あしもとにむてき

「‥‥くしゅん!」

 あたしは、思わず目をつむっちゃった。

 秋も終わり、一気に寒くなってきて、うちの学校も風邪ひきがいっぱい。ついにほのかまでひいちゃったっていうから、見舞いに来たんだけど。

「‥‥くしゅっ!!」

 ‥‥やっぱイヤな音。ほのかって華奢(きゃしゃ)だから、聞いてるこっちが痛くてたまんないよ。静かな家だから響きすぎちゃってるしさ。

「あ、飛んだ? ごめんね、なぎ‥‥くしゅん!」

「だから、起きなくていいってば」

 パジャマ姿のほのかが、ベッドから体起こしてる‥‥けど、眼ぇ半分つむってるよ。はぁ。さっさと終わらせて、寝かせないとね。

「ほら、宿題のプリント。もう、あたしじゃ手伝いできないんだからね」

 ほんと。もうちょっと頭よければ、なんとかできるんだけどねぇ。はぁ。

「んー? 現国の宿題よねー‥‥あん、なぎさったら、揺らさないでよ」

 いや、あたし持ってないし。ふとんの上に置いてるんだけど。っていうか、

「現国じゃなくて数学だよ。ちょっと、ほんとに大丈夫なの?」

 あたしが顔のぞき込んだら、目の前で手ぇひらひらさせて、

「うん。だいじょぶ、じょぶ、じょぶ‥‥」

 あぁ、言いながら一緒に体が揺れてるし。ぜんっぜん説得力ないじゃん。

「たんぱく質のぎょーこ温度は、よんじゅうに度ぉ。わたしはさんじゅーきゅう度だから、らから、ら‥‥くしゅっ!」

 もう、見てらんないよ。まったく。

「病人は、だまって寝てるっ!!」

 ほのかの両肩を軽くつきとばして、上からふとんかぶして、と。よし。

「ま、宿題はほのかなら朝でも間にあうだろうし、ごはんはおばあちゃんが作ってくれてるしさ。あとやることって言ったら、忠太郎の散歩くらいでしょ? あたしがやるから、寝てなって」

 あたしは、カバンからコンパクト取り出して、机の上に乗せた。

「メップル、帰ってくるまでよろしくね」

 あたしがそう言ったとたん、ぽんっ、って音。すぐにいつものぬいぐるみ‥‥おっと、ごめん。メップルたちが机の上に腰掛けた。

「まかせるメポ。なんだったら、ひと晩かけてもいいメポ♪」

 ゆびでコツンと頭つついてやったけど、顔ゆるみっぱなしだ。ポルン、うちに置いてきちゃったからなぁ。

 ま、ほのかさえ見ててくれれば、ちょっとくらいラブラブしててもいっか。


 トサッ‥‥


 ん、なに?‥‥えぇっ!?

 ちょっと目を離してたら、ほのかがベッドからずり落ちてるじゃない!

「忠太郎の散歩ぉ。それは、わたしじゃ、ないと、ない、と‥‥くしゅ!くしゅんっ!!」

 だ〜っ! もう、なにやってんのよっ!!

 両脇に手を入れてベッドに戻そうとしたけど、腕ばたつかせて‥‥えぇ〜いっ!

