ハートのぷかぷか

「これよ、これ!やっぱ夏はこうこなくっちゃ」

 立ち上がり、やや興奮気味に言っておるのは、薄手の半袖に短いスカート姿。総じて青色を感じさせる小柄な少女――えりか君だ。

「そうですねぇ‥‥」

 腰を下ろし、眩しそうに宙を見上げつつ応じているのは、やはり小柄なつぼみ君。薄桃色のつなぎスカート(・・・・・・・)‥‥いや、ワンピースだったか? 言い間違えて、何度かフラワーに怒られたな。

 二人がいるのはいつものことだ。だが‥‥


「見て、この青い空」

 む。青い空か。

「白い雲です」

 うむ。白い雲だ。

「ギラッとした太陽!」

 うむうむ。輝く太陽、確かにな。

「そして、この澄んだ水ですよ! 気持ちいいですか、コッペさま?」

 むぅ‥‥そこが、わからんのだ。吾輩(わがはい)の背中が水に浸かっているのが。

――快不快など特にない。それよりつぼみ君。吾輩は、なぜここにおるのだ?

「やー、やっぱ夏はこうでなくちゃ♪」

 吾輩は、できることならため息をついていただろう。尋ねたつもりが聞き流されたのだから。

「あとは、砂浜が欲しいんだけどねぇ‥‥」

 だが、これは流せんな。

――砂は嫌いだと以前言ったはずだぞ、えりか君。改めて訊くが、なぜ吾輩は浮いておるのだ? こんな湖の真ん中で。


 吾輩の腹の上から見下ろす二人の笑顔を見て、吾輩は確信した。


 これは()められたな、と。

 もとはと言えば吾輩のせいなのだろう。今にして思えば、だが

「いやぁ〜、らくちんらくちん

「いいんですか、えりか。寝っ転がっちゃったりして‥‥」

「なーに言ってンのよ。ここまできたらあんたも共犯でしょ、つぼ、みっ!」

「うわわわっ! 引っ張らないで‥‥あいたっ!」

 腹の上でふざけあう二人を見ながら、吾輩は思った。口は災いの元だ、と。

 この二人に吾輩の言葉が聞こえるようになってから、季節は半分ほど巡っただろうか。それ(ゆえ)、つい言ってしまったのがいけなかったのだ。


「ねぇ、コッペさまだって涼しいでしょ?」

 吾輩の腹に寝転がりながら、顔の方を向いて、えりか君がそう言う。

――多分、涼しいというのだろうな。これは。

「涼しくないの?」

――吾輩の感じる温度は、えりか君たちとは異なるようだ。みどりの城の中も、この水面も、さほどは変わらぬ。

 言ったとたん、その頬が大きく膨らむ。

 吾輩は素直に答えたつもりなのだが、言葉というものはなかなかに難しい。

――そうむくれた顔をするな。吾輩に(りょう)を味あわせようという気持ちは受け取った。ありがたいことだ。だが‥‥

「だが?」

 えりか君の後ろから、つぼみ君までが顔を出した。覚えていないわけもなかろうが。


――吾輩が腹に乗せる者は、君たちではなかったと思うのだが?

 そう、きっかけは、あの日差しの強い日のことだろう。学生の皆がなつやすみ(・・・・・)とやらを迎え、揃って吾輩の城‥‥フラワーの温室を訪ねて来たときだ――


 我がみどりの城――温室は、夏には人が少なくなる。

 今年は特に、フラワーが二人目の孫にかまってるせいで、吾輩だけしかいないことが多い‥‥まぁ、これもまた平和ということなのだが。

 それでもたまに人通りはあるので、昼間は我がみどりの城の民たちの世話をしてやれない。この身体が動けば、騒ぎになるからな。

 吾輩はここに居り、ただ居るのみ‥‥無論、それが平和の代償と思えば、不満もないが――そう思っていたとき、ふと頭に声が(よみがえ)ったのだ。

(この戦いが終わって平和になったら
 ‥‥してくれないか?)

