みあげるおなかのそのしたで

「コッペさま、おはようございます」

 ぺこり、と頭を下げる小さな娘が、吾輩(わがはい)の前にいる。

――おはよう、フラワーの孫娘よ。

 吾輩も挨拶(あいさつ)を返す。だが下から見上げてくる視線からは、戸惑(とまど)いしか感じぬ。‥‥ふむ。


 いまは平和なとき。フラワーも吾輩もその役目を終え、一息ついたころ‥‥ひとの区切りで言うなら、二月の中程(なかほど)といったところか。

 寒さに肩を(すぼ)めて歩く人々を透明な壁の向こうに見ながら、吾輩はいつものように、この緑の城で過ごしていたのだが。

「コッペさま?」

――なにかな?

 わずかに(かし)げた首に向かってまた返事をしたが、吾輩の声に気づいた様子はない。‥‥やはり、か。


 ここのところ、毎日のように吾輩の前にやって来ているのだがな、この者は‥‥いや、さすがに『者』では礼を失するか。なにせ、吾輩とフラワーが成し得なかったことをやり遂げたひとりなのだから。

「コッペ、さま‥‥」

――聞こえておる。続けなされ。

 見上げてくる瞳に、光がある。何を望んでいるか、吾輩とて(わか)らぬわけではない。だからこそ、何度も応えているのだが‥‥

「コッペ‥‥さまぁぁぁ〜」

 ああ、泣かせてしまったか。

 音にならぬ吾輩の声。吾輩にはどうすることもできぬことは理解しているが、それにしても、

――いつまでかかるものか、この娘の場合は‥‥

 つい漏らしてしまった吾輩の言葉も、やはり目の前の娘に伝わる様子はなかった。

「で? 今日もつぼみちゃんには分かりませんでしたー、って?」

 土曜の朝のえりかの部屋。温室から戻ってすぐ、わたしはそこで今日の報告をしていました。

 そうしたら、ジャージ姿のえりかが椅子にすわって、ベッドに腰掛けたわたしを見ながら、目を見開いて言うんです。まるで、あきれたような感じで。

「そんな言い方しないでくださいよぉ〜」

 わたしもついつい、口がとがってしまいます。だって、なんだか見下ろされてる感じがするんですから。

「事実は事実じゃない。もう、何日目だっけ?」

「‥‥6日、です」

 わたしは思わず下向いちゃいました。学校の行き帰りに毎日通って、何度お話ししても、コッペさまの声は全然聞こえません。今日も、昨日も、おとといも‥‥

「それだけ通いつめてダメってことは‥‥あきらめたほうがいいんじゃない?」

「そんなぁ〜」

 ばっと顔を上げた先に、えりかのしょうがないなぁ、って顔があります。

 ええ、わかってるんです。えりかに悪気がないことくらい。月曜の朝、落ち込んで帰ってきたわたしを、無理やり部屋に引っ張ってきたときの、えりかの心配そうな顔、いまでも覚えてますから。でも‥‥

「別に、コッペさまだって気にしてないわよ。こないだ聞いてみたら『無理な人もいるとフラワーが言っていた』とか答えてくれたしさ。単に、つぼみがそーいう人(・・・・・)だった、ってだけじゃないの?」

 ‥‥でも、えりかには聞こえるんですよね、コッペさまの声。だからなんだか、

「‥‥えりかだって、偶然聞けるようになっただけじゃないですか」

 ちょっとだけ、いじわるしたくもなります。

 ほんとに偶然声が聞こえて、気になって話しかけてみたら通じた、って言っていて、そのときは、すごいなぁって思ったんですよ。だけど、

「え‥‥と、そ、そりゃあそうだけどさ。でも、今は自由に話せるんだもん。そういう人(・・・・・)じゃなかった、ってことでしょ」

「うぅ〜〜っ!」

 こう何度も何度も言われるともう、うなるしかないじゃないですか!

