はねのうえ♪くものうえ

 夏休み、って言うんだよな、いまのこと。

 ホットケーキ食えるとこが閉まってからもう1ヶ月。手紙運びの仕事もなし、しかたないんで店の前を掃き掃除、か。そりゃ、なんにもしないよりオレには合ってるけど、頭の上の太陽さえもっと弱けりゃなぁ‥‥


 ピィー‥‥ ピィー‥‥


 あぁ、店の前の池の上、鳥が飛んでるよ。気持ちよさそうだなぁ。

 ‥‥あ、ボートの端に乗っかった。そのまま、ボートといっしょに揺れている。そうそう、あれもわりと気持ちいいんだ。水の上に降りるのが一番涼しいけど、水がきれいだと、あれでも結構‥‥ん!?


 バシャッ!

 バタタタタタッ‥‥!!


 あ〜あ。ほかのボートの水しぶきで驚いて行っちゃったよ。ったく、ちょっとは鳥のことも考えて欲しいよなぁ‥‥こんなところで言っても、聞こえやしないだろうけどさ。

 いや、近くでも聞こえねぇか。この暑いのに、ボートで二人乗りだもんな。よくベタベタしてられるよなぁ‥‥

「こら、シロップ!」

 すぐ後ろからキンキン声。オレが思わずため息つきながら振り向いたら、目の前いっぱいに暑苦しい髪が広がった。

「な〜にサボってんのよ。ナッツハウスの営業、まだ終わってないんですからね!
 ほらほらほら、ナッツさまのお手伝いよ。働く働くっ!!」

 バケツをオレに押し付けながら、くるみがまだぶつぶつ言ってる。けど、オレの目はそれより上を見てた。


 青い空に、白い雲。


「にしても、暑っついよなぁ‥‥」

「こん〜に〜ちわぁ〜」

 ナッツハウスのドアがキィっと開いて、いつもの声がひとつ聞こえてきた。

「りんか。早いな」

 レジにいたナッツの声。店の奥で小物みがいてたオレは、棚に戻してから首だけドアの方向いた。

 ゆっくり入ってきたのは、短いそでのシャツに短パン姿の りん。暑いときは、こいつみたいのがいいんだよな。髪も短いから、見てても涼しそうで。まぁ、オレやココたちは変身してると服あんま関係ねぇから、よけいにそう見えるのかもしれないけどさ。

 くるみだけは、変身してるくせに何度も服とっ変えてたっけ。『女の子のお約束です』とか言ってたけど‥‥結局いま着てんのが体じゅうピラピラした服で、あんま涼しそうに見えねぇ。まぁ、モトは変えようがない、ってことか。

 だけど、りんの動き、なんか変だな? なんか、ふらふらして‥‥

「早くな〜い。ちょっと、お、そ、すぎ‥‥」

 って、ぼーっとした声といっしょに、ふらーっと。‥‥ふらーっ、と? ちょっと待てぇ〜っ!

「てやっ!」

 オレはレジの前に駆け込んでいって、なんとか倒れる前に肩と頭を受け止めた。けど、

「く〜っ! 重いぃ〜っっ!」


 ぱかんっ!


 ‥‥ッてェな、頭になんか当たってきて、思わず りん落とすとこだったじゃねぇか!

 ん? 目の前にうざったい、ピラピラの服?

「なにしやがんだよ、くるみ!!」

 頭を上げた先には、くるみの顔じゃなくて おたまがあった。

「『なにしやがんだ』じゃないわよ。乙女に向かって『重い』はないでしょーが。それも、本っ当に重そうな声で!!」

 こいつ、ひとをこんなもんで殴りやがって〜っ!

「重いもんは重いんだ! うそだと思うなら持ってみやがれ!」

 あ、こいつ、言ったオレを、ふんっ、て目で見てやがる。

「そんなの、鍛え方が足りないだけよ。ココさまやナッツさまなら、羽根でも受けるようにふんわり支えられるはずだわ? それを、あんたが無理に割り込んでくるか‥‥」

「その辺にしとけ。りんが起きる」

 !?

 ナッツの声で思わず手に力が入って、オレはりんの肩を支えなおした。顔を覗き込んでみたけど、口元と胸はいっしょにゆっくり動いてる‥‥ふぅ。やれやれ。

「だいたい、なんでこいつ倒れてるんだ? 前にもなかったか、こんなこと」

 くち動かしながら、オレはナッツハウスの中を見回してた。ああ、ちくしょう! 1階じゃ寝かせる場所もないじゃんか!!

