ちょこざいきゃんでぃ

「いらっしゃいませ〜、おおもりご飯にようこそ〜」

 いつもの窓から、ちょっと抜けたいつもの声が、あたりに響いた。

「なぁに、相楽(さがら)くん。お母さんまた忙しいの?」

「ああ。急に仕事入っちまってさ」

 前からわかってりゃよかったんだけど、いきなりめぐみンとこに夕飯たのめないし、それに、

「妹にヘンなもん食わせられないからな」

「はいはい、まいど☆ それじゃ、相楽さん()用のスペシャル2つね。相楽くんは大盛りにする?」

 オレはすぐ手を振った。今日はそこまで腹へってねぇからな‥‥ん?

「ごめん、スペシャル用のおかず、ちょっとかかるみたい。少し待ってくれる?」

 ああ、って言ってうなずいたら、大森が片手を顔の前に出して、

「ごめんね。‥‥あ、いらっしゃいませ〜」

 オレは窓からちょっと避けて、壁によっかかりながら川のほうをぼーっと眺めた。

「ま、早めに来てよかった、ってとこか」

「毎度ありがとうございました〜♪」

 大森の声が、ちょっとほっとしてるな。

 そりゃそうか。さっきまで20人くらいずらーっと並んじまって、さばくの大変そうだったもんな。

「あー、ごめんねぇ。相楽くんのまだなんだぁ」

 ひょいっ、と窓から顔出して、大森が言った。

「おー」

 オレはそれだけ言って、また壁によっかかった。

 たしかに待たされてるんだけど、あれじゃあな。タイミングが悪かったと思って、あきらめるか。

「ありがと。それじゃ、真央(まお)ちゃんにはこれ、ふたつあげるね

 ひゅっ、と延びた腕から、黄色いのふたつ。オレはちょっと壁から離れて受け取った。

 いつものキャンディか。真央が喜ぶだろうな‥‥

「相楽くんも欲しいなら、20円よ♪」

 って、おい。オレ、そんなもの欲しそうか?

「ちぇっ。がめついな」

「あたりまえです。働かざるもの食うべからず、ね」

 はぁ。確かにな。こいつが遊んでるとこなんて見たことねぇ。めぐみと一緒にいるとこ見ても、なんか働いてる感じなんだよなぁ‥‥

「プリキュア〜」

 いぃっ!?

 首かしげて、こっち見てるよ。いきなり、なにを‥‥

「めぐみちゃんがねぇ、最近こころのうたを歌ってくれないんだなぁ。ついこの間まで、プリキュアの歌だったんだけど」

「べ、べつに、オレには関係ない、だろ」

 なんとか答えたオレに、大森がにこーっ、って顔しやがった。

「そうだよねぇ。関係ないよねぇ‥‥さてと、さっきなくなっちゃったから、作り増ししないと♪」

 背中向けてなにか声かけたら、奥のほうでゴトゴト音がし始めた。おいおい、

「オレの注文の方が先だったはずだけどな。それも、だいぶん」

「そうねぇ‥‥楽しみは、多い方がいいから☆」

 そう言って、またにこーって顔しやがる。さっきのも楽しみかよ。

 まぁ、こういう奴だからな。ちっとは付き合うか。特に、いまはめぐみにやることできちまったから‥‥おっと、お客さんか。

「あ、いらっしゃいませ〜。はい、たけのこご飯ふたつ、ふつう盛りですね。毎度どうも〜」

 やれやれ。壁の方にぱっと避けたオレの脇に、また並んでるのを見て、ついぼそっと言っちまったよ。

「まお〜、今日のメシは遅めだぞ〜」

「あ、ごめん相楽くん。そのポスター、隠さないでね」


 お客の列が切れたところで、大森がまた声かけてきた。ポスター?‥‥ああ、背中のこれか。

 窓の脇の壁にあった貼り紙には大きく『贈りものキャンディ教室』‥‥

「キャンディ、ってことは、ホワイトデーかよ」

「そう。去年とか、わりと買っていく人が多くって」

 黄色いキャンディの入ったビンをぽんぽんとたたきながら、大森が言った。

「それって、出来合いなんじゃないのか?」

「このビンの? 間違いなくわたしの手作りよ」

 オレはさっきもらったキャンディをポケットから取り出して、眺めてみた。大森が作ったキャンディ、他の女子にやるのかよ‥‥

「なんつーか、そういうもんじゃないんだろ、ホワイトデーってのは」

 まぁ、オレの気にしすぎかもしれないけど、なぁ。

「ん〜‥‥あなただけの、っていうのが欲しい?」

 うん。そうなんじゃねぇのかな。

 首かしげた大森に、ついうなずきかけたところで、

「‥‥欲しい?」

 って、もう一度くびかしげてきた。え?

「お、オレか!? いやいやいやいや、オレ、おまえにチョコなんかやってないだろ!」

 思わず一歩下がっちまった。なんでじーっとオレ見てるんだよ!

