あみめつないで

 そらが澄んでいる。

 上げた目に映るのは、ただただ青くて広いそら。

 手に硬い毛の感じをたしかめながら、わたしはそらを見上げていた。

 ときどき手の上がざらざらと動いて、甘えた声が聞こえてくる。目を降ろしてのどを軽くなでてあげると、気持ちよさそうに目をつむった頬が手に乗っかって、そのまま動かなくなる。

 セーターの編み目を抜ける冷たい風が、縁側の脇にある柚子(ゆず)の木を揺らしていく中、手の上のぬくもりで温まりながら、わたしはまたそらを見上げた。

 どこまでも青いそら。その中にふたつ、棒がはえてきた。

「ほのか。はい、編み棒」

 首だけ振り返ると、おばあちゃまが立っている。いつもどおり、にこにこ笑いながら。

「ありがとう、おばあちゃま」

 忠太郎の頭が乗った右手を動かさないように体をひねろうとしたわたしを、おばあちゃまの手が止めた。

 しゃがみこんで、わたしの左手に編み棒を置きながら、

「はいはい。ええと‥‥本当に、毛糸はいらないのですね?」

「え、ええ」

 答えたとたん、おばあちゃまの目ががすぅっ、と開いて、わたしのそばにある黒い布を見つめて‥‥すぐまた、いつもの顔に戻った。

「そうかい、そうかい。それじゃ、もうすぐお夕飯ですからね」

 忠太郎の頭に軽く手を置いて、おばあちゃまは立ち上がった。

 そのまま、台所の方に歩いていく後姿を見ていたら、突然足がぴたっ、と止まって、

「がんばりなさいね」

 ちらっ、と見えた目が、楽しそうに微笑んでた。

 わたしは思わず息をはいて、またそらを見上げた。自然に、顔がほころんでくるわ。

「あぁ、かなわないな。やっぱり」

 手の上にいたはずの忠太郎の頭、いつの間にかわたしの肩に乗っていた。

「ふぁ‥‥ぁ」

 思いっきり伸ばした両手をぱっと縮めて、あたりを見た。駅からの通学路は、右も左も学生でいっぱいだけど、誰も気にしてない。ふぅ。

 ああ、大あくびしちゃったよ。月曜の朝って、眠いんだよねぇ。あ、ほら、ちょいと先にも、口に手あてて伸びてる子がいるよ。これなら、誰も気にしないはずだよね‥‥って、あれ?

「ええと‥‥ほのか?」

 背中から近づいて、そぉっと声かけたら、ひろいおデコが振り向いた。

「あ、なぎさ。おはよう」

 ほんとにほのかだ‥‥いや、あたしが間違えるわけないけどさ。でも、

「珍しいね。ほのかが大あくびなんて‥‥なんか、あったの?」

「ん〜‥‥」

 あれれ? すぐ『別に』とか返ってくるかと思ったのに、考え込んでるよ。なんか変だな。いや、あくびだけじゃなくて、なんとなくいつもと違う‥‥?

 あたしはほのかの耳元に口を寄せて、こっそり聞いてみた。

「まさか、変身しなきゃだめなこと?」

「あ、ううん。そういうのじゃないから」

 勢いよく首振ったほのかの目、あたしはじっと覗き込んだ。

 そういうんじゃない‥‥じゃ、どういうのよ?

「らぶらぶらぶ〜?」

 へ?

 すぐ近くで別の声。ふたりしてそっち見たら、そばに志穂の顔があった。

「月曜の朝っぱらからな〜に見つめ合ってんの。そーゆーのは夜にしなさいって♪」

 その後ろから莉奈の声。そのとたん、ほのかがにっこり笑って、

「ふふふ。うらやましい?」

 うぁ、ふたりともぽかーん、としてるよ。ほのかも言うようになったなぁ。

 ほのかったら、そのまんま急ぎ足で学校行っちゃった。ふたりのフォローはあたしまかせか。ま、いいけどさ。

 あたしは、だんだん小さくなるほのかを目の端で見ながら、志穂たちの方に振りかえ‥‥ろうとして、あれっと思った。

 ほのかのカバン、妙にふくらんでる。棒も飛び出してるし。

「ま〜た、なんか始めたのかな‥‥うぁっ!?」

 いきなり顔が上向いて、目の前が青空になった。

「なになになぁに? いまのな〜にぃ〜?」

「ちょぉっと、説明してくれる、な・ぎ・さ?」

 うあぁ! ふたりしてその顔、ちょっと、マジっぽいんだけど‥‥って!

