てのり★めびうすさま

「よ、元気かい?」

 わしが目をさますと、そこにサングラスをかけた男がいた。


 いや、目をさます、ではないな。わしは眠りなどしないのだから――眠らない?

 頭に浮かぶ言葉に違和感を覚えている中、いきなり見えている場所が移動した。見え方からすると、これは鏡、か。ふむ。とすると、

(このようなところに閉じ込めておいて言う言葉か、それが)

 見えたのは、水晶の玉のようなものに入った老人の姿。見ても心に驚きが湧かぬことに、わしは少し驚いた。その水晶玉‥‥わしは、男の手のひらの上にいたのだから。

「閉じ込めたってぇわけじゃないんだけどねぇ、メビウスのじいちゃん」

 なるほど、やはりこの男、わしのことを知っているようだ。

「かおるちゃん特製‥‥と言いたいとこをガマンして、一番信頼してる天才さんにまかせたんだから、この世界じゃこれ以上はちょっと無理だよ。そりゃぁシフォン坊ちゃんの『無限のメモリー』と比べられたら負けるけどさ、げはっ☆」

 無限のメモリー、か。その言葉ですべて思い出した。わしが何者なのか、本来何者であったのか。

(そんなものと比べてはおらん。いまのわしは、メビウスの塔に比べればマッチ箱ほどの大きさにすぎぬ。身体だけでなく、メモリーとしてもな)

 男のおどけた口調には慣れぬが、腹立たしくも思わぬ。そうだ、わしは敗れたのだったな。プリキュアに。

「マッチ箱たぁ懐かしいもの知ってるねぇ。さっすが、知識の王様だ」

(おためごかしはよせ。負けは負け、否定されたことは認めている。なぜいまさら、世界に居続けねばならんのだ?)

 減ってはいるかも知れぬが、少なくとも、わしの知識と意思に乱れはない。敗れたときのまま、塔の強大なちからだけを失っているようだ。

 男の背中には小さな窓。そこから見える光景はラビリンスのものではない。別の世界にわしの記憶と意思を移した‥‥それは、一人の男が気まぐれでできるようなことではない。

「‥‥せっちゃん嬢ちゃんもウエスター兄弟も、たまに言うんだよ。あんたのことを、メビウス『さま』ってさ。ぐはっ♪」

 せっちゃん。たしかイースの別名か。そうか、彼らは生き残ったのか。

(ふん。いい気なものだ。そのうち泣きを見るだろう。管理とは一朝一夕(いっちょういっせき)でできるものではない)

 世界を管理する、か。ひとりでできることではない。大勢では(いさか)いになる。わしがいて、はじめてできたこと。あのふたりにも、それがもうじきわかる――

「でもさ、そのとっかかりくらいは、オレにもできるよ。はい」

 ――ラビリンスの未来を考えていたわしの前に、なにかが迫ってきた。中に穴の空いたもの、

(ドーナツ、か)

「そ。メビウスのじいちゃんに、作ってほしいんだけどなぁ?」

 その言葉と同時に、わしに手ができた。――いや、最初からそこに浮いていたのだが、言われてはじめて、それを手として動かせることに気づいたのだ。

 なるほど、いろいろとやるものだ。だが、

(わしが、ひとに食べられるものを作るとでも思うのか?)

「実際作って養ってたんだろ? 国民をさ」

(管理だ)

「そうそう。管理ね。っと、いらっしゃい。いつもいつもの、かおるちゃんドーナツでいいかい? ぐはっ☆」

 男はわしをテーブルの上に置き、浮いた手を後ろに隠すと、機械から転がり落ちたドーナツをまとめて、窓の外に差し出した。

 この男はドーナツ屋だったのか。

「毎度〜っ♪
 さーてっと、ひとつ頼むよ、メビウスのおじさん。な?」

 となるとますますわからぬ。なぜ、わしをこの世界に移したのか――わからぬのなら、行動が必要か。うむ。

(なにもせんのも退屈だな。やらぬでもないが、慣れぬ手を使った者の作るドーナツで、本当によいのか?)

