おなまえよんで♪

 コポコポ‥‥


 理科室の中に、ちっちゃな音がしてるミポ。

 まぁるいガラスの中で、怪しい色の水が、あぶくたててるミポ。

 その前に、長い髪の女の子。

「ふふ。もう、ちょっとで完成ね」

 わたし、知ってるミポ。これってまるで‥‥そう、魔女のなべミポ。

「ふふふ。うふふふふ‥‥」

 こ、こわいミポ!ほのか、こわすぎミポ〜ッ!!

「じゃ、また明日ね」

 ラクロスの練習終わって、もう夕方。下駄箱に行くみんなを見送って、あたしはそのまま校舎に戻ろうとしてた。

 きょうはちょっとキツかったなぁ。ま、2年になってはじめての試合が近いから、これでも軽いくらいか‥‥

「え〜?なぎさ、一緒に帰らないのぉ?」

 おっとっと。莉奈(りな)の声といっしょに出てきたラケットに、肩つかまれちゃったよ。

「こら。ど〜こ行くの?」

 あぁ、そういえば、言ってなかったっけ。

「ええと‥‥ちょっと、約束してるから」

「でもでもでも、駅前にできた喫茶店、一緒に行くっていってたよね、ね?」

 志穂(しほ)ったらあいかわらず、食い気いっぱいだなぁ。まぁ練習のあとだし、あたしも人のこと言えないけどね。

「ん〜、ごめん。約束だから、ね。このとーり」

 片手で拝んだら、志穂の背中を莉奈がたたいたわ。

「約束じゃしょーがないよ。だいたい、こんなべたべたな体で、新しい喫茶店入るのもちょっとねぇ」

 今まで輝いてた志穂の顔が、がっくり下向いちゃった。

「そっかぁ‥‥あ〜あ。よりによって、こんな日にシャワー壊れなくてもいいのにな〜」

 うん。あんまり人のそば行きたくないし、制服まで汗くさくなっちゃうんだよねぇ。ほんと、体操着で帰りたいくらいだわ。

「ま、いっか。じゃぁじゃあ、こんだは一緒ね?」

 立ち直りはやっ! これが志穂のいいとこだよねぇ。感心しちゃうわ。

『む〜っ!』

 ‥‥あ、ヤバッ!

「あれ?」

「ねえねえねえ、なんか、聞こえない?」

 あたしは、飛び跳ねてるポシェットつかんでカバンに押し付けながら、ろうかの方に移動した。

「う、ううん。なんにも‥‥それじゃね!」

 うわ、カバンごと跳ねはじめちゃってるよ。もうちょっと待ってってば!!

 ひとのいない理科室って、なんか不気味なのよねぇ。こんなとこ、よく何時間もいられると思うわ。

 ‥‥でも考えてみると、体育館ならひとがいなくても全然へいきなのよね。どっちもどっちか。

『む〜! む〜っっ!!』

 ああ、またポシェットが暴れてる。もう、うるさいなぁ。ここ入るのは、勇気いるんだってば。

 すぅ〜‥‥はぁ〜‥‥ ん。よし!

「お〜い、雪城さん。来たわよぉ」

 理科室のとびら、ガラッと開けながら、あたしは部屋の中見回した。 机ばっかの広い部屋で、教壇のいすにひとり、ぽつん、って座ってる。

「あ、美墨さん。いらっしゃい」

 い、いらっしゃいって、ねぇ。ここはあんたの巣かい?

『む〜うッッ!!‥‥こらぁ! なぎさ!!』

 あ、いっけない。口に貼っといたバンソコ、はがれちゃったか。

『こらぁッ! 早く出すメポ〜ッ!!』

 あぁ、はいはい。ラブラブね、いいわねラブラブ。よいしょっと。

「ミップル〜ッ‥‥え!?」

 変身して飛び出してったメップル、雪城さんに抱えられちゃった。

「ちょっとまってね。理科室のすみに、遊び場を作ったから。ふたりとも、そこにいてくれる?」

 遊び場?あぁ。よく見てみたら、すみっこの方に囲いがしてあるわ。けどあそこってたしか‥‥

「ねぇ、あんたたち。ホントにあそこでいいの?」

「ミップルは、メップルといっしょに遊べるなら、どこでもいいミポ」

「ぼくもいいメポ」

 ふたりともその気だわ。あたしたち置いて、さっさと囲いの中に入っちゃった。

 あたしは、雪城さんにちょっとだけ近寄って、そっと聞いてみた。

「ねぇ、あそこってたしか、実験のゴミ捨てるとこじゃなかった?」

 メップルたちに聞こえそうで、つい小さな声になっちゃう。けど、雪城さんはいつもの声で、

「そうよ。ちゃんとお掃除したから、ちょっと見ただけじゃわからないでしょ?」

 いや、そういう問題‥‥かなぁ?

