ただいまのせなかで

「おかえり、ドーナツ食べる? ぐは


「「「「かおるちゃん!」」」」

 ドーナツ屋の車の窓から顔出したかおるはんを見つけたとたん、ピーチはんたち、バタバタ走り出してったわ。


 ラビリンスでの戦いが終わって、ようやっとピーチはんたちの世界に戻ってきたんやなぁ。

 最初は誰もおらへん公園しか見えへんもんやから、あのメビウスの電線ドカドカでみんなやられてもうたんか、てビクビクしとったんに。

 さっすが兄弟、かおるはんや。顔見るだけで、終わったっちゅう気持ちになるわ。

「あれが、兄弟か‥‥」

 となりで立っとったウェスターはんが、車の方をぼんやり見てる。何度も()ぅてるはずなんに、やっぱり、何や変わってくれたんやな。

「せや。さぁ、新しい兄弟連れてきた、て挨拶しに行こか」

「いや」

 わいが足に手かけて引っ張ろうとしたら、ため息交じりの声がやってきたわ。なんやろ、て上向いたら、

「後にしよう。あれは、邪魔できないだろう」

 ウェスターはんが指さしたとこ見てみたら‥‥あーあ、ピーチはんなんて、車の窓越しに抱きついてもうてるやないか。もぅ、しょうないなぁ。

「せやな」

 みんなが車の窓から離れるまで、わいらはしばらく、そこに立っとったわ。

「さーさ、さっさと家に帰りなよ。ドーナツなら、あとでいっぱい作ったげるから」

 みんなにドーナツ渡した かおるはんがそう言うたけど、なんや、みんな顔見合わせとるなぁ。さぁて、そろそろ わいの出番やな。

 ひとっ走り、車のそばまで走っていって、ピーチはんの肩によじ登って、と。

「せやで。ピーチはんのお母はんには、わいもぎょうさんお世話になったんや。はよ顔見せて、安心させたげなあかんわ」

 家がどないなってるかわからんから、帰るのが怖いっちゅうのはわかるんやけどな。お母はんたち、もっとずっと心配してるはずや。

 わいが言うたのに、最初にうなずいてくれたんは、パッションはんやった。

「そうね、きっとご両親が心配してるわ。みんなは、早く帰ってあげて‥‥」

「せつな! お母さん安心させるんだから、一緒じゃないとダメでしょ!?」

 ぐるんと体まわすもんやから、落ちそうになってもうたやないか。まぁせやけど、ピーチはんの言うのももっともや。あのお母はんやからなぁ。

「それはそうなんだけど、ウェスターたちが‥‥あら、サウラーは?」

「あいつは、この世界の本を仕入れに行ってる。これからのラビリンスの参考にするそうだ。もちろん俺も、置いて行って構わないぞ」

 いつの間にやらそばまで来とったウェスターはんの顔、パッションはんがじーっと見とる。なんや、不安そうやなぁ。あ、せやせや。

「兄弟! 帰った早々悪いんやけど、ウェスターはん預かってんか。新しい兄弟やから!」

 ピーチはんの肩越しに、車の方に向かってそう言うたら、かおるはんが車の窓でほおづえついてん。

「ん? あ、そう。いいよ」

 あれ?

「ありがとう、かおるちゃん。‥‥それじゃ、行ってくるわ」

 アズキーナはんとシフォンを肩にのせたパッションはんと一緒に、みんなで家に向かっていく途中、わいは何度か、車の方を振り向いてしもたわ。


 なんや、妙な感じやったけど‥‥大丈夫、やろな。かおるはん、わいの兄弟なんやから。

 イースたちがそれぞれの家に帰っていったあとを、俺はしばらく眺めていた。

 それにしても。ここには何度も来ていたはずなのに、感じるものがまるっきり違う。暖かい日差しと、背中からのいい匂い‥‥

「ラビリンスにも、これが必要なんだろうな‥‥」

 その暖かなラビリンスで、俺はいったい何をすればいいんだ?


 日差しを見上げながら、俺は考えた。

 サウラーは本を集めて今後のことを考えているようだし、イースも口には出さないが考えはあるようだ。でも俺は‥‥残念だがそれほどの頭はない。あるのはただ力だけ、か。

「なに? 必要って、ドーナツかい?」

 背中からの声に振り返ると、ドーナツ屋の店長が手を動かしていた。

 答えようと口を開きかけて、俺はちょっと考えた。店長っていうのもなんだな。たしか‥‥カオルチャン、だったか?

