ちっちゃなおもい

 サッ、サッ、サッ‥‥


 オレンジ色の夕日の中、ひとつ音がするたびに、目の前がすっ、ときれいになる。


 サッ、サッ、サッ‥‥


 ほうきの音は、すこし好き。

「おっそおっじポ〜ポ、おっそおっじポ〜ポ♪」

 音にあわせて歌ってくれる声は、もっと好き。

「ひかり、もっとポポ。もっとシャッシャッ、ってするポポ☆」

 ふふ。ポシェットから見上げてる笑顔を見ていると、私も自然に同じ顔になるみたい。

「ひ〜かり、ひ〜かり♪」

 はいはい、わかったわ。この辺はきれいになっちゃったから、ええと‥‥

「お〜い、ひかりぃ〜。そろそろ、中のほう手伝ってくれるぅ?」

 砂の多そうなところを探していたら、あかねさんの、よく通る声が響いてきた。私はエプロンでぱっ、とポルンをかくしながら、

「はーい」

 返事して、ちょっと耳をすましてみた。‥‥うん。大丈夫みたい。

 エプロンのわきからポシェットを取り出して、そぉっとのぞいたら、あぁ、やっぱり。

「ごめんね、ポルン」

 しゅん、としちゃったポルン。かなしい、さびしい思いが、私の胸に広がってゆくわ。

「いっしょ、ポポ?」

 でも、あかねさんに呼ばれてるし‥‥え?

「ひかり、まだいっしょ、ポポ?」

 ポルンの大きな瞳が、私をのぞき込んでるわ。私がうなずいたら、

「む〜‥‥ならいいポポ。 ひかりといっしょなら、ポルンはいいポ〜ポ☆」

 耳をぱたぱた動かしながらそう言って、ポシェットの中に引っ込んじゃった。

 あとに残ったのは、あったかい思い。ちょっとだけさびしいけど、明日を信じてる、あったかさ。

「いっしょに、がまん。ね?」

 ぴょこ、って動いたポシェットを両手でそっと包みながら、私は車に戻っていった。

「う〜、んん〜っ」

 まだちょっとだけ寒い朝の空気。その中で、私は思いっきり伸びをした。

 お日さまは、まだ公園の端からちょっと顔出したくらい。

 さぁ、学校に行く前に、車の周りをそうじしよう。そのついでに‥‥まだ人もいないし、昨日の分まで遊んであげよう。

 昨日の夜は、私の枕の近くでときどき跳ねていたものね。『まだ夜ポポ?』なんて言いながら。

「ポルン、おはよう」

 おなかのポケット、ちょっと開いたら、コンパクトが楽しいくらいに飛び上がって‥‥あら?

「あ〜、ひ〜かりポ〜ポ‥‥」

 飛び上がってこない。それに、聞いたことのないような声‥‥?

 なんだか、胸のあたりがざわざわするわ。

「ポルン? どうしたの?」

「ん〜、なんだか、すごく‥‥ポポ〜‥‥」

 なに? ど、どうしたんだろう? ひょっとして、なにかの病気なの?

 ああ、こんなこと、あかねさんには聞けないし、いつも助けてくれる声も聞こえてこないし、ほかに‥‥

 考えていたら、ぱっ、と目の前に顔が浮かんだ。茶色の髪の、あのひと。

 ‥‥なぎささん! そうだ、なぎささんたちなら、なにか知ってるかも!

「ひかり、おはよ!」

 教室に入ったところで、何人か声をかけてきてる。

 私も、おはよう、って声だけ返して、またカバンの脇をのぞいた。

 朝から、これで何度目だろう? ポルンは、ポシェットの中。ずーっと、そう。‥‥あら? ポシェットが、ぴくっ、って動いた?

