かがみのおるすばん

『わたしはずーっと、ハピネスチャージプリキュアだよ☆』

 ゆうこの声が、目の前の鏡から聞こえてきたような気がしたよ。

 鏡の部屋の、青い光の中。しゃがみこんだわたしの前にある、一枚の鏡から‥‥


『それじゃヒメちゃん、いってきまーす♪』

 さっきそう言いながら、ゆうこは笑ってここに消えてったんだ。

 わたしの用意した、南国ファッションの別バージョン着て、ね。


「ずーっとハピネスチャージ、か」

 つい出てきた言葉は、青い光に溶けてっちゃった。

「え!?またぁ?」

 ハワイから帰ってきた2日あと。あのとき着てったのと違う南国コーデできないかなぁ、なんて考えながら、いろいろ試してたとき。荷物持ってやってきたゆうこが、鏡の部屋に行くの見て、どうしたの、って付いて行ったんだよね。そしたら、

「済まないが、また行ってくれないか。って言われたの。だから、はーい、いきますよぉ、ってね」

 か、軽いなぁ。神さまのマネなんかしちゃって‥‥


 お助け必要なのは、パリやハワイだけじゃなかったんだよね。そりゃ、聞いてはいたけどさぁ、

「いっくら夏休みだからって、ゆうこ使いが荒くない?神さま」

 1日休んではい次、って、ねぇ?

「今度はグアムだって。悪くはないけど、南国続きかぁ‥‥」

 ああ、やっぱり難しい顔してる。疲れちゃうよね、そりゃあ。

 まぁ、あっちもこっちも大変なのは確かだし、しょうがないか。めぐみといおな呼んで‥‥

「グアムと言えばチャモロ料理だけど、同じ南国だから似てるんだもの。違う味の方が(うれ)しいんだけどなぁ☆」

 って、へ?

「ヒメちゃんは、お魚とお肉、どっちがいい?」

 ちょ、ちょっと!?

「な、なんの話を‥‥」

「もっちろん、おみやげよ ‥‥あ、税関通らないでもって帰ってきちゃうけど、ナイショ、ね」

 顔の前に指いっぽん出して、シーッって感じに片目つむって‥‥こ、こ、このっ!

「こーぉのっ、食いしんぼ〜ッ!!」

「こーの、食いしんぼ。か‥‥」

 ゆうこが消えてった鏡を見ながら、わたしはひざ抱えてつぶやいた。

 思わず持ってた南国コーデをブン投げちゃったら、荷物と一緒にキャッチして抱えながら消えてっちゃったんだっけ。

 あわてて入ろうとしたけど、おデコぶつけちゃっただけ。神さま、ゆうこだけ通れるようにしとくんだもん。

「笑って、行っちゃったな。ゆうこ」

 まるっきり、子供あつかいだ。わたし‥‥


「――ゆうこが一番いいのよ。ハワイでよくわかったわ」

 ビクッ!


 いきなり聞こえてきた声に、心臓はねとんじゃったよ! なに!?って周り見てみたら、いつの間にか、いおながわたしの横に立ってた。

「ゆうこはみんなをサポートして、すぐに元気を取り戻してあげられる。私やヒメにはできないことよ」

 そう言いながら、わたしの隣に座った、けど、

「家に入ったら、居間からここまで洋服が点々と落ちてるんだもの。ヘンゼルとグレーテルごっこでも始めたのかと思ったわ」

 横に足を流した座り方が、なんだか女の子っぽい‥‥ひざ抱えたわたし、やっぱ子供みたいだ。

「ないない。お菓子の家なんか、食べつくしちゃうもん。でもそのくらい、ゆうこにごほうびあってもいいよ。わたしたちと一緒に戦ってて、その上に、だもんねぇ」

 わざと大きな明るい声で、わたしはそう言ってみた。いおなが見ただけで何あったかバレちゃってるんだもん、まったくもぉ‥‥

「それどころじゃないわ」

 え?

「学校行って――夏休みの今は宿題やって、お家の仕事を手伝って、ハピネスチャージした上で、さらに、よ」

 はぁ。言われてみればそうだっけ。

「‥‥神さまの手伝いってさ、わたしたちみんなでやっちゃ、ダメなのかな」

 今日は神さまいないみたいだし、鏡の向こうには行けないけど、またハワイのときみたいに、みんなで頼めば‥‥って、そう思って言ったんだけど、

「神さまっていうより、ゆうこのお手伝いね。私は‥‥ちょっと反対かな」

 返ってきたのは、堅い言葉だった。

「なーんでよ!」

 わたし、思わずにらんじゃったよ。だって、ゆうこが!

「プリキュアウィークリー見た? プリキュアが世界中でが戦っているけど、相手はほとんどサイアークだけよ。幹部らしい姿が見えないわ」

 へ? それって‥‥

「責めてるつもりはないの。そこは誤解しないでほしいんだけど‥‥ピカリが丘には、ヒメやめぐみがいるから、じゃないかしら」

 あ‥‥!

