どーなっつ・れぽーと

 2月もようやく終わり、っていう土曜日。

 お休みだったんだけど、あたしは学校に来ていた。

 特になにする、ってわけじゃないのよ。でもここ数日、ココさまの様子がちょっとヘンで。今日もお仕事ないはずなのに出勤されたから、なんだか来たくなっちゃって。今日は学食もお休みだっていうのにね。

 はぁ、どうなさったのかしら、ココさま‥‥

「ねぇねぇ、くるみ♪」

「んー、なによいったい‥‥」

 そんなこと考えながら、テラスの席で上向いてた目を開けたら、

「べーっ

 目の前に、大きななにか。紫っぽい色して、うねうね動く‥‥

「はぁ!?」

 思わずがばっと起き上がった先に、耳のような髪した子がいた。口を大きく開けて、色の変わった舌を出した――のぞみが。

「ほらほら、舌がむらさきでしょ? おタカさん新作の、ブルーベリーアメだって♪」

 まったく、この子はっっ!

「ほらー。くるみ色☆」

「あんたは小学生かっ! もうすぐ卒業でしょう? しっかりしなさいよ!」

 ‥‥ん?

 思いっきり言ってやったから、てっきり言い返してくると思ってたのに、なにもこない?

「やっぱ、しっかりしてない、よね。あたし」

 ぽつん、ってちっちゃな声に、思わずあたしは寒気がした。

「ちょ、ちょっと。どしたの、のぞみ?」

 よく見たら、顔はふざけてるくせに目がすこし沈んでるじゃない。なにが‥‥あ、まさか卒業したくないとか?

「卒業って言ったって、あんたの場合は高等部に上がるだけじゃない? そりゃあ、クラス替えはあるでしょうけど、りんだっていっしょなんだし‥‥」

 でも、あたしに聞こえてきたのは予想と違う言葉だった。

「最近、ココがね‥‥なのに、わたしにはほとんど相談してくれないんだぁ。しっかりしてないからかなぁ‥‥って、くるみ!?」

 言われた瞬間、あたしは立ち上がってた。ヘンだとは思ってたけど、まさか、のぞみが気づくくらいだなんて。

「ちょっと、ココさま探してくるわ。確かめなくっちゃ!」

「ちがうの、そうじゃなくて‥‥!」

 ?

 上着を引っ張られて足をとめたあたしに、のぞみの声が響いてきた。


「なんかね、自分のこと‥‥パルミエ王国のこと、理事長先生に話したんだって‥‥」

 パタパタパタ‥‥


 軽い音たてて、車が進んでく。


 パタッ、パタパタ‥‥


 ときどき止まったりもしながら‥‥速くはないけど、こんなのもいいな。


 わたしが乗っているのは、いつもの、ドーナツ屋さんの車。となりで運転してるのはもちろん、かおるちゃん。

「結構揺れるでしょ。大丈夫、ブキ嬢ちゃん?」

 わたしが笑って答えたら、ずれたサングラスをちょっとなおして、また走り始めた。

 ――ブキ嬢ちゃん、か。

 この呼び方も割とすぐ慣れちゃったなぁ。昔から友達にはずーっと『ブッキー』って呼ばれてたせいかな?

 ラブちゃんたちのことは今でも『お嬢ちゃん』って呼ぶし、わたしがラブちゃんたちと一緒の時もやっぱり『お嬢ちゃん』。わたしとかおるちゃん、ふたりのときだけ『ブキ嬢ちゃん』だから、最初はちょっと恥ずかしかったんだけど。