「あたしは知らないってばぁ〜っ!!」

「起立〜つ、礼!」

 日直のかけ声の中、あたしは横向きながら頭下げて、そのまま席についた。

「ねぇねぇねぇ‥‥な〜ぎさってば」

 横から志穂の声がする。ふーんだ。もう授業中だもんね。

 まったく。あれから学校につくまで、ふたりしてずーっとお腹の脇つついてくるんだもんなぁ。おかげで筋肉ひきつるわ、変な大笑いの顔をそこらにさらすわ‥‥

 ため息ついたあたしの目に、ほのかの席が映った。だいたい、おおもとはほのかなんだよね。思わせぶりなことするから‥‥あれ?

「そんなむくれないでよ。もう」

 莉奈がひそひそ声で、勝手なこと言ってる。その原因は誰だっつー‥‥いやいや。莉奈よりほのかだよ。ほのか、手が机の上に出てないのに、肩が動いてる。手はどこよ?‥‥あぁ、朝みた棒――編み棒だ。机の下で、ぴょこぴょこ動いてる。

 ほのかが内職ねぇ。珍しいこともあるもんだわ。まぁ、内職もできないあたしには言われたくないだろうけど。

 3日前の家庭科、マフラーがちゃんと編めなくって、結局投げちゃったもんなぁ。ほのかにグチこぼしたら、黙って回収されちゃうし‥‥はぁ。

 それにしても、ほのか、大丈夫かな? 慣れないことすると、かえって目立つんだけど‥‥あ、ヤバ! よし美先生がほのかの方に歩いてきてる!?

「なぎさ〜、ほーら、羽ペンだよー」

 横向いたあたしの首すじに、ふわふわしたものがさわってきた。‥‥こ・い・つ・ら・はぁ〜っっ!

「いーかげんにしなってばっ!!」

 その瞬間、空気が凍った。なんの音もしないよ。こわいくらい。

 そぉっと前を見たら、目が合った。教室の真ん中、よし美先生の、まんまるな目。

「え、えぇっと‥‥美墨さん? あの‥‥」

 ほのかから目ぇ放した。だったら、よぉし!

「はいっ! 美墨なぎさ、廊下に立ちますっ!」

 あたしはノートをちっちゃく破ってちょっとメモしてから、そのまま外に飛び出した。途中でバケツ拾うふりしながら、メモを目的地へひょいっ、と。

 最後にチラッと見えたけど、よし美先生まだぽけっ、としてたよ。よしよし、こういうときは、逃げるが勝ちってね。

 教室のとびらをぴしゃっ、と閉めて、あたしは柱によっかかった。

 1時限立ちっぱなしかぁ。まぁ、足腰のトレーニングと思えば、どうってことは‥‥あ、ひゅーっと、細くて鋭い風の音‥‥

 うっひぃ〜っ! さ、寒いっっ!!

 な、なんで学校がこんなに‥‥って、まどが開いてるうっ!?

 あー、もうしょうがないなぁ。閉めてこようっと‥‥

「美墨さん! 罰なんだから、動いちゃダメよ?」

 足を一歩前に出したとたん、教室の中からよし美先生の声が飛んできた。それも、なんだか笑うのこらえてるっぽい声。曇りガラスだっていうのに、よく見えるなぁ。
 う〜。もう、その場モモ上げで暖まるくらいしかないかぁ。

「あ〜あ、早まったかなぁ?」

「あたりまえ、です」

 !?

 あたしは、思わずその場で飛び跳ねちゃった。いきなり声が‥‥って、え?えぇっ!?