 突然頭に流れてきた言葉に、吾輩ははっとした。

 おお、そうだった、忘れておった。そんな時が来るなど、考える余裕もなかったからな。

 しかし思い出した以上、友の望みは叶えて‥‥叶えてやれぬまでも、伝えねばいかん。

「コッペさま、ちわーっす!」

 お? この挨拶は‥‥と、我が城の入り口を見ると、学生服姿がやってきた。一人、二人。

――えりか君だな。よく来た。おお、ゆり君もか。

「ええと‥‥わたしも来てるんですけど」

 二人の後ろから現れた小さめの学生服が一人。うむ、これはしくじった。

――ああ、もちろんわかっておる、つぼみ君。ただ、ゆり君に伝えないといかんことを思い出したのでな。

「え? ゆりさんに?」

「私が、どうかしたの?」

 つぼみ君たちがくるりと振り返って言うのを、目を見開きながら、ゆり君が答えておるな。

「あの‥‥コッペさまが」

「ゆりさんに、伝えたい事がある、って」

「私に?」

 ‥‥まぁ、仕方もあるまい。残念なことだが、ゆり君に吾輩の言葉は聞こえぬのだから。


――えりか君。吾輩の言葉を伝えてくれんかな。

 吾輩はそう言って、少し喉を鳴らした。

 少しでも、正しく伝えられるように。

 やっぱ、わかっちゃうかぁ‥‥


 コッペさまの顔をいつもと違う角度で見ながら、あたしはそう思った。

 もうちょっと、普通にコッペさまに乗っかってたかったんだけど。でも、あれ聞いちゃうとね――


「えーと、ん、うんっ!」

 あのとき、コッペさまの真剣な声を聞いたあたしは、でっきるだけきちんと伝えようと思ったんだ。

「なに、えりか。いきなり咳払いなんて‥‥」

 そう、それこそ、咳払いまできっちり、ね。

「あー、ゆり君!」

「は? ゆり‥‥くん?」

 おっと、いけない。

「あー、違う違う。これ、コッペさま言葉なんだ。ゆりさんには聞こえないから、伝えてくれって。
‥‥続けるよ」

 ゆりさんがうなずいたのを見て、あたしはまた、ちょっと上を向いた。

「ゆり君。吾輩はひとつ、コロンに頼まれたことがある」

「コ、コロン!?」

 言ったとたん、ゆりさんが叫びながら、いきなりあたしの首元にしがみついてきたんだよね。

「ちょ、ぐぇ。く、苦し‥‥」

「あ、ごめんなさい。ちょっと落ち着くわ‥‥どうぞ」

 これ、びっくりしたなぁ。真に迫りすぎちゃったのかな? それじゃ、ちょっとあたしに戻して、と。

「すまん、って謝ってるよ、コッペさま。それでね、コロンと約束したことなんだけど‥‥ゆりさんを、乗せて欲しいって言われたんだって」

「乗せる?って、コッペ様に?」

「そ。なんでもね、コロンはコッペさま並に大きくなったら、ゆりさんを乗せてあげたかったんだって。だから代わりに、コッペさまのおなかに乗せてあげて欲しいんだって」

「コロンが、おなかに私を‥‥?」

 あ、だんだんゆりさんの顔が赤くなってる。なんだろ?

「ゆりさんは、イヤ?」

「ええと、そう、じゃないんだけど。でも、やっぱり‥‥ちょっと遠慮するわ」

 真っ赤な顔で走って温室から出ていく ゆりさんを、あたしはつぼみと顔見合わせて、ぽかーん、としてたっけ。


「なに、考えたんだろ。ゆりさん?」

「さぁ‥‥」

 ゆり君に伝えた言葉もそうだが、その後を気に止めなかったのが吾輩のミスだ。

 まさか本気とは、まったく考えていなかったからな――


「この場でゆりさん乗っけるつもりだったの、コッペさま?」

 ゆり君が我が城を出て行ってしばらくしてから、えりか君が言ったのだ。なんの話か気づくのに時間を要したほどに突然に。

――その通りだ。吾輩が外に出れば、余計な混乱を招く。

 それでもなんとか気づいて答えたものの、そこには怪訝(けげん)そうな顔が二つ。

――逆に問うが、えりか君たちは、吾輩がどこでゆり君を乗せるつもりだと思ったのだ?