「いいかげんにしないと、おしゃぶり口に入れて、頭の上でメリー回すよっ!」

「もう、冗談ばっかりぃ

 ‥‥

「メップル、ミップル。紐でつるすから、ほのかのまわり歌いながら回っててくれない?」

 机の上に向かってそう言ったら、あばれてた腕がだらん、って下がった。

「すとっぷぅ〜。わかったわよ。おとなしく寝ますぅ。それでいいんでしょ?」

 自分でベッドによじのぼってる。うん、効果あったみたい。


 落ちちゃったふとんをまたかけてたら、あしもとがなんだかふかふか。下向いたら、見上げてるのと目が合った。

「あれ、忠太郎。待ちきれなかったの?」

 声をかけたら、くるんって後ろ向いた。首輪から伸びてる引き綱が、あたしの目の前にひょいっ、と出てくる。さっさと行こうってことね。はいはい。

 あたしはその引き綱を手に取って‥‥

「なぎさ! ちょっと待‥‥くしゅ!くしゅっ!!」

 び、びっくりした。ほのか、いきなり飛び起きるんだもん。もう、そこまで信用ないかなぁ。

「寝てろ、って言ったでしょ?まったく‥‥ん?」

 背中さすってあげて、やっとくしゃみがおさまった思ったら、ほのかの目がまんまるになってる。目線の先は、あたしの‥‥手?

「ど、どうしたの?」

 ほのかの目が、あたしと忠太郎を行ったりきたりして、それからいきなり、にこって笑った。

「ううん、なんでも

 ほのかの家を出ると、あたしは忠太郎の散歩コースを歩いた。広めだけど車どおりの少ない道。地図を渡されたけど、まるっきり必要ないな。だって、忠太郎が勝手に歩いてくんだから。

 歩いてると、犬の散歩してる人と結構会った。子犬つれたおばさんとか、乗れそうなくらいの犬つれたおばあちゃんとか。まぁ、たしかに、散歩にもってこいの道だもんね。

 でも、忠太郎ってここらじゃ有名なんだな。みんなが名前知ってるし、いつもの女の子はどうしたの、とか何度も聞かれちゃったしね。ちょっと変だけど、普通の犬なんだけどなぁ‥‥

「お〜い、なぁぎさぁ〜」

 忠太郎の背中を見ながら歩いてたら、声がちょっと上のほうから聞こえる。目を上げたら、前は土手。その上で志穂と莉奈が手を振ってた。

 あたしも手を振って、土手に上がる坂道に向かった。ちょうど散歩のコースだから、忠太郎が歩いてくだけなんだけどね。

「お待たせっ」

 そういいながら、なぎさが土手の上に上がってきた。‥‥けど、そのまま歩いてっちゃった?

「ちょっとちょっとちょっと、そのまま行っちゃうなんて、冷たいぞぉ!」

 あたしがそう言ったら、なぎさが首だけ振り向いて、

「志穂ぉ、ごめんっ。いま、ほのかン家の犬の散歩中でさ、止められないんだ」

 あたし、莉奈と顔見合わせて、ため息ついちゃったよ。しかたない、追いかけるか。

「悪いね、ふたりとも‥‥で、志穂たちはなにしてんの?」

 ピンっ、と張った引き綱を握りながらのなぎさが、なんだか苦笑いしてる。あたしと莉奈はちょっと目で合図して、同時に目の前に出したげた。まだあったかい、ふわふわクレープ。

