かおるちゃんくえすと

 きょうも、公園の端っこに車が停まってる。

「車はあるんだよねぇ‥‥」

 ずいぶん離れたここからでもわかる、ドーナツの絵の描かれた看板しょって。

「そうね、今日もちゃんとあるんだけど‥‥動いてないわ」

 でも。

「今日もいないのかなぁ‥‥」

 そう言ったわたしの顔を、ラブちゃんとミキちゃんが覗き込んできた。


 そう。ここ何日か、ヘンなのよ。車だけで、中にいる人の姿が見えないの。

 ここからは読めないけど、車の前には『調整中・近づかないで』って書かれたおっきな札がかかってるから、ここ何日かはみんな近寄らないし‥‥でも、わたしは知ってるんだ。この車の持ち主――かおるちゃんが行っている場所。

 今日も、やっぱり戻ってないのかなぁ‥‥

「せつなも来るの遅いし。なにやってんだろ?」

 ラブちゃんの声が、ちょっと沈んでる。しかたないよね、せつなちゃん、忙しいから月にいちどくらいしか来れないけど‥‥今月はもう月が変わっちゃうっていうのに、まだ来ないんだもん。

 わたしも心配。だってそれもきっと、かおるちゃんが関係しているはずだか‥‥


 ドンッ!!


「え?」

 階段の上、いつものドーナツの車。が、おっきな音、青い光。白い煙。赤い炎‥‥

「え? え? えええぇぇぇ〜ぇっっ!?」

「あ、ちょっと、待ってよブッキー!」

 呼ばれる声が遠くなるのを感じながら、わたしは公園の隅の階段に向かって走って行った。

 ピーポー‥‥ってふたつの音の繰り返し。ドーナツ屋台にたどりついたわたしたちに残されたのは、こげこげの車とその音だけだった。

「ぶ、ブッキー、焦りすぎよぉ‥‥」

 ひざとか背中とか、ぽんぽん叩いてくるミキちゃんの手の感じ。階段の途中で何度も転んじゃったから、きっと土とか砂とかあっちこっちついてるんだろうな。

 でもそんなこと、わたしの頭のまんなかにはなかった。

「早すぎる‥‥わ」

 口から出てきた言葉に、自分ではっとしちゃった。顔上げた目の前のラブちゃんたちが、目をまんまるにしてるくらい。

「ちょ、ちょっとどうしたの、ブッキー!?」

 びっくり顔のふたりを見て、わたしの頭が少しづつ冷めてきた。そう、どう考えても早すぎるわ。爆発が起きてから、救急車が出ていくまで何分もかかってない。これじゃまるで‥‥

「まるで、救急車が爆発を待ってたみたい‥‥」

「「ええっ!?」」

 ふたつの声が重なって響いてきたのが、とっても遠くからに思えた。

「ど、ど、ど、どうしよう、ミキたん!?」

「落ち着きなさい、ラブ。(あわ)てたって、なにも変わらないでしょう?」

 そう、落ち着け。落ち着くのよ、祈里。

 ふたりの声を聞きながら、わたしは自分に言い聞かせた。

 かおるちゃんがやることには、きっとなにか意味があるわ。ただ、すぐにわからないだけ。考えなくちゃ‥‥!


 わたしは大きく深呼吸してから、周りを見回した。目に入るのはラブちゃんとミキちゃん、大きな公園につながる階段、焦げちゃったドーナツ屋台のバン、その後ろに道路‥‥あら?

「車?」

 灰色っぽい車が、ちょっと離れた道路の脇に停まってる。もちろん、それくらい大したことないんだけど‥‥わたしはそれが妙に気にかかった。

「駐車場なら、もっと公園に近いところにちゃんとあるのに‥‥あっ」

 チャリン、って音といっしょに、指の先に冷たい感覚があった。無意識に、手をポケットに入れてたんだわ。

「ブッキー? なにやってるの?」

 ラブちゃんの声が、遠くに聞こえる。

 けど、わたしはそれどころじゃなかった。

 だって、ポケットから取り出したもの、それは、

「ゆないてっど、ねいしょん‥‥」

「国連のマークのバッジ? ブッキー、そんな趣味あったの?」

 ミキちゃんの声で、はっとした。そうだった。かおるちゃん、言ってたっけ。わたしたちを守るために、知らない間にわたしたちを、すごい立場にしちゃったんだ、って。このバッジは、その証拠‥‥ちょっと、待って。

 わたしは、さっきの車をまた見てみた。少し遠いけど、中に人がいるのがわかる。メガネみたいなものが、こっちを向いてるわ。もちろん、爆発したドーナツ屋台を見てるのかもしれないけど‥‥だけど。

「ふたりとも、ここで待ってて。わたし、行って確かめてくる!」

「え!? ちょ、ちょっとブッキ‥‥うわわっ!!」

 車の方に走って行こうとしたわたしの背中に、ラブちゃんのびっくり声が響いた。な、なに?

 そう思って振り返った先から、女の子の声がした。

「ラブーっ! あ、の、ばかは、どこぉーっっ!!」

 赤いドレス姿の女の子――せつなちゃんが、スカートのすそを蹴り上げながら、わたしたちの方に走ってきてた。

「あの、ばかは‥‥どこ行ったのっ!!」

 焦げた車の前、わたしたちの目の前まで走ってきたせつなちゃんは、息が切れるのも構わずにそう叫んだ。

 すっごい剣幕。荒い息で目尻に涙ためて‥‥はじめて見るわ、こんな顔。

「ばかって‥‥ラビリンスじゃないの、ウェスターは?」

その(・・)ばかならもうぶん殴ってやったわ!そっちじゃなくて、日本の(・・・)ばかよ!!」

 え?

