ぴっかり☆ぴぃすめいかぁ

「じゃ、おさきー」

 放課後のサッカー部の練習が終わってすぐ、あたしはシャワーでざっとからだを流して着替えると、ロッカーから飛び出した。

「なお、おつかれー。夕飯がんばってー♪」

 シャワー待ちの子たちが、そう言いながら見送ってくれる。

 みんな知ってるんだよね、あたしがたまに弟たちの夕ごはん作ってるの。だから一番にシャワーを使わせてくれるし、引き止めたりもしないでくれる。ほんと、恵まれてるよ、あたし。

 でも、今日のあたしの行き先は、下駄箱じゃない。

「ま、これも家族のため、だよね」

 部室をちょっとだけ振り返ってから、あたしは靴を持って図書室に急いだんだ。

「おーい、きたよー」

 声をかけてしばらく待っても、あたりは静かなまんまだった。

「あれ?」

 学校の図書室から本の通路を通って、いつものふしぎ図書館に着いて。でもだれの姿も見えないから、呼んでみたんだけど‥‥


 見回したら、周りにあるたくさんの本がこっちを見てる気がする。気のせい、なんだろうけどね。

 でも気になり出すと、なんだか不気味だな。さっきのあたしの声だって、まるで本に吸われたみたいな感じだ‥‥いやいや、気のせい、気のせい。

 頭を振って嫌な感じを飛ばしてから、あたしは図書館の真ん中の、大きな木の切り株みたいな部屋に向かって歩き出した。

 できるだけ、周りを見ないようにしながら。

 コン、コン


「入るよー」

 切り株が(へこ)んだみたいなところにあるドアを叩いても、返事が返ってこなくて。そのまま開けたんだけど、中はがらーんとしていた。

 机もイスも測ったみたいにきちんと並んでて、まるで使われてない部屋みたいだ。

「おっかしいなぁ。誰かいるー?」

 練習終わってから行くから、先に始めといて、って言っといたはずなんだけどな?

 まぁ、今日の練習はサッカー部の方がバレー部より早く上がったから、あかねがいないのはわかるけど。

「誰もいないのー?」

 そう言えば、れいかも生徒会で遅くなるかも、とか言ってたっけ。だけど、

「みゆきちゃんも、しょうがないなぁ。プリキュアの今後の活動を考えようなんて言っといて、本人がいないんじゃぁ‥‥」

 ふぅ、って思わずため息ついちゃったよ。せっかくここに来る時間作ってるんだけどな。もう、家族のバッドエンドなんて見たくないから‥‥

 って考えたところで、あたしは思い出した。あたしが部活に行くとき、先生につかまってたっけ、みゆきちゃん。こりゃ居残り、かな。

「ま、いいか。自分の部屋にはすぐ帰れるんだし、夕ごはん作る前に、ちょっと休んでこう」

 口に出しちゃった自分に思わず笑いながら、あたしはそのままイスに腰かけた。いつもみんながいるところにひとりだと、ついひとりごと言っちゃうよね。

「ん?‥‥ひとり?」

 ひとり、忘れてる気がするな。ええと、あかね、れいか、みゆきちゃん、と‥‥


「‥‥ももぉ〜」


 なんか声が聞こえたと思ったその瞬間、あたしの全身に寒気が走った。

「うぅわあぁぁぁぁ〜っっ!!」

 足の先から、なにか上がってくる。身体がどんどん鳥肌になってくのがわかる。

 な、な、な、なに? なにが起きたの!? 足のこれなにっっ!?

「ふ、と、ももぉ〜」

 思わず立ち上がったあたしの足に、なにかくっついてた。たっぷりした明るい髪の毛の束‥‥って!

「ちょ、な、なにやってんのよ、ばかっ!」

 とっさに出てきた言葉はそれだけ。

 だって、自分の目が信じられないよ。あたしの太股(ふともも)にぶら下がってるのが、やよいちゃんだなんて。

「ん〜‥‥だめ?」

 ダメ、ってなによ、ダメって。上目遣(うわめづか)いで見てるんじゃないわよっ!

「ダメに決まってるでしょ。ほら、離し‥‥」

 あたしは両足バタつかせて引き()がそうとしたけど、

「だってだって、同じ運動部のあかねちゃんや、弓道やってるれいかちゃんとも違うんだよ、ふともも。ほら」

「うひゃぁぁぁっ!?」

 な、な、なでないで〜っ!! これじゃ剥がせないじゃないのぉっ!

「ふとももすき〜

 もう! そんな場所指定で好きになるなっっ!

「ちょ、ちょっと待って待ってっ!」

 相手がやよいちゃんじゃ、そんなに乱暴もできないし、ああ、もうどうにかしてよっ!

「やっぱり、思った通りだよ。なおちゃんの、ぎゅーっと締まったふともも。あかねちゃんの、もちもちしたのもいいけど♪」

 む。

 なんだ。あたしだけじゃなくて、あかねにもしがみついてるんじゃないの。


 ‥‥え?