「なに言ってんの。この先の公園に、新しいクレープ屋ができる、って教えてくれたの、なぎさじゃない」

 莉奈が言ったとたん、うあぁっ、って悲鳴。耳が痛くなるくらい。

「あ、あの店って、今日開店だっけ!? あぁっ、今日だけチョコバナナ半額がっ!」

 ‥‥なぎさ、忘れてたんだ。

「忠太郎? ちょぉっと寄り道して、いい?」

 少し中腰になって犬に尋ねてるなぎさが、いきなり転びそうになった。

「うわっ、ひ、引っ張んないでよっ!」

 一直線に駆けてく犬って、結構きれいだなー。あたしはそのとき、ぼーっとそんなこと考えてた。

 あっけにとられる、って、こういうことを言うんだな。きっと。

「な〜ぎさ〜、だいじょうぶぅ〜?」

「無理っぽいっ‥‥うわぁ〜っっ!!」


「莉奈莉奈り〜な。見た、なぎさ?」

 まっすぐな土手の道の向こうに、ちっちゃくなってくなぎさ見ながら、あたしはちょこっと訊いた。

「犬の散歩って、慣れないとた〜いへんなんだよねぇ」

 莉奈がクレープぱくつきながら大きくうなずいて、ひとこと言った。

「こりゃ、明日の練習じゃヘタばってるかな?」

 ひぃ、ひぃ‥‥


 あーっ、疲れた。忠太郎、いっきなり走りだすんだもんなぁ。すっごい力で、全然おさえられないし‥‥

 でも、志穂たちが見えなくなったら、またいきなり歩きに戻っちゃった。二人が嫌い? まさか、ね。

「あれ、美墨さん?」

 いきなり背中から聞いたことのある声がして、あたしは思わず背筋伸ばしちゃった。この声は‥‥

「ふ、藤P先輩!?」

 ジャージ姿の藤P先輩が、振り向いたあたしの目の前にいた。思わず綱を引っ張ったら、忠太郎がその場で座っちゃって動かないよ。ど、どうしよ。

「だ、大丈夫なの?」

 へ?

「大丈夫って‥‥なにがですか?」

 藤P先輩、びっくりした顔で見てる。あたしと、忠太郎を。

「そうか、きみは大丈夫なのか‥‥」

 そういえば、散歩に出るときのほのかも、こんな顔だったっけ。大丈夫、って?

「忠太郎はね、むかしっから人になつかない犬なんだよ」

 チリンチリン、って自転車のベルの音。あたしたちは河原側によけた。忠太郎は、あたしの足元で座りなおしてる。

「へ? そんなことないですよ。本気で噛まれたこともないし‥‥」

「ああ、うん。噛むことはないね。でも、綱を持っていいのは、ほのかとおばあちゃんだけなんだよ。
 ほかの人が綱を持とうとすると、すっごく嫌がるんだ。俺もいまだにダメだよ」

 思わず、引き綱をじっと見ちゃった。いや、だって綱を持てって感じであたしに渡したの、忠太郎だよね?

「噛まないのにはわけがあってね‥‥俺が言ったってこと、ほのかには内緒だよ?」

 あたしは思いっきりうなずいた。ないしょ。藤P先輩とのないしょ‥‥うっひゃぁ

「ほのかが小学校の中学年のころ、一人で忠太郎を散歩に連れてったことがあってね」

 ついニヤニヤしちゃう顔を元に戻してたら、藤P先輩がしゃがみこんで、忠太郎の頭をなでてた。忠太郎はちろっ、と見上げただけ。本当に、引き綱だけが特別なんだな。

「そのとき、たまたま通りかかった男の子が大きな犬連れててさ、どっちが強いか、戦わせてみようって言われたんだ。
 ほのかは昔っからああだからさ、忠太郎が嫌がってるからダメ、って突っぱねたんだけど。それを無理に引きはがそうとした男の子に、忠太郎が突進した‥‥ そのとき、ほのかは何て言ったと思う?」

 しゃがんだままの藤P先輩が、あたしを見上げてる。な、なんだかドキドキするよぉ。

「『かんじゃダメっ!』って叫んだんだよ」

 え?

「テレビで保健所の話とかやってたから、きっと、人を噛んだら殺されちゃう、って思ったんだろうね。
 それから忠太郎は噛まなくなった。大きな中学生に、体当たりでぶつかってって‥‥ついに相手が逃げ帰ったときには、忠太郎の体もガタガタになってた。俺がちょうどそこに通りかかったのさ」

 ドキドキが急になくなった。藤P先輩は、まだ真っすぐあたしを見てるのに。

「あのときのほのか、自分が悪いんだって言ってね。医者から帰ってから、忠太郎を誰にもさわらせなかったよ。毎日えさをあげて、薬をとりかえて。忠太郎の舌で調子がわかる、なんて言い出したのも、そのときかな」

 忠太郎は座って背中を向けてる。背筋をピンと張って、川の向こう側をじっと見つめてる。

 あたしの頭に、さっき会った散歩してる犬の顔が浮かんできた。種類も年も違うのに、なんだか同じような雰囲気の目が。

「それ以来、ここら辺の犬は忠太郎を尊敬してる感じなんだ。まさに無敵だね」

「‥‥ちがう」

 口からこぼれてきた言葉に、自分でもびっくりした。藤P先輩が、驚いた顔であたしを見てる。‥‥けど、心の中のあたしが言うんだ。間違いない、って。

「忠太郎といると、ほかの犬があたしにも挨拶して行くんです。何だろな、って思ってたんですけど‥‥
 みんな、その、忠太郎がうらやましい、っていうか‥‥あぁっ、もう!うまく言えないなぁっ!!」

