チクタク♪おもちゃばこ

 カチコチ、カチコチ‥‥


 大きな古時計が動いてる。


 チクタク、チクタク‥‥


 大きな振り子を、のんびりゆらして。


 コチ、コチ、コチ、コチ‥‥


 いっぱいの時計に囲まれて、わたしはぼぉっと考えていた。

 咲とおおぞらの木で再会して、もうすぐ1年なんだな‥‥


 コッ、コッ、コッ、コッ‥‥


 時計の(さと)から帰ってきて、もう1週間だし。みんなみんな、早いなぁ‥‥

「ムプー‥‥」

 ムープの声が近くから聞こえる。どうしたのかな、いつもよりおっきな声。おっきな‥‥まぁ。


「おっきいわねぇ、ムープ‥‥でも、なんでそんなにおっきいの?」


 見上げたわたしの目の前で、ムープのおっきなおなかが揺れていた‥‥

 ボーン‥‥


 時報の音で、はっとした。

 ここは時計の郷なんかじゃない。時計やさんの、柱時計の前だわ。わたし、咲と待ち合わせしてて、してて‥‥

「いっけない」

 この間は、これずっと見てて失敗しちゃったんじゃない。また同じことしそうになるなんて。

 あ〜あ、成長してないなぁ、わたしも。

「あ、舞。やーっぱここにいた」

 背中から聞こえてきた声に、私はおもわずびくっ、となっちゃった。

 振り向いた先に、咲の顔。でも‥‥

「どう? まだ見てく?」

 でも、もう咲はいきなり怒ったりしない。

「ごめん。すぐ行くわ」

 わたしは、奥のおじさんに声をかけて、そのまま時計やさんを出た。

 そのあいだじゅう、咲はちょっと苦笑いしながら待ってくれてる。怒る前に、ひと呼吸するようになったみたい‥‥成長してるのよね。


 古いとびらを開けて、正面に見えるのは小さな公園と大きな時計、その向こうには澄んだ冬の空。すぅっと吸い込まれちゃいそうな寒空に照らされてたら、つい、言葉がこぼれてきちゃった。


「なんだか‥‥なんだかなぁ」

 ちょっと前までは、もっと(あった)かかったんだけどなぁ‥‥

 時計屋さん出て、セーターのすそなおしながら、あたしはそんなこと考えてた。

 頭の上には青くて寒そうな空。ゆっくり目をおろしたら、ちっちゃい公園に大きな時計。

「予定は40分オーバー、か」

 しょうがないや。また裏の川を越えて近道しよ‥‥っとと、いけないいけない。これだからマズいんだよねぇ、あたし。

「普通に行こっか、ふつーにね」

 小さなバッグを肩にかけなおしながら、あたしは背中の舞に声かけて歩き出した。


 町の大きな広場に行くのは、カラオケ大会以来、か。たいして遠くないんだけど、ああいうイベントやってないとあまり行かないな。舞も、絵の題材にならないらしくて行かないみたいだし‥‥

 そこまで考えて、ちらっととなりを見てみた。舞はさっきっから黙ったまんま。あたし、またヘンなことやっちゃったのかなぁ?