「誰か来てもふたすればわからないし、ちょっとくらい暴れてもいつもの事だもの。ちょうどいいわ☆」

 はぁ。おとなしい顔のくせに、結構いい性格してるわ。この子。

「ミップル、いまの聞こえたメポ?」

 遊び場に入ってから聞こえてきた言葉に、ぼくはがっくりしてしまったメポ。

「勇敢な騎士が、ゴミ箱の中で遊べと言われるなんて‥‥恥メポ」

 肩でためいきついてたら、笑い声が聞こえたメポ。

「ミップル?」

 顔を上げたら、ミップルが手を広げてるメポ。

「校庭が見わたせるゴミ箱なんて、あるミポ?」

 ‥‥手の先を見てみると、たしかにそうメポ。窓側の壁は外されて明るいし、ボールに鉄棒に、ブランコは手作り。 とてもゴミ箱には見えないメポ。

 ミップルがくすくす笑ってる。ぼくがきょろきょろしてるの、おかしかったメポ?

「ふふ。笑ってごめんミポ。‥‥ね。ほのか、よく考えてるミポ?」

 うん。なぎさと同じくらい考えてるのは、ぼくにもわかったメポ。

「よぉし。じゃ、まずブランコ乗るメポ♪」

「ミポ

「でさぁ。ラブラブのふたりが遊んでるあいだ、あたしたちどうしよう?」

 理科室の机に腰かけて、足をぶらぶらさせながら言ったら、雪城さんが近づいてきて‥‥

「‥‥あ、ちょ、ちょっと」

 あたし、思わず手でおさえちゃった。

「どうかしたの?」

 おっきな目ひらいて、首かしげてる。あぁ、あんまり説明したくないんだけどなぁ。

「うん。練習終わって部室戻ったら、シャワーこわれちゃっててさ。汗くさいでしょ。ごめんね」

 そしたら雪城さん、もっと目を見開いたわ。

「におうのね?」

「え、あ、うん」

 目が大きいだけじゃなくて、輝いてる。

「くさいのね?」

 むっ。そんな目で、そこまで言わなくてもいいじゃない。

 ひとこと言ってやろうかと思ったら、にっこり笑って‥‥ あ、あれ? あたしの方に顔近づけて、くんくんかいでるよ。うう、ちょっとイヤだなぁ。

「‥‥これならいいかも。よかった。これで試せるわ」

 そのまま、理科準備室に歩いてっちゃった。いつものことだけど、この子もよくわかんないなぁ。

 ‥‥ああ、準備室の入り口でこっち見て、手招きしてる。ま、行ってみよっか。

「ふふふ。これこれ♪」

 ごちゃごちゃしてる理科準備室の奥から、雪城さんが取り出したの、コロンのびんだった。

「これはね、普通はなんの匂いもないんだけど‥‥ね?」

 雪城さん、自分の手にシュッって吹きかけてから、あたしの顔の前に出した。 ‥‥うん。なんにもにおわないわ。

「でも‥‥ちょっと手を貸して」

 あたしの手にも、シュッって吹きかけた。あれ?

「これ、花の匂い?」

 あ?え? さっきは、たしかに何にもにおわなかったはずなのに??

「ふふ。うん。これはね、汗のにおいを別の匂いに変える薬なの」

 へぇ、なるほどねぇ。キャンディ作るだけじゃないんだ。 さすが雪城さ‥‥え!?

「ちょ、ちょっと雪城さん。なによ、それ!?」

 背中のほうから転がしてきたのは、おっきなスピーカーみたいなもの。

「ん? だって、こんなスプレーじゃ、いつまでたっても終わらないでしょ? 全身に吹きかけるんだから」

 全身に、って‥‥ヤバっ!!

「あ、あははは。 じゃ、そういうことで‥‥え!?」

 理科準備室のドアが、開かない!?

 おそるおそる振り返ったら、雪城さんがにっこり笑って、ひも持ってる。ひもの先には、あのスピーカーもどき‥‥

「大丈夫よ。多分」

 た、多分って、ちょっとぉ!

