おとなりのえふだ

 それは1月の、日曜日の朝のこと。わたしが温室で、みんなにお水をあげてるときだったんです。

 \科白{つぼみ。ひまわり、って‥‥ここにあるかな?

 上から降ってきた声にわたしが顔を上げたら、いつきが立ってました。

 その後ろではコッペさまが、キコキコ音を鳴らせながら片手を動かしています。

 手の先には乳母車(うばぐるま)。中ではわたしの妹――ふたばちゃんが、まだ眠っています。

 そんな、なんだかふしぎな光景でした。

 このごろは、こうして温室にいることが多くなりました。

 机の上にしがみついてばかりだと息がつまるから。

 温室で、コッペさまとふたばちゃんに囲まれて勉強したほうが、楽な気分なんです。

 ときどき、えりかも一緒に勉強しますし、ね でも‥‥この日は、違ったんです。


「ひまわり、ですか?」

 わたしは思わず首かしげながら聞き返しました。

 いつきが来ること自体、めずらしいです。もうじき高校受験の私とえりかに遠慮してか、最近はあまり会うこともなくなっていたのですから。

「うん。お兄さまが、またちょっと風邪(かぜ)を引きこんでしまってね。でもぼくも、生徒会の仕事でなかなかついていて上げられなくて‥‥そうしたらね、『ひまわりでもあれば、いつきの代わりになるんだけど』とか冗談っぽく言っててさ」

 ひまわり‥‥そうですね。いつきのイメージそのままですから。

 いつきのお兄さんも、おからだ丈夫じゃありませんし、妹に近くにいてほしいのはわかります。いつきもいつきで、高一ですぐに生徒会長さんになっちゃいましたし、忙しいのもわかります。けど‥‥

 頭のなかに、温室の花たちをひとつひとつ思い浮かべます。おおきなの、ちいさなの、背の高いの、低いの‥‥何百もあります。けど。

「ごめんなさい、いつき。この温室にも、ひまわりはないんです‥‥」

「そう。仕方ないよね‥‥いいよ、ただのついでだから」

 ついで、ですか?

「はい、これ。前に言ってたでしょう」

 そう言って、いつきがポケットから取り出したのは、手にちょうど収まる一束のカードでした。

「ああ、花札ですね。ありがとうございます、いつき。ほんと、この子‥‥ふたばちゃんが、シールになってた花札の絵を欲しがっちゃってしょうがなかったんです」

 言いながら、わたしは乳母車を指さしました。

 キコキコ音を鳴らしながら揺れている、乳母車。ここに連れてきたときはいつも、コッペさまが動かしてくれるんです。

 なんだか、嬉しいですよね‥‥

 そんなこと考えてたら、いつきがそっと乳母車を覗きこみました。

「花の絵が好きなんだね、ふたばちゃんは。お姉ちゃんに似た子になるのかな?‥‥あ、笑った

 そう言ってるいつきの方がきれいに笑ってます。

 本当に、かわいいものが好きなんですよね、いつきは

「じゃ、ぼくはこれでね。お花の世話と受験、がんばって」

 手を上げて温室から出て行くいつきを見送りながら、わたしはちょっとだけため息ついちゃいました。

 出て行くちょっと前につぶやいたいつきの声、聞こえちゃったんです。『冬にひまわり、かぁ』って。

「力になれないのは、辛いですよね‥‥」


 カタ、カタン‥‥


 あら?

 いま、乳母車が揺れた気がしましたけど‥‥

「気のせい、ですよね。さ、奥の方の花にもおみずあげて、勉強はじめましょうか」

「やっほー、つっぼみ〜っ♪ コッペさまも、おっはよ‥‥あれ?」

 朝の温室、今日は学校お休みだし、この時間なら妹つれて花の水やりしてるだろうなー、っと思って来たんだけど。

 ――おはよう、えりか君

 聞こえてきた声はコッペさまのだけだった。ま、コッペさまの声って、今はあたしとつぼみと、つぼみのおばあちゃんにしか聞こえないから、他の人にはひとりごと言う寂しい子、に見えるかな?