「ポルン?だいじょうぶ?」

「ひかり、ポロって、なに?」

 ひゃっ、って思わず声出して頭をあげたら、そこに顔があった。

「え、と、ううん。なんでも、なんでもない‥‥」

 ぱっ、とポシェットを手の中にかくして首を振った。その先に、また顔がひとつ。

「ひかりぃ、なにか困ってるんだったら、相談に乗るよ?」

 私の周りに、人が集まってきてる。

 どうしたんだろう? いつもだったら、困ってもなんとなく終わっちゃうのに、今日はみんな、離れてくれないわ。あぁ、ポルンのこと、見つかっちゃったら‥‥!

「い、いいのっ!!」

 自分の出した声にびっくりしたけど、もう気にしていられない。私はポルンをにぎったまま、教室のドアにむかって駆け出した。

 早く! なぎささんと、ほのかさんのところ、早く行かなくちゃ‥‥!

「九条さん、どこ行くの! 授業ですよ!」

 ドアから出ようとしたところで、私は動けなくなった。ちょうどやってきた先生に、肩をつかまれちゃって‥‥

 私はしかたなく、そのまま席についた。


 腰のベルトにつけなおしたポシェット、また、動いてくれなくなっちゃった‥‥

「きりぃーつ、礼!」


 授業終わりの礼をしながら、私はカバンを手に取った。

「ひっかり〜、これから‥‥って、ちょっとぉ?」

 なにか私の名前を呼ぶ声がするけど、そのまま走って教室を出た。授業の合い間は短すぎて、お昼休みは3年の教室にいなくて、なぎささんたちと、まだ会えてないんだもの。急がなくちゃ。

 だって、ポルンはまだポシェットから出てこないんだもの!

 どこにいるだろう? ふたりとも、部長さんだって言ってたから、部室かしら。

 ここから一番近いのは‥‥


 うっすら、お薬の匂いのする部屋に近づいたら、音楽が聞こえてきた。

 理科室の中から、鼻歌?

 とびらの外から、そぉっと覗き込んでみたら、白衣がおどってた。

 たっくさんの、ガラスの器具に囲まれた、ほのかさん。‥‥でも、入ろうと思ったのに、足が動かない。

 ほのかさん、ガラスをひとつひとつ手にとって、布でふいて、にっこり笑ってる。誰もいない理科室の中で、ひとりで、ガラスをふいて、笑ってる‥‥

「ん? だぁれ?」

 いきなり、白衣姿が近づいてきて、とびらがガラッと開いた。その瞬間、私は思わずろうかの反対側にはりついちゃった。

「あ、あら? ひかりさん、どこ行くの!?」

 ほのかさんの声を振り切って、私はそのまま理科室を逃げ出した。


 やっぱり、なぎささんに相談しよう。

 私は走りながら、頭の中でつぶやいた。

 そう。ほのかさんは、なんとなく、なんとなくなんだけど、危ない気がするから‥‥

 ラクロス部のとびらの前に来てから、もう何分もたってる。

 なぎささんは、部長さんなんだ。いきなり1年が会いに来たりしたら、どう思われるだろう? そう考えたら、どうしても手が止まっちゃう。 ‥‥でも、ポルンが。ポルンのため、だったら‥‥!


 コン‥‥コン


「は〜い、なんです‥‥って、ひかりじゃない。どうしたの?」

 あ、同じクラスの子。ちょっとだけ、ほっとしたけど、ポルンだけはかくさなくっちゃ。

「あの、なぎささん‥‥」

「? あぁ。ひかり、キャプテンの知り合いなんだよね。ちょっと待ってて。
 ‥‥なぎさキャプテ〜ン」

 部室の奥に向かって、声をかけてくれたら、

「あいよ〜っ」

 声と一緒に、茶色の髪がぴょこん、っと出てきた。

「なぎさなぎさなぎさぁ。その返事、なんとかなんないのぉ?」

「いいじゃん、別にさぁ」

「男のコの前で言っちゃっても、知らないよ?」

 ラクロス部の人たちの間、すり抜けるたびに、なんだか色々文句を言われてる。なのに、みんな笑ってる。‥‥どうして?

