あめふるくもからかおだして

 さーっ、って音が、頭の中に響いてる。


 薄いタオルケットを通してやってくる、なまあったかくてイヤな空気。人間の姿のはずなのに、羽毛に絡み付いてくる感じ。

 目なんか開けなくたってわかるぞ。こりゃあ

「あ〜、まーた雨かぁ‥‥」


「そーそ。アメよ、ア・メ。
 ほらちゃっちゃと始めなさいよ、シロッ、プっ!」


 いきなり聞こえてきた声と一緒に、からだがふわっと持ち上がった。

 とっさに羽根を開いたけど、タオルにさわったのは腕の感じ。ってことは‥‥やばいっ!

「うわぁぁぁっ!!」

 開けた目の前で、部屋が回転してる。今まで寝てたベッド、横の窓、天井、ぐるっとまわって女の顔、それから‥‥床!


 ドスン!


 ツっ、痛ててて‥‥ちくしょう、シーツごと放り投げやがったな、こいつ!

「無茶な起こし方するんじゃねぇ、くるみ!」

 床からからだ半分起こして見上げた先に、エプロン姿のくるみ。腰に手あてて、こっち見下ろして、

「いつまでも寝てるほうが悪いわよ。今日のお昼からバイトでしょ? 時間がないんですからね。とっととキッチンに来て、はじめるわよ」

 言い放ったら、さっさと部屋でていきやがった。

 どうせこいつにゃ、わかりゃしないんだろうけどな。それにしても‥‥

「はぁ、どうすりゃいいんだろうなぁ、ったく‥‥」

 

 思ってたよりきれいだわ。

 キッチンに入ったあたしの頭に、最初に浮かんだのはそれだった。

 昨日まで、お泊りでかれんに勉強みてもらってたんだもの。その間どんだけ汚してるかと‥‥

 てっきり、焦がした鍋の山でも作ってるかと思ったんだけど。ナッツハウスには、30個はあったはずだもんね、お鍋。

 コンロにはきれいな鍋に木のしゃもじ。シンクの上にはキャンディづくりの本がひとつ。テーブルの上のクロスはおろしたてのぴっかぴか。でもちょっと焦げくさい、か。

 はぁ‥‥これはきっと、なにもかも失敗してまるごと片付けたあと、ってことね。ほんとにもう、しょうがないんだから。

 2日よ、2日。たかがアメふたり分に、なにやってるんだろ、もう。

「あぁ、なんだってこんなヤツにあげたりする子がいるのよ、うちの学校はぁ‥‥」

 

「そーんなんじゃモテないわよ、シロップ?」


 きっかけは‥‥そう、おとといのお昼よ。

 テストもあと1日。ひと足先にテストが終わった高等部のかれんたちもやってきて、終わったらどこ遊びに行こうか、なんてみんなで話してたとき。

「そりゃぁ、モテるのがオトコのすべて、なんて言わないけど。同じパルミエ王国の一員としては、ちょっとはモテて欲しいのよねぇ?」

 こまちが持ってきた雑誌の、男の子のファッションで盛り上がってた横を、Tシャツにジーンズ姿のシロップが通り過ぎたから、つい言っちゃったのよね、あたし。

 そしたら、シロップがふてくされた顔で言ったのよ。

「うるっせぇよ、くるみ。オレだってなぁ、バイトしてると色々あるんだぞ。だいぶ前だけど、わざわざチョコレート作って持ってきてくれた子もいたしな」

 チョコねぇ。もの好きもいたもんだわ‥‥って、チョコを? 作って!?

「ちょ、ちょっと、それ‥‥うわわっ!」

 言いかけたあたしの背中に、なにかのしかかってきた!?

