かくごのおべんと

「あっ‥‥ちゃあ〜」

 思わず言った声が大きくて、自分でもちょっと驚いた。


 昼休み。みんなで机を合わせて、カバンからお弁当を取り出そうとしたんだよ。だけどさ、

「あら。‥‥また?」

 横からカバンを(のぞ)きこんできたれいかが、あたしの顔をちらっと見た。少し呆れて、でも少し心配そうに。‥‥ふぅ。

「そう。まただよ」

 そのままあたしはカバンを閉じて、スカートのポケットの中を探した。サイフサイフ‥‥うん、ちょっとは余裕あるか。

「またって、なにが?」

 少しかがんだあたしの顔に、ぽわぽわしたものが当たって、なにかと思ったらやよいの髪。あたしのカバンとポケットを見てる‥‥ええっと、どう説明しようかな‥‥

「なおは忘れたのですよ。お弁当を」

「「え〜〜〜〜っっ!!」」

 れいかの答えに、声がふたつ重なった。みゆきちゃんとあかねの声。耳が痛いよ、まったくさぁ。

「そう驚かないでよ。大したことじゃないから」

 そう言いながら立ち上がろうとしたあたしの手が、何かにひっかかった。

「どうして、なおちゃん?」

 やよいが手首(つか)んでるんだ。‥‥しょうがないなぁ。

「あー‥‥ちょっとね。自分の分までお弁当まにあわなくって」

「お弁当? まに合わない??」

 う〜ん。あんまり言いたくないんだけどなぁ‥‥

「そうですね。わかりませんよね。

 なおはご両親がお忙しいとき、弟さんや妹さんのお弁当も作っているんです。でも‥‥」

 ちらっ、とれいかがこっちを見上げた。ちゃんと話せってことか。わかったわかった。

「たまにね‥‥あるんだよ。ご飯が足りなかったりとか。たいていはハムの残りでもパンにはさんで持ってくるんだけどぉ〜」

「忘れたりすると、このようになる。というわけです」

 手であたしの方()したりして、観光案内されてる気分だよ。ホント、しょうがないな。れいかは。

「‥‥れいかちゃん、やけに落ち着いてるね」

「何度もありましたから。‥‥ほら、なお。わたくしのお弁当、少し持っていきなさい」

「ああ、いつもってわけにもいかないから、いいよ。パンでも買ってく‥‥」

 さっきサイフも確かめたし、今ならまだパンも売ってるはず‥‥そう思いながら立ち上がったときだった。


「よくないっ!」


 やよいの大声といっしょに、ダンッ! と大きな音が響いた。

 やよいの両手が、机の上で握りこぶし作ってる。‥‥叩いたの?

「へ?」

 思わず、妙な声出しちゃったあたしの目の前に、ちっちゃな箱が出てきた。まるっこい、ピンクの‥‥お弁当箱。

「わたしのこれ、半分あげるよ」

 あたしは、目を上下した。差し出されたちっちゃなお弁当箱と、目の前のちっちゃな顔の間を。

 これは、受け取れないよね‥‥よし。

「それはさぁ、お母さんが作ってくれたお弁当でしょう? お弁当作りって、結構大変なんだから。ちゃんと感謝して食べてあげなきゃ‥‥」

「それだったら、れいかちゃんだって!」

「れいかは自分で作ってるんだよ。こう見えてもね。だから‥‥」

「わ、わたしだって、おべんとうくらい作れるもん」

 あ、あれ? いきなり立ち上がっちゃった?

