おひるねめがね

 ヴゥーン‥‥


 新しいエアコンが、理科室にぬるい風を送ってる。わたしはちょっと考えてから、スイッチをOFFにした。

 窓を開けると、エアコンより涼しい風が入ってくる。外の景色は、ほんの少しだけ黄色っぽく感じられるね。まぁ、気のせいもちょっとはあるんだろうけど。

 それにしても‥‥

「『ユリコはここで、少しだけ待ってて』かぁ‥‥」

 思わず、考えてることがこぼれていった。ほのかってば、せっかくの土曜の部活だってのに、なぁにやってんのかなぁ?

 考えながら目線を少し下に下げた。運動部が校舎のまわりを走ってる‥‥あ、美墨さんだ。

「いっしょじゃ、ないんだ‥‥」

 言っちゃった瞬間、手のひらで口をおさえて、まわりをきょろきょろ。‥‥あぁ、よかった。だれもいないや。

 いけないなぁ、わたしも。ほのかが聞いてたら大変だよ。気にしちゃってしょうがないもん。

 ‥‥でもさ。

「ちょっとはね〜。化学部も見て欲しいんだよな〜」

 ‥‥ううん、見てくれてないわけじゃないんだ。でも、やっぱり2番目なんだよね。なにがなんでも1番で、な〜んて言わないけど。けどさ。


 ぽふっ‥‥


 机に置いてた実験用の綿に、わたしは顔をうずめた。まずいよね、これ。ほのかが来る前に、頭ン中片付けなくちゃ。

 でも‥‥


「おっそいなぁ、ほのか」

「ただいまぁ♪」

 茶色の紙袋を抱えて理科室に戻ってきたわたしを迎えてくれたのは、し〜んとした部屋だった。

 あら?って思って奥のほうを見たら‥‥あぁ、窓際の机ですねちゃってるわ。

 しかたないか。すぐ戻るって言っておいて、こんなに時間経っちゃってるんだものね。

「ごめんねユリコ、ちょっと後輩に捕まっちゃって。『雪城先輩は、私の憧れです!』ですって。そんないいものじゃないのに‥‥あ、あら?」

 近づいていくと、ちっちゃくて、ゆっくりしたリズムの息づかいが聞こえてきた。机にのせた頭は窓のほう向いてるけど、その上に黄色っぽい葉っぱがいくつか積もってるわ。

「ユ〜リ〜コ?」

 そぉっと、耳元で呼んでみたけど返事がない。

「‥‥えいっ♪」

 ほっぺたを、つん、ってつついても、指でちょっとかくだけ。またゆっくり、息の音だけ聞こえてくる。

 疲れちゃってるのかな? ‥‥最近、化学部の活動はユリコに半分まかせちゃってるものね。

「たまには、ゆっくり休んでもらいましょ」

 うん。今日はわたしたちだけ。来週やる実験の準備だけだしね。それじゃ、持ってきた材料を机に並べ‥‥

「きゃっ!?」

 目の前が、いきなりくるっと回った。足がなにかに引っかかったんだわ。このままだと倒れ‥‥じゃなくて、荷物っ!

「えいっ!!」

 机の上に紙袋を投げ上げたのと、体が床にぶつかるのが同時だった。

 思わず声上げるとこだったけど‥‥まだユリコの寝息が聞こえるわ。ふぅ、ぎりぎりセーフね。


 足元にあった純水タンクをどかして、制服のほこりを払いながらわたしは立ち上がった。ユリコね? もぉ、こんなとこ置きっぱなしなんて、実験中だったら大変よ。起きたらひとこと言わなくちゃ。

 それにしても、さっき投げちゃった荷物は壊れなかったかしら‥‥って、あら?