 カタ、カタタン‥‥


 ‥‥おっといけない。

「コッペさまだけじゃないや。あんたもいるんだもんね〜、ふったば

 まぁこの子、コッペさまがあやしてると泣きもしないから、つい忘れちゃうんんだけどね。‥‥あ。

「花札だ。いつきが持ってきたのかぁ。ほら、あんたのでしょ?」

 コッペさまの前のテーブルに置いてあった花札を開いて、乳母車の中においてあげたとたん、ふたばの目が開いたよ。なんか、喜んでる感じ。さっすが、花好き姉妹だねぇ。

「ま、よかったじゃない。きれいな花の絵たくさん見て、センスよく育っちゃいなよ。お姉ちゃんよりもね。‥‥なーんて」

 あはは。どうせ聞こえても意味なんてわかんないだろうけど、ひとりでこんなこと言ってると自分で照れちゃうなぁ。

 あ、ひとりじゃないか。コッペさまが聞いてるんだ。

 とは言っても、コッペさまもヘンなツッコミ入れる性分じゃないから、別にいいけど‥‥

(ひまわり)

 ん? ひまわり?

(ひまわり、いつき、ほしい)

 ああ、いつきのひまわりね。そう言えば、こないだ道で会ったとき言ってたっけ。ひまわりがあれば、自分の代わりになってくれる、とか。いつきのお兄さんもメルヘンな人だわ。

「そうだねぇ。今が冬じゃなけりゃ、買ってでも、いつきにあげられるんだけどさ」

(ひまわり、きいろ?)

 って、こらこら。

「ちょっと待ちなさいよ。ひまわりでしょ、黄色くて大きな、は・な!」

(ひまわり、ここ、ある?)

 へ?

「なーにスッとぼけたこと言ってんの。夏の花がこの季節にあるわけないでしょ、つぼみ? いつまでもとぼけてっと、つぶすわよ‥‥って、あれれ?」

 振り返ったけど、そこにつぼみがいなくって、いたのはコッペさまだけ。

 そういえば、温室に入った時からいなかったよね、つぼみ‥‥

 ――どうしたね、えりか君

 考えてたら、コッペさまの声が響いてきた。あたしとつぼみ、つぼみのおばあちゃんにしか聞こえない、声。

「いや、その、えーっと‥‥」

 でも、さっきのはこの声じゃないよね。聞きちがい、かなぁ。幻聴‥‥いやいや、そんなトシじゃないって!!

「な、なんでもないよ、コッペさま。ちょっとセリフの練習してただけだって。あは、うははは‥‥」

「どうかしましたか、えりか」

 うっひゃぁ!

「い、いきなり現れないでよ、つぼみっ!!」

 び、びっくりしたぁ。もう、やっぱさっきの声、つぼみだったんじゃん!

「ちょっとつぼみ! 隠れてスッとぼけたこと言ってくるなんて、趣味悪いよ、このぺた胸ムスメ!」

 目の前で、ジョウロ持ったつぼみが一瞬ぽかんって顔してから、ほっぺたふくらませた。

「なに訳のわからないこと言ってるんですか。わたしがぺたなら、えりかはぺたぺたですっ!!」

 あ、あれ?


 ――ぺたとぺたぺたはどう違うのかね?


 つぼみの反応みて、あたしの勘違いかな、どうごまかそうかな、って思ってたら、

「決まってます。ぺたは‥‥あら?」

「こ、コッペさま。聞いてた、よね?」

 居たんだよね、さっきから。しまったぁ、ついふたりだけのつもりになってたよ。

 ――うむ。聞きなれぬ言葉だったからな。意味くらいは理解しておきたい

「聞きなれない‥‥ああそっか。つぼみのおばあちゃん、ぺたじゃないもんね」

「いえ、昔からそうだったかはわかりませんよ?」

 ――フラワーは違うのか。‥‥子供と大人の違いということか?