「なんで、ほのかが‥‥むぐっ!?」

 あたしの口に手がはりついて、小さく『しーっ』って声。あたしは手をはがして、

「なんでほのかまで来るのよ? これじゃ、意味ないじゃない」

 ほのかに近寄って小声で言ったら、あたしの右手が軽くなった。バケツの重さ確かめるみたいになんどか上げ下ろししてる。もう、なにやってんのよ、まったくっ!

「ほのか!?」

 言った瞬間、ほのかがあたしを見上げて、ため息ついた。なんだろ、って思ってたら、

「なぎさはわたしの何よ?」

 教室がいきなり騒がしくなって、ビクッとしちゃう。聞こえてないよね? まったく、ひとに『しーっ』なんてしといて、自分の方が声大きいんだもんなぁ。

 教室の方ちらちら見てる間も、ほのかの視線が痛いよ。あたしの目、まっすぐじーっと見つめてる。なにって、そりゃもちろん‥‥だけど、ねぇ?

「ほのか、いったい‥‥」

「いいから答えて!」

 小さいなのに、すっごく怖い声だよ。ええと‥‥しかたないなぁ。

「と、友だちだよ。もちろん」

 あぁもう。顔が熱くなっちゃうじゃない。こーいうことって、本人に言うの恥ずかしいんだってば。

 あれ? 目の前に紙が出てきた。走り書きのある、ノートの切れはし。

「その『友だち』に、こんなメモ残して廊下に立たれて。なぎさだったら平気でいられる?」

 目の前でゆれてるのは、あたしの文字。『よし美先生見てる! しまって!』って。そんなの、ラッキーくらいに思えば‥‥あ。
 あたしは思わず頭かかえた。そうだ。相手はほのかなんだった。

「わかった? それじゃ‥‥えいっ

 うわっ、な、なに? いきなりおなかに抱きついてきた!?

「ちょ、ちょっとほのか?」

「変な遠慮したバツよ。協力してね‥‥ん。こんなもの、かな?」

 腰から胸の下あたり、なんども抱きついちゃメモとってる。なにか測ってんのかなぁ? それにしても‥‥な、なんだかまた、背中の方がうるさくなった気がするよ。気のせい‥‥だよね?

「な、なにやってんの?」

「ん? ないしょ。 あん、このへんも、ね♪」

 うひゃ! こんどは胸に抱きついてきた。あぁ、なにかわかんないけど、早く終わらせてくんないかなぁ‥‥また背中できゃあきゃあ言ってるような気がするし。

「それじゃ最後ね。んー

 そう言いながら、またじぃっ、とあたしの目をみつめてる。手が首に巻きついて、顔がゆっくり近寄ってきて‥‥って、わーっ!! ちょっと、なに?なによっ!?

「こぉらっ! 廊下でなに不純同性交友‥‥あ、あら?」

 目の前がほのかの顔でいっぱいになった瞬間、よし美先生の大きな声が飛んできた。教室のとびらが開く音が聞こえないくらいの大声、だったんだけど――あら、って?

「えぇと‥‥あの、雪城さん?」

 そういえば、目の前だったはずなのに。って横向いたら、バケツ持ったままのほのか、だまって首かしげてるよ。

「もう、罰なんですからね。暴れちゃダメよ‥‥ちぇ」

 い、いま先生『ちぇっ』って言った?『ちぇっ』って!?

 ぶつぶつ言いながら教室に入ってく先生見てたら、勝手にため息でちゃった。このクラスも、なんだかなぁ‥‥ん? なに、この手。

「やっぱり、みんなの期待には応えるべきよね

 白くて細い手が、またゆっくり首に巻きついてく。もう、どーでもいいや、って思った目の端に、教室の曇りガラスが映った。あたしたちの姿、影だけ見たら――ちょっと、いまほのかなんて言った!?


