オーダー☆お〜だ〜

 シャッ


 カーテンを開けると、みどりの匂いとみどりの光。わたしは目をつむって、匂いと光を浴びながら伸びをする。

 しばらくして開けた目の前には、いつもの大きな木。ちいさな()()()を足元において、凛とした姿でわたしを見てる。


 ――おおぞらの木


「おはよう」

 いつも通り、わたしは木に挨拶した。

「ちっとも早くないわ、かおる。お昼まで2時間よ」

 台所から聞こえてきた声に、わたしは振り返った。いつもの赤毛が、エプロンをつけてわたしを見ている。

「起きたら『おはよう』よ、みちる」

 返事の前に、まずため息がやってきた。

「だいたい かおるは、起きるのが遅いのよ。いくら春休みだからって、そんなに寝てばかりでどうするの?」

 口数が多くなったな―― わたしはぼんやり、そんなこと思ってた。

 みちる は気づいてるだろうか。だんだん、咲たちに似てきてる、なんて。

「ふふっ‥‥」

 思わずこぼれた笑みに、はっとした。みちる(ひと)のことは言えないわ。わたしだって、舞たちに似てきてるのだから‥‥


「寝る子は育つ‥‥」

 まえに舞に聞いたことわざで微笑んだ顔をごまかしながら、わたしはふとんの端を大きく振った。

 ふわり、と浮かんだふとんを空中で手早く畳むと、片手で押入れを開ける。そこには、わたしのよりもきちんと畳まれた、みちるのふとんが座っていた。

「そういうことは、みのりちゃんに言いなさい。私たちは寝たって育‥‥あっ」

 息を飲む音と一緒に、背中が静かになる。

 わたしは、押入れの中のふとんに、手の上のふとんを重ねた。

 きちんと畳まれたふとん‥‥お互い、得意なことが少しずつ違ってきたのかもしれないわ。ダークフォールにいたときは、みちるとわたしは同じだと思っていたけど。

 けれどそれは、少し変わっただけ。育ったわけじゃ、ない――


 黙ってしまった みちるの顔を見ないようにしながら、わたしは息を吸った。部屋の匂いと木のみどりの匂いに混じって、咲たちが喜びそうな匂いがする。

「‥‥なにか食べ物作ってる、みちる?」

「え? ええ、お昼の用意をしようかと思って‥‥」

 止まった時間がゆっくり動き出すのを感じて、わたしはこっそり息を吐いた。

 咲なら言うわ。まず食べようって。舞なら言うわ。場所を変えようって。

「きょうは、公園で食べない?」

 できるだけ軽い声を出しながら、わたしは部屋のすみに置いてあるかばんを取った。たしか、中に入れておいたはず。昨日 咲にもらった‥‥

「公園で?」

 かばんの中から取り出したちらしを持って、わたしは みちるの前まで歩いていった。

「そう。きょうだけ、公園に面白いお店が来るから、行ってみてよって、咲が言ってたわ」

 ちらしの中にあるのは、明るい黄色の車と、色とりどりの食べ物。

 そこなら、少しは考えなくても済むかもしれない。


 ‥‥ほんのわずかな時間だけれど。

 髪をとかして着替えをして、家を出るのに15分もかからない、か。

「‥‥みちる?」

