たらいのまほう

『そうだ、流しそうめんだよ♪』


 そう言ったのはみゆきちゃんだったっけ。

 せっかく夏休みに入ったんだし、夏らしいことしたいね、って話してて。ふしぎ図書館じゃあ泳げないし、なにがいいか考えてたときだった。

『いいですわね。たしか西の方に竹も生えてましたし‥‥つくれますよね、あかね?』

『ああ、はじめから形なってるし、お好みのヘラ作るより簡単やな』

 れいかが()いて、あかねが応えて、

『それじゃ‥‥こんなかんじで、どう?』

 やよいが絵に描いて、みせてくれたんだ。

 ――図書館の屋根に組まれた、竹のトイ。

 そう、ここまでは覚えてる。ここまでは‥‥


 ヒュゥッ、て吹いてきた風が、ほほを撫でてゆく。

「え〜っと‥‥」

 やわらかくて、あったかい風――夏なのに、あったかいのが気持ちいい。

「ん〜、と‥‥」

 本当に、ここは別世界だなぁ。

「だからぁ‥‥」

 ‥‥って、違う! そんなこと考えてる場合じゃないってば!

「なんで屋根のってるの。あたしだけ!?」

「痛っ」

 大声出した瞬間、頭の後ろが痛くなって、思わず下むいちゃったあたしの目に、割った竹が何本か映った。

 ゆっくり頭を持ち上げてみたら、屋根の真ん中に椅子。その上にはタライがひとつ。

 なんだか手がガサガサするなぁ、と思ってみてみれば、握ってたのはやよいのスケッチブック。

 白い紙には、あの流しそうめんの絵‥‥ああ、そうだっけ。

 バランスとりながら立ち上がって、そぉっと屋根の端まで行くと、下に向かう緑のながーいトイ。竹を何本も組み合わせて、くるーりと図書館巻き込むように地面に向かって伸びている。

 そして地面のその横には、やっぱりなが〜〜いハシゴが、でれーんと横たわってる、と。

 そうだよ。さっき竹とタライ運んできて、最後のひとつ置いたところで足すべらせたんだっけ‥‥

「痛ててっ!」

 思い出したら、また頭が痛くなった。ポニーテールの結び目くらいのとこ。多分、髪がクッションになってたんだろうな。この髪型で助かったかも。

「ちょっと、休もっか」

 あたしは屋根を少し登って、壊さないように横になった。なんでこうなっちゃったのか、考えながら。

『おーし、これで図書館まわりに竹回したったで』

『あとは、屋根の上で流し口を組み立てるだけですね』

 屋根に寝転がって、目をつむると聞こえてきた。あかねの声と、れいかの声。

 そうだったね。最初はみんなで作ってたんだ。だけど‥‥ああ、声だけじゃなくて、姿も見えるみたいだ――


「それじゃ、はっしご、はっしごっと♪」

 みゆきちゃんとやよいが二人して、なんか長いもの持って‥‥って、ハシゴぉっ!?

「ま、待って待って! そんなの持って、何する気よ」

 あたしがそう言ったら、二人そろってこっち向いた。なーによ、ん?なんて顔で首かしげてさ。

「だってさ、いまれーかちゃん言ったじゃない。『あとは屋根の上で組み立てるだけ』って」

「屋根に登るなら、はしご。でしょ?」

 いや、それは正しい。正しいんだけど、さぁ。

 どう見たって登る気まんまんの二人に、ひとこと言ってやろうか、って口開いたとたん、

「なーお。登りたいなら、登らしたったらええやん」

 背中からの声に、言葉とめられた。あかね?

「一度くらい、軽ぅ痛い目()うたらあきらめるやろ」

 振り向こうとしたあたしの耳元までやってきて、あかねがこっそり言うから、あたしもこっそり答えたんだ。

「そう言うけどなぁ、軽くで済むとは限らないだろう?」

 クッションとか命綱とか色々用意して、落ちてもOKにしとけば、あたしも反対しないけどね。でも、それじゃあ‥‥

「あんまり、はっきり言いたくないんだよ。怖くて登らせられない、なんて」

 あかねはちらっとやよいたちの方見て、頭かきながらぼそっと言ったっけ。

「ん〜。それやったら、ここは一旦解散にしたったらどや? ここで止めたりしたらやよいちゃん、意地ぃなって登ってまうで?」

 ‥‥はぁ。それもそうか。よっし!


