こいこいのこい

「秋だよねぇ〜」

 思わず口に出た言葉が、思ったより遠くに響いた。


 せつなが仲間になって2ヶ月ちょっと。

 ここのとこ、ラビリンスのふたりも見なくて平和だし。おもいっきりダンスの練習やったあと、みんなでかおるちゃんの店の丸いテーブルで休んでて。あたしは、空を見上げてぽーっとしてたんだけど。

「なによラブ、いきなり」

 だから、左どなりのミキたんに言われて、ちょっと考えちゃった。

「いやさ、ついこないだまで、運動すると飲み物欲しくなったけど、今は食べ物が欲しいなー、とか。秋っぽい気がして‥‥」

 なんだっけな、そんな言葉があったような気がするんだけど。

「食欲の秋?」

「そうそう♪」

 ブッキーの言葉を聞いて、あたしはパンッと手を鳴らした。簡単な言葉ほど忘れるもんよね。‥‥知らなかったわけじゃないよ。

「じゃ、このジュースは()らないわね」

「あ、まってまって! いらないなんて言ってないってば!!」

 左から手が出てくる感じがしたんで、あたしは思いっきりからだ起こして先にコップつかまえた。

 冗談なのはわかってるけど、ミキたんはときどきギリギリまで突っ込んでくるからな〜。

「ねぇ、ラブ‥‥」

 手に持っちゃったコップから、とりあえずジュース口に含んだとこで、右どなりのせつなが声かけてきた。

「ん〜?」

 さっきから声がしないなー、とは思ってたんだ。みんな一緒なのに、ひとりでずっと本読んで。だから、やっとこっちに参加してくれるんだって思ってとりあえず返事したんだけど‥‥


「こいって、なに?」


 まっ正面のブッキーが、あたしの吹いたジュースまみれになるまで、1秒もかからなかった。

「だいじょぶ、お嬢ちゃん?」

「は、ふぁい‥‥だいじょぶれふ」

 タオルもってテーブルにやってきた かおるちゃんに、ブッキーが答えてる。あっちゃあ、思いっきりやっちゃったぁ。

「ラブちゃん‥‥ジュース、禁止」

 あぁ、ぼそって言いながら、ブッキーがタオルから目だけ出して、じとっ、とこっち見てるよぉ。

「ごーめん、ごめんってブッキー」

 まだむーっ、としてるなぁ。あとでドーナツおごってあげなきゃ。

 それはそうと‥‥

「どうしたの、せつな? そんないきなり」

 ミキたんが声かけたら、ちょっとぼーっとしてた せつなが、かばんから何か取り出した。本、が何冊も?

「借りた本よ。この前、いろいろ借りたでしょ‥‥」

 ああ、そういえば。

 あたしたちとダンスしたり、一緒に学校にも行ってるけど、みんなの考えてることがまだちょっとわからない、とか言って。みんながよく読んでる本、借りまくってたんだっけ。

「ずっと読んでるのよ。これでもう10冊目。なんだけど、何度も何度も出てきてね‥‥」

 なんだか、やっぱりぼーっとした声だなぁ。いつもとちょっと違う感じ?

「出てくるって、恋が?」

「そう‥‥場所も人も共通点がまったくないのに、みんな最後は『こい』になっちゃう。なんなのかしら、これ‥‥?」

 あー、そっか。思い出したよ。ここ何日か、せつなの部屋の電気、いつ見てもつきっぱなしだったんだっけ。ひょっとして‥‥

「えーっと、ねぇ」

「あ、あのね、せつなちゃん‥‥」

 おっと。考えてたら、口出しそびれちゃった。

 あ、でも、机の向こうのブッキーが、顔ふいてたタオルを両手で握って、せつなに近づいてるね。ここは、ブッキーにまかせちゃおっか。

「ああ、そうね。そういえば、ひとつだけ共通点があったわ‥‥」

 せつなはまだぼーっとしてるし。それじゃこのすきに、さっき飲みそこねたジュースジュース、っと‥‥


「こいって、男の子とするものなの?」


 タオルを握りしめたブッキーが、またあたしのジュースまみれになるまで、やっぱり1秒かからなかった。

「ラブちゃんジュース禁止ぃっっ!!」


 ブッキーの声と一緒に、あたしのジュースは取り上げられちゃった。

 そのまま、ジャージのすそでむちゃくちゃに顔拭いてる‥‥しょーがない。残りはあきらめよっか。

 せつなはせつなで、まっ正面をぼーっと見てるし。なんか声かけにくいなぁ。

 となりのミキたんも、頭に指あてて考えちゃってるなぁ。どーしよ、これ‥‥?

