ないたつぎのひ

「ふぅ‥‥」


 あぁ、こんなピッカピカの朝なのにため息なんて、ありえなぁい。

 しょうがないなぁ。きのうは一日中、子犬の飼い主探して歩き回ってたし、あのムチャ強いヤツとの戦いもあったし。

 ‥‥でも、ため息の理由はそれじゃない。うん。わかってる、自分でも。

 またひとつ、ため息ついてたら、背中のほうでだれか深呼吸してた。見えたんじゃなくて、聞こえたんだ。深呼吸が。

「おはよ、なぎさ♪」

 あたしが振り向くのと、耳元で声がするのとがいっしょだった。明るい、いつものほのかの声。

 でも‥‥すぐにわきを向いちゃって、あたしの方見てくれない。しょうがないから回り込んで下からのぞきこんで、え!?

「なに、その目!?」

 まぶたが大きくふくらんでる。そう、まるでアライグマみたいに。

「ふふ。ちょっと、泣いちゃって、ね」

 ‥‥ちょっと? これが『ちょっと』!?

「‥‥不思議ね、はじめて知ったわ。涙が出なくなっても、人間は泣けるんだなぁ、って」

 そう言いながら、ほのかがにっこり微笑んだ、んだと、思う。はれちゃった目を、すこしつむって。口元を、ちょっとだけしめて。

 その顔を見ながら、あたしはしばらく声も出なかった。けど、だけど‥‥よぉし。決めたっ!!

「おっはよー!」

 教室に入った瞬間、なぎさが元気に言った。

「あ、なぎさ。おはよ。ほのかちゃんも‥‥ええっ!?」

 ラクロス部のふたりがわたし達を見て、ぽかーんとくち開けてるわ。あ〜あ。なぎさに言われて、公園で顔洗ってから来たのに、だめだったみたい。

「ど、どうしたの? ほの‥‥」

 まぁ、仕方ないわね。わかってたことだし。さ、ほのか、ちゃんと笑うのよ。

「別に‥‥」

 言いかけたところで、目の前になぎさが出てきた。

「あはは。やっぱ、バレる?」

 え?

「いや〜、きのう口ゲンカしちゃってさぁ。あたしも気が短いから、つい、その‥‥ね?」

 え? え? なぎさったら、なに言ってるの?

「ちょっとちょっとちょっと! ね? じゃないでしょーが! 顔にキズが残ったらどーすんのよ!!」

 教室のあちこちで、一斉に『ひっどーい』って声。あぁ、いったいどうするつもりよぉ。

「ちゃんと謝ったわよ。それにこうやって、朝もついてきてるんだし」

「とーぜんでしょ。なぎさと違って、ほのかちゃんは顔でも売れるんだから」

「ちょっと、それどーゆー意味よ?」

 あぁ、クラスのみんなが、わたしたちの周りに集まってきちゃったわ。いろいろ言われるのは覚悟してたけど、これは、ちょっと‥‥

「はーい、はいはい。みんな、席について」

 教室の前から、先生の声が聞こえてきて、みんなびっくりしてた。みんなしてわたしたち見てたから、だれも気が付かなかったのね。

 ガタガタ音たてながら席について、日直の号令がかかって。いすに座りなおしたら、先生がわたしを見てる。

「あら? 雪城さん、その目‥‥」

 そっか。先生に説明する、っていうのは忘れてたわ。ええと‥‥

「センセー! すみません。それ、あたしのせいですっ!」

 わたしが迷ってたら、なぎさが右手上げながら、思いっきり立ち上がって言った。

「あ、そうなの。美墨さん、女の子の顔なんですからね。もうちょっと注意してよ?」

「はぁい。以後、気をつけまーす」

 あっけにとられてたわたしの机には、いつの間にか、ちっちゃなメモがいっぱい届いてる。『もう消えてきてるから』とか『護身術教えたげようか?』とか‥‥すっかり、被害者になっちゃったみたい。

 なぎさが、親切で嫌われ役やってるのはわかるわ。感謝しなくちゃいけないんだな、っていうのも、頭ではわかる。でも、わたしは別によかったのに。泣きはらした目でみんなに会っても。それは、自分が心の底から泣きつくした証拠だから‥‥

「損な性格ね。なぎさって」

 しばらくの間、それを言ったのがわたしだなんて、気がつかなかった。

「起立! 礼!」


 ふぅ。やっと午前の授業が終わったわ。

 来た先生みんなわたしの顔チラッと見てたけど、だれも何も言わないな。よし美先生が理由話してくれたのかしら?