 一瞬、わたしたちは顔を見合わせた。これって、ひょっとして。

「日本の、ばか‥‥って、かおるちゃん?」

 ラブちゃんがおそるおそる言ったら、せつなちゃん、その両肩つかんで、

「他に誰がいるっていうの!? それよ、そのばか! どこ!?」

 はじめて見る怖い顔。でも、戦ってた時の怖い顔と違うわ。これ‥‥

「そのばか――かおるちゃんなら、いま爆発しちゃったけど‥‥」

「やっぱり!」

 くちびるを噛んで、地面を睨みつけながら吐き捨てるみたいに言うせつなちゃんを見て、わたしは確信した。

 爆発したの、知ってる‥‥ううん、見た(・・)んだ、せつなちゃんは。

「せ、せつな!? なにか知ってるの!!?」

「私たち、何が起きたのかわからないのよ。車が爆発したと思ったら、いきなり救急車で運ばれて行ってしまって‥‥」

 ラブちゃんとミキちゃんの声を遠くに聞きながら、わたしは、ちょっと前のこと思い出してた。

 かおるちゃんに聞いたこと、ウェスターさんに聞いたこと、タルトが運んでた本のこと。

 そっか、やっぱり‥‥

「せつなちゃん」

「なに、ブッキー!」

 振り向いたせつなちゃん、わたしのことを思いっきり睨んでる。でも、わたしは怖くなかった。

「それで、ラビリンスは救われた?」

「え‥‥?」

 せつなちゃんの目が、まるくなった。やっぱりだ。せつなちゃんは、ただ怒ってるんじゃない。

「答えて。ラビリンスは、救われたの?」

「‥‥知ってるのね、ブッキー。なにがあったのか」

 強い視線をまっすぐ見返しながら、わたしは首を横に振った。そう、なにがあったのか、わたしは知らない。でも‥‥

「でもね、かおるちゃんやウェスターさんたちがラビリンスを‥‥せつなちゃんを助けたがってたのは知ってるの。だから‥‥」

「だから?」

 わたしは、さっきの車の中をもう一度見た。中の人、まだじっとこっちの方を見て‥‥違う。わたしたち(・・・・・)を見てるんだわ。もう、間違いない。


「だから、黙って一緒に来て、せつなちゃん!」


 そのまま、わたしは走りはじめた。左手はせつなちゃんの手首を掴んで、右手にはバッジを握って。


 そして向かう先は‥‥あの車!!

 公園の周りを回るように走っていくと、だんだん車が大きく見えてきた。運転席にいる、メガネをかけたおじさんの顔まで、はっきりわかる。

「ブッキー!? ぶつかるっ!」

 わたしは左手を離してバッジを指先につまみ出すと、そのままの勢いで開いてる車の窓に腕をつきだしたの。

「かおるちゃんのところに、連れて行って!」

 息が切れる、脚も痛いし、バッジを突きつけられたおじさんは、むすっとした顔のまま。

 間違いだったらどうしよう‥‥そんなことも頭に浮かぶよ。でも、負けない。負けちゃいけないんだ。

「連れてってっっ!!」

 かおるちゃんの、ために‥‥


『かおるちゃんに会って、なにをしますか。お嬢さん方?』

 そうしたら、車の奥の方から声が聞こえてきて、一瞬わたしは答えられなかった。

 なんだか、かおるちゃんを、もっと大人にしたような声‥‥

「決まってるわ。一発殴らなきゃ気がすまない!」

 いつの間にか隣に来てたせつなちゃんの声が、代わりに応えてくれて、わたしは我に返ったの。かおるちゃんを知ってる‥‥間違って、ない!

『‥‥君もかな?』

 わたしがこくんと(うなず)いたら、車の中でも影が頷いたの。

『わかりました‥‥高畑』

「し、しかし大塚にさ‥‥」

 え?いま、にさって?

『隊則第十二条第一項、復唱!!』

「はっ! 隊則第十二条第一項『有資格者による正当な要請に対しては、それが国家の損失に(つな)がる、()しくは人命に関わる任務を阻害するものでない限り、優先的に(こた)えなければならない』!」

『よろしい。資格についてはそのバッジで十分。要請の正当性は、自分の責任において認める。

 ――それにだ、高畑。あの(・・)かおるちゃんを、このお嬢さん方がとっちめて下さるんだぞ。これを見逃す手はないだろう?』

 付け加えた声が、なんだか笑ってるみたいだな、って思ってたら、運転席にいたおじさんが降りてきた。

 スーツ姿で背筋をピンと伸ばして、

「どうぞ、お乗りください」

 車の後ろのドアを開きながらわたしたちにそう言ったのが、とっても自然に見えた。おじさんって言っちゃったの、かわいそうだったかも。

「ブッキー!」

 せつなちゃんが先に車に乗ったとき声がして、振り返ったら、ラブちゃんたちが走ってきてた。その向こうに、かおるちゃんの車‥‥あ、そうだ!

「ラブちゃん、車お願い!」

 まっすぐラブちゃんの目を見て、わたしは言ったの。でも、ミキちゃんといっしょにぽかん、としてる。もう!