「いや、そういう話じゃなく‥‥」

「つくれるもんっっ!」

 ‥‥ど、どうしよう。なんかもう、あたしがひとこと言っただけで爆発しそうな雰囲気だよ。

 そう思っていたら、肩にぽん、と乗っかってきた。

「作る、言うてもなぁ‥‥そもそもやよい、料理できたかぁ?」

 あかね〜。思わず力が抜けそうになるよぉ。

「ん〜‥‥調理実習の時は、あんまりだった気がするけど」

 みゆきちゃんも。あぁ、やっと味方がきた感じだぁ。

「せやろ? ミソまるごとお湯にぶち込んで、溶けへんな〜とか言うてたやんか」

「さ、さすがのあたしも、それは勘弁してほしいなぁ‥‥あ、いや。イヤだってわけじゃなくってね。やよいの気持ちは嬉しいよ。もちろ‥‥」

 って、気を抜いたのがよくなかったんだよねぇ。


「つ・く・る・もんっっ!!」


 両手を胸の前でこぶしにして、口をとんがらせて、目にちょっと涙ためて‥‥あ〜あ。これは、だめだぁ。

「はぁ。わかったわかった。そんなに言うなら、作ってきてみんなで食べようよ。あたし、明日もお弁当持ってこないどくからさ」

「ううん」

 ん?

「明日じゃないよ。いま作ったげる。いま!」

「え、あ、お?」

 声が言葉にならなかった。な、なに言ってんの、やよい?

「ふふ。それじゃ、お昼はわたくしのを分けてなんとか持たせて、やよいさんには放課後に作ってもらいましょう。なおも、サッカー部の練習でお腹すくでしょう?」

「そんなこと、できるの?」

「ええ、今日は料理部の活動もないですし。家庭科室の使用許可は、書類さえ書いてもらえれば、わたくしが出せます」

 目の前のやよいが、ちらっとれいかの方を見た。ちょっとだけ、口をとがらせてむっとした顔したけど、すぐ顔を上げて、

「よぉし。覚悟してよ、なおちゃん!!」


 ‥‥なんか、本当に覚悟が必要な気がしてきた。

「なんでこんなことになっちゃったかなぁ‥‥」

 放課後。サッカー部のロッカーに向かいながら、あたしは途中までれいかと一緒に歩いてた。

「不満なの? わたくしがなおに分けて、放課後に作るやよいさんのお弁当は、なおとわたくしのふたりで頂く。‥‥面白いじゃない」

 本当に楽しそうに言うなぁ。でもさ、

「れいかには悪いと思ってるよ。いつもいつもだから。だから、今日はパンにしようと思ってたんだけどなぁ」

「家計を預かってるんでしょ。ありがたく頂きなさい」

 背中をぽんぽん、と叩かれて、あたしは思いっきりため息ついた。

 れいかが言うのはわかるんだよ。あたしの事情、ちゃんとわかってるし。それをきちんとみんなに伝えてくれるし、なのにさ、

「まっさか、やよいがあんな駄々っ子みたいになるなんてねぇ」

「‥‥気がついていませんね?」

 え?

 あたしは、思わず足を止めた。気がついてないって‥‥なにが?

「なお、やよいさんのお弁当をいらないと言う前に、ほんの少し迷ったでしょう。やよいさんだから、もらってはいけない‥‥そう思ったんですよね?」

「そ、そうだっけ?」

「またそうやってごまかす‥‥だからですよ。やよいさん、そういうところ敏感ですからね」

 あ〜あ、それかぁ。

「断るにしても、あんな言い方したら意固地になるって、わかってたはずなんだよね」

 失敗したなぁ。やよいの顔見てたら、ただ断っちゃいけない気がしたんだけど‥‥

「‥‥でも、止められなかった。でしょう?」

 ん?

「ふふふ。それで、いいじゃない

 そのまま笑いながら、れいかが生徒会室の方に歩いてく。


 あたしはその後ろを、しばらくぼーっと見送っちゃった。なんだったんだろ、あれ。

「いー‥‥ち、っと」

 サッカー部の子とペア組んで、まずは柔軟。でも背中を押されながら、あたしは別のこと考えてた。

「にー‥‥いっ」

 いまごろ、作ってるんだろうなぁ、って。

「さー‥‥んっ」

 言い方が悪かったのは、あたしのせいだけどさ。無理させちゃうのはイヤなんだけどな‥‥あれ?

 背中の手の力が抜けて顔を上げた先、校舎の窓がなんでか目に入った。あれは‥‥やよい?