「たぶん、前と理由は同じだ」

「結婚式に りんの作ったアクセサリー付けた人がね、気に入っちゃって、パーティ用にもうひとつ欲しい、って言ってくれたらしいのよ。きょう届けるから、がんばる、って聞いてるけど‥‥」

 オレの腕から力が抜けかけた。さすがに落としゃしないけど、

「なんだ、またかよ‥‥」

 いっぺん落としてもいいんじゃないかって思うよな、こいつは。

「なんでも一生懸命なのよ。りんは」

 そばに来たくるみが、りんの髪を直してやってる。

 ンなことはオレだってわかってる。けどなぁ、

「だけど、もう少しこう‥‥考えてできねぇもんかなぁ?」

 思わず、ため息も出るってもんだよ。

 ‥‥ん? なんか、空気がヘンだぞ?

「‥‥なに笑ってんだよ!?」

「だって、シロップに言われても、ねぇ」

「まぁ、説得力はないな」

 ったく、ふたりして好き勝手言いやがって!

「でもまぁ、出来上がりはしたみたいだな」

 ナッツが、オレの手元を見てる‥‥いやそうじゃない。オレが支えてる、りんの手元を見てるんだ。

 いろんな色にきらきら光ってるもの。あぁ、これが作ってたっていうアクセサリか。

「じゃ、はい」

 いきなり、そのアクセサリが、オレの目の前まで上がってきた。

「シロップ、よろしくね」

 くるみのヤツが、りんの手ごとオレの前に持ってきてんだ。

「なんだ、こりゃ?」

「なんだ、じゃないでしょ。お仕事よ、お仕事」

 ??

「りんが倒れちゃったんだもの。あんたが渡しに行くしかないでしょーが。電車で行かなきゃとか言ってたし、それ使うの今日の夜なんだから」

 知るか、そんなことっ!!

 って言おうとした瞬間、目に入っちまった。りんの傷だらけの手。()ったり切ったり刺したりしたあと。

「ったく、しょうがねぇなぁ‥‥せいっ!」


 ぽんっ!


「くっ!」

「きゃっ!」

 いつもの白い煙が引いて、目の前に見える景色が少し高くなった。やっぱり、このくらいからのが一番ながめがいいな。

「うわっ、ど、どうしたんだ!?」

 店の奥からココの声も聞こえる。まったく、そんなに大げさなことやってないって。

「シロップ! 店の中で変身するんじゃないわよ。物が壊れるじゃない!!」

 ホント、うるさいヤツだなぁ、そんぐらい考えてるに決まってんだろうが。それに、

「どーせオレは鍛えてないロプ。だからこの姿じゃないと‥‥よっ、ロプ」

「わーっ! こら、ばかシロップ! りんを食べるなーっ!!」

 だれが食べるか! ‥‥あー、もう、かまうのやめだ。

 それより、りんだよな。お腹ンとこくわえて、あんま揺らさないように‥‥よいっ

 すとん、って音と一緒に、背中が重くなる。よし、これでひと安心だな。

 さて、次は、と。

「うん?‥‥なにしてんのよ」

 はぁ‥‥ったく、カンの悪いヤツだなぁ。こっちは店壊さないように片羽根だけ開いてるってのに。

「とっとと乗れロプ。オレだけ行ったって、相手に説明なんてできないんだか‥‥」

 言ってる途中で、背中の重みがずれた。

 オレはあわてて羽根を少し上げた。重みはまだ真ん中外れたくらい。ふぅ、壁にぶつからないで済んだみたいだ。

 ‥‥ん? なんだこの、ふふふ、って‥‥笑い声?

「仕方ないわねぇ。乗ってあげるわよ、あたしも」

 羽根をよじ登ってくる くるみの顔、背中に消えるまでずっとニヤニヤしてた。


 ‥‥ちぇっ!

「‥‥よぉし、いいぞナッツ」

 店の扉を大きく開けたココが、こっちに向かって声をかけてきた。

 おもてに人なし、だな。あとは‥‥

 見上げると、くるみがシロップの背中から顔を出して、ココに手を振っていた。俺はそれを素早く押し込んで、

「扉はそんなに高くない。引っ込めないと、頭をぶつけるぞ」

 頬を膨らませた くるみの顔に笑いそうになるのを抑えながら背中の()()を直すと、俺はもう一度扉の方を見た。


 床に障害物、なし。


「よし。頼む、シロップ」

「‥‥それじゃ、いくロプ!」

 シロップの体が一瞬沈んで、すぐさま前に進みだした。羽根をとじたまま、大きな足で床を蹴って、前に、前に‥‥ん?

