みあげれば うめのはな

ひとつめ:くるまのまどにうつる梅

「へ〜ぇ‥‥」

 学校もお休みの、日曜日のお昼まえ。いつものようにタコカフェの車の中でお皿を洗ってた私の耳に、あかねさんの声が聞こえてきた。

「? どうかしたんですか、あかねさん?」

 顔を上げたら、車の窓から外を眺めてたあかねさんが、顔半分と目だけこっち向いて、

「いーや。ただ、梅の花がきれいだねって思っただけだよ」

「梅の花?」

 私の位置だと、見えないけど‥‥そう思ってたら脇からひょい、っと手が出てきて、体がちょっとだけ持ち上がった。

 窓の向こうに、細い枝と白い花。

「きのうは、なかったですよね?」

「あぁ。何年もここに店出してるけど、梅を見るなんて初めてだねぇ」

 床に降ろしてもらってから、私はつま先立ちでもう一度みてみた。白くて小さい、きれいな花だけど‥‥なにか、ヘン?

「ずっと咲いてなかったのかしら」

「梅は、咲くまでに結構かかるからね。
 ええと、桃栗3年の‥‥梅はすいすい13年、だったかな?」

 あかねさんは、なにも感じてないみたい。私の勘違い、かな。

「‥‥10年以上もかけて咲いたんですね」

「なに言ってんだい。あんただってそれ以上かけて、やっといま咲いてンでしょ? 同じよ、同じ」

 わしゃわしゃ、って頭なでられながら、私はまだちょっと、ヘンな感じがしていた。

 ひかり引き寄せて、頭わしゃわしゃ、か。あいかわらずラブラブしてるなぁ、あのふたり。

 公園のすみ、ベンチの影からのぞいててもわかるくらいだもんねぇ。まぁ、もうみんな慣れちゃって、あのラブラブっぷりで癒されに来るお客さんまでいるらしいけどさ。

 ‥‥に、しても。

「‥‥だから、ひと驚かすときはあたしからにしろ、って何度も言ってンでしょうが、ほのか!」

 あたしがとなり向いて言ったら、同じベンチの影でしゃがんでる ほのかが頭あげた。

「だ、だぁってぇ、なぎさぁ」

「だってじゃない!」

 いいわけ最後までなんて、聞いたげないよ、まったく。わざわざタコカフェの車の前の木に、梅の造花つけたりしてさ。

「どーすんのよ、あれ。ひかり、本当に信じちゃってるよ?」

 あたしは知ってんだからね、あのガチガチに硬い梅の花に仕込んだクラッカーで、パンっと弾いて驚かそうとしてんの。(うたが)ってもない子にそんなこと‥‥ん?

「まぁ‥‥いいんじゃない? あれはあれで」

 ほのかが指さした先で、また ひかりが抱っこされてる。まったく、あかね先輩は‥‥一瞬、放っといてもいいかも、なんて思っちゃったじゃないの!

 でも、なにふたりで喜んで‥‥ああ、あれかぁ。

「へぇ、さっすが ほのか。()ってるね。つぼみが勝手に花開くなんて‥‥ ほのか?」

「あ、ありえな〜い‥‥」

 なに、びっくりした顔してるのよ。あたしの口ぐせなんかまねちゃって、まっすぐ指差して。

 なんだろ? そう思ってその先を見て。そのまま、あたしは口が閉じなくなった。


 風に吹かれてひらひら落ちてゆく梅の花‥‥って、


「ちょ‥‥っと、まって。あれ‥‥」

 あたしが横向いたすぐ前で、ほのかのびっくりした目と目が合った。

「「ほ、本物ぉ〜っ!?」」

『ほ、本物ぉ〜っっ!?』

 大きなふたつの声と一緒に、近くのベンチから影がふたつ飛び出してきて。

「ふふっ」

 思わず私、顔がにこにこしちゃった。

「なーにやってんだろねぇ」

 となりのあかねさんも、やれやれって顔でベンチを見てる。ふふふ。

「高校に行って、パワーアップしましたよね、ふたりとも。なんだか、わたしたちを驚かそうとしてたみたいですけど」

 そう、なんとなくヘンだな、ほのかさんかな、って思ったのよ。だからちょっと‥‥ほんのちょっと使ってみたの。まだちょっとだけ使える、わたしのちから。

「ま、バカはやれるうちにやったほうがいいんだけどね」

 バカ、か。

 ダメだなって思っても、つい顔が下向いちゃう。ほんとはあまり、ひとと違っちゃいけないんだもの。私は‥‥

「バカは、あんたもだよ、それっ」

 え? あいた!