「それは‥‥海とか」

「ええ、バナナボートみたいに浮いているコッペさまに乗っかれば、あまり目立たないかなー、とか思ってました」

「夏だし、ね!」

 なるほど、それは聞いたことがある。しかし、


――断る。

 吾輩は、一言強く言った。できるならば、(まなこ)をつむって言いたかったくらいだ。

「へ?」

――もはや使徒たちに恨みなどないとはいえ、やはり砂は嫌いだ。

「ん〜‥‥じゃあ、湖だったらどうでしょう?」

 ‥‥どうあっても、吾輩を水に漬けたいようだな。

 吾輩が少し肩を落とすと、えりか君がじっと吾輩を見つめながら近づいてきて、

「せっかくの夏休みなんだもん。海か山に‥‥って言っても、コッペ様いつも植物に囲まれてるから、海がいいかなー‥‥」

――ふむ。それは悪いとは思わん。行ってくるがいい。吾輩は、この城を守る。

 言おうとすることを最後まで言わせぬ吾輩に、やれやれといった二人の顔だけが、最後まで頭に残った。

 ふぅ‥‥

「‥‥さま」

 思い出しても、ため息をつきたくなることだ。

 周囲を見れば大きな湖のようであるし、岸からはやや離れている。近くにあるボートは、つぼみ君たちでも四人ほどしか乗れそうにない。となると、吾輩は自力でここまで来たことになるが‥‥?

「‥‥ペさま」

 わが城の近くに、このような湖はない。海ならあるが、吾輩の嫌いな砂もなさそうだ。

「‥‥ッペさま、ってば!」

 ふむ。とすると、ここは‥‥

――プリキュアパレスの湖か!

「うわぁ!」

「び、びっくりしたぁ。何度呼んでも答えてくれないんだもん。どうかしちゃったのかと思った」

――ああ‥‥すまぬな。ちと思い出していた。恐らくは、なぜここにいるのかのモトをな。

「そう! だってさ、コッペさま人を気にしすぎなんだもん」

「ここなら、どんなに動いても平気ですよ」

 なるほど、吾輩は浮島代わりか。

――それならば、まぁよかろう。

 吾輩はそういうと、しばらく黙ることにした。


 やはり口を出すと、(ろく)なことがない。

「はぁ‥‥」

 コッペさまの顔から離れておなかに腰を下ろしたとたん、なんだか、ため息が出ちゃいます。

「やっぱり、コッペさま乗り気じゃないみたいです。また黙っちゃいましたし‥‥」

「ゆりさんじゃないからかなぁ?」

 隣に座ったえりかが、そう言います。そんなことない、とは思うんですけど‥‥

 そう考えてたら、隣がぽんっ、と跳ね起きました。

「でもほら、つぼみのおばあちゃんが言ってたじゃん。コッペさまがどうでも、あたしたちは楽しみなさい、って。
ず〜っと夏季講習で忙しい、つぼみの息抜きだって兼ねてるんだからね、これ」

 ああ、言わないでください。思い出すと、頭が痛いです‥‥それに、

「えりかだって、勉強しなきゃダメでしょ?」

「まぁね。つぼみとは違う勉強だけど、一所懸命やってるよ。‥‥でも、だからさ、遊ぶときゃ、遊ばなきゃ。ね☆」

 ふふ。やっぱり、えりかはえりかです。すっごく、気が楽になっちゃいますね‥‥

「そんじゃ、とうっ!」

 とか思ってるといきなり行動するのもえりかなんですよ。まったく!

 どぼん、という音と、空中を舞う洋服。それを畳んでビーチバッグに詰めてると、水着姿が水面から現れました。

「ほーら、つぼみも来なよ。ちゃんと下に着て来たんでしょ?」

 それは、そうですけど。

 やっぱり、ちょっと恥ずかし‥‥え、足、が、つかまれてます!?