 かけられた声に振り向くと、思わず笑いそうになった私を、かおるがじっと見ていた。

 私は軽く首を振って、

「舞に言ったらあきれられたわね。おしゃれが足りないって」

 うなずきながら、かおるはコンパクトで髪を見てる。けどきっと、そういう意味じゃないんだろうな。


 でも、私たちには、それがわからない。


 ちょっとだけため息ついて、頭を上げると、おおぞらの木が見送ってくれていた。

「行ってきます」

 ふたりで一緒に声をかけて、丘を下って行く。背中にあったたくさんの気配が、少しずつ小さくなっていくわ。

「精霊がいっぱいね」

 かおるの声が穏やかになっている。私も同じ気持ちだった。

 誰も、何も言わないけど、きっとあの場所は、私たちのために精霊が作ってくれた場所。

 家の中もそう。蛇口をひねると出てくる水やガス、スイッチをさわると(とも)るあかり。ただ‥‥

 私は小さなかばんの中から、財布を取り出して少し開けた‥‥お昼が10回は食べられそう。

「お金だけは、よくわからないけど」

 言ったとたん、隣から手が伸びてきて、財布はかばんに押し込まれた。

「前に決めたでしょう。それは考えないことにしよう、って」

 少しにらみ気味の かおるの視線に、私は苦笑いしながらうなずいた。

 お金のこと知ったとき、咲も舞も、顔を引きつらせてたものね。

「わかってるわ。けど、ふしぎよね」

 かばんを閉めて、また歩きはじめる。だんだん小さくなる気配に、つい振り向きたくなるのを私は抑えた。

 こういうときの言葉かもしれないわ。『後ろ髪を引かれる』って。

「一時は敵だった私たちに、ここまでしてくれるなんて‥‥」

 ついに気配が消えた瞬間、私たちは一緒に振り返っていた。

 おおぞらの木は、ここからでも凜として見える。まるで、私たちを見守ってるみたいに。

「わたしたちも、精霊のようなものだから、かも」

「‥‥そうね」

 私は道端に落ちていた石を拾って、親指でピン、っとはじいてみた。とたんに、石はものすごい勢いで飛び上がって、見えなくなる。

「1‥‥2‥‥」

 一緒に真上を見上げた かおるが数える声が、どこか遠くから聞こえる気がする。

「70‥‥71‥‥」

 ()()のようにぼんやり見えたものが大きくなってゆく。私が手のひらを差し出すと、その上にすとん、っと石がおさまった。

 手の上には、少し小さくなった石。小さくて、熱くなった石‥‥ころん、と足元に落としたあと、手のひらには傷ひとつない。

「安藤さんは、ごまかせたのよね?」

 かおるの声が、小さくなった。私はそっとうなずいて、また丘を下り始めた。


 3学期の終業式、本を抱えた同じクラスの安藤さんが、2階の階段から足をすべらせたとき。

 私はとっさに彼女を受け止めて、怪我もなく済んだんだわ。

 ‥‥ただ問題は、私がいたのが窓の外。校舎裏でスケッチしてる舞と一緒だった、ということ。

「たまたま、階段の途中に咲がいたから」

 たまたま、咲だけがいたから。

 わざと大げさに騒いで、ごまかしてくれた。けど、もし私だけなら? もし、他の人がいたら?