 いきなり痛みが走った頭を上げたら、軽く曲げたあかねさんの指がそこにあった。

「あんたになにができたって、あたしはもう気にしないんだから。やるときはちゃんと言いなさい、って

 にやっ、て感じで笑ったと思ったら、あかねさんがいきなりエプロンはずして、ショルダーバックつけたわ。

「さってとぉ。いたずら娘もおとなしくなったし、それじゃ ひかり。しばらくお店お願いね」

「あれ? どこへ?」

「ふふ〜ん、デート、かな?」


 私、しばらくびっくりした顔してたみたい。そのあと来た なぎささんたちに心配されたくらいに。

ふたつめ:あかいはかまにしろい梅

(さき)ぃ〜、手があいたらこっちもお願いね〜」

 日曜のお昼どき。あったかい陽気に誘われて、パンパカパンは今日もいっぱい。

 商売繁盛はいいけれど、今日はちょっと多すぎ。お父さんがパン焼き釜の前でてんてこ舞いしてるし、咲にレジ代わってもらわないと、と思ったんだけど。

 テラスの向こうを見てみたら、咲がぺこぺこ謝ってるみたいね。なにかあったのかし‥‥ああ。

「なに〜、お母さん?」

 ‥‥ちょっと、素直に育てすぎちゃったかしらねぇ。友達置いてまで、エプロンはためかせて走ってこなくてもいいのに。

 それにしても、あのお友達、

「今日は、いつもと違う服なのね?」

「え? ああ、そうそう! (みちる)(かおる)の服ね。仮縫いだったのが縫いあがったから、見て欲しいって来たんだよ」

 うれしそうに言うわねぇ。ほんとに。

「あれは‥‥巫女さん?」

「そう、おおぞらの木の巫女さん!」

 私が二人をみたら、ぺこっとお辞儀してくれたわ。へぇ。

 そういえば言ってたわね。あのほこらに、巫女さんが来たって。あの子たちだったの。

 いままで考えてもみなかったわ。ちゃんと社務所まであるんだから、居てもおかしくないのにね。


 ‥‥あら、社務所って、昔からあったかしら?

「わたしも、お手伝いしますね」

 ちょっと頭をひねってたら、声が近づいて来たわ。

「あれ、舞。来てたんだ」

「ひっどいわね」

 咲のお友達の、舞ちゃんね。この子はいつもと同じ、シャツにパンツ姿。口ふくらませながら、でもエプロンと三角巾をぱっと掴んで2秒で準備しちゃうんだもの、慣れたものだわ。

「まぁまぁ。あたし、お客さんの説明に行くから、舞はレジ頼める?」

「おっけ。それじゃ、おばさまは作る方のお仕事、お願いします」

 はいはい。それじゃ、古いのはお父さんのほうに行きますか。

 でも、ちょっと気になるわね、あの巫女服の子達の目。なんだかまるで‥‥

 お母さんと交代してしばらくたっても、お客さんが途切れないんだもん。ちょっとレジでひとやすみ、と。

「それにしても、すっごい人だなぁ。なんかあったっけ、今日?」

「梅がたくさん咲いたんですって、おおぞらの木の近くで。それで、お花見する人がお昼ご飯を買いに来てるのよ」

 よっかかってたレジでキー打ちながら、舞が言ったの聞いて、あたしは思わず顔みちゃったよ。

「へ? あそこに梅の木なんてあったっけ??」

「やっぱり、咲も知らないんだ。‥‥あのね」

 舞が口元をあたしの耳に寄せてきた。いいけど、ちょっとくすぐったいな。

「おおぞらの木の近く、なんだか植物がいろいろ育ってるみたい。きっと‥‥」


「店員さん?」


 はっとしてお店の方見たら、レジ前で何人かならんでる。ヤバっ!