 突進してゆく扉の脇で、ココが慌ててるな。店の外と中を交互に見ながら、手を交差している。まるで×印‥‥しまった!

「シロップ! 止ま‥‥」

 言いかけた言葉を、俺は飲み込んだ。もう、遅い。

 大きく息を吸って、小さくなるシロップの背中を見つめていると、扉を抜けた瞬間、小さな悲鳴がふたつ。

 ‥‥女の子ふたり、か。


 俺は扉に駆け寄った。

 外に出る寸前に大きく呼吸して、軽く汗を拭いて。この1年で少しだけできるようになった笑顔を作って‥‥よし。


「いらっしゃいませ」


 扉を出てすぐ、外でへたり込んでいる女の子たちに、俺は声をかけた。

「「え?」」

 声が重なったまま、ふたつの顔がこっちを向いた。ふたりの手は、シロップの方を指差したままだ。俺はその手を取って、起き上がらせた。

 ここまでは上出来だ。ふたりともシロップじゃなく、俺の顔を見ている。だが、考えろ、ナッツ。どうやって誤魔化(ごまか)す? まだシロップが飛んでゆくのが見えているんだ。夢や幻じゃ済まない‥‥


「宅配サービスなんですよ」


 笑顔が崩れかけていた俺の背中から、のん気な声が響いた。

「まだテスト中だけどね」

 言いながらココが脇を通り過ぎて、女の子たちのほこりを払ってやっている。

 その顔が、ふっと上がった。

「なぁ、ナッツ。やっぱり、お客さんが来るときは、やめたほうがいいかなぁ?」

 あっけらかん、とした声の調子に、目の前のふたりの表情が唖然となる。‥‥なるほど。

「そうだな。今度からは、開店前だけにしようか」

 言った瞬間、俺とココは同時に笑い出した。目線でタイミング合わせて、まったく同時に。

 女の子たちも、笑ってる俺たちを交互に見てくすくす笑い始めた。

「店長さん、冗談言えたんだー」

「ホントは、なんだったんですかー?」

「たまに遊びに来るんだよ。湖に住んでる鳥なんだけど‥‥」

 女の子たちを案内するココの姿が、店の中に消えるのを待って、俺はまた外に目を移した。

「適材適所、か」

 湖のはるか上、青い青い空に、小さくなったシロップの姿が溶けていく。

 その下では、小さな鳥が水辺で遊んでいる。まるで、なにもなかったかのように――


「ナッツー、ちょっと来てくれー」


 静かな湖の風景に背を向けると、いつもの店の風景が飛び込んでくる。

 俺はまた一呼吸して、顔を作り直すと、ナッツハウスの扉に手をかけた。


「やれやれ。大人は大変だな」

 羽根を思いっきり開いて羽ばたくと、足もとの湖が小さくなっていく。日ざしは体と羽根の両方に当たって暑いけど、風が頭を冷やして‥‥

「ねぇシロップ」

 冷やして‥‥くれない。ここの暑い日ってのは、風まで暑いんだよなぁ。

「いま、女の子の声しなかった? ‥‥ちょっと、シロップ?」

 パルミエ王国なら、いつでもちょうどよかったんだよな。寒くもないし、暑くても飛べば涼しいし‥‥


 バンッッ!!


 痛っ‥‥てぇ〜っ!!

「いきなり背中叩くなロプ! 落ちたらどうするロプ!?」

 咳き込みそうなのをなんとか(こら)えて背中を見たら、くるみのやつが立ってた。腕組んで、こっちをにらんでやがる。

「あたしを無視するからでしょう? それよりシロップ。さっきの女の子の声、悲鳴じゃなかった?」

 ああ、なんだ。あれか。

「飛び上がるとき、近くにいたロプ」

 頭を前に戻す途中で、また背中が痛くなった。

「ちょっと、大変じゃない! なにやって‥‥」

 背中ドンドン叩きやがって‥‥ったく!

「だいじょうぶロプ。みんなナッツハウスに入っていったロプ。きっとココたちがごまかしてくれたロプ」

「あったり前でしょ? ココさまだったら、そのくらいチョチョイ、で済ませてしまわれるわ。
 でも、ココさまに余計な手間をかけさせるなんて、お世話役として許しがたいわね!」

 よく言うぜ。『お世話役』のあとに『見習い』がつくくせに。

 ‥‥って、のどまで出かかったけど、やめた。そんなことやってる場合じゃないんだ。な、メルポ。

 すーっ、すーっ‥‥


 静かな寝息が、小さな部屋の中を満たしてるわ。

 シロップの顔が離れてから、りんの寝顔をしばらく見てたけど、よく寝てる。起きる様子はないわね。

 いいわ。届け先に着くまで寝かせてあげましょ。


 すーっ、すーっ‥‥


 それにしても、よく寝てるわ。‥‥着いても寝てたらどうしよう? あたしじゃ相手の顔はわからないし、だいたいシロップだって、この姿で玄関先に降りるわけにはいかないわよね。

 ‥‥ん? なんか、引っかかる感じがするわ?

