あいされみこさん

「そんじゃ、行ってきま〜す♪」

 風が吹いて赤い葉っぱが降る中、あたしはパンパカパンから飛び出した。

「おー、ふたりによろしくなぁー」

 お父さんの声を背中に聞きながら、手さげ袋を両手に持って。

 二階の窓からは、みのりが手を振ってる。一緒に行く?って()いたんだけど、お仕事じゃましちゃダメでしょって逆に怒られちゃったっけ。

「ぎゅぁ〜ぉ」

 店の外、隅っこにいたウチの飼い猫、コロネがひと声鳴いた。いってらっしゃい、だよね。どこ行くかも知ってるんだろうな、あの顔は。

 まったく、さぁ。

「うちのみんなに愛されてるよねぇ、(みちる)(かおる)は」

「日曜なんて、部活の練習ばっかだったんだけどなぁ‥‥」

 おおぞらの樹のある森に向かって歩きながら、ついぽろっ、と言葉がこぼれちゃった。

 今年の大会がひと段落ついて、新しい部長に細かいこと全部お願いしちゃったし。あいつにはちょっと厳しいかもしんないけど、あたしも去年やられたもん。我慢してもらおっか。

「それにしても‥‥」

 練習の代わりに、毎週(かよ)ってるのはおおぞらの樹。っていうかあのふたり、満と、薫のとこ。

「フォローしなくちゃ、ってだけだったのになぁ」

 ちからが強いし、昔ほどじゃないけど無表情だしで、なんか疑われないかな? って思って(まい)と相談したんだよね。

 でもって結局、巫女さんってことにしちゃったんだ。おおぞらの樹の。

 ほこらもあるし、お祈りする人も多いし、巫女さんがいても不思議じゃないかも‥‥それだけだったんだけど。

「いつの間にか、町のみんなも巫女さんが自然になっちゃったんだもんねぇ」

 お父さんもお母さんも、満たちが昔から巫女さん見習いだったって思ってる。つい最近来たばっかりなのにさ。

「‥‥たぶん、フィーリア王女なんだろうな」

 コロネだってしゃべっちゃうんだもんね。そのくらいは簡単なんだろうな。

 とは言っても、

「まさか、自分で(かせ)ぐって言い出すなんて思わなかったなぁ‥‥」

「そう? わたしは別に意外じゃないけど」

 あ、舞。いつの間にか、あたしのとなりを歩いて、片手から荷物を奪ってった。

「悪いね、いつも」

「なに言ってるの。わたしだって会いに行きたいわ」

 学校じゃ毎日会ってても、巫女さんのふたりには休みの日しか会えないもんね。

 ほんと、実際さ、

「愛されてるよねぇ」

 きょとんとしてる舞の顔ちらっと見て、あたしはあいた手を振った。


 うん、愛されてるよ。舞に、ね

「ところで(さき)。両方、お砂糖?」

 隣を歩く咲が持ってる荷物と見比べて、わたしは訊いてみた。

「いんや、舞が持ってる方は塩だよ」

 ああ、やっぱり。なんだか、わたしの方が小さいような気がしたのよね。

「これだけは手に入らないみたい、って言ってたものね、薫さん」

 薫さんと満さんが住んでいるのは、おおぞらの樹の近くの社務所‥‥っぽい家。いつの間にか、精霊さんたちが作ってくれたらしいのよね。

 水も、ガスもふつうに使えちゃうその家に、お金まで湧いて来るのを見て、ふたりで決めたんだったわ。自分たちでお金を稼がなくちゃ、って。でも‥‥

「和菓子にはどうしても必要だものね。お砂糖」

 咲のお店がパンと、ちょっとした洋菓子だから、自分たちは和菓子。そう決めたのはいいけれど、そこで行き詰まっちゃったんだわ。

「あとの材料はなんでも揃うってのにねぇ。(とち)の実とか、クルミとか‥‥」

「言っただけで集まっちゃうのよね」

 あれもすごかったわ。咲がたとえば、で口にするたび、目の前に木の実が積み上がっていくんだもの。

 フィーリア王女さまに言われたからだけじゃ、こんなにはならないわ。みんな、本当に大好きなのよね。薫さんたちが。

「集まってるの見て、言ってたっけなぁ。『これじゃ精霊さんたちに悪い』なーんて」

 ふふ。

 わたしはちょっと笑っちゃった。だって、それ聞いて怒ったのは咲なんだから。『精霊にも少しは手伝わせてやんなよ!』って。

