おとなりまくら

 ひゅうひゅう、って風の音。

 ぴゅうぴゅう、って風の音。

 びゅうびゅう、って風の音。

 だんだん強くなっていく音の中で、わたしは金づちにぎってた。


 トントン、トントン‥‥


 隙間を見つけて、板を張って、釘を打って。

「‥‥こんなに壊れてたなんて、知らなかったわ」

 いろいろあって、あまり気にかけられなかったものね。あぁ、これじゃ飼い主失格よ。

 ちょっと下向いちゃったら、いきなり肩が重くなった。でも、何なのかなんて、匂いだけでわかるわ。

「忠太郎、じゃましないの。あなたのおうちを直してるのよ?」

 右肩に頭を乗せたまま、大きな口を開いてあくび。頭のいい子なのだけど、甘えんぼねぇ。

「もう、金づちに当たっても知らないわよ?」

 そう言っても、ちらっと片目開けただけ。肩でのんびりしちゃって、おりそうもないわね。また直し始めましょ。

 隙間はうまったみたいだから、あとは飛ばないように、ロープで地面に固定して、と‥‥と? ととと、と??

「こら! いたずらしちゃダメでしょ?」

 小屋がだんだん遠ざかってく。カーディガンの首が引っ張られてるんだわ。

「忠太郎! ちょっとやめ‥‥」

「『もういいから、中に入れ』って言ってんじゃない?」

 あら? この声‥‥?

「ほのかのこと、心配なんだよ。いいヤツじゃん、忠太郎♪」

 振り向いたら、なぎさが立ってた。スポーツバッグを肩からかけて‥‥って

「きゃ!」

 つい気が抜けたら忠太郎に引っぱられて、そのまま後ろに、倒れるっ!


 ぼふっ


 体を硬くしてたら、いきなりやわらかいものに包まれたわ。

 目を開けると、いっぱいの笑顔。

「じゃ、ひと晩よろしくね

「よいっ、せ!」

 廊下の端に雨戸を押し付けて。よし、一枚おわり、っと。

 まだ夕方なのに、空はまっ黒だな。さて、次いこっか。


 次の雨戸を出しに庭を歩きながら、あたしはちょっと前のことを思い出してた。

 はじめは、いつものおしゃべりだったんだよね。商店街のくじ引きで温泉旅行が当たったから、おばあちゃんに行ってもらうんだって。ほのか、嬉しそうにしてたな。

 それが、次の日になって深刻な顔であたしに言うんだもん。『次の土曜、泊まりに来て!』って。なにかと思ったら、おばあちゃんが心配して行ってくれないから、だって。

 そのときは思わずぽかーん、としちゃったけど、ここに来ると納得するよ。こんなに広い庭、広い家に、ほのかひとり置いてけないよね‥‥


 ぱらぱらぱら‥‥


 雨戸を片っ端から閉めまくっていた途中で、硬い音が響いた。

「ああ、降ってきちゃったか」

 まぁ、当たり前なんだけどね、台風来てるんだし。それでも犬小屋の修理が先、っていうのが、ほのからしいとこだよね。


 ぱらぱらぱら‥‥


 いっけない。風に乗って、雨粒が痛いくらい吹き込んできちゃってるよ。

「さぁ、さっさとやんなきゃね」

 あたしは手を叩いて気合い入れた。実際、気合いいるんだわ、これが。長い廊下の端から端まで、ぜ〜んぶに雨戸通さなきゃいけないんだから‥‥

「ワフ!」

 長い廊下見てうんざりしてたとこで、いきなり背中から吠えられた。いつの間にか、忠太郎があたしの足元にいる。

「あれ? あんたも手伝うの?」

 あたしがそう言ったとたん、忠太郎が廊下に走っていった。閉めかけの雨戸の端っこくわえて‥‥え!?


 ガラガラガラッ‥‥


 う、うそ。雨戸が閉まってくっ!?