「咲や舞なら、いいんだけど」

 ごまかしてる間、ずっとびくびくしていた私に、咲は言ってくれたわ。『サンキュ』って。でもそれは、ふたりが私たちのことを知ってるから‥‥

「あと、みのりちゃん」

 ぼそっ、と声が聞こえた気がして顔を上げたら、かおるが足早に歩き始めていた。

 私はすぐに追いかけて、かおるの横についた。目だけで隣を見てみたら、自然と声が優しくなるわ。

「あと、みのりちゃん‥‥ええ」

 むすっとしながら、そっぽ向いて。ほほ膨らませてまっすぐ歩いてく。


 私はちょっとだけ、かおるがうらやましくなった。

 ‥‥いま、どれだけかわいい顔してるか、自分では気付いていないんだろうな。

 海沿いの駅前から、ちらしの地図通りにしばらく歩くと、大き目の公園が見えてきた。

 公園の中には、いくつもの傘の向こうに、黄色い車。

「あの傘みたいね、みちる」

「傘じゃなくて、パラソルでしょう、かおる? ‥‥あら?」

 わたしが指さした先を見ていた みちるの顔が、少し困ってきた。

「どうかしたの?」

 わたしには何だかわからない。目もみちるの方がいいのかしら。

「パラソルは席よね。ひとつ以外全部座ってるわ」

 わたしは胸のポケットから時計を出して、時間を見てみた。

 11時50分。

「混雑する時間に来ちゃったのね」

 たぶん、咲たちなら別の時間を選ぶのだろう。そんなことがわからないのも、わたしたちが人と違うせい、かもしれない。

「ひとつあいてるなら、よかった。行きましょうか」

 混んでいる場所は苦手だけれど、これもひとつのがまん。この世界にいるための‥‥仕方ないわ。

 軽く息吸って、ひとつうなずいて。歩き出そうとしたわたしの腕が、なにかに引っかかった。

「みちる?」

 腕にはしっかり、みちるの手。ぎゅっとつかんだ手が、少しだけ、震えてる‥‥


「15人、いえ、17人? ヘンよ、かおる。あのパラソルの下、クラスの子が揃ってるわ。それも、咲と舞以外みんな‥‥!?」

 公園の入り口を抜けて、パラソルに近づいて行くと、思っていたより静かだった。

 遠くから見てたときは、もっと賑やかそうだったのに‥‥いいえ、違うわ。

 パラソルの中から声はなくても、視線はわたしたちに当たって来てうるさいくらい。なのに、そちらを見ると消えてしまう。

「あいているパラソルは、一番奥みたいね」

 声に(こた)えて横を見た。かおるの目は、公園の奥のほうを真っ直ぐに見つめている。

「いくわよ、みちる」

 くいっ、と手が引っ張られて、私はまた歩き始めた。かおるがいなかったら、きっと帰っていただろう。

 今だって、帰りたいくらいだけど‥‥あら?

「かおる、見て。ちいさな子が働いてるわ」

 黄色い車から飛び出してきたのは、わたしより頭半分ちいさいくらいの女の子。編んだ明るい髪をぽんぽん振りながら、お盆を持って早足で歩いてる。

 パラソルと車の間を、行ったりきたり。

「そう? みのりちゃんなんてもっと小さいわ」

「みのりちゃんは、お手伝いでしょ?」

 いくらなんでも、小学生と比べちゃかわいそうだわ。

 そう思いながら、私はまた、その子の動きを見てみた。

「あの子はバイト‥‥には見えないわね」

「ええ。てきぱきしているもの」

 かおるの目を覗き込んで、私はそっとため息ついた。

 あれはコンビニで、だったかしら。『バイトの人』にはいい印象持ってないのよね、かおるは。


 立ち止まって、ぱたぱた歩くパンツ姿の女の子を見ていたら、少し空気が変わった気がする。

 いいえ、気のせいじゃないわ。その子が行った先だけ、静かな空気が明るい声に変わっていく‥‥

「小さいけど、いい店員さんみたいね」

 思わずこぼれたわたしの言葉に、かおるがこっくりうなずいて歩きはじめた。

「私たちとは正反対ね」

 聞こえてきた言葉にちょっとだけ息をついてから、わたしもその(あと)を歩きはじめた。

 一番奥にあるパラソルの席に、私たちは腰かけた。

 周りのパラソルからは、賑やかな声が聞こえてくる。もう、チラチラくらいしか視線も感じない。

 ‥‥ひとつを除いて。

「さっきから、見られてるわね」

 ため息混じりに、みちるが言った。

「安藤さんね」

 視線の先を追う必要もない。こんなに、じっと見られてるのだもの。

「気になる?」

「ならないわけないわ」

 右腕でほおづえついたまま、みちるが答えた。手に乗った顔が、少し疲れて見える。

「そうね。いずれ‥‥ごまかしきれなくなるわね」

 言いながら、目が勝手に閉じていった。

 もう、ごまかしきれてないのかもしれない。そう思っていても、口にはしたくなかったから。

「引っ越す?」

「どこへよ。いま、わたしたちがここにいられるのは、精霊たちのおかげよ。他の土地には行けないわ」

 言葉が空に消えてゆく。みちると話しているのか、ひとり言なのかもわからない。お互い、何度も考えたことだから‥‥

「せめて、少し離れましょうか?」

 目を開けると、みちるの(うなず)く顔が見える。

 私は席を立って、パラソルの棒をつかんだ。さて、どのへんがいいかしら‥‥

「かおる!」

 考えていたとき、小さいけれど厳しい声が飛んできた。

「え? なに?」

 私を見て、ため息までついて‥‥なんだろう?