「6年前だよ、6年前! ラブちゃんにしかできないんだから。お願いねっ!」

 そのままわたしは車に乗り込んだ。これでわからなかったら‥‥ううん。

「6年‥‥あっ!」

 ラブちゃんだもんね。わたし、信じてる

 せつなとブッキーが乗った車が動き出すまで、あたしはそのまま立ってたんだ。

「ラブ、よかったの?」

 ミキたんの声でちょっと考えてることから戻されたけど、うなずいてみせたら、

「それで、6年前って?」

 あれ、忘れてるのかな? カンペキミキたんにしては珍しいなぁ。

「6年前って言ったら、あたしたちが、はじめてかおるちゃんに出会ったときだよ。この公園でのすみっこで、木のかげに隠れるみたいに倒れてたの。忘れちゃった?」

「あ、あぁ。そうね。もう6年か‥‥って、そんなことはどうでもいいのよ。いまはブッキーとせつなでしょ?」

 一歩あたしに近づいてきたミキたんにまたうなずいて、

「多分ブッキーは、かおるちゃんに会いに行ってるんだよ。あたしたちはその間に、あの車を元に戻さなきゃ」

 公園のすみにとまってる、コゲた車を指さしてあたしが言ったら、

「車、って‥‥中身も?」

 ミキたんが目をまんまるくしちゃった。

「うん。中身も

 だからあたし、今度は思いっきりうなずいてみせたよ。そしたら、はぁ、ってため息が聞こえてきてさ。

「しょうがない子よ、ラブって」

 あはは。そっかな。

 かおるちゃんのドーナツカー。あの中身を作れるのは、この街でたった一人だけ。あの人の、おもちゃ箱みたいな趣味めいっぱいで作ったものだもんね。もう、ロボットに変形したって驚かない、ってみんなで話したくらい。

「それじゃ、行こっか、毒田(ぶすだ)のおじいちゃんのとこ」

 思いっきり明るく声をかけたら、ずっと困った顔してたミキたんがちょっと笑顔になってる。うん。

「「毒田じゃない。ドクと呼ぶんじゃ!」」

 声を揃えて言ったあと、ふたりで顔見合せて笑っちゃった。こんなときだけど、ね。

「ブッキー、車って?」

 え?

 動き出した車の中でせつなちゃんにそう()かれた瞬間、わたしにはなんのことかわからなかった。

 車って、いまわたしたちが乗り込んだばかりじゃ‥‥あ、そっか。

「ラブちゃんに言った方の車ね。かおるちゃんの車のことだよ。かおるちゃんがこの街に来たとき、公園の奥に住んでる発明家さんが作ってくれたの。どんな機械を入れてもいいからってみんなで頼んだら、喜んでつくってくれたわ」

 6年前を思い出すな。ドーナツ作る機械までお手製で作ってるの、見ててもわくわくしたものね。

「どんな‥‥機械でも?」

 あれ、せつなちゃん、考え込んじゃった?‥‥ああ、そっか。

「そう。きっとせつなちゃんが考えてる機械(・・・・・・・・・・・・・)も、その人が作ったんだよ」

 わたしは、ちょっとだけぼかして答えてあげた。

 今乗ってる車の人たちが、わたしたちのことをどこまで知ってるかわからないから‥‥あら?

 周りが暗くなった。窓が黒くなって、運転席とわたしたちの間に壁ができたんだ‥‥と思ったら、頭の上であかりがついたわ。

『安全措置です。お二人がかおるちゃんの居場所を知ったり、その場所にお二人が行ったことがわかると、保安上問題がありますからね』

 席の前にあったスピーカーから声が聞こえてきた。わたしは、こっくりうなずいて、

「構いません。わたしたちは、かおるちゃんに会えれば‥‥」

 って言いかけて、ひとつだけ気になったの。さっき呼んでた名前、ヘンだったな、って。

「あの、大塚‥‥にさ?」

 にさって、『二佐』だよね。つまり‥‥

『ははは。このバカモノのせいで、聞かれてしまいましたか。その階級が有効なのは、別の仕事をしているときです。いまの自分は、『かおたい』の一隊員に過ぎません』

 思わず隣のせつなちゃんと顔を見合わせて、首かしげちゃった。

「かお、たい?」

『はい。『かおるちゃん対策部隊日本支部』略して『かお隊』です。かおるちゃんに協力する人たち‥‥まぁ、そう考えてください』

 えーと。日本、支部、かぁ。話が大きすぎて、なんか、ぽかんとしちゃう。

「なぜ、協力するの?」

 横から低い声が聞こえてきて、わたしは思わずせつなちゃんの顔を見た。両手を組んだ上にあごを乗っけて、見えないはずの助手席をじっとにらんでる‥‥

『かおるちゃんは、ひたすら人を――子供を守ろうとするんです。主義も宗教も人種も、地球に住んでいなくても(・・・・・・・・・・・)関係なくね。だから、みんなが協力するんですよ』

 スピーカーごしの、声の雰囲気が変わった。静かでゆっくり、まるで、かおるちゃんがたまに真面目に話すときの口調みたい。

『もちろん、人間ひとりで守れる相手は限られます。それでもひとりが守れる範囲は守る。それが広がれば何千、何万の子供を守れる‥‥かおるちゃんは、それを世界中の怖い人達を相手に広めていった人なんですよ。でも』

 でも?

『かおるちゃん自身は、守る子供を見つけられないでいました‥‥あなた方の前には』

 え‥‥??

『あなた方が初めて変身したとき、いきなり自分に連絡があったんです。今でも覚えていますよ、聞いたことのないような厳しい声で『あの子たち、オレの管轄だから。手ぇ出さないでよ』とね。それからは色々な方面に手をまわして、忙しい毎日でした』

 話を聞いてて、いきなりふっ、と言葉がよみがえってきたわ。


 ――未来、作ってみる? 背中なんか、オトナにまかせちゃって、さ。ぐは♪


 何年か前‥‥そう、ラブちゃんたちと、将来の夢を話していたとき。かおるちゃんに言われた言葉。

「子供を、守る。か‥‥」

 せつなちゃんの声でまた顔を見た。もう、にらんでなんかいないけど、すっごく考え込んだ顔になってる?