「ほーらほーら。はーやく脱がないと落として濡らすぞぉ〜」


「ひ、引っ張らないでください! 脱ぎます、脱ぎますからっっ!!」

 どうやら二人で、泳ぐことにしたようだな。その方が、この子たちにはよい。

 吾輩はしばらく目を宙に向け、水の流れを感じていた。

 横からゆっくりやってくる水。下からわずかに持ち上がる水。

 二人で吾輩のまわりをぐるぐると回ったり、潜ったりしておるのだな。

 しばらくそのまま感じていたものの、上がってくる様子もない。さて、空を見上げてばかりもなんだな。

 ふむ。吾輩も、少し潜ってみるか。


 吾輩は、腹の上に置き去りになっているツルツルした(カバン)をふたつ、脇のボートに置くと、身体に力を入れた。

 力が入るたび、体が重くなる。ゆっくりと水が背から脇、さらに腹から顔へと上がってきて、そのうち吾輩の目は、水中を見ていた。

 ‥‥おお、二人とも元気に泳いでおる。潜水しているのはえりか君か、どれ。

――調子はどうかな?

「がぼっ!? がばごぼげべ!!」

 ‥‥いかん。水中で声をかけるのは危険だったか。

 両方の手につぼみ君とえりか君を支えながら浮かび上がると、吾輩は声をかけた。

――二人とも、そろそろ休むとよい。おやつにしよう。


 先ほど浮かぶときに見えていた。フラワーのことだ、おそらくは‥‥と、腰のあたりに手を伸ばせば、縄のようなものが引っ掛かる。やはり、か。

――よっ、と。

 ざざぁ、と大きな音をたてて、持ち上げた吾輩の手から水が流れ落ちる。

 そこに残ったものは、吾輩の手にちょうど乗るくらい大きな玉だった。鮮やかな緑と黒の縞模様の玉。

「あ、スイカです」

「スイカスイカ〜♪ あれ?でも、どーやって切ればいいの?」

 吾輩はスイカを手の上で少し転がしてみた。うむ、これなら問題あるまい。

「それはもちろん棒で‥‥あっ!」

「そうそう。コッペさまのお腹の上でスイカ割り、ってわけにもいかないでしょ」

――それでも構わんが、もう少しきれいに切れるぞ。ふむっ!

 吾輩は一本だけ伸ばした爪を、勢いよく西瓜に立てた。カツッ、と軽い音を立てて、赤い果肉があらわになる。

「すっ‥‥」

「‥‥ごい、です」

 ふむ。驚いているな。

――以前、そら殿に勧められて、鍛えてみたのだ。もう数十年も使ってないが、なんでもやっておくものだな‥‥だが、吾輩自身はこのような面倒なことはいらん。

 吾輩は左手を上げると、流水の中から出てきたもう一つの西瓜を口元に持ってきた。

「まさか」

「まるごと!?」

 縞模様の玉が身体にすぅっと入ってゆく。やはりフラワー‥‥我が友にぬかりはない。

――うむ、果肉(にく)も皮も美味い‥‥吾輩は、植物ならほとんどのものを食せるのでな。子供が真似せぬよう、普段は口にせぬのだ。だが、君たちの前なら問題なかろう?

 その瞬間、大きな口を開けて皮ごと食べようとしているえりか君の動きが、ぴたっ、と止まった。

「そ、そうだよね。真似なんて、そんな子供みたいな‥‥ダメだからね、つぼみ!」

「わたしはしてませんっっ!!」

 大きなスイカを食べられるだけ食べると、二人とも吾輩の上で横になってしまった。

 やや傾いてきた日は、もうじき夕焼けになりそうに見える‥‥ここに時間など必要ないのに、あいかわらず無駄に()るな、我が友は。

「それにしてもさぁ〜」

「はい〜?」

 寝転がったふたりが、間延びした言葉を交わしている。一つ前の年では考えられぬ、平和な光景だ。

「最初にコッペさまのお腹に登った時も思ったんだけど‥‥顔が下にあるの見てると、踏んでるような気がするねぇ?」

「ああ。そう言えば、そうですね。あんまり気分はよくないかも‥‥」

「‥‥コロンって、踏まれるの好きなのかな?」

「えぇっ!?」

 平和な光景‥‥やれやれ。

「それって、それってまさか、そういうことなんですか??」

「オトナだからねぇ、ゆりさんは‥‥」

 平和で済ましても良いのだが、さすがに我が小さき友の名誉は、守れねばならぬな。

――なにが大人かは知らんが、誰彼(だれかれ)構わず踏まれるのが好きというわけではないぞ。コロンはな、ゆり君には何度も寝たままで抱えられたことがあるから、いつか吾輩のように大きくなったら、乗せてあげるのが夢だったようだ。