故郷(くに)に帰っても、ドーナツ作りたいんだろ? だったら、これもってきなよ」

 窓の前で口ごもっている俺の前に、店長――カオルチャンの手が伸びてきた。手の上には、小さな銀の板がひとつ。

「これは‥‥鍵か?」

「そ。この車と同じの、もう1台作ってもらっててね。その鍵」

 俺の目は、鍵と、カオルチャンの顔の間を行ったりきたりしてしまった。

「いや、さすがにそこまでされるわけには‥‥」

「そう? じゃ、車の代わりに、うまいドーナツの作り方、教えてあげよっか」

 そう言って、車の窓から消える姿は、どう見たってあまり考えてるように見えない。だが、

「作り方より、教えてくれ。全部わかっていて、タルトくんにドーナツを渡したのか?」

 車の影から本を持って出てきたサングラスの顔が、不思議そうに俺を見つめてきた。

 そうだ、彼は俺たちの世界を変えた。プリキュアと一緒に。俺と同じ、あまり考えているように見えないのに‥‥

「ああ、みんなが言ってたあれ? オレのドーナツ食べて、兄ちゃんとこの国民が目覚めたって、あれ?
 まっさか、そんな役に立つなんて思わなかったなァ。ぐは☆」

 笑って言う顔にイライラして、思わず怒鳴ろうとした俺の前に、指が一本出てきて、

「あれね。どこに行っても、なにがあっても、オレのこと思い出して欲しかっただけよ。ドーナツ食べてるときだけでもさ、オレはいつでも見てる、って。
 オレはドーナツみたいに役には立てないけど、ドーナツを作ることはできるからね。ぐは

 大口で笑われて、俺は口が開けなくなった。見てるだけ、か。どうもゴマカされたような感じだが‥‥ん?


「‥‥るちゃーぁぁー!」


 ‥‥なんだ? 誰か、叫んでるような声だな。

 声のする方を探してみると‥‥ああ、公園の中に土煙がまっすぐ伸びている。あれか?


「かおるちゃーぁぁーん!!」


 土煙がだんだん近づいて来て、人の形がはっきりわかるようになって‥‥なんだ、ラブくんと、イースじゃないか。

 なんだってあんな勢いで走ってるんだ?


「かーおーるーちゃーんーのぉーぉぉっ!」


 階段を一段飛ばしで駆け上がって、俺たちの方に向かってくるラブくんの後ろで、手を思い切り振りながら走るイース‥‥その合図に気づくのが、少し遅かった。


「大バカぁぁぁっっ!!」


 気がつくと、俺を弾き飛ばすほどの勢いで、ラブくんの拳がカオルチャンに突進していっていた。

「バカ、バカ、バカ、大バカっ!」

 目の前で、ラブがかおるちゃんを叩いている‥‥はぁ、や、やっと追いついたわ。もう、全力で走っていくんだもの。気持ちはわかるけど。

「イ、イース。これは、いったい‥‥?」

 ああ、私の合図に気づかなかったのね。ウェスターがしりもちついちゃってるわ。

 私は起き上がるのに手を貸しながら、少しラブたちから離れた。ウェスターなら、止めちゃいそうだから。

「気の済むまでやらせてあげて。あのね‥‥」

「怖い思いさせて、ごめんね、お母さん!」

 ラブの家で、ラブのお母さんにしばらく抱かれてから、ラブがそう言った。

 そう、私たちが一番心配していたのは、メビウスの攻撃だったから。でも、思い出させて怖くなったりしないかしら‥‥

 そう思って見上げたラブのお母さんの顔は、少し笑ってた。静かに、微笑むみたいに。‥‥え?

「すごかったのよぉ、もう。テレビで見てたケーブルがね、クローバータウンではなぜか、あたしたち目がけて襲ってきたんだから」

 やっぱり‥‥多分、ラブやブッキーたちのお父さんお母さんを、まず狙ったのね。すごく怖かったでしょうに‥‥

「せっちゃん、そんな顔しないの」

 なのに、私のあたまをなでてくれる。とってもあったかい手で。

「そりゃあ、最初は怖かったわ。でも、あたしももうダメって思ってたとき、どーんと突き飛ばされちゃって。気がついたら、みんな家の中に押し込められてたのよ」

 え??

「な、なにそれ? メビウスが、わざわざ‥‥」

 ラブと一緒に顔を上げたら、目の前で優しい顔が横に振られたわ。

「違う違う。人の手よ」

 私たち、ふたりで顔を見合わせた。

「すごかったわ。お父さんや山吹さんのご主人が表に出ようとしてるの、一喝(いっかつ)して止めちゃってね。

 『絶対に外に出るな』って。『親が無事なら、お(じょう)ちゃんたちは闘える』って言ってたわ」

 お嬢ちゃん? ‥‥って、まさか!

「あたしたち目がけて飛んできたケーブル、みんな自分で受け止めちゃってね。『1分でも、ほんの1秒でも、安心して長く闘えるなら、なんだってしてやる』って言って」

 私の目の前に、ひとつの姿が浮かんだわ。何本ものケーブルを受け止めて、それでも決してあきらめない、サングラスの‥‥

「町のみんな、一度はパニックになりかけたのよ。でも‥‥ケーブルだらけになって、それでも名前を呼び続けてるのを見て、みんな静かに家へ戻ったの。
 ずっと、ずっと、声が聞こえてる間、祈ったわ。せっちゃんや、ラブや、タルトちゃん――兄弟って呼ぶ声が途切れるまで」

「か‥‥かおる、ちゃん?」

 ぼやけた目の前で、しっかりうなずいたラブのお母さんの目に、涙が浮かんでた

「だから、わたしたちは怖くなかった。たとえどうなっても、あなたたちが帰ってくれば大丈夫。あの人が信じてるのに、親のわたしたちが信じないでどうするの?
 最後の最後、なにも考えられなくなるまで、信じて祈り続けたわ――」