 わたしは、机の上にばら撒かれた中からひとつ、取り出した。実験用に買ったものとは関係ない、ここにあるはずのないもの。

「ヘアバンド?」

 口にしてから、あっ、と思った。

 そうそう。さっきクラスの夏子さんから、押し付けられちゃったんだったわ。なんでも、ひかりさんがいい素材だから、一度これ付けて写真撮ってきて欲しい、って言って。断ったのだけど、付けるだけでも付けさせてみて、って‥‥結局、これだけもらっちゃったのよ。

 なにか出っ張りがついてる、ヘンなヘアバンドよねぇ。でも、見てたらなんだか顔が緩んじゃうわ。

 これ押し付けてきたときの夏子さんったら、声変えちゃって、『いい女は、変身するものよぉ』なんて言うんだもの。思い出しただけで吹き出しそうになっちゃうなぁ。なんたって、変身の経験ならわたしたちの方がずっと多いものね♪

「ん‥‥ほのか‥‥」

 いっけない。起こしちゃったかな? ‥‥じっと耳を澄ましてると、また寝息の音。ふぅ、大丈夫みたいね。あ、でもちょっと寝返りうったみたい。顔がこっち向いてるわ。

 なんだか、見てるとほっとする顔よね。なぎさやひかりさんとはまた違う寝顔よ。

「変身‥‥」

 口から勝手にこぼれちゃった言葉で、わたしはちょっとぼーっとなった。‥‥ああ、手が勝手にユリコの頭に向かって行くわ。手に持ったヘアバンド、そのまま頭にそぉっとつけて‥‥うわぁ

 ヘアバンド姿のユリコを見てたわたしの足が、そのまま理科室の外に向かっていった。なんだか、少し駆け足になってるみたい。


「夏子さんたち、他にも持ってないかしら‥‥?」

「ん‥‥?ほのか?」

 ぽーっとしながら目だけあけてみたけど、だ〜れもいないや。あ〜あ、幻聴が聞こえるようになっちゃ、おしまいだよねぇ。

 でも、ま、起きて待ってるのも疲れるし。このまま眠ってようかな‥‥

「ふぁ‥‥あ‥‥あ?」

 なんか、頭のわきがムズムズするなぁ。

 さわってみたら、なんかある。頭の形にそって、耳から耳までぐるーりと。

「‥‥ヘアバンド?」

 あたし、こんなのつけてたっけ?‥‥って、だれもいなんだもん。わたししかいないよね、こんなのするの。


 カサカサカサ‥‥


 すぅ、っと風が吹くのといっしょに、なんか頭の上がちょっとガサガサいってる。ヘアバンド、おっきすぎたのかな? 自分で言うのもなんだけど、センスいい方じゃないからなぁ‥‥いいよ、わたしは。ほのかの引き立て役でもさ。

 ‥‥なんて。ほんとに目の前で言ったら怒られちゃうけど、けど‥‥

「ふ、ふわぁぁ‥‥っ」

 だ〜め。なんかもう、眠くって。

 もう一眠り、おやすみぃ‥‥

「失礼しまぁす」

 放課後の理科室をノックして、私はとびらを開けた。ぺこっ、って頭下げながら、

「すみません、ほのかさんは‥‥」

 そこまで言って目を上げたのだけど‥‥あら?

「だれもいない?」

 きょろきょろ回り見回しても、理科室の中はただ机が並んでるだけ。おかしいわ、だって‥‥


 今日はあかねさんがお出かけで、タコカフェはお休み。遅く帰ってもいいよ、って言われたのを登校途中のなぎささんたちに話したら、ほのかさんがさそってくれたのよね。それじゃあ、化学部に遊びに来ない?って。

 今日の化学部は準備の日で、ほのかさんと3年のひとの2人しかいないから、わたしが遊びに行っても大丈夫なんだって。

 なのにだれも‥‥ん?

「う、うぅ‥‥ん」

 奥の机のうえで、ころん、ってなにか転がった。近づいてみたら、前に会った‥‥ほのかさんのお友だち、ユリコさんだわ。机で眠ってたんだ。

 それにしても、頭につけてるの、なんだろう? ヘアバンドみたいだけど、頭の上に茶色い三角のがふたつ、ぴょこん、って立ってるわ。まるで、キツネの耳みたいに。

 先輩なんだけど、なんだけど‥‥なんだろう、見てると広がってく、この気持ち。

「なんか、かわいい‥‥」

「あは☆ そう言ってくれると助かるわ♪」

 私は思わずびくっとして、その場で飛び上がっちゃった。

 そぉっと振り向いたら、とびらのところで、ほのかさんが笑ってる。

「ひかりさん。ちょっと、つきあってくれる?」

 にーっこり笑ってるほのかさん、なんだけど‥‥なんとなーく、ヘンな、感じ?