 雨戸くわえた忠太郎が、そのまんま廊下を走ってるんだ。さ、さすがほのかン家の犬だよ。

 ‥‥あ、戻ってきた。

「すっごいね、忠太郎。えらいえらい」

 頭なでてあげようとしたら、あたし見上げて‥‥首を横に振ってるよ。だめだこりゃ、って感じに。

「な、なっまいきぃ〜っ!!」

 思わずこぶし握ったあたし無視して、また雨戸に突撃してく。あたしも走った。もう気合いなんて言ってる場合じゃない。犬に負けてたまるかぁっ!!

「‥‥で、そんなに濡れちゃったわけ?」

 雨戸閉め終わって家の中に入ったときには、あたしの重さは倍ぐらいになってた。

 忠太郎はいつの間にかいなくなっちゃってるし。目の前のほのかは、あきれた顔して立ってるし。あ〜あ。

「とりあえず、タオルね。それで‥‥」

 かけられたタオルで頭拭いてたら、ほのかの声がちょっと変わった。

「お風呂にする?ごはんにする?」

 なんか鼻にかかって、そう、艶っぽい?

「それとも‥‥ふもっ!?」

「それ以上言うと、ぐーでぶつからね」

 あたしはとっさに、手のひらでほのかの口おさえてた。

 まったく。なに言い出すかと思えば‥‥

「ふむむ‥‥ふぅ。なぁに、なぎさ? 服が濡れちゃったから、お洗濯先にしようかと思ったのに‥‥そんなに苦手?」

 へ? 洗濯?

 思わず顔が熱くなってきた。ああ、なんて想像してんのよ、あたしったら!

「うふふ」

 あ、ちがう。わざとやってるな、こいつはっ!

「ほ〜の〜かぁ〜〜っとと!?」

 下からジト目で見上げてたあたしの顔に、なにか乗っかってきた。手に取って見てみたら、またタオルに‥‥着替え?

「それじゃ、ごゆっくり

 てこてこ、っとお風呂まで歩いてく。

 ぬれた服を洗濯機に放り込んじゃって、今は下着にタオルかけただけ。なんてゆーか、他人(ひと)ン家にいる気がしないなぁ。


 ほのかン家のお風呂、ひとつじゃないんだよね。どうせだから、って大きな方を教えてもらったけど‥‥あぁ、ここか。

 ガラッ、と戸を開けたら、目の前に体重計。その向こうに三段の棚があって、脱衣かごがいくつか、って、ねぇ。お風呂も木でできてる、って言うし、ちょっとした旅館気分だよね。

 ほのかのおばあちゃん、温泉で楽しんでるのかな? 家がこれじゃ、普通の温泉くらいじゃ満足できないかも――

 そんなこと考えながら服脱いで、あたしはお風呂場のとびら開けた。

「ウォンッ!」

 うぇ!? なに、この声??

「ワフ」

 下の方から‥‥って、忠太郎?

 あ、そういえば、ほのかが言ってたっけ。たまにお風呂から上がると忠太郎が見てるんだ、って。

「洗ってほしいの?」

 しゃがんで手を出してみるけど、そのまんまじっと見てる。タオル巻いたあたしの‥‥胸のあたり?

「クゥ〜ン‥‥」

 あれれ? 何度か首を振って、はぁ、ってため息ついてる?


 ぽん


 あたしの肩に前足置いて、あたしの目を見てる。なんだか悲しそうな、申し訳なさそうな目で―― ちょ、な、なっっ‥‥!

「犬になぐさめられたくな〜いっ!!」

「ふ〜ぅ」

 そんなに疲れてるわけでもないのに、足を伸ばして肩までつかると声が出ちゃう。やっぱり、お風呂は広いほうがいいなぁ。

 忠太郎は、あのままお風呂出てっちゃった。とびら閉めて出てったからびっくりしたけど、あとでよく見たら、下の方にくわえやすいでっぱりがあったんだ。お風呂場の端っこには、浅めの浴槽にペダル式のシャワーもあるし。忠太郎って、割と世話のかからない犬なんだなぁ。

 ‥‥ひょっとして、ほのかの負担になりたくないのかな?