「そんなの、応えなくていぃのっっ!!」

「ユリコせんぱーい、スイッチ入れてくださーい」

 声に手だけで応えて、柱についてるリモコン操作すると、白衣のすそが風にゆれた。

 風のモトは、理科室の古いエアコン。吹き出し口から出てくる風は、あったかいんだか涼しいんだか、ちょっと微妙な感じ。

 放課後になっても寒いまんまの理科室だけど、暖房に関しちゃ火気厳禁なんだよねぇ。でも白衣の下にコート着込む子までいる、ってのはちょっと。来年こそは、エアコン新しくしてもらわなきゃ。

 アテはあるんだよねー。わたしのすぐそばに。

 長くてきれいな髪に、ひろいおデコ。化学部自慢のほのかが『必要だ』って言ってくれれば、大抵の備品は二つ返事で買ってもらえるもんね。

 ‥‥問題は、それをどうやって言わせるか。そこは、わたしの腕の見せどころ、かな?


 みんなの机のアルコールランプの火の上で、ザラメと水の入った蒸発皿から湯気がのぼってる。3学期は期間が短いから、かる〜い実験が多くて都合がいいわ。

 わたしはちょこちょこ、っとほのかのそばに寄った。なんだか眠そうな顔してるなぁ。運動部がオフシーズンだからって、美墨さんと遊びまくってる、なんてうわさもあったりするんだよね。ま、化学部の中じゃ、わたしが蹴散らしてるけどさ。

 さて、右手に電池式のミニ扇風機持って、もちょっと近づこう。足元から冷風浴びせてあげれば、ほのかもその気になるでしょ‥‥あれ?

 ほのかの前の蒸発皿が、なんかヘンだ。アルコールランプの上で、湯気立ててるのはみんなと同じなんだけど‥‥それだけみたい。これって、ただの、お湯??

「ちょっと、ほの‥‥」

 声かけようとして、わたしは気付いちゃった。なーるほど、ね。

「ほのか。ちょっと、なーにやってんの?」

「え?」

 叱られた犬みたいな顔したって、だーめ。

「とぼけない。机の下から手ぇー出して!」

 化学部のみんなの目が、わたしとほのかに集まってる。その中で、ゆっくり出てきた手にあったのは、予想通りのものだった。

 毛糸でできた、編みかけの布みたいなものに、編み棒が2本。

「実験中にほかの事やると危険だ、っていつも言ってるの、ほのかだよね?」

「あ、えっ、と‥‥」

 わたしが硬い声で言うと、ほのかの目が泳いだ。まわりのみんなが、息を飲んでる‥‥ヤバい、かな? うん、そうだね。

 わたしは毛糸持ったほのかを立たせて、背中を押しながら理科室のとびらまで連れてった。そこで音がするくらい大きく息を吸って、

「編みあがるまで、とびらからこっちに入ってくんじゃないっ! 出てけーっっ!!」

 思いっきりの声を吐き出すと同時に、声の勢いのまんまとびらを閉めてやった。

 上履きの足音が遠ざかっていく。あとには、しーんとした理科室と、ザラメがとけて煮詰まってく音がするだけ。あ〜あ、新しいエアコンが遠くなっちゃったな。でも‥‥

 ひとつ息ついてから振り向いたわたしの目を、みんながじぃっと見つめてる。そのまま、自分の実験机に戻ろうとするわたしに、声がかかった。

「ちょ、ちょっとちょっと、ユリコ! いくらなんでも、今の言い方って‥‥え?」

 あたしがおもわず吹き出しちゃったんで、言いかけた子があっけにとられてた。その子の肩、ぽんぽん、って叩きながら、

「ほのかってば、化学部(ここ)気にしすぎなんだもん。あーでも言わなきゃ、ずっと内職しっぱなしだよ?」

 にやーっ、て笑い浮かべてまわり見回したら、みんながほっとした顔になった。うん、大丈夫。

「なんの編み物か知らないけどさ、たまには部活忘れて、趣味に集中してもらおうよ。
 さ、わかったら実験の続き。重そう溶液の濃度と、煮たザラメの温度、ちゃんと記録してね」

 はーい、っていう声が響く中、わたしは昼休みに聞いた話を思い出してた。

 今日の1時限目。ほのかが廊下まで美墨さん追いかけて、あっちこっち抱きついてたって。桜組の子がきゃあきゃあ言いながら話してたっけ。
 朝っぱらからあのふたりは‥‥なんて言ってたけど、理由もないのにそんな色ボケなマネするわけないじゃない。ほのかなんだから、さ。

「ま、化学部(こっち)はうるさい小姑がやったげるから、がんばんなさい、ってね」

 ははは。ため息ついでにぽそっ、と口に出ちゃった。さぁて、それじゃわたしもザラメを煮とかして‥‥って、あれ? みんながわたし見てる?