 いーや、時計の郷に行ってからずっと、か。学校でも行き帰りでも、なんとなーくだけど、遠慮してる感じがするんだよね。

 ‥‥ひとのこと言えないか。あたしもそう。なんかやろうとしても舞が目に入ると、ちょっと止まっちゃう。

 もう、あんなことになりたくないから、なんだけどね。でもなぁ、このまんまだと、ちょっと疲れちゃうよね‥‥

「咲?」

「え? あ、ど、どうかした?」

 ヤっば。なんか、マズいことやっちゃったかな‥‥

「ううん‥‥もう、ついてるんだけど」

「へ?」

 言われて見てみた足元に、広場入り口のポールが見えた。

「うわぁ‥‥」

 広場の中を見たとたん、わたし思わず声に出しちゃったわ。

 広場の端っこ、この前は屋台が出てたとこに、咲のお店のよりちょっと大き目のバン。その前に並んでるパラソルつきの丸テーブルに、女の子がいーっぱいいるんだもの。


「あ、咲だ。おーい」

 バンの前では、同じクラスの仁美ちゃんがこっち向いて手を振ってるし。

「おそーい! もう空いてる席、ひとつだけだよ」

 奥の方から聞こえた声は、たしかソフト部のキャプテンさん。これ、ひょっとして‥‥

「みんな、知り合いばっかり?」

 見回してみたけれど、みんな見たことのある顔ばっかり。まるで、学校が広場に移動してきたみたい。

「そりゃそうだよ。情報流したの、篠原先生だもん」

 一番奥にひとつだけあいてるパラソルに、咲が歩いていこうとした。ひょいっと出てくる手が、わたしの手首に‥‥あら?

 ちらっ、と視線を感じたとおもったら、手がぱっ、と引っ込んだ。

「さ、さぁ。奥だよ」

 なんだろ。なんか、ちょっと、ヘン。

 そんなもやっとしたの感じたけど、わたしはまた咲のあとをついていった。


 いつも、背中を見てるなぁ、なんてちょっと思いながら。

「いらっしゃいませ」

 ふたりして席に着いて、そのまま黙ってメニューを見てたわたしたちのところに、女の子の声が響いてきた。

 すぅっと通る、とってもきれいな声。

「あ、ええと…あら?」

 メニューから上げた目に飛び込んできたのは、明るい髪のおさげ。白いエプロンの胸に大きなお盆を抱えた女の子‥‥と思ったらそうじゃないわ。お盆より、からだの方が小さいんだ。ほんとに、ずいぶんちっちゃい‥‥

「店員、さん?」

 ヘンな声になっちゃって、思わず両手で口ふさいだけど、

「はい」

 って笑顔がかえってきた。

「そうそう。このひとがお手伝いしてるから、行ってやって、ってことで来たんだよ、舞」

 テーブルの向かいに座った咲が、両手で頬づえついてこっちを見てるわ。なんだか楽しそうににこにこ、ちょっとほっとするな。

 それにしても、ほんとうにちっちゃい。わたしよりちいさい店員さんなんて‥‥

「あの、失礼だったらごめんなさい。あなた‥‥」

「中学2年です」

 明るい髪をぴょこん、と上げて、彼女が(こた)えた。いたずらっぽい顔は、舌が出てこないのが不思議なくらい。

「ええっ!?」

 今度は口を手でおさえるひまもなかったわ。けど、もっとびっくりしたのは、

「あたしたちと同じ!?」

 って、となりでも飛び上がってたこと。

「咲も知らなかったの?」

「うん。行ってやって、って言ってた人が高1だっていうから、てっきりそのくらいだと思ってた」

 はぁ。あらためて女の子を見たら、ついためいきがでちゃったわ。あたしたちと同じ歳なのに、もう働いてるんだ‥‥

「すごいなぁ。あたしなんか、うちの手伝いもあんまりしないのに」

「私は‥‥私はただ、このお店が好きなだけですから。好きっていうだけで、ずっと働いてるだけですから」

 好き、かぁ‥‥

 わたしには、そういうのってないな。絵を描くのは好きだけど、それはそれだけ。だれかのためになること、なんてしてないわ。

「篠原先生がさ、ラクロス部の助っ人に行ったときに聞いたらしいんだよ。友だちが手伝ってる店が移動販売でこっち来るから、寄ってあげてよって」

「それって、咲の知ってる人なの?」

「ん〜、あたしは会ったことないけど、結構有名らしいよ。県内でラクロスやってる子なら誰でも知ってるんだって。美墨(みすみ)先輩って言ったら‥‥」

「わぁ、そうなんですか

 うわっ!