 こんなとき、もっと頭がよかったらなぁ、って思うよ。ホント。

 あぁ、藤P先輩が立ち上がっちゃった。バカさ加減にあきれちゃったのかなぁ‥‥ そう思ってたら、あたしの肩が、ぽんぽん、って叩かれて、

「ありがとう、美墨さん。忠太郎が綱を持たせてくれない理由、やっとわかったよ」

 にっこり笑った藤P先輩、ジョギングであたしたちの来た方に走って行っちゃった。


 なんとなく視線を感じて、ちょっと下を向いたら、忠太郎があたしの顔を見てた。

「‥‥行こっか」

 あたしが歩くのといっしょに、忠太郎が立ち上がってトコトコ歩き始めた。


 今度はいっしょに歩き始めた。

 真っすぐな土手道をずうっと歩いてると、橋が見えた。近づくにつれて大きくなる橋の上を、ときどき電車が通ってる。

 あたしは散歩の地図を取り出して、見比べてみた。この先で、折り返しなんだよね。半分きちゃったか‥‥

 そう思ったとき、右手がいきなり引っ張られた。

 あれっ、と思って見てみたら、忠太郎がしゃがんじゃってる。トイレかな?

「忠太郎、するんならもうちょっと砂地がいいんじゃない? 降りてから‥‥」

 割り箸の入ったビニール袋を取り出しながらそう言いかけて、あっと思った。 トイレじゃない。忠太郎は、河原をじっと見つめてるんだ。

 そこはたしか、あの子が闇に消えたところ‥‥

「‥‥そっか、いつもここで、立ち止まってるんだね」

 じっと見つめてる忠太郎の背中を、風がなでてく。ふわっと持ち上がった毛が、夕日できらきら光ってる。

 あたしは頭を何度か振って、ぐいっと綱を引いた。

「ワゥ?」

 首だけ振り向いた忠太郎の眼が、あたしに抗議してる。けど、あたしは思いっきり息吸って、

「立ち止まっちゃダメだよ!」

 大声を出したあたしを、忠太郎が体ごと振り向いて見上げてる。今度は、ちょっとにらんだ眼で。

 あたしはしゃがみこんで、その目をじっと見つめた。

「引っ張ってあげてよ。それは‥‥あんたにしかできないんだからさ」

 忠太郎はしばらくじっとあたしを見てから、目をつむって立ち上がった。

「うわっ!?」

 しゃがんだままコケちゃったあたしを、忠太郎が引きずってく。なんとか立ってついてったけど、まだ引っ張ってるよ。

「忠太郎、引っ張りすぎっ! ほのかには、もうちょっと手加減するんだよ」

 あいかわらず、ふんっ、っていう顔でこっちを見てから、また忠太郎が引っ張り始めた。


 腕にかかる重みが、なんだかうれしかった。

 土手の道を半分くらい戻ったころ、忠太郎が河原に降りてトイレ済ませた。

 犬のトイレの始末は初めてだけど、まぁ、あたしは亮太のオムツ替えたこともあるし、どうってことないね。けど、ちょっと気になることがあるんだ。

 忠太郎、あたしが後始末してるときに、いきなりあたしにもたれかかってきたんだ。終わったらすぐに元に戻ったけど。あれって、なんだったんだろ?

「お、もう帰り?」

 土手に上がろうとしたところに、ちょうど藤P先輩が走ってきた。あたしの手を取って、引っ張りあげてくれてるよ‥‥あぁ、今日はいい日だなぁ

 ‥‥あ、あれ? 土手に上がったと思ったら、藤P先輩の手がすぐ忠太郎のほう行っちゃったよ。

「忠太郎は本当にいい犬だよなぁ」

 そう言いながら、背中や頭なでてる。あたしって、ひょっとして‥‥犬以下?