「はいはい。まったくもう、これが世界を救ったプリキュアだっていうんだからねぇ」

「関係ありませんっっ!!」

 両手を振り回しながら立ち上がってる自分が、まるで画面の向こうにいるみたいに思えます。

 わたし、子供すぎます。けど止められないんです。相手が、えりかだから‥‥

「わかってるわよ、もちろん」


 えりかの小さな声が聞こえたような、そんな気がしました。

 ‥‥って、騒いでたのはついさっきのことなんだけど。


 しーん、って文字が浮かんできそうなくらい静かなあたしの部屋に、めくれちゃったふとん。まくらもどっか行っちゃってる‥‥ま、これはあとで探せばいっか。

「問題は、よ」

 頭を下げて見直したっておんなじ。あたしの(ひざ)の上で、涙のあとつけた顔して寝こけてる子。

「どーすりゃいいってのよ、これ(・・)

 やれやれ。そりゃまぁ、毎日考え事で眠れなくって、毎朝早起きしてりゃ、こうなるのもわかるけどね。

 だけど、その理由ってのがさぁ‥‥

「だいたい、つぼみはさぁ、どーしてコッペ様と話すのにこだわるわけ?」

 水曜日の朝、まだまだ学校には早い時間に、()いてみたんだよね。2日ためしてダメなのに、なんでなのかなー、って思って。

「ゆりさんも、いつきも言ってたじゃない。気にしないって」

 あたしがコッペさまとしゃべれるようになったのは、みんなに言ってある。隠すことじゃないもんね。

 そしたらゆりさん、できれば話したいけど、聞こえなくてもコッペさまはコッペさまだから、って言ってたっけ。いつきも‥‥つぼみだって、そんときはうなずいてたのに。


 あたしが訊いても、つぼみはベッドに腰掛けてしょんぼりしたまま黙ってる。毎度毎度、しょうがないなぁ。そんじゃ、すぅっと大きく息すって、と。

「あ〜っ! ひょっとして、またイケメンさんになってほしいとか!?
 やーだぁ、つぼみってばやぁーらしぃーんだぁー」

「ち、ちがいますっっ!」

 ふむふむ。ようやく顔あげたな。まったく、毎回考えるの、大変なんだぞ。

「だったらなによ。ほれほれ、言ってごらんなさいな」

 あたしがベッドのそばにイス持ってって、また下向きそうになるのを、顔近づけて止めてたら、やっと口が開いて、

「チョコを‥‥渡そうと思ってるんです」

「チョコ?」

 出てきた単語に、あたしはオウム返ししちゃった。

 ああ、そういえば来週の月曜だっけ、バレンタイン。けどさぁ、

「あげたいなら、あげればいいじゃん。手作りにしたって、つぼみ、お菓子つくれなかったっけ?」

「作るのはいいんです。毎年お母さんと一緒に作って、お父さんにあげてるから」

 だよねぇ。

 コッペさまにチョコっていうのは考えつかなかったけど、モノがちゃんとできるんだったら、あとはあげればいいだけなんだもん。だったら、

「‥‥なんにも問題ないじゃん」

「でもでも、いつきが言ってたんですよ。犬にチョコは毒なんだ、って」

 あー。それ、あたしも聞いたことあるわ。犬や猫にはあげちゃいけな‥‥ってちょい待ってよ。

「コッペさま、犬あつかい!?」

「そうじゃありませんっ!」


 ごちっ!