「覚悟っ‥‥えい


 ボンッッ!!


「ぶわっっ!!」

 ブランコにふたりで乗ってたら、いきなり大きな音といっしょに、ぐらぐらゆれたメポ。

「ミップル?」

「な、なにミポ?」

「なにかあったメポ。また、ドツクゾーンの‥‥」

 こんなとこで遊んでる場合じゃないメポ。今すぐ、なぎさのところに‥‥

「だいじょうぶミポ」

 ん? ミップル、妙に落ち着いてるメポ‥‥

「ミップル。なにか、隠してないメポ?」

「そ、そんなことないミポ。‥‥あぁ、ほら、ほのかからボールもらってるミポ。ボール投げ、ひさしぶりミポ

 ミップルと、ボール遊び‥‥ま、まぁミップルがだいじょうぶって言うなら、ちょっとくらいはいいメポ。ミップル〜

 いきなり目の前が真っ白になって、くしゃみが止まんない。 っていうか、口の中じゅう、へんな味ぃ。うぇ〜、気もちわるいぃ。

 ‥‥ん? くしゃみが止まった。‥‥うぁ! なに、この匂い!?

「うん。成功ね☆」

 ひも握ったまんま、ほのかが笑ってるよ。

 でも、これで成功って‥‥

「たしかに汗のにおいはなくなったけどさ‥‥どぉすんのよ、この全身コロンまみれみたいな匂い!」

 あぁ、きょとん、って顔でみてるよ。本気?

「これで、電車に乗って帰れっての? ありえな〜いっっ!!」

 あ〜、もう。だから、無責任にくすくす笑わないでよ。まったく。――って、ちょっと待って。たしかほのか、さっき‥‥あぁっ!

「ほのかっ! あんた、その機械使うとき『覚悟』って言ったでしょッッ!!」

 もう。最初っから楽しむつもりでやったな、こいつわっ!

「ちょっと、ほのか! 聞いてんの!?」

 ずいっ、と一歩近づいたら、またにっこり笑って、首かしげてる。

「なぁに。な・ぎ・さ?」

 う‥‥ そっか。思わず名前で呼んじゃったんだ。

 いつもは『雪城さん』って感じなのに、今日はまるっきり違うから ‥‥ひょっとして、わざと?

「ね、どうしたの。な・ぎ・さ?」

 ‥‥プチ。

「こうなったら、おなじ匂い、つけてやる〜っ!!」

 とりゃ、って抱きついて、制服の匂いこすりつけてやる。もう。

「きゃあ〜くすぐったぁい 忠太郎みたい

 あ〜あ。喜んじゃって。

「うふふ。忠太郎より、毛がやわらか〜い

 あたしの髪の毛、犬より硬いわけないでしょ!!

 もう、覚悟しなさい! その長い髪の枝毛、とことん見つけてやるぅっ!!

 ‥‥ん? あれ??

「ちょ、ちょっとっ!」

 うわぁっ!なに、このにおい!?

「あら。ほんとに忠太郎になっちゃったみたい。同じにおいだわ」

 忠太郎って、そんな。

「ありえないっ。こんなの、犬のにおいじゃないわよ!!」

 あぁ、鼻がおかしくなっちゃう、このにおい。このまえ飛びつかれたとき、こんなにおいしてなかったわよ?

「ううん、そうよ。いつもはにおわないけど、雨にぬれたりするとこうなるの。きっとわたしの制服に、忠太郎の毛がついてたのね」

 あーっ、もう、洗濯、洗濯っ! 洗濯機どこにあるのよぉっっ!!