「報われない愛、ですか? ユリコ先輩

 近くにいた一年生に言われて、わたしは実験机にへたりこんだ。もう、みんなしてそんなキラキラした目で‥‥

「あぁ、化学部(うち)も色ボケの集団かぁ‥‥」

 ふぅ、さっむいなあ。せっかくラクロスであったまった体なのに、だんだん冷えてくのがわかる、っていうか。

 学校からの帰り道。ときどき吹いてくる冷たい風には、コートなんて役に立たないよ。

 やっぱ、芯まであったまってないのかな? 冬ど真ん中のこの季節、部活はほとんど体力づくりだけ。3年の先輩がいなくなって、だらけない程度に活動してる、って感じだもんね。まぁ、寒い中でキツくすると体こわしちゃうから、欲張っちゃいけないけどさ。

「で、どこ寄る? やっぱ、あかね先輩のとこ?」

 となりから聞こえてくるのは莉奈の声。学校帰りが化学部より早くなったんで、最近は莉奈たちと帰ることの方が多いな。それにしても‥‥

「でもでもでも、たまには他のとこも行きたいなぁ。なぎさは?」

 なーんか、朝からヘンなんだよねぇ。1時限目にペタペタされたと思ったら、次の時間からはあたしの方なんか見もしないで編み続けてるし。

「ん? なぎさ?」

 帰りがけに理科室覗いたけど、実験中なのに姿が見えなかったし。なーにやってんだろ、まったく。

「「な・ぎ・さ!?」」

 う、うわぁっ!

 あたしは思わず飛びのいちゃったよ。い、いきなりふたりして顔ドアップにしてるんだから!

「な、なによ、いったい!?」

「『なによ』じゃないでしょ? なーにぼ〜っとしてるんだか」

 あ、ふたりの目がなんかヤバい。えーと、えーと‥‥

「そ、それより、さっきどこ寄るかとか言ってなかった? あたしねぇ、古着屋行きたいんだけど‥‥」

 両手バタバタやってたら、莉奈たちの目がきょとん、となった。

「寄るのはいいんだけどさぁ‥‥」

「そうそうそう。買うのは、もらってからにしたほうがいんじゃない?」

 ふたりの顔、ニヤニヤしてるよ。

「‥‥やっぱ、そう思う?」

 そうなんだよね。編み棒もって内職してて、なんでもないのにあっちこっち抱きついて、なんか測ってるんだもん。あたしだって、そうかな、って思ったりもしたんだよ。

 でも、それもなんか変だ。誕生日みたいな特別な日なんかしばらくないし。いきなり‥‥ねぇ?

「ねぇねぇねぇ、なぎさ、さっき理科室覗いてたでしょ?」

 うわっ! 志穂が目の前来てるよ。あぁ、またぼ〜っとしちゃったか‥‥で、なに? 理科室??

「なぎさが理科室の中じ〜っと見回してる間に、あたしたちはちゃーんと化学部の子にインタビューしてきたのでしたー♪」

「そうそうそう。ほのかちゃん、追い出したって言ってたよ。編み物するなら家でやれ〜っ!って」

 ふたりして、またあたしにせまってきてる。な〜んか、楽しそうだなぁ。

 そっか。ほのか、化学部でも編み物してたんだ。‥‥やっぱり、変だよ。そうまでしないといけない編み物をあたしに、なんて。
 そう、単にあたしとサイズが同じ子がいて、その子にあげるとかじゃないのかな? あたしならぺたぺたさわっても大丈夫だけど、そんなことできないくらい大切な子だとか‥‥

 だめだ。あたし、そんなこと信じてない。信じらんない。

「あたしって‥‥もしかして、うぬぼれすぎ、なのかな?」

 あ、息が勝手にため息になっちゃった。目もなんだか、ふたりと合わせらんないよ。
 あたしが一番、なんて、なんで考えちゃうんだろ。これじゃ、まるっきり子供じゃない。なんの証拠もないのに‥‥あれ? ほっぺたが痛い?