 痛たたたっ! おデコぶつけちゃったよ。顔近づけたまま立ち上がるんだもんなぁ。

「妖精が何を食べちゃいけないのか、わたしたち知らないじゃないですか!」

 でも立ち上がったつぼみ、両手のこぶしを胸の前でにぎって、真剣な目であたしを見てる。痛いの感じてないな、こりゃ。

 それにしても、なるほどね。そりゃそーだわ。例のドリンクくらいしか、飲んでるとこ見てないもんね。‥‥あれ? でも、

「そんなの、つぼみのおばあちゃんなら、知ってるんじゃないの?」

 あたしがひとこと言ったとたん、つぼみの顔がくしゃっ、てなった。

「それが‥‥」

 今までにぎってた手でおデコさすりながら、涙ためてる顔。いまになって、痛くなったんだろうけど‥‥見てると、あたしまでちょっと不安になってきちゃうじゃない。

「それが?」

 あたしが小さく声かけた瞬間、つぼみの肩が、かくんと下がって、


「おばあちゃんに言われちゃったんです。それはコッペさま(本人)に教えてもらいなさい、って」


 立ったまま下向いた姿、あたしはしばらく見てられなかったっけ‥‥

 あの姿のと同じひろいおデコが、いま膝の上にある‥‥なーんか、指でつつきたくなってきたぞ。

「ていっ」

 ほんと、なーに欲張ってんだか、この子(つぼみ)は。

「ちぇいっ」

 いいものいっぱい、いーっぱい持ってるくせにさ。ちょっとはあたしにゆずりなさいってのよ。

「うりゃっ」

「ん、んんぅん‥‥」

 つついた指の下で、つぼみのおデコにちょっとしわがよった。

 ‥‥はぁ。わかってるわよ。そんなこと、考えてもないなんてさ。

「だから、最後は負けちゃうんだよねぇ‥‥」

 あたしは天井向いて、部屋の空気がなくなるくらい大きく息すってから、

「しょーがないっか!」

 そのまま両手をつぼみの背中にいれて、ゆっくりベッドに転がした。‥‥よし、起きてないな。

「あんまズルしちゃ、いけないんだろうけど‥‥」

 立ち上がったら、ジャージの膝がちょっと冷やっとする。

「ヒントくらいは、ね」


 ぬれた膝をさわっていたら、勝手に言葉がこぼれてった。

「コッペさま、ちわーっす!」

 つぼみを起こさないように、お母さんに頼んでから、あたしは温室にやってきた。

 扉を開けて、一声かけたら、

――師走(しわす)? すでに過ぎたと思っていたが?

 いつもの場所にいるコッペさまが、あいかわらずのおじいちゃん口調(くちょう)で返してくれる。けど、やっぱどっかズレてンのよね。

「ちがうちがう、あいさつよ」

――変わった挨拶だな。では師走、若き友よ。

 ああもう、素直なんだかヘンクツなんだか‥‥ま、それはいっか。でも、

「その呼び方、どうにかなんない? 『若き友』って‥‥それじゃ、区別つかないでしょ、つぼみにも聞こえる(・・・・・・・・・)ようになったらさ」

――‥‥なるほど、そのことで来たな?

「まぁね」

 あたしはコッペさまのすぐ前まで寄って、両手を腰に当てて答えながら、心のなかじゃあきれてた。すっごくカンがいいんだよねぇ、コッペさま。こりゃ直球の方がいっか。

「あのね‥‥声出して、話してあげてくれないかなー、って」

――フラワーの孫娘にか?

「さすがに、ちょっとね。見てらんない、っていうか。‥‥膝の上で泣いたまま寝られてみればわかるわ」

――ふむ。すぐ目の前で顔を見つめながら涙こぼされるのと、どちらがまし(・・)かな?

 あはは。そりゃそっか。コッペさまも被害者なんだよね。‥‥はぁ。

「ほんっと、つぼみは泣き虫なんだから」

――『泣き虫毛虫、(はさ)んで捨てろ』か。

 あたしのため息まじりの言葉の上に、コッペさまの声が重なった。なに、それ?

――フラワーが子供のころの言葉だ。泣いた子供をからかう言葉だな。フラワーは嫌がっていたが。

「あたしも、イヤだな」

 泣き虫って言ったの、あたしはちょっと後悔した。なんだか、つぼみが言われてる姿が浮かんじゃったよ。

――吾輩は‥‥以前は当然だと思っていた。だが、そら殿(どの)(さと)されてな。花に悪いからと言って、むやみに命を()むものではない、と。

 その瞬間、いじめられてるつぼみの姿が頭から消えた。そらって、つぼみのおばあちゃんの旦那さんだよね。ってことは‥‥

「つぼみのおじいちゃんも聞こえてたの、コッペさまの声?」

――そうだ。まぁ、当然だがな。

 当然聞こえる‥‥当然!?

「それじゃ、コッペさまは知ってるんだね、聞こえる方法!!」

 思わず大きくなった声が、温室の中に響いてった。

 だってこれ、大ヒントだもん。あたしは単なる偶然だからわかんないし、この答えさえ教えてあげれば‥‥


――なに。もっと簡単に考えればよいのだ。お主のようにな。

 ‥‥って、勢い込んで訊いたのに、これが答え?

「ひょっとしてコッペさま、遠まわしにあたしのことバカにしてない?」

――とんでもない。それは吾輩には、いやフラワーにさえ到底(とうてい)真似(まね)のできぬ、良いところだとも。若き友よ。

 ‥‥はぁ。

 ああ、ため息でちゃったよ。どーしても答える気、ないみたいなんだもん。そりゃあ、ヒントがばっちり出てくるなんて甘いこと考えてたわけじゃないけどさ。でも、一番気に入らないのって、

「やっぱその呼び方、なんとかならない? つぼみがダメでも、いつきが聞こえるようになるかもしれないじゃない。ごっちゃになっちゃうよ」

 そう。せめてこんくらいは、直してほしいのよね。

――まぁ、ゆり君は名前で呼んでおるのだがな。

 へ? ゆりさんだけ名前?『若き友』って呼ばないってことは、つまり‥‥

「ゆりさん、若くないってこと!?」

 あ、コッペさまの口がちょと開いた。笑ったのかな?珍しいなぁ。

――吾輩から見れば、ゆり君のご両親とて若いくらいだ。ゆり君のことは、コロンに言われたのでそう呼んでいるに過ぎん。

 コロン、って‥‥ああ、ゆりさんの妖精か。

「だったら、あたしのことも『えりか君』でいいよ。どうせ『若い』って言われるのがイヤになる頃だって仲間(・・)やってんだろうしさ」


――‥‥やはり当然だな。最初に聞こえるようになったのが、えりか君なのは。


 え?