「シロップ、いまどのへん? あとどのくらいでつくの?」

 なんか引っかかるけど、とりあえず時間だけは確認しとかなくちゃね。なんたってあたしは、お世話役なんだから。

「‥‥知るかロプ」

 でも、返ってきた言葉に、思わずぽかん、と口開けちゃったわ。3秒くらい。

「はぁ!? なに言ってンのよ。あんた仕事もちゃんとできなく‥‥」

「いきなり倒れたロプ。場所なんて、聞く暇なかったロプ」

 ‥‥なら、なーんで乗せて飛んだりしたのよ

 って、口に出す瞬間にとめた。そっか、倒れちゃったからとりあえず乗せたのよね。

「まったく、考えなしなんだから、もぉ」

 あたしは、りんに近づいていった。ホント、よく寝てるわね。それじゃ、ええと‥‥

「ん?」

 パンツのポケットにはない、か。じゃ、胸かな?

「ロプッ!? な、なにしてるロプ!!」

 あん?

 手を止めて見上げたら、シロップの大きな顔がこっち見てた。なに?

「そ、そんなヘンなことにシロップの背中を使うなロプッッ!!」

 ヘンなこと?‥‥あぁ。まったく、もぉ!

「変なこと考えてンじゃないの! あたしはねぇ、届け先の地図を見ようとしてただけよ‥‥ほら、あった」

「なんだ。びっくりさせんな‥‥ロプッ!?」

 ごぉっ、って大きな音が、一瞬でわたしたちの上を通り過ぎていった。

「飛行機、ね」

 見上げるあたしの足もとが、なんだかふわっとしてきた。

「び、びっくりしたロプ」

 ‥‥なーるほど、羽毛が逆立った、ってわけね。

「まぁ、いいわ。それより、地図は見つかったし、場所も書いてある。これなら‥‥」

「無理ロプ」

 ん? なに、このぶすっとした声。

「なんで無理なのよ。飛んでるんだから、真上から見れるのよ? 地図と同じじゃない」

「‥‥そう思うんだったら、下を(のぞ)いてみろロプ」

 まだなんかぶつぶつ言ってる。いいわ、場所くらい、あたしが見つけて‥‥え?

「色の、かたまり‥‥」

 乗ってるかごの(へり)から目まで出して下を見た瞬間、あたしの頭に浮かんだのが、それだった。

 灰色、茶色、緑色、薄い水色に赤っぽい色。町も、市も、県の境目だって描いてない‥‥!

「ばかーっ! どーしてこんな高いとこ飛んでんのよっっ!!」

 思わず大声になっちゃって、りんの方見てみたけど‥‥寝てるわね。ふぅ。

「場所知ってる りんだって、こんな上からじゃ探せないわよ‥‥」

 地図と下を何度か見比べてみたけど、見るたびに頭が痛くなるわ。せめて、もっと低ければ‥‥

「でも、これより低くは飛べないロプ。高いのとか飛んでくるのとか、いろんなのにぶつかっちまうロプ」

 なんかムカつくわ。なに偉そうに解説してンのよ、こいつはっ!

「じゃ、どーやって行くつもりだったの‥‥え?」

「メルー!」

 また足もと叩こうとしたあたしの前に、りんの影から何か飛び出してきた。アクセサリーをくわえた、メルポ?

「そのアクセサリーロプ。思いのこもったものなら、メルポが思いの場所まで案内してくれるロプ」

 なんだ。じゃあ、簡単じゃない。だったら最初からそう‥‥あれ? ヘンね。メルポが首かしげてる?