「しー‥‥いいいっっ!? ちょ、ちょっとなおっ!」

「あれ?」

「『あれ?』じゃないでしょ、いきなり起き上がんないでよっ!!」

 ああ、そっか。そうだった。

 何度がゴメンして、今度はあたしが押す番。

「いー‥‥ち」

 ゆっくり押して、ちょっと止めて、またゆっくり戻して。

「にー‥‥い、っと」

 それを繰り返す。いつも通り、いつも通りね。

「さー‥‥ん?」

 まただ。校舎の窓の向こう、やよいが走ってる‥‥けどおかしいな。後ろから何人もついてってるみたいだ。

「なお?」

 ちょっとまってよ? 後ろについてってる子、サッカー部のユニフォーム着てるんじゃ‥‥う〜ん、よく見えないなぁ。

「な゛、なぉ゛」

 あれ? なに、この声?‥‥って、うわあっ! あたし、押しつぶしちゃってるっ!?

「ご、ご、ごめんっ!」

 ぱっとどいて謝ったけど、ゲホゲホいってるなぁ。ああ、悪いことしちゃった‥‥

「な〜おちゃぁ〜ん

 とか思ってたら、部長の声。なに、この悪寒!

 びくびくしながら振り返ったら、部長だけじゃない。サッカー部のみんなが集まってる!?

「な、なに?」

「体力ありそうだから、今日は走り込みね。フィールドのまわりを100周っ!」

 え〜っ!? って言いたかったけど、仕方ないかぁ。柔軟で遊んじゃってるように見えるもんね。

 はぁ、今日はボールなし。体力づくり、行ってこようっと。

「あ、ちょっと待ってなお。その前に‥‥みんな、いい?」

 ? なんだろ。みんなして、あたしの周りを取り囲んで‥‥

 コツッ!!

 痛っ! な、なに? 部長におデコつつかれた?

「なにすんのよ!」

「もう‥‥うらやましいぞ、な〜お!」


「「「「「うらやましいぞ、な・お」」」」」


 ちょ、ちょっとみんなまで、なによそれ‥‥


 みんなはすぐ練習に戻っていったけど、あたしはしばらく、ぽかーんとしてた。

「き〜たよ〜」

 部活が終わって着替えも済んで、あたしはそのまま家庭科室までやってきた。

 オレンジ色の夕日のなかで、変な声出して、自分でもひどい登場だと思うけど。

 だってさ、あのあともひどかったんだから。


 フィールドの周りを走ってるときも、うらやましいぞー、とか声がかかるし、少しスピード落ちると、こらうらやましいの、とか。あげくの果てに、シャワーで少しくたーっとなってるときまで、あっちこっちつつきに来るんだもんなぁ。もう、なにがなにやら‥‥ええい!

「き〜た〜よ〜〜っ!」

 こっちはこっちで、(こた)えもしないし‥‥もう、入るぞっ。

「やよい、お弁‥‥うわっ!!」

 家庭科室の扉を開けた瞬間、もわっ、と白いもので目の前が見えなくなった。

 なんか、粉っぽい‥‥小麦粉!?

「しーッ!」

 って、聞き覚えのある声。でもやよいじゃなくて‥‥れいか!

「あまり暴れないで。あっちこっち粉がたまっちゃってますからね」

 くすくす笑い混じりの声に、ちょっとイラっとなったけど‥‥それじゃ、やよいはどこよ?

「そのままゆっくり歩いて。粉を舞わせないように。そう、じょうずですよ♪」

 踊りの稽古かっ、て言おうとしたけど、口開けるだけで粉っぽいからやめ。‥‥あ、粉が落ち着いてきた。ちょっと先にれいかの姿と、その下の方に人影。

 でも、机にへばりついてる‥‥これ、やよい?