「それで、かおるちゃんは、なにをしたの?」

 私が訊いてみたらせつなちゃん、しばらく走ってぼろぼろになったスカートの裾をいじってから、目をつむってこう言ったの。


「‥‥かおるちゃんは、大魔王になったのよ――」

「ねぇラブ、ここって公園よね?」

「そだよー」

 ミキたんの声を聞きながら、あたしは木の間を歩いてたんだけど、

「なんだか、深い森みたいだわ」

「そだねー」

 うーん、この木じゃないなぁ‥‥

「ちょっとラブ! なに(うわ)の空で聞いてるのよ!」

 おっと。いっけない。

「ごめんごめん、ミキたん。たしか、ドクのところには行き方があるんだったなー、って思ってたの」

「行き方?」

 そっか。ミキたんは知らなかったっけ。

 あたしとブッキーだけなんだよね。これ聞いてたの。

「3人そろえばすぐに来れるって言ってたけど。2人だと‥‥あ、思い出した。いない人の色に向かって進めばいいんだよ。いまはブッキーがいないから‥‥こっちだよ」

 黄色のリボン巻かれた木の間に入ろうとしたら、ミキたんが、

「いない人の色?」

「そう。あたしがピンク、ミキたんが青、ブッキーが黄いろー」

 答えながら歩いて行ったけど、

「それって‥‥」

「うん だからさ、みんなで変身したときすっごく納得したんだ。きっと、あたしたちがもともと持ってる色なんだなー、って。あっれぇ?」

 おっかしいなぁ。いない人の色だから、黄色でいいはずだよね。でも森が途切れないよ??

 周りの木にも、もう黄色いリボン巻かれてるのはないし‥‥

「こっちよ」

「っとと! いきなり腕つかまれて引っ張らないでよ、ミキたん‥‥って、あれれれ?」

 いつの間にか、目の前が広場になってて、真ん中に2階建ての家――むかし見たまんまの、ドクの研究所が見えてる。

「ちょっ、ミキたん? なんでわかったの??」

「いない人の色なら、黄色と赤(・・・・)、でしょ。ね、ドク」

 うわ、さらっと言うなぁ、ミキたん‥‥って、いまドクって言った?

「おぉ、青の嬢さん。相変わらず、カンペキじゃの。わからんかと思っておったが」

 声がしてきた方を見たら、作務衣(さむえ)姿のちっちゃいおじいちゃん。6年前とぜんぜん変わってない毒田さん――ドクが立ってたよ。

「で、なんだね。文化祭の出し物でも借りに来たかな? 難しいんじゃよあれは。ちから抑えてつくらんといかんから」

「大丈夫よ、ドク」

「思いっきり作っていいものだから」

 ドクの言葉に、あたしたち二人して同時に答えちゃった。

「ほぉ? というと、かおるちゃんがらみじゃな」

 そう言って、ドクがくるっと背中向けた。指で、ついて来いって合図しながら、研究所の中に入ってくのを追っかけて、ミキたんとふたりで歩いて行くと、ドクがぼそって一言。

「ふむ。かおるちゃんに最後に頼まれたのはあっちの世界(・・・・・・)とのゲートじゃから‥‥さしずめ、欲しいのはそのスペアかの」

 あっちの世界‥‥あ!

「ラビリン‥‥むぐ!?」

 あたしが言おうとした口が、ドクの伸ばしてきた手で塞がれちゃった。なんで?

「しーっ! それはこっちの世界では禁句じゃと聞いとるぞ。どこに耳があるかわからんからの」

 あ‥‥やっぱり。ドクってラビリンスも、せつなのことも知ってるんだ。

「それで、ゲートって?」

「これじゃ」

 話しながら開けた研究所の入り口の先、部屋の突き当りをドクが指さした。けど、それって、

「‥‥オーブン?」

「まぁ、そう見えても仕方ないの。大きくすると電力を使いすぎて車に積めないんじゃよ。さて、相手の電源が入ってないと使えんのじゃが‥‥それ」

 どー見たってオーブンの温度つまみをドクが回したら、ヴゥン‥‥って音がした。おお、それっぽい音だよ。

「おや? 向こうも動いてるようじゃ‥‥何か、こっちに向かってきてるの」

 あれ? ドクもちょっと驚いてるな。

 ミキたんとちょっと顔見合わせた瞬間、オーブンのフタがぱかっと開いて、そこからまぶしい光が漏れてきた。

「な、なに?」

「おーい、そこの君たち、急ぐんじゃぁ! 早くこっちに来んと、ゲートが閉じてしまうぞぉ!」

 ゲートが閉じる?

 よく見たら、ドクは漏れてきた光に向かって叫んでる。あたしも、なにが起きてるのかわからないまま、目をほそくして見てたら‥‥いきなりオーブンから光がふたつ、部屋にこぼれてきた。

「ちょっと、大丈夫?」

 人‥‥かな? さっきドク、『君たち』って言ってたよね。うーん、スプラッタだったらイヤだなぁ。

 あ、だんだん光が弱くなって、形がわかるようになっていって‥‥って、えぇっ!?