「なにそれっっ!!?」

 ――っっ!! 耳の中が痛いわ。乗っかってきたうららが本気で大声出すんだもん。‥‥そりゃ、気持ちはわからないこともないけど。

「シロップ、それっていつ? もしかして、2月?」

 背中のうららを手で押さえてあたしが訊いたら、シロップが目ぇ白黒させながら(うなず)いたわ。

「2月の‥‥14日とか言わないわよね?」

「よく覚えてねぇけど、月の真ん中くらいだったし、そうかもな。14日だと、なんかあんのか?」

 横で肩を落としてるのが気配でわかる。そうだった、そういうヤツだったわよ、シロップは。

「ちょっとぉ、あたしたちもあげたでしょうが。特製チョコがけホットケーキ!」

「ああ、ちょっと甘すぎのあれ‥‥あ()ててっ!」

 飛び出してきたりんが、シロップのほっぺたを両側に引っ張ってる。まぁそうよね。わざわざシロップのためにホットケーキにしよう、って言ったの、りんだもの。

 でも待ってよ、そうすると‥‥

「まさか、3月になにもしてない――?」

 きょとん、とした顔を見てると頭が痛くなってくるわ。背中から5人分の殺気も感じるし。

「シ〜ロップ〜ぅ〜!?」

「な、なんだよおまえら、顔が怖いぞ」

 自業自得だけど‥‥さすがに、これはちょっとマズいかも。と思ったら、

「ち、ちょ、ちょっと落ち着きましょうよ? べつに、わ、悪気があってやったわけじゃ、ない‥‥ないよね、シロップ?」

 そう言って、うららがシロップの前に出てきたわ。

 一番あわててる子が言っても説得力ないけど、みんななんか拍子抜けしちゃった。結果オーライ、ね。

「‥‥盲点だったわ。ミルクも、ココたちも知ってるから、シロップも知ってるものだとばっかり思ってた」

「そうね。よく考えたら、前の2月にはいなかったんだし、お返しの風習があるのは日本だけだもの、知らなくて当然なのかもしれないわ」

 かれんとこまちがあきらめ顔で話してるのを聞いたシロップが、おろおろしながらあたしの方に寄ってくるし。

「おい、くるみ。オレ、なんかヤバいことしちまったのか?」

「女の子的には、Yesよ」

 ひそひそ声になってるのは、マズいってのがわかってきた証拠よね。

「返さないとダメなのか? ‥‥そういうことはもっと早く言ってくれよ。食っちまったじゃないか」

 あ〜あ、そのまま返す気になってるわ。さぁて、どこから教えてやろうかしら、って息すったところに、

「で、だれにもらったんですか!?」

 あたしのわきから、ぼそっ、と声が出てきた。

 うららの、小さくてもよく響く声。

「去年の1年生だろ? うららと同じ服だったからな」

「学年じゃなくて、だれ!?」

 まだ小さい声だけど、目が血走ってるわよ、うらら。

 まぁ、あたしもジャマする気はないけどね。

「京子ちゃんと夏子ちゃんだわ。やっぱり‥‥」

 チョコあげた子の特徴聞いて、うららが考え込んじゃった。なにか心当たりあるっぽいけど‥‥ま、いいわ。放っときましょ。

 それより、その子たちのために、ちゃんとフォローしとかないとね。

「シロップ、いい? 2月14日にチョコもらった男の子は、3月にアメとかをお返ししなきゃいけないの。それがこの国での礼儀よ」

 ま、こんなものよね。好きだの恋だの、シロップ(がきんちょ)にわかるわけないもん。

「じゃ、今からじゃぁ‥‥」

「3ヶ月過ぎてンのよ? 当然、遅すぎるわね」

 突き放してみたけど、真っ青な顔になってあたしたちを見回してるシロップを見てると、さすがにちょっとかわいそうね。でも、みんなきれいになんて治まんないわ、どうすれば‥‥


 ダンッ!!


「うん、お返ししよう!」

 テーブル叩く大きな音に、はっきりとした大きな声。

 話し合ってたかれんにこまち、ぶつぶつ言ってたりんに、考え込んでたうららまで、一斉にこっち向いたわ。いまの‥‥のぞみ!?