 それにしても‥‥きのうは、びっくりしたなぁ。

 いつもいる公園からこの車がちょこっと消えちゃうのは、よくあることなんだけど、

 4日も続けて消えちゃったから心配してたのに‥‥きのう公園に行ったらいきなり現れて、『あした、ドーナツ売るの手伝ってくれない?』だもんね。

 でも、なんでわたしなんだろ? 公園にはラブちゃんたちと行ったのに、わざわざ別れてから現れた感じだったけど‥‥

「お、見えてきた見えてきた。あそこだよ、ブキ嬢ちゃん」

 かおるちゃんがさした指の先には、おっきな十字架。ちょっと、わたしの学校みたいな建物‥‥あ、看板があるわ。

「聖‥‥『聖ルミエール学園』。ここ?」

「そうそう。ええとねぇ‥‥まいど、ドーナツ屋です。学食のヘルプでね、通りますよ」

 車の窓を開けて、学園の入り口にある警備の人に声をかけてから、また車が走りだした。

 学園の周りを巡っている、車用の通路をゆっくり登って、建物の近くまで‥‥わぁ☆

「テラス? これ、ひょっとして、カフェかなぁ?」

 隣を見たわたしの前で、かおるちゃんが頷いてる。そっかぁ、カフェつきの食堂なんだ。わたしの学校も割と設備がいいと思ってたけど、上には上があるものなんだなぁ。

「女子校でお店開くんだ。女の子ばっかりだから、かおるちゃん見たら逃げ出しちゃうかもね」

「いやぁ、そんなこたないよ。先生と学食のバイトに男の子がいるからねぇ‥‥あ、でもどっちもかわいい子だから、やっぱ驚いちゃうか。ぐは☆」

「おとこのこ?」

 そっか、そういう女子校もあるんだ。わたしの学校は警備員さんまで女性だから、考えてなかったな。

「よし、じゃここに車停めて、と‥‥あ、そうそう、その男の子たちなんだけどねぇ、実はさ‥‥」

 その次の言葉を聞いて、わたしは一瞬、目が点になった。

 けど、それが頭の中に染みてきてから、納得したの。


 ああ、だから(・・・)わたしなのかぁ、って。

 人はぽつぽついるだけ。いつもの学食のテラスだけど、やっぱ違って見えるよな。


 そんな風に思いながら、オレが学食のキッチンからホウキ持ってテラスに出たとき、背中から声が聞こえてきた。

「あれ、シロップ。なにやってるんだい?」

 俺はそのまま学食のまわりをホウキで掃き続けた。顔を上げる必要なんてねぇ。こりゃココの声だ。

「見てわかんだろ。掃除だよ、掃除」

「へぇ。今日は学食は休みだって聞いたから、てっきりシロップも休みかと思ってたよ」

 なんかいつもよりにこにこしてるように見えるぞ。なにかやったんじゃないだろうな?

「店長はなんか用事らしくてさ、でもヘルプ呼んだから、ゴミ箱とテラスは片付けといてくれって‥‥ん?」

 あれ、なんか変な気がするぞ。なにが‥‥シロップだとぉ!?

「こら、ココ‥‥タ先生! 学園じゃその呼び名はダメだろうが。のぞみたちならともかく、お前がそれでどうすんだよ!」

「ああ‥‥そうだね。でも、もう隠さなくてもいいかもしれないんだ。理事長にね、言ったんだよ。僕がパルミエ王国の者だって」

 あっ、ちゃあ‥‥

「なんだって、そんな‥‥」

 口ではそう言ったけど、俺にもなんとなくわかった。ココが自分から言うわけないんだから、

「故郷に帰るのを、理事長に引きとめられちゃってね」

 仕方ない話だったんだろうとは思うよ。そりゃあな。

「教え方がうまいから、ぜひ残ってほしいって。あまりないことらしいよ」

「‥‥自慢かよ」

「そう聞こえるかもね。でも、認められるってのは嬉しいことだよ。そうだろ?」

「‥‥それは、わかる」

 俺だって、届け物を受け取ったヤツが嬉しそうな顔してるのは気分がいい。そりゃわかる。

 けど、いかにも子供に教えてるみてぇな、にこにこしたココの目は気に入らないけどな。

「とにかく、どうしても残ってほしいって言われてね。これはもう、正直に事情を話した方がいいだろうと思ったんだ」

 そう言って、真っ直ぐ見つめてくる目が澄んでるよ。

 昔から真面目なやつだからなぁ。きっと俺やくるみ――ミルクのことも考えて、それでも言ったに決まってる。

「‥‥俺は、賛成だよ」

「シロップ?」

「理事長――店長を(だま)すのは俺だって好きじゃねぇし、店長のことだから、笑って認めてくれる気もするしな。
 だいたい、認めてもらえなかったら、みんなでパルミエ王国に帰りゃいいだけじゃないか。ミルクあたり、お前と一緒なら喜んで帰るぜ」

