だからぁ♪だからっ!

 バサッ


 いきなりあたしの目の前がうすピンクになったと思ったら、すンごい声が響いてきた。


「え、ええ、えええ、えり、えりかのぉっ‥‥
 ばかぁぁぁっっ!!!」


「え? ちょ、ちょっと、つぼみ!?」

 だだだっ、と駆けてく音からすこし遅れて、あたしのとなりの影が動いてく。とととっ、って音残して。

 やっぱ、いつきの方が音が軽いんだなぁ、鍛えてるからかな? なんて思いながら、あたしは頭から布をはずした。

 うすいピンク地に流れる桜の刺繍は、まだかり縫いのゆかた生地。

 (そで)で畳んでテーブル乗せて、カーテン開けてそと見たら、つぼみの部屋のカーテンが、おもいっきし閉められちゃった。


「まーた、やっちゃったぁ‥‥」


 カーテン閉まる瞬間、ほんのちょっとだけ見えた つぼみの顔にため息ついちゃったよ、あたし。あ〜あ。

 バタンッ!


「つぼ!‥‥ あぁ」

 花屋さん――つぼみの家の扉の前。あと一歩のところで、ボクの手は届かなかった。

 ずいぶん速かったなあ‥‥脱げかけのショートパンツを履きながら走ってたのに、ボクが追いつけないなんて。


 耳を澄ませば、階段を駆ける音。しばらくあとに、ドアが閉まる音。花屋さんの二階を見上げたら、思わず、言葉が漏れてしまった。

「なんだったんだろう‥‥?」

 本当に、なんだったんだろう。ほんの少し前までは、あんなに楽しかったのに‥‥

 考えながら、ボクは隣のお店に向かった。ふわっとしたすそが、足に触れてくすぐったい。

「せっかく、私服でここまで来たんだけどな」

 愚痴(ぐち)ってしまいそうな自分を、ボクは頭を振って飛ばした。あのつぼみが、理由もなしに怒るわけ、ないんだから。

 えりかに呼び出されたのは、1時間ちょっと前のこと。ファッション部のミニ活動だから、ボクが作った服で来い、って言われたんだ。

 えりかのお母様にご挨拶して、二階に上がって‥‥てっきり、つぼみもいると思ってたけど、いたのはえりかだけだった。

 床の上で、薄いピンクの生地に埋もれるみたいにして。ボクが挨拶したら、いらっしゃいの一言もなしにいきなり話しかけてきたっけ。

『こないだのさぁ、なーんか物足りないんだよね〜。
 特につぼみの。たださくらの花びらあるだけじゃなくてさ、もちょっとこう、動きがあるほうがよくない?』

 そう言って持ち上げたら、生地は無地の浴衣(ゆかた)になっていた。

 それで納得したんだ。ああ、つぼみ専用の浴衣を作りたいんだ、だからボクを呼んだんだな、って思って。

『いいけど‥‥でも、女の子の着物は()()()()()があるから、途中で流れが切れちゃうんじゃないかな』

『あ、そっか。さっすが いつき。やっぱ、いつも着物見てる人は違うね、ヘヘ♪』

 ボクに笑いかけるにっこりした顔を見ると、素直だなって思う。これは、えりかのいいところだよね。

『そんじゃさ、帯の上と下とで、ふたつの流れにしたら?』

『ああ、それならいいかも』

 えりかが話しながら別の布を切って、無地の生地に縫い付けて。ボクがそれを見ながら少しアドバイスして。仮縫いだけど出来上がった浴衣を抱きかかえながら、つぼみに電話するえりかを見て、ボクは本当に仲間になったのを、実感してたんだ。


 だけど‥‥


「仮縫いが出来たばかりの浴衣に、着替えさせようとした。それだけなんだよね‥‥」

 それはまぁ、いきなり脱がしはじめたのにはびっくりしたけどね。でも以前にここでいろんな服を試してもらったって、えりかは言っていたし。だいたい、合宿ではつぼみもボクを脱がしてたんだし。いつものことだと思ってたんだよ。それが‥‥

「『えりかのばか』か。どうしちゃったんだろう、つぼみ‥‥?」

 言いながらふと顔を上げたら、いつの間にかボクは、えりかの部屋の扉を開けていた。

 無意識で扉を開けてしまったのに気づいて、ボクは思わず目をつむった。耳まで押さえたほうがいいかと思ったのだけど、

「わっかんない」

 あれ?