「ほら、この背中さ。いつでもピンと張ってるんだ。拾い食いとかもしないし、ほのかは、よっぽどしっかりしつけたんだろうな」

 心の中で泣きながら藤P先輩の言葉聞いてたけど、なんだか引っかかった。しつけた、ねぇ。でもさ、

「忠太郎、さっきあたしにもたれかかってたんですけど‥‥」

「えぇっ!? 忠太郎。お前、どこか悪いのか?」

 あ、あれ? 藤P先輩が、なんだかすごい反応してるよ。ひょっとして、言っちゃ悪かったのかな?

「あ、あーあー。石があったから、ちょっとつまづいちゃったんだよね。もたれるなんて、あるわけないもんね。そうそう‥‥れれれ!?」

 いきなり、藤P先輩の顔が遠くなってきた。忠太郎が、引っ張ってるんだ。

「忠太郎、あんまりほのかに心配かけるなよ? じゃ美墨さん、また」

 あぁ〜、藤P先輩が走って行っちゃう〜。もう、忠太郎ってなんでこう‥‥あれ? 忠太郎の顔、なんだか妙に一生懸命だよ。


 しゃんとしてないとこ見られるのって、もしかして、恥ずかしいのかな?

「な〜ぎさ〜、お帰りぃ〜」

 土手の道ももうすぐ終わり、下の道に降りるちょっと手前に、志穂たちがいた。両手になにか持って‥‥うわぁ

「チョ、チョコバナナクレープ! ひょっとして、あたしに?」

 代わりに買ってきてくれるなんて、やっぱ、持つべきものは友達だよねぇ。

「ほのかちゃんの代わりに、犬の散歩でしょ。ちょっとはごほうびないとね。えっと‥‥この犬、忠太郎だっけ?」

 あたしがうんうん、ってうなずいて、クレープにかじりつこうとしたら、莉奈がいきなりしゃがんで、

「はい、忠太郎。なぎさは大変だったでしょ? ごほうびね〜」

 ‥‥そう来たかい。

「うそうそうそ♪ ちゃんとなぎさの分もあるってば。はい‥‥あれ?」

 志穂がクレープ出そうとして、途中で止まっちゃった。

「あれれ? 犬ってクレープだめだっけ?」

 莉奈が差し出してるのに、忠太郎がそっぽ向いちゃってるんだ。でも、変だな。嫌がってるようには見えないけど。‥‥あ、ひょっとして。

「きっと、自分ひとりで食べるのがイヤなんだよ。ほのかに持っていってやれば、いっしょに食べるんじゃないかな?」

 莉奈と志穂が、ふたりしてあたしをじーっと見つめてる。

 あ、あれ? 莉奈が立ち上がって、志穂と一緒にあたしの肩叩いてる?

「なぎさなぎさなぎさ。あたし、信じてるからね」

「忠太郎の分まで食べたら、人間おしまいだよ」

 こ、こいつらはぁ〜っ!!

 ふたりと別れて土手を降りてから、あたしは小さなトンネルに忠太郎を引っ張っていった。

 トンネルの中で、不思議そうな顔の忠太郎に、

「いまのほのかには、油ものはマズいからね」

 そう言ってあたしは、さっきのクレープを出してあげた。忠太郎の目が、クレープとあたしの間を行ったり来たりしてる。

「ここなら誰も見てないよ。なんなら、あたしもあっち向いてるからさ」

 忠太郎はじっ、とクレープ見てるよ。もう、世話が焼ける‥‥あれ?

「ワフ!」

 うわっ、いきなり飛びかかって、左手のもうひとつのクレープくわえて、

「むぐっ!?」

 あたしの口に押し込んじゃった!? ちょっと、いったい何を‥‥って、忠太郎もクレープ食べてる?