「‥‥それが、ダメロプ。さっきからメルポががんばってるロプが、うまくいかないロプ」

 シロップの大きなため息。前を向いてるはずなのに、はっきり聞こえちゃってる。もう、メルポがしゅんとしてるじゃない。友達のフォローくらいしなさいよね。

「それじゃ、りんの思いが足りないってこ‥‥」

「シロップはそんなこと言ってないロプ!!」

 び、びっくりした! なによ、大声出して。メルポまでひっくり返っちゃってるじゃない。

「りんが作ったものなら、思いがこもってないはずなんてないロプ」

 ぼそってひとこと言って、そのまんま、シロップは黙っちゃったわ。


 ‥‥ふーん。


 その場に座ったあたしは、メルポをひざの上に乗せてあげた。さっき逆立った羽毛がそのままになってて、足元は暑いくらい。

 アクセサリをメルポからもらって、りんのポケットにしまってあげながら、あたしは考え続けてた。アクセサリでさえダメなら、なにか代わりにならないかしら?

 思いの強いもの。思い‥‥ん? 思い!?

「シロップ、思いの強い場所なら行けるのよね?」

「‥‥何が言いたいロプ」

 すっごく機嫌わるそうな声で、思わず吹き出しちゃいそう。がまんがまん。

「りんの今の思いを、直接感じてもらうのよ。今のりんなら、アクセサリ届けることで頭がいっぱいのはずでしょ?」

 そう言いながら、あたしは りんの頭の近くにメルポを差し出した。

 ふかふかの羽毛の上に降りたメルポが、りんの頭に近づいて‥‥ひと声。いつもは意味がわからないけど、今だけはわかるわね。ほら、シロップ!


「‥‥メルポ、たのむロプ」

 ああ、疲れたぁ。


 結局、アクセサリ作るのギリギリになっちゃったし、またナッツハウスでバテちゃうなんて、あたしも成長ないなぁ。

(メルポ、たのむ)

 え? いまなんか聞こえた気がするけど‥‥気のせいかな。

 気のせい、か。やっぱ、疲れてるなぁ。‥‥でも、疲れるだけのものになったかな、アクセサリ? あの人も、喜んでくれるといいんだけどな‥‥

「メルー!」

 ん? なんか来た‥‥ああ、メルポかぁ。いつもシロップといっしょだから、ひとりでいるとこ見るの珍しいな。

 ‥‥あれ? あたしに近づいてくる。用かな?

「なにやってんの、メルポ?」

 あたしのとこに来たメルポを抱き上げようとして、足もと見たら‥‥ありゃ。ナッツハウスって、いつの間に ふかふかじゅうたんにしたんだろ。この暑いのに、暑さが倍増してるよね。

 ‥‥あぁ、なんだかとっても暑い。涼しいとこでも行きたいなぁ‥‥

(メルポが光ったわ!)

 ん? なに、くるみの声?

 ちょっとくるみぃ、電気代くらいケチらないで、エアコンつけようよぉ〜‥‥

「メルポが光ったわ!」

 背中から声が聞こえてくるのと同時に、目の前に光が見えた。よぉし、あそこに向かっていけば‥‥せぇ、のっ!!


 バサッ!!


 思いっきり羽ばたいた瞬間、目の前の世界が変わる。これでもう、場所なんて関係ないぞ。さすがメルポだ‥‥ま、くるみもちょっとは役に立ってるけどな。


 ‥‥おっと、もうすぐ先に別の場所が見えるぞ。いきなり家の前に出るわけにもいかないし、いちど上昇しなきゃな。よし、出るぞぉ‥‥それっ!!

 白、しろ、シロ


 とにかく、白ってことばしか浮かんでこない。そのくらい、白。

「なにロプーッッ!!?」

 足もとの羽毛が、また思いっきり逆立った。そのとたん、あたしは我にかえったわ。

「さ、寒いミルーッ!!」

 あたしの体の毛も逆立って‥‥あ、あれ? 変身が解けてる!?

「くるみ! なにやってるロプ!」

「あ、あたしのせいじゃないミル! なにかの間違いミル!!」

 ああ、いままで着てた洋服が散らばってるわ。とりあえず、りんにかぶせてあっためなくちゃ!

「なんでもいいから、他の場所行くロプーッ!」

 他の場所って‥‥ ああ、もう!