 開けた目の前には、えりかのむすっとした顔。それだけだった。

「‥‥えりか、怒らないんだね」

「いつきは、あたしがいきなり、キーッ! ってなると思ったの?」

 むっとした顔のまま、目線だけボクのほうを見てる。そうか、

「ごめん。でも、そんな感じかなって思ってたよ」

 ボクはまだまだえりかのこと、よく知らないんだ。

 そう思いながら、さっきまで座っていたクッションに腰を下ろしたら、えりかは腕を組んで、宙を見上げていた。

「そだね。ほかの子だったらそうなっちゃうかも」

「つぼみだと、違うの?」

「うん‥‥ つぼみってさ、めんどくさい子なんだよ」

 め、面倒くさいって‥‥

 ボクが口をひらけないでいると、えりかの体が後ろに倒れた。そのままベッドの端で頭を支えて、天井向いて、

「ホントだよ? な〜んにも言わないくせにさ、ひとりで悩んで落ち込んで怒って、それみ〜んな、あたしにわかってほしいって思ってるの。
 あーっ、めんどくさいっ!」

「そう‥‥かなぁ?」

 ボクも腕を組んで、床を見つめた。疑うわけじゃないけれど、ボクの見てきたつぼみとは、ちょっと違う気がするから‥‥

「つぼみはさ、頭よすぎなんだよ。‥‥すンごくいろんなこと見ててさ。こうなんじゃないか、ああなんじゃないか、ってみんな想像で決めちゃってさ。でも、それがほとんど合ってるんだモン。もう、探偵にでもなれっての!」

 ああ、耳が痛い‥‥ボクも、たまに自分だけで決めてしまうから。

 でも、そうか。面倒くさいって、そういう意味なんだ。ボクたちがわかる前に気がついて、反応してしまう‥‥感受性が強すぎる子、なんだよね。

「だから、あたしは決めてンの。なんで怒ってんのかわかんない間は、でっきるだけ怒んないようにしよう、って。その代わり、ヘンなことで怒ってたりしたら‥‥」

「殴ってでも目を覚まさせる?」

 ボクが一言口にしたら、えりかが がばっと起き上がった。びっくりした顔でボクを見てるね。

「ええっと‥‥んもぉ! いつきも頭よすぎっっ!!」

 ボクが苦笑いしたら、つられてえりかも笑ってくれた。そうだね。大変だけど、ボクたちは『面倒くさい子』の友達なんだから‥‥


「それじゃ、なんで怒ってるのか考えようか。殴らなくてもいいように、ね」

 ‥‥って、いつきは言ってくれたけど。ふたりで30分話しても、答えは出てきてないんだよね。

「そりゃ、ちょっと誘うのゴーインだったかもしんないけどさ、部屋に入るまではふつうだったし」

「うん。ボクにも、いつもと違うようには見えなかったよ」

 最初っから繰り返しがもう5回目。でも‥‥

「ゆかた見せたら目ぇキラキラさせてたし」

「自分で体に合わせたりもしていたね」

「なのに、ホントに着せたら‥‥」

 あ〜っ、もう! なんど思い出しても、ぜんぜんわかんないっ!!


可愛(かわい)かったのにね、つぼみの下着」

 いつきも、ときどきみょーなとこ見てンのよね。こんどは下着か‥‥

「ん? 下着?」

「? ああ、えりかは脱がせてたから見なかったんだ。
 明るいピンク地に花のワンポイントでね、腰の両側で結ぶタイプで。すっごく可愛くてさ、見てたら思わず顔がにこにこしちゃって‥‥」

 にこにこ?

 あたしの頭に、なんかひっかかった。

 にこにこ。つぼみの、腰で結ぶ下着見て、いつきがにこにこ‥‥あっ!

「えりか? どうしたの、目を見開いたりして‥‥」

 いつきの声が聞こえたとたん、あたしの頭の中で、なんかつながった!


「そ‥‥それだぁっっ!!」

 カーテン閉め切った自分の部屋のベッドの上で、わたしはまくらに頭を突っ込んでました。

 もう‥‥なんでこうなっちゃったんでしょう?


 カサッ


 足を動かしたら、袋にぶつかりました。

 顔を上げなくたってわかります。これは、さっき買い物してきた袋ですから。

 下着やさんで、つい買っちゃったんですよね‥‥

(なに買うんでも、ちょこっといつもと違うの選んでみなよ。きっと変わってくから!)

 ああ、またえりかの声が聞こえてくるみたいです。それでつい、ついつい‥‥


 わかってるんです。わたしがいけないんです。帰ってすぐに着けてみて、鏡に映して眺めてみて、ちょっと気分がよくなっちゃったからって‥‥えりかに呼ばれて、そのまま行っちゃうなんて。悪いのはわたしです。でも‥‥

「でもでも、いつきに笑われるなんて〜っ!」

 足をばたばたさせるたびに、下着の袋がカサカサいって。なんだかもう、自分でもどうしたらいいのか‥‥

「こらーっ、つぼみ〜っ!」

 あれ? えりかの声?

 まくらから頭を出して、閉めたカーテン越しに窓の方を見た瞬間、もっと大きな声が響きました。

「こぉンの、ひもパン女ぁ〜っ!」

 え、え? えぇぇっ!?