 わたし、おもわずのけ()りそうになっちゃった。目の前で花が咲いたみたいに、ものすっごい笑顔になるんだもん。

「あ、あの‥‥ほかに、なにか言ってませんでしたか?」

 ぐいっ、って音がしそうなくらい、テーブルにからだ乗り出しちゃって、さっきのおとなしそうな印象とちょっとちがうわ。よっぽど、その先輩のことが好きなのね。

「う〜ん‥‥ちょっとゆっくりめだけど、のんびり見てやって、とか」

 あ、あはは。咲ったら、気づいてないのかしら? それって遠まわしに『仕事が遅い』って言ってるようなものじゃない。

「咲ぃ、それ‥‥」

 あ、あら? フォローしようとおもって口を開いたのに、途中で止まっちゃった。

 どうしたんだろう? そこから先の言葉が、口から出てこない‥‥

「あ、いいんです。ホントのことですし‥‥なぎささんなら、言いそうだし」

 ぺろっ、と舌だして苦笑いしてる彼女、なんだかとっても自然で、きれい。先輩っていうより、ともだちなのかな。


 ともだち、かぁ‥‥


 あれ?

 ちょっとぼーっとしていたわたしの耳に、きゃあ、って声が聞こえてきた。

「なに?」

 咲も声の先を探してる‥‥あ、なにか動いてるみたい。騒いでるテーブルの向こうに、なにか、頭? みたいなのが、ぴょこん、ぴょこん、って。

「ええと‥‥きっと、弟です。
 まだ本当に『お手伝い』なんですけど、そこがなんだか、女の子に受けてるみたいで‥‥」

 咲とふたりで、ぱっと見上げたら、店員さんの声がどんどんちっちゃくなっていった。なんだか、照れてるみたい。

「そ、そうだ。おみずがまだでしたよね。すぐ持ってきますから」

 真っすぐバンに駆けてく女の子の向こうで、また頭がぴょこぴょこ。

 わたしは、咲と顔見合わせて、おもわず吹き出しちゃった。


 なんだか、きょう初めて笑えた気がするわ。

「あたしは‥‥やっぱカレーかな」

 メニューから目を上げた瞬間、舞と目が合った。

「じゃあ、わたしも」

 言ってすぐまたメニューに目が戻ってるけど、その前にちょっと困ったみたいな顔してた感じ。さっきは一緒に笑ったのに、なんだろうなぁ、これ。

「お待たせしました。おみずです」

 舞の顔を覗き込もうかな、と思ったところに、さっきの声。あの店員さんが、大きなお盆を器用に持ってコップ置いてくれてるよ。あたしの前にひとつ、舞の前にもひと‥‥

「ムプー‥‥」

 んんっ?

「あら?いま、なにか音が‥‥」

 なに? って声の方見てみたら‥‥うわーっ!舞のカバンからムープが出てきてるっ!?

「な、なんでしょ。聞こえませんけどぉ?」

 あわててカバン押さえようとしてる舞と店員さんの間に、あたしは無理して割り込んだ。

「ま〜いぃ〜」

 あっちゃぁ、フープまで出てきてるよ。ちょっと、どおすりゃいいの、これっ!?

「ムープ、フープ、隠れてっ!」

 舞がまだ必死になってカバンに詰め込んでるけど、なかなか思ったように行かないみたいだよ。ああ、どうしよ。

「? でも、たしかいま、ポルンみたいな声が‥‥」

 うわーっ、うわーっ、うわわーっっ! なによ、ポルンって。おもちゃ? フープたちをおもちゃの声と勘違いしてるの?

「ムプーっっ!!」

 ああっ、て、店員さんに飛びついちゃった!? ヤバっっ!!

 ‥‥って、あれ? なんだろ、この店員さん。ムープ抱きかかえて、にっこり笑ってる?

「まぁ、ポルンみたいでかわいい ‥‥あら? でも、この子‥‥」

 うわわわわーっっ! バレちゃううっっ!!

「ひかりーっ! 話し込んでないで、次のお客さーん!」

 いきなり遠くから、すっごい大きな声。バンにいる店長さんかな。でも、これは‥‥

「あ、はーい!‥‥えっと」

 しめた!