 なに考えてんだ、あたし。いや、違う違う。そういうんじゃなくて。

「でもね、他のひとの前だとヘンに思われちゃう気がして‥‥」

 いや、本人の前でも十分ヘンなんだけど‥‥

「それでもわたし、みゆきちゃんを見習うことにしたの! 好きなものは、好き〜♪」

 ああ、目が輝いちゃってる‥‥ちょっと、かわいいかも。

 ‥‥って、違う! あたしはそういうのじゃな‥‥そういうのってどういうのよ! 違う〜っ!!

「す、好きはいいからちょっと、やよいちゃ‥‥やよい! とりあえず、は、な、れ、て〜〜〜っ!!」

 はぁ、はぁ、はぁ〜‥‥ふぅ。


 なんとか、やよいを足から剥がせたけど、ひと息つくまでに10分はかかってると思う。まったく、すっぽんなんだから‥‥

 しかも、やよいはそのまま床にちょこん、と正座して、こっち見上げてるし。なんか、まだ狙われてる気分。

「机の下で、ずーっとあたしを待ってたわけ?」

「そうだよ。みゆきちゃんが居残りになっちゃったから、きっとわたしの次はなおちゃんだと思って。えへへ、なんかおばけ屋敷みたいで、楽しかった

 えへへ、じゃないよ。まったく!

「で? たださわりたかったから待ってたの?」

「うーん、ちょっと違うかな。みんなの絵を描きたくて。ふふ」

 だから、ふふ、じゃないっての。やよいって、こんな子だっけ? 最近になって、印象変わったな‥‥みんなが仲間になってから、かな?

「わたしね、スーパーヒーロー大好き かっこいいもん。だからね、いまはみんなのプリキュアの姿を描いてるんだよ」

 そう言いながら、やよいが背中からなにか出してきた。ああ、教室でもいつも持ってるスケッチブックだ。でもさ、

「プリキュアの絵だったら、キャンディが持ってるプリキュアの絵本に描いてあったでしょ? 別にやよいが描かなくたって‥‥」

 そう言いかけたあたしの前に、ふくらんだ顔が迫ってきた。

「誰かが勝手に描いてる絵と、わたしが描く絵はちがうよぉ。なおちゃんだって、他の人が全部点とってくれるって言われても、やっぱり自分でもシュートしたいでしょ?」

 スケッチブックを胸に抱えて、あたしの目をじっと見上げてる‥‥ああ。

「まぁ、そう、ね」

 点が取れればいい‥‥いいんだけど、それとは別に、あたしも蹴りたい。まぁ、同じ、か。

 頭かきながらあたしが言うのを見て、ふくらんだ顔がにっこり笑った。

「わたし、ずっと見てたよ。あかねちゃんも、れいかちゃんも、なおちゃんも。みんなあんなにかっこいいんだもん。スーパーヒーローになったらどうなるかな、って想像もしてたし。本物見ていっぱい描きたくなっちゃった。
 でもね、なおちゃんはずーっと走りっぱなしだから、あんまりよく描けなくて。足がどんなかなーって、思ってたんだよ♪」

 はぁ‥‥

 こりゃ、どうあっても折れそうにないか。まぁ、どこかの美術部長みたいに爆発させるわけでもないし、

「見るだけなら、いいけどね。ほら」

 両足ぽい、っと投げ出してあげたら、やよいが近づいてじっと見てる。しょうがない、このくらいは我慢するか。

 それにしても、


「ヘンな友達できちゃったなぁ‥‥」

 しばらく、ぼーっとしたまんま、あたしは鉛筆の音を聞いていた。

 やよいの目がさっきから、あたしの足とスケッチブックの間を行ったり来たりしてる。

 たまに手が伸びてくると思わずびくっ、とするけど、あたしの足を伸ばしたり、曲げたりしてポーズ作ってるみたい。まるで人形だね、あたし、。

 座ってるだけですることないし、帰ろうかなって思うんだけど‥‥そのたびに、やよいの顔を見ちゃって動けなくなる。

 描いてるときの顔が真剣なんだよね、やよい。こんな顔もするんだ‥‥同じクラスだったのに、知らなかったよ。

 それにしても‥‥はぁ、なにやってんだろ、あたし。これなら、ふしぎ図書館(ここ)に寄らないで、家で夕ごはん作ればよかったかな。

 あたしには、家族が待ってるんだから‥‥

「あ、夕焼け」

 やよいが頭を上げたのにつられて窓のほうを見たら、もう外が赤くなってきてた。

「ヘンだよね。ここ、日本のどこでもないみたいなのに、日本と時間が同じなの。れいかちゃんが気づいたんだよ」

「へぇ‥‥」

 やたら細かい、れいからしいな。時間が感覚でわかるから、ありがたいこと、とか言ってるのかな? あたしにはあんまり関係ないけど‥‥

「れいかちゃんはなんでも気がつくし、なおちゃんもあかねちゃんもかっこいいし、みんな、すごいよね。プリキュアじゃなくても、スーパーヒーローだよ。‥‥わたしなんか、絵を描くだけだけど」

 ん?