「す、すみませーん。すぐレジしますからね、ね」

 舞に代わってレジ慣れてるあたしが打ち始めると、少しづつ待ってる人が減っていった。

 けど、あたしの頭の中は、さっきの舞の言葉でいっぱい。

 植物がいろいろ育ってるみたい、か‥‥きっと、あのふたりが住みついたからだよね。

「ふたりとも、人気あるからなぁ‥‥」

 思わず口に出しちゃって、はっとした。いけないいけない。気をつけないと。

 なんたって、満たちが人気な相手は、精霊たちなんだから。

「それにしても‥‥」

 こないだは、()()()の前にいきなりふたりの住む家が()っちゃうし、今度は梅の花いっぱいかぁ。ちょっと不思議な雰囲気なのは、巫女さん、ってことでごまかしてるけど、

「‥‥いつまでもつかなぁ」

「咲らしくもないわね。もたせるのよ、決まってるでしょ?」

 いつの間にか隣でパンを包んでいた舞がそう言った。小さくて、でもしっかりした声で。

「強くなったね、舞」

「冗談でしょ」

 ありがとうございました、ってお客さんにおじぎした舞が、起き上がりながらぺろっと舌だして言った。

「咲がいなかったら、とっくにぺっしゃんこよ」

 そうだね。

 あたしたちの、友だちだもん。ちゃんと守らなくちゃ。

「それじゃ、行ってくるわね」

 焼き釜の前で手を上げるお父さんにうなずいてから、私はお店に向かった。

 咲に声かけて、おでかけ‥‥と思ったのだけど。

「はい、次のお客さん、どうぞ!」

「えーと、これで全部‥‥え? ひとつ入れ忘れ?? ごめんなさいっ!」

 あらあら、まだお客さん続いてたのね。

 困ったわね、さすがにこれじゃ店を空けるわけに‥‥あ、そうだ。

「あ、お母さん、ちょっと助け‥‥って、その格好、お出かけ?」

 レジの後ろを通り過ぎて、店の脇から窓開けて、と。

「え? お母さん、なにしてん‥‥」

 すぅっと息すってから、私はできるだけ明るく声出した。

「満さん、薫さん。悪いけど、お店 手伝ってくれない?」

 言い終わる前に、二人ともすぐに立ち上がってこっちへ来るわ。ああ、やっぱり。

「ちょっと、お母さん!」

 エプロンふたつ持ってお店を出た。咲がついてきてるけど気にしないで、やってきた二人にエプロン差し出したら、二人ともぱっと受け取って巫女さんの服の上につけたわ。何のためらいもなく、ね。うんうん

「はい、じゃよろしく。‥‥咲は、ちょっとこっち来なさい」

 満さんたちがお店に入っていくのを見ながら、私は咲に顔近づけた。

「さーき、お友達でしょ? 差をつけないの」

「え?」

 びっくり顔なんかして、もう、わかってないんだから。

「舞ちゃんに働かせといて、満さんたちはお客様扱い? そっちのほうが、よっぽどひどいわよ」

「でも、あの格好でお手伝いなんかさせたら、ヨゴれ‥‥」

 言いかけた咲の口を、私は指でつまんでふさいだ。

「ちゃんとあの子達の目を見た? 二人とも、咲がはじめてお手伝いしようとしたときと同じ目よ。
 咲の力になりたくてしょうがないの。わかる?」

 咲の顔をお店の方に向けたら‥‥ほぉら、レジのとこからガラス越しに三人。舞ちゃんまで、心配そうにこっちを見てるじゃない。

「じゃ、あとよろしくね。用事が終わったら、お土産持って帰るから」

 私はそう言い捨てて、お店を離れた。


 きっと、照れくさそうな顔でお店に入ってくんだろうなぁ、咲は。もう、振り返って確認なんてしないけど。

「だいじな子なら、ちゃんとだいじにしなさい。変に特別扱いしないで、ね」

みっつめ:おひるごはんは梅のはな

「学校は休みだってのに、結構混むもんだねぇ‥‥」

 日曜のお昼。購買の窓から顔出して、テラスの方を覗いてたら、あたしは思わずこぼしちまったよ。

 まぁ、部活動推奨の聖ルミエール学園理事長としちゃあ、部活で来るのはうれしいことだけど。関係ない子が休みもごろごろ居るってのはどうなんだろうねぇ。それだけ学園を愛してくれてる、ってんならいいことなんだけど‥‥

 あぁ、あの子たちもだね。今日は図書館も閉まってるし、フットサル部の活動があるとも聞いてないし。なにしてんだろうね? っと、そうだ。

「シロタ。お友達が来てるよ。行かなくていいのかい?」

 さっきまで皿を運んでくれてたシロタに声かけたら、はぁ、ってひとつためいきついたよ。そういや、さっきから運んだらすぐ戻ってきてたっけ、なんだい?