「だ〜っもう、うるさいっっ!
 ああ、ごめん。おまたせ‥‥って、ひかり?」

「あ、あの‥‥あの‥‥」

 手の中のポルンをにぎりながら、私は言葉が出なかった。なんて言ったらいいんだろう。こんな、いっぱいの人の前で‥‥え?

 考えていたら、体が勝手に動いてた。

「莉奈、志穂。悪いんだけど、軽くでいいから、始めててくれる?」

 ううん。動いてるんじゃなくて‥‥なぎささん、私の肩持って、そのまま引きずってる?

「かわいい新入生、食べちゃだめだよ〜♪」

「誰がするかっ!!」

 部屋の中からまた、笑いながらの声がして、なぎささんも笑いながらどなって‥‥私、食べられちゃうの?

「あの‥‥私、おいしくないです。多分」

 言ったとたんに、なぎささんの手が、背中ぜんぶを押してきた。

「あんたは、黙って歩くっ!!」


 背中からすごい笑い声が聞こえてくるけど、なにか、あったのかな?

 引きずられるまま、歩いていった。校舎の中、さっきの道を逆にたどって‥‥っていうことは。

「さーさ、入った入った」

 とびらを開けたら、奥には白衣姿のほのかさん。また、理科室に戻ってきちゃった。

「ほのかぁ、今日の化学部って、ほのかだけだったよね。ちょっとジャマさせて」

 そう言いながら、私の背中を押してるわ。‥‥ああ、目の前まで来ちゃった。

「いらっしゃい。さっき、きてたわよね?」

 ガラスの器具の山の中で、ほのかさんが笑ってる。さっき、ガラスをふいてたときと、同じ笑顔で。ちょっと、怖いけど‥‥私は、ポルンのいるポシェットを差し出してみた。

「朝から、ほとんど動かないんです。声をかけても、ぼぉっとして‥‥」

 ほのかさん、ポシェットを横からのぞき込んでる。それだけでわかるのかしら? それくらい、私も何度もやってるのに‥‥

「あぁ、それ?」

 そう思っていたら、なぎささんが、私の背中ごしにポルンのポシェット持っていった。振り向いてみてみたら‥‥えぇっ!?

「ほぉら、ポルン! 起きなって。もうお昼すぎてるよっ!」

 呼びかけながら、逆さにして振ってるっ!?

「な、な、なぎささん!なにを!?」

 私が止めようとしたら、後ろから腕を押さえられちゃった。‥‥ほのかさんまで!?

「ん? ポルンさ、たまに寝ぼけるんだよ。まだ子供だからねー」

 ああ、ポルンが!ポルンが!!

 背中から、『だいじょうぶだよ』なんて声が聞こえるけど、なんでそんなこと言えるの!? ポルンは、私の一番大事なっ!!

「ん〜‥‥なぎさ、うるさいポポォ〜」

 思わず叫びだしそうになったとき、ポルンの声が聞こえてきた。ぼぉっとしてるけど、いつもの、声。

「うるさいから、男の子にもてないポ〜ポ」

 逆さのポシェットから、頭だけがぴょこっ、と出てきてる。あぁ、ポルンっ!

「‥‥なんだってぇっつ!?‥‥って、え?」

 私は思いっきり腕を振りほどいて、そのままポルンに抱きついた。

 頬に当たる、ぱたぱたしたこの感じ。1日ぶりの、ポルンの耳‥‥

「さーて、感動の再会が終わったところで、なんだけどさ‥‥」

 頭の上のほうから声が聞こえてきたのと一緒に、私の体も持ち上がった。

 そっか。なぎささんの腕ごと、ポルン抱きしめていたんだわ。

 そぉっと、顔を上げたら、体が勝手に離れようとしちゃう。なぎささんの目、すごく、怖い。

「ひ〜かりぃ〜、あんたとクラスが同じ部員から聞いたわよ。今日は、やたら無愛想なんだって?」

 ぶあいそう、って‥‥ええと、笑ってないこと、だったかしら?