「3ヶ月たってたっていいじゃん。シロップはいい子だから、手作りチョコにはちゃんと手作りでお返しするの。けって〜いっ!」

 いつの間にか、あたしの後ろに立ってたのぞみが、片手を挙げて明るく言った。

 あっきれたもんだわ。もう3ヶ月よ、3ヶ月。そんな間抜けなお返しなんて‥‥さっすが、のぞみよ♪

 さぁ、そうとなったらあたしもやらなきゃ。

「うらら、あげた子たちに言い訳しといて! ええと‥‥そう、海外にいたからよく知らないとかなんとか! かれんは材料お願いね。りん、キャンディ作りの本持ってたでしょ? あれ貸して!
 で、シロップ‥‥」

 ぽかん、と口開けたシロップに顔めいっぱい近づけて、あたしは大きく息すった。こんくらいしなきゃ、わかんないもんね、こいつには。

「あんたはしばらく配達のお仕事禁止! お返しのアメ作るまで、この家出ちゃダメよ。いいわね!!」

 

「それから、2日なのよねぇ‥‥」

 みんなナッツハウスから引き上げちゃって。テストもあったけど、外野にじゃまされずに作ってもらうつもりだったのよね‥‥それが、2日もかかってこの状態なんて。

「寝てても考えちゃっててさ。そこまでぶきっちょだとは思わなかったわ」

 おもいっきり寝顔が曇ってるんだもんね。まるで、いまの空みたい。

 見てたくないから、思わずふっとばしちゃったじゃない。ココさまがいなくてよかった。


 まっさらなキッチンの中で、りんに借りたキャンディづくりの本のカラフルな表紙が場違いに見えるわ。

 いきなり難しいレシピでも試したのかしら? もらったの、結構おいしいチョコだったみたいだし、シロップも、あれで割と気にする方だからなぁ‥‥

「雲突っ切って、上にいきなり出ようったって、できるわけないじゃない」

 さっきの寝顔思い出しながら窓の外を見てたら、思わず口に出ちゃった。

 雨は()んだけど、すっごく厚い雲。よく飛んでんだもん、そのくらいわかるでしょうにね。

「ちょこっと顔出すくらいでいいのよ。顔をさ。それだって、雲の上に出たことにはなるんだから‥‥もう、融通(ゆうずう)きかないったら、あのガンコ鳥は」

 あんたの手作り、ってだけで大喜びのはずよ、チョコくれた子たちは‥‥あたしには全然わかんない趣味だけど。

 でも、仲間が喜んでもらえるのを見るのは、悪くないんだけどな。


「ふぁ‥‥あ〜ぁ」


 あ。よーやく降りてきたわね、あのボケ鳥。

 それにしても、なによこの声! ボケ鳥だからって声までボケなくてもいいじゃないの。せっかく人が心配してやってるってのに‥‥

「さっさと来なさい! 今日のお昼に、あの子たち学食のテラスに呼び出してるんだからね!!」

 バタタッ! って、階段踏み外した音がする。

 まる2日も無駄にしてんだから、当然の報いね。


「ほんと、これじゃうららに合わせる顔がないわ――」

 

「すみませーん」

 昨日の午後、テストが終わったあたしたちの教室に、うららが飛び込んできたのよね。

「こーら! 小々田(ここた)先生に見つかったら怒られるぞぉ」

 上級生ぶってりんが言ってるけど、説得力ないわ。いつもは自分の方がよっぽど走ってるんだもの。

 あ、息ととのえて、上げた顔が少し赤い。抗議しようとしてるな、これは?