「食ってるときのあいつらには、近寄りたくないっすよ」

 ははぁ‥‥

「女の子がバクバク食べてる、ってのは、ちょっとゲンメツかねぇ」

 このくらいの歳だと、男の子は夢もってるからねぇ。女子校は色々つらいかもね。

「そんなんじゃないです。でも‥‥」

 ちらっとテラスの方を見てから、シロタがうんざりした目で振り向いたよ。

「あれは、そんなレベルじゃないっす」

 まぁまぁ。そんな、ためいきと一緒に、吐き出すみたいに言わなくても。

 どれどれ、なにがそんなに‥‥あ。

「ああ、うららちゃんね」

 さっき たくさん注文が入ったから、てっきり運動部の子が多いんだと思ってたんだけど。結構な数のお皿が、あのテーブルに集まってるね。まぁ、わかんないわけじゃないけどさ。

「元気に食べるのはいい子の証拠! シロタも、ちゃんと食べるんだよ」

 ぽんっ、と背中ひとつ軽く叩いたら、シロタがゲホゲホ咳き込んじまった。あれあれ。

 こりゃバイト料のホットケーキ食べ放題も考えたほうがいいかねぇ。にんじん入りとかピーマン入りとか‥‥

「手のかかる子供だねぇ、まったく

 あー、痛ぇ。


 店長、勢いつけて叩くんだもんなァ。悪気ないのはわかるから怒れないけど‥‥背中は大事なんだぞ、鳥には。

 まぁ、注文もひと段落したみたいだし、皿洗いでもしながら少し休むか。あいつらにつかまると、休むこともできねぇからな。できるだけ、中に隠れて‥‥

「おーい、シロップーっ!」

 ‥‥っていきなりなんだよ、おい!

 窓から頭半分出してみたら‥‥ああ、やっぱりだ。

「おーい、シローッ‥‥もがぐぁ!?」

 髪の毛ふたつしばりにしたヤツ――のぞみがオレの名前をまた呼びかけたとたん、りんとうららが両側から机につぶしてた。

「あっンの、バカ!」

 思わず口から出ちまった。どうすんだよ、まわりみんな注目してんじゃねぇか。

「シ、シロ‥‥そう、ホットケーキのシロップがけ、お願いしまーすっっ!!」

 あーあ、くるみのゴマカし方もわざとらしいし。なにやってんだよ、あいつら‥‥ん? 甘いにおいがするぞ?

「ほら、シロタ。あがったよ」

 やっぱり、ホットケーキかぁ。誰も食やしないってのになぁ。

「なにしてんだい? お客さんのご指名だよ。ほら、行ってやんな」

 こっちはこっちで、ヘンな誤解してるし。だいたいさ、

「いつから指名ありになったんですか、ここは?」

「今から、かねぇ。ほれ、サービスは日々改善していかないと」

 ホットケーキ突き出したまんま、満面の笑顔ってやつで言うんだもんなぁ、やっぱ勝てねぇや。

「はぁ‥‥わかりました。行きますよ」

 ホットケーキの皿 受け取って、おぼんに乗せながら、オレは顔を作り直した。相手があいつらでも、仕事は仕事だからな。さて‥‥え?


 コトン


 小さい音といっしょに、おぼんの上のものが一つ増えた。小ビンに一本、花つきの枝。なんだ?

「テーブルに置いてやっておくれ。一本だけだけどね」

「シロップ、あんた何もって来たの?」

 テーブルまでやってきたオレに、最初に声かけてきたのは、くるみだった。

「店長が、持ってけってさ。おまえらに花なんか似合わないと思うけどな」

 テーブルの上、大量の皿を端によけてから、オレはおぼんの上の花をそおっと手に取った。誰あてってわけじゃないみたいだし、きちんと真ん中におかないとな。

「まーた憎まれ口叩くぅ」

 うるせぇな のぞみは、まったく‥‥よし、このへんで真ん中、だな。あ、こら。

「梅の枝ね。九州には梅が()(もち)っていうお餅があるんだけど‥‥あ痛っ!」

 横から こまちの手が出てきたんで、オレは軽く叩いてやった。

「ちょっと、なにすんのシロップ!」

 かれん が反対側から口出してきた。友達なら手ぇ出させるなよな。

「さわるんじゃねぇよ。花が散るだろ‥‥せっかく咲いたってのに、かわいそうじゃないか」

 まったく、神経のない連中だよなぁ。思わず、オレは目ぇつむってためいきついちまった。

 ‥‥ん? なんか、静かになったぞ?

