まなつのドーナツ

金丼亭猫好

 暑い陽射しが照りつける中、車が一台停まってたの。

「やれやれ、こっちもずいぶん暑いねぇ」

 長めの胴体のわきに窓。そこからちょっとだけ突き出してるちっちゃなテーブル。

「季節ぐらいずれててもいいと思うんだけどなァ。はい、サービスのうちわね」

 テーブル前の小さな椅子に腰かけて、私は差し出されたうちわで顔をあおいだ。ええ、暑いのは事実よね。

「まずは飲みものかな?せっちゃん嬢ちゃん。ジュースにする?それとも、アイスティー?あ、コーヒーはだめだよ。背ぇ伸びなくなっちゃうからねぇ。ぐはっ♪」

 でも、

「なんでここにいるわけ?かおるちゃんが!」

 そう。ここは四ツ葉町の公園じゃなくて、ラビリンスなんだもの。

 以前はメビウスの塔と呼ばれてた塔の前にある公園。ウエスターが かおるちゃんから譲ってもらったドーナツ屋台で、誰かが動いてるって聞いて、暑いなか来てみたら、かおるちゃんがいたのよ。

「まったく、暑さが増すわ」

 ラビリンスに季節を取り戻そう、ってサウラーがメビウスの塔でいろいろやってたのだけど‥‥調整失敗しちゃったみたいで、いきなり夏になっちゃったのよね。

 街のみんなの家ではエアコン使えてるから、最悪の事態は避けられたけど。でも外に出てまでドーナツ食べたいひとはいなくなっちゃって、このお店も開店休業だっていうのに。

「まぁまぁ、ラビリンスの偉いさんがエライ顔しちゃエライことになるよ。ぐはっ★」

 カチンと来ること言うわね。ラビリンスの象徴なんて、好きでなってるわけじゃないわ。

「さて、じゃキタナイおじさんは、もう引っ込むとしますか」

 ひとこと言い返そうと口を開いたら、かおるちゃんがくるっと私に背を向けた。え?引っ込む?

「いらっしゃい、せつなちゃん」

 代わりにサングラスかけた栗色のふわふわ髪が現れたわ。って、

「ブッキー?」

 ちょこっ、とサングラスを上げて笑顔をみせてくれた。やっぱり、本物‥‥

「プリキュアが来ると、騒ぎになっちゃうから、ってかおるちゃんが、ね」

 そう言うとすぐに、サングラスをかけ直しちゃったわ。そう、ね。でも、変装すればいいのなら、

「‥‥ラブは、来ないのね」

「ラブちゃんやミキちゃんは目立つから‥‥わたしなら、ちょこっと変装すればわからな‥‥いたたた、痛い痛い!」

 私は窓越しにブッキーの口の両端つまんで、ぎゅっと引っ張ってやったわ。あの二人がダメでブッキーだけ大丈夫、なんてあるわけないでしょ?

「い、痛いなぁ、もう‥‥でも、半分はホントだよ。ラブちゃん来ちゃったら、せつなちゃんのとこに飛び込んじゃうもの」

 頭のなかに、その姿がぽんっ、と浮かんだわ。あぁ、まぁ、ね。うん。

「だから、わたしがみんなの代表、ね。それでね、ちょっとおみやげ持ってこようと思って、取材させてもらったんだ。ウエスターさんに」

 ブッキーが、ウエスターに?

「いつもなにを食べてるのかとか、四ツ葉町で見たなかで、ラビリンスで食べられないものってないのかな、って。そしたら、ひとつ出てきたの。夏に食べるもので、でもラビリンスでは食べられないもの。ミルクが飲めて、お砂糖もあって、氷も作れて‥‥それなのにひとつだけないもの。というわけで、これ!」

 ドン、と目の前に置かれたのは、上にハンドルがついてる丸い筒。

「な、なに、これ?」

「待っててね。かおるちゃーん、力仕事お願ーい」

 あいよ、って声といっしょに、かおるちゃんが筒を持っていった。そのまま、車の奥でごりごり音たててる‥‥筒のハンドルを回してる?

「それじゃ、こっちも準備ね」

 ブッキーはブッキーで、ドーナツをそっと横半分に削ぎはじめたわ。流れる汗を拭きながら。

「車の中、暑いんじゃない?塔の中の方が涼しいわよ」

 私だって、帽子がなかったら倒れちゃいそうな暑さなんだもの。

 でも、ブッキーは口もとだけ笑って、切ったドーナツを並べてたの。

「はい、お待ち。そんじゃ、詰めるよ」

 その後ろから筒を持ったかおるちゃんが、何かをドーナツにはさんで‥‥私の目の前に置いてくれたわ。

「さぁ、どうぞ。ぱくっと、ね♪」

 ぱくっと、ね。でも、いつもと同じドーナツじゃない。おいしいのは知って‥‥え!?

「っ、つめたっ!」

 私は思わず、手の中のドーナツをこぼしそうになったわ。

「ふふ、ドーナツのアイスクリームサンド。夏のドーナツだよ。ぐは♪」

 ブッキーったら、かおるちゃんのマネなんかしちゃって。

 

「材料は卵にミルクに砂糖。冷やすのに氷と塩、全部ラビリンス産でOKだよ。かき混ぜるのに力は要るけど、そこはまぁ、適材適所ってヤツで、ね」

 

 かおるちゃんの言葉を聞きながら、私は目を閉じて、ドーナツをまた口に含んだ。

 暑い風が、少しだけ気持よく感じるわ。

 そうね。これなら、夏のドーナツとして、この街のみんなも暑さを楽しんでくれるかも‥‥

「これ、街のみんなの分も作れるかしら?」

「ああ、作り方は教わったからな。心配ないぞ」

 

 え?かおるちゃんの、声じゃ、ない??

 

 目を開けたら、車の中に二人がいなかった。かおるちゃんも、ブッキーも。そのかわり、

「な、なんであなたがいるの、ウエスター!?」

 シャツにエプロンをつけた姿で、さっきの筒を抱えて立ってるんだもの!

「なんで、って、任されたんだが‥‥ああ、そういえばパインくんから、これを預かっているぞ」

 パイン‥‥ブッキーから?

 渡された四つ折りの紙を広げたら、真ん中近くにさらさらっと文字が踊っていたわ。

 

『ウエスターさんから聞いたよ。暑くてまいってるみたい、って。

 ね、せつなちゃん。ひんやりした?』

 

 紙をまた四つ折りにして、ポケットにしまってから、私は顔を上げたわ。

「ん?どした、イース?」

 まったく、みんな汗まみれじゃない。ブッキーもかおるちゃんも、ウエスターも‥‥

 

 私は椅子から立ち上がって大きく息を吸ったの。できるだけ、いい顔にもどさなくちゃ。

 

「みんなも、ひんやりさせてあげないとね。たっぷり作っておいてよ、ちから仕事担当さん☆」

 

―おしまい―

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