「ふむふむ。上じゃなくて、下になりたい‥‥と」

「‥‥えりか。それ、わざと言ってますよね?」

「ニラまないでよぉ。ちょっとしたギャグじゃない、ギャグ」

 えりか君はまったく‥‥よし。

――わからんな。その何処がギャグなのだ?

「「へ?」」

 声が二つ重なったのを逃さず、吾輩は言葉を続けた。

――参考までに教えてくれんか? 後輩の妖精たちは、理解したほうがよいだろうからな。


「シフレに理解させちゃダメですぅっっ!!」

「コフレにも、ダメだからねっっっ!!!」

「そ、そ、それはともかくです!‥‥なんかわたしたち、流されてませんか?」

 つぼみ君がそう言うのを、吾輩は不思議に思いつつ見ていた。当たり前ではないか、と。だが、

「うわぁ〜っ! な、なんで陸が見えないのよっっ! ここって、そんなにおっきな湖だっけ!?」

「知りませんよ! えりかが勧めたんじゃないですか、ここなら人も居ないし、って!」

 二人で叫びあうのを眺めていて、吾輩はようやく気づいた。なるほど。知らずに来たというわけか。

 ということは、だ。

――問題ない。

 吾輩の声に、二人の顔がこちらを向いた。しかし吾輩は、そちらではなく真上に向かって、大きく口を開けて声を発した。


「見ておるのだろう、わが友よ!!」


 久しぶりに、音として発した声があたりに響き渡る。

 腹の上の二人があまりの音に耳を押さえた手を、ゆっくり離し始めたころ、空から声が帰ってきた。

『はい、なぁに?』

 確かめるまでもない。我が友、フラワーの声だ。

――そろそろ、彼等を返してやってくれ。

『はい、はい』

 空の一部がやや赤みを帯びて、そこから真っ直ぐ光が降りてくる。

 吾輩の腹の上の、二つの影に向かって。

「彼等をって‥‥わたしたちですか? コッペさまは!?」

『ごめんね。今の私には、いっぺんに運べないのよ。あなたたちでは細かい操作ができないし』

 光の中、二人がゆっくり登ってゆく先。フラワーの残念そうな声に、吾輩はすぐさま応えた。

――吾輩はもうしばらく、ここで休んでゆく。気にすることはない。

「っていうか、あたしたちの洋服〜っ!」

 えりか君の声が小さくなって消える頃、吾輩はやっとその意味に気づいた。


――そうか、二人とも水着のままだったか。

 脇のボートの上で揺れる二つのバッグを見ながら、吾輩は思った。


 平和にはなかなか慣れんな、と。

 日が沈み、薄暗い空に月が昇ってきた。プリキュアパレスなのだから、昼夜などなくてもよいのに、つくづく凝り性なことだ。

「コッペ」

――‥‥来たか、我が友よ。

 いつの間にか、吾輩の隣に浮かぶボートに人が‥‥フラワーが座っていた。だが驚くには及ばぬ。いつものことだ。

「どう、コッペ。つまらなかった?」

――そのようなこと、あるわけがなかろう。

「そうよね。だって、つぼみもえりかちゃんも、あんなに楽しそうだったもの‥‥でもね、コッペ」

 フラワーはボートを吾輩に近づけて、そっと両手のひらを腹に押し付けてきた。

――うん?

「もっともっと楽しそうな顔が見れるのよ。あなたが二人に、もっと楽しんでいるところを見せれば」

 吾輩は手を広げ、ボートごとフラワーを腹の上に乗せた。

――平和とは、面倒なことだ。

「面倒? それだけかしら?」

 ボートの上から、以前より皺の増えた笑顔が、吾輩を見つめている。


――‥‥海へ行く手段はあるのかな? 我が友よ。


 友が頷くのを見ながら、吾輩たちは湖を後にした。

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