 それはいいけれど‥‥なぎさが言った口げんかのはなし、結構遠くまで伝わっちゃってるみたい。なんだか、休み時間に教室のまえ通る子、みんなわたしとなぎさ見てヒソヒソやってるわ。

 なぎさは気がついてないのか、休み時間のたびにわたしのとこ来るし‥‥はぁ。お昼ごはんは、外で食べた方がいいかも。

 そう思いながらカバンを開けて、わたしはそのまま固まった。そっか、そうだったわ。

「ねぇ、ほのか。お昼、いっしょしよ?」

 固まってるわたしの背中から、なぎさが声かけてきた。にこにこしながら、お弁当かかえて。

「え、ええと‥‥実はね、お弁当、作り忘れちゃって」

 ちらっと窓際の方見たら、いつもなぎさと食べてるふたりがこっち見てるわ。両手にぎって、じぃっと見てる‥‥??

「だと思った。ほら、パン買ってあるよ。あ、お弁当がいいなら、あたしがパン食べるけど?」

 すっごい早口に、わたしは、

「え? あー、じゃ、パン‥‥」

 って応えるのが精一杯。

 あぁ、受け取っちゃったら、いっしょに食べないわけにいかないわよね。またうわさされちゃうなぁ‥‥あ、そうだ。

「あ、でもごめんね。きょうは屋上行って食べようかな、って‥‥」

「だったら、あたしも行くよ」

 えぇっ!?



 鉄の扉の向こうは、『夏』そのもの。

「う〜わ。見事なくらい、だぁれもいないねぇ」

「この季節、お昼は暑いもの。外で食べる人は、みんな木陰に入っちゃうわよ」

 わたしは、聞こえないようにため息ついた。そう。だから『屋上で』って言えば、あきらめてくれると思ったのに‥‥

「ま、たまには暑いとこもいいでしょ。じゃ、よいしょっと!」

 なぎさの背中から、大きな棒みたいなのが出てきた。

「なに、それ?」

 にやっ、と笑いながら広げたら‥‥ビーチパラソルぅ?

「ふふ〜ん。ラクロス部、夏の備品そのいち。練習のとき、テント代わりに使うんだ♪」

 あぁ、負けたわ。なぎさには。

「ほら、シートもひいたから。さ、食べよ食べよ♪」

 座って、パンを取り出したところで、あれ?っと思った。このパン、購買で売ってるのと違うわ。よく見ると、袋にはコンビニの名前が書いてある。‥‥そっか。わたしが顔を洗ってるとき、近所のコンビニで買ってたのね。

「ほんとに、損な性格なんだから。なぎさって」

 言ってしまってからあわてて口押さえたけど、なぎさは聞こえてないみたいだった。

 お昼を食べ終わってから、わたしは片付けてるなぎさを置いて屋上から降りていった。

 そのまま、ひとりになれるある場所に行って、場所を確保。ふう。片付けもしないなんてお行儀悪いけど、ちょっと考えなくちゃ。


 よくわからないけど、なぎさはわたしを追いかけてるみたいだわ。うん、これは確実。

 朝、変なこと言っちゃったからかしら。いまは、ひとりになりたいんだけどな。ここでならひとりだけど、あまり長い時間はいられないし‥‥

 なぎさの気持ち、わからないわけじゃない。友だちが大泣きしちゃってたら、だれだって心配になるもの。でも、だからっていつまでも心配されたら、わたしは何もできなくなっちゃうじゃない?

 他の人に気を遣わないでいられる場所も、必要なのよ。なぎさ‥‥


 遠くの方で、ボールの弾む音がする。ちょっとだけど歓声も。サッカーかな?

 でも、もう、そこにあの子はいないんだわ‥‥

 いけない。これ以上考えてたら、午後の授業受けられなくなっちゃう。わたしは手早く処理して、その場所を出て行った。

「あ、ほのか。え〜と‥‥」

 出た瞬間に、なぎさの顔とはちあわせ。赤くなりながら、わたしの方見てる。ちょっと、まさか‥‥!!