 自分の感じが正しいってわかったのは、その10分後だった。

「‥‥ん?」

 目が薄く開いた。二度も眠ってるのに、ぜんぜん眠気が取れないなぁ‥‥やっぱ、陽気のせいかな?

 閉じかけの目で回り見てみたけど、あたりはいつも通り、理科室の机が並んでるだけ。ほのか、ま〜だ来てないのか。もう、帰っちゃうぞ、こら。

「しょうがない、もっかい眠るか‥‥あれ?」

 まくら代わりの腕を組みなおそうとしたら、なんかヘン。体にふわっ、ってまとわりつく、っていうか‥‥ああ、シャツか。

 ピンクのフリルつきなんて着て来てたんだ、わたし。よく注意されなかったよねぇ。


 ま、いっか。おかげで腕に頭のせても柔らかいし。それじゃ、もちょっとだけ寝ますか‥‥

「土曜に早上がり、なんて久しぶりだなぁ‥‥」

 ラクロスの試合からまだ日が経ってないから、今日の練習は軽くでおしまい。明日の日曜はしっかり休んで、次の試合に向けてまたがんばらなくちゃね。

 さて、と。今日はたしか、ひかりが化学部に行ってるんだっけ。まぁ、ほのかはともかく、ユリコがいるから大丈夫だろうけど‥‥ちょっと、寄ってみようかな?

 そんなこと考えながら、あたしはユニフォームの袋持って教室に向かった。カバンと一緒は重いけど、置きっぱなしにはできないもんね。

 ‥‥んぁ?

「うっわぁ〜、かわいいっ」

「ほんと。これは着せ替えがいがあるなぁ〜」

 なんか、騒がしいなぁ。このへん、部室とかなかったはずだけど‥‥

「でも、もっと似合うのありそうなんだよねぇ。それじゃ、次はこれ‥‥あ、逃げた!」

 逃げた? なに言って‥‥うわっ!

 目の前、あたしのクラスから白いものがひょこっ、と飛び出してきた。な、なによいったい?

「ひ〜ん、なぎささぁ〜ん!!」

 ‥‥って、あたしのこと呼びながら、抱きついちゃったよ。ちょっと、これって!?

「ひ、ひかりじゃない。あんた、下着のまんまでなにやって‥‥」

「や、やっば〜」

 目を上げたら、とびらからまた人が出てきてた。うちのクラスの京子に‥‥夏子、って、ちょっと待てこらっ!

「あ・ん・た・た・ち!!」

 あたしは、ひかりにジャージかぶせて、そのまま教室に飛び込んだ。

 床いっぱいの衣装の山にくらっ、ときたけど、両腕広げて、なんとかふたりとも‥‥よし!

「捕まえたッ! さぁ、ふたりでひかりになにしたのか、教えなさいっ!!」

 まぁ、大体わかるけどさ、3年生が、1年つかまえてひん()くなんて!

 さーて、どう言いわけしてくるか、って思ってたら、夏子がぼそぼそっ、て言った。

「いや、これはほら、雪城さんが‥‥」

「ほのかが、なんだってぇ?」

 思わず、捕まえてる腕に力が入っちゃうよ。言いわけのネタがないからって、ほのかダシにするか、あんたは!

「だから、その‥‥服貸してあげる代わりにさ、この子マネキンにしていい、って」

「‥‥ンだとぉ!」

 その瞬間、頭ンなかがまっ白になった。

 ウソじゃないよ、これ。でなきゃ、ひかりがとっ捕まってるわけないんだから。

「あ、な、なぎささん!?」

「まってて、ひかり。ちょっと、ほのかとっちめに行ってくるっ!!」

 教室のとびら抜けて、壁にぶつかりそうになりながら、あたしは駆け出した。全力で。

 ‥‥だから、背中の声を聞く余裕なんてなかったんだ。


「置いてかないでぇぇっ!!」

「うふふふふ

 わたしは思わず、笑いを抑えられなくなっちゃった。

 目の前には、すっかり着替え終わったユリコ。制服のブラウスとスカートはきちんとたたんであるし、あとは、最初につけたヘアバンドをこれに替えれば‥‥

「ほのかっっ!!」

 ってときに、やってくるのよね。なぎさは。

「しーっ、静かに‥‥」

 口元に当てた手を、なぎさが思いっきりつかんできた。ものすごい顔で、わたしをにらみつけてる‥‥あら?