「メルポ、お願いミル!!」

 あたしはメルポに抱きついて、じっと考えた。どこでもいいから(あった)かいとこ、暖かいとこ‥‥ああ、こんなとき、ココさまたちがいてくださったら‥‥


「よし、また光ったロプ! 脱出ロプーッッ!!」

「ありがとうございました」


 扉についてるベルの音を響かせながら、女の子たちがナッツハウスを出て行く。

 ぱたん、という音と共に扉が閉まるのを確認して、俺とココは同時に息を吐いた。

「お疲れ、ナッツ」

 にこにこ笑いながら話しかけてくるココを見ていると、自然とため息が出てくる。‥‥たしかに、疲れた。

「帰ってきたら、注意してやらないといけないな」

 目をつむり、こめかみを軽く押す‥‥そうしていると、いい香りがやってきた。

 薄目を開けてみれば、目の前にはカップが二つ。ココの気の配り方はあいかわらずだ。

 軽く息を吐いてまた目をつむり、紅茶をあおる俺に、苦笑いの声が聞こえてきた。

「まぁそう言うなよ。シロップだって悪気があってやったわけじゃないし、止められなかった僕たちにも責任はあるからね」

 俺は目をつむったまま、カップを置いた。

「そうだな。りんのアクセサリーをちゃんと届けてきたら、飴をやって頭でもなでてやろうか」

 言いながら、脳裏に りんの顔が浮かんだ。よほど疲れていたようだし、荒い飛び方して寝苦しくなければいいんだが‥‥まぁ、その点は問題ないか。くるみがついていることだしな。

「ナーッツ。ちょっとキツくないか? シロップはそうそう人に迷惑かけるようなやつじゃ‥‥」


 だっぱーんっっ!!!


「きゃあーっっ!!」


 な、なんだ? 大きな水音に、女の子の悲鳴!?

「外だ! 湖でなにか‥‥あ」

 扉を開けたまま、ココの動きが止まった。

 嫌な予感がする。俺はココの背中越しに外の様子を見て‥‥思わずため息をついた。予感、的中だ。


「大丈夫ですか?」

 できるだけ心配そうな声を作って、俺は呆然(ぼうぜん)としている女の子に声をかけた。

 頭から足元まで、まるごとびしょ濡れの女の子。‥‥いや、濡れているのはその子だけじゃない。湖からここまで、一面がびしょ濡れだ。

「やだもぉ、ぐしょぐしょぉ〜‥‥」

 女の子から出た声は、まだ(ほう)けている。俺は素早く彼女の後ろに回り込んで、ナッツハウスの方に引き寄せた。

「とりあえず、お店にどうぞ。女の子用の服がありますから、乾くまで着ていてください‥‥ココ、着替えのできる場所に連れて行ってくれ」

 扉の前にいたココに女の子を任せて、俺は後ろを向いた。

 騒ぎの元凶は、真っ直ぐ空に飛んでいく途中だ。


「ココ」

 女の子をつれて中へ入ろうとしているココを背中越しに見ながら、俺は言った。

「『そうそう人に迷惑かけるようなやつじゃ』の、続きは?」


 大きくて深いため息。答えはそれで十分だった。

「ごじゅうよんミル‥‥」

 思わずこぼれた自分の声ではっとした。見えているのは足元の、ふわふわした羽根。じっと見つめてたらいつの間にか、頭のすみっこで羽根の本数かぞえてたんだわ。

 どうしよう‥‥

「ん‥‥」

 となりで、ちょっと息がする。あぁ、いけない。りん に洋服かけっぱなし。

 洋服ぜんぷ抱えてはがして、脇に寄せて。その途中でまた、口からこぼれた

「ろくじゅうさん‥‥ミル」

 さっきちょっとだけ見えた、ナッツさまの顔、すごく怒ってたわ‥‥思わず、顔ひっこめちゃうくらいに。

「‥‥ロプ?」

 ココさまも、すっごく困った顔してた‥‥

「おいロプ」

 どうしよう‥‥ふたりの顔が、頭から離れないわ。あたしが、ココさまたちのとこに行きたいなんて思ったから、あたしの、あたしのせいで‥‥

「ったく‥‥ロプッ!」

 うわぁぁ!

 な、なに、いきなり体が壁におしつけられて‥‥って、これ、急上昇!?

「なにするミル! ちょ、ちょっとやめてミルッ!!」

 ナッツハウスから飛び上がったときだって、こんな急に上がらなかったのに。ああもぉ、りんが起きちゃうじゃないの!!


 ‥‥あ、あぁぁ、水平に戻ったわ。

 まったくシロップ、なにやってるのよっ!!

「顔は上向いたロプ?」

 え??

 正面にシロップの大きな横顔。そこから、目だけがちょこっとこっち向いてる。

「下を向くなロプ」

 言われてはっとした。あたしの顔、また下がってきてる。‥‥だけど、しょうがないじゃない。あんなことしちゃったんだもの。

「はぁ‥‥」

 思わずため息つい‥‥たと思ったら、ちがった。シロップのため息が、風と一緒にあたしの脇を通っていって、

「ミルクは顔上げて、ふんぞり返ってるのがお似合いロプ」

 な、なんですってぇ!?