 軽く息すって、できるだけ明るい声になるようにして、と。

「じゃ、今日はこれでおしまい。明日はそうめん持ち寄って、仕上げやろうよ。ね」

 ――って言って、みゆきちゃんとやよいを帰したのはあたしなんだよ。確かにね。でもさ、

「あかねとれいかまで帰ることないと思うんだけどなぁ‥‥」

 こぼれた言葉を追って目を開けたら、まだ暮れてない空。ぼーっと眺めてると、ふたりの顔が浮かんでくる。

「明日までに仕上げるつもりだって、あかねならわかりそうなもんだし」

 とりあえずハシゴかけて、材料持って屋根登って、そのうち来るだろうと思ってたんだけど、

「れいかもカンいいし、あの流れなら気づいていいはずだよねぇ‥‥」

 長い付き合いだから、言わなくても大体はわかって、フォローとかしてくれるンだもんね。

 それがなぜだか、今回は素直に帰っちゃってさ‥‥あ、いけないいけない。いつの間にか、ひと頼みになっちゃってる。これじゃダメだ。

 そうだよ、たかが竹を組み立てるくらい。あたしひとりだって簡単に‥‥


 ひゅぉ〜‥‥


 立ち上がったあたしの足元から、風がひとつ、吹き上がってきた。

「かん、たん、に?」

 口に出したとたん、思わずのどが鳴った。

 ‥‥さすがに、はしごがないと降りられないよねぇ。

「と、とにかく初志貫徹、組み立てるのが先っ!」

 あたしは思いっきり声出して、脇の竹を抱えた。

 そうだよね、中途半端が一番よくないんだから。降りることはあとで考えよう。


 あとで‥‥ひとりで。

「ふ〜ぅ‥‥」

 タライから屋根の下まで竹のトイ延ばしたところで、あたしは頂上のタライをよけて椅子に腰掛けた。

 滑らないように、タライを裏返して屋根の上置いて、ひとつ深呼吸して気持ち落ち着けて、と。ちょっと、飲みものでも欲しいかな‥‥


 カツン


 足で軽く蹴ってみた屋根だけど、伝わってきたのは硬い感じ。

「‥‥どうせおとぎ話っぽい世界なら、お菓子の図書館でもいいと思うんだけどなぁ」

 ま、もしそうだったら、乗った重さで崩れちゃうんだけどさ。

「みゆきちゃんが乗っかったら、崩れたーって笑いながら言うんだろうな‥‥」

 青い空に、お菓子のかけらまみれで笑ってる顔が見える。

「やよいはそれ見て笑ってそうだし‥‥」

 その横で、一緒になって笑ってる顔。これも、すぐに浮かんでくるね。でも‥‥

「あたしは‥‥あたしはそんなの見たら、笑えそうにない、か」

 そこが、どうしたって違うとこなんだろうな。

「あかねやれいかだったら、それなりに分かるんだけどなぁ‥‥」

 言ってみてから、もう痛くない頭を振った。

 ほんとに分かってるんなら、いまここにひとりだけのわけないじゃないか‥‥


「あーあ、のど(かわ)いたァ」

 大きく息すって、椅子からごろん、と屋根にころがって。あたしは大きな声出した。

 変な考え、頭から追い出すために‥‥でも、口に出したらほんとに渇いてきたな。そういえば、さっき目がさめてから、なにも口に入れてないもんね。

 食べ物は仕方ないけど、水くらい持ってきとけばよかっ‥‥


 ――カタン


 ‥‥ん? なに、今の音。

 気になって起き上がってみたら、あれれ??

「タライの中に、ジュース? あたし、こんなの持ってきてたっけ?」

 知らないシリーズのジュースだから、買ったら覚えてそうなものだけど‥‥いやいや、ちょっと待ってよ。


「さっきあたし、裏返した(・・・・)よね、そのタライ――」

 コン、コン


 手に持った棒でタライをつついてみたけど、なんにも起きない。

「あ、あはははは‥‥当たり前だよね。ただの、た、タライなんだから」

 思わず口に出ちゃったのは、怖いからじゃないよ。うん。

 怖いからじゃない。怖いからじゃ‥‥よし!

「どっかに置いてあっただけだよねー。きっと」

 胸いっぱい息すって、笑い飛ばした大声が、そのまま空に消えていった。

 響かないんだ、よね、ここって、さ。

 ジュースを手に持って、キャップひねって。ふたを開けても音もしないし、いい匂いで痛んでもないっぽい。

「ほら、新品だよ。なーんだ。ははは‥‥んぐ」

 勢いよく飲んだジュース、なんか冷たいんだけど‥‥気にしない。気にしないったら気にしないっ!

 飲み終わったジュースをタライに放り込んで、あたしはそのまま背を向けた。

「はぁ。さっさと仕上げて降りたいとこだけど、しっかり固定もできてないもんな。竹がぐらついちゃってるし。ここまでやって出来ませんでした、なんて言えないよねぇー」

 解説してるわけじゃないけど、ついつい口から出てきちゃうよ。あんま、背中のほうを気にしたくなくてさ。

「‥‥けど、しばるものも落ちちゃったし。
 あーあ、せめてしっかり固定できるロープがあればなぁ‥‥」


 カタン‥‥


 ん? またなんか背中から音が‥‥って、え?ええっ!?

「ちょっと、なんでロープが入ってんの、タライに!?」

 トン、トン、トンッ!