 ああ、なんだか思い出しちゃうわね――


『砂糖くらい、うちから持ってきたげるよ。お代は売上げから返してくれればいいだけ、でしょ?』

 あっさり咲がそう言ったから、薫さんに満さん、そしてわたしまで、ぽかんとしちゃったっけ。

『ちょ、ちょっと咲! 勝手なこと言って、売れなかったらどうするの? どこで売るかも決まってないのに‥‥』

 思わずわたしが言ったのよね。そうしたら、逆にきょとんとした顔されて、またあっさり言うのよ。

パンパカパン(うち)で売ればいいじゃん。
 それに、満と薫の手作り和菓子だよ? 売れないはずないって!』

 わたしはしばらくあっけにとられたのだけど、肩にぽん、と手の感触があって、背中から含み笑いの声が聞こえてきたわ。

『おおぞらの樹の巫女の手作り和菓子、なんて名前なら売れるかしら?』

『メロンパン風の和菓子も、珍しくていいかも』

 振り返れば、薫さんたち。口に手を当てて、吹き出す寸前の顔があった。

『ん〜。ヘンなことで気を引かなくってもいいと思うんだけどなぁ。満たちの手作り美味しいし、みんな喜んで食べるよ?』

 咲の言葉に返ってきたのは、はぁ、ってため息ひとつ。

『咲は、もう少し商売っ気を出したほうがいいと思う』

 薫さんがそう言って、満さんもうなずいてる。うん‥‥そうなんだけど、ね。

『‥‥でも、咲だし』

 わたしがちょっと口にしたら、

『‥‥ああ』

『そうね‥‥』

 ふたりは咲をまっすぐ見て、ゆっくりうなずいたわ。

『ちょっとちょっとちょっっとぉ! なんで納得するのよふたりとも!?――』


 うふふ。思わず顔がにこにこしちゃうわ。

「なーに思い出してンのさ、舞?」

「ふふ。多分、咲といっしょのことよ」

 咲がやれやれ、って顔で上むいて、

「女子中学生で巫女さんの手作り、だもんねぇ、売れるよね」

 なんて言うもんだから、わたしもちょっと上むいて、

「材料は精霊さんたちが集めてくれた一級品で、ふたりとも手を抜くこと知らないんだもの。当然よ」

 中学生も巫女さんも、どこにも書いてないことくらい、広告描いたわたしが一番よく知ってるわ。

「あー‥‥あのカタっ苦しいとこが、こんなに役に立つなんて思わなかったなぁ。お父さんなんかすっかり気に入っちゃってさ。うちで全部売るんだ、って言って、あたしが頼む前に和菓子コーナー作っちゃったもんね☆」

 そう言っている咲の顔が輝いてる。ほんと、

「愛されてるわね。精霊にも、パンパカパンの人たちにも」


 それと、咲にも、ね

「満も薫も、受験はするんだよねぇ」

 森の入り口から坂を登りながら、あたしが訊いたら、舞がうなづいた。

「高校までは一緒に行く、って言ってたわ」

 はぁ。あったまいいもんなぁ、ふたりとも。

 人種がとか、ついついイヤな考えになっちゃうの、押さえるのが大変だよ。

「高校までは、かぁ‥‥」

 結局、その後のことは聞き出せなかったんだ。考えてはいる、って言うだけで。

「ま、どこまでも一緒、ってわけでもないもんね。でもずっと、ともだちだから、それでいっか」

 言ってから、あたしはまた上を見上げた。ずいぶん黄色や赤の葉っぱが降ってくるけど、緑の葉っぱもいっぱい残ってる――うん!

「ともだち、増えたもんねぇ‥‥クラスの男子で、ちょっと時間があると満のことチラチラ見てるヤツ、いるんだなぁ〜。わかりやすいったら」

「女子もよ。特に安藤さん。薫さんによく話しかけているわね。なんにもないときでも」

 みんな、巫女さんになったふたりには会いたがるんだよねぇ。昔から巫女さんっだて思い込んでるから、外の人みたく珍しくはないはずなんだけど。

「もう少ししたら、お守りでも作ってもらおうかな」

 少し先を歩いてた舞が、振り返ってそう言った。お守りかぁ。

「受験の?」

「うん。効くと思うわ」

 神様がいるってわけじゃないんだけどね、あのほこら‥‥

 あたしはちょっと目を閉じてそう考えちゃったんだけど、目を開けたら舞の顔が近づいてた。え!?