「あたしたちは、カレーふたつ。忙しいんでしょ? 行ってきなよ!」

 はぁ、はぁ。ひと息で言い切ったよ。さぁ、これなら‥‥

「ご、ごめんなさい。捕まえちゃって。‥‥それじゃ」

 店員さん、ムープをテーブルに置きながらぺこっ、って頭下げて、そのまま車の方に走っていった‥‥ふぅ。たすかったぁ。


「こぉら、ムープ! ダメじゃない、出てきたりしちゃ」

 まわりに誰もいないの確かめてから、あたしはテーブルの上をジロっ、と見つめた。けど、ムープは上向いて目つぶってるよ。まったく、もう。

「しょうがないフプ‥‥ムープはちょっと食べすぎフプ。しばらく、そこで休ませてフプ‥‥」

 声がしたのは、舞のカバン。フープが頭だけちょこっ、と出してる。

 食べすぎ‥‥食べすぎ、ねぇ。月の光たべてる、って言って、ここのところ毎晩月見てるとか聞いたけど‥‥舞のとこは望遠鏡もあるし、食べ放題ってことかな。ま、しょーがない。それならあたしたちも、しっかり食べるとしましょっか。

 ‥‥に、しても。

「混んでるなぁ‥‥」

 バンの前、さっきの女の子が走り回ってる。

 ちっちゃな弟さんまで、おぼん持ってあっちへこっちへ。人気なのはいいけど、人が足りてないみたい。

「よし、ちょうどいいや。あたし、バンまでカレー取りに行って来るわ」

「え!?」

 舞が驚いた顔であたしを見てる。けど、そのままあたしは席を立った。

「だってさ、あの子がカレー運んで来たとき、またムープがさわいじゃったら大変じゃない。じゃ、ムープとフープ、よろしくね」

 ばーっ、とまくし立ててながらテーブルから離れるあたしに、舞がなにか言おうとしてる。だけど‥‥ごめんね、舞。

「落ち着かなきゃ。これじゃまたケンカしちゃうよ」

 バンに向かって早足で歩いてく途中、気づいたらあたし、胸にぎゅっと手を当ててた‥‥

 咲がバンの前にまで行ってから、わたしはなんとなくテーブルの上に目をやった。

 わたしにだってわかるのよ。ムープ、調子わるそうだし、ふたりともいなくなっちゃいけない、って。

「ムプー‥‥」

 ほんとに、調子わるそう。このあとの予定もあったけど、食べ終わったら帰ったほうがいいかもしれないわね。

「あ〜あ、咲がまたぐちぐち言いそう」

 ‥‥!

 ダメだなぁ。こんなこと考えるようじゃ。またケンカしちゃう‥‥


 あぁ、まただわ。あれから、咲から離れてひとりになると、つい考えちゃう。

 あのとき、時計の郷で迷路から抜け出したあのとき、

 わたしが思わず扉に飛び込んでいったとき、咲はすっごく喜んでくれた。けど‥‥

「1年、経つのになぁ‥‥」

 そう、1年も経つのに‥‥わたしだけ、ちょっと、ほんのちょっとだけだけど、みんなと違う場所にいる気がする。

「咲は、わたしと同じ場所にいるわ。けど‥‥」

 けど。

 文化祭のオブジェを作っても、みんなの絵を描いても、

 たまに、ほんとにたまーにだけどわかる。『なぜ、ここにいるの?』っていう視線があること。

「わたし、咲になにをしてあげたのかな?」

 なにができたのかな、わたしに?

 わたしの周りは、こんなに明るいのに‥‥ え? 明るい?


 はっとして周りを見回したら、気のせいじゃなかった。

「な、なにこれ。テーブルが、光ってる?」

 その瞬間、ぱぁっ、と目の前が光で満ちた。

 お日さまのでも、蛍光灯のでもない、少し冷たくて澄んだ――まるで、月の光。ムープ?

「痛っ!」

 いたたた‥‥ムープったら、いきなり光るんだもの。びっくりしてイスから落ちちゃったじゃない。いくら月の精だからって‥‥あら?