「わたしじゃなくてね。相楽くんとめぐみちゃん、なんだか秘密が増えたみたいだったから。相楽くん、チョコ作って渡したりしたのかなぁ、って」

 そういや、こいつが一番めぐみに近いとこいたんだっけ。あぶねぇなぁ。

「にしても、なんでオレから渡すんだよ。渡すならめぐみからオレだろ?」

「欲しかったの?」

 いきなり否定されてンぞ、めぐみ‥‥まぁ確かに、あいつが作って贈るとは思えないもんなぁ。けど、

「欲しくねぇよ。とかして固めただけのもん(チョコ)

 できないわけないんだろうよ。作る気ないだけで。

「でもそれでも、めぐみちゃんが作るなら。めぐみちゃんから渡されたら、嬉しいし効き目あると思うけど?」

「まぁ、な」

 あいつも、そのうち‥‥

「誰のために作るんだろうなぁ、なんて、考えてるでしょ?」

 うえっ。気がついたら大森が、窓から身を乗り出して、オレに近づいてた。な、なんだいきなり!

「ふふふ。お客さまの表情はちゃんと読めないとね。それじゃ来年チョコもらったときのために、ホワイトデー限定、特別キャンディ教室をどうぞ。気になったら参加してね」

 窓の外の貼り紙取り外して、大森がオレの前にぶらさげた。なんだかなぁ。

「いらねぇよ。そんなちょこざいキャンディ!」

「あ、それいただき。『ちょこざいキャンディ教室』っと。ちょこざい、ちょこざい。ふふ、いいなぁ、これ」

 ペン片手に、へんな歌うたいやがって。なにが気に入ったのか知らねぇけど、何度も繰り返されると恥ずかしくなってくるぞ、こっちは。

「めぐみちゃんも気に入ってくれると思うわ。ノリノリで生徒さん集めてくれそう♪」

「あいつ、お節介だからな‥‥」

 あのヒメとかいう子にしても、プリキュアにしても‥‥ホント、いつか怪我(ケガ)すンぞ、あいつは。

「ふ〜〜〜ん」

 気が付くと、ポスター書く手をとめて、見上げてる大森と目があった。

「な、なんだよ、ジロジロ見やがって」

「名前だけで、いろいろ考えちゃうんだぁ。かわいいかわいい女の子だもんね☆」

 今度はにやにや顔かよ。やれやれ、女の子、ねぇ。

「オンナじゃねぇだろ、あいつは。たまに、下着まで干してるからな。オレがベランダいるってのに」

「相楽くんだって、真央ちゃんの洗濯物も干してんでしょ? 下着も」

 いぃっ!?

 一瞬、目の前の大森の後ろに、悪魔のしっぽが見えた。な、なんで、それを‥‥!?

「めぐみちゃんが言ってたよ。やさしいお兄ちゃんだよねぇ、って

 あーいーつーっっ!! いや、怒ってる場合じゃない。どうやってごまかしゃいいんだ?えっと、ええっと‥‥っ!

「あ、もちろん、クラスでは話してないから‥‥」

 あぁ、もう、うるせぇっ!

「ほら20円、アメもらうぞ!」

 オレは、ばっと小銭投げてキャンディつかんだ。包み紙むしって大森に背中向けながら口に放り込むと、甘い味が広がってくる。

 なんか、ほっとする味だよな。真央がねだるのもわかるんだけどさ。


「‥‥ぷりっきゅあ〜」


 んぐっ!?

「ぐ、ぐふっ、げっっ‥‥な、なんだよいきなり!?」

 のどにつっかえそうになって、とっさに()(くだ)いたからよかったけどよ!

「あれ? なにかあった?」

 にっこにっこしやがって、こいつは〜っ!

「息ができなくなるとこだったぞ!」

「あら〜。なんでそんなに(あわ)てたのかしらぁ?」

 さっきから、絶対わかってて言ってやがるな、こいつ。‥‥はぁ。たぶん隠し通すなんて無理なんだろうけど、

「別に!!」

 けど、オレから言うわけにもいかないよな。言うなら、あいつからだ。


『――わたしのおせっかいは、まだいらない、か』


 ん?

 キャンディのカケラをなんとか飲み込んでる間に、なんか聞こえた気がしたな?

「いま、なんか言ったか?」

「え、なに? あ、めぐみちゃ〜ん

 いきなり大きく手を振ったと思ったら、ひょいっとオレの口にキャンディもうひとつ放り込んで来やがった。

「‥‥ほんとに、ちょこざい、だな」

 甘い味の中に、ちょっとレモンの酸っぱさが()み出てきてる。ふつうの、キャンディだ。

 でもその味の中で、まだ大きく手を振ってる大森を見てると、なんとなく大丈夫な気になってくるよ。問題なんか、まだひとつも解決してないってのに。


「ま、効くよな。こいつのも」

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