「そーいうことをこの口で言ってる? うりゃ!」

 莉奈の手が、あたしのほっぺた両方ともつまんで、つまんで‥‥

「いはははは、いはい、いはいっへ!」

 思いっきり首ふってなんとか逃げた瞬間、右腕が重くなった。そぉっとその先見ようとしたら、ぐいっと引っ張られて、そのまま引きずられちゃう。

「はいはいはーい、それじゃ、うぬぼれかどうか確認しましょー。今すぐ、ほのかちゃん()に直行〜!!」

 公園に行く道から外れて、駅の方にぐいぐいって‥‥志穂ぉ、こんな力あんなら試合で使ってよぉ〜。

 チャイムの音が、広い庭にちっちゃく響いてる。

 あ〜あ、志穂たちにけしかけられて、とうとうほのかン家まで来ちゃったよ。ふたりとも帰っちゃったけど、ここであたしも帰ったら、明日なにされるかわかんないもんなぁ。

 でも‥‥いったい、なんて聞けばいいんだろ?
 『その編み物って、あたしのなんでしょ』とか? ‥‥う〜っっ、ありえな〜いっっ!! どこのキザ野郎よ、それ!

「はいはい、いま開けますよ」

 少し低めで澄んだ声が聞こえてきたと思ったら、そのうちすぅっと、音もしないで玄関の戸が開いた。出てきたのは‥‥ああ、ほのかのおばあちゃんだ。ふぅ。なんかちょっとだけほっとするな。

「あぁ、やっぱりなぎささんね。ほのかはいま、忠太郎を散歩に連れていってますよ。もうじき帰ってくるから、上がって待っていてくださいね」

 いつ見ても、にこにこしてるなぁ、このおばあちゃんって。
 あたしはありがとうございます、って言って靴を脱ぎ始めた。そしたら、

「そうそう、なぎささん。学校で、ほのかはずっと編み物していませんか?」

「えぇっ? な、なんでわかるんで‥‥ツッ!?」

 脱ぎかけの靴のかかと思いっきり踏んじゃって、あたしは痛くて思わず飛び跳ねそうになった。なんとか我慢して頭上げたけど、おばあちゃんは相変わらず、にこにこしたまんま、

「あの編み物、何の毛糸で作っているか、わかりました?」

 あたしは右足うかせてさすりながら、首を横に振った。痛くって声が出ないよ‥‥そういえば、そんなとこ見てなかったな。いやまぁ、毛糸の種類なんて、あたしにはわかんないけどさ。

「あれはね、実は、ほのかのセーターなの。
 誰かにもらった、って言ってたわね。とっても気に入ってたみたいだけれど、それをほどいて、編みなおしているんですよ」

 あたし、動きがとまっちゃった。古いもの?? ‥‥ってことは、ええと、え??

「それは‥‥なんで??」

 ほのかのおばあちゃん、また、ほほほ、って、おかしそうに笑いながら、

「それは、ほのかに聞いてちょうだいね」

 柔らかい声で言い残して、そのまますべるみたいに歩いてく姿をぼーっと追いながら、あたしは玄関に立ってた。

 いつの間にか降ろしてた右足のかかとがまた痛くなるまで、しばらくかかった。

「ただいまぁ。きゃ!」

 背中の戸が開く音がしたと思ったら、なにかがぶつかってきた。振り返った先で、白いセーター着た女の子が鼻を押さえてる。

「いたた――ごめんなさい、ちょっと気を取られてて‥‥あら? なぎさ!?」

 そっかぁ。忠太郎の散歩から帰ってきたんだぁ。

「あぁ。ほのか、おかえり」

 あたしはなんかぼーっとしてた。あたまン中、セーターと毛糸玉がくるくる回ってる。

「おかえり、じゃないわよ。来るのなら来るって言ってくれれば‥‥あ」

 そうだよね。いきなり押しかけたりして、あたしもなにを‥‥って、ちょっと待ったっ!