「寝ちゃってる‥‥」

「疲れたみたいですわ。‥‥ね?」

 れいかの声が、いたずらっぽく響いた。

 言われなくてもわかってるけどね。この家庭科室の惨状を見ればさぁ。

「だーから、無理しなくていい、ってのに‥‥」

「‥‥なお、気づいてないですよね」

「なにが?」

「か・み」

 か・み? か‥‥ああ、髪ね。

 そう言えば、さっきからなんか指が気持ちいいなぁ、って思ってたんだ。あたし、やよいの髪を、無意識になでて‥‥え!?

「そ、そうだね。気が付かなかったよ」

 ぱっ、てあたしが両手を上げたとたん、

 はぁ、ってため息の音が、静かな家庭科室で反響した。

「やっぱり、ですか‥‥お弁当、そこにありますよ」

 やっぱり? なんだかヘンな言い方だけど。ああ、これか。大きくて、ころころ丸い‥‥

「おにぎり、か。無難にきたね」

「それだけ?」

 それだけ、って‥‥ん?

 よく見たら、なんか普通のおにぎりと違う。のりがおかしなつき方してる。

 あ、これ‥‥

「髪の毛‥‥?」

「そう。さっきまで嬉しそうにさわってた、やよいさんの、か・み

 うらやましい、とか言ったんじゃないの? やよいさんに」

 あ〜。

 思い出したよ。そう言えば、そんなこと言っちゃったっけ。だってやよいの髪は、ぽわぽわしてて気持ちいいんだもんなぁ。サッカーやってる限り、あたしはあんな髪にはできないし。

「やよいさん、なおが好きなものを作るんだ、って。みんなに‥‥わたしたちだけじゃなくて、料理部に手芸部、あなたのサッカー部の子にまで、みんなにアイディアと材料の協力お願いして回ったんですよ。みんなになんて言ったか、わかります、なお?」

 サッカー部のみんなに? なに言う、って‥‥


『うらやましいぞ!!』


 ‥‥ああっ!

 その瞬間、部活で言われた言葉が頭に(よみがえ)ったよ。でも、ちょっと、ちょっとぉぉ!

「み、みんなに触れ回ったわけ? あたしが、この髪が好きだって!?」

「ふふふふ。それで反論できます?」

 口元おさえながら笑ってるれいかが、あたしの手元を指さして‥‥ああ、こりゃ言い訳できないや。


 あたし、またやよいの髪なでてるんだもんなぁ‥‥

「‥‥で、どうします、なお?」

 しばらく黙ってた れいかが言った。

「どうするって、なにがよ」

 あたしは明日、部活にどんな顔して行けばいいのか悩んでるんだ、っていうのに。

「また、お弁当忘れちゃったら?」

 ああ、そっちかぁ。でもねぇ、やっぱり迷惑かけるのはさぁ‥‥

「そこで、『ちゃんと自分で作るからいい』なんて言ったら、わたくしでもなぐりますからね♪」

 はぁ‥‥はいはい。

 そりゃそうだ。騒ぎの大本は、やっぱりあたしなんだから‥‥

「忘れそうなときは、みんなに頼もう‥‥かな」

 あたしが観念して言ったら、れいかがにっこり笑った。こんな笑顔できるんなら、いつもしてなさいよ。もう!

「わたくしより、ずぅっと敏感ですよ。やよいさんは‥‥だからお互い、もうちょっと言葉に気をつけましょう。ね?」

 言い過ぎはお互い様、か。そうだよね、れいか相手ならいいんだけどさ。

「相手がやよいだとつい、れいかと同じように言っちゃうんだよね‥‥」


「わかってますよ。そんなこと

 いい子なんですよね‥‥困っちゃうくらい」


 え?

 ため息が聞こえた気がして、思わず顔を上げた先には開いた扉だけ。れいかの姿はもうなかった。

 あたしの手元には眠ってるやよい。机の上には焦げた鍋と炊飯器。まわりは小麦粉で真っ白‥‥これ全部、あたしに一人で片付けろって?

 そりゃ、覚悟しろとは言われたけど、さぁ。


「お弁当忘れない覚悟の方が、これより楽かもね」

 心に誓ってるあたしは、手の中のぽわぽわを気にしないことに決めた。うん。

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