「どしたの、嬢ちゃんたち。漫才やるなら、テーブルをステージにでも変えよっか? げは☆」

 考えてる目の前が一瞬まっ白になって、気がついたらブッキーが2枚目のタオルでくるまれてた。

 ブッキーの後ろには かおるちゃん‥‥そうだ。かおるちゃんなら!

「ん? オレがどうかしたの?」

「かおるちゃんは大人だから。恋のひとつやふたつ、当然あるんだよね!」

 半分立ち上がりながら思い切ってそう言ったら、かおるちゃん、あごに手を当ててちょっと考え込んじゃった。

「コイ? コイねぇ‥‥そりゃ、う〜ん‥‥」

 あれ? なんか、悪いこと聞いちゃったのかな?

 そう思ってたら、かおるちゃんが頭かきながら、

「そうね、結構まえだけどさ、お見合いしたことあんだよ。期待してたんだけどねぇ‥‥」

 あー、そっか。お見合いかぁ‥‥それじゃ、すぐ恋が生まれる、ってわけにいかないかもね。

 でも、ちょっと聞いてみたいかも、かおるちゃんのお見合いばなし。ミキたんも、テーブルに体乗り出してきてるし。

「ホテルのロビーに行ってさ、一緒についてきた親戚同士でいろいろ話してね。それから二人で外に出されるわけよ」

 タオルから出てきたブッキーの目が輝いてるね。うんうん。

「ホテルの外は日本庭園になっててさ。歩いてくと築山(つきやま)があったり池があったりしてね」

 うん‥‥うん?

「池をのぞくと、いると思うじゃない。なのに、いないんだよ。がっかりだよねぇ」

 え‥‥と。

「か、かおるちゃん? なんの話??」

「ん? だからコイでしょ、コイ」

 ああ、やっぱりかぁ‥‥よし!

 あたしがテーブルに手をつくのを合図に、となりと正面と3人一緒に立ち上がって、


「「「池の鯉じゃなーいっっ!!」」」


 声が消えた瞬間、顔見合わせて同時に笑った。もう、長い付き合いだもんね。


 ゴトン


 でも次の瞬間、いつもと違う音と一緒にテーブルがゆれた。テーブルの上には、黒髪の丸い顔‥‥

「せつなちゃん、どうしたの!?」

 あたしの口が動く前に、ブッキーが飛び出した。頭をゆらさないように、両肩に手をあてて‥‥こういうとき、ブッキーはやっぱ早いわ。

「せつなちゃん、だいじょ‥‥」

 少し離れて見てたら、ブッキーの動きが止まった。なに?

「ブッキー、せつ‥‥」

「しーっ。‥‥眠ってるわ」

 言いかけた口に手を当てて止めてから、あたしはもう一度テーブルの上の せつなを見てみた。‥‥寝てる、けど。ゆっくり休んでるように、見えないな。

「‥‥こ、い‥‥」

 もう、寝言でまで言ってるし。

「あー、こりゃ本っ当に知らないんだねぇ‥‥」

 かおるちゃんが(ほお)づえつきながら言ってる。

 そっか。かおるちゃんは、せつながラビリンスの人だ、ってこと知らないんだっけ。

 あたしもバカだなぁ、遅くまで電気ついてるときに、気づいてあげられたはずなのに。

「でも、なにもこんなになるまで‥‥」

 ミキたんが、心配そうな顔でのぞき込んできた。うう、罪悪感わいてくるなぁ。

「せつなちゃん、真面目だから」

 タオルをうちわ代わりに、ブッキーがあおいであげてる。

「そこが、せつなのいいとこなんだけど。でも、もうちょっとゆるくてもいいと思うんだけどなぁ」

 あたしもそう言いながら、せつなの背中をなでてあげた。いまできることって、このくらい‥‥

「ずっとラブちゃんと一緒にいるのにねぇ」

「ほんとね。なんでかしら‥‥?」

 ‥‥え、あたし? って!

「どーいう意味よ、それ!!」


「「しーっ!!」」


 ‥‥しょうがないなぁ。まぁ、そうでもしないと重い空気に耐えられないのはわかるんだけどさぁ。


「‥‥っぱり‥‥は‥‥」


 ああ、またせつながなんか寝言言ってる。さっきより小さい声で、よく聞き取れな‥‥

やっぱり(・・・・)に、わたしには(・・)、かぁ‥‥」

 その瞬間、ぼそっ、て低い声が、やけに耳に残った。‥‥かおるちゃん?