 カラのジュースびんの代わりにロープが置いてあったタライのまわりぐるっと、竹のトイの残りで突いて回ったけど、なにもおきないな。ふぅ。

 とりあえず出てきたロープで竹のトイは縛り付けたんだよ。あまりタライは見ないようにしながらね。

 なんとかそうめんは流せそうだな、ってとこまできたけど‥‥降りれるかな、ってちょっと足をかけたら、ぐにゃっとしなっちゃう。あたしの体重じゃもたないか‥‥

「いや、筋肉だ。筋肉は重いんだ。重いんだ‥‥くそぉ」

 あかねもれいかも、あたしより軽いんだよなぁ。

 べつに、あたしが重いってわけじゃないんだけど。デカい分くらいしか‥‥いやいや、考えるのやめよう。暗くなっちゃうよ。

 それに軽いって言うなら、みゆきちゃんや やよいの方が軽いし。だからって屋根に登らせるわけにはいかないよ。うん。

『やよいさんなら、二つ返事で登ってくれるんじゃありませんか?』

 れいかの声が、頭に響いた。

 そう‥‥だね。言えば、いっしょに来てくれたんだろうな。高いとこ好きだし。でも、ねぇ‥‥


 くぅぅぅ‥‥


 あちゃ。おなか鳴っちゃったよ。

 重さのこと考えてたせいかなぁ。ちゃっちゃと済ませて帰るつもりだっから、あんま食べてないんだよね。

「あーあ、いいかげんおなか空いちゃったなぁ‥‥」


 カタン‥‥


 言いながらごろん、とその場に寝転がったとたん、頭の上からまたあの音が聞こえてきた。

 がばっと、ひじだけで身体おこして見てみたら‥‥やっぱあるよ、タライの中にサンドイッチ‥‥しかもどう見たって買ったものじゃない、手づくりのタマゴサンドが。

 それもこの香り、マヨネーズの中にちょっとだけソースが混じってる‥‥??


 ひゅう‥‥


 日が落ちはじめて、風邪が吹くといきなり寒くなってきた。外の世界みたいに、夏の格好してたらカゼひいちゃ‥‥

「‥‥くしゅっ!」

 え?

 いまの音、なんかこもってたけど、くしゃみだよね?ってことは‥‥!!

「おばけじゃ、ない?」

 そうだよ、さっきのソース入りタマゴサンドだって‥‥よぉし、それなら。

「あーあ、寒くなってきちゃったし、早く降りないとなぁ。トイレ行きたくなっちゃったよー」

 空に身体を、むけたまま、目だけでさぐってたら


 カタン


 ほぉら、来た‥‥って、見たところに白鳥がいた。

 頭にハンドルつけて、背中が凹んでる、白鳥‥‥お、おま‥‥

「こぉらあかねっ!いるのはわかってンだぞっ!!」

 タライに向かっておもいっきり叫んでやったら、

「ぶぶーっ♪」

 返ってきたのは、高い声だった。へ?

「はずれでしたー」

 屋根の真ん中ががばっと開いて、出てきたのは明るい髪の頭‥‥って、や、やよい!?

 なんで、やよいが‥‥?

 考えてたら、頭だけ屋根からひょい、っと出して、あたしの方じーっとみつめながら、

「だーってさ、なおちゃんがわたしを仲間はずれにしようとするんだもん」

 口とがらせて言われると、ちょっと言葉が出てこないよ。

「え、いや、それは‥‥」


「黙ってひとりでやろうとするからや」

「水くさいって言葉、覚えるべきですわ」


 あたしが口をパクパクやってたら、明るい髪のうしろから、声が二つ。あかねに、れいか‥‥やっぱりっ!!

「危険だったらちゃんと言えばええんや」

「それも含めて言ってるんですよ。『水くさい』って」

 ふたりとも、声だけで姿見せようとしないんだもんな。登り口が狭いこともあるんだろうけど‥‥くっそぉ、目の前が、じーっと見つめてくる やよいだけじゃ、怒鳴(どな)りもできないじゃないかっ!!

「こないだね、屋根裏に行く階段、みゆきちゃんと見つけたんだ。そこから屋根にも出られないかなー、って思ってやってみたの
 ホントははしごの方が気持ちよさそうだけど‥‥でもなおちゃんが登っちゃダメって言うなら、わたしは聞くよ? ともだちだもん」

 こぶし握りしめてるあたしに、くびかしげながら やよいが言った。見てたら、思わず笑っちゃったよ。

 あ、ははははは‥‥あーあ。

 そうか、そうだよなぁ。ちょっと、先走ってたかもしれない。中から登れるなんて、あたしには思いつきもしなかったし。

 ヘンな心配しなくても、やよいは、ちゃんと聞いてくれる子だったっけ‥‥


「で、それはそれとして‥‥なおちゃん、はい、どうぞ☆」

 ん?

「目も耳もふさいでるから、遠慮いりませんわ

「なんなら鼻もふさいどこか♪」

 3人の声といっしょに、

 ずずっ、と音立てながら、こっちに押されてきた。白鳥のまるくて大きな目と目が会って‥‥って、ちょっとぉ!


「だ、れ、が、使うかぁっっっ!!」

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