 ふっ、とそんなことが浮かんで、あたしは思わず頭振った。バカな話だよね。犬がそんなこと考えるはずないのに――

「なぎさ、お湯かげんどう?」

 考えてたらいきなり声がした。脱衣所の方に、ほのかの影が見える。

「ん〜、だいじょぶだよ‥‥」

 って言ってから、あっ、と思った。ひょっとして!

「ごめん、入りすぎてた? すぐ上がって手伝うから」

 気持ちよくてぼーっとしてたからなぁ。いつの間にか時間たっちゃったかも。

「ゆっくりしていていいわよ。そうだ。わたしが洗ってあげる。ちょっと待ってて」

 そう聞こえてから、すりガラスの向こうでごそごそやりはじめた。ワンピース脱いで、くつ下脱いで‥‥って、ちょっと待った!

「ちょっとほのか、なんで下着脱いでんのよ!」

「脱がなくちゃお風呂入れないでしょ? なぁに? そんなにじっと見つめてるの?」

 言われて思わず顔が熱くなっちゃった。でも、目が脱衣所から離れないよ。部活じゃみんなでシャワー浴びたりもしてるし、いっしょにお風呂なんて気にもならないはずなんだけど、でも、ちょっと‥‥!

「お待たせ

 すりガラスのとびらがガラッと開いて、出てきたのは、

「えぇっ!?」

 水着のほのかだった。

「え?あれ?だって、下着脱いで‥‥えぇっ??」

「ふふふ、もちろん。その下に着てたの」

 あぁ、もう、よく見たら水着もうすいピンクだよ。これじゃガラス越しだと肌に見えるよ。まったく‥‥っ!

「なぎさったら、もう。いくら女の子どうしでも、はだかで仁王立ちされたら困っちゃうじゃない♪」

 手のひら広げたまま顔かくしてるほのか見て、はっ、とした。あたし、思わず、立ち上がっちゃってたんだ。

「ほぉ〜のぉ〜かあぁぁ〜っっ!!」

「きゃあ〜、逃げろぉ〜っ

 着替えは淡いグリーンの、ゆるいワンピース。さらさら生地(きじ)が歩くたびにふわふわゆれて、着てないより涼しいな。

 お風呂場を出て廊下を歩きながら、あたしはぼーっと考えてた。

「今日のほのか、テンション高いなぁ」

 思わず口に出ちゃったけど、なんか、ね。自分の家だから、ってのもあるんだろうけどさ、前に来たときには、こんなじゃなかったはずなんだけどなぁ。

「別に、無理してる、ってわけでもないし」

 うん。ただ、テンション高いだけなんだよ。なんだろなぁ? ‥‥台風が近づくと、ハイになるとか?

「あ、なぎさぁ、ちょっと手伝ってくれるぅ?」

 廊下の突き当たりを曲がろうとしたところで、ちょっと奥の方から声がした。覗き込んだら、とびらの向こうに流し台が見える。あぁ、あそこが台所なんだ。

「おっけー‥‥ん?」

 中に入ったら、ほのかが待ってた。エプロン姿の。ってゆーか、その‥‥えぇっ!?

 ほのかの着てるのって、エプロンだけ。これって、まさか、は、はだ、はだ!?

 ‥‥いやいや。なぎさ、騙されちゃだめよ。さっきだって水着だったじゃない。おちついて、おちついて――

「ほ、ほのか? そのエプロンってさ」

 つい上ずっちゃう声を何とかおさえて、と。そうそう、あたしの反応見て楽しんでンだから。さりげなく、さりげなーく、ね。

「ん? ええ、さーびす

 サービスって‥‥あーっ、騙されるな、なぎさっ!

「へ、へぇ、そうなんだ。そ、それよりさ、ほのか。あたしは何を手伝えば‥‥って、うぇえっ!?」

 エプロン、ちょっとづつ持ち上げてる!? 白くて長い足が、すこしづつ、すこしづつ‥‥!!

