つめたいみかんのつくりかた

金丼亭猫好

「すまないねぇ、リコ」

 ちょっとぽかんとしたリコの前で、八百屋のおにいさんが頭をかいてました。そっか、ないんだ‥‥

 

 魔法界で動きまわってたら暑くなっちゃって、冷凍みかん食べたいなぁ、ってわたしがリコに言ったら、いつものお店に連れて来てくれたんですけど。ちょうど売り切れちゃったみたいです。

「昨日今日と急に暑くなって売れ行き良すぎてねぇ。急いで作ってもらってるから、もう少ししたら届くんだけど‥‥」

 え?いま、たしか、

「いま、『作ってもらってる』って、言いました!?」

 わたしが声をかけたら、リコが目の前で倒れてました。あ、わたし押しちゃったんだ。でも、

「どうやって作るんですか?ひょっとして、作るとこ見れたりするんですか!?」

 リコの手をとって引っ張りあげながらわたしが言ったら、

「なに、知らないのみらい?」

 頭をさすりながら、リコが応えたんです。応えたんですよ。

「リコ、知ってるの?まさか、見に行けたりするの??」

 おでこくっつくくらい近づいたのに、ぽんっと突き放されちゃいました。おっとっと。

「い、いいえ、作るところは見せてもらえないわ。前に補しゅ‥‥ゴホン! いっしょに行って見たでしょ、氷の島のアイスドラゴン。そのため息で凍らせるんだけど、それにはこんな話があってね‥‥」

 咳ばらいをひとつしたリコが、いまにも『話し始めますよぉ』って感じで手を広げたんです。けど、その後ろで、八百屋のおにいさんが苦笑いしてるんですよ。あれぇ?――

――あの冷凍みかんはね、私がまだ小さいころに、街に出回り始めたの。それまでのは、魔法で凍らせただけですぐ溶けちゃうのよね。だからいつまでたっても溶けない、あの冷凍みかんが、すぐ人気になったの。

――でも、月に1度、数十個しか入荷しなくてね。アイスドラゴンとも友達の、魔法学校の校長先生に増やしてくれるようにみんながお願いして、何通か手紙を送ってもらったんだけどダメで‥‥とうとう校長先生が直接会いにいくことになったのよ。まだ生徒だったリズお姉ちゃんと、ちいさな私をおともに、魔法のじゅうたんに乗って、ね。だけど、

 

「アイちゃんを、悲しませないで!!」

 

――だけど、アイスドラゴンの巣の前まで来たら、女の子が両手を広げて道をふさいで私たちに言ったの。

「冷凍みかんをいっぱい作るには、アイちゃんのため息がいっぱい必要なの!月に1度でも多いのに、これ以上ため息ついてほしくないのっ!!」

――頭にナベかぶって、手に大きなフライパン持った子が、よ? なにしてるんだろう、って私は思ったんだけど、でも、校長先生は首をかしげて、

「アイ、ちゃん‥‥?」

――って言ったままぽかん、としてたの。そうしたら、頭のなかに声が聞こえてきたのよ。

(我の名だそうだ。何度か直させたが、名前が長すぎて可愛くないとかでな。きいてくれぬ)

――これ、アイスドラゴンの声だったの。あとで聞いたんだけど、ほんとは『アイスドラゴン・グラシーグロゥズ』っていう名前で、最後まで呼ばないと機嫌が悪くなるそうよ?でもそんなの知らないから、私はリズお姉ちゃんの手を握ってじっとしてたわ。そしたらまた、声が頭に響いたの。

(なぁ、校長。この娘‥‥オランジェは、みかんを育てることこそ絶品の腕前だが、我のように鋭い爪もなく凍てつく息も吐けず、かといって絶大な魔法を使うこともできぬ。それでも我を守るため、お主の前に立ちはだかろうというのだ。
 これに応えぬのは、ドラゴン族の名折れと思わんか?)

――アイスドラゴンの姿は見えないけど、私にもいるのがわかる感じがしたわ。でもね、そんなに怖い感じじゃないの。なんでかな、ってそのときは思ったんだけど、

「オランジェくん、というのかな?」

――考え込んでいた校長先生がいきなり言って、オランジェが、ぎゅってフライパン握りしめて、

「は、はいっ!」

――って、ビクビクした声で言ってたわ。そしたら校長先生、後ろにいた私にもわかるくらいにっこりした声で、こう言ったの。

「アイスドラゴンのため息には2種類ある。ひとつはマイナスのため息、辛かったり落胆したときのものじゃ。このため息にかかったら、果物などたちまち砕けてしまうであろうな」

「え?」

――オランジェが目をまんまるにして、フライパンをおろしたわ。でね、校長先生が続けたの。

「もうひとつはプラスのため息。温かいこころが満ちてもれた息じゃ。冷たくも温かい氷で包み込む息‥‥なぜこのような冷凍みかんができたのか不思議に思っておったのだが、謎がとけた。礼を言うぞ」

「それじゃ、もっと、頼んでも‥‥」

「それは、本人に問えばよかろう」

――そう言ったとたん、校長先生はくるっと振り向いて、私とリズお姉ちゃんを魔法のじゅうたんに押し込んだのよ。

(‥‥それで、あと何度ため息をつけばよいのだ?)

「お願いね、アイちゃん」

――背中越しにふたりの声を聞きながら、校長先生がぼそっと言ったわ。『お願いね、アイちゃん、か。これは作るところには立ち会えぬな』って‥‥

「――『お願いね、アイちゃん☆☆』よ? だから、作るところはオランジェとアイスドラゴンの秘密なの。ね、ちょっといい話でしょ?」

「あのー」

 わたしの目線は、リコの肩越しで止まっちゃいました。やっぱり、言ったほうがいいよね。

「あの、リコ?」

「ん?なぁにみらい。話を聞いて、みかんが待ちきれなくなった?」

 わかってくれないなぁ。しかたないから、わたしは腕を上げて、リコの方を指さしたんです。リコのちょっと右側を。

「いやそうじゃなくて‥‥ひょっとして今の話、その人のことじゃ‥‥」

「え?」

 リコの後ろにいたのは、リズ先生と同じくらいの背丈の女の人。背中にしょった大きなかごにいっぱい見えるのは、氷につつまれたみかん‥‥ですよ、ね。

「また、あたしのことネタにしましたね、リコ‥‥」

「お、オランジェ?ちょ、ちょっとっ!」

 リコが言い終わる前に、女の子がすぅっ、と息を吸ったわ。これって、ちょっと‥‥

「頭を、盛大に、冷やしな、さいっ!!」

「うわわわわっ、みかんに、埋まるぅっ!!」

 あっ、ちゃぁ‥‥息ひとつする間に、目の前が冷凍みかんの山になっちゃいました。おーい、リコー。

「それじゃおじさん、今日の分たしかに納めましたから」

 にっこり笑うお姉さんの前で、わたしとおにいさんがリコ掘り出して‥‥あ、顔が出た。

 

「リコ、ひんやりした?」

「ふぅ‥‥ぞっとしたわよ」

 

 みかんのお姉さんがクスクス笑う声につられて、八百屋のおにいさんもわたしも笑っちゃいました。

 ごめんね、リコ♪

―おしまい―

おまけ:「つめたいみかんのうらっかわに」(アイスドラゴンのすみかから帰ってきた校長先生のちょこっと噺)

『小説?小噺?』へ戻る