おしごとえぷろん

 閉じた目の中が、明るくなった。

 あったかいひかり。ぽかぽかするからだ。ゆらゆら揺れる足元からは、少し花の匂いもする。

 ほんの少しだけ覚えてる、キュアローズガーデンにいたときみたいだ。

「‥‥春、かぁロプ‥‥」

 ぽかぽか、ゆらゆら。

 こんなのを、たしか『うららか』って言うんだよな。ああ、あいつ(うらら)の名前って、ここからきてるのか。

「‥‥それにしちゃ、明るすぎロプ」

 オレはちょっとだけ笑ってから、体を起こして布団を跳ね飛ば‥‥

「ロプ?」

 跳ね飛ばそうとした布団が、なかった。

「‥‥なにロプ‥‥ロプ!?」

 ちょっとまて、いまオレ、ロプって‥‥まさか。


 ばっと目を開けたら、目の前は空。

 足元‥‥っていうか、胸の下は、緑の葉っぱ。葉っぱのすきまからは、地面が結構遠くに見える。

「な、なんでこんなとこにいるロプ!?」

 叫んだとたん、体がかたむいた。オレはとっさに羽根を開いてバランスを‥‥と思ったのに開かなかった。

「とっとっと‥‥ロプ?」

 とりあえず落ちはしなかったけど‥‥だいたい、なんか、肩とか羽根とか、妙にきついな。

 そう思いながら、顔を後に回したら、白いものが見えた。

 胸から伸びた、太くて白くて薄いひも。羽根を包むみたいに、首と背中でリボン結びになってる‥‥

「なんで(しば)られてるロプ〜ッ!?」

「やっ、くっ、せいっ‥‥はぁ、だめロプ‥‥」

 背中向いて、首を伸ばして、どうにかしてひもをほどこうとしたけど、くちばしがどうしてもとどかない。まったく、なんでこんなことになっちまったんだろう?

 ため息ついて下向いたら、葉っぱの向こうに白っぽいものが見える。さっき匂いがした花だな。たしか、サクラとかいう‥‥ああ、そうか、思い出したぞ。昨日、花見っていうのやったんだ。

 エターナルがなくなって、もうじき学年も上がるし、みんなで揃うことも少なくなるから、って、かれんが言い出したんだよな。かれんの家に、ちょうどサクラの木があるからって言って‥‥

 そこまで考えて、オレはあたりを見回した。大きな屋敷を囲む庭。ここは、その庭の端っこの木の上。

「なんだ、ここは花見のサクラの木ロプ」

 オレはちょっとだけほっ、とした。知ってる場所だ、ってわかっただけで、ずいぶん違う。大きな鳥が暴れたって見つかる心配はないしな。

 ほっとしたおかげで、もうひとつ思い出したぞ。そっか、いまオレの体に引っかかってるの、

「あんときもらった、りんのエプロンだロプ」

 首を回して、胸元から背中までじっと見直してみた。近くで見ると、あっちこっちピラピラしてる。だから、寝てる間に引っかかっちまったんだな‥‥

 ああ、思い出したらなんかムカついてきた。

「けらけら笑いやがってたロプ‥‥」

 昨日の花見。みんなジュースで乾杯したあと、りんが近寄ってきたんだよな。

『シロップはさぁ、今年もここにいるのよね?』

 とか、下からちょっと覗きこむようにして訊いてくるから、なに言ってんだろって思いながら答えたっけ。

『あったりまえだろ? オレには購買のウエイターっていう仕事もあるんだからな』

 そしたら、りんが持ってた紙袋をオレに押し付けたんだ。

『ちょっと、作ったんだけどね。シロップに。
 いや、ほら、ウエイターやってて、こぼしちゃったらまずいかなぁ、とか思ってさ』

『そんなドジしねぇよ。のぞみじゃあるまいし』

 ひっどーい、とか正面から声が聞こえてたけど、無視無視。

『でねぇ、エプロン作ったんだけど‥‥て、手先は器用なつもりなのよ。でも、布ものはあんまり作ったことなくてさ。それでも、本に書いてある通りじゃつまらないなぁ、って思いながら作ったら‥‥』