「はいはい、わかってるから。‥‥それで、例の子たちには説明できた?」

「ええ。なんでわたしが説明するの、って詰め寄られちゃいましたけど」

 ふぅ。思わずため息ついちゃうわね。お願いしたのはあたしだけど、よく考えたら‥‥

「まぁねぇ‥‥これじゃ世話女房だもんね」

 ぺろっと舌を出してるうらら見てると、わかってて引き受けたのかも、とか考えちゃうけど‥‥まさか、ね。

「世話にょーぼー結構! みんな、にょーぼー候補だもんね

 うわぁ。さっすが、のぞみ。空気読んでないわ。りんまで一緒に赤くなってるじゃない。

「と、とりあえず、そっちがOKなら、あとはシロップだけよね。明日の朝にでも、あたしが様子見に行くから」

 言ったとたん、うららの顔がちょっと曇った。ほんとは今から行きたいんだろうけど‥‥

「あー、そういう顔しないの。自分のために仕事ほっぽられて喜ぶヤツじゃないでしょ?シロップはさ」

「そうですね‥‥うん、お仕事がんばります!」

 そーそ。その方がずっと喜ぶわよね、あのお仕事大好き鳥は。

 それじゃ、お膳立て整えてあげましょっか。

「うらら、明日は仕事ないんでしょ? その子たち連れて、お昼にテラス行ってて。シロップ、明日からバイト復帰だから。そこで渡してもらうわ」

 うららにお仕事用じゃない笑顔が戻ったの確かめて、あたしは胸を叩いた。

「明日で大丈夫?」

 隣からりんが心配そうに訊いてきてるけど、あたしには自信があった。シロップの手はわりと細かい動きできるもの。高級料理を作れ、っていうならともかく、アメくらい、ねぇ。

「もち! ダメでも、このお世話係一筋のミルクさんがいるんですからね。

 さぁ、うららは余計なこと考えないで、しっかり仕事して‥‥で、明日を楽しみにしてなさい


 ‥‥って、言っちゃったんだよねぇ。

 だってまさか、まだ終わってないなんて思わないじゃない? ひとの信頼、どうしてくれるのよ、あいつはぁっ!!

 

「学校のテスト、やっと終わったんだろ? オレでストレス解消してんじゃねぇだろうな、くるみ?」

 腰さすりながらやっとキッチンに入ってきたシロップを見て、あたしはまたため息ついた。まったく、軟弱なんだから。

「そのくらいでストレスたまったりしないわよ。学校に残ったのだって、ココさまが『せめて中学卒業までは一緒に勉強するといいよ』って言って下さったからだもの。
 それに、勉強はかれんも見てくれて‥‥って、ちょっとシロップ、聞いてンの?」

 ココさまのお言葉を思い返してちょっと目をあけたら、きょろきょろ周り見回してる。まったく、このボケ鳥はっ!

「そういえば、ココは?」

 ‥‥ああ、そういうこと。

 そっか、ここ何日かテスト週間で、学校でのバイトはお休みだったっけ。知らないのは当たり前よね。

「小々田先生はテストの採点で学校よ。お世話役としてはお手伝いしたいけど、あたしも生徒だからそうもいかないわ。その分、こっちを指導しないとね」

 思わず指を鳴らしそうになるのをガマンしてたら、シロップの肩ががっくり下がったわ。

「指導、ねぇ‥‥」

 ため息まじりにこっち見る視線が、なんかムカつく。あたしだって()(この)んで教えよう、ってわけじゃないのに。


 ああ、ココさまぁ――

 

「のぞみに聞いたけど、シロップがキャンデイ作ってるんだって?」

 教室でうららを見送ってから、あたしはかれんの家に向かおうとしてたのよね。もう一日お泊りして、明日の朝にはシロップの様子見なきゃ、って思って。

 でも、その途中でココさまにお会いできたのよ。

「ええ、ココさま‥‥2日もあれば、いくらシロップでも作れてるはずですわ」

「悪いね。僕らが教えておくべきだったよ」

 ああ、お優しいココさま‥‥そのココさまに、こんなこと言わせるなんて、シロップのヤツ!