「へ〜〜〜ぇ?」

 うわっ!

 目を開けたら、のぞみ。にやにやした目のアップに、思わず一歩さがっちまったじゃねぇか。

「シロップが花好き? 意外ねぇ」

「結構ロマンチストですよ、シロップ」

「お花の声が聞こえるのね。ごめんなさいね、シロップ‥‥」

 あーっ、もう好き勝手言いやがって、こいつらはぁぁっ!!

「おまえら‥‥うぷっ!!」

 口を大きく開けたとたん、いきなり甘い味が広がって、声が出なくなった。

「まぁまぁ、みんなその辺にしてやってよ。ほら、のぞみも離れなさいって」

 口元に出てきた手は‥‥くるみか、こいつ!

「キュアローズガーデンで、花に囲まれて暮らしてたんだもの。そりゃ、花に思い入れも出てくるわよ。ねぇ?」

 ぐ、っ‥‥

「‥‥で? オレになんか用か?」

 ごまかした? とか言ってンじゃねぇ、聞こえてンぞ。‥‥まぁ、いいけど。

「あ、用? 用なんだけどね〜ぇ‥‥それっ!」

 のぞみ の声の調子に、なんかヤバい気がして逃げる準備してたんだけど、一歩遅かった。

 いきなり両腕が動かなくなったと思ったら、

「聞いたわよ、シロップ。あんた、ここしばらくホットケーキしか食べてないっていうじゃない」

 右の耳元からは、りん の声。こいつ、いつの間に後ろ回りこんだんだ?

「ちなみに、しらばっくれてもダメですからね。かれん!」

 左の耳元から、くるみ の声。ふたりして腕いっぽんづつ掴んで動けないようにしやがって。

 頭上げたら、かれん の腕。その先に、手紙がぶらさがってた。『ちゃんと食べさせてやってくれ』って、メルポまでかよ!

「ええと‥‥大丈夫だよ、シロップ。一応、ひまわりとか(あわ)玉とかはやめてもらったから。小松菜(こまつな)なら、人間でも食べられるよね?」

 かれん の後ろから聞こえてきた うららの言葉に、オレはがっくりした。こいつら、ひとを‥‥いや、オレをなんだと思ってやがるんだ!?

「食べないと、どうなるか‥‥」

 のぞみが、テーブルの真ん中に手ぇ出した。‥‥って、なにやってんだ?

「食べないと、この梅の花がどうなっても知らないよっ!!」

「ちょ、ちょっと待てぇっ! そんなもんで、オレを脅す気か!?」

 なに考えてんだ、のぞみのヤツ。花で人(おど)すなんて、聞いたこともねぇぞ?

「そのとおり! さぁ、どうするの!?」

 普通なら、こんなの脅しになんねぇ。普通のヤツなら‥‥

 奥歯かみながら、俺は正面の のぞみをにらんだ。そう、普通なら脅しになるわけない。けど、相手が本物のバカ(のぞみ)なら‥‥ちっ!

「ちくしょお! 食うから手ぇどけろ、のぞみ!!」

 しょうがねぇよなぁ、相手がバカ(のぞみ)じゃなぁ。だけど、

「伝説の戦士のやることかよ、これ‥‥」

「目的さえ正しければ、手段は正当化できるものよ。ある程度は、ね

 タッパに入った小松菜を渡しながら、こまちがしれっと言いやがった。


 ぜーったい、こいつら悪者むきだ。


 小松菜のサラダを口に放り込んでくる うららの手を見ながら、オレはあらためてそう思った。

「戻りましたぁ〜‥‥はぁ」

 はじめてだよ、購買の入り口が安全地帯に見えたのなんて。う〜っ、くちン中が草っぽい‥‥あれ?