 なぎさの目が、濡れてる。

「あたしはねぇ、ほのか信じてんだよ?」

 そのままうつむいて、頭をわたしの胸に押し付けてきた。

「ちょっとヘンなことしても、悪いことはしないって‥‥それが、なによ! 服のために、京子たちにひかり売ったって!?
 あたしは、あたしは情けないよ、ほのか‥‥」

「ごめん‥‥」

 まいったわ。殴られるより、よっぽど痛いもの。

()()なんて、そんなつもりじゃなかったのよ。だけど‥‥ほら、ひかりさんって、あまりおしゃれしないでしょ?
 夏子さんたちに、ちょっと()()()()もらうのも、いいかもしれないなぁ、って思って」

 言い終わってしばらくしたら、なぎさがすっ、と胸から離れた。ハンカチで顔ぬぐって、こっちを向いた顔は、にっこりしてるわ。

「んで、本音は?」

「う〜ん‥‥えへ♪」

 その瞬間、わたしは頬が痛くなった。なぎさが両方の頬をつまんで引っ張ってるんだ。

「『えへ♪』じゃないって! 京子たちもそりゃ普段はいい子だけど、衣装がからむと目の色変わっちゃうんだから。まして、相手はひかりだよ? 飢えた狼に羊投げ込んだみたいだったんだからね!」

 ぎゅーっ、と引っ張られて痛いけど、なぎさの言葉の方がもっと痛いわ。そこまで考えてなかったなぁ。ひかりさんには、悪いことを‥‥って、ちょっと待って。

「にゃぎひゃ、ひかりしゃんは??」

 とたんに、痛みがなくなった。なぎさの目が、どんどん大きくなってく。

「しまったぁっ、置いてきちゃったっっ!!」

 やっぱり。こうしちゃいられないわ。

 わたしはなぎさの手を掴んで、理科室を飛び出した。責任持って、助けに行かなきゃ‥‥

「ほのかさぁ〜ん!」

 そのとき、ろうかの向こうから、小さな声が聞こえてきた。

「ひどいです、ほのかさん。わ、わたしっ‥‥!!」

 ろうかを走ってきたひかりが、ほのかを両手でたたいてるの、あたしは横で、ぼーっと見てた。

 よっぽど恥ずかしかったんだろうねぇ。ほのかも困った顔でただ叩かれてるし。でも、あたしはなんだか、ほっとしたよ。

「あー、はいはい。とりあえず、最悪の事態は避けられたから。ほのかも反省してるし、ここはあたしの顔に免じて許してよ。ね?」

 ううう、って言葉が見えるくらいの感じで落ち込んでるひかりに、ほのかがごめん、って謝ってる。

 だけど、ほのかの困り顔もそこまで。いきなりにっこり笑い出しちゃった。

「でも‥‥とってもかわいいわ。ひかりさん

 ぱっ、と指さしたところ、理科室のガラスに映った姿を見て、ひかりが真っ赤になった。

 気が付いてなかったんだね、自分がなに着てるのか。

「え、あ、あの‥‥」

 肩や首周りがひらひらしてる白のブラウスに、三段の色違いフリルスカート。腰のあたりに大きなチェックのリボンなんてつけちゃって、まあ。

「看護師さんとか巫女さんとか、ヘンに狙ったのはやめて、って言っておいたのよ。これでも」

 ひかり、かわいすぎだもん、襲われちゃうんじゃないか、って、さっきはあたしも血の気が引いたんだけどね。一応、最後の理性だけはあったんだなぁ、京子たち。

「これだけ似合うんだもの。いつかまた、ふたりにいじられてみない? こんどはちゃんと、監視つきにするから♪」

 あ〜あ、今度はひかりが困り顔になっちゃった。反省、ちゃんとしてるのかなぁ?