「ん? ああ、なんでもないよ。それより‥‥なぁ、お嬢ちゃんたち。この子、おじさんに任せてくんない?」

「かおるちゃんに?」

「ちょっとぉ。かわいい中学生に、なにする気?」

 ‥‥

 ブッキーとミキたんが首かしげてるのを横目で感じながら、あたしはまっすぐ正面を見つめた。かおるちゃんの、サングラスの中、やっぱりまっすぐ、あたしの目を見つめてる‥‥


「わかった。お願い、かおるちゃん!」

 ピンクに、白に、黄色に、茶色‥‥


 目の前を、なにかがぐるぐる回ってる。それをぼんやり眺めてたら、小さな声が聞こえてきた。

「‥‥3人ね。とりあえず、みっつ、っと」

 なんだろう? そう考えていたら、目の前がだんだん明るくなってきたわ。

 高くない天井に、小さな電灯。少し横を向けば、車のドア。小さなうなりと一緒に揺れるベッドは、よく見れば長椅子じゃない。

「おまけつきで、ほれ行け」

 声のする方には、サングラスの人。すぐ前にある機械を慣れた感じで動かしてる。

「かおる‥‥ちゃん?」

 そう、ここはドーナツ屋さんなのね。車の中の長椅子で、私は寝ちゃってたんだわ。


 だんだんはっきりしてきた目に、かおるちゃんのきれいな動きが映った。

 機械から降りてくるドーナツをお皿に受けて、ひとつづつ、ひょいっと手にとって横半分に切って‥‥そのままナイフにクリーム盛って、切ったドーナツにはさんで。

「これでみっつ、か。う〜ん‥‥」


 チャラ‥‥ン


 かおるちゃんの手がさわった何かが、軽い音を立てたわ。

 あれは、ビンに入った‥‥お(はし)

「やっぱ、もうひとつかねぇ」

 なにをしてるんだろう? ドーナツは出来立てが一番、って何度か聞いたのに、生クリーム詰めたドーナツを作り置きなんて‥‥

「かおるちゃーん」

 そう考えていたら、車の外から声が聞こえてきた。

「お、来たね、ぼっちゃん」

 小さな人影が、元気な声をかけてきてる。

 かおるちゃんは返事しながら、いま作ってたドーナツを袋に‥‥え? だって、まだ注文もしてないのに?

「今日はこいつらもいるから、クリームドーナツ3つ‥‥いや、4つね!」

「あいよ。ほれ、おまち」

 小さな子どもが、目をまん丸にしてるわ。

「さっすが、かおるちゃん。早い早い!」

「早くったって手はヌいてないぞぉ。ヌクヌクはそろそろ欲しいけどね。げは♪」

「ありがと! ‥‥ほら、みんな、ドーナツだぞ」

 喜ぶ声が、次第に遠ざかってゆくのを感じながら、私はじっと見つめていた。

 今さっきまで作っていたもの‥‥四つ(・・)の、クリームドーナツがあった場所を。

「まいどっ! ‥‥あ、起きちゃった?」

 子供を見送っていたかおるちゃんが、私の方を向いた。いままで起こさないようにしててくれたみたい。

「私、倒れてたのね‥‥」

 ふぅ、とひとつ息ついたら、顔の上にコップが出てきたわ。

()が足りなかったんだろ。ほい、ジュース。甘いもんは、頭に効くクスリ、ってね」

 私は起き上がって、ジュースを受け取ると、一気に飲み干した。

「おー、ご立派。ずいぶん、無茶したみたいだねぇ」

 口元が笑ったまま、私のことをじっと見てるわ。この分だと、色々聞かれちゃってるのね。

「やっぱり、恋ってわからないわ」

 私が少し目をつむってそう言うと、軽い笑い声が響いてきた。


「恋が何か、はっきり言葉で言うヤツがいたら、とりあえず殴っていいよ」


 え?

 いきなりそう言われて、私は思わず目を見開いた。だって、どの本を読んでも恋はあったのに。みんなに聞いてもわかってるみたいだったのに。

「それじゃ、みんなが言ってる恋って‥‥」

「ん? みんなそれぞれ別モノ。なんとなくわかってるだけ♪」

「ええっ!?」

 私の目の前に、いきなり崖ができたような気がした。みんなの言ってること、本に書いてあること、同じ言葉なのに、全部が違ってるって‥‥

「それじゃ、どこを探したら‥‥」

「でも、愛は持ってるでしょ。お嬢ちゃん、占いやってたんだから」

 目の前の崖が、かおるちゃんの顔に戻った。でもなにを言われたのか、頭の中に入ってこない。愛‥‥占い?