 思わずあたし、またミキたんと顔見合わせちゃったよ。だって、これ‥‥


「「う、ウェスター!!?」」

「だい‥‥まおう、って‥‥せつなちゃん??」

 車は動き続けているのに、私とブッキーのまわりだけ音が消えてしまったみたい。ブッキーの声もこわばってるし‥‥だから、本当は言いたくなかったのよ。

「その日、私が目覚めたら、鎖で両手を柱に縛り付けられてたわ。塔の上で、お姫様みたいな服を着て。

 そして、目の前には魔王の姿をした かおるちゃんがいたのよ‥‥」

 日本にかおるちゃんを追いかけて来て、私がひとりでぶん殴って‥‥それですべて終わったことにしてもよかった。けれど、

「そこでかおるちゃんに聞いたわ。私が眠っている間になにをしたのかを。

 畑を毒で汚して、世界を黒い雲で包んで‥‥」

「ちょ、ちょっと待って? かおるちゃんが、そんなこと‥‥おかしいわ!!」

 ブッキーも知っていたのなら、聞いてもらわないといけない。

 私は大きく息を吸って、あのなん時間かを頭の中に蘇らせた。

「そうよ‥‥おかしかったのよ。かおるちゃんが――」

「――よっ。おめざめだね」

「かおるちゃん!? これ、なんなのこれ?」

 最初に目に入ったのは、大きな黒いマントを羽織った、かおるちゃんだったわ。

 動こうとすれば手首が縛られているし、周りを見れば変身したときみたいなドレスを着ているし。なにもかもがわからなかった。でも、それで終わりじゃなかったの。

「ちょっと我慢しててよ。(あと)は残らないはずだから」

「そうじゃなくって、これ‥‥え!?」

 目の前の窓がディスプレイに変わって、そこに映ってたのは、灰色の世界だったのよ。

 つい最近まで耕していた地面も、魚を育てていた湖も、みんな白い‥‥灰みたいなものに覆われて。

 そして、人々が倒れていたわ。

「私‥‥どれくらい意識を失っていたの?」

「そうだねぇ、2日? いや、3日だっけな」

 な‥‥!?

「あぁ、心配いらないよ。その間の世話は侍女さん‥‥えてら(・・・)さん、だっけ? 彼女がしてくれてさ。そんときは席はずしてたからね、オレ」

 んな!?

 言われてみれば、おしりあたりがゴワゴワしてる‥‥って!!

「かおるちゃんっ!!?」

「おっと。ちょっとまってて、起きたことだし、すぐ放送するからねぇ〜」

 放送?

 なんのことかわからなくて、一瞬ぽかんとしてしまった私の目の前で、かおるちゃんの雰囲気が変わったわ。


「あー、ん、んんっ!‥‥よぉし。

 ふぁっふぁっふぁあっ! 大魔王カオールのちから、よぉくわかったであろう!

 見よ!貴様らの希望たるプリキュアも、すでに我が手に堕ちた!」

 ぎゅっ、と手首が引っ張られて、私は動けなくなった。その姿が、目の前のディスプレイに大きく映しだされたの。

 それと一緒に、塔の下から多くの声が聞こえてきた‥‥すぐわかったわ。この姿が、外にも映しだされてるんだって。

「何のつもり、かおるちゃん!?」

 私が(にら)みつけたら、かおるちゃんが手元でなにか操作して、

「とりあえずね。せっちゃん嬢ちゃんには、しばらく寝てもらってたんだ。オレ、ここでは大魔王だから。その間に悪いことしてたんだけど‥‥」


「大魔王! イースを離せっっ!!」


 かおるちゃんの話が、ディスプレイからの大きな声にかき消されたわ。いまの‥‥ウェスター?

「お、戦士様のお出ましかぁ。さて、大魔王としちゃあ迎え撃たなくちゃね。げはっ♪」

 なんで、そんなに楽しそうなの!?

「大丈夫だ、みんな! 大魔王さえ倒せば、人々はよみがえる! みんなで大魔王を倒すんだっ!!」

 あれは‥‥サウラー!? 仮装なんかして、いったい、なにがどうなって‥‥

「よぉくぞ見破ったわ! だが人間ごときに、この大魔王が倒せるかな? そぉれ!」

 そう言って、かおるちゃん――大魔王は、大きなマントを広げて、窓の外に飛び出したのよ。高い塔の上なのに。

 なにをやってるのって思ったわ。そのときは。でもね。

「まぁ、しばらく観ててよ」

 いきなり、背中から声が聞こえてきたの。

 手首の鎖がゆるんだのを感じて振り向いてみたら、柱の後ろにスピーカーがあったわ。

「その鎖もね、オレがこの世界から消えたら(・・・・・・・・・・)ほどけるようになってるから。あとは‥‥サウラーくんの言うとおりにしてくれりゃいいよ」

 うわーっ、って声が聞こえて、塔の下をのぞき込んだら、またひとり、倒れていた。

「う、うぇ‥‥ウェスター!? なに、なにこれ、なによこれはっっ!?」

「大丈夫。大丈夫」

「なにが大丈夫よぉっっ!!」

 そばにいないってわかっていても、叫ばずには居られなかったわ。ディスプレイ越しでもわかったの。息してないわ、ウェスターが、ウェスターがっっ!!

