ハートのあなからなにみえる?

「お、いーい天気♪」

 公園のはし、いつもの場所に停めた車の中で、こねた生地を片手に窓を開けると、公園の緑に陽が当たってきらきらしてるね。

 こりゃ、乾かないうちにいかないと。

「そんじゃ。せぇ、のぉ‥‥よっ、と」

 投げ上げた生地は、さっきピカピカに仕上げたばかりの屋根の上に()んでった。屋根に乗っかる軽い音を合図に、機械の動く音が聞こえてくる。

「よーしよし」

 生地が機械を通って、ゆっくり降りてくる。形作る音、穴をあける音、揚げる音。また一日はじまったなぁって思う音を聞きながら、トッピングの確認してると、コロコロって軽い音がやってきた。

 下まで転がってくる前に、オレは受け皿を置いた。木の受け皿は商品用じゃない。最初の2、3コはお客さんには出せないからなぁ。真っ黒だったり、ゆがんでたり、穴がうまくあいてなかったりして‥‥うん?

 2コ目に出てきたドーナツ。オレはなんとなく手にとって、

「おお

 思わず、ささげ持った。

 ちょっと焦げてはいる。全体の形もまんまるじゃない。だけど、きれいにあいたこの穴! まるで、磨いた窓じゃないか‥‥

 オレは手早く受け皿を大きいのに取り替えて、また2コ目のドーナツを手に取った。

 サングラスを跳ね上げて、しばらく、穴の向こうの公園を眺めてみる。

 だんだん緑が薄くなる木陰。犬の散歩している子供に、ジャージでランニングしてる若いの。並んで体操してる、もう少し古いの‥‥

「こりゃあ、あれだな。え〜と‥‥」

 なんつったっけな? お嬢ちゃんがいつも言ってる‥‥ああ。


「『幸せ、グッドだよ』だな。 ぐは

「は〜あ」

 朝の商店街を歩きながら、あたし、ま〜た ため息ついちゃった。

 顔の前には、だんだん熱くなってく地面。前向いてたはずなのに、いつのまにか下向いちゃってるよ。

 だめだなぁ、って思うんだけど。久しぶりに、学校のみんなに会えるっていうのにさ。

 でもね〜、う〜ん。

「せつなってばもぉ‥‥ていっ!」

 思わず、ポーンっと蹴り上げたら、スカートがなんかガサガサいってる。なんか入れてたっけ? んーっと‥‥メモ?

「せつな、図に丸印、ブッキー‥‥なにこれ?」

 あ。

 口に出してから思い出した。昨日ブッキーから電話かかってきたんだっけ。せつながどうとか‥‥まぁいいや。学校(がっこ)の休み時間にでも連絡しよ。

 まぁ、それはいいんだけど。でもなぁ‥‥


「お(じょー)ちゃん。ドーナツいかが?」

 あれ? いつも聞いてる声‥‥って、頭上げたらドーナツ持った かおるちゃん。いつの間にか、こんなとこまで来てたんだ。階段までのぼってるのに、気がつかなかったよ。

「朝ごはん、しっかり食べたぁ?」

 いつも通り、のんびりした声。いつもだったら飛びつくんだけど、けど‥‥


 ダンッ!


 ひとつだけ出てたテーブルを、あたしは思いっきり右手で叩いた。

「ちょっと、聞いてよ、かおるちゃん!」

「んー? なーに?」

 けど、やっぱ かおるちゃんはの〜んびりしてて、なんか昨日の せつな思い出しちゃう‥‥えぇいっ!!


「登校日だし、学校のみんなにも紹介したいからさ、せつなも一緒に行こう、って言ったんだよ!? なのに、『関係ない人が学校に入っちゃダメでしょう?』だって。あたしの友達なんだから関係あるってのに、『規則は規則です!』だもん。まーったく、せつなってば。ヘンなとこ固すぎなんだよ。ホント!!」

 はぁ。一息で言い切ったら、少しスッとした‥‥けど、まだおなかの奥がもやもやしてるなぁ。


 ‥‥ん? あれ? ぱちぱち、って音?