「シロップ、あんたねぇ‥‥!」

 平べったい顔を正面から見て、あたしがどなろうと息吸った瞬間、目の前の顔が変わった。

 目が、ニヤニヤしてる‥‥?

「ミルクは落ち込んでたって、ちゃんとお世話ができてるロプ。なら普段ふんぞり返ってても、シロップは何とも思わないロプ」

 え‥‥?

 そう言われて、気づいた。あたしの左手、勝手に りんの頭を(あお)いでる‥‥

「お、お世辞言ったって、何も出ないミル!」

 なんなのよ、もう。思わず、目をそらしちゃったじゃないの!

「そうそう、それでいいロプ。
 シロップはココでものぞみでもないロプ。ミルクなぐさめるなんて、まっぴらロプ。それに‥‥」

 それに?

「ココたちに見つかったのは、シロップロプ。シロップが勝手に飛んでって、勝手に湖落ちかけて、勝手に逃げてったロプ。ミルクもりんも、なーんにも関係ないロプ」

 な‥‥!? なに言い出すのよ、こいつは!

「勝手なこと言ってんじゃないミル! そんなのだから、王国ではココさまにしかわかってもらえなかったミル!!」

 あたしは、いつの間にか立ち上がって叫んでた。ココさまの努力を、なんだと思ってるのよ、こいつはっっ!!

「わかってくれるヤツなら、ココの他にも増えたロプ」

 なのに、シロップはどなり返してこなかった。静かな声で、まっすぐあたしを‥‥

「シロップの仕事は運び屋ロプ。ちゃんと運んだあとだったら、どんなに怒られても平気ロプ」

 ‥‥いいえ、あたしと、寝てる りんを見つめてる、か。はぁ。

「しょ、しょうがないミル。だったらあたしたちだけで、もう一度やってみるミル‥‥えぃっ!」

 ぽんっ、っていう軽いいつもの音といっしょに、あたしの体が大きくなった。服はさっき脱げちゃったから昔のだけど、ま、非常時だものね。

 さて、地図は‥‥と。あぁ、服の間にあったわ。変身が解けたとき、一緒に飛ばしちゃったのね。

 それじゃ、頭痛くなるかもしれないけど、覚悟して地図とにらめっこしま‥‥

「あら?」

 地図の間からなにかはみ出てきてる。なにか‥‥白いものが。

「どうしたロプ?」

 シロップが声だけで訊いてきた。もうこっちを向かないで、まっすぐ飛びながら。

「なにかあるのよ、地図の中に。さっきはこんなのなかったのに‥‥奥にはさまってたのかしら?」

 ばさっ、て大きな羽ばたきの音と一緒に、少しだけ体が浮いた。

「りんだってバカじゃないロプ。倒れることも考えて目印つけてくれたロプ。ほら、早く見るロプ!」

 はいはい。言われなくてもわかってるわよ。もう。

「ええと、なにかの領収書みたいね。今日の日付で‥‥え? ええっっ!?」

 うそ‥‥

「ど、どうしたロプ? なんなのロプ!?」

 大きな顔が近づいてきた感じ。たけど、あたしはまた顔上げられなくなっちゃった。

 だってこれ、これってことは‥‥


「り、り‥‥ん、の、おバカぁ〜〜っっ!!!」

「やれやれ‥‥」

 びしょ濡れの女の子は、くるみの服に着替えたらすぐに出て行った。どうやら、この湖が嫌いになったらしい。

「お客が一人減った、か」

 店の前、湖に下りる階段に腰掛けて、しばらく眺めていると、背後に気配がした。

「休みにする気かい、ナッツ店長?」

 ココに声をかけられても、振り向く気がしない。俺は真直(まっす)ぐ空を見上げながら、

「怒るな、って言うつもりなら無駄だ。運び屋のプライドだけは、昔から俺も認めてたんだからな」

 目の前に、飛んでいったシロップの姿がよみがえる。水をはじき飛ばす悪戯した後、急いで逃げていく姿が。

「ナッツ、真面目な顔で りんをくわえたシロップ見ただろう? りんは寝てるんだし、なにかトラブルでも‥‥」

「メルポがいる。りんのアクセサリなら、相手のところまですぐにでも行けるはずだ」

 そうだ。りんのアクセサリに思いがこもっていない訳がない。そんなものを運ぶ途中で遊ぶとは‥‥

「そうだね。ただし‥‥人に送るためのアクセサリならね」

 ん?