「そんな‥‥! 悪いのはあのバカ鳥です。ココさまは‥‥」

 あたしがそう口にした瞬間、ココさまのお顔に苦笑いが浮かんだわ。ああ‥‥ココさまはそんなお顔もすてき‥‥

「そう言わないで。あいつは結構、ひとの気持ちに敏感だからね。僕は先生の立場があるからあまり動けないし、なんとかフォローしてくれないかな」

 苦笑いが消えた顔の中で、きれいな瞳がまっすぐわたしを見つめてる‥‥ わたしは、思わずたおれそうになるのをぎりぎりで我慢した。

 ココさまのお願い、そうよ、これはわたしの使命なのよ、ミルク!!


「は、はい、もちろん!このミルク、ココさまのためなら、バカ鳥でもボケ鳥でも全力でフォローさせていただきますわ!!」

 

 って、そう言ったわよ。ええ、確かに言ったわ。

 でも、いっくらココさまのためっていったってねぇ‥‥

「ほら、材料の追加よ。もう、たった二人分のアメ玉に、お砂糖何キロ使ってるのよ!」

 足元に置いておいた材料をシンクの脇に持ち上げて見せたら、ウンザリした顔が返ってきた。あー、もう、イライラするなぁ!

「そもそもね、2日もかかってできないってのがおかしいの! 砂糖にジュースにお水を入れて、()かして溶かして冷やして固める! それだけでしょーに」

「ンなの、わかってンよ」

 わかってんならやんなさいよね。はぁ。

 もう何回目かわからないため息ついて、上げた目の先に時計が見えたわ。

 お昼までそんなに時間もないし‥‥もう、しょうがない、か。

「まったくもう、こんな簡単なこともできないの?
 いいわ。ぶきっちょなシロップのために、くるみお姉さんが、か〜んたんなレシピで作ってあげる」

 あんたみたいなシロウトが作ったように見えるのをね‥‥ って、それはさすがに口に出せないわ。

 チョコの子たちは、シロップの手作り待ってるんだもの。ホントはこんなズルしちゃいけないんだけどな‥‥

「難しいことなんかひとつもないわ。砂糖たっぷりお湯に溶かして、火にかけて‥‥」

 ちらっと横目で見てみたけど、シロップ、見た目でわかるくらいしょげてるわ。

 バイトに行く格好のまま、両方のポケットに手を入れて、うつむき加減であたしの手元を見てる‥‥ま、反省だけはしてるみたいだし、これ終わったらホットケーキでも食べさせてやりますか。このままアメあげても、相手の子が心配しちゃうもんね。

 ‥‥っと、そろそろかな?

「ほら、ぶつぶつ泡立ってきたでしょ? そしたら混ぜて混ぜてまぜて‥‥
 ほぉら、きれいな色。あめ色って言うの――」


「茶色がアメ色!!?」


 び、びっくりした。なによ、いきなり?

「ちょ、ちょっとまて! それって、失敗じゃないのか!?」

 いままで下向いてた顔を跳ね上げて、鍋の前にかじりついちゃってる‥‥なに? 失敗??

「アメはあめ色に決まってるじゃないの。あんたが作るようなのは」

 やっぱり勘違いしてるんだわ、自分のうで(・・)。どーしてこう、カッコつけたがるのかしらねぇ。お店で売るのとシロウトが作るの、同じになるわけないじゃないの。

 おとなしく、頭の先だけ雲から出してろ、ってのよ。

「なんだよ、それ早く言ってくれよ。なんど作り直したか‥‥」

 え?

 いきなり顔が明るくなったと思ったら、テーブルクロスを、ひょいっと持ち上げて‥‥出てきたのは、お盆。その上にカラフルな何かが入った袋がいくつか、って‥‥ちょっと、ええっ!?

「ほら、これおまえの」

 へ?

 一瞬、目の前に出されたものがわからなかったわ。よく見れば、ビニール袋の中にアメ玉いくつか。少しあめ色がかってるけど、割ときれいな紫色の‥‥ん? むらさきぃ!?