「物まねうまいねぇ。今度、タルやんの代わりにショーやらない?」

「かおるちゃん!」

 あたしがどなって近づいたら、かおるちゃんの手がひらひらやってきた。

「あはは、冗談冗談。まーね、くだらなく見えても、だれにでも守りたい部分はあるもんよ。
 (すすむ)だけじゃあヤマトは進まないってね。 ぐは☆」

 あたし、おもわずそのままイスに腰掛けちゃったよ。朝から力が抜けるなぁ

「いつもに増してよくわからない〜‥‥」

「あ、わからない? わからない、か‥‥ま、オレも見たことないんだけどね。 げは♪」

 あ、あはは‥‥

 笑いが乾いてるのが自分でわかるなぁ。でも、かおるちゃんの言葉は力が抜けるだけで、疲れはしないんだよね。

「『守りたいもの』か‥‥そうかもね」

 力が抜けたら、頭の中がふわっ、ときれいになった感じ。帰ったら、せつなにちゃんとあやまろう。

 紹介は、またどっかでやればいい、か。


「ありがと、かおるちゃん。じゃ、学校(がっこ)遅れるから」

 って言いながらイスから立ち上がったあたしの前に、中身の詰まった紙袋が出てきた。

「ぺたんこカバンにも、ごはんあげたら?」

 あはは。なに言ってんだろ。きょうは教科書いらないけど、お弁当(べんと)入ってるからぺたんこじゃないのに。

「帰りに寄るからいいよ。またね、かおるちゃん♪」

 あたしはそのまま駆け出した。まだ間に合うけど、なんかみんなに早く会いたい気分。会って、せつなのこと、話したい気分。


 背中から、持ってった方がいいよ〜、って声が追いかけてくるけど‥‥ま、いっか。

「ふぅ。ひとりなんて、久しぶり」

 声に出してることに気がついて、私は思わず手を口に当てた。広い公園の中で、誰も見てるわけないんだけれど。


 でも、ほんとに久しぶり。ここしばらく、家でも外でもラブと一緒だったものね。

 ラブったら、登校日に学校にまで連れて行こうとするんだもの。()()()はちゃんとつけてもらわなくちゃ‥‥怒られるのは、ラブなんだから。


 さて、と。ひとりで出てきたのには、一応目的があるのよね。

 いつもみんなが寄っている、公園奥のドーナッツ屋さん。あそこなら、ひとりで本を読むのにちょうどいいわ。

 タルトもあとでお仕事に行く、って言ってたし‥‥なにをするのかは聞いてないけど。

 そんなことを考えながら歩いていたら、ドーナッツ屋さんはもう目の前。

「なににしようかな‥‥」

 階段を上がりながら、また思わず口に出しちゃったわ。でも半分くらいは決めているのよね。まえにラブと一緒に来たとき、車の中に見えたもの。

「イチゴと‥‥レモン、かな?」


「おや。お嬢ちゃん、いらっしゃい。ひとりは初めてだねぇ。はい、ドーナツね」

 ドーナッツ屋さんの車の前、大きなパラソルの席に座ったとたん、私の前にお皿が出てきた。


 ‥‥イチゴと、レモンのドーナッツ。


 びっくりして顔を上げたけど、店長さん、もう車の中に入っちゃってるわ。

 私の目、しばらくドーナッツと車の中を行ったり来たりしてたけど、

「ラブが()()()()なんだものね」

 そう考えたら、なんとなく納得した。


 それにしても、

「ひとりは初めて、か」

 ちゃんと知ってるのね。私がいつも、ラブと一緒にいるってこと‥‥


(もう、せつななんて、しらないっ!)


 その瞬間、心臓が止まるかと思った。

 昨日、ラブが私に言ったひとこと。今朝、出掛けるときの怒った背中。いきなり、すぐそばで聞こえたから。いきなり、目の前に見えたから。

 なんでだろう。ただちょっと、ケンカしちゃっただけなのに。ひとりなんて、さっきから何度も自分で言ってたはずなのに。他の人に言われるだけで、こんなに‥‥


(もう、せつななんて、しらないっ!)


 目をつむっても、耳をふさいでも、ダメ。まだ見える、まだ聞こえるわ!

 わかってる。ラブと一緒に居すぎたのよ。もう、ひとりでなんて居られないくらいに。でも、でも‥‥

「ドーナツ、もひとつどーお?」

 いきなり、ラブの背中が消えた。目の前には店長さんがひとり。‥‥ひとり!

「ひとり‥‥ひとりは、こ、こわ、怖く‥‥」

 なにを言ってるのか、もう自分でもわからない。勝手に取り乱して、わけのわからないこと言って、店長さんにまで迷惑かけて‥‥!

「はい」

 え?

 目の前に出てきたのは、ドーナッツ。ただのドーナッツなのに、私はしばらく、目が離せなかった。

「これ、オレの幸せ。貸してあげる」

「これ、って‥‥焦げたドーナッツが、ですか?」

 失礼なのはわかってるんだけど‥‥渡されて手に取ったものは、どこから見ても、ただの焦げたドーナッツ。これが、幸せ?

「うん。でもさ、きれいに抜けてるでしょ、ハート」

 言われてみれば、まんなかのハートはとてもきれい。見ていると、吸い込まれるみたい。

「お嬢ちゃん、占いできるんでしょ。なら、その穴から覗けば見えるんじゃない?‥‥ま。ドーナツだからウラないけどね。 ぐは♪」

 そぉっと、ドーナッツの穴を覗いてみると、サングラスの顔が見えた。

「‥‥店長?」

 当たり前よね。目の前にいたんだもの。でも‥‥なんだろう、さっきまでの怖さが、ふっ、と消えちゃったわ。

「店長ねぇ‥‥なまえは?」

「かお‥‥っと」

 い、いいのかしら?