「う、うわぁぁっ! そ、そーいうのは、好きな男の子に‥‥って違う! それもダメぇっっ!」

 エプロンから手を離した、と思ったら、すそがふわっ、と浮いた。ほのかがくるっと‥‥

「こらぁっ! 後ろ向くなぁっっ!!」

 ‥‥って、あれ?

「ちゃんと着てる?」

「なに言ってるの? へんななぎさ☆」

 ノースリーブの肩ひもの上にエプロンのひも乗せて。ミニスカートのすそを、ちょっと足にはさんで。ちょうど全部エプロンで隠れるように着て――あぁ、もうありえないっ!

「もぉーっ! いいかげんにしないと、ホントに脱がすわよっ!!」

「ふふ♪ それじゃ、お風呂でからだきれいにしてこなくちゃ

 だぁ〜かぁ〜らあぁ〜っっ!!

「だぁ〜かぁ〜らあぁ〜っっ‥‥むぐっ!?」

 大きく口開けたとこに入ってきたの、菜箸(さいばし)!?

「はいはい。わたしの代わりにおイモひとつ、召し上がれ♪」

 口の中に放り込まれたおイモ、食べてたら、ほのかのエプロン姿があんまり気にならなくなってきた。

 色気より食い気、ね。われながら、ちょっと情けない気がするなぁ。でも、このおイモ、なんだか?

「ほのか、このおイモ、味薄くない?」

 言ったとたん、ほのかの手が動いた。なべで煮てたおイモをひとつ、小さな片手なべに移して、ぱっぱと味付け直してる。

「なぎさは濃いめが好きなのね。それじゃ、これでどぉ?」

 あたしの前に出てくるまで、一分もかかってない。さっすが、手馴れてるね。

 それじゃ、遠慮なく。あむ‥‥うん、さっきよりは濃いけど。

「ん〜、だいぶよくなったけど、まだちょっと薄いかな?」

 っていうか、そもそも味付けが上品なのかもね。薄い、なんて言っちゃ悪かったかな‥‥?

「え、これで? 辛すぎるはずよ!?」

 でも、返ってきたのはホントにびっくりした顔だった。‥‥っていうか、またイタズラしかけてたわね。ほのか。

「あ、ひょっとして。なぎさ、舌出してみて?」

 こいつ、ごまかして‥‥ないな。心配そうな顔だわ。はぁ、しかたない。とりあえず、べーっと。

「あぁ、やっぱり。ちょっと舌苔できちゃってるわ。もう、チョコの食べすぎよぉ。
 ほら、舌ブラシでとってあげるから。べーっ、てして?」

 また舌を出せって? じゃ、べーっ。

「もっと思いっきり」

 ん〜、これじゃ足りないのか。よぉし。べぇーっ。

「あん。これじゃ、奥まで取れないわよ。そうね、目をぎゅっとつむって、その勢いで出してみて」

 へぇ、そんなんで舌が出るんだ。それじゃ、せぇ、の!

 あ、鼻のあたりに息がかかってる。舌にブラシがさわって‥‥ちょっと待って。ずいぶんやわらかいよ、このブラシ?

「ん。やっぱり、ちょっとチョコ味ね♪」

 ばっ、と目を開けたら、すぐ前にほのかの顔があった。

「‥‥ほのかちゃぁ〜ん? 怒らないから、いまなにしたか言ってみてくれるぅ?」

「ん? したでしたを‥‥しただけ

「ごまかすなぁ〜っ!!」

 ほのかったら、もう。とこっとんあたしで遊ぶ気ね? さぁ、どうしてくれよう‥‥

「オン!」

 あ、え?

 ほえ声といっしょに、足元がもこもこした。あたしとほのかの間に、忠太郎が割り込んできてるわ。

「はいはい、忠太郎もね? じゃ、舌出して」

 いきなり、ほのかがしゃがんだ。何だろ?って思いながら見てたら、忠太郎が出した長い舌に、ぺろっ、て!?