「こぉンの、ひもパン女ぁ〜っ!」

 いきなり窓を開けて叫びだしたえりかの後ろで、ボクはしばらくあっけにとられていた。

「へ? ちょ、え、えりか??」

 なんとか開いた口も、振り返ったえりかのひと睨みでまた閉じてしまう。なにが起こったんだろうと思ってると、えりかが両腕を開いて、思いっきり息を吸って‥‥


「ひもパン ひもパン ひもパン ひもパン ひもパン ひもパン ひもパン ひもパン ひもパンん〜っ!!」

「やめなさぁぁぁいっっ!!」


 正面の窓が音をたてて開いて、出てきたのは真っ赤になったつぼみ。

「な、なに叫んでるんですか! そんな、そんな恥ずかしいことっ!!」

「ひもパンはくのの、なにが恥ずかしいってのよ! そんなもん、この歳の女の子100人集めたら80人は持ってるわ!
 だいたいねぇ、いつきだって『かわい〜い☆』とか『はいてみた〜い♪』とか言って、にこにこしてンのよ!」

 い、いや、ボクは☆とか♪とかつけてな‥‥

「とにかく! あんたがそれはいて、恥ずかしがる理由なんてひとっっつもないのっ!!」

「だ、だからって、やっぱりっ‥‥ええっ!?」

 えりかの手が、部屋の隅でなにか掴んだと思ったら、窓に向かって走り出した。

 危ないって思った瞬間、その手から銀色のものがつぼみの部屋のベランダに伸びて‥‥は、はしご!?

「とりゃぁっ!」

 えりかはそのまま、はしごの上を走っていった。ボクだってためらうくらいの細いはしごを、3歩で渡り切って‥‥その勢いで、つぼみにとびかかった!

 ふたりがひとつになって、つぼみの部屋に倒れてゆくのを、ボクはえりかの部屋の窓から、じっと見つめていた。


『わかんなくて、ごめん、つぼみっ!』

『‥‥もう、えりかはずるいですよぉ。これじゃ、許すしかないじゃないですかぁ』


 隣の家の窓の中、小さい声が、ボクにも聞こえた。

 聞こえるはずないのに、聞こえた。

 ふぅ‥‥


 えりかに抱きつかれてそのまま倒れてしまって、打った頭もおしりも痛いのに、なぜだか気持ちよくなってしまいます。

 もうちょっと、このままでいいかな‥‥

「つぼみ、ごめんね。えりかの言った通り、ボクは別に可笑(おか)しくて笑ったんじゃないんだ」

 そんなこと考えてたとき、離れたところから聞こえた声に、わたしは顔を上げました。

「え? あ‥‥」

 窓の向こう、えりかの部屋の窓に、いつきの顔‥‥そうでした。目の前の えりかに気を取られてて、いつきを忘れちゃってました。

「でも、ひとつわからないことがあるんだけど」

「あれ? なにがわかんないの?」

 えりかがわたしを起こしながら、首をかしげて言ってます。頭の上に、ハテナマークが見えるみたいに。

「いや、だから‥‥人前で脱ぐのが嫌なのはわかるけど、以前にもえりかの部屋で着替えはしたんだよね。なんで恥ずかしいのかな、って思って」

「だって、その‥‥は、恥ずかしいじゃないですか。いつもと違う下着って」

 う〜っ! なに言わせるんでしょう。いつき、意地悪です。

 でも、いつきは目だけ上を見て、何か考えてます。なんなんでしょう?

「‥‥あ、そうか。ごめんごめん、ボクは見慣れてるからなんだね」

「「へ?」」

 えりかと、声が重なりました。見慣れてるって‥‥何がですか?

「ほら、ひもで結ぶ下着ならいくつか持ってたから。まぁ脇で結ぶのはないけど、前で結んで、布をその前に垂らすのなら」

「前で結んで?」

「布を垂らす?」

 えりかと目を合わせても、ハテナマークばかりです。

 ええと、下着ですよね。っていうことは、ひもの前に布‥‥ええっ!?

「あのー、つかぬことを伺いますが、いつきサマ」

「なに? あらたまって」

 えりかがゆっくり窓の方を振り返ってます。わたしは、聞かないほうがいいんじゃないかと思うのです。思うのですけどぉっ‥‥

「それは、()()()()というもの‥‥では?」

「そうそう、懐かしいなぁ。小学校まではずっと使ってたんだよ、家では‥‥でも、そんなに可愛くなかったけどね」

 ああ、聞いちゃいました。そ、そうですよね。いつきは、格闘家さんで、だから‥‥

 となりに目を移したら、えりかの顔がひきつってます。そうです。そう、そう、あ、は、ははははは‥‥


「いっしょにしないでください〜っっ!!」

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