 ラブもみんなも、気軽に呼んでるけど、私はまだ何度も会ってるわけじゃないし‥‥

 迷っていたら、遠くから声が聞こえてきた。

「‥‥つなちゃーん」

 振り向いたら、女の子がふたり。小さい姿が、だんだん大きくなっていく。ドーナッツの穴から、はみ出るくらいに。

「やっぱり、ここだったよ〜」

「何してるのよ、こんなとこで」

 私はドーナッツをお皿に置いて、息切らしてるブッキーの背中をなでてあげた。その後ではハンカチで汗をぬぐってるミキちゃんが、あきれた顔でこっちを見てる。

 ああ、そうだわ。ラブと一緒に暮らしてるとちょっと忘れちゃうけど、彼女たちも、私をひとりになんてしてくれないんだったっけ‥‥

「図書館で待ち合わせ、って、ラブちゃん言ってなかった?」

 胸がすぅっ、と楽になる感じの中で、ブッキーの声が聞こえた。

「いいえ。私には、なんにも‥‥」

 だから、ふたりが苦笑いしてるの、しばらく気づかなかったわ。

「ラブちゃんってば‥‥登校日でつきあえないから、せつなちゃんお願い、って言ってたのにぃ」

 え? ラブが‥‥なに?

「夏休みが終わるまでに、こっちの勉強、完璧に覚えてもらうわ。覚悟しなさいよ

 ミキちゃんが私の肩に手を置いて、ゆっくり誘導してくれる。なんだ、ラブも最初っから、私をひとりにする気なんてなかったんだわ。図書館で、みんなでお勉強。それも前に聞いた『夏休み』らしくていいかもしれない‥‥あ、いけない!

「ちょ、ちょっと待って!」

 目の端に、パラソルつきのテーブルが見えた瞬間、私はぱっ、とふたりから離れた。

「逃げようったって、そうはいかないわよ♪」

「逃げません。‥‥ラブじゃないんだから」

 苦笑いしてるふたりを背にして、私はぺろっと舌を出した。だいじなとこでラブが絶対逃げないの、みんな知ってるものね。


 私はテーブルの上のドーナツをそっと取って、そばに立っていたサングラスの人に差し出した。

「お返しします。幸せのドーナッツ」

 けれど、差し出した手の先には、壁みたいな両手のひら。あら?

「もっと見つけてからにしなよ。
 そんときは、せつなちゃん用スペシャルドーナツと交換だ。 げは


 ‥‥そっか、やっとわかったわ。ラブが()()()()なんだものね。この人は。

 私は、ドーナッツをハンカチで包んで、ポシェットにそっと入れた。そのまま、ポシェットを胸に当てて、ひと呼吸して‥‥さぁ、顔を上げなくちゃ。


「はい。いつか、お返しします。‥‥かおるちゃん」

「かおるは〜ん。来ましたでぇ〜」

 わいがドーナツの車に乗り込んだんは、もうちょいでお昼になる、っちゅうとこ。ピーチはんたちピリピリしとったさかい、ちょい遅ぉなってもうたわ。

「おう、ブラザー。元気かい?」

「あったり前や。健康第一やからな。せやけど‥‥」

 まわり見てても、だーれもおらへん。

「んー。ショーをやってもショーがない。 ぐは☆」

 ‥‥

 ま、まぁ人の少ない時期やそうやからな。せやけど、

「あー、こらドーナツ食いそびれたかいなぁ‥‥」

 わいがぐちこぼしてもうたら、足元に、でっかい紙袋がやってきてん。

「ああ。この袋のならいくつでも食ってくれよ。作り置きだけどね」

 なんや、紙袋に握ったあとついてるわ。誰かに渡しそびれたんかいな。

「そのかわり、あまったら後でラブちゃんとこ、届けてくれないかい?」

 あー、なるほど。ピーチはんか。そう言や、家のテーブルの上に弁当箱おきっぱなしやったなぁ。

「おっしゃ、まかしとき。後で行ったるわ」

 言いながらさっそくドーナツつまんでどったら、かおるはん、いきなり立ち上がってもうた。ん?

「ところでブラザー」

「へ、なんや?」

 お客さんも来とらんちゅうのに、なにしてるんやろ、思たら、機械の陰からなんやコゲたドーナツ手に取って、

「ドーナツの穴を覗いたら、なに見えるかねぇ?」

 コゲドーナツ、お()さんに()かしてもうてん。なんや? 穴からなにが見える、やて?

「なに見えるて‥‥ いつもと同じやろ。ただの穴なんやから」

 わいが答えても、かおるはん、公園のずーっと先の方見つめとん。

「いつもと同じ?」

 なんやろ思てたら、サングラスかけなおして‥‥いきなりコゲドーナツ、ジャリジャリ食いはじめたわ。


「そりゃそうだ。 げは

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