「もぉ! トイレの出待ちなんてしないでよぉっ!!」

 ほんとに、もう。なぎさの口癖じゃないけど、『ありえな〜い』だわ。本気で、とことん追いかけるつもりね。だったら‥‥


 授業が終わると、わたしはカバン持って理科室に向かった。今日は実験でみんな集まってるし、なぎさだって部活があるから別々。あとは、早めに終わって帰れば‥‥って、わたしもなに考えてるんだろう?

 理科室の前まで来たら、中が騒がしいわ。いやな予感を振り払いながら扉を開けたら‥‥あ、あれ? 珍しいな。ユリコが、あわててるわ??

「あ、よかったぁ。ほのか、なんとかしてよぉ」

 ま、まさか‥‥?

「来た来た。ね、何すればいい? 力仕事ならけっこうできるよ」

 ユリコの指の先には、フラスコ抱えたなぎさが立ってた。いろんな薬品入りで、混ぜたら危ないのに。

「ほら、ほのか。ちゃんと指示して、って」

 い、いっくらなぎさでも。いいえ、なぎさだからっ!

「いいかげんにしなさいっ!!」

 思ったより大きな声になって、みんなしーんとしちゃった。けど、止まらないわ。

「わたし一人だったらまだいいわよ。でも、今は化学部のみんなが迷惑してるの!危険なのよ!? なぎさには、それがわからないのっ!?」

 みんなは口を開かない。わたしがじっ、となぎさの顔をにらんでたら、フラスコがテーブルに置かれる小さな音が響いた。

「あ、あーはははは。そ、そうだね。ごめん。‥‥ごめんね」

 すぅっ、ってとびら閉めて、なぎさが出て行った。けど、わたしはまだしばらくにらみつけてた。

 結局、実験の間はだれもわたしに話しかけてこなかったな。最後までみんな遠慮ぎみで。片付けはわたしがやる、って言ったら、逃げるみたいにいなくなっちゃった。

 もう。きょうはなぎさに振り回されっぱなし。だいたい、朝のなぎさが悪いのよ。あんなウソ、相談なしでやろうとするんだもの。自分が犠牲になればどうにでもなる、なんて、こっちが迷惑‥‥

 そこまで考えたとき、目の前が暗くなった。『自分が犠牲になれば』。それは、いま一番考えたくない言葉だったから。

 背中に氷が入ったみたいだった。顔が青くなるのが、自分でわかる。そうだ、なぎさも、それができる人なんだった。それじゃ、今度は‥‥!?

「ねぇ、ほのかちゃん」

 テーブルからばっ、と起き上がったわたしは、多分すごい顔してたんだと思うわ。理科室の扉のとこにいたふたり、びっくりした顔で見ていたから。

「やっぱり、怒ってるんだ」

 ラクロス部のふたり――莉奈ちゃんと志穂ちゃんが、顔見合わせてる。あわてて笑顔にもどしたけど、まだ心配そうな顔だわ。

「なぎさのこと、あんま怒らないでやってくれる?」

 本当に、心配そうな顔‥‥友だち、だわ。

「なぎささ、あたしたちに言ったのよ。『きょう一日、ほのかにへばりつく』って」

「そうそうそう。『ウザがられてもいい。一人になんて、絶対させるもんか!』って言ってた」

 うん、そう。きっとそう思ってるんだろう、ってわかってた。けど‥‥

「うんうん。だいたい練習試合も近いのに、部活休んじゃったでしょ? 先輩になんて言ったと思う?」

 え? お休み? そんなの、聞いてないわ。だって、なぎさはエースでしょ? そんな無責任なことして‥‥

「あ。志穂、それ‥‥」

「絶対言うな、でしょ? い〜もん、あたしが怒られるから。
 ね、ほのかちゃん。なぎさってばさ、理由きかれてこう言ったんだよ。『試合はとっても大事です。でも、親友には代えられません』って」

 あ‥‥

 自分の顔が熱くなるのがわかった。わたし、なんて恥ずかしいこと考えてたんだろう ――なぎさは、犠牲になんかなったんじゃない。戦ってるんだわ。

 みんなの好奇の視線と。お昼のパンと。ラクロス部の先輩と‥‥みんなみんな、わたしのために。

「なにがあったか知らないし、なぎさが言うまでは訊かないよ。けど、信じてあげて。なぎさは、絶対に信用できる友だちだから」

 うん。今度ははっきりうなずいた。そうよ、なぎさは、なぎさなら、絶対に信じていいんだ‥‥

「ほのかちゃん、ちょっとだけ、小突かせてもらっていい?」

 え?