「‥‥それ。結構重いはずよ」

 手元を見て、はっとした。机つきのパラソルひとつ、私は右手だけで持ち上げているわ。でも‥‥

「あ、そうね」

 音がしないようにゆっくり下ろしながら、私は別のところを見ていた。

「でもそれなら、イスの持ち方は考えたほうがいいわ」


 ガタガタンッ!


 大きな音と一緒に、イスが転がる。私はそれを素早く立て直した。

 人のこと言えない、って、こういうことよね。イスふたつを指でつまんで運んでるのだもの。


 パラソルをみちるの前にゆっくり持っていってから、私は人差し指を立てた。

「ふつうに動かしましょう。()()()()、ね」

 口とがらせたまま、じろっとにらみがちの目で見上げてる みちるの顔がちょっと赤い。


 やっぱり、似てきてるのかしら。咲に。

「んぁ?」

 注文をとった私がタコカフェの車に戻ってきたとき、変な声が聞こえてきた。

 思わずきょろきょろしちゃったら、目のはしに赤と青の三角巾。その下に、ぽかん、とした顔のあかねさんがいた。

「あかねさん?」

 車の段を昇りながら私が声をかけたら、すっ、と腕が伸びてきて、

「ひかり、ほら。なんか動いてるよ」

 泡つきの指の先を見てみると‥‥ほんとだわ。大きなかさが、ひょこひょこ動いてる。席、動かしちゃってるの?

「まぁ、別にいいんだけどさぁ‥‥」

 ぴょこぴょこ動くカラフルなかさを見ながら、あかねさんがやれやれ、って顔をした。結構重たいから、帰るとき片付けるの大変になっちゃうのが心配なんだろうな。

「そうですね‥‥あら?」

 そんなことを考えながら見てたけど、動きがちょっと変わったわ?

「ん?どしたの、ひかり?」

 さっきまでは、ぶんぶん振り回しそうなくらい、かぁるく動いてたのに、いまはゆっくり、私が運ぶくらいの感じで‥‥

「あ、いえ、あの‥‥」

 あかねさんに答えながら、私は頭のすみで考えてた。あの感じ‥‥たぶん、ううん、きっとそう。

「わたし、行ってきます」

 お盆にメモ持って、さぁ、行きましょう。

 きっと、私と同じ。変わった人たちのもとに。

「いらっしゃいませ‥‥はぁ」

 動かしたパラソルにイスを持ってきて腰をかけたところで、声がかかった。

 振り向いた先にいたのは、さっき飛び回っていた、ちいさな店員さん。でも、なにか不思議そうな顔で、わたしとかおるを見てるわ。

「‥‥なに?」

 かおるの声はいつも通り。普通に話しているつもりだけれど、知らない人には不機嫌に聞こえる声。

 けれど店員さん、他のパラソルとわたしたちを見比べて、

「ずいぶん動かしちゃったんですね。お知り合いじゃないんですか?」

 ひとこと言って首をかしげた。まるで、リスか子犬みたい。物怖(ものお)じしない子ね。

「どうして?」

 答えるかおるの声も少し柔らかくなってる。やっぱり、わたしたちとは正反対ね。

「みなさん、こちらを見ていますよ。ほら、いまも」

「同じ学校、同じクラスの子よ。それだけ」

 わたしが答えると、店員さんがお盆を胸に抱えたまま目をつむって、

「それだけ‥‥そう、ですか。それじゃええと、ご注文ですけど‥‥」

 音がするくらい息を吸ったと思った次の瞬間、わたしたちの前で笑顔が開いた。


「ひよっとしたら、『お友だち』を注文したいのじゃないですか?」


「「え!?」」

 かおるとわたしの声が重なる。

 視線が、店員さんとかおるの間を勝手に行き来してしまう。

「ごめんなさい。でも、そんな風に見えたんです。私も、以前そうだったから」

 ごくっ、とひとつのどを鳴らして息ついて、それからやっと、わたしたちは声を出せた。

「少し、違うと思うわ」

「ええ。わたしたちは、他の人とは違うから。違うことに敏感だから、人間は」

 ぽん、と音がした。店員さんがお盆をテーブルに置いた音。その真ん中にあるパラソルの棒を、彼女が掴んで、

「ちから、強いですよね」

 え?