 バタンッ! って大きな音がして、足音が部屋から出てったメポ。

「あ、失敗ミポ?」

 遊び場のふたを開けてまわり見てたら、下でミップルがひとりごと言ってるメポ。

 やっぱり、なにかたくらんでたメポね。

「ミップル、なんだか知らないけど、ふたりを信じなきゃ、だめメポ」

「信じてはいるミポ。けど‥‥ふたりとも、まだ名前で呼びあってないミポ。もうちょっと、仲良くなってほしいミポ‥‥」

 しゅん、としてるミップルだけど、背中の辺りに、キラッと光るものが見えるメポ。あ〜あ。

「その、背中に隠したのはなにメポ?」

 そーっと取り出した銀色の工具。横に、『水道用』なんて書いてあるメポ。

「メップルだって! なぎさの友達の前になるとわざと暴れてるの、知らないと思ってるメポ?」

 ぼくはミップルと顔見合わせて、

「「‥‥はぁ」」

 いっしょにため息ついた。こんなのハモっても、あんまりうれしくないメポ。

 ふぅ。手芸部の部活が終わっててよかった。

 被服室の大きな台の上で、あたしたちの制服が仲良くゆれてる。

 ぬらしたタオルでからだ拭いて、あのにおい落としたあたしは、体操着姿で制服見てた。

 ほのかは、さっきからとなりで本読んでる。 こーゆーとき、読書の趣味あると楽だよね。

 それを横目に見ながら、あたしは、考えてた。

 今日のほのか、いままで見てたのと違うわ。なんだかのんびり、リラックスしてるみたい。

 さっきは思わず抱きついて、からだすりつけたりなんてしちゃったけど、いつもだったら絶対ありえないわ。

 一緒に行動して、一緒に変身して、一緒に戦って‥‥でも、いまはまだ、それだけなんだから。


 ‥‥って、ことは。ひょっとすると?

「ねぇ、ほの(・・)‥‥」

「なあに!?」

 うわ、すごい反応。いきなり振り向くと思ってなかったから、びっくりしてなに訊くか忘れちゃったじゃない。ええと‥‥あ、そうそう。

雪城さん(・・・・)さ」

 あれ?今度は、いきなり横向いちゃってる。

 へぇ、こんな顔もできるんだ。なんだか、見てるとつい顔がゆるんじゃうな。

 あ、本の影から、ちらって目だけこっち見てる。くちびるとがらせちゃって、もう

 ‥‥じゃなくて。

「まさかと思うけど、体育館のシャワー壊したのって‥‥?」

 ああ、あきらめたみたい。ふぅ、ってひとつため息ついてから、

「やぁね。そんなことしないわよ」

 そりゃそうよね。あたしも、なに考えてんだろ。いっくら雪城さんでも、そこまでは‥‥

「わたしはね。ミップルは‥‥うふふ

 やっぱり、やったんかい!



 あぁ。ちょっと、頭かかえたくなってきたわ。

 ん?

 体育すわりで頭かかえてたら、頭のてっぺんがなんかへん。 なんだろ、これ?

「あ」

 あてッ! 起き上がったら、プチッって音と痛み。そっか、髪の毛引っ張られてたんだ。

「何やってんの、あんたは」

 となりのほのか、本を持ったまま目だけこっち向いたわ。

「え? ん〜、本を読んでたの」

 それは見ればわかる。けど、

「ふ〜ん。‥‥で、これは、なに?」

 あたしの顔の近くで、右手の人差し指が、ぴくぴく動いてるじゃない。

「ん。なんかね、手元がさびしいなー、って思ってたら、 ちょうど手の届くとこにあったから」

 まだくいくい動いてる指見ながら、あたしは、甘噛みでもしてやろうかと思った‥‥けど今日のほのかじゃ、なんだか喜ばしちゃうような気がするなぁ。はぁ。

「何人にもコクられてんでしょ? そんなのは、彼氏つくってやればいいじゃない。」

「学校で?」

 う。そ、そりゃ女子部でそんなことしたら大変だけどさ。

「ん〜? でも、わたし興味ないし。 それに、男の子って、こういうことできなさそうじゃない?」

 思わずあたしとあの先輩とで想像して‥‥納得。ちょっと、ヤかも。

「こうして本があって、なぎさ(・・・)がそばにいて‥‥これなら、他になにも要らないわ

 あ、また強調してる。ん〜、でも。

「ったく。それじゃ、あたしが雪城さん(・・・・)にコクられてるみたいじゃない」

 言ったとたん、ほのかが本を口元に持ってきて、上目づかいになった。

「いや?」

 うるうるしてるつもりなんだろうけど、目が笑ってるわよ。もう、冗談なのはわかってるけどさ。

「最初から女の子は、ヤ・ダ」

 べーっ、と舌だしたあたし見て、ほのかがくすくす笑いながら、

「それじゃ、早くだれか男の子に告白されてね」

 がくっ。そ、そうきたか。

「だいじょうぶ。待ってるから

 また、に〜っこり笑ってるほのか見てると、本気なんだか冗談なんだか、だんだんわかんなくなったきたわ。


 ‥‥とりあえず、名前で呼ぶのはしばらくやめとこ。

 そう、もっとふつうに、仲良くなれるまで、ね。

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