 ? なにゴチャゴチャ言ってんだろ、って思ったよ。エプロンは店長から借りて着たりしてるけど、自分のがあるならそのほうがいいに決まって‥‥

 でも、ぱっ、と布を開いた瞬間、体が凍っちまった。

 つけたこともあるし、エプロンなら知ってる。これも、エプロンの形はしてる。けど、そのまわりに知らないものがあったんだ。ぴらぴら、ひらひらしてるものが。

『ふ、ふりる‥‥すっごいフリル!? ぷっ‥‥くくっ‥‥あ、あははははっ!』

 正面に座ってた のぞみが、オレを指さして咳き込むくらい笑いやがった瞬間、オレは、思わずエプロンつけて、言っちまったんだっけ。

『笑うなっっ!!
 これは、りんがちゃんと考えて、想い込めてつくったもんだ。オレはこれで働く。着ないなんてできるもんか!!』

 そのあと、しばらく覚えてない。エプロンのひもほどこうとする りんを追い払ったり、困った笑い顔で近寄ってくる うららたちにまたカチンときたことくらいしか‥‥でも、最後まで言ってたことは覚えてるぞ。


『絶対取らないからな、このエプロン!』

 ヒュッ、と涼しい風が吹いてきて、オレは昨日のことから今に戻った。

「‥‥でも、なんでシロップはこんなとこに乗っかってるロプ?」

 いろいろ思い出したけど、それだけがどうしても思い出せねぇなぁ‥‥お、おととっ!


 強い風が吹いて、からだがぐらぐら揺れた。落ちはしなかったけど、ふぅ。

「なんとか、ほどかないとロプ‥‥」

 落ちる落ちないだけじゃない。

 早くほどかないと、昼から聖ルミエールの購買行く約束しちまったんだもんな。

 春休みって言っても、クラブで来る子がいるらしくて‥‥よく食べるんだ、これが。まぁ、うららたちほどじゃないけどさ。

「よしロプ!」

 ひとつ気合を入れて、オレはまた首を後に回した。結び目までがすごく遠くに見えるけど、もう少し、ほんのちょっと首を伸ばせれば‥‥

「なにやってんの、シロップ」

 ん?

 声のする方、木の下を見たら、りんがいた。

 昨日と同じ、パーカーにジーンズ姿。

 大きなバッグを肩からさげて、まっすぐこっちを見上げてる。

「エプロンなんかで遊んでんないで。他の布でもひもでも見つくろってあげるから、降りてきなさいよ」

 遊んでるだってぇ!? ‥‥いや、まてよ。

「い、や、ロプ。降りたら、りんにエプロン持っていかれるロプ。シロップは、絶対とらないロプ」

 怒らせて取ろうったって、そうはいかないからな。

「それにしても、まーだ桜の木に乗ってるなんてねぇ。よっぽど気に入ったのね」

 !?

「りんロプ? シロップをこんな木の上に乗せたのは!?」

 オレのからだが葉っぱに沈むくらいの勢いでどなったら、返ってきたのは、はぁ、ってため息だった。

「まーだ抜けてないのね。まったく くるみのヤツ」

 右手で頭おさえながら、またため息ついてる。くるみが、どうしたっていうんだ?

「覚えてないの? あんた昨日のお花見で、ジュースかぱかぱ飲んでたでしょ? あの中に仕込んでたらしいのよ、くるみ。ふつう、あれだけ飲んだらわかると思うけどなぁ‥‥」

 ああ、そういや くるみがやたらジュース持って追いかけてきたっけ。でも、

「仕込んでたって‥‥なにをロプ?」

「お酒よ、お酒。眠らせるつもりだったらしいけど、あんた酔っ払って、鳥になって木の上まで飛んでったじゃない。覚えてないの?」

 あー、そっか。どうりでいろいろ覚えてないわけだ。でも、

「どうでもいいロプ。だいたい、昨日はそうでも、シロップはいま酔っ払ってないロプ」

 いまはそれより、エプロンはずす方が先だ。りんにやらせるわけにいかないし、なんとか自分で、あと少し首伸ばして‥‥

「いや、酔ってないってあんた‥‥人間に変身すれば自分で取れるでしょ? そのエプロン、人間サイズだし」

 え?

 一瞬、なにを言っているのかオレにはわからなかった。

 下を見れば、きゃらきゃら笑ってるりんの顔。

 だんだん、顔が熱くなってるのが自分でわかる‥‥

「えいっ!」

 ぽんっ、と白い煙と一緒に、人間になったオレのからだが落ちていく。

 サクラの葉っぱを抜けるところで丸まって、地面に背中から落ちてから、オレは立ち上がってエプロンを待ち構えた。背中の痛みはそれほどでもないや‥‥サクラの枝がいくつか折れちまったけど。