「さっき、見てました。パラソル動かすところ‥‥最初、片手でひょい、って、軽く持ってて。
 それから、わざわざふたりで持ちなおした。ですよね?」

 すぅ、っと息の音がしてから、かおるの声が響いた。

「‥‥なにが言いたいの?」

 いつもの無愛想とも違う、警戒した声。

 だけど、店員さんは笑顔のままで、わたしたちに顔を近づけてきた。

「そんなに、気にしなくていいんじゃないですか? みんな違いますよ。みんな‥‥あ」

 遠くから、呼んでる声。声のもとは黄色い車で、窓から女の人が身を乗り出しているわ。

「お仕事みたいです。それじゃあ、注文、考えておいてくださいね」

 お盆を持ってぱたぱた走る後姿を眺めながら、わたしたちは大きく息をついた。

「‥‥みんな違う、か」

 店員さんの後姿が車の中に消えてゆくのを見ていたら、わたしの口から言葉がこぼれた。

「みちる?」

 ほんとかな? そう思う気持ちはある。けど‥‥

「みちる。私たちは、違いすぎる」

 かおるの言葉に、わたしは頷いた。

「ええ。咲や舞は、知ってるから別にいいけど」

「みのりちゃんもいるわ」

 すぐ言葉を挟んだかおるに、ちょっとだけ黙ったけど、わたしはやっぱり口を開いた。

「‥‥そうね。でも、彼女だって‥‥」

「そんなことない!」

 かおる‥‥

「みのりちゃんは、そんなことないわ。きっと‥‥」

 わたしは大きく息を吸って、ゆっくりとはいた。

 わかるのよ、わたしにだって。でも、でも‥‥

「そう‥‥だといいわ。本当にそう思う」

「‥‥っ!!」

 目を見開いたかおるが立ち上がって、わたしを見てる。

 今にも泣き出しそうな彼女に、わたしは口をあけたけど‥‥声が出なかった。


 わたしたちは、違うから。違うのは、変えられないから。


 ずっと、このままなのかな。わたしたちは‥‥

「はい、お水です。‥‥拭く物も、使いますか?」

 コップが目の前に置かれたのを見て振り返った私の前に、タオルを持った店員さんがいた。

 私は手を振って、そのまま座った。こんな近くに来るまで気付かないなんて、私はどうかしてるわ。

「さっきの話だけど‥‥あなたが、わたしたちと友達になる、っていうこと?」

 みちるも気付いていなかったみたいね。いきなり質問なんかして‥‥でも、店員さんはお盆とタオルを机に置きながら、

「さぁ‥‥わかりません。だって、お友達になりたいとは思ってませんから。いまは、まだ」

 ??

 みちると顔を見合わせていると、小さな笑い声が聞こえてきた。

「似てるとか、そういうことだけでお友達にはなりません。でも、もっと知りたいと思うなら‥‥一番早いのは、お友達になることだと思います。
 おふたりは、もっと知りたいと思いませんか?」

「あなたを?」

 私が聞き返すと、店員さんは首を振って、手を大きく広げたわ。

「もっと、周りを見てください。あそこのテーブル‥‥ほら、こっちも。みんな、さっきからちらちら見てるんですよ。あなたたちのこと」

 ちらちら見てる、ね。

 私はみちると目を合わせて、小さくため息ついた。そんなこと、公園に来たときから知っているもの。

「さっきも、あのテーブルの人に()かれちゃいましたよ。『なに話してた?』ですって。
 みんな、おふたりのことが気になってるんですよ」

 指差したテーブルの先には、安藤さん。

「怪しんでる、の間違いじゃない?」

「そんなこと‥‥ええと、よい、しょ」

 店員さんの体が、少し低くなった。いつのまにか、イスも持って来てたんだわ。

「知ってる人じゃないと、ダメだとか、思っていませんか?」

 彼女の顔が、私たちに近づいてきた。内緒話でもするみたいに。

「わたしも、そう思ってました。ここに来たばっかりの頃。自分を知っている人たちしか信じられなかった頃がありました。でも気付いたら、クラスのみんな、そんなこと関係なしで話しかけてくれてた‥‥
 だから、思うんです。友達になれないんじゃない。わたしが、友達になる人を遠ざけてたんだ、って」