「ちょ、ちょっとなぎさ、落ち着いて」

「いーや、言わせてもらうわ。あたしらならともかく、心配してる普通の友だち邪険にするなんてさ」

 当たり前だわ。私は、ポルンが心配だったのだから。‥‥あ、あら? い、痛い!?

「い‥‥い?」

 なぎささんの指が、目の前に来てる。ゆびで、なにをしたの?

「どーよ?」

「あの、えっと‥‥い、いたい、です??」

 私はただ、それだけしか言えなかった。

「あたり前でしょ。小突いたんだから」

 指で、突いたから、痛い…うん。でも、なんで? どうして?

「わかんないと、もっかい小突くかんね」

 ほのかさんの顔も見たけど、私を、ただじっと見つめてるだけ。ふたりとも、何を怒ってるの? 私がぶあいそうだから?でも‥‥

「ポルンが心配だった。だから、ぶあいそうだった。それが、いけない‥‥?」


 バンッ!


 すごい音が、理科室中に響いた。なぎささんが、机を叩いたんだ。

「あんたは、友だちに心配かけて、それでいいと思ってんの!?」

 ‥‥怖い。両手で自分の体をかかえても、やっぱり震えてきちゃう。ポルン‥‥!

「だめポポ! ひかりいじめちゃだめポポ!!」

 あぁ、ポルン!

 ポルンが変身して、なぎささんの顔に、はりついてくれたわ。‥‥でも、すぐ引きはがされちゃう。ポルン!

「やめて! ポルンに痛いことしたら、なぎささんでも許さない!
 ポルンは‥‥ポルンは私の、たったひとりのお友だちなんだからあっっ!!」

 叫んだ。叫んじゃった。自分でも、驚くくらい大きな声で。でも、これが本当。私の、本当の気持ち‥‥あら?

 静かに、なっちゃった?

 そぉっと、顔を上げたら、ポルンが私の胸に飛び込んできた。受け止めて、なでてあげてる私を、なぎささんたちが並んで見てる‥‥ふたりで、ときどき見つめあいながら‥‥?

「あ〜っっ!もう、決めたっっ!!」

 ポルンの耳をなでながら、ふたりの様子をながめてたら、なぎささんがいきなり両手振り上げたわ。

「なぎさ、なに‥‥!?」

「決めた。もー決めたっ! ひかり、あんた友だち。決定!」

 えぇっ!?

 思わず、きょとんとしちゃう。目を横にずらしたら、ほのかさんも同じような顔で見てるわ。いったい、なんの話?

「だからさぁ、女王さまだとか、いのちだとか、そーいうこと考えるからいけないのよ!
 変身したら、そりゃ別だけどさ。ふつうの姿のときは、友だち! ルミナスもプリキュアもなしっ!!いいね?」

 あ、きょとんとしてたほのかさんが、いきなりにっこり笑って、

「ひとりづつでいいよ。友だち、増やそ。ね?」

 私に向かって、右手を差し出してる。そぉっと出してみた私の手、あったかくつつまれたわ。やわらかい手と、すこしだけ硬い手に。

「は‥‥はい」

「よぉし! そんじゃ、友だちなった記念。あかねさんとこ行って、お祝いしよっか。
 友だちだから、たこやきおごってくれるよね‥‥痛っ、いたたたたっっ!!」

 あぁ、私に近づいてきた顔が、ふっ、と遠ざかったと思ったら。なぎささんの耳、ほのかさんが引っ張ってたんだわ。

「調子にのりすぎよ。な・ぎ・さ?」

 ふたりが一緒になって笑ってるの、私はなんだか気持ちよく見てた。頭によじ登ってきた、ポルンと一緒に。



 友だちって‥‥多いほうがいいのかもしれない‥‥

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