走り寄ると、ガチャガチャと探し回る。

 ちょっとして、その手が止まった。ニヤリと笑いながら振り返る。

「キャンディーズならいいんだな。受けてもらうぞ、この曲を!」

 背後からイントロが流れてくる。カノンの顔が陰険になった。

「まさか歌えんなどとは言うまいな…」

 歌のでだしが近い。カノンはサガの真っ正面に立ち、まっすぐに指を突き出す。

「あのひとっは〜、あ〜悪魔っあ〜

 その声は、輪の外にまで響き渡った。エコーとボリュームを最大にしたのだろう。

ちっ、違うっ。悪魔は私じゃないっ!

「わたっしをぉ〜、とぉりこにするっう〜

違うっ、それは黒サガのしたことだっっ!
 私は…私は…うぉぁぁあああああああああ!

 サガの体から聖衣が外れ、合体してゆく。聖衣は叫びながら消えてゆくサガを見送ってから、いそいそとカノンにすり寄ってきて、装着。

「おお、双子座はお主が代わりにやるのか」

「どういうことです、老師?」

「先ほどのくじでな、この宴会の払いがサガに決まったんじゃよ。ほい、勘定書き。酒に食い物に宴会セットに…」

 童虎が去った後には、山のような請求書を持って呆然と立ち尽くすカノンの姿があった。


 牡牛座はいつのまにやらアイオロスと酒を酌み交わしている。という訳で、双子座の隣はムウだった。片手にビデオカメラを構えて、宴会の様子をじ〜っと撮っている。

 じぃ〜っ… じぃ〜っ…

「なにをやっとるかぁぁ お前はぁぁぁ!」

 下の方から激しい衝撃があった。吹き飛ばされる人影が一つ。

「少しは反省しろっ! …ん?」

 脇に気配。ムウである。

「あぶないじゃありませんか、シオン。ブ○ン○ー だからブレずに済んだものの…」

「何が ○レ○ビー だ! お前はそれでもアリエスの聖闘士かっ!!」

「あ、ひょっとして ハ○ディ○ム の方がお好きでしたか?」

「何を言うか! 私はそんなチマチマしたものなど好まん!」

 かっこつけて一回転。いつのまにか右手にバカでかいものを持っている。

「見よ、私のは業務用だ!」

 ムウは冷やかな目で師を見据え、ボソッと一言。

「大きいのって、動きが鈍いんですよね…」

「貴っ様あぁ! 恩師に向かってのその態度、もう許せん!
 …よかろう、この私がニブいか否か、その目で見極めるがいい!」

 キッと睨み据える視線の先には、先ほどムウの巻き添えをくらった双子座の姿。

「スターダスト・レボリューション撮りいっ!」

 ずぅぉおうむんんんんんん‥‥

「フッ、技をかけながらその一部始終を撮る。安定の悪い貴様の小型カメラではまね出来まいが!!」

「シオン、なにかお忘れではありませんか… 私のカメラはブレ○ビー、ブレなど恐くありません! いきますよ‥‥スターライト・エクスティンクション撮りいぃ!」

 落ちてきたカノンに、ムウの奥義が炸裂した。

「くっ… ここまではたしかに互角。ならば次の技で勝負をつけるぞ!」

「望むところです」

 互いに向い合わせになり、期をまつ。

 …来た!

クリスタル・ウォール撮りいぃぃぃぃいっっ!」

 べしゃあぁっっっ!

 中程で、壁に挟まれたカノンがつぶれていた。

「…大丈夫でしょうか?」

「フッ、私が鍛えた聖衣だ、この程度では傷もつくまい」

 言いながらも、撮り続けるのをやめない二人であった。


「…さて、そろそろ来てもいい頃じゃがのぉ」

「どなたかお待ちなのですか、老師」

 水と氷の曲芸師が声をかける。童虎はちらと横を眺めると、一つため息。

「お前も成長せんの。なぜわし達がこんなことをしているのか、見当が付かんのか?」

「さあ… 私は単に、己の楽しみのためにのみやっているのだと思いましたが」

 隣の席では、アイオロスが最後のフカヒレをつまんでいる。

 カミュはその腕をひと睨みで凍りつかせ、料理を横取り。

「それもないとは言わんがな」

 天秤座が、ややテレ気味に頭をかく。

「ま、みんな戦い通しだから、この辺で楽してもよいのではないかと思ってな」

 射手座が水瓶座の手を睨み据える。コスモの高まりは炎と化し、カミュの箸と…料理まで燃やしつくしてしまった。

 がっくりうなだれる二人。

「楽と言われましても…このバカ騒ぎが終わったら、即、ハーデスとの対決が待っておりますが?」

「まだわからんのか…よいか、これだけの大騒ぎ、たとえどこにいようとも目に付かぬはずはあるまいが」

「ろ、老師…まさか!」

 その瞬間、カミュの悪寒が現実に変わりはじめた。

 ライブラの武器をも跳ね返した『嘆きの壁』に、ひびが入ったのである。

 みしっ… みしっ… みしみしみしぃぃっ ぐぅおぉんん!