 賭けにしちゃいい勝負だよな。俺の知ってるなかで、あれだけ肝の太いヤツなんて他にいねぇもん。

 足元のゴミをちりとりに入れながら、俺は言ってやった。

「で、店長はなんて言ったんだ?」

「ああ。もう1時間くらいしたら理事長室に行くことになってる。
 そこで決まるよ。来年どこで過ごすか、ね」

「ほいっ、と!」

 かおるちゃんが飛ばしたドーナツ生地が、屋根の上の入り口に落ちてく。わたしはそれを見てから、また車の中に入った。

 普段着のコートだけ脱いで、エプロンつけて。あと三角巾で髪の毛つつめば出来上がり。

 でも、鏡に映った姿を見たら、おもわず笑っちゃった。これじゃどうみたって、子供のお手伝いよね。

「お。できたね、看板娘。さぁて、それじゃちょいと、この学校の親分に挨拶してくるから。しばらくよろしくね」

「え?」

 車のとびらから、ひょいっ、と顔出したかおるちゃんに言われて、わたしはすぐに言葉がでなかった。

 なんだろう、ちょっとヘンな感じ。いつもと違うのは、手に分厚い封筒を持ってるくらいだけど‥‥そんなことじゃなくて。

「ドーナツは生地がなくなるまで勝手にできてくるし、お代は‥‥まぁいいや。チョコディップつきくらいなら、ひとり1コ配っちゃっていいから」

「い、いいの?」

 そう()くのが精いっぱい。だってかおるちゃん、すっごく早口で‥‥

「なぁに、あとで追加注文もらえばモトはとれるって。なにしろ、かおるちゃん特製ドーナツだからね。ぐは☆
 ‥‥ほんじゃ、行ってくるよ」

 最後まで早口で出て行っちゃった後ろ姿に、わたしはただ手を振るしかできなかった。


「緊張してたみたい。かおるちゃん」

 思わずこぼれた言葉に、自分でも驚いちゃったわ。あのかおるちゃんが‥‥まさか、ね

 コンコン


 理事長室の扉がノックされる音を、私は理事長席にかけたまま聞いていた。

 チラっ、と時計を見る‥‥あいかわらず、時間に厳しい人ね。

「どうぞ」

 声をかけて、ドアから入ってきた人をみた途端、自分の顔がほころぶのがわかるわ。

「まぁ、お久しぶり。かおるちゃん」

「どうも、来ましたよ」

 ちょっとよれたシャツにジーンズなんてラフな姿だけれど、ピシッ、と伸ばした背中は服に似合ってない。

 洋服じゃあ人間なかなか誤魔化(ごまか)せないものよね。

「待ってたわぁ。さ、こちらに座って。大変だったでしょう? でもこんなこと、かおるちゃんにしか頼めないから‥‥」

 あら?

 ドアの前からゆっくり私の前まで歩いてきたけれど、かおるちゃんは座らないで、そのまま私を見てるわ。なにかしら?

「その前に‥‥理事長じゃなくて、おタカさんに訊きたいんですがね」

 いつもと違って、ちょっと硬い雰囲気ね。視線も真っ直ぐ私の目を見つめてるわ。それじゃ‥‥

「‥‥あいよ。あたしになんの用だい?」

 学食での気持ちに自分を切り替えて声をかけたら、かおるちゃんが大きく息を吸って、ひとこと。


「おタカさんは、信じますかね。別の世界から来た、ってヤツ」

「ふぅ〜‥‥」


 おもわず、おっきなため息ついちゃった。

 やっと、なんとか一息つけたわ。

 かおるちゃんがいなくなってから、もう大変だったんだもん。

 確かにかおるちゃんの言ったとおり、ドーナツは勝手に出来上がってくるけど。それ以上に人がいっぱい、いっぱい、いーっぱい来ちゃって。ひとりじゃ紙ナプキンに包んで渡すのもたいへん。最後はナプキンを自分で取ってもらって、わたしはその上にドーナツ置いて回ったくらいだもん。お店のやることじゃないわ、これ。


 でも、ひとり1コまでだから、とりあえずしばらくは来ないわね。わたしもひと休みしようかな‥‥

「店長が言ってたヘルプって、おまえか?」

 え?