「それにしても、弱ったねぇ」

 中に入ったら、店長が頭に手なんて当てて考え込んでる。なんだろ。

「どうしたんすか、店長?」

 オレが声かけたら、困った顔のままの店長が振り向いた。

「いやね、今日はそんなに生徒さんが来ないと思ってたんで、人と会う約束しちまったんだよ。もうそろそろなんだけどねぇ」

「ああ、だったらおっぱらいますよ。ちょっと待ってて‥‥」

 言いながら表に出ようとしたら、エプロンの紐で首が絞まった。ぐぇ。

「いやいやいや、そんなことしちゃいけないよ。でもねぇ‥‥あ、そうだ。シロタ、あんた料理作れないかい?」

 首からエプロンの紐はずしながら、オレはいまの言葉、頭の中に流してみた。料理?

「厨房 貸したげるし、材料は適当に使っていいから。ね、どうだい?」

 料理、か。材料使い切れば、見たことないくらいデカいホットケーキも食えるよなぁ‥‥

「後悔しないでくださいよ」

「なぁに。シロタなら大丈夫。そんじゃ、まかせたよ

 片目つむって合図して、店長はそのまま裏口から出て行った。


 まったく、オレが変なことするなんて、疑いもしねぇんだもんなぁ‥‥よぉし!

「おーい、くるみ! りん! ちょっと料理手伝ってくれーっ! ‥‥って、こら、のぞみ! おまえは来るんじゃねぇっ!! 購買が壊れんだろうが!?」

よっつめ:ドーナツさらに梅おいて

「ほぉ。うめかぁ‥‥」

 ぽかぽか陽気のお昼まえ。学校のない日のあたしは、ミキたんとブッキーといつもどおりのテーブルを囲んでたんだけど。

「ん? かおるちゃーん、なんか言ったー?」

 いきなり車から身を乗り出して、なんか見てるみたい。なんだろ?

「ああ、いやぁほら、梅が咲いてっからね、オレもうめーもん作らないとって。ぐは♪」

 あー、はいはい。かおるちゃんもあいかわらずだね。変わらない、ように見えるんだけど。

「あったかくなったものねぇ」

 ミキたん、そう言いながら、手を目の上にやって空を見上げてる。けどすぐ、なにか探してるみたいな目になった。

 そっか。あたしだけじゃないんだ。

「せつなちゃんたちがラビリンスに帰って、もう1ヶ月かぁ。早いなぁ」

 ブッキーの言った言葉で、あたしたち3人が一緒にためいきついた。

 そうなんだよね。頭ではわかってるんだけど、やっぱりまだ、ちょっとさびしいかな‥‥

「はい、特製ドーナッツ。オレのおごりね」

 って思ってたあたしの前に、おさらがひとつやってきた。4つのハートに、違う色のジャムが乗っかった、

「クローバー型のドーナツ?」

 見上げた先で、かおるちゃんの口元が笑ってた。

「赤いのは、せつなちゃんのだよね」

「まーね。せっちゃん嬢ちゃんには特製作ってあげるって約束してたから、たまに作ってンの。でも結局、あげられてないねぇ」

 そう言うかおるちゃんの横から、ひょい、っと手が伸びてきた。

「――それじゃ、これ。いただきます」

 赤いドーナツ手に取った、短い髪の女の子‥‥って、え!?

「せ、せつな!?」

 赤いジャケットにパンツ姿。すぐ隠しちゃうきれいな笑顔。ほんと、本物の、せつなだ‥‥

「なによぉ、忙しくてなかなか来れないとかいってたくせに。来るなら来るって言ってよね!」

 来るのは月に一度くらいにしないと、帰りたくなくなっちゃうから‥‥なんて言うからガマンしてんのに、せつなったら、もう!

「ゴメン。急に頼まれちゃったの」

 って、急に? なんだろ、またヘンなことでも‥‥

 そう考えてたら、せつなの顔が横向いた。

「かおるちゃん。ドーナツ、あと10人前欲しいんですけど」

「んー? ああ、兄弟のおつかい?」

 兄弟?‥‥あ、ウェスターか。かおるちゃんと息が合っちゃって、自分もラビリンスでドーナツ屋やるって言ってたっけ。

「ええ。アカルン借りて、自分で来ようとまでするんだもの。しょうがない人よ」

 そうは言ってるけど、苦笑いの顔が楽しそうだよね、せつな。

「もっとみんなが楽に来れるといいのに」

「それはいま、サウラーが研究してるわ。メビウス――さまの塔に残った資料かき集めてね」

 そっか、みんな頑張ってるんだ。‥‥言ってくれないけど、多分せつなも、だよね。

「いまのウェスターの店も、それなりにお客さんできたんだけど、やっぱりこの店と違うの。だから」

「あー、そっかぁ‥‥それじゃ、売れないわ。悪いね」

「「「「ええっ!?」」」」

 あたしたち4人の声が重なった。ど、どうして?