 ひらひら落ちてきたエプロンをカバンに押し込んで、オレはもう一度鳥に変身した。

 最初からそうすればよかったんだ。カバンのなか、メルポにはちょっと窮屈かもしれないけど。


 近寄ってきた りんに顔だけ向けて、オレは飛び上がった。

「人間のとき絶対取らないロプ、このエプロン!」

「‥‥行っちゃったね」

 近くの茂みから、いつもの声が聞こえてきた。

 あたしが、シロップが飛んでいった空を見上げてたら。

「‥‥行っちゃいましたね」

「ええ、行ったわね」

 それに続いて、2つ、3つ。いままで隠れてた声がやってくる。

 桜の木の下に、昨日と同じメンバー‥‥と言っても、ココたちはくるみ特製ジュースのせいでまだ寝てるけど。


 それにしても。

「はぁ‥‥やっぱ、見せなきゃよかったかなぁ。自信なかったし」

 おもわずため息まじりにこぼれたけど、

「かわいくて、いいデザインじゃない。シロップに、とってもよく似合ってるわ」

「問題は、本人が男の子だ、ってことだけですよね」

 すぐにみんなフォローしてくれる。けどそのフォローが痛いよ。

「それが一番問題なのよ。調子に乗って作っちゃったあたしも悪いけど、あぁ意地になって着られてもねぇ」

 意固地になっちゃったのは のぞみが爆笑したからだけど、元はあたしのせいなんだもんね‥‥


「シロップ、そんな意地悪じゃないですよ」

 え?

 うららの声がさっきと違う。あたしを慰めてた声じゃない。

「そうね。むしろ、まじめ過ぎるだけじゃないかしら?」

 え、え?? かれんさんも?

「そうそう、たーんじゅんなんだもん、シロップって」

 おいおい、それは悪口だって。

 さすがに一言返してやろうと思って顔を上げたら、のぞみの顔が目の前にあった。

「たーんじゅん。だけど、やさしい子だよ


 そうかな。

 あたしはにっこりした親友の顔から目を上に移した。シロップが飛んでいったあとは、青い空に白い雲。


 ‥‥そうかも。

「信じましょっか、わが親友たちをね」

「遅くなりましたぁ」

 学校の裏手で鳥から人間に変身して、オレが購買に駆け込んだのは、約束の時間ギリギリだった。

 奥から出てきた店長さんに頭下げて、そのまま店に出ようとしたら、

「おやまぁ、かわいいエプロンじゃないかい?」

 店長さんが笑いながら声をかけてきた。

「ええ。かわいいみたい、ですね」

 肩からすそまでの()()()()をととのえて、またすぐ店に出ようとしたオレの肩に手が置かれた。

「ん? シロタは、嫌いないのかい?」

「そこまでじゃないけど‥‥」

 オレは心の中でため息ついた。こりゃ、仕事しててもいろいろ言われるか‥‥

「ははぁ‥‥
 そうかい。でもねシロタ、ここは食べ物屋だよ。汚しちゃわないかねぇ?」

 ?

「別に‥‥仕事着は、汚れたほうがいいし」

 言ってる意味がわからないまま、オレは言葉を返した。エプロンだって仕事着なんだから、汚れるのは当たり前じゃないか。

「そうだねぇ。確かにエプロンってのは、汚したぶんだけ価値が出るようなもんだけどさ」

 そこまで言って、店長さんはちょっと目を閉じて息をついた。

 なんだろう、って思ってるところに、目を開けた店長さんの顔。

「でもね、シロタ、汚しちゃいけないんじゃないかねぇ、『作った人の思い』は、さ?」

 ‥‥見間違い、だよな。いま、一瞬、フローラの顔に見えた、けど。


 オレはまた、エプロンをととのええてみた。さっきは気づかなかったけど、ところどころに糸のかたまり。切りすぎた()()()()をつないだ跡‥‥

「やっぱ、いつものエプロンください」

 オレが顔を上げてそう言うと、ニヤニヤ笑いながら、店長さんがエプロンを渡してくれた。

「たからもの、かねぇ」

「そんなんじゃ‥‥
 いや、ちょっとだけ、そうかもしれないな‥‥」

 ニヤニヤ笑いが、ふっ、とおさまったと思ったら、目の前の顔がにっこり笑った。

 つられて、オレも笑った。その瞬間、

「メルー‥‥」

 カバンの中から頭だけ出してきたメルポと、オレは目が合った。

「‥‥つられただけ、だからな」

 こっそりひとこと言って、オレはカバンを店の奥に隠した。

 そうだ。ほんとに、つられただけなんだぞ。


 頭の中に、あいつ(りん)の姿なんて出てきてないからな!

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