 イスに腰掛けようとしてたところで、車の外からそう言われた。立ち上がってみてみたら、

「あら、男の子?」

 女子校なのに男の子って‥‥あ、さっきかおるちゃんが言ってたのって、この子なんだ。

「うまいのか、これ?」

 そっか、学食でバイトしてるって言ってたっけ。食べ物が気になるんだなぁ。

 それに、

「へぇ‥‥」

「な、なんだよ気持ち悪ぃな。チョコドーナツくれ」

 いま、ちょっと後ろに下がったときの歩き方、ほんの‥‥ほんの少しなんだけど、確かにそうだね。

「それじゃ。はい、これ」

 わたし、ドーナツをそのままナプキンに包んで、男の子に渡したの。だって、

「あれ?オレ、チョコドーナッツって言わなかったっけ?」

「あなたには、なにもかけないのがいいの。とりさん、だもんね

 ぶほっ、って音。噴き出したのね。

「な、と、とりって‥‥えっ!?」

 ふふ。驚かせちゃった。

「んー‥‥わたし、獣医さん目指してるから。それに、動物の声が聞こえるのよ」

 首から下げてるキールンが感じてる。でも、本当にわたしたちと変わらないな。かおるちゃんから聞いてなかったら、疑いもしなかったもの。

「心配しないで。かおるちゃん‥‥ここの店長さんだけど、かおるちゃんならこう言うわ。『ドーナツをおいしそうに食べるヤツに悪いのはいないよ』って」

「‥‥単純」

「うん。すっごく単純。いいでしょ

 とりさんに、にっこり笑ってあげたら、口ぱくぱくしながら黙っちゃった。お水が必要かなぁ。でも、

「ドーナツも、本当はあまりよくないんだけどな。もっとお野菜とか‥‥」

 そう、わたしが言いかけたら、

「だ、大丈夫ですっ! シロップはいつも、ホットケーキがお給料がわりなんですからっ!」

 明るい髪の女の子が、割り込んできた。

「え? う、うらら?なんでここに‥‥」

「今日は学食休みだっていうのに出ていったから‥‥なのにこんなところでっ!」

 男の子の服、ぎゅっとつかんでそんなこと言ってるの見てたら、なんだか見ちゃいけないとこにいる気がしてきちゃうな。

 でも、それなら、

「あのー‥‥」

「なんですか!?」

 にらまないでよぉ‥‥ああ、もう。この子の目は鷹ね。金色の鷹だと思って言わなくちゃ。獣医見習いとしては、ね。うん。

「‥‥ドーナツやホットケーキもいいけど、ちゃんとお野菜も食べさせてあげなきゃダメよ」

「なんで、わたしに言うんですか?」

「違った?」

「‥‥違いません! いこ、シロップ!!」

「お、おい、ちょっと、引っ張るなよ!」

 ふふっ。なんか、かわいいなぁ。

 袖を引っ張って歩いてく女の子を見てたら、ついそう思っちゃう‥‥でも。

「かおるちゃんからは、わたしたちもこんな風に見えてるのかな‥‥?」


 口に出したら、顔がだんだん熱くなってきちゃった。

おタカさんは(・・・・・・)、信じますかね。別の世界から来た、ってヤツ。
 返答次第じゃあ、この封筒は渡せないんですがね」

 真剣な視線が、真っ直ぐ私の瞳を貫いてきてる。

「依頼主を目の前にして、言うもんだねぇ」

「オレは探偵でも興信所でもないんでね。中身は保証付きだけど、渡すかどうかはオレが決めさせてもらうよ。で、どうです?」

 そうだね。かおるちゃんに、隠すこともない、か。

「普通の人が言ったンなら、あたしもバカバカしい話だと思うね。でも‥‥」

「でも?」

「でも、あの子が――小々田先生が言うンなら、本当じゃないかと思うね。笑われるかもしれないけど、あたしゃそう思うよ」

 言い切った自分に、私は心のなかで頷いた。心に嘘はついてないから。

 そしたら、目の前のサングラスの中が、にやっ、と笑って、

「そんじゃ、とりあえずおタカさんに、これ。読み終わったら、理事長に渡しといてよ」

 分厚い封筒が、私の前に差し出された。

 封筒の中身は、十数枚のレポートと、お菓子の箱――『パルミエまんじゅう』とか書いてある。手土産のつもりかね。

 チラっと見上げたら、サングラスのにやにや笑いが強くなってるよ。まぁ、こういう人だからねぇ。

 さて、レポートは、と‥‥『小々田氏とパルミエ王国に関するレポート』かい。

「ってことは、本当なんだね。やっぱり」

 パラっ、とめくると、まずはパルミエ王国の概略。気候、産業‥‥あら、地理がないわ?