「ええっとぉ‥‥」

 あーっ!話の終わらせ方が見えないっ!!

 ――‥‥まぁよい。我輩(わがはい)は少し用事ができたようだ。ゆっくりしてゆくとよい

 あ、ラッキ

「うん。気ぃつけてね〜」

 あたしは即、大きな声で手を振った。よしよし、これでなんとかごまかせ‥‥

「って、ありゃりゃ。いきなり消えちゃうことないじゃないのさ」

 散歩かなぁ。まぁ、もうコッペさまがこのへん歩いてたって、みんな気にしやしないけどね‥‥


「きゃあぁっっ!!」


 キーン‥‥

 耳が痛い。すぐ近くですっごい声出すんだもんなぁ、もう!

「なによ、つぼみ。ヘンな声だしちゃって‥‥っととと!?」

 いきなり、つぼみがあたしの胸元につかみかかってきた?

「ふ、ふたばちゃん、ふたばちゃんは、どこ行ったんですかっっ!!」

 ふたば? って、

 そんなの、乳母車の中で寝てるに決まって‥‥ええぇっ!?

 つぼみにつかまれながら、なんとか後ろ向いたあたしの目に、乳母車が入って来なかった。

 さっきまでいたとこには、花札がパラパラって落ちてるだけ‥‥


 カタ、カタン‥‥


 ん? なに、この音。なんか、さっき聞いたような気がするけど。

「ああぁ‥‥大変です、わたし、わたしがついていたのに‥‥」

 つぼみはがっくり膝ついちゃったけど、あたしはそのまま、音の聞こえるとこ探してみた。だって、おかしいもん。乳母車ごといなくなるなんて‥‥

 あれ? いま、なんか動いたよ、ね?

 間違いない。あたしとつぼみしかいないはずなのに、なんか色が動いた。虫なんかじゃなくて、明るい色のなにか‥‥あ!?

「あああぁっっ!!!」

 あたしは思わず叫んじゃったよ。さっきのつぼみより大きな声で。だってさ、

「いたっ、乳母車! 花札の、中っっ!!」

「あああ、ふたばちゃあぁぁぁん‥‥」

 札にさわっても、紙の感じがするだけです。中には、入れません‥‥そうです!

「へん、変身しなくちゃです。待っててね、ふたばちゃん。いま、シブレを呼んできま‥‥」

「‥‥って待てこらぁっ!」


 ビシっ!


 あ、いたたたた。なにかで叩かれました。なにが‥‥あ、あれ、腕が動かない‥‥?

「なんですかえりか! 離してくださいっ!!」

「いーかげんにしろっての! 変身のときの風で、花札みーんな吹っ飛ばすつもり!?」

 え?‥‥あ!

「ちょっと落ち着きなさいよ。あたしだけの頭じゃいい考え浮かばないのよ? もう、さっさとガリ勉メガネの頭をみせろってば!!」

 すっごい声でまくし立てられて、耳を塞ぎたくなった瞬間に、聴こえてきました。すっごく、小さい声。


『‥‥お願いだから』


 そう‥‥でした。えりかが心配してくれないわけないんです。ひとつ息すって‥‥うん。

 よく見れば、きれいな札です。(ちょう)ちょが牡丹(ぼたん)にとまってる‥‥この風景が見たかったんでしょうか?

 ‥‥あ。

「乳母車が、動いてます。札の反対側に行こうとしてるみたいですね」

「ひょっとしてさ、反対側についたら、そのままこっちに出てきてくれる、とか?」

 えりかが、ちらっとこっちを見て言いました。そう、だといいです。わたしはうなずいて、札をじっと見てみます。

 ゆっくり、乳母車が動いて、動いて、反対側の端について、そして‥‥そのまま、消えちゃいました。

「え‥‥」

 せっかく、待った、のに、いなく‥‥えーりーかぁー

「わーかった、わかったってば。ほら、いいから見つけよ、きっと別の札にいるんだって、ね?」

 いきなり抱きかかえられて、背中やさしく叩かれて、それでやっとわたしは顔を上げられました。


 そうです。次です。次!