 わたしが顔を上げたら、ふたりとも苦笑いしてる。そのまま、わたしのおでこが二回つつかれた。

「にっこにっこしちゃってぇ。ちょっとだけ、うらやましいんだぞ。こら!」

「はぁ‥‥」

 屋上の手すりによっかかりながら、ため息がまたこぼれた。もう、ここへ来てから何回目か忘れちゃったよ。

 でも、そんなことどうでもいいんだ。それより‥‥

「ほのか、怒らせちゃった」

 まったく、あたしってば、成長しないなぁ。

「‥‥メポ」

 あれ?

「メップル、起きてたんだ」

 ポシェットから半分飛び出したメップルが、あたしを見るなり首を振った。

「なぎさは、ばかメポ」

「‥‥わかってるよ」

 今日ばっかは言い返せないよ。ほんと、ばかやってるもん。

「みんなに嫌われてさ、ほのかにまでうっとおしがられてさ。ほんとに、ばかメポ。この世で一番のばかメポ」

「ぽんぽん言わないでよ。本当に、わかってるんだから‥‥」

 そばで見てたら、よっぽどばかに見えるんだろうな。はぁ、しょうがないか。

「けど」

 ズズッ、って音がした。鼻すすってるみたいな。思わず目を開いて下を見たら、

「ぼくは、ばかななぎさと一緒にいられることを、ここ‥‥心から誇りに思うメポっ!」

 メップルが、泣いてた。あたしのための、あたしのためだけの涙。

「メップル‥‥」

 でも、ちがう。

「ミップルに、そんなこと言わないでよ?」

「わかっているメポ。だいじょうぶ。今はダメでも、落ち着いたらきっと、わかってくれるメポ」

 ちがうよ。メップル。

「わかってくれなくていいよ。別に」

「なぎさは勇者メポ。ひょっとしたら、ぼくより勇者かもしれないメポ」

 勇者? 勇者って、勇気のある人‥‥

「つめたっ! なぎさ、飲み物をぼくにこぼすなって、何度も言って‥‥!?」

 メップルの声が、遠くから聞こえる。はっとして下を見たけど、目の前がゆらゆらゆれて、まともに見えないよ。

「メップル、ちがう。あたしは、勇者なんかじゃないよ。あたしに勇気なんかないの!」

「メポ?」

 メップルの顔、まだ見えない。でも、涙をふく気にならない。

「おかげでわかったよ。あたしに、ほのかの悲しみなんか、ホントはわからないんだ、って」

 あたしは、手すりの方に向きなおった。少し赤みがかってきた雲が、ぼんやり見えてる。

「でもね。わかりたい。そばにいてさ、ほんのちょっとでいいから、一緒にわかりたいんだ。これは‥‥ただの、わがままだよ」

 右手で手すりを握って、動かしてみた。‥‥動かないや。あたし、なにやってんだろ。

「メップルは、ミップルが泣いてたら心配メポ。そばにいたいメポ。いろんなこと知りたいメポ。‥‥どこがちがうメポ?」


 ガシャン!!

 手すりからすごい音がしてから、手が熱く感じられるまで、ちょっと時間がかかった。

「あのとき‥‥あたしは、ほのかを押さえたんだよ!?」

 痛く、なかった。

「キリヤくん止めに行こうとしたほのかを、思い切りしがみついてさ!」


 ガシャン!!

 こぶしの下からちょっとだけ、赤いものが流れてる‥‥痛くない。痛くなんか、ない!