 ‥‥はっはーん。そういうことね。


 あたしは忠太郎の脇に座って、肩に腕かけた。

「もうちょっと、気楽にやろ?あんたは、カッコつけすぎよ」

「おや、ほのか、どこ行くんだい?」

 ちょっと眠って目を覚ましたら、なぎさが散歩に行ってもう1時間。もうそろそろ帰ってくるかしら、って思って廊下に出たところに、おばあちゃまがいたわ。

「あ、ちょっと、おトイレ‥‥」

 そそっ、と脇を通り過ぎようとしたけど、音もしないで横に動くんだもの。やっぱり、だめみたい。

「そうかい、そうかい。でもねほのか、もし帰りに台所寄ったりなんかしたら、オムツはかせてベッドにくくり付けますからね?」

 おばあちゃま、にこにこ笑っているけど、真っすぐ私の目を見てる。これ、本気だわ。

 わたしは、思わず笑いそうになっちゃった。さっきのなぎさと同じこと考えてるんだもの。

 でも、これだけは、ね。

「ねぇ、おばあちゃま。もうすぐ、忠太郎が帰ってきちゃうのよ。忠太郎はわたしの手からじゃないと、ごはん食べてくれないでしょ? なぎさを追い出すわけにもいかないし、だから‥‥」

 わたしが言いかけたところに、おばあちゃまの手のひらが出てきた。

「ほのか。あなた、なぎささんは好きですよね?」

「ええ、そう。一番の友だち、だけど‥‥」

 おばあちゃまの手のひらが、すっ、と降りたわ。じっとわたしの瞳をのぞき込んでる。

「いい、ほのか。あなたが信じる人なら、あなたの友だちだって必ず信じてくれますよ。
 もうちょっと、気楽にいなさいな」

 おばあちゃまが言い終わるのといっしょに、わたしの体がふわっと浮いた。

「トイレは要らないみたいですから、ベッドに戻りなさいね。それじゃ」

 ぽてん、っとベッドに落ちたわたしを、机の上のミップルたちがぼぉっと見てる。‥‥まぁ、普通は信じられないわね。病人を、投げてベッドに戻すなんて。

「くしゅんっ!」

 あぁ、いけない。これでひどくなったら今度こそ、なぎさかおばあちゃまに赤ちゃん扱いされちゃうわ。

「信じる人なら、友だちも信じてくれる、か‥‥」

 ふとんにもぐり込んでいたら、おばあちゃまの言葉がこぼれてきた。

 忠太郎となぎさが、仲良くいっしょにごはんを食べてる図、か。


「なんだか、いい夢見れそう

「ただいまぁ」

 ほのかの部屋には、忠太郎が先に入ってた。もう、あんたのトイレの始末で遅くなったんだけどな。なんか、ずるいよ。

「シーッ! ほのか、寝てるミポ」

 机の上から、ミップルがにらんでる。ごめ〜ん。

 でも、ほのかの寝顔かぁ。なんだか久しぶり。ちょっと拝見‥‥

「‥‥もう、なぎさったら。こぼさないの」

 え? なに?

「さっきから、ブツブツなにか言ってるメポ。顔が笑ってるから、悪夢じゃないみたいメポ」

 な、なんだ。寝言かぁ。びっくりした。‥‥あれ、またなにか言ってる?

「ほぉら、忠太郎はきれいに食べてるでしょ? なぎさもちゃんとお座りして食べなきゃ‥‥」

 ‥‥ちょ、ちょっと、ほのかさん? あたし、忠太郎と同レベル?

 ばっ、と振り向いたら、メップルたちがそっぽ向いてる。その場に座り込んだあたしの肩に、ぽん、って忠太郎の前足が乗っかってきてるよ、起こそうにも、こんなに気持ちよさそうに寝てる病人じゃぁ‥‥

「あん、わたしをなめちゃだめよ もう、いたずらっこなんだから

 あぁぁ〜っ、もうっっ!!


「ほのかぁ、お願いだからその夢やめてえぇぇ〜」

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