 なんか、へん、よね? まっ平らな木の上なんて、あの広場にあるはずないし、だいたい、さっきまで座っていたイスもないし‥‥

「ここ、いったいどこ?」

「ムプー‥‥」

 ムープの声だわ。さっきと違って、落ち着いてる。いつもの声。

 ‥‥でも、おかしいな。なんだかとっても近くに聞こえるし、おっきい声‥‥ちょっと、まって。

「ムープ? ‥‥え、ええぇっっ!?」

 顔は3回つねった。うでだって何回も叩いてみた。

 いたい。

 痛いわ! なのに、目が覚めないじゃない!!

「ムープ、なんでそんなにおっきいのよぉっ!?」

「お待たせ〜っ!‥‥って、あれ?」

 両手にカレーのおさら持って、咲がテーブルに戻ってきた。

「なんだ、いないじゃん」

 ‥‥いますってば。

「おーい、どこいったー?」

 もう、ぜんぜん違うとこ向かって呼びかけてるわ。まぁ、仕方ないんでしょうけど‥‥それじゃ、思いっきり息吸って、せぇ、の!

「ここよーっ!」

「ん? なんか聞こえたな?」

 なんか、って‥‥ちょっとぉ。

「舞、どこよ? 隠れてないで出てきて。せっかくあつあつのカレー持って来たってのに、冷めちゃうじゃないさ」

 隠れてなんかないわよっ!

「ここだってばーっっ!!」

「おっかしいなぁ‥‥トイレかな?」

 もう、これだけ呼んでも聞こえないなんて‥‥よぉし、こうなったら!

「しょうがないなぁ。‥‥ひとくちだけ、先に食べちゃおっか」

 まったく、いやしいんだから‥‥よい、しょっと。

「いっただっきまー‥‥あれ? スプーンが、なんか、重い‥‥って、えぇっ!?」

 目の前に、おっきな顔。その目が真っすぐ前を見つめてる。スプーンの上の、わたしを。

「咲、ほら、わたしよ、わたしっ!!」


 ぱく


 え?


 ぱく、ぱく、ぱく‥‥


 ちょ、ちょ、ちょっと!?

「あ、あ、あし、足!そこ足っ!! 食べないでよ、咲ぃっっ!!」

「ま‥い!?」

 ぼぉっとした瞳がふたつ、真正面。乗ってるスプーンがゆらゆらゆれて、まるで目の前の瞳が宙に浮かんでるみたい。

「う、うそ‥‥まい‥‥ほんとに舞なのぉっ!?」

 大声と一緒に揺れるスプーンに、わたしは必死につかまった。なのに‥‥なぜかなぁ。


 しがみついてるスプーンの上で、なんだかわたし、ちょっとだけほっとしてるわ――

「さぁ〜きぃ〜?」

 舞を見つめて固まっちゃったあたしの背中から、なんかイヤな声が聞こえてきた。

 とっさにスプーン抱えながら振り返ったら、すぐ目の前に仁美と優子。それもなんだか、むすって顔して。

「な、なによ」

 とりあえず答えてはみたけど、

「ま〜た舞ちゃん怒らせちゃったわけ?」

 仁美がじとっ、て目であたしにらんでるけど、あたしはそれより、手のあたりでもぞもぞ動いてる方が気になってた。

「え、と‥‥」

「もう、なにやってんのよ。なんかギクシャクしてるから、ってこの場所用意したの、誰だと思ってるの?」

 ああ、なんとかセーターの下にもぐりこんだみたい。とりあえず、一安心かな‥‥って、仁美、いまなに言ってた?

「ちょ、ちょっと?」

「なによ、もう。喫茶店でふたりきりじゃ、なんて言って‥‥」

 わーっ!わーっ!わぁーーっっ!!

「待ってってば! 舞に聞こえちゃうじゃん!!」

 口に出した瞬間、しまった!って口おさえたけど遅かった。

「へ?」

「なに言ってるの? どこにもいないじゃない」

 きょろきょろ、あちこち探してるよ。おなかの舞も息苦しいのか、セーター持ち上げてるし、あぁ、これじゃみつかっちゃうかも‥‥っ!