「ふたりがちゃんと思いを込めて作ったら、効くと思わない?」


 舞の言葉を聞いた瞬間、ふたりがお守りを()ってる姿が、頭に浮かんだよ ――そりゃあ効くわ。うん。


「みんなに、愛されてるね」

 またちょっと離れた舞がそう言うから、

「愛されてるよねぇ、いろんな意味でさ♪」

 あたしも応えて、また歩き出したんだ。

 森の中をしばらく歩いて、もう少ししたらおおぞらの樹。いつも、砂糖の袋はこのあたりから重く感じるんだよね。

「注文さぁ、増えてンだよね」

「やっぱり? おいしいから☆」

 重くても頑張ろうって思いながら話した言葉に、舞が返してくれた。けどね、

「それがさぁ、商店街の和菓子やさんからなんだよ」

「えっ!?」

 はははっ。驚くよね。商売敵のはずって、あたしも思ってたもん。

「ふたりのお菓子のおかげで、和菓子好きが増えてンだってさ。あっちの職人さんも、研究しがいがあるって張り切ってるみたいだよ」

「ふぅん‥‥そう、そうね。がんばりたくなるわよね。あのふたりを見れば」

 深呼吸する音が聞こえて、舞の息がゆっくりになった。やっぱり、ちょっと重く感じてたんだね。

 それにしても‥‥

「満たち、だんだん巫女さんらしくなってるよねぇ」

「そうね‥‥奉納(ほうのう)の舞いとか、きれいだったわ」

 奉納の舞い、かぁ。『巫女さんは、なにするものなの?』って訊かれて、あたしがぽろっと言っちゃったから始めたなんて、誰も信じないだろうなぁ‥‥

「おおぞらの樹の神さまだから、フィーリア王女に楽しんでもらえばいいのね、って。ふたりしていろいろやってたわよね」

 そうそう、いろんな(おど)り試してたんだよね、あの巫女さんの格好で。な〜んにもないほこらの前なんだけど、おおぞらの樹が背景になって、まるで舞台みたいだったっけ。

「‥‥にしても、筋肉踊りはないわ」

「あ、あはは。あれは、ね‥‥」

 舞も苦笑いしてる。満と薫の踊りって、ダークフォールのあいつらが踊ってたのを真似したらしいんだけど‥‥キントレスキーは、ねぇ。満と薫が並んでポージングとか、慌てて止めたもん。

「結局、ミズ・シタターレとカレハーンの踊りをミックスしたって言ってたっけ。よくわからないけど、すっごく巫女さんらしかった♪」

「ええ。樹の前で踊るんだから、水と木でちょうどよかったんだと思うわ」

 舞もスケッチブック持ったまま、見とれたもんね。ほんとに、きれいだった。

「あいつらもやっぱり、精霊の仲間だったのかな」

「そうね‥‥ちょっと、ほんのちょっと違ってたら、一緒に暮らせたのかもしれないわね‥‥」

 あたしが足をとめたら、舞も黙って一緒に立ち止まった。

「でも、そのカケラは満たちといっしょに残ってる。だよね――」

 聞こえてくるのは、ちっちゃい川の流れる音に、葉っぱが降る音、土が風で流れる音、ほかにも、いっぱいの音‥‥


 トン‥‥トン‥‥


 その中で、木を打つ音が聞こえてきた。

 何度か社務所の前で聞いた、切り株の臼で、餅をついてる音。

(愛されてるね)

 あたしが目で言ったら、

(愛されてるわね)

 舞も目で返してきた。うん、そんじゃ!

みちる()ぅ〜」

かおる()さ〜ん」

「「おつかれ〜っ!」」

 先にふたりに気づいたのは、私の方だった。

「みちる、砂糖が来たわ」

 坂道のむこうを登ってくるふたりを見て私が言うと、

「砂糖が来てくれた(・・・・・)、でしょう。かおる」

 少しため息混じりに、みちるが返した。‥‥砂糖が、の部分には突っ込まないのね。

 それでも、餅をこねる手を止めないのが、みちるらしいけれど。

 それじゃあ、私も私らしく、そのまま餅をついてましょうか。


 トン‥‥トン‥‥


 規則正しい動きと一緒に、規則正しい音が響いて、そのまま森に溶けてゆく。

 そのなかに、私たちを呼ぶ声もまざってきたわ。


「「おつかれ〜っ!」」


 私とみちるは、走りながら呼びかけるふたりを見て――いいえ、その周りを見て微笑(ほほえ)んでしまった。

 だって、走ってよろけそうになるたび、精霊たちがふたりを支えてくれているのだから――


「‥‥愛されてるわね」

「ええ、愛されているわ。咲も、舞も」

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