「なに? なんか言った?」

――いや、大したことではない。

 なんだろ、なんだかコッペさまの顔が優しくなったみたいな気がするけど‥‥ま、いっか。

「んじゃ、名前呼んでもらったところで、もっかいだけ聞くけどさ。声で話すのって、やっぱダメ?」

 コッペさまの目をじっと見ながらあたしが訊いたら、少しだけ静かになって‥‥それから、今までよりちっちゃな声が聞こえてきた。

――すまぬ。実は、フラワーに止められていてな。


 やっぱり、か。そんな気はしたんだよねぇ。ちぇ。

「あーあ、やっぱダメかぁ〜。バレンタインは明後日だから、もう時間ないんだけどなぁ」


 ぼわっ!


「な、なに?」

 いきなり、あたしの目の前が緑色になった。よく見たら、全部コッペさま。体じゅうの毛が、みんな立っちゃってるんだ。

 ‥‥あ、ああ、おさまった。なんだったんだろ?

――悪かったな、えりか君。ちと寒気がな。

 寒い? 温室の中はそんなでもないけど‥‥そういえば今晩は降るかもとか、天気予報で言ってたっけ。

 そう思いながら、温室の透明な天井を見上げてみる。なんだか黄色っぽくて、降りそうな空。

――なぁ、えりか君。今晩、フラワーの孫娘をここへ寄越(よこ)してはくれぬかな?

 一緒に天井見上げながら、コッペさまがそう言った。

「‥‥大丈夫かな?」

――フラワーの血を濃く継いでおるから、多分、な。


 思わずぽつん、とこぼれちゃったあたしの言葉は、コッペさまがすくってくれた。

「コッペさま、こんばんは」

 土曜日の夜。真っ暗な温室を、おばあちゃんに借りた鍵で開けて、明かりをつけながら、わたしはコッペさまにあいさつしました。

 えりかの部屋でお昼まで眠っちゃって、起きたらいきなり言われたんです。コッペさまが、夜に呼んでいる、って。

 それでやってきたのですけど‥‥やっぱり、声は聞こえません。

「コッペさま?」

 椅子にコートを畳んでかけて、正面に立ってからまた呼びかけてみます。でも、やっぱりダメなんじゃないでしょうか‥‥

(いい?必ず行って、キメてきなさい!)

 そう思った瞬間、えりかの言葉が心に響きました。

「コッペさまがわたしを呼んでるのなら、きっとなにかあるはずです。ね、コッペさま‥‥あら?」

 顔を上げて目を見ようとしたのですけど‥‥コッペさまの目、上を向いてますよ?

 わたしも上を向いてみたら、透明な屋根に、ほこりみたいなものが付いていきます。屋根ぜんぶが、だんだんほこりっぽく‥‥いえ、これは、

「ゆき‥‥雪!? た、たいへん! お花、しまわなくっちゃ!!」

 たしかこの温室、いまは夜遅くならないとストーブ入れない設定になっていたはずです。少しでもあったかいところに移動させないと‥‥

――寒さに弱い花は、奥の右にまとまっておる。

「奥の右ですね。ありがとうございます!」

 わたしが走っていった先には、南の国で咲く花たちが集まっていました。これを、近くの保温ハウスにいれて‥‥

「よし、これで大丈夫で、で‥‥くしゅっ!」

 くしゃみと一緒に、体が震えました。いつの間にこんなに寒くなったんでしょう‥‥ああ、窓の外、白いものがどんどん大きくなってます。上を見なくてもわかるくらいの雪の量です。

「寒さに弱いお花だけじゃなくて、みんな(あった)めてあげないと‥‥ええと、ストーブのスイッチ、どこでしたっけ‥‥」

――それはまだよい。温めすぎはよくない。

 え?

「そうですか? でも寒いと病気になっちゃいますけど‥‥」

――どこに咲いていても、多少なりと四季はある。ある程度の寒さは必要なのだ。フラワーに言わせれば『花は寒い時に力をつける』だったか。

 はぁ、なるほど‥‥確かにむかし、そんなこと言ってましたね、おばあちゃん。

「そうですね。それじゃパイプに温水通すだけで‥‥あれ?」

 ちょっと待ってください‥‥さっきからわたし、誰と話してるんですか!?