「ほぉ〜のかぁ〜っ!」

「そ、そうね。今日は、話す時間なかったものね」

 両手であたし押さえながら苦笑いしてる顔見たら、ちょっとほっとした。あぁ、今朝からのヘンな感じじゃない。いつものほのかだ。

 あたしがふぅ、って息ついたら、ほのかがちっちゃく『ごめんね』って言った。もう、それだけでみんな許せちゃう。単純だなぁ、あたしって。

「ちょうどよかったわ。これから、届けに行こうと思ってたの。ちょっと待ってね」

 肩からかけてた布のバッグに手を入れて、するするっと出してきたもの‥‥ええと‥‥??

「ふふ。見覚えはなぁい?」

 クリーム色の、マフラー、だよね? 見覚えって言われても‥‥あれ? よく見ると端っこだけちがう布だな。黒っぽくて硬い、板みたいな‥‥って、あぁぁっ!!

「わかった? この端の部分、なぎさのマフラーよ」

 そうだ、こないだの家庭科の実習で、あたしが途中で投げ出したヤツ。ほのかが持っていったんだっけ。でも、こうやって見ると‥‥

「どう? 似合ってない?」

 やわらかいクリーム色の部分と、黒っぽくて硬い部分。ホント、ぴったりだ。ちょっとだけでも、あたしが編んだなんて、信じられないくらい。

 何度もうなずいてたら、くすくす笑う声が聞こえた。

「なぎさの編み物、丁寧すぎるの。そのうえ力いっぱいやるから、編み目が詰まっちゃうだけ。編み物ができないわけじゃないよ。
 ‥‥それじゃ、胸を張って渡しに行きましょうか」

 ‥‥へ?

 上げた顔の前で、ほのかがにっこり笑ってる。

「あれぇ? 覚えてないの? 『編み物できるなら、好きな人にアタックだって、すぐできるのになぁ』って言ったの、なぎさよ?」

 いぃっ!? あ、でも待てよ。そういえば、編み物投げ出したとき、冗談半分でそんなこと言っちゃったかも。絶対、ありえないから‥‥

 ちろっ、とほのかの目を見たけど、目だけ笑ってない。ちょっと、これ、本気だよぉ。どうしたら‥‥あ、そっか。

「あたしは端っこだけでしょ? 長いところはほのかのなんだから‥‥」

「残念でした。ここの毛糸、なぎさにもらったお古のセーターなの。だから、まるごとなぎさのものよ
 さぁ、もう観念して。なぎさの好きな人のとこ、行きましょっか♪」

 最後まで、言わせてもくれないしぃっ!

 これが目的!? 朝から寝ぼけた目して、授業中や部活でまで内職して、その目的がこれ!? ありえない!ぜったいありえな‥‥あれ?

 ほのかの顔、必死だ。冗談でやってるんじゃない。ってことは‥‥あぁ、もう! バカはあたしかぁ!

「どこにも行かなくていいって」

 あたしは、手に持ったマフラー、ほのかの首にかけた。

 長くてあまっちゃってる部分を、自分の首に巻いて、

「はい、これで目的達成だよ。‥‥なにか文句、ある?」

 抱きかかえるみたいな形で、じっと目を見てたら、ほのかがいきなり吹き出した。

「あ〜あ、失敗みたい。
 今度こそ、。幸せな顔のなぎさが見られると思ったんだけどなぁ」

 1年前だったら、きっと怒ってたんだろうな。よけいなことするな、って。
 あたしの首に、ふたり分のマフラー巻いてくほのか見ながら、あたしはそう思った。

 でも、今は違う。ほのかがどんな気持ちで仕掛けてるか、知ってるから。だけど‥‥

 玄関を出て門を開ける前に、あたしはちょっと振り返ってみた。玄関の電灯の下で手を振ってるほのか、マフラーぐるぐる巻きのあたしよりあったかそう。


 あたしの幸せな顔が見たい、かぁ。
 でも、それ一番見てるのって、きっと‥‥

『小説?小噺?』へ戻る