「オレがいなくなれば、全部元に戻るよ。世界も、倒れてる人たちも。戻らないのはみんなの気持ちくらい‥‥」

 その瞬間、スピーカーが壊れるくらい大きな音がして、目の前にはオレンジ色が広がった‥‥さっきまでかおるちゃんを映していたディスプレイが、炎に包まれてたの。

「プリキュアさまに頼るんじゃない。我々が、我々の力で、この世界を守るんだ!」

 また聞こえてきたのは、聞いたことのある声。顔を、姿を変えた、サウラーの声。

 おお、って応じる人たちを見て、私は確信した。

 なんて単純なひとたちだろう。だけど。

「みんなの気持ちだけ、変わったわ。たしかに――」

「――そして‥‥」

 せつなちゃんが、考え考え話してくれたのが一段落したのを察して、わたしはあとをつなげたの。

「‥‥そして大魔王かおるちゃんは、逃げ込んだウェスターさんのドーナツ屋さんごと、爆発して消えちゃった。だよね?」

 びっくりした顔が、こっちを向いた。

「ウェスターさんの車と、かおるちゃんの車はつながってたの。わたし、知っていたわ」

「こっちの世界に逃げるために、車まで用意して‥‥っ!」

 わたしは、ひざにこぶしを叩きつけたせつなちゃんを真っ直ぐ見ながら、首を振った。

「違うよ。わかってるんだよね、せつなちゃん」

 がっくり肩を落とした姿で、わたしにはわかった。せつなちゃんは理解してる。かおるちゃんが用意したのは、逃げるためじゃないってこと。


 魔王が人間だった(あと)を残さないために、なんだ‥‥


「‥‥なんだか、わたしもぶんなぐり(・・・・)たくなってきたわ。せつなちゃんと一緒に!」

「ん?ああ‥‥ここは、カオルチャンの車じゃないのか」

 オーブンから転がり出てきた人――ウェスターが起き上がって、周りを見回してるのを、あたしとミキたんはしばらくぽかーんと眺めてた。

 だって、前に会ったときと同じなんだもん。違うのは大事そうに抱えてる大きなリュックサックと、ほっぺたに貼りつけた大きなガーゼだけ。

「派手にやられたもんね、ウェスター」

「ん、ベリーくん? ピーチくんもか。久しぶりだな」

 ミキたんの声が冷たくなって、あたしもはっとしたよ。

「‥‥せつなにどれだけ(ひど)いことしたわけ?」

 そうだよね。ドレスぼろぼろになるのも構わないで走ってくるなんて、普通じゃないもん。

「あー、ちょっとな。カオルチャン兄弟が大魔王やるんで、倒してくれって頼まれたんだけど‥‥」

 へ?

 あたしは思わず、ミキたんと顔を見合わせた。ミキたんの頭の上に、ハテナが見えるくらいに‥‥だいまおう??

「‥‥ああ、なるほどのぉ。かおるちゃんは、やっちまったのかい」

 そうしたら、あたしたちの背中から、ぼそぼそっとした声が聞こえてきたの。ドク?

「ドク、なにか知ってるの?」

「ん‥‥まぁ、炊きつけたのはわしじゃからな」

 炊きつけた?

「赤い嬢さんが神様扱いされておると聞いたでの。歴史めくってみい、って言うたんじゃが」

 歴史‥‥って?

 また顔見合わせてハテナマーク見えかけたあたしたちに、ドクがぼそっと言ったんだ。


「人間が神様扱いされると、ろくなことがない――」

 今まで聞いたことのない、低い声で。

 ブッキーと一緒に黙ってしまうと、何の音も聞こえない。乗り物に乗っているなんて、信じられないくらい。でも、考えごとにはちょうどいいかも‥‥

『とても失礼な言い方になりますが』

 その静かな中に、スピーカーからの音が響いてきた。

『東せつなさん。あなたは人間と――地球人と区別がつきません』

「え? え、ええ」

 私は思わずうなずいてしまったわ。見えてもいないのに。

『ということは、あなた方には地球人と同じ弱さがあり、同じ状況では同じ歴史を辿る可能性が高い、ということです』

「‥‥だから、大魔王?」

『ええ。自分は現場を見ていませんが、想像はできます。あなたを‥‥世界を救ったプリキュアを閉じ込めて、プリキュアより強い存在をアピールして、そして民衆に自分を倒させたのでしょう?』

 ‥‥聞かれているのは構わないと思っていたけど、他人の口から繰り返されるのは抵抗があるものね。

 そんなことを考えながら、私は一つ息をついて答えたわ。

「その、通り、よ」

『そのためだけの『大魔王』でしょう。多分、閉じ込められていても、不自由はしなかったのでは?』

「ええ、まぁ」

 つい、ため息まじりになるわ‥‥ええ、不自由しなかったわよ。

 ヘンな世話まで、エテラにされてなければ、ね‥‥ 気を失ってた時のことは、正直言って聞きたくないもの。

『しかし、ひとつ不思議な点がありますな。魔王を民衆に倒させただけでは、プリキュアの立場は変わりません。君臨する女王さまが、守るべき女王様に変わるだけでしょう』

「そのために、サウラーがいるのよ――」


(――あとでなら殴られてやるから、いまは笑っていろ。‥‥大魔王は、人々が倒した。これからは人々の時代だ。そうでないといけないんだ――)


「せつなちゃん?」

 ブッキーの声で、私は我に返った。サウラーが乗った計画は正しいのかもしれない。でも、

「でも、ひとつだけ許せないことがあるわ。ドーナツ屋に来ていた、小さな女の子を襲ったことだけは、ね」

「えええええぇっ!!」

『ほう、かおるちゃんが‥‥』

 二人の驚きかたに、私はちょっとだけ口元が緩むのを感じた。

「もちろん、眠らせただけよ。でも、あのかおるちゃんが、直接子供に手を上げたの」

『‥‥多分、子供を狙ったほうが、より民衆に衝撃を加えられる、と思ったのでしょう‥‥な』

 苦しそうな声が、スピーカーから聞こえてきたわ。それだけ、これがかおるちゃんらしくない、ってことを知ってるのね――

 ――子供が、目をさました。

 たったひとりドーナッツの車の近くで倒れていた、5、6歳の女の子。大魔王に倒されて(・・・・)すぐ、人々が塔の影まで運んでいった子。人々が立ち上がる、きっかけになった子‥‥

 私はすぐそばに寄って、身体を起こしてあげたわ。

「大丈夫? お名前、言える?」

「アナナス‥‥」

 私に答えたと思ったら、すぐに目を見開いて、何かを探している‥‥何かを?

「おじさんを、探してるの?」

 私はふと、頭に浮かんでしまったのよ。子供が探す、探したいくらいの人。

「うん。ねむっちゃう前に、おいしいドーナツを食べさせてくれたおじちゃん。変な格好だけど、やさしいにおいだよね

 思わず、私はアナナスを抱きしめたわ。

 塔の向こうには半分消し飛んだドーナツ屋の車。その中にはなにもなかった‥‥なにも!

「そう‥‥そうよ。そうなのよ――」

「――その子‥‥アナナスって名前の子は無事よ。今は侍女についてくれたエテラに預けてあるわ」

 せつなちゃんが何度もため息つきながら言うのを、わたしは隣でじっと聞いてた。

 でも、ちょっとだけ気になったの。いくら眠らせただけだって、爆発しちゃうようなところに置きっぱなしなんて。

「気にしてるだろうな、かおるちゃん‥‥」

「ブッキー?」

 え?