 机の上に手を浮かべ、指の動きを確かめながらそう言うと、男が口元を笑顔にした。

「ありがたいねぇ。あっちこっち頭下げて頑張ったかいがあるよ。あんたのよく知ってる子呼んどいたからさ、あんたのドーナツは、ひとを救うんだ。ぐはっ★」


 ひとを、救う?


(よかろう、やってみよう)

 わしの記憶にも意思にもない言葉か。それならば、世界を移った価値はあろう。ぜひとも、見たいものだ。

(だがわしが作るなら、材料がひとつ足りんな。これを持ってくるがいい)

「なになに? え!?」

 少しちからを込めると、わしの眼の前に――水晶に文字が浮き出す。できる気がしたのだ。

 そしてそのとたん、男の顔が驚いたものになった。ふふ、すこしばかり気分がよいな。

(わしをここまで連れてきたのだ、容易(たやす)いことだろう?)

「ま、まあ、持ってくるのはいいけどね。何に使うんだい、これ??」

 この男にもわからぬことはある。それがわかっただけでよい、か。

「ハァイ、かおるちゃん。なに、みんな呼び出しちゃって」

「ラブちゃんは、ラビリンス(あっち)から来るせつなちゃん迎えに行ってるから、あとからになるみたい」

 わしがドーナツを皿に盛った頃、窓の外にふたりの子供がやってきた。

 おそらくは、作り終える時間に来るように仕込んだのだろう。あの男は手の混んだことが好きなようだな。

 さて、わしの知っている者とのことだが‥‥なるほど。顔からして、青と黄色のプリキュアのようだ。

 わしはドーナツの皿をふたつ取って、サングラスの男に渡した。

「ちょっとさ、これ、食べてみてくんない?」

「なになに、新作?」

「んー、新人さんに作ってもらったんだけどさ。みんなが気に入るなら、もちょっと多くお願いしようかなぁ、ってね」

 窓の外に出された皿を見て、子供たちが頭をひねっているな。

「パインの乗ったのがわたしの‥‥だよね?」

「で、私のはブルーベリー、か。かおるちゃん? おかしなこと(たくら)んでるなら、ラブが来る前に白状したほうがいいわよ?」

 詰め寄ってくる子供たちを笑っていなしておる、か。なるほど。

 どうもこの男、プリキュアと付き合いが長いようだ。ならば、無駄にはならぬか。

「おまたせ〜。せつなも連れてきたけど、なになに、新作発表会?」

「ラブったら、急ぎすぎよ‥‥こんにちは、かおるちゃん」

 ふたりの子供が窓から離れたのと入れ違いに、またふたりの子供がやってきたな。

 桃色のプリキュアと、そしてイース、か。

 わしは先程(さきほど)と同じドーナツ皿と、奥に置いておいた皿を、サングラスの男に渡した。奥から取った皿の方を、わずかにイース側によせて渡したのだが、ひとつ(うなず)くとわしの意図通り窓の外に出したか。