「あの‥‥」

 へ?

 急に聞こえてきた声のほう向いたら、おぼん持った店員さんが立ってた。

「えっと、おみずのおかわり持ってきたんですけど‥‥どうかしたんですか?」

 ぽかん、って顔は、三人で一斉にふりむいちゃったせいかな。でも助かったぁ。優子たち、自分たちのテーブルに戻っていってくれたもんね。‥‥なんか、不満そうだけど。

「あら?」

 って、いけね。まだひとりいたんだっけ。‥‥あれ、なんだろ?照れたみたいに笑いながら、あたしのおなか見てる?

「ごめんなさい、気がつかなくて。取り替えてきますね」

 そう言って店員さん、明るい色のおさげ揺らしながら、バンの方に戻ってくよ。お水持ったまんま。


「なんだったんだろ、あれ?」

 ぱたぱた走ってく店員さんを目で追ってたら、あたしのセーターのすそが、ぽこん、と持ち上がった。

「ねぇ、咲」

「な‥‥に?」

 やばい、つい、顔がひきつっちゃうよ。な、なに言われるか‥‥

「わたしのカバンから、道具を出してくれない? メモ帳と、鉛筆だけでいいんだけど」

 へ?

 てっきり、なにか言ってくると思ってたのに‥‥まぁ、いいや。

 あたしはスプーンをその場において、舞のカバンを開けた。ハンカチをふとんがわりにして寝てるムープを起こさないように、そぉっとつまんでく。メモ帳と、筆入れ‥‥と、フープ。ん?

「なんでついてくんの、フープ?」

「いいわよ、咲。メモ帳の白いページ開いて、置いてくれる? あと、鉛筆は咲の手のひらに置いてね」

 ‥‥まぁ、舞がそう言うならいいけど。さっきの様子だと、また店員さん来るよねぇ。こんどはどうやってごまかそっかな。

「よぃ、しょっと」

 そんなこと考えてたら、目の前で鉛筆が立ち上がった。

「ほぇ〜‥‥」

 いつの間にか、あたしの手のひらに移った舞が、肩と腕で鉛筆支えてるんだ。

 目の前で動いていってる鉛筆に、あたしは思わずため息ついちゃったよ。

「もうちょっと前、おねがい」

 あ、ああ、いけない。メモ帳から遠すぎるんだ。

 あたしが手をメモ帳の近くに方に動かしたら、鉛筆が細かく動きだした。舞がなにか描き始めてるんだね。

 さっすが。器用なもんだなぁ。


 ぴょこん


 ん?