「おっと! どこにあるかとかは言えないよ」

 レポートから目を上げると、かおるちゃんの手のひらがそこにあった。‥‥まぁ、いいわ。

 次に書いてあるのは、小々田先生のこと。本名はココで、王国の王子様。とあるトラブルにより、王国民が囚われる事態発生。対応できる存在が日本にいることがわかり、避難を兼ねて来日、ね。その後トラブルの原因をやっつけて、いまは故郷に戻れる状態、と。

「で、その原因をやっつけたのが‥‥」

 ぱっとめくったその先に、文字がないわ。

「あら? ページが真っ白よ?」

「‥‥そいつはね、さすがに記録に残せないんだ。たとえあんたが相手でもね」

 まっすぐ見つめたかおるちゃんの視線がまた、突き刺さってくるみたい。そう、なるほどね。

「‥‥うちの学生が関わってる、だね? かおるちゃんが守ってるのは、いつだって子供なんだから」

「さぁねぇ。それより、それ言わない代わりにひとつ答えますか
 おタカさんのとこでバイトしてる男の子、あの子も似たようなとこから来た子だよ」

 一応、私のことを信じてくれたみたいだね。そうじゃないと、この人は子供のことは言わないから。

「ああ、やっぱりね」

「ん? わかってた?」

 私はしっかり頷いた。なんとなく、普通の子じゃないとは思ってたから。

 でもね。

「さぁ、それで?」

 今度は、私がかおるちゃんの目を視線で突き刺した。‥‥私もあんたを信じてるんだけどね。

「‥‥あーあ、全部お見通しかねぇ。はいはい。
 もうじき中等部卒業の美々野(みみの)くるみちゃん、この子も同じだよ」

 ははぁ‥‥なるほどね。あのへんの子たち、か。

 でも変だね。あのへんでいつも集まってる中のひとりは元生徒会長で、あの子は昔からこの土地の‥‥

「あ、ヘンなこと考えてるね? 外から来たのは、いま言った子たちと、プラスひとりだけだよ。あとはみんな、日本の子」

 あ、あら。表情読まれちゃったわ。まぁ、そうじゃなくちゃこんなこと頼めないものね。

「みんな、いい子だよ。バイトの男の子もさ」

「ああ。あたしのホットケーキ、本当にうまそうに食べてくれたからねぇ‥‥あれは、悪くはなれない子だよ」

 ん? 妙に静かになっちゃったね。どうしたのかしら?

「できたらでいいんだけどさ、今の言葉、覚えといてよ。なにがあってもね」

「あったりまえだろ、あたしゃ、学食のおタカさんだよ!」

 ポンっ、とひとつお腹を叩いたら、かおるちゃんの口元が少し緩んだね。よしよし。

「悪かったよ。あんたぁ、教育のプロだもんな。
 その『プロ』に、ひとつお願いなんだけどね‥‥」

「ほらあれ、ドーナツの屋台。食べに行こ、のぞみ」

 テラスから連れ出したけど、まーだ沈んでる。いったん沈むと回復遅いのねぇ、のぞみは。

「ココさまのことだから、ちゃんと勝算があるのよ。なんたって、わが国自慢の王子様ですから!
 だからさ、ドーナツでも食べて‥‥あれ?」

 ドーナツ屋台の前で、口元にゆび当ててじーっと見ている子。あの髪型は‥‥

「こまち!? なんでいるの?」

 今日は高等部もお休みで、特に来る用事はないはず‥‥なんだけど。

 振り返った姿は間違いなくこまちだわ。あたしたちとドーナツを見比べながら、

「ええ。だって、新しいお菓子が来るって言うんだもの。これは食べなくちゃ。ふふふ」

 なんて。やっぱり研究熱心だわ。さすが『パルミエまんじゅう』考案者ね――って、ちょっと待ってよ。こまちがらみで、聞き捨てならない噂があった気が‥‥あっ!