「桃乗せたんだ。んー、いつも食べてる味と違うから、ちょっと迷っちゃったけど、うん。これも悪くないよ。悪くない‥‥って、どうしたの、せつな!?」

「な、んでもない、のよ。どうしてかしら、いきなり、出てきちゃっ‥‥」

 わしはイースだけをじっと観察していた。一口かじった瞬間に、涙がこぼれてきたのだ。

 そうか。

「かーおーるーちゃーーん? なにか仕込んだ?」

「いやいや、なにもやってないよ。‥‥オレはね」

「あーっ、いま、「オレは」って言ったでしょ!!」

 先程のふたりも一緒に窓に押しかけているのがわかったが、わしはしばらく、イースの泣き顔を見ていた。

 おそらくは、わしを破ってから時間を過ごしているのだろう。わしのいない、ラビリンスでの時間を。


 そうか。

「かおるちゃん兄弟から呼び出しするのは珍しいな。イースと違って、来るのは少し面倒なんだが‥‥」

 プリキュアたちが窓から消えてしばらくしてから、青年がやってきた。

 ウエスターか。少し顔つきが変わったようだが‥‥

「まぁまぁ。グチは聞くけどさ、ちょっとこれ、食べてくんない?」

 手を伸ばし、ふくれた顔のままかじりつこうとするのは昔のままだな。

「あちこち直せば復興くらいすぐ、と思ってたんだが、人が多くなるとごちゃごちゃしちゃってなぁ。たまにこうしてグチらせてくれないと爆発するぞ、あーんむ‥‥ん!?
 これは‥‥なんでかおるちゃん兄弟が、ラビリンスの味を知ってるんだ!?」

 窓から中に入ろうとする勢いで、ウエスターが身を乗り出してきた。覚えておるか。

「さっすが兄弟。わかりが早いねぇ。オレもちょっと驚いたけど、ホントにこれがラビリンスの味なんだねぇ、メビウスのじいちゃん」

 振り返ったサングラスの横に、わしは水晶玉ごと浮いて行ってやった。

 借り物の腕と同じく、動きそうだ、で動くようにしてあるらしい。

(ひさ)しいな。ウエスター)

「ほ、ほんとうにメビウスさまなのか?」

(謝罪はせんぞ。わしは、わしの()に従ったまでだ。お前をダスターに放り込んだことを含めて、な)

 ウエスターは、ただじっとわしを見ている。(にら)むわけでもなく、じっと。

「メビウスさまがドーナツを作るとは信じられない‥‥が、このドーナツは確かにラビリンスの味だ。いったい‥‥」

 なるほど、信じられぬ、か。

 たしかに、わしはドーナツなど作ったことはない。生地はほとんどサングラスの男がつくったようなもの。ただひとつ違うのは、


(つちだ)


「つち‥‥土!?」

 眼の前の顔から、目が飛び出んばかりに広がった。だろうな。

(そうだ。ラビリンスの土は食用になる。わしがそうしたのだ。そして(わず)かづつ食料に混ぜていた。本当に何もなくなったときでも生き続けるために、な。
 これが、管理だ)

 ちらり、とサングラスを確認したが、止めるつもりはなさそうだ。なるほどな。

(わしが否定されたことは認める。だが認めるからには、ウエスター。お前たちはこれ以上を成し遂げればならん。
 次にわしに会うときに愚痴(ぐち)など吐くようなら、わしに復活されても文句を言うでないぞ?)


 ひとを救う、か。否定された憎まれ役にはふさわしい仕事だな。

「おつかれさん、メビウスのじいちゃん」

 ウエスターが黙って立ち去る後ろ姿を見ながら、サングラスの男が声をかけてきた。

 わしがその目を見ようとすると、サングラスに水晶玉が映る。そうだ。今のわしは、このようなものであったな‥‥

(おまえには、ずいぶんと滑稽(こっけい)に見えただろうな)

「んー、そんなこたないねぇ。オレだってここで生きてるつもりだけどさ、実はだれかの手のひらに乗ってるかもしれないし」

 サングラスの中の目は見えぬが、顔をこちらに向けようとはしない。まっすぐ、前を向くだけだ。

「でもさ、だったらだったでいいじゃない。手乗りのまんまでで楽しく生きよう、ってね。ぐはっ♪」

 去ってゆくウエスターを見守り続けているのだろう。最後まで、ずっとな。

(わしを連れてきた理由は、済んだのか?)

「んー、まぁ、また兄弟が困ってたら、かねぇ‥‥」

 わしの言葉に、息つきながらの声が帰ってきた。そう言えば、最初からウエスターを兄弟と呼んでおったな。

 そうか、わしとは異なる方法だが、この男も管理者か――


(ラビリンスの者が兄弟、か。それはよい。それはよい管理だ。
 さぁ、わしのエネルギーを切るがいい。また必要なときに入れればよい)

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