 また、みちると目が合った。

 聞いていてもわかる。きっと、親切な子なのよ。少しお節介だけれど、本当に心配してくれている、いい子だわ。けれど、

「違うわ」

 けれど、だからこそ困るのよ。私たちには、応えられないから。

「そういうのじゃない。私たちはもっと‥‥もっと()()のよ!」


「たとえば‥‥闇の人だから、とかですか?」


 !?

「なに‥‥なにを言ってるのよ」

 みちるの声が震えている。まさかこの子、ダークフォールの‥‥!?

「私も、この世界に、2年くらい前に来たばかりなんです。()()()()()()()()()()から」

 思わず身構えた私たちに、彼女は笑いながら首を振った。

「人間‥‥にしか、見えないわ」

「おふたりだって、人間ですよ。それに私も、ええと‥‥えいっ!」

 目の前に差し出された店員さんの手の中、真っ暗ななかに、ちっちゃななにかが、なにかが‥‥え!?

「ひかり!?」

「はい、『ひかり』。それが、私の名前です」

 暖かい光の向こうに、はにかんだ笑顔があった。

「ほんのちょっとだけ、わたしにもまだあるんですよ。
 でもね、ちからなんて、そんな大したことないんです。ほんのちょっとの勇気に比べたら」

 ゆっくり消えてゆく光‥‥私たちには作れない光を見ながら、私は彼女の言葉を、口に出してみた。

「ちょっとの、勇気‥‥」

 みちるが、驚いた顔で私を見て、それから口元に手をあてた。考え事してるときのくせだわ。

「私は‥‥あかねさん。このタコカフェの店長さんにもらいました。できなかったら、自分のところに帰ってくればいい、って言って、おまじないにキスしてくれたんです。ほっぺたに」

 少し興奮してるみたい。顔が赤くなってきているのが、見ていてわかる。

「キスひとつで、勇気になるものかしら?」

「さぁ‥‥でも」

 私とみちるはまた、顔を見合わせた。

 でも、勇気を出しても、違うことに変わりはない。

「‥‥ダメ、ですか?」

 彼女‥‥ひかりの心配そうな声に、私は思わず息をついた。

「ひかりと私たちとは、『違う』方向がちがうみたい。私たちはまず、違うことが『怪しい』のじゃなくて『あたり前』って思ってもらわないと‥‥それこそ、見ただけで『違う』ってわかればいいのに」

「服でも変える?」

 口を挟んできたみちるが苦笑いしながらなのは、私と同じ気持ちだから、でしょうね。

「学校では制服よ。外でちょっと会っただけで『違う』ってわかるなんて‥‥どんな服なの?」

 だから私も、軽口で返してあげた。となりで辛い顔をしているひかりに、もういいわよ、と言ってあげるために。

 けれど、ひかりはぎゅっ、とこぶしを握って、

「それじゃあ、誰かのお手伝い、しませんか?」

 わけのわからないことを言い出した。

「私は、あかねさんのお手伝いをずっとしてて、だから、わかるんです。誰かのお手伝いって、周りの人のことも、すごくわかるんですよ。だから‥‥お手伝いしたい人、いませんか!?」