 いきなり、せつなちゃんがわたしの顔をまじまじ見つめてきた。なに?

「‥‥いいの。なんでもないわ」

 なんだろ、せつなちゃんの顔が、少しやさしくなってるな。


 呆れてるみたいにも見えるけど。

「――というわけで、カオルチャン兄弟は俺のドーナツカーごと爆発したらしいんだ」

 ドクにうながされてはじめた、ウェスターの話に、あたしは頭がクラっクラしてた。

 隣のミキたんも同じみたい。おでこを手で押さえて、何度もため息ついちゃって。

 だってさぁ、こんなのどうすりゃいいってのよ。せつなが全力疾走でかおるちゃん殴りに来る気持ちはわかるけど、あのかおるちゃんだもん。はぐらかされちゃうに決まって‥‥ん?

「ねぇ、ウェスター。そのリュックサック…{」なに?}

 あんまりにもクラっと来てて気づくの遅れたけど、ウェスターはオーブン出てからずーっとリュック抱えてる。落ちないように、大事そうにさ。

「ん? あ、いっけね。閉めっぱなしはまずいよな」

 閉めっぱなし? なにが‥‥って!

「「えええええぇっ!!?」」

 思わず、ミキたんとふたりで大声あげちゃったよ。だって、ちょっと、さぁ!

「こ、子供じゃない!」

「なんで女の子、ふくろに入れてるのよ! っていうか、この子、なんなの!?」

「勇者さま、だそうだ。サウラーがそう言っていた」

 勇者??

「ああ。なんでも、カオルチャン大魔王が襲った子供らしい。この子が倒れたおかげで、大人たちが本気になったんだ。この子もカオルチャンに会いたいと言ってたから連れてきたんだけど‥‥でもなんで勇者かって言われると、俺にはわからないな」

 ウェスターの言葉を聞きながら、あたしたちはリュックの中をのぞき込んだ。

 静かな息と、ちっちゃく動くおなか‥‥怪我もしてないみたいだし、普通に眠ってるだけだね。

「勇者‥‥あ!」

 え? なに、ミキたん?

「ラブ。この子、かおるちゃん大魔王専用の勇者になれるわ!」

 よく‥‥わかんないけど、ミキたんが言うんなら。でも、

「でも、せつなたちが行った先、わかんないよ?どうやって送れば‥‥」

「ふむ。黄色い嬢さんじゃがの、バッジを持っとらんか?」

 いままでじっと黙ってたドクが、いきなり口を開いた。

 バッジ?

「青くて、地球の絵が書いてある、あれ?」

 あ、あーあー。かおるちゃんの車の前で見てた、あれかぁ。でもそれが何なんだろ?

「おお、やはり(・・・)あの嬢さんに渡しておったか。それなら心配いらん、細工がしてあるからな。

 そのゲートに入れば、送ってやろう。‥‥ただし、行けるのはせいぜいふたりじゃ」

 あたしとミキたんがまっすぐウェスターの目を見たら、すぐに大きなうなずきが返ってきたよ。

 リュックサックのフタを開けたまま、また大事そうにかかえて、オーブン――ゲートに向かっていって、

「一応言っておくけど、ブッキーといっしょに、プンップンに怒ったせつなもいるよ?」

「多少殴られるくらいどうってことはない。兄弟は命をかけたんだからな‥‥やってくれ、じいさん」

「「「じいさんじゃない、ドクと呼べ!」」」

 ドクといっしょに、あたしとミキたんの声もウェスターを送ってった。


 ウェスターが完全に消えて、オーブンが静かになったころ。ふたりのいた場所を眺めながら、あたしはドクに訊いたの。

「あの、さ、ドク。なんで‥‥やっぱりブッキー(・・・・・・・・)なの?」

 別に欲しいとか言わないけど、かおるちゃんがブッキーにだけ、っていうのが、ちょっと、ね。

「決まっとるよ。かおるちゃんの弱点は、あの嬢ちゃんじゃからな」

 弱点、か‥‥うん。


「まかせたよ。ブッキー、せつな

 せつなちゃんがため息いっぱいじゃなくなってから、すこし相談したの。

 もうすぐ車は目的地に着いて、かおるちゃんに会えるはず。さすがにケガ人を、本当に殴るわけにはいかないし。どっちが何を言えばいいか、どう言えばいいか‥‥って。そうしてたら、スピーカーから声が聞こえてきたの。

『しかし、光栄ですな。かおるちゃんの天敵とお近づきになれるとは』

 て、天敵!?

『ああ、失礼。言い方がよくありませんな。でも、本当なんですよ。かおるちゃんが一番対応に困る相手‥‥それがあなたです。山吹さん』

「な、なんの――?」

 わたしが言おうとした口の前に、手が出てきた。せつなちゃんの、やわらかい手。

「ブッキーの口癖(くちぐせ)のことね。『わたし、信じてる』‥‥ちがう?」

『ええ。まさに、ブキくんですよ』

 目の前の手がゆっくり降りて、せつなちゃんの顔が見えるようになったら、

「魔王を倒す、聖なる武器ね。ふふふ」

 すっごいいい顔で笑ってるわ。もう!

「武器だけが行ったってダメでしょ?」

 そう。わたしだけ信じてても、ダメな気がするの。かおるちゃん、するっとはぐらかしちゃう気が‥‥

『あなただけでは、足りませんか』

「うん、そんな気が‥‥え?」

 その瞬間、わたしのスカートのポケットが、明るく光ったわ。なんだろうと思って中をさぐったら、

「うわぁっ!」

「きゃああっっ!?」

 な、なに? いきなりわたしとせつなちゃんの間に、なにかが落ちて‥‥大きな、人、ってこれ、ウェスターさん!?