「あ、いました!」

 ばらばらに散らばってる花札の中を一枚づつ探してたら、つぼみが声あげた。

「え? どこどこ?」

 さっき失敗しちゃったから、あたしはちょっと離れて探してたんだけど。どれどれ‥‥

「これです。まぁるい月の下のまぁるい山」

 ゆび指してるの、赤い背景の札だね。黒くて丸い、山っぽいのの上に、ちっちゃい三角にもっとちっちゃい車‥‥ほんとだ。よく見つけたなぁ。

「山の形に沿って、乳母車がまぁるく登っているんですよ。かわいいなぁ、ふたばちゃん

 ‥‥は、いいんだけど。声までハートにしちゃってさ、目的忘れてんじゃないでしょうね?この姉バカは。

 っていうか、さぁ。

「ヘンだよ、これ」

「え?なんでですか??」

 あたしが先に気づいてどーすんだ、っての。

「だってさぁ、なんで乳母車が勝手に山を登ってくわけ?」

 下るんならわかるんだけど。ふたばが自分で動かせるわけないじゃん、ねぇ?

「ああ‥‥ほんとですね。あ、下ってく」

「そう、下っていくよねぇ。登った時と同じで、ゆーっくり」

 ふつう、転げ落ちるよねぇ?

「あっ‥‥! そう、ですね。だれかが動かしてるとしか‥‥」

 だれかが、かぁ。ん?

「コッペさま‥‥いないよね?」

「コッペさま? さっき、用事ができて出かけるとか言ってませんでしたか?」

 用事が、できた(・・・)

「それって、まさか‥‥」

 あたしは思わず札をつかみとって、近くでじっと見てみた。ちっちゃい乳母車がゆっくり動いている後ろの、三角形のシルエット。

「やっぱり、コッペさまが押してるんだ。でも‥‥」

 山を降りた乳母車とコッペさまがそのまま札から消えてくの、見てるしかないじゃん。どうすりゃいいって‥‥

「次、探しますよ、えりか!」

 思わずため息つきそうになった瞬間、背中からつぼみの声が聞こえてきた。

 ‥‥しょうがない、とにかく札をめくりまくるしかないかぁ。

 はぁ、はぁ‥‥あー、()っかれたぁ。

 散らばった札をめくっちゃテーブルに集めるの、もう何回くりかえしたんだろ?

「ねぇつぼみぃ。あたしらってなーんでこんなことしてるんだっけ‥‥?」

 テーブルに()っかかってちょっと休みながら言ったら、

「き、決まってます。乳母車とふたばちゃんを捜すためですっ!」

 つぼみの声がキツくなった。そりゃ、わかってるんだけどね。

「それだってさぁ、コッペさまがいっしょ、ってわかったんだもん。まかせときゃいいじゃない?」

 ふへ〜、ってテーブルに頭乗せて、見上げた温室の天井が暗くなった。あれ?

「なんてこと言うんですかっっ!!」

 び、びっくりしたぁ。

 なにさ、って言おうとしてよく見たら、つぼみの大きな目。

 またなみだいっぱいためてさ。

「わたしの手の届かないところで、なにが起こるか分からないのに放っとくなんて‥‥それじゃ『おねえちゃん』だなんて言えませんっ!
 えりかだってわかるでしょう、妹なんだから!」

 あー‥‥うん。まぁ、ね。

 ちょっと、思い出しちゃったよ。ずいぶんちっちゃい頃のこと。いろいろとさ。

「ごめんごめん。んじゃ、ちょっと休んだらまた探そっか」

「つぼみぃ、いたぁ?」

「いません〜〜」

 あーもう、なん回くりかえしてるんだろ、この会話。

 あきらめないのはいいけどさ、数十枚もあるってのに、いまどこかなんてわかるわけ‥‥ああ、また札が裏返っちゃってるよ。まったく、分厚くてちっちゃいくせに、なんでこうころころひっくり返って‥‥ちょとまってよ?