「聞いたわよ、こまち。ナッツさまについてくとか宣言したんだって?」

「そんな言い方してませんっ!!」

 目の前に、真っ赤な顔が迫ってきたけど‥‥それはYesって言ってるのと同じじゃないかな。

 自分でも、顔がにやにやしてるなぁ、と思ったら、こまちがぷいっ、て横向いて、

「そうじゃなくて‥‥ ナッツさんがね、文学ならパルミエ王国の図書館にいいのが揃ってるから、機会があれば行ってみるといいよ、って。それで‥‥」

 はぁ。その光景が眼に浮かぶわ。ナッツさまもすてきだけど素直じゃないから、またぶっきらぼうな声で言ったんだろうなぁ‥‥でも。

「だったら、パルミエ王国に住めばいいじゃない。こまちならみんな歓迎するわよ」

「‥‥あたしは?」

 は?

 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。聞こえてきた声があたしのとなりから、っていうのに気づいたのは、数秒たってから。

「のぞみ?」

「あたしは、歓迎されないかな?」

「その『プロ』に、ひとつお願いなんだけどね‥‥子供たちに旅させるってのは、ダメかねぇ?」

「子供‥‥うちの学生()?」

「そう。ダメかい」

 変なこと言い出すわね。でも‥‥

「あっちの国の人と離れがたいってこともあるらしいんだけどねぇ‥‥あっちで真面目に勉強したいってのも本気らしいんだよね」

 さっきよりは柔らかいけど、やっぱり突き刺すような視線だね。

「あたしゃ教育者だからね。ただ行かせるのには反対だね」

 言いながら、私は考えてた。

 ふ〜むむむ‥‥普通なら、できるわけないんだけどねぇ。でも、かおるちゃんが言うのなら‥‥

 ん? だったら、いっそ!

「‥‥交換留学、なんてどうかね?」

「交換留学?」

「そう。こっちにも向こうの子供が来てるんだろ? なら、その子と交換。相手がいるんじゃあ、自分の勝手でサボりにくいしね。どう?」

 あはは。心の中で、おタカさんの自分が理事長の自分と言い争ってるよ。ずいぶんと久しぶりだねぇ。

 だけど、

「あきれたもんだねぇ、正式に留学かい? う〜ん‥‥まぁ、その方がこっちも細工しやすいかな」

「あらあら。顔が悪くなってるよ」

「あいにく、生れつきでね。げは★」

 うん。かおるちゃんのにこやかな顔で、理事長の自分も納得したわ。この人が『細工』してくれるなら、きっと大丈夫。

「ん〜、だけど希望者がふたりいるんだよねぇ。交換じゃあ数が合わないけど‥‥」

「うちのシロタも、留学ってことにすればいいよ。それなら2対2だろ?」

 一瞬、あたりが静かになったわ。

 ふふ。かおるちゃんのびっくりした顔なんて、いつ以来かしらね。

「こりゃまた、たまげた。女子校に男の子を入れるつもりかい?」

「もう入ってるじゃないか。学食で、毎日うちの女子学生()たちと触れ合ってるんだからねぇ。それに、1年以上見てて性質もわからないようじゃ、教育者失格だよ」

 またひとつお腹をポンっ、と叩いたら、かおるちゃんは頭を下げちゃった。


「へぃへぃ。オレみたいなオジサンが心配することじゃないやね。わかりました。ぐは♪」

「あたしは、歓迎されないかな?」

 のぞみの言葉を頭が理解するまで、しばらくかかった。けど‥‥!

「ちょっと待ってよ。あんたも行きたいって?
 ‥‥いい、こまちはいいのよ。かれんほどじゃないにしても頭はすっごくいいんだし、ちょっとくらい休学したって平気だもの。でもあんた、1ヶ月でもいなくなってみなさい。もう谷底まで成績落ちるわよ!?」

「そんなことないわ!」

 え? いまの、こまち?