「ちょっと待ってて」

 かおるちゃん、近くに咲いてた梅の下まで行って頭下げてから、花のついた細い枝をひとつ折った。戻ってきたと思ったら、お皿の上に枝のせて、せつなに渡してるよ。

「これ‥‥花?」

「そ、梅の花。兄弟に渡して、こう言ったげてよ。『これ見て、思ったのをドーナツにすりゃいい』ってね」

 せつなが梅の枝もってテーブルの席について、何度も眺めてるけど‥‥へんだなぁ、かおるちゃんが、こんなイジワル言うなんて。

「ちょっと、かおるちゃん?」

 あたし、かおるちゃんに近づいて訊いてみた。ブッキーとミキたんも、後ろでにらんでる。けど かおるちゃん、顔近づけてきて、こっそり言ったわ。

「兄弟の味は、オレが決めちゃいけないの。げは♪」


 振り向いて2人と目を合わせて、あたしたちみんなでうなずいた。イジワルじゃないってわかれば、それでいいから。

 アカルンにお願いしてラビリンスに戻ったのは、その日の夕方。ほんとはもう少しいたかったんだけど、帰りたくなくなっちゃうし、ね。


 塔の前にできた公園の(すみ)、まるでラブたちの世界を写したように、ドーナツ屋の車がとまってる。わたしはその窓まで行って、中に向かって声をかけた。

「ウェスター。ドーナツ、もらえなかったわ」

「え!? あ、そうか、お金か。しまったなぁ、お金のことすっかり忘れて‥‥」

 車の中、ボールの中の生地をかき混ぜてたウェスターが、ぱっと顔あげてそう言った。そうね、お金のことは、わたしも忘れてたけれど、

「ちがうわ。かおるちゃんが、ウェスターにはあげられない、って。その代わり、これ」

 もらったときと同じように、お皿に花つきの枝を乗せて、わたしはまっすぐ差し出した。

「言ってた通りに伝えるわよ、『これ見て、思ったのをドーナツにすりゃいい』ですって」

「これ見て‥‥この花見て、思ったこと、か‥‥」

 しばらく眺めてたと思ったら、

 すっ、と大きな手が伸びてきた。枝をつまんで、そのまま‥‥わたしの頭に!?

「うん。これだな」

「な、なにしてるの、ウェスター! せっかく、かおるちゃんが‥‥って、ちょっと!?」

 車の中でウェスターがいきなりしゃがんだ。わたしが窓から覗き込んだら、ばっ、と立ち上がって、

「なぁ、イース。これなんだけど、ちょっと食べてくれないか?」

「え?」

 そう言って、わたしの目の前に出されたもの‥‥これ、ドーナツのかけらがふたつ?

「ちょっとづつでいいから、さぁ」

 ま、まぁ、そのくらい、いいけれど‥‥

 とりあえずひとつづつ、つまんで口に入れて、何度か かんで飲み込んで。その間、ウェスターがわたしをじっと見てるわ。なんだか、食べにくいわね。

「これが、どうかしたの? それより、この花‥‥」

「ああ、砂糖の入れすぎかぁ。俺、甘いの好きだからなぁ」

 って、なによ、それ!?

「ウェスター?」

 わたしが窓に近づいたら、彼がいきなり笑った。びっくりするくらい楽しそうに。

「右のほうをおいしそうに食べてただろ? だから、そっちが正しいんだ」

 え? な、なに??

「俺はその花、イースの髪にぴったりだと思う。ってことはだ、兄弟はこう言いたかったんだよ。『味はイースにまかせろ』ってな」

 なによそれ!