「知り合いの占い師が言ってたよ。占い師に必要なのは、愛情だ、ってね。
 目の前に、まるっきり知らない人が来てさ、それをみんな占うってのは、愛情たっぷんな人じゃないと出来ないもんよ」

 私は思わず目を(そむ)けた。

 そう。かおるちゃんは私のこと、占い師だと思ってたんだわ。だから私のこと、こんなに気にかけてくれていたのね。

「‥‥私の占いなんて、そんな真面目じゃない。インチキなものだったわ」

 これでまたひとり、私を嫌う人が増えた、か。仕方ないわ。みんな、私がやったこと‥‥


「でもさ、みんなは喜んでなかった?」


 え!?

 私は、ばっと顔を上げた。やさしい声に、かえってびっくりしちゃったんだもの。

「喜んでは‥‥いた、けど‥‥」

 何を言ってるのかしら? いくら喜んでいたって、それが正しいわけじゃ‥‥

「いやぁ、お嬢ちゃんから聞いちゃあいたけど、思った以上だよね。まっさか、その気もないのに占いできるほど、愛情たっぷんとはねぇ。
 それなら、恋もなんとなくわかるよ。そのうちね」

 かおるちゃんの笑顔が変わったわ。にやっとした顔だったのに、いまはヒゲからあふれるくらいの笑顔。


 もしかして、本当‥‥なのかしら。

 本当に、私にも、たっぷりの愛情が‥‥なんとなくでさえ、恋もわからないのに?

「おっと、常連さんだ。ちょと待ってね」

 かおるちゃんがちらっ、と窓の外を見て、そのまま機械の方を向いた。

 私も窓の外を覗いてみると、公園の階段を日傘をさした人が登ってきているわ。白くて、大きな犬を連れて。


 チャラ‥‥ン


 あ、またさっきの音。

「チョコにいちご、か。珍しいなぁ‥‥」

 振り向いた先ではかおるちゃんの手が、こげ茶とピンクのチューブを握っていた。

 機械から降りてきたのは穴のない丸いドーナツ。それに濃い緑のと、こげ茶のと、普通のドーナツがひとつづつ。こげ茶と普通のにチューブからクリームかけて、チョコスプレーをふりかけて‥‥ そうしているうちに、窓に人影が見えたわ。おばあさんと、白い犬の顔が並んでる。

「珍しいのはどちらかしらね? 久しぶりに聞きますよ、あなたのそんな話」

「聞こえてたんですかい? あいかわらず地獄み‥‥っと失礼。注文ですよね、どうぞ」

 そう言いながら、もう包み終わってる袋を手に持ってる。まさかとおもうけど、やっぱり‥‥

「それじゃ。 あんドーナツに抹茶ドーナツ、それと‥‥チョコもいただける? 孫の友達が好きみたいなの。あと、いちごも」

 やっぱり、ぴたり正解。もう、いいかげん驚く気にもならないわ。

「ああ、なるほどね。チョコなんていつもは注文しないのに、変だなぁと思ってたんですよ‥‥で、いちごは?」

 面白そうに笑いながら、おばあさんが受け取った袋から、ピンク色のドーナツを取り出して、かおるちゃんの手にのせた。

「甘酸っぱいドーナツは、そちらの子にね」

 え? 私?

「‥‥好きを好きと言える気持ちも、好きと言えない気持ちも、どちらもとってもだいじなことですよ。どう呼ぶかなんて、どうでもいいことじゃない?
 それじゃ。行きましょ、忠太郎」

 (しわ)いっぱいでもきれいな顔がウインクして、おばあさんが帰ってゆく。

 その後姿を見ていたら、思わず言葉がこぼれたわ。

「好きと言える気持ち。言えない気持ち‥‥」

 ふぅ、って息ついた音にを振り向いたら、かおるちゃんが両手を上げていた。

「やれやれ、あの人くらいだね。恋がなにか、言葉で言われても殴れないのは」

 恋‥‥いまのが、恋?