 握ったこぶしの間に、ひかりが顔をうずめた。

 一所懸命、私たちのことを考えてくれているのはわかるのよ。お手伝い、か‥‥私がお手伝いしたい人。そんなの決まっている。と、思ったのだけど

「「精霊‥‥」」

 口から出た言葉は、正面からのと重なった。

「咲じゃないの?」

「かおるこそ、みのりちゃんじゃないの?」

 目が合った瞬間、お互い吹き出してしまったわ。そう、友達だものね。咲も、舞も、みのりちゃんも。お手伝い、の相手じゃないわ。

 笑っている私たちの間で、ひかりが起き上がった。

「おふたりとも、いらっしゃるんですね、手伝いたい人!」

「ひとじゃなくて、精霊よ。お手伝いなんて、どうしたらいいのかしら‥‥え?」

 呼ばれたような気がして、私は後を振り向いた。

 黄色い車の前、赤と白の布みたいなのを持った手を、こっちに振り回しているひとがいる。


「おーい、(みちる)ぅ〜!」

(かおる)さ〜ん!」

 間違いない、私たちが呼ばれているんだわ。小さい人影は、それでも誰なのかすぐにわかる。

「咲も舞も、いったい何持って‥‥」

「はやく来〜いっ!!」

 言いかけたみちるの声が、咲の大声で消されてしまう。私たちは相談中だっていうのに、もう。

「楽しい元気ですよね‥‥なぎささんみたい」

 私は黙って、車に向かって歩いていった。

 なぎささんって人も、こんなに迷惑な人なのかな、なんて思いながら。

 車の前に立っていたのは、にやにやしている咲と、にこにこ顔の舞だった。

 でもそれだけじゃない。周りには、クラスの女の子が集まってきているわ。

「はい満、これ」

「薫さんは、こっちね」

 受け取ったものは、さっき咲が振っていた布。広げてみたら‥‥民族衣装?

「ふたりの家の前に置いてあったの。‥‥フィーリアさんからよ」

 舞がわたしたちだけに聞こえるようにこっそり言って、それから声を張り上げた

「ふたりの家は、あのほこらの神主さんの家なのよね!」

「そうそう。だからふたりとも、巫女さん目指して頑張ってるんだよね!」

 咲もいっしょに大声で。まるで、周りのみんなに聞かせるように。

 それにしても、巫女さん? それをフィーリア‥‥妖精の王女さまが、なんて。まさか‥‥

 そう考えてたわたしの腕が、ぎゅっとつかまれた。見たら、その先にすっごい笑顔のひかり。

「すてきです。とってもすてきですよね! わたしたちが悩んでたのを、こんなに簡単に解決しちゃうんですから!」

「解決、かしら。これ?」

 かおるの顔も困っているわ。まさか、本当に望んでいるのかしら。精霊が、わたしたちに巫女さんを‥‥

「ええ、もちろん! さぁ、タコカフェの中に入ってください」

 ぐいっ、と腕を引っ張られて、わたしはかおると一緒に車に押し込められた。

「見てもらいましょうよ、みんなに

「しっかし、懐かしいねぇ‥‥大学の卒業式以来だよ。(はかま)なんてさ」

 タコカフェの中にふたりをひっぱり上げて、ひかるを追い出してから、私はあかねさんに、着付けをお願いしたの。

 前に、着物姿の写真を見たことがあるから。

「あたしも自己流だからね。あとで本でも読んでちゃんと覚えるんだよ‥‥ほら、できた♪」

 白と紅の着物を着たふたりは、とってもきれい。目もまっすぐで澄んでるから、いまはじめて着たなんて思えないくらい。

 それじゃ、みんなに見てもらいましょうか。

 私は車のドアを開けて‥‥あら、腕がひっぱられてる?

「オーダーがまだたったわよね、かおる」

「そうね、みちる」

「オーダー、ですか? テーブルに戻ってからでも‥‥きゃっ!?」

 両方のほっぺたが、ちょっとあったかくなった。

 それと一緒に、きゃあ、って黄色い声。

 いつの間にか、タコカフェの窓から、女の子たちがのぞいてた。

 え‥‥ええっ!?

「ほんのちょっとの勇気、ね」

「ええ、頂いたわ」

 紅と白の服につつまれた笑顔がふたつ、こっちを見て声を合わせて

「「ごちそうさま☆」」

 ですって。

 まっすぐな瞳に、いたずらっぽい光が混じってる。‥‥もう、しょうがないわね。


「はい、確かにお届けしました

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