「つぼみ、さっきっから、札ひっくり返してる?」

「そんなわけないじゃないですか。絵を見なくちゃ、どこにいるか‥‥あら? たしかに、いくつかひっくり返ってますね」

 勝手にひっくり返った、ってこと?

「ひょっとして、なにか関係‥‥おっと」

 ヘタなこと言って、また泣かれちゃマズいもんね。んじゃ、あたしだけで、よーく見て‥‥


 ぱたぱた‥‥


 あ、裏になってる札が動いた。せぇ、の

「これだっ!」

 あれ? なんか葉っぱがたれてる木に、カエルが飛びついてる絵だ。

「えりか、見つけました?」

「‥‥ごめん、ハズレみたい」

「そうですか‥‥あ、えりか、それ当たりです!」

 へ?

 言われて覗きこんでみたけど、あいかわらずカエルが葉っぱに飛びついてるだけ‥‥ん?

「葉っぱじゃない! これ、コッペさまの手?」

 他の木よりきれいな緑がたれてる。ほんのちょっと、身体も見えてるし。

「つかまえ‥‥」

 おもわずコッペさまの身体のとこ、ぎゅっと掴んだら、


 ふぁっくしょぃっ!


 うわっっ!

「な、なんですかいきな‥‥うぷっ!」

 札が、みんな飛び跳ねたぁっ!?

「ふぁ、ふぁにひゃったんれふか、へりかぁ‥‥」

 ああ、そっか。こっちからさわると、くすぐったことになるのか。って、だーれが『へりか』だ!

 ひとこと言ってやろうと頭あげたら、鼻おさえてるつぼみがいた。あー、顔に札ぶつかっちゃったか‥‥

「ちょ、ちょっと、ね。‥‥つぼみ、札はそーっと持ったほうが、いい、っぽい、よ?」

「やっぱりえりかのせいじゃないですかぁ!」

 鼻をゴシゴシこすりながら、こっちジトッて見てるの感じながら、あたしはまた探し始めた。

「あーっ!もう、どこ行っちゃったのよ、コッペさまはっっ!!」

 本当です。どこに行っちゃったんでしょう。ついさっき、やっとみつけたと思った松の絵の札は、松の木になっちゃってますし。でも‥‥

「コッペさまが押してるっていうことは、ちゃんと考えて動いてるはずですよね。多分、順番通りに動いていると思うんです」

「順番、って言ってもぉ‥‥う〜〜っ! 札の順番なんて覚えてな〜いっ!」

 はぁ、そろそろ限界かもしれません。えりかも私も、花札のことはまったく知らないのですから‥‥

 そう考えていたら、


「松は1月。だから、2月の梅じゃないかな?」


 背中からいきなり声が聞こえてきたんです。

「へ?だ、だれ‥‥あ、いつき!?」

「うん。ちょっと忘れ物があってね。二人とも気づいてないみたいだから、しばらく見てたんだけど‥‥なんだかすごいことになってるね」

 いつきぃ‥‥って言いながら、えりかが抱きついちゃいました。ええ、気持ちはよくわかります。花札を持ってきてくれた、いつきなら!

「いつき、花札のルールとか、詳しいですよね?」

「昔やったことがあるから、一応は知っているよ。‥‥で、梅の札はある?」

「待ってください。えーっと‥‥あ、これです。でも、いませんよ?」

 目に入った梅の札を取って差し出しましたけど、いつきがちょっと困った顔して、

「それは『梅に(うぐいす)』だから梅の札だけど、さっきいたっていうのは『松に鶴』じゃなくて松に短冊なんだよね。だったら、梅の短冊札じゃないかな。こう‥‥七夕で笹につけるようなものが描いてある札なんだけど」

「知ってるよ。赤タンでしょ?」

「そうそう。ええと‥‥あ、それだ」

 わたしの横を、いつきが指差しました。

 わたしもすぐその先を見て‥‥いました!