「『プリキュアの、美しき、たましいが〜』か‥‥」

 あたしが小声でこっそり言ったら、目の前の後姿がいきなり、思いっきり振り返ってきた。

「な〜にが言いたいのかなぁ? な・ぎ・さ?」

 笑い顔だけど、眉毛だけがぴくぴく動いてる。わかってんなら、ちゃんと反省しなさい、っての。

「べっつにぃ〜? んじゃ、ひかり売ってまで借りてきた服っての、見せてもらおうじゃないの。ほのか」

 目を開けたら、世界が変わってた。

 理科室のはずだったのに‥‥いや、机とか棚とかはちゃんと理科室なんだけど、なにかが違う。なにか、なに‥‥あ、そういえばメガネしてないわ。つけなきゃ。って、

「ちょっとぉ、なによこれぇっっ!!」

 なんかふわふわしたものが顔に当たると思ったら‥‥なに、このすっごいフリフリは!?

 肩はふくらんでるわ、胸はひらひらのエプロンだわ、長いスカートに、中はもこもこって‥‥これ、ペチコートぉ!?

「わたしは人形か、ってーのっっ!!」

 いつの間に‥‥や、待てよ? 下着まで変えられてンのに、気づかなかったってこと?

 っていうことは‥‥あぁっ、やっぱりいたっ!

「ほのか! 一服盛ったわね!?」

 となりの机に、ほのかがいた。後ろには美墨さんと、ちいさな子‥‥?

 ああ、ひかりちゃんか。おしゃれしてるけど、なんか恥ずかしそうにしてるなぁ。

「やぁねぇ、人聞きが悪いんだから。ちょっと、匂いかいでもらっただけじゃない」

 にっこり笑ってる顔のなかで、口元だけがもちょっとつりあがってる。それって、ほんとに盛ったってことぉっ!?

「化学部長でしょうが、ほのかはっっ!! 自分のことに薬品つかうなってば!」

「ん〜‥‥一応、わたしの場所以外のおくすりは使ってないわよ」

 思わず、がっくり膝ついちゃったよ。ほのか蔵‥‥ほのか専用の薬品おきば。なに入ってンのよ、あそこって!


「ちょっと、動かないでね‥‥うん、これで完成♪」

 ほのかの声ではっ、として思わず手で払ったけど、ぴょん、って後ろにはねてっちゃった。

 いけない。呆然としちゃってたよ、わたし。

 立ち上がって、ひざのほこり払って‥‥すっごく長いスカートにエプロンだなぁ、って思いながら、なんの気なしに窓を見た瞬間、わたしは、氷になった。


 カチーン、って。


「ねぇねぇ、言ってくれない? 一度でいいから。ねぇ、ユリコ

 ほのかの声が、遠くから聞こえる。

 そうか。ふくらみ袖に裾の広がった黒いワンピースと、長〜いエプロンドレス。白の蝶タイに頭のヘッドドレス。

 窓に映った自分の姿見て、なんとなくわかった。ほのかが、なにやらせたいのか‥‥

 だから、わたしは思いっきり深呼吸してから、みんなに向き直った。

 そして、腰から思いっきりお辞儀して、言ってやったんだ。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 一番奥にいた、ひかりちゃんに向かって。

「え? わ、私!?」

 ひらひらの服で、どぎまぎしてる。ほんと、かわいいなぁ。これ見られるんなら、お辞儀したって損じゃないよね。

 で・も。

「なにやってるのです、ほのか! お嬢様のお戻りですよっ!!」

「え?‥‥きゃっ!」

 とっさに、わたしはほのかを捕まえた。

「メイドがこのような服でお嬢様をお出迎えだなんて、メイド長として許せません!すぐにお着替えなさいっ!!」

 そのままわたしは、ほのかのスカート、ぐいっと引っ張った。

「ちょ、ちょっとユリコ、なりきりすぎっ!! あ、なぎさ、助け‥‥」

 ほのか、考えあまーい。だってさ、

「自業自得でしょーが。剥かれたひかりの気持ちも、ちょっとは味わっときなって♪」

 美墨さん、わたしがほのか捕まえた瞬間に、指でサイン出してくるんだもん。

 『やっちゃえ!』 って感じで。


 あ〜あ、これじゃわたしも言えないよねぇ。化学部が1番なんてさ。

 でも、いっか。

「両方とも、楽しめばいいのよね。うん

 美墨さんが笑いこらえてる。ひかりちゃんも、ちょっと困って‥‥でも苦笑いしてる。

 それじゃ、ぐぃっ、と♪


「わたしは、楽しくな〜いっ!!」

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