――どうした? 手が途中で止まっておるぞ、フラワーの孫娘よ。休むならば、きちんと休まねばいかんな。

 おばあちゃんのことフラワーって、まさか‥‥

 ぱっと立ち上がって、そのまま温室の奥から駆けてくるわたしを、遠くの目がずっと追ってます。やっぱり、この声‥‥!

「コッペさま!!」


――吾輩の声は、心を同じくする友にしか届かぬ‥‥待っておったぞ、つぼみ君(・・・・)

 すぐ前の地面に、ぺたんと座ってしまったわたしを見下ろす視線が、はっきり声をつけてわたしに届きました。やっと、やっと‥‥

――そろそろ、落ち着いたかな?

 コートを着込んで涙を拭きながら、目の前に椅子を持ってきたわたしに、コッペさまが声をかけてくれました。わたしがひとつ(うなず)くと、

――先に言っておくが、ちょこ(・・・)なら吾輩は食べられるぞ。

 って、ひとこと。座ろうとしてたわたしは、また立ち上がっちゃいました。

「えりかが言ったんですか?」

――えりか君は、ばれんたいん(・・・・・・)が近い、と言っただけだ。なに、フラワーも昔、同じことで悩んでいたからな‥‥吾輩にちょこを食べさせてから、だが。

 あぁ、わかりました。おばあちゃん自身が失敗したから‥‥だから、本人に訊け、なんて言ったんですね。

「それじゃ、明日の日曜に作って持ってきます。これでも、毎年作ってるんですよ」

 わたしが右腕で(ちから)こぶをつくって見せたら、コッペさまの目が、わたしの腕と目を見比べました。

――そうか、それは楽しみだ。ちょこ(・・・)など口にするのは何十年かぶりだからな。

 あら?

「おばあちゃんからもらってないんですか?」

――昔、手作りをそら殿と一緒に食したことがあるが、それ以後は遠慮している。

 わたしは思わず頷きました。さっきから言葉を聞いていて思ったんですけど、コッペさまってすごく真面目(まじめ)なんです。そら殿‥‥おじいちゃんへの気持ちを込めたチョコを食べるのは、遠慮しちゃいますよね。でも‥‥

「一度は食べたんですね。おいしかったでしょ、おばあちゃん手作りのチョコ

 ‥‥あ、あれ? コッペさまが黙っちゃいました。また聞こえなくなったんでしょうか‥‥そう思っていたら、大きな顔がわたしの方に近づいて、

――残念だが、フラワーはちょこ作りが苦手でな‥‥そら殿は気にせず食べた上に、自分の方が大きいと言って、割った一部を吾輩に分けてくれるのだ。あれには参った。

 あはは。おじいちゃんったら、お茶目です。

「あなたが、『大きさは愛情の差だ』なんて言うからでしょう、コッペ」

 え?この声‥‥

「おばあちゃん??」

 コッペさまの後ろの木の脇に、いつの間にかおばあちゃんが立っていました。ついさっきまで誰もいなかったはずなのに‥‥まさか、最初から隠れてた、なんてことないですよね?

――なんだ、もう来たのか、我が友よ。

「これ以上しゃべらせたら、なに言い出すかわかったものじゃないわ」

 ため息混じりに言いながら、おばあちゃんがわたしの横に来て、肩に手を置いてくれました。‥‥あったかいです。

――つまらんな‥‥つぼみ君、今度またひとりで来るといい。フラワーとそら殿の話なら山ほどあるからな。

「それ以上話したら、私の手作りチョコを食べさせるわよ、コッペ」

 肩に乗ったおばあちゃんの手に力が入ったとたん、地面が少しゆれました。よく見ると、コッペさまの体が毛羽立(けばだ)ってます。

――吾輩は心底、そら殿に敬意を抱いておるのだ。あ、あれ(・・)を、美味(うま)そうに食べるのだからな‥‥

 わたしが顔をあげたら、おばあちゃんと目があって‥‥思わずふたりで吹き出しちゃいました。とりはだ、ですよね、これ。

――いや、二人とも笑うがな、本当に(つら)いのだぞ、あれ(・・)は‥‥ああ、つぼみ君のちょこで、早く思い出を書き換えたいものだ。

 笑い声の中、コッペさまが真剣な目でわたしたちを見ています。本気、みたいです。

それ(・・)がつぼみに遺伝してないといいわね、コッペ」

 ウィンクしながらのおばあちゃんの言葉に、わたしは力こぶで応えました。


 さぁ、頑張らなくっちゃ!!

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