 砂煙が舞い上がる。その中から現われたのは、言わずと知れた…

「アテナっ!」

 あたりがしんと静まり返った。ただビデオの回る音だけが小さく聞こえる。

「あなたたち、いったい何をしているのです?」

 口調が冷たい。カミュまでもが対抗できない冷たさである。

「何をしているのか、と聞いているのですよ」

 全員の視線が童虎に集中する。天秤座は大きく深呼吸をしてから、女神の前に進み出て膝をつく。

「我らがアテナにおかれましては、御機嫌麗しゅう…」

 女神がこれを制した。これ以上ないくらいの微笑みをたたえ、一言。

「宴会をしていたのでしょう? 私も混ぜなさい」

「おっ、お言葉ですがアテナ、宴会に御参加なさるからには芸がなくてはなりませぬが…」

 普段からは考えられない、童虎のあわてぶりであった。対して、余裕綽々の女神。

「私に芸がないとでも思ったのですか、童虎? …わかりました。今見せてあげましょう、私の芸を!」

 ずるりぃん。

 いきなり背後から取り出したのは、黒い綿のようなもの。それを見たとたん、聖闘士たちの半分近くが跳ね起きた。

「ハ、ハーデスっっっ?!」

 彼等の反応を見て、にこにこと笑うアテナ。

「宴に来るのを邪魔しようとしたので、持ってきたのですよ」

 数人が同じ質問をしようとして…やめた。

 恐ろしくて聞けないのである。『ハーデスの肉体をどうしたのか』などとは‥‥

「女神、どうも逃げたがっているようですが…」

 見ると、黒綿がひくひくと動いている。

「あら、まだ動けるのねぇ。おとなしくしていなさい」

 綿の端っこを持って一回転。

 びったぁぁん!

 もう一回転。

 びったぁぁん!

 突然、綿が白くなる。先端からぽろぽろと崩れて、ついに消滅。

「…困ったわね。芸の素が無くなっちゃったわ」

 心から困惑したような声を出すアテナの顔は、あくまでもにこやかであった。

 天秤座が自慢の酒をアテナに勧める。突き付けられた方は、やや苦い顔で酒瓶を見ながら

「童虎、たしか前聖戦のときもこのお酒でしたね」

「ご不満ですか」

「そうは言わないけど… たまには他のも飲みたいわね」

「これ以上の酒となると、やはり天上でしょうな」

「バッカスのお酒ね‥‥‥」

 思案顔のアテナを眺める童虎が、ひとつ咳払い。

「ところで女神。グレート・エクリプスは、まだ終わっていないようですな」

「えっ?」

 アテナの顔が、いきなり少女になる。

 しばらく天秤座の目を探って、ぽんと一つ手を叩く。そのままうつむくと、静かに話しはじめた。

「そうですね。たぶん天上の神々が、ハーデスとの戦いを戒めているのでしょう。…この罪、私は黙ってつぐなうつもりですが、関係のない多くの人々まで巻き添えにするわけにはいきません‥‥」

 ここまで言って、がばっと顔を上げる。

「行きましょう、童虎! 星々の運行をもとに戻すために。力無き多くの愛すべき者達の明日のために!!」

「女神!」

 ちょ〜ん!


(いま拍子木の音がしたような気がしたが…)

 ぼろぼろになった双子座が、首だけ起こしてあたりを見回す。

「おう、気がついたか」

 声のでどころを見て跳ね起きる。

「貴様…ラダマンティス!」

 さすが、腐っても聖闘士…いや失礼。

「いきがるな、カノン。俺はこれを渡しに来ただけだ」

 渡されたのは一枚の紙っきれ。

「…なんだ、これは?」

「この宴会、払いはお前なんだろう?

 そいつは会場の使用料だ。とりあえず3時間分。

 1時間超過ごとに増えるからそのつもりでな。」

 目の前が白くなった。

 遠くの方で声がする。


「十八番アルデバラン、北島三郎だ!」

「十九番シュラ、黒田節をやるっ!」

「二十番デスマスク、酒井法…」

「よせぇ!貴様、それだけはやるんじゃないっっ!」


 …カノンの心と懐に、寒いものが通りすぎていく。


 しかし、宴会はまだまだ終わりそうになかった。

−終−


冥府・壁の前にて…の舞台裏

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