「コッペさま!あ、あぁ‥‥」

 短冊と梅の花の脇に見えていたコッペさまと乳母車が、またすぐそのまま…{\

「消えちゃった、ね」

 えりかの声で、自分がぼぉっとしちゃってるのに気付きました。‥‥でも!

「でも、今度は大丈夫ですよ。1月の松から2月の梅、ちゃんと行き先がわかりましたから。いつき、3月は何ですか?」

 あら? おかしな顔してます。いつき。

「移動するかも、って思って、3月の札は持ってたんだ。3月は桜なんだけど‥‥いないんだよ」

 わたしたちに見せてくれた、桜の札4枚。たしかに、どの札にも乳母車やコッペさまはいません。

「月の順に移動してるわけじゃないんですね‥‥」

 横しまの幕をかけた桜、お花見みたいな札をもらって、じっと見てもやっぱりいません‥‥はぁ。

「だっめだなぁ、いつきも」

 ぽそっとした声を聞いて、いつきの肩がぴくっとしました‥‥え、えりか!?

「えりか、なんてこと言うんですか!
 たとえひとカケラの役にも立たなかったとしても、いつきが悪いわけじゃありませんっっ!!」

 ‥‥あ、あら? いつきが、いない?

 いえ、よく見たら、目の前でしゃがんでました。いつき。

 どうかしたんでしょうか? そう思っていたら、ぽん、と肩に手が置かれた感じがして、ため息が聞こえてきました。

「‥‥あたしも悪いけどさぁ。あんた、素で言ってるから100倍ひどいと思うよ。つぼみ」

 え、あ、いえ、その‥‥

 わたしはただ、その場でペコペコするしかありませんでした。あううう‥‥

「あらあら、みんなで何をしているの?」

 いつきがなんとか復活して、わたしたちがぼぉっとしていたら、また背中から声が聞こえてきました。いつもの、あったかい声‥‥

「おばあちゃん!」

「まぁまぁ、なぁに? みんなすごい顔してるわよ」

 おばあちゃん、おばあちゃんです! ああ、なんだか、後光がさして見えます。これで‥‥

「大変なのよ。コッペさまが乳母車ごと、花札の中に入っちゃって‥‥」

 わたしを押しのけたえりかが、飛び出してそう言いました。そうです。ほっとしてる場合じゃありませんでした。

「早く出てこないと、お母さんが探しに来ちゃいますっ!」

 でも、

「ふぅん‥‥あら」

 おばあちゃんは平気な顔で、いつもコッペさまがいる席に歩いて行くと、なにかを手にとりました。なんでしょう?

「ふふふ。大丈夫よ。ちゃあんと帰りの時間は準備してるじゃない‥‥さん、にい、いち‥‥」


 ジリリリリリリリリリ‥‥!


 な、なんですか、これ!?

 ――うむ。もう帰る時間か

 え? コッペさま!?

「ど、どこ?」

 ――ああ、ここだここだ

 わたしの持ってる花見の札がぴょん、と跳ねて、横しまの幕がいきなりめくれ上がりました!?

 ――いま一周したところだからちょうどいい。帰るとしようか

 そう言った瞬間、目の前のテーブルが見えなくなりました。

 その代わりに、緑の三角とちいちゃな車‥‥ふたばちゃん!!

 わたしはすぐに駆け寄って中を覗きこみました。そこには、にこにこした笑顔。消えたときのままのふたばちゃんが

 ‥‥あら? 消えたときと、ひとつ違います。ちいちゃな手に、花が一本。

 黄色くて、大きな花‥‥

 菊、ですよね。

 ――この札の中で見たと言っておったのでな

 え‥‥?