「ああ、さすが兄弟だ、本当によく似合う。美人だぞ、イース」

「な、なに言ってるの、バカっ!!」

 わたし、思わず後ろ向いて歩き出しちゃったわ。顔の赤さ、見られないように。でも‥‥

「無理しちゃって。疲れたためいき、聞こえちゃってるじゃない、もう」


 かおるちゃんのマネするなら、もうちょっと自然にやりなさいよね。見習いさん!

いつつめ:ビンづめ梅をおみやげに

 聖ルミエールの裏庭。生徒立ち入り禁止の庭で、テーブルといすを磨いてクロスをかけて、と。そろそろ、みんな集まるころかしら。

「一年ぶりだねぇ」

「お久しぶり」

「まいど。来ましたよ」

 あぁ、来た来た。エプロンにカラフル三角巾のタコ焼きやさんに、よそ行き姿のパン屋さん、サングラスかけたドーナツ屋さん。

「みんな、元気でなによりね」

 席をすすめるだけで、みんなくつろいでくれる。気の置けないのは、楽でいいわ。

「食べながらにする? それとも、先に渡しちゃった方がいいかねぇ?」

「頂いてからにしましょ。持ってきたんでしょ、かおるちゃん」

「へいへい。オネーサマ方のご期待には沿()わないとね‥‥ほれ」

 タコ焼き屋さん――あかねさんに言われて、ドーナツ屋さん――かおるちゃんが、中がくぼんだドーナッツを四つ、お皿に乗せて出してきた。あら、今年はハート型なのね。

 さぁ、それじゃ今度はあたしの出番。足元から出した大きなビンから、たっぷりすくってドーナツに入れて‥‥うん

「あはは、またジャムに負けちまったなぁ。今年こそ、生地が勝つと思ったのに。ぐは♪」

 一口食べた かおるちゃんが、笑って言ってるわ。勝ち負けなんて、考えてもいないくせに。

「ここだけですもんねぇ、今の時期に梅ジャム作れるの」

 パン屋さん――沙織さんがおいしそうに食べてるの、見ていても気持ちいいよねぇ。作った甲斐があるってもんだよ。

「まぁ、食べ物は時期ズレててもいいでしょ。子供達まで世間ズレしてると困っちゃうけどね」

「そこは、理事長の腕じゃない?」

 みんなで笑いながら、ジャム入りドーナツ食べて。集まるだけで、気楽にすごせる。仲間ってのはいいもんだね、ほんと。

「はい、それじゃこれ。今年の分ね」

 大ビンのジャムを小ビンに移して蓋をして、あたしはみんなに配って回った。

「いつもすみません」

「あら? かおる‥‥さんは、ふたつなの?」

「悪いね。つい最近、別の国にね、オレと同じドーナツ屋開いたヤツがいてさ。これ、すっごく勉強になるから」

「へぇ。そんじゃ、いつもの子たちは?」

「まぁ、ドーナツひとつづつで我慢してもらおっかな」

「大丈夫なの、くいしんぼぞろいなんでしょ?」

「店開いたのは、その子たちの知り合いなんでね。説明すればわかってくれるでしょ」

「素直な子ねぇ。かおる‥‥さんのとこ」

「‥‥パンパカのオネーサン。さっきから、オレの名前言うの詰まってない?」

「ああ、ごめんなさいね。娘の友達にも、(かおる)さんって子がいるもんだから、つい」

「女の子なの? ああ、そりゃあ悪いなぁ。こんなムサいのと一緒にしちゃさ」

「無愛想だけど、素直な子よ。あなたとは正反対ね」

「そりゃどうも。ひねくれてるからねぇ、俺」

「なに言ってンの、サングラスかけないと()()()もできない子がさ」

「勘弁してくださいよ、タコのオネーサ‥‥っ痛てててっ!」

「『タコカフェ』! 『タコ』で止めんなって、何度も言ってンでしょうが。‥‥まぁ、あたしだけならいいけど、うちの ひかりまでタコって言われちゃかなわないよ。素直にバカがつくぐらいなんだから」

「まぁまぁ、そのへんで。そうそう、うちでも一人、働いてくれてるよ。あんまり素直になれない、いい子」

「あら? 生徒さん?」

「いんや、バイトの男の子。うちは女子校なのに、まるっきり気にならないんだもんね。珍しい子だよ」

「へぇ、やっぱ一年もたつと、みんな色々だね。それにしても、その子たち‥‥」


「「「「いちど、会ってみたいもんだねぇ」」」」

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