 そうだ。わたしといおなだけがプリキュアだった頃とちがう。いまはこの街じゃなくて、わたしたち狙ってヤツら来てたっけ。

「ハワイは初めての遠征で、1回だけだからなにもなかった。けど繰り返し、ゆうこについて行ったりしたら‥‥」

「わたしたちが、敵を呼び寄せちゃう――」

 ぶるっ、って勝手に身体がふるえたよ。まわりの青い光、氷みたいだ。

「言ったでしょ。責めてるわけじゃないわ。

 それに‥‥私は感謝もしてるのよ。
 ヒメたちと一緒にここにいれば、私の手でアイツを倒せるんだもの。どこかの誰かじゃなくて、私が、ね」

 ぎゅっ、と握った手を見て、わたしの頭に、あの男の顔が浮かんだよ。そうだよね、いおなは‥‥

 いおながわたしをちらっと見て、咳ばらいした。ちょっと、顔が赤くなってるみたい。

「だ、第一、めぐみが何も言わないじゃない。あの子がゆうこを放っておくなんて、ある?」

 ない‥‥ね。たしかにさ。

「ゆうこは、また別の方法でサポートしましょ」

 隣で立ち上がった勢いが、風になってわたしの髪をゆらした、けど。

「ゆうこって、自分でハピネス注入しちゃってるんだよね‥‥」

 ぽつん、と漏れた言葉に、自分で首ふっちゃったよ。一緒に戦うんじゃないサポートって、なにすりゃいいのさ‥‥


「そう? 私は、そうは思わないけどな」

 遠くに聞こえた声に振り返った先で、いおなが鏡の部屋を出て行くのが見えた。

「んー、肩もみとか‥‥ちがうなぁ」

 いおなが帰ったあと、わたしは鏡の前に寝っ転がって、考え続けてた。ゆうこのサポート、どうすればいいか、って。

「はぁ〜。なにすればいいんだろ‥‥」

 こういうとき、わたしなにも持ってないなぁ、って思うよ。めぐみはファッションのこととか、ほめてくれたけど、こういうときは役に立たないし、さ。

「そう言えば、ゆうこ。自分がキュアハニーだ、って言ってくれたときに話してたな。『ひとりで戦うつもりだった』って」

 ひとりで、なに考えてるんだろ、ゆうこ‥‥


『わたしはね、おいし〜いごはんを、笑顔でたべたいだけ、だよ。
 あとは、おいし〜いごはんを、笑顔でたべてほしい、くらいかな――』


 考えた瞬間、ぽんっと、頭のなかに声が聞こえてきた。

「ほんっと、食いしんぼなんだからなぁ、もぉ」

 頭のなかでくらい、食べものじゃないこと言えばいいのに。つい、笑っちゃったじゃ――あ。


 わたしにも、笑ってあげるくらいはできる、か。


「情けないけど、それしかないか!」

 両手で勢いつけて起き上がって、わたしは鏡あいてに笑顔の練習はじめたんだ。

「おかえり、ゆうこ」

 目の前の鏡が光るのをみつめながら、わたしは出てくる形に声をかけた。さっきからの練習どおり、にこっ、て笑って、ね。

「はぁい、ただいまぁ。
 あは ヒメちゃん、お出迎(でむか)え?ありがと♪」

 笑って、たんだけど‥‥肩もひざの感じも、鏡に入ったときのゆうこじゃない。むー‥‥

「なぁに、その顔?」

 そんなの見たら、笑えないじゃない。たったひとつ、わたしにできることなのにさ。

「ひとりでお仕事、おつかれさまっ!」

 ついつい、声が嫌な感じ。ああ、自分が嫌いになっちゃうなぁ。

「ふふ。ひとりで(・・・・)おつかれ? じゃぁ、ヒメちゃん分、補給〜

「え?‥‥うわわっっ」

 胸が押し付けられる感じと、背中がぎゅっとしめられる感じ、おなかとほっぺたがあったかい‥‥って、いきなり抱きつかれた!?

「ちょ、ちょっと。そんな疲れてるならめぐみ呼んで、あなたにハッピーおとどけ、したげるから!」

 ああ、自分でもなに言ってんだかわかんない。なに?なんなのこれっ!?

「ん〜、ハッピーだけじゃぁ、だめなんだなぁ‥‥」

 なーによ、それっっ!!

 って、思わず怒鳴っちゃいそうになった瞬間、耳元で、小さな声が聞こえちゃったんだ。


『やっぱり、ヒメちゃんがいて、嬉しいなぁ‥‥』


 ぎゅーっとした腕の感じと、はちみつの香りにつつまれながら、わたしはしばらくそのまんま抱きつかれてた。

 ‥‥ま、いっか。

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