「のぞみさんは、誰よりしっかりしてるわ。本気で行くつもりなら、帰ってきても1点だって成績落とすわけない!」

 こまちが真面目な顔でそう言うのを、あたしはため息こらえながら聞いてた。――そんなの、わかってる、ってば。

「ココに聞いたんだよ。いま教師をやっていられるのは、パルミエ王国で子供たちに教えていたことがあったからだ、って。種族の違う子がいっぱいだから、ずいぶん鍛えられた、って。だから‥‥!」

 こまちの前に、大きなのぞみの顔が割り込んで‥‥はぁ、なに言ってんだか。許可をするのは、あたしじゃないってのにさ。

 でも‥‥真剣にあたしに説明する姿を見ていて、ふっ、と思ったのよ。


 ああ、あたしがのぞみ(この子)をお世話する日がくるのかもしれないな‥‥って。


「はいはい、わかったわかった。あたしからも、ココさまに頼んでみるわ」

 でも。

「そのかわり、ココさまはあたしとこっちに残ってもらうわよ。いい?」

「えーっ!?」


 まだまだ、そんな気はありませんからね!

「あんまね、騒ぎにしたくないんだわ。今はさ」

 私が封筒を返したとき、かおるちゃんがそう言ったわ。

「その国と付き合いがあるのは、この学校だけ。そんならオレでもなんとかできるからさ」

 両方の肩を自分で叩いて、首をコキコキ言わせながら。

「今はそれでもいいかもね。でも‥‥」

「でも?」

「でもさ、あの子たちがおとなになって、自由に行き来するようになったら、それじゃ済まないんじゃないかねぇ」

 交換留学が、その道を開いちまうのかもしれない‥‥ちょっとだけ、理事長の自分が説得しに出てきちゃってるみたいだよ。

「そんときはまた、汗かけばいいでしょ。今度は、おとなになった子供たちにも協力してもらってね」

「なるほどね。‥‥よし!」

 私は立ち上がって、まっすぐサングラスの顔を見た。

「かおるちゃん、これからその子たち、呼んでくれないかい? あたしから話すよ。できるだけ、大人らしくね」

「子供の心を持った大人らしく、かね。ぐは♪
 ‥‥さてと。古いおじさんは退散するよ。もうすぐ若いのが来ちゃうからね、んじゃ」

 あらあら、ちゃんと時計見ながら話してたのね。几帳面なんだから。


 パタン、と閉じた扉から、すぐにコンコン、とノックの音が響いてきたわ。

「小々田先生ね。入って」

 開いた扉からは、半分後ろを振り返りながらの若い先生。

「理事長先生、今の方は‥‥?」

 いつも通り、ピシッとスーツを着てるのに、不思議そうに扉の方を見ているのが、妙に可笑(おか)しいわ。

 それじゃ、おタカさんから理事長に戻りましょうか。


「ドーナツ屋さんよ。私の古い友だちなの。――さて、それじゃ先日の続きを始めましょうか‥‥」

「ん〜‥‥」

 思わず、変な声が出ちゃった。


 屋台の前まで来ただけで、ドーナツのメニューをじーっと見てる女の子がいてさ、何も頼まないなんてへんな子だなぁ、って思ってたら、あとからふたりやってきて、屋台のまえで言い争ってるんだもん。

 お客さんは来てないから、別にいいんだけど‥‥わたしはドーナツをナプキンで包んで手に持ったまま。どうしようかな、これ。

「よ、お揃いだね、お嬢ちゃんたち」

 わたしが考えてたら、女の子たちの後ろから声が聞こえてきた。

「だ、だれ?」

 3人とも、びっくりしてるな。ふふ。思ったとおりね。

「かおるちゃーん、遅いよぉ。もう、こっちは大変だったんだからっ!」

「悪い悪い‥‥ってことでドーナツ屋の店長だけどね、理事長先生から伝言。夢野のぞみ嬢ちゃん、理事長が呼んでるよ」

「へ!?」

 3人がぽかん、としてるのを、わたしもぽかん、と見てた。

 だって、

「ちょ、ちょっとのぞみ、なにやったのあんた!」

「いや‥‥ぜんっぜん」

「ああ、ひとりじゃないんだ、美々野くるみ嬢ちゃんに秋元こまち嬢ちゃん。お嬢ちゃんたちも呼ばれてたから、一緒に行ってやってよ」

 首をかしげながら、女の子たちが走っていくのを、わたしはまだぽかん、と見てた。

 だって、だって、

「さて、と。それじゃ、お仕事再開しよっかね」

 だって、だって、だって!