 ココの声の調子が変わった。いつもの明るい口調から、ささやくような声に。

 思わず振り返った先に、白いメモを持ったココが笑いながらしゃがんでいる。

「いま電話があってね、りんに伝言を頼まれたんだ。読んでみるかい?」

 笑ってるというより、ニヤニヤしてるな‥‥そう思いながら、俺は受け取ったメモを見た。

「届け物は無事到着しました。バイク便フユモリ‥‥バイク便!?」

 ばっ、と振り返って見上げた空に、またシロップの幻が浮かんだ。さっきとは違う、よたよた、ふらふら飛ぶ姿で。

 メルポには頼れない、りんも寝たまま、それで‥‥墜落寸前、か。

「思わず(にら)んでしまった‥‥悪いことをしたな」

「帰ってきたら、一緒に声でもかけてやろう。なぁに、一声かけりゃわかってくれるさ。シロップなら」

 ぽん、と叩かれた肩からちからをもらって、俺は立ち上がった。

「お前らしいな‥‥助かる」

 ココも隣で立ち上がって、軽く伸びをしたと思ったら、俺の方に向き直った。

「それじゃあ、一旦店を準備中にしてくれないか? 僕はメガホン持って待ってくるから」

 ん? メガホンだって?

 眉間にしわ寄せた俺の顔を見て、ココがまた笑った。さっきと同じ、ニヤニヤした笑いだ。

「シロップのことは、ずいぶんわかってきたからね。まぁ見てろよ。配達がなくて、りんがまだ寝てるとしたら、多分‥‥」

「ナッツハウスが見えてきたロプ」

 オレがそう言うと、背中からため息が聞こえてきた。

「気にするなって言ったロプ? 全部シロップがやったことロプ」

 また、ため息。やれやれ。

「そうだとしてもよ。怒ってるココさまたちに会うのは、やっぱり気が重いわ」

 そのあとで、ちっちゃくぶつぶつ言ってるな。『シロップのせいにする気なんてない』とか、全部聞こえてるぞ。‥‥まぁ、聞いてない()()くらいしてやるけどさ。


 さて、もうちょっとで湖、っと‥‥

「シローップ!」

 ナッツの声で、思わずオレの体が下を向いた。覚悟はしてたけど、やっぱビクっとするな‥‥ん?

 声のする方に、いつもと違うものが見えた。いや、いつもの二人なんだけど‥‥

「あ、そうか」

 口元が笑いそうになったんで、オレは何度か頭を振った。

 それじゃ、いっくぞぉっ!

「ほら、なにやってるのよ。ナッツさまが呼んでるわ。行くならさっさと‥‥うわわっ!?」

 真下に大きな湖。水面がぐんぐん近づいてくる。

「ちょ、ちょっとなにするのよシロップ! お、おち、落ちちゃ‥‥!!」

 あとちょっとで水面、っていうところで、オレは羽根を思いっきりはばたかせた。

 そのまま、ゆっくり、ゆっくり、と‥‥よし!


 ちゃぱんっ!


「え? ちょっとシロップ、ナッツハウスはもっと先よ。湖に降りてどうすんのよ!?」

 羽根をとじて、顔を真っ直ぐ上げて‥‥よし。

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと! なによシロップ、これじゃまるで‥‥」

 オレはその声無視して、動き出した。

 両足を大きく動かすと、体が前に動く。すーっと、音もしないで。

 頭の上はギラギラの太陽。だけど動くたび、胸や腹は涼しくて気持ちいい。

 ああ。やっぱ、夏は水鳥に限るよなぁ‥‥

「早くお店に行きなさいよ、シロップってば! こんなにふざけたら、ココさまたちにもっと怒られちゃうわ!!」

 くるみがドンドン背中叩いてる。無視しようかとも思ったんだけど‥‥まぁ、見せてやるか。

 片羽根で、背中のホロを少しめくってやると、背中が痛くなくなった。

「な、なによ、あれ‥‥」

 オレは片足だけゆっくり動かして、からだをナッツハウスの方に向けた。その手前、湖のほとりに派手な色が二つ並んでる。

 赤と黄色のメガホン持って、笑いながらこっちに手を振ってるココと、ナッツ。

「だから言ったロプ? わかってくれるヤツなら、増えてるロプ」

 横目でちらっと見てみると、くるみのヤツ、あきれ顔から笑顔になって、かごの端に腰掛けて、手まで振り出した。

 岸の二入がメガホン構えて、息を吸ってるのが見える。よしよし、そろそろだな。それじゃ、ゆっくり近づくとするか。ゆっくり、ゆっくり、なるべく()()()姿で、と。


 さぁ来い、突っ込み!


「「そんな顔のボートなんて、あるかーっ!!」」

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