 お盆の上をもう一度見て、あたしは開いた口がふさがらなかった。

 なんで気がつかなかったの、あたし? ピンクに赤に黄色に緑に青。これって‥‥

「言いなさいよ、最初っからぁっ!!
 じゃ、じゃあ、2日もかかったのって‥‥」

「ああ、その2人の分を何色にしたらいいか、わかんなくてさ。仕方ないから透明にしようと思ったんだけど‥‥どうしても色がついちまって」

 あっきれた。そんなことで悩んでたの、2日も?

「自分と同じ色だからって、誰も気にしたりしないわよ‥‥」

「お前もあのうらら、見たろ? いい加減なことしてみろ。あとで何されるかわかったもんじゃねぇぞ、あの目は‥‥
 っっと、こうしちゃいられないや。バイトバイトっ」

 お盆の上の、あめ色の袋ふたつポケットに入れながら、シロップがこっちをちょっとだけ振り返って、

「それ、みんなに渡しといてくれな」

 そう言うと玄関に向かって走ってく‥‥って、なによ、その2つだけ!?

「ちょっと、こらシロップ!
 これくらい、自分で渡しなさい、よっ!!」

 あたしは近くに見えた袋を一つひっ(つか)んで、玄関開けようとしてるシロップの頭めがけて投げつけた。

「っつっ! なに‥‥あ、黄色?」

 よし。命中!

「ちゃんと、ひとりのときに渡すのよ? 他の子と一緒にいるとき渡したりしたら、あとでぶん殴ってやるから。覚悟なさい!」

 あたしが腕組んでそう言ってやったら、シロップってばアメとあたし、代わる代わる見て、ちっちゃな声で「あと、頼むな」ですって。

 笑うの我慢するのに苦労しちゃうじゃない。

「はいはい、あとのことは気にしない。お世話係の手際にまかせなさいって」

「悪ぃ、ほんとに」

 ん?

 玄関の向こうに、シロップの姿が小さくなってく。

 あんなこと言うなんて、珍しいわね‥‥

「ま、少しココさまに近づいてきたってことかな‥‥ツメの先くらいは、ね」

 開けっ放しの玄関を閉めながら、あたしはちょっとだけ笑いを我慢できなくなってた。

 

「ふふっ」

 また、ちょっとだけ口元が笑っちゃたわ。

 キッチンに戻る途中、でこぼこな紫のアメの、ジュースとカラメルのあいの子みたいな味が口に広がったから。

 きっと、喜ぶだろうな。チョコあげた子たち‥‥と、うらら。

 やっぱ、喜ぶ人を優先させたいわよね。お世話役としてはさ。うん。

 さて。それじゃ、その他大勢用のアメは、あたしが配りますか。これも、お世話役のお仕事、ってものよね――


 ガタンッ


 ん?

 キッチンに戻ったとき、腕が何かにひっかかったと思ったら、割と大きな音がした。見たらただのテーブル‥‥なのに、なんか、ナナメになってる?

 ‥‥って、そもそもテーブルがなんか高いわね。さっきから、ちょっと気になってはいたんだけど‥‥なにこれ? テーブルの上に板、じゃなくて、足の低いテーブルが乗ってるわ。ちゃぶ台?

 嫌な予感がするわ。そう言えばあいつ、さっきこの下からアメ取り出してたわよね‥‥

「えいっ!」

 きれいなテーブルクロスを、その下のちゃぶ台ごと持ち上げた瞬間、あたしの手から力が抜けた。

「な、なによ、これーっ!!」

 落っこちたちゃぶ台が大きな音を立ててるはずだけど、あたしには聞こえないわ。

 朝きたときから変だとは思ってたのよ。ちょっと焦げたような、この匂い。でも、まさかこのキッチンにあったお鍋、30個みんな‥‥?


(悪ぃ、ほんとに)


 シロップの言葉が、あたまの中で聞こえた。

「あんな一言とアメだけで、これ全部片付けろ、ですっってぇっ!?」

 口の中でころころいってた紫のアメが、言った瞬間、口の中ではじけた。


「シロップ‥‥のぉ、ドあほぉーッッ!!」

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