「あなた、まだ叩かれ足りないのっっ!?」

「わーっっ! ちょ、ちょっと待った!」


 ばちーんんん‥‥


 すっごい音が車じゅうに響いてから、せつなちゃんが引っぱたいたんだってわかった。手の動きなんてぜんっぜん見えなかったもの。

「っっててて。いやちょっと待てって、イースよぉ。俺はいいけど、せっかくゲートでやってきたこの子までふっ飛ばされたら困るんだよ」

 あ、やっぱりこれって、ドクが飛ばしてくれたんだ。でも、この子、って?

「この子? ‥‥あ、アナナス!!」

 ウェスターさんが抱えていたふくろを覗きこんだせつなちゃんが、すごくびっくりした声で言ったの。

 アナナスちゃん、ってさっき聞いた、かおるちゃんが倒しちゃった‥‥あああっ!

 わたしはすぐ、せつなちゃんに目配せした。

「揃ったわ!」

「勇者さまと、聖なる武器!」


 そのときぎゅっ、と車が停まる感じがしたの。

『やれやれ、ドクにも困ったものですな。機密もなにもあったもんじゃ‥‥』

 言葉が途切れたと思ったら、車のドアがカチャッと開いて、ひげのおじさん――大塚さんが覗きこんでたわ。

「が、まぁいいでしょう。さて皆さん、魔王の城に乗り込みますよ」

 わたしとせつなちゃんは、いっしょに女の子を抱えて車を降りた。ケガとかはしてないみたい‥‥うん。

「さぁ行くわよ、かおるちゃん!」

 コン、コン


 軽い音が響いたあと、

「はいよ。あぁ、中佐。ひさしぶりだねぇ」

 大塚さんが開けた個室のドアの向こう側から、かおるちゃんの声がした。いつもより、ちょっとだけ枯れちゃった声が。

「中佐じゃありませんよ。もう何度も言ってるでしょう?」

「んじゃ、カーネル・オオツカかい? あっち(・・・)じゃそう呼ばれてたそうじゃないか」

 ふぅ、って、ドアの外まで聞こえるくらいのため息があってから、大塚さんの声がまた静かになった。

「お久しぶりです、かおるちゃん。ICUじゃなくてほっとしましたよ」

「ははっ、悪いね、運がよくって。それに面倒なことも任せちゃったしさ」

「任務はかまいません。ただできれば、いつまでなのかを訊かせて頂きたいのですが」

「そうだねぇ‥‥このまま、ずっとってことはできないかなぁ」

 またそんなこと言ってる‥‥

「ずっと? あの町を、離れるのですか?」

「派手にやっちゃったからねぇ。ホントのとこ、あっちの世界(・・・・)の子にはどつき倒されかねないよ。お月さまでもないのにね。ぐはっ☆」

 ぼそっ、と隣でせつなちゃんが何か言った。聞こえないけど、なんとなくわかるわ。

 わたしと一緒に、ぎゅってこぶしを握っちゃってるんだもの。

「離れる、ですか。じゃあその前に、大魔王は(・・・・)ちゃんと倒されないといけませんな。‥‥さ、入って!」

「へ?」

 さぁ、出番よ!


「大魔王かおるちゃん、覚悟!」

 わたしはそう言いながら、せつなちゃんと一緒に開いたドアから飛び込んだ。

 目の前のベッドには、何日かぶりのかおるちゃん。素顔のままだったのに、ぱっ、と枕元のサングラスかけちゃって、

「大魔王かおるちゃんは、ちゃんと倒されてるじゃない。ラビリンスでさ」

 ‥‥サングラスかけてはぐらかせば、逃げられると、思ってるよね?

「ちゃんととどめを刺さなくちゃダメだよ。日本で」

 でも。

「とどめ? なに、お嬢ちゃんたちが?」

 首を振ったわたしのあとを、せつなちゃんが引き取ってくれた。

「大魔王を倒すのは勇者様、って決まってるもの。さぁ、入ってきて、勇者様!」

「勇者だってぇ?あ!?」


「まおーわ、しんじゃだめなの」


 せつなちゃんが思い切り手を振ったドアの先から、女の子が入ってきて言ったわ。

 ウェスターさんに連れられた、さっき起きたばかりのアナナスちゃんが。

「また、どーなつつくって。ね

 そうしたらかおるちゃん、にっこり笑ったのよ。

「‥‥あー、こりゃまいった。確かにオレ専用の勇者さまだね。おかげで、安心して行けるよ。げはっ☆」

 やっぱり。まーだ、()りてないわ。

 わたしがちらっ、と隣に目をやると、その先でせつなちゃんがうなずいて親指立ててる。

 やっちゃえ! って、声が聞こえてくるみたい。

「行きたければ、行っていいのよ。

 でもかおるちゃんは、わたしたちのところに、ちゃんと帰ってくるわ。わたし、信じてる」

「ほぇ?」

 両手を握ってそう言ったら、かおるちゃんの顔が、ちょっとぽかん、となった。よぉし、あと一歩!

「ほら、アスナスちゃんも一緒に」

 小さな手を握って言ったわたしに、小さな声がしっかり応えてくれた。

「うん!」

 大丈夫。この子は、わかってくれてる。それにせつなちゃんだって、わたしの肩を支えてくれてるわ。

 それじゃあ、せぇ、のぉ‥‥せっ!


「「わたし、しんじてる!!」」


「あ‥‥あは、あはははは。

 確かに、勇者さまと聖なる剣だ。こりゃダメだ、もう灰になるしかないよ。ははははは」

 ‥‥ぐは、もげは、もいらないよ。もう、逃がさないんだから。

 握ったちっちゃな手と、肩に置かれたしっかりした手が、わたしにうなずいてた。

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