「うん。いつもと同じ。大丈夫よ♪」

 そのまま、忠太郎の頭なでてやってるよ。普通に、何もなかったみたいに。

 え、っと?

「あ、あのー‥‥ほのか?」

「うん?」

「いまのって、いったい‥‥?」

 ほのか、ちょっと考えてたけど、ぽん、って手を打った。

「ああ、これ? 舌で体調みてるのよ」

「舌ぁ?」

 思わず口おさえちゃうくらい、変な声出しちゃったじゃない。

「そ。忠太郎が赤ちゃんの頃にね、なめっこして遊んでて気がついたの。
 調子悪くなる前にね、舌がすこしはれちゃうのよ。指でさわってもわからないくらい、だけど」

 そっか、遊んでるんじゃなくて、ちゃんと飼い主してるんだ。‥‥あ、それじゃ、あたしも?

「ひょっとして、さっきのって、あたしの体調みてた、とか?」

 そうだよね。なんだかんだ言っても、ほのかって真面目なんだもん。ただあたしで遊んでただけじゃ‥‥

「ううん、なぎさのは一度なめてみたかった、だ・け

 口に人さし指ちょん、って当てて、片目つむって見せてる。‥‥あ〜っ! もうっっ!!

「さ、それじゃ、ごはんにしましょ。隣の部屋に運んでね♪」

 あたしは思わずどなっちゃおうかと思って‥‥やめた。コンロに向き直る瞬間、小さなつぶやきが聞こえちゃったから。


『なぎさの体調も、これでわかればいいのにね――』って。

「ごちそうさまっ」

 居間の低いテーブルの上、いっぱいの食器が空っぽになっちゃった。

 うん、おいしかった。別に豪華とかじゃなくて、普通の料理なんだけどね。でも、それがかえってほのかっぽいよ。

「おそまつさまでした」

 ほのかが笑って食器重ねてる。ただのあいさつだけど、謙遜もいいとこだよ。よく知らない子が言ったんなら、嫌味かと思っちゃうかも。

「オン!」

 となりで忠太郎が軽くほえた。テーブルのそばで、一緒にごはん食べてたんだよね。あ、食器くわえて台所に歩いてくよ。あたしも食器持ってついてこっか。


 食器――忠太郎のも――を洗って居間に戻ってきたら、テーブルの上にひとつだけ食器が残ってた。タクアンの炒め物かぁ、ピリッとしてて、ごはん食べ過ぎちゃいそうだったなぁ。

「これお父さんが見たら、ちょっとビールでも、とか言いそうだな」

「お酒? あるわよ」

 ひとりごとだったんだけど、あとから来たほのか、聞いてたみたい。

「おばあちゃまが、眠れないときに飲んでるの。――はい。梅酒に、ワインに、焼酎に‥‥」

 え? ちょ、ちょっとほのか?