 その瞬間、私の隣ではじけた。

「お母さん、ごめん!」

 声と、玄関をバンっ、と開ける音が重なって響く中で、私も立ち上がった。

「ごめんなさい、私も行きます!」

 最後に見たのは、笑って手を振る姿だったと思う。

 ‥‥多分、そう思う。

「かおるちゃんがし‥‥死んじゃったら、悲しむのはあたしたちだけじゃないっ! クローバータウンのみんな‥‥みんな、みーんなよっっ!!」

 叩く力がどんどん弱くなって、今はもう、ただ拳を押し付けてるだけ。だけどまだ、ラブは頭を上げなかった。

「あの攻撃を生身で受け止めるのは無謀だ。だが、それを言うなら‥‥」

 話を聞いたウェスターがそう言うのを、私は指で止めて、

「ラブも、わかってるのよ」

 かおるちゃんの方に向き直っても、まだ、ラブは顔を上げてない。

「自分に言ってるの。あれは」

 そうよ。無謀っていうなら、自分たちだけでメビウスと戦おうっていう方がよっぽど無謀だもの。

 だけど、

「なんで‥‥なんで怒んないのよぉ〜っ」

 やっと、ラブが顔を上げてくれたところに、指がある。さっきから、かおるちゃんはずっと待ってたんだものね。

「んじゃあ、えい」

 おでこを指ではじいて、それでおしまい。

「あいたっ‥‥え? これ、だけ?」

「お母さんたちに、ちゃんと言ってから行ったからね。でなけりゃ、こんなんじゃ済まないよ。
 ほら、友だちが来たよ。行ってきなよ」

 公園の奥から、ブッキーとミキちゃんが走ってくるのが見えるわ。かおるちゃん、ラブの背中を押し出して、

「さっすがに3人がかりで叩かれると痛いからねぇ、げは♪」

 ラブが走っていくの、笑いながら見てる‥‥ふりしてる。やっぱり!


「お、おいイース。なにする気だ?」

 ウェスターの声を背中に聞きながら、私はかおるちゃんに近づいていった。

「かおるちゃん!」

 私が目の前に立ったら、かおるちゃんがお腹を向けて、

「ん? せっちゃん嬢ちゃんも、叩きたい?」

 やっぱり、私にもそう言うんだわ。もう!

「違うわ。どうしてあんなことしたの?」

「イース、おまえさっき、わかってるって‥‥」

 ウェスターの言葉を、私はにらんで止めた。ラブにまで、聞かせたくないのよ、こんなこと‥‥

「私たちの無謀とは、意味が違うわ。かおるちゃんのは、捨石(すていし)でも構わない、っていう無謀よ! そんなのじゃ、いつか本当に‥‥!!」


「オレはね、見守(みまも)ってるだけだよ」


 え?

 いきなりの答えに、言葉が出なかったわ。いま、なんて?

「オレ、頭よくないからね。オレを受け入れてくれたこの町と、ドーナツ屋を始めさせてくれたお嬢ちゃんたちを、ずっと見て守ってるだけなんだよ」

 ラブたちが‥‥? じゃ、なくて!

「それと、無謀なこととどういう‥‥」

「そうか!」

 私が言いかけた言葉が、ウェスターの声でかき消されたわ。

 なによいきなり‥‥って見回した先に、ウェスターの顔があって、

「なるほど、見る(・・)じゃなくて、見守る(・・・)か‥‥」

 まんまるに開いた目と口。まるで、夢でも見てるみたい。なに? そんな驚くようなこと言ったの、いま??

「そう、見守るんだよ、オレ流(・・・)にね。時と場合によっちゃあ、命を賭けてでも見守るのさ。
 ドーナツにゃあなれないけど、ドーナツは作れる。だろ? ぐは

あの(・・)ドーナツになれなくても、作れれば‥‥そうか、俺は、見守ればいいんだな」

 かおるちゃんの言葉に、ウェスターが何度もうなずいてるわ。ちらっと私を見たような気もするし‥‥

 と、思ったら、今度はかおるちゃんが私をちらっと見て、ウェスターの肩たたいたわ。なに?

「ウェスターの兄弟、でいいかい? 悪かったね、さっきは。本当に兄弟だとは思ってなくってさ」

「カオルチャン兄弟。さっきの鍵なんだが‥‥もらうんじゃなくて、借してくれないか?」

「いいとも、兄弟!」


 二人とも、私を無視して盛り上がっちゃって。ああ、これ以上騒いだら、ラブたちに気づかれちゃう‥‥これじゃ、私ひとりがバカみたいじゃない!

「何わけわからないこと言ってるのよ。ふたりとも、バカじゃないの!?」

 私がそう言ったら、同時に振り返ったふたつの顔が私の目を見て笑顔に変わったわ。


「「そうとも! バカなんだ、俺たちは」」


 私、思わず二歩くらい下がっちゃった。

 だって、こんなに晴れ晴れしたウェスターの顔、はじめてみるんだもの‥‥

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