「そのあたしに、ほのかの気持ちがわかるなんて‥‥ほのかのそばにいたいなんて‥‥お笑いなのよ、そもそも!」

 あぁ、目の前が曇っていくよ。痛くなんかない。ほのかの痛みは、こんなもんじゃない‥‥

「いい加減にするメポ!!」

 こぶしを振り上げた瞬間、メップルの声が、カミナリみたいにひびいた。大きな声じゃなかったけど、体中がびくっとして。

「なぎさがほのか押さえなかったら、キリヤを止めてたとでも思ってるメポ? 違うメポ!
 ほのかは、ぼくたちとキリヤのどっちもとれずに、迷ったはずメポ。迷った自分が嫌いになってしまったはずメポ!」

 曇った視界の先に、黄色いのが見えた。元の姿のメップルが、両手を広げながらあたしをじっと見つめてる。

「なぎさが夢中でしがみついたから、ほのかも夢中でキリヤを止めようとできたんだメポ。なぎさは、なぎさは‥‥十分にほのかのそばにいる資格があるメポ!!」

 目の前のメップルを抱きしめたら、とたんにこぶしが痛くなってきた。

「メップル‥‥ありがとう」

 そのとき、もいちどぎゅっと抱きしめようとした腕が、自分抱いてた。あれれ?

「ぼくはやっぱりミップルがいいメポ」

 こンのぉ! せっかくの感謝の気持ちをっ‥‥!

「それより、なぎさにはやることがあるメポ♪」

 妙に楽しそうな言い方で、あたしの後ろを指さしてから、メップルはポシェットの中に入ってった。なによ、いったい??

 振り返ったあたしの前には、ほのかが立ってた‥‥

「ほ、ほ、ほ、ほのかっ!?」

 莉奈ちゃんに教えられて屋上に上がったわたしの前で、なぎさがうろたえてた。

「ええと、あの‥‥」

「ま、まさか全部聞いてたとか? あぁ、ありえな〜いっ!!」

 聞いてたって‥‥なんのことだろう? 全身まっ赤になっちゃって、わたしの声も聞こえてないみたい。しかたないわね。

「なぎさっ!!」

「は、はいっ!」

 あぁ、やっと落ち着いてくれたわ。それじゃ。

「なぎさ、あの‥‥ごめんなさい」

 わたしが頭を下げてる間、なぎさはなにも言わなかった。けど、頭を上げたとたん、

「え?」

 ってひと言。そっか、知らないと思ってるんだったわ。

「練習、休ませちゃったんでしょ‥‥ごめんなさい」

 なぎさはしばらく訳がわからないって顔してたけど、いきなりはっとして、

「なんでほのかが‥‥って、志穂だな。あンのおしゃべりぃ!」

「そうじゃないでしょ!?」

 あぁ、思わず大声になっちゃったわ。いけない。ケンカしにきたわけじゃないんだから。

「そんなに、ずっと見てなくても大丈夫よ。まだ悲しいときもあるけど‥‥忘れられないし、忘れちゃいけないと思うけど‥‥でも、大丈夫だから」

 そう言いながら、わたしは笑った。きっと、今日はじめて、本当に笑ったと思う。

 これなら、わかるわよね。なぎさ?

「そっか。でも、さ。できたら、泣くときはそばにいさせてよ。何の役にも立てないけど、近くにいたい‥‥ダメかな?」

 うん。わたしもわかった。今日はじめて聞く、なぎさのホントの気持ち。でも、泣き顔ってやっぱり恥ずかしいのよね。う〜ん‥‥

 その夜。メップルに晩ご飯食べさせて、ベットに横になってたら、電話が鳴った。

『もしもし?』

 取って聞こえてきたのは、やっぱりほのかの声。家電の子機、念のために持って来といてよかった。

「あ、ほのか? なに?」

『あの‥‥あのね』

 声が、ちょっと水っぽい。

「あ、すぐ行こうか?」

『ううん。‥‥このまま、しばらく電話つなげてて、いい? もう、しゃべれないかもしれないけど‥‥』

 ほのかの声が、だんだん小さくなってく。あたしは、すぐに声を明るくした。

「え〜? 料金かかっちゃうよ〜?」

『‥‥』

 あ、ヤバ。またやっちゃった。

「冗談だって。いいよ、つきあうから」

『‥‥うん』

 それだけ言って、だまっちゃった。静かな中に、ちょっとだけ水っぽい音が混ざってるだけの電話。聞こえるたびに、胸が痛くなる電話。

 でも、ちゃんとつきあうよ。そばにいさせてくれるなら、いつまででも、ね

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