「飲んでんの!?」

「ううん、飲ませてはもらえないけど、香りだけ。はじめてだけど、今日は飲んじゃおうかな〜って」

 なんか、イヤな予感するよ。こういうときは‥‥あ、そうだ。

「忠太郎、ちょっと」

 あたしがこそっ、と呼んだら、

「ワゥ?」

 ちっちゃくほえ返しながら近寄ってきた。

「このお酒って、ほのかに飲まして大丈夫?」

 よく考えたらバカみたいだよね。でも、そのときのあたしは普通に訊いてた。

 忠太郎、じっと考え込んでから、長い尻尾の一撃で、梅酒以外みんな蹴倒しちゃった。‥‥やっぱり、ね。

「梅酒だったら飲んでもいいってさ」

「『いいってさ』って‥‥だれに訊いたの?」

 きょとん、としてるほのかに手を振ってごまかしながら、あたしは蹴倒された他のお酒を片付けた。

 さすが忠太郎だよ。ほのかのこと、よく知ってるわ。

 すぅ、すぅ‥‥


 となりから、気持ちよさそうな寝息が聞こえる。なんとなくイヤな予感がしたんで、無理言って先にふとん敷いといたの、正解だったよ。

 それにしても、梅酒ひと口ですーぐ寝ちゃうんだもんねぇ。ほかのお酒なんか飲ましてたらどうなってたか。ほんと、あらためて感心しちゃうよ、忠太郎。


 ん、うぅん‥‥


 ころん、って寝返りうってるのを、忠太郎があたしと一緒になってながめてた。ほのかの枕もとで、ふせながらじぃっと見てるんだ。

 外は台風通過中。大粒の雨が雨戸に当たって、ドラムみたいな音してる。けど、こうして見てるだけで、何にも気にならないや。

「か〜わいいもんねぇ♪」

 忠太郎、あたしの顔をちらっと見てから、ふんっ、って鼻鳴らせた。見るな、って言ってるのかな?

 でも、独り占めはさせないよ。

「えい」

 羽根まくらから、羽根がちょっと出てる。あたしはそれを引っ張り出して、ほのかの鼻のあたり、こちょこちょ‥‥

「‥‥っくしゅ!」

 ああ、くしゃみしてる、くしゃみしてる。

 あたり前なんだけどね。でも、それをただ見てるだけで、楽しい

「よーし、もう一回」

「ワフ」

 あれ? 忠太郎があたしの目の前に来て、顔をじっと見てるよ。

「やめろって? 別にいじめてるわけじゃないのよ?」

 あれれ、忠太郎がほのかの顔におしりむけた‥‥しっぽでつんつん、って。

「‥‥っくしゅ!くしゅっっ!」

 お手本、ってわけ? なんだかなぁ。

「くしゅっ!‥‥ん?」

 あ、ヤバっ! ほのかが起きちゃうっ!!

「なに? ‥‥あ。こら、忠太郎!」

 あたしは、とっさにふとんかぶっちゃった。向こうの方で、なんだがゴソゴソやってるけど。そのうち静かになって‥‥あれ? なんだろ、ヘンな感じ。

 なんか、わきの下? って、ぷっ!

「ぅあはははははっ!」

 なに?なにこれ?ちょっと!?

「くははははははっ! わきの下、なにやって‥‥ぷっ!」

 ふとんめくったら、ほのかの顔がいた。

「あぁ、起きちゃった」

「あったり前でしょっ!!」

 ほのかごと、ふとんから起き上がった。あ、ほのかの目がいじわるになってる。

「さっきまで、ひとの顔にいたずらしてたの、だぁれ?」

 あっちゃぁ。やっぱバレてたのか。でも、あれはさぁ‥‥

「あたしだけでやってたわけじゃ‥‥あれ?」

 まっすぐ忠太郎のほう指さした‥‥つもりだったけど、いない。

「忠太郎なら、お仕置き中です」

 お仕置き?

 あ、遠くで犬の声がする。悲しそうな、細い声‥‥!?

「ちょ、ちょっとほのか! あれはあたしも悪いんだから。やめてよ、動物虐待は」

 思わず立ち上がろうとしたあたしの腕を、ほのかの手が押さえた。あれっ?と思って見てみると、ゆっくり首をふってる。

「悪いことしたら10分間ひとりになるの。わたしと忠太郎の約束よ」

 約束?

 あたしはあぐらかいて、ほのかの顔を見た。けど、

「もちろん、わたしが悪いことしたら、わたしが10分間ひとりになるのよ。暗い部屋でね」

 ほのかの目、あたしを見てないみたい。

「忠太郎がひとりのときは、わたしもひとり。叱るときは、わたしも同じだけ耐えなくちゃいけないの。‥‥その代わり、さびしいときはお互いまくらになったりしてたのよ?」

 苦笑いしてるほのかの顔、なんだかまぶしかった。そっか。

「さぁ、10分経った。おいで、忠太郎」

 ふすまをあけたとたん、忠太郎が駆け込んできた。ほのかの両肩に前足置いて、顔をペロペロなめてる。

 そう、忠太郎は別にすごくない、普通の犬なんだよ。ただ、ものすごく強い絆があるだけで。

「はいはい。悪いお姉ちゃんにけしかけられても、もうしないのよ?」

 ‥‥って、ひとが見直してるってのにっ!