 ぴょこん、ぴょこん


 あたしの手の上で、髪の毛が鉛筆と一緒に踊ってる。まるで、おもちゃの人形みたいに。


 ぴょこん、ぴょこん、ぴょこん


 上から見てると、そこだけ目立ってて、なんとなく、さわりたくなって‥‥

「なに?」

 くるっ、と頭だけ上を向いた舞の前で、あたしの顔がひきつった。

「え? いや、なんか、気持ちよさそう‥‥でさ」

 ちょっとだけ、ほんとに人形みたいな目をしてから、ちっちゃな頭が前向いた。

「小学校のころは、よく引っ張られたわ。
 でもずっとこの髪型にしてたら、なんだかトレードマークになっちゃって。もう他の髪型にはできないなぁ」

 ちっちゃなからだから、舞の声が聞こえてくる‥‥あれ、なんだろ、この感じ。

「そっか、舞の髪は、歴史があるんだ」

「そう? でも、むかし会ったときもその髪型だったと思ったけど‥‥」

 おおぞらの木で会ったときのこと、覚えてるんだ――ああ、そっか。

「あたしは、ソフトやんのにジャマだから、すぐバッサリやっちゃうだけ。昔から、ずっとだよ‥‥」

 これ、舞なんだ。人形に見えても。どんな格好でも、たとえおもちゃ箱に入ってたって、舞は舞なんだ。

 ‥‥なんで、忘れちゃってたんだろ、こんな当たり前のことをさ。

「ねぇ、舞‥‥」

 ちっちゃな後姿みながら、あたしがつぶやいたけど、

「‥‥」

 手の上からは、なーんにも答えが返ってこなかった。まぁ、いつものことなんだけど。

「なに、描いてるの?」

 こっそり覗き込んだけど、舞ったら前かがみになって見せてくれないや。しょうがない、だったら脇のほうから‥‥あ、ヤバ。

「舞、ごめん。ちょっと、トイレ行きたいんだけど」

「うん‥‥」

 ‥‥『うん』じゃなくて!

「だから、ト・イ・レ!」

「え? ‥‥あ、あぁ、トイレね、トイレ。わかったわ。テーブルの上に置いてくれる?」

 鉛筆といっしょに、ゆっくり降ろしてあげたら、筆入れをいす代わりにしてまた描きはじめたよ。まったく、

「のんきだなぁ、舞は。このままだったらどうするつもりよ?」

「なんかね、全然あせる気にならないの。どうしちゃったのかしら、わたし」

 みんなのテーブルから舞の姿が隠れるようにカバン置いて立ち上がって、テーブルを見たらやっぱり楽しそうに描いてる。

「ホント、舞だよね」


 はぁ、ってついたため息が、公園に来る前より、ちょっとだけ軽くなった気がした。

「さぁきぃ〜‥‥って、あれ、いない?」

 咲が席を立ってしばらくしてから、声が聞こえてきた。

 わたしはとっさに筆入れに潜りこんで、しばらくじっとしてたけど、

「なんだ、やっぱ舞ちゃんもいないじゃない。はぁ、しょうがないなぁ」

 どうやら、気づかれなかったみたい。ふぅ。

 筆入れのチャックのすき間から外を覗いてみたら、来てたのはソフト部のキャプテンさんだわ。‥‥あ、咲の席の背もたれに腰かけちゃった。

「咲のやつ‥‥喫茶店じゃかしこまっちゃうから、なんて言うから、篠原先生のツテまで使って、別の街からおいしい屋台呼び出したってのに。
 ったくもう、初デートのカップルか、ってのよ‥‥ん?」


 あっ!?


 置きっぱなしにしてたわたしのメモ帳、キャプテンさんが手にとって‥‥すっごいため息ついちゃった。

「ソフト部のみんなと、ちょっと離れたとこに舞ちゃん‥‥これだもンなぁ。
 だいたい、ひとりじめしすぎなのよ、咲は。わかってンのかなぁ‥‥」

 ぽりぽり、頭かきながら空みあげてるキャプテンさん、なんだか、すごく心配そうに見えて‥‥

「ひとりじめ‥‥?」

 思わず、わたしは口を開いちゃった。

「そう! 舞ちゃんのいるとこ、すーぐ咲が行くでしょ? あれじゃ、他の子が遠慮しちゃって、舞ちゃんに話しかけづらいじゃない?」

 それじゃ、わたし‥‥

「みんなの仲間に、なってる‥‥?」

「なぁ〜に言ってんの。あたしは舞ちゃんのためだから、できるだけ来て、ってひと声かけただけよ。なのに、結局全員来ちゃってるじゃない。あんただって、舞ちゃんが心配だから来たんでしょ‥‥あ、あれ?」

 いっけない。つい声が大きくなっちゃってたんだわ。

「‥‥いまの、だれ?」

 キャプテンさんが、きょろきょろ見回してる。ど、どうしよう‥‥

「はい?」

 筆入れの中で息を止めてたわたしの耳に、別の声が聞こえてきた。そぉっと外を覗いてみたら、あの明るいおさげ髪が揺れてるわ。

「いまの‥‥あなた?」

「わたし、たったいまおみず持ってきたとこですけど‥‥どうかしたんですか?」

 きょとん、とした顔で首をかしげてる店員さんを不思議そうに見ながら、キャプテンさんが席に戻っていった。

 それにしてもさっきといい、今といい、タイミングすっごくいいわね。

 それにすっごく仕事熱心だわ。びっくりしちゃうくらい。だって、だれもいない机に、丁寧(ていねい)にお冷やのコップが並んでいくんだもの。

 ひとつ、もうひと‥‥あら?