「かおるちゃん! なんであの子たちの名前知ってるの!?」

 わたしが思わずどなっちゃったけど、かおるちゃんはにこっと笑って、

「行きに言った、男の子たちがらみだよ。オレにできることはやったから‥‥あとは、あの子たち次第かな」

「ふう、ん‥‥?」

 動物の感じはしなかったけど‥‥でも、かおるちゃんは笑った口でじっとわたしを見てる。これ以上は言わない気、みたい。

「さぁさ、そんなことよりお仕事しなくちゃ。ほら、列ができちゃってるから、とりあえずジュースでも配っててよ」

 え? ‥‥あ、本当だ。店長が戻ってくるの、みんな待ってたんだ。さっすが、かおるちゃんドーナツ。

 よぉし、それじゃ!

「わたし、がんばっちゃうよ!」

「き、緊張するね」


 理事長室の前まで来たけど、そこで3人とも固まっちゃった。怖い人じゃないけど、ココのこともあるし‥‥

「ぐ、ぐずぐずしててもしょうがないわ、のぞみ。行くわよ!」

 くるみがそう言って、一歩前に出た。足がちょっと震えてるけど、やっぱり頼もしいな。

 よぉっし!


 ゴン、ゴン


 叩きすぎのノックに、笑い混じりの声が帰ってきた。

 ふたりに目配せして、ゆっくり扉を開けたら‥‥あれ?

「ココ‥‥っと、違った。小々田先生?」

 今日はじめて会うココの顔。でも、ここ数日とちがうよ。なんか、すっきりした顔で‥‥

「もうこの部屋でも、ココでいいよ(・・・・・・)

 え!?

 となりで、理事長先生も笑ってる――おタカさんの顔で。

 それじゃ!


「さぁ、みなさん、聞かせてもらいますよ。素直な希望を、ね」

「お皿、しまった?」

「うん。全部固定したよ」

 ドーナツ生地が全部なくなったのは、もう夕方近く。いっぱいお客さん来てくれたな。みんな喜んで食べてくれて‥‥かおるちゃんがドーナツ屋さんやってるの、ちょっとわかる気がするな。

「よぉし、そんじゃ助手席乗って。あとはやるから、オレ」

 ぱたん、と閉めた扉の先に、女の子たちが歩いてるのが見えた。

「あれ? あの子たしか、かおるちゃんが伝言つたえてた子、だよね?」

 窓ガラスを開けて、様子を見てみたら、声も聞こえてきたわ。

 ゆっくり車に近づいてて、小さい声まで聞こえてるっていうのに、気にしてないみたい。

「ご両親、説得できる、のぞみさん?」

 少し背の高い、制服の違う女の子がそう言うと、

「‥‥うん。多分」

 子犬の耳みたいな髪の子が、そう答えてた。ちょっと沈んでるけど、さっきより軽い感じね。

「いっしょに行きましょ。その方がいいわ」

「かれんだったら説得力あるんだけどなぁ。こまちじゃ‥‥っ! いたたたたたたたっっ!!」

「くるみ! ‥‥もう。ありがと、こまちさん」

 子犬髪の子がとなりの子のほっぺたを引っ張ったと思ったら、みんなで笑ってる。仲いいなぁ、ふふ。

「ふぅ。それじゃあとは‥‥どーやってシロップを巻き込むか、だよねぇ」

「あ、それあたしやるわ」

「くるみ?」

「事情はココさまが話して下さるみたいだし、あとは、ん〜‥‥やっぱり味方がいるわね。
 あ。おーい、うららーっ!」


 手を振ってる向こう側から、さっきとりさんと一緒にいた、明るい髪の女の子が走ってきた‥‥と、思ったら、その姿がゆっくり遠くなっていく。

 車が、バックし始めたんだわ。

「あとは、あの子たちにまかせよっかね。はは、やっぱ自分の領分の外に手ぇ出すと疲れるねぇ」

 笑いながら首を鳴らしてるかおるちゃんが、大きく息をはいて、

「でも、ま、これでこっちはおしまい。あとは‥‥」

「え!?」

 顔をあげて見てみたけど、かおるちゃんは平気な顔で運転中。あれ?


 わたしの、気のせいかな? ――いま、わたしたちの名前が聞こえた気がしたんだけど‥‥

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