「その『悪いお姉ちゃん』って、あたしのこと?」

「そ・う・で・す!」

 少しイヤミっぽく言ったんだけど、すっごく真剣な顔が近づいてきた。あ〜ん、あんだけあたしにイタズラしといて、そりゃないよぉ。

「はいはい。悪かったわね」

 もういいや、あきらめた。忠太郎は、ほのかの特別なんだもんね。

「それじゃ、もうちょっとくすぐっても、いい?」

「あー、もう。好きなだけやればいいじゃない」

あぐらかいたまま、両手を開いて‥‥はぁ、もうなんだってこんなことを‥‥ん?ええっ!?


 ぎゅーっ


「ちょ、ほの、だからっ」

 なに?なに?なによこれっ? 広げたうでの下に、ほのかが抱きついてる!?

「うふふふ。だきまくら〜」

 だからぁ〜。もぅ、なんで今日はこうぺったぺた‥‥って、あれれ? なんか、変。そういえば、忠太郎がいないよ。てっきりまた、割り込んでくると思ったのに?

 きょろきょろ、あたりを見回したら、ろうかの方にしっぽが見えた。どうせ台風で外の小屋には行けないんだし、いっしょに寝ればいいのに。

 迎えに行こうかな、って起き上がろうとしたら、胸がぎゅっと締まった。ほのか、痛いくらいに抱きついてきてるよ。

「ほのか?」

「‥‥」

 雨の音が静かになってきた。チッ、チッっていう時計の音が、とっても大きく聞こえる。なんだか、部屋がさっきよりずっと広くなった気がする‥‥

 なんか見られてるような気がして、廊下のほうに目をやったら、忠太郎がじっと見てる。ほのかじゃなくて、あたしの目を。

 あたしは胸に顔うずめてるほのかの頭と、忠太郎の目の間を往復して、なんとなくわかった。忠太郎が、なんて言ってるか‥‥

「一日くらい、いいよ。抱きまくらで」

 胸のあたりにあったかい息を感じながら、あたしはほのかにふとんかけた。

 すずめの声が聞こえる‥‥


 開けた目に、雨戸の明かりが映った。もう朝かぁ。

 起き上がったら、おなかのあたりから何かがするっ、と抜けた。ほのかの手が、離れたんだ。

 結局、一晩中抱えてたんだね。

 あたしは、ほのかにふとんをかけなおしてから、そのまま廊下に出た。

 雨戸を一枚開けると、庭が見える。まだ、ちょっと明るくなっただけの庭だけど、芝生についた雨の粒がキラキラして、すっごくきれい。

「ワフ!」

 しばらく庭を見てたら、背中の方から声がした。あたしが振り返る前に、わきを抜けて目の前に座った。

 あたしもしゃがんで、まっすぐ目を見てみた。後ろの庭に負けないくらい、忠太郎の目がキラキラしてる。うん。わかるよ。あんたも同じ思いを持ってるんだ、って‥‥

「忠太郎、あんたとは友だちになれるかもね」

 あたしはそっと、忠太郎の細い前足に手を伸ばした。

 ハグッ

「え!?」

 い、いきなり噛みつ‥‥かれたけど、痛くない。ただくわえてるだけみたい。そっか。馴れ合わないぞ、ってことね。うん。

 あたしは噛まれた指を、忠太郎の口の中でくいっと曲げてみた。

「そんじゃ、ライバル同士、でいい?」

ゆっくり上下に動かしたら、忠太郎も頭を振ってくれてる。

「まくら役争奪戦、か」

 ウォン、って小さくほえた声がうれしそうで、あたしはおもわず微笑んじゃった。


「簡単には負けないからね

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