 ――いつきくんが探していたから、見つけて欲しいと頼まれたのだ。それで、一緒に札に入ってきた。

 一緒に、ってことは‥‥ふたばちゃんが!?

「ちょっとふたばぁ、あんたそれって‥‥むぐぐぐぐ!?」

「ダメですっっ!」

 思わずえりかの口を押さえました。

「え? あ、なに、つぼみ?」

 いつの間にか、いつきが隣にいました。けど‥‥あ、そうでした。コッペさまの声、いつきには聞こえないんでしたっけ。


「頼まれて札の中を探したが、ヒマワリはなかった。済まぬな、いつきくん」


「え‥‥?」

 コッペさまが、声を音にしてる――!?

 わたし、思わず顔を上げてコッペさまを見つめました。この姿で声を耳で聴いたのは、はじめてなのですから。

「そう‥‥ですか。ありがとうございます、コッペさま」

 そのままいつきは、乳母車をのぞき込んで、言ったんです。

「きみが、探してくれたの?‥‥ありがとう、ふたばちゃん。嬉しいよ」

 にっこり笑ういつきの顔。作り笑いには、見えません。けど、

「いいんですか、さつき?」

「うん。もともとお兄様とぼくのわがままだからね。つぼみの妹がくれた、って言えば喜んでくれるよ」

 そう言って、また笑ういつきが、なんだか眩しいです。‥‥あ、あら? なんだかふたばちゃん、顔が赤くなったみたい?

「いつきを選ぶかぁ‥‥け〜っこうなメンクイじゃない、この子。あんたと同じでさ」

 え、えりか‥‥

「将来が楽しみよねぇ、お・ね・え・ちゃん

 ――まぁ、よく似た姉妹だとは思うな。吾輩も。

「コッペさま?」

 ――友もよく似ているようだし、な。

 わたしたちをじっと見つめてそう言っているのですが‥‥え‥‥っと?

「なに落ち着いて言ってンのよ。こっちは心配したんだからね!?」

 ――それは済まん。札からすぐ出られるのはわかっていると、思い込んでいたのでな。

「そんなん、わかるわけないじゃん! 今までやったことないんだから!」

 本当です。せめて一言、わたしたちに言ってくれていれば‥‥


 ――そうか‥‥いや、そうだな。うむ。


 あら?

 ちょっとだけ目で宙を見上げてそう言うコッペさまに、わたしはなんとなく、思い出すことがある気が‥‥

「まぁまぁ、またこんなにしちゃって。ふふふ」

 なんだかもやもやしていると、おばあちゃんが札を見ながら笑ってます。なんでしょう?

「ほぉら、つぼみ。よく見てごらんなさい。コッペの通ったところ。地面にちょっと長いまるがあるでしょう? 足跡(あしあと)よ、それは」

 言われてみてみると‥‥ああ、なるほど。さっき気づいていれば、もっと早く追いかけられたんでしょうけど。

「やっぱり松が好きなのよね、ふたばちゃんも」

 おばあちゃん?

「ほら見て。他は1種類だけしか通らない札もあるのに、松だけは全部通ってるでしょう?」

 本当です。松の札は、鶴のいるのも赤い短冊のも、松だけなのも。みんな、コッペさまの足跡が‥‥

「ふふ。思い出さないかしら?」

 え?

「札の中のコッペを見て、松が動いてる、動いてる、って言って。すっごく喜んでいたわよね」

 え、と、それって‥‥

「わ、わたしですかぁ!?」

 ぱっと顔を上げたわたしの目線の先で、コッペさまが後ろを向きました。


『――よく似た姉妹だとは思うな。吾輩も』


 その背中から、聞こえた気がしたんです。

 なんだ。な〜んだ。


「ええ、似たもの姉妹です。わたしたち


 やれやれ、って顔のえりかと、菊を大事そうに持ついつきの間で、わたしは心からほっとしてました。

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