「みゆきちゃんは?」

 やよいの声が、今までとちょっと違った気がして、あたしが思わず声をかけたら、

「みゆきちゃんは、ウルトラハッピーだもん。かなわないよ」

 しょうがない、って顔で、やよいが笑ってる。

 まぁ、意味はわかるね。あれは確かにかなわないな、あたしたちじゃ‥‥


「でもね、わたしもなれたから、楽しんじゃうことにしたの。スーパーヒーローごっこ」


 やよいが何を言ってるのかわかるのに、少し時間がかかった。

 ごっこ‥‥え? ええぇっ!?

「ごっこって、ちょっと、やよい!?」

 やよいの顔がずっと下に見える。あたし、いつの間にか立ち上がってたんだ。

 けど、そんなのに構ってられない。だって、それ、それは‥‥っ!

「怒んないでよぉ、なおちゃあん」

 大きく開けた目に、だんだん涙がたまってくのを見ても、あたしは止まらなかった。だって、

「泣きそうになったってダメだよ! ごっこじゃ済まないんだから。いまは‥‥勝ってるけどさ」

 だってあたしの頭には、あたしが初めてプリキュアになったときの景色が映ってたから。みんなが、家族が地面にへたり込んで、絶望している姿‥‥!!

「あたしだって、ちょっとは考えるんだ。いままで勝ってたのって、ただの偶然かも、とかさ!
 だからふざけた考えじゃダメだよ! やるなら真剣に‥‥」


「真剣に、楽しんじゃ、だめ?」


 こぶしを握って、思い切り出そうとした次の言葉が、やよいの目で止められた。

 涙はたまってるけど、下からあたしを、真っ直ぐ突き刺すような目。

「わたしも怖いよ。最初から怖くて怖くて‥‥たまたま負けなかったなって、変身するたんびに思ってる。
 でもね、なにしたって怖いんなら、楽しんじゃった方がいいよ」

 真剣に、楽しむ‥‥でも、

「それで、もし、ピンチに、なったりしたら‥‥」

「そしたら、なおちゃんは助けてくれるでしょ?」

 うっ‥‥

 なに、このぴっかり輝くみたいな笑顔!?

 こんなに押し強かったっけ、やよいって。なんか、変わった‥‥?

「わたしを助けるの、なおちゃんの兄弟のあとでもいいよ。わたし、ちゃんと待ってるから。
 それに、わたしも助けるよ。なおちゃんも、なおちゃんの兄弟も。怖くても、楽しく、ね?」

 たまった涙をまばたきで散らして、やよいがまた、ぴっかり笑った。

 はぁ‥‥

 あたしの兄弟も(・・・・・・・)、楽しく、か。

「‥‥そっか。やよいに、それ以上求めちゃいけないよね」

 自分で言っていて、納得した。

 変わったわけじゃない。やよいはもとからこうだったんだ。

「ぶぅ! そういう言い方きらいだよ?」

 ほっぺたふくらませた顔が、夕焼けに染まって輝いてるよ。

 引っ込み思案で、いつもひとりに見えるけど、みんなを、あたしのこともちゃんと見ていて、世話焼きで‥‥

「ピース、かぁ‥‥」

 平和、って意味だったよね。その通りだよ。

 あたしたちがいままで見ていなかっただけで、本当にひとのために笑える子、だったんだね。

「うん♪ わたしの名前、ピースでよかった。スーパーヒーローだもん、みんな助けて、楽しく平和を作らなきゃ。ぴぃすめいかぁだよ」

 両手を開いたやよいの顔が、近づいてきた。‥‥いや、気が付かないうちに、あたしが座ったのか。

「ピースメーカー?」

 なんとなく、やよいらしくない名前に思えて、あたしが聞いてみたら、

「ううん。ぴぃ、す、めい、かぁ♪」

 人差し指たてて、ひとつづつ区切って言い直した。ん〜、と。

「同じじゃないの?」

「違うよぉ。ちょっと、違うんだもん

 まただよ。ぴっかりした笑顔。友達になるまでは、見れなかった顔。

「ぴっかりな、ピースメーカー‥‥ふふふ」

 なんか、かわいいな。‥‥って、え?

 ぴっかりな笑顔の端っこが、ちょっとだけ別の笑顔に変わった。これ、見覚えあるよ。たしか、弟たちがイタズラするときの‥‥!

 気づいてすぐ立ち上がろうとしたけど、あたしの方が一歩、遅かった。

「よいしょぉ〜っ!」

 やよいの顔が見えなくなったと同時に、あたしの足が両方いっぺんに、ぎゅっとしばられて‥‥また、しがみついてるぅっ!?

「それじゃ、つづきつづき。今度はもちょっと、ふとももの上のほう〜♪」

 ふくらはぎからよじ登ってくるやよいの顔が、またぴっかり輝いた。

 かわいい、けど、だけどぉ〜っ!


「た、楽しくてもいいから、だから‥‥あたしをいじるのやめて〜っ!!」


『としょかんつくえのそのしたで』(やよ側から見た風景)

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