 わからない‥‥けど、顔を見たくなる言葉だわ。‥‥ラブたちの。

「そういえば、ラブはどこに‥‥?」

 なんで忘れてたのかしら。目を覚ましてからずっと、ラブたちのことが頭から抜け落ちていたわ。

「あ、お嬢ちゃんたちなら、もうじき戻ってくるよ。近くで心配されてたら、寝にくいでしょ?」

 ラブたちが、私を置いていく‥‥以前だったら寂しかったけど、いまはわかる。

「信用されてるんですね、かおるちゃん」

「まぁ、お嬢ちゃんたちがちっちゃい頃から、ここにいるからね」

 窓の外を眺めて頬づえついて、かおるちゃんがそう言った。何を見ているのか、私も見たくなって身を乗り出したら、

「いつでも、さ」

 ぽつん、と隣からひとこと聞こえてきた。

 窓の外には、広い公園。ボール遊びする子供に、散歩してるおじいさん。そのむこうに、歩いてくるラブたちが見える。

「いつでも、ここに来ればドーナツ屋がいる、って、いいと思わない?」

 きっと、かおるちゃんも同じものを見てる‥‥そう思ったら、気持ちがわかる気がした。なんとなく。

「ただ、いるだけ‥‥なんだ」

「そ。ただいるだけ。でも、来ればいつでも必ずいるの‥‥ぐは☆」

 公園のラブたちが少しづつ大きくなっていく中で、私にはわかった。なんとなく。

 かおるちゃん自身のことなんだ、『愛情たっぷん』って。だとしたら‥‥

「それ、すごくいいと思う。私も、そうなりたいのかも」

 その瞬間、頭の上があったかくなった。

「そっか。そんならオレたちは仲間だ。お嬢ちゃんも名前で呼ばないとな。えーと‥‥『せっちゃん』、かな?」

 私はまっすぐ目を見て、うなずいた。

「ラブのおかあさんも、そう呼んでる。それでいいわ」

「あはは。あのオネーサマと同じかぁ‥‥そりゃちょっとマズいかな。んじゃぁ、『せっちゃん嬢ちゃん』にでもしとこっか」

 かおるちゃんが言い直したとたん、顔が勝手に熱くなってきたのが自分でわかる。前から気にはなってたけど、名前につけられると‥‥

「それ‥‥どうしても『嬢ちゃん』入れないとダメなの?」

「だめだめ。オレにとっちゃ、み〜んなカワイイ嬢ちゃんなんだからね。ぐは

 はぁ。思わずため息ついちゃうわ。

 けれど、どうしてそんな名前にするのか、わかる気がする。なんとなく。


 そう、なんとなく‥‥そうやって、私にも恋がわかっていくのかもしれない。

 もし私の中が、かおるちゃんと同じくらい『愛情たっぷん』なら。

「せつなっ!」

 ドーナツ屋の車の中から手を振ってる せつなを見つけて、あたしはおもいっきり駆け寄って行った。

「ごめん、気づいてあげられなくてっ! ってって‥‥うわわっ!?」

 抱きつこうとした瞬間、両腕が重くなってバランスが‥‥って、ブッキー!?ミキたん!!?

「ダメでしょ、ラブちゃん!!」

「それじゃ逆効果だって、さっき話し合ったばかりじゃない!しっかりしなさいよ!!」

 だって、せつなが、せつなが‥‥あれ?

 車の中で、せつなが苦笑いしてる。

「せつな、もう恋って言っても大丈夫なんだね?」

 さっすが、かおるちゃん。あれだけ思いつめてたせつなを、たった数時間で治しちゃうんだもん。やっぱ、頼りになる‥‥

「大丈夫もなにも‥‥洗いが美味(おい)しいのよね?」


 へ???


「かおるちゃんに聞いたわ。あとは味噌仕立てでお鍋、これは冬だから、もう少ししてからね」


 腕の重さが、いきなりなくなった。おそるおそる振り返ったら、ふたりが目をまん丸にしてる。もちろん、きっとあたしも。

「せっ‥‥」

「せつなちゃんがっ‥‥」

「「「こわれた!?」」」


 3人一緒に車を見た。せつなのとなりでサングラスが笑ってるよ。

「ちょっとぉ、かおるちゃん!?」

 じろっとにらんで近寄っても、やっぱり笑ってる。それも、ふたりとも。

「ん〜? でもさ、やっぱコイはコイでしょ。なぁ、せっちゃん嬢ちゃん?」

「ね

 なーんか呼び方まで仲良くなっちゃってるし、どーなってんのよ、このふたり。


「あ〜あ。失敗だったかなぁ、かおるちゃんにまかせちゃったの」

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