「サイズ、合うといいんですけど」

 筆入れの近くに置かれたの、これって、コーヒーのミルク入れよね。いまのわたしが、ちょうど腰かけられるくらいの大きさの。

「探したんですけど、一番小さいのがこれなんです。‥‥それじゃ、ごゆっくり」

 にっこり笑いながら車の方に戻ってく店員さんを、わたしはあっけにとられながら見つめてた。


「まさか‥‥まさか、ね」

 筆入れの中で、わたしはちょっとだけ汗かいてた。真冬なのに。

「舞、まーい。もう周りに人いない?」

 コンコン、って音と一緒に筆入れが揺れた。わたしが首を出して見回して、

「咲? ‥‥いないわよ」

 って答えたら、テーブルの下から栗色の頭が上ってきたわ。視線だけ、じぃっとわたしと合わせながら。

「で? なにか言いたいこと、あるんでしょ?」

 もう。真っ赤な顔して言うもんだから、かえってキャプテンさんの話、思い出しちゃうじゃない。

「っっ‥‥べ、べつに?」

 思わず吹き出しちゃったわたしに、両手広げた咲が近づいてきたわ。

「くすくす笑ってんじゃないわよ。ったく、ちび舞のくせに〜っ!」

 あはは。

 声はどなってるのに、手で追いかけられてるのに、すっごく楽しい。

 なんだか、ずいぶん久しぶりの感じ‥‥きゃ!

「フプっっ!!」

 なにか柔らかいものに全身でぶつかっちゃった。けど、『フプっ』ってことは‥‥

「フプっ、フププププっっ‥‥」

 はっとして、柔らかいものから離れた。目の前には、筆入れの脇にフープのおっきなからだ。なんだか、おなかが揺れて‥‥

「フ、フ‥‥フプ〜っっ!!」

 逃げなくちゃ! って思ったときには、わたしのからだは宙に浮いていた。


 やっぱり、風の精よね。ふわふわ浮きっぱなしで‥‥うぷっ!

「痛った〜っっ!!」

 また柔らかいものに押し付けられたと思ったら、咲のおっきな声が響いた。

 目を開けると、すぐそこに咲の顔。ちょっとずらすと、テーブルの上に鉛筆。手を伸ばせば、すぐ持てる。もう、肩を使わなくても描けるわ。

「やっぱり、おっきい方がいい

 目を合わせてなんて、しばらくぶりに笑った気がする。咲といっしょに、いっしょの気持ちで笑える。これで、いいのかもしれないな‥‥


「その‥‥」

 あれ? なんだか、別の視線が来てるみたい?

 声のほうを向いてみたら、また店員さんの女の子。すっごく困った顔でわたしを‥‥ううん、わたし()()を見てるみたい。どうしたのかな?

 ――って、ちょっと待って。元にもどってから、わたしが座ってるのって、咲のひざのうえじゃ‥‥!?

「ええと‥‥べ、べつに、なんでもないです」

 店員さんが、ぶんぶん頭振ってるわ。顔も赤くなってる。これ、まさか‥‥

「いや、ちょ、ちょっとそれ、誤解だから!」

「いえ、その、私もなぎささんたちで見なれてるっていうか、あの‥‥ごちそうさまです」

 おさげが跳ね上がるくらい頭さげて、足早にバンに向かう姿を見た瞬間、咲が立ち上がった。

 ひざから投げ出されたわたしの手をとって、倒れないように前に押し出して。でも、無理にひっぱったりしない。なにがしたいのか、次になにするのか、もうわかってるから‥‥


 でも、


「「ちょっと、待ってぇっっ!!」」


 何も言わずにわかり合えるのがこれって、ちょっと情けないなぁ‥‥

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