やきもち♪さきちゃん

「あれ?‥‥あ、そっか」

 テラスにテーブル出しながら、なんかヘンだなって思ったんだけど、理由はすぐにわかった。テーブルがあったかいんだ。ちょっと前まではさわっただけで熱かったのに。もう、夏もおわりなんだよね。

 いつもの場所にテーブル並べてから、あたしは真ん中にパラソルさした。そういえば、風もそんなに暑くないや。

 遠くに見える海も、おおぞらの木がある山も、夏休みとはちょっと違う感じ。まだ秋までいかないけど、でも、もう夏じゃないんだ‥‥あ〜あ。


「おーい、咲。焼きあがったぞぉー」

 ん?‥‥あ、いっけない! 今日はのんびりしてられないんだっけ!

「ごめん、お父さん! いま取りに行くから!」

「ふぅ」

 最後のパンを棚においたとこで、思わずため息出ちゃった。毎朝これやってるんだから、お母さんも大変だよね。

「あっつーい」

 レジの近くのイスに腰かけてエプロンぱたぱた扇いでも、まだ外より暑い感じだよ。店じゅう焼きたてパンでいっぱいなんだから、しかたないけどさ。

「おいおい、お客さんの前ではやめてくれよ」

 ってお父さんの声。いっしょに、なんか飛んできた。キャッチするとひんやり、ぬれタオルだ

「はーい」

 わかってるんだけどね。お店のことになると、お父さんも厳しいな‥‥って、あはは。よく見たら、あたし足開いて壁によっかかってるよ。こりゃたしかに、お客さんには見せられないや。

 それにしても‥‥

「みのり、今ごろ頑張ってるんだろうなぁ」

 パンで半分隠れた窓の向こう側、すっごくいい天気。この空の下で、そろそろ走ってるころかな、みのり。

「それもだ。言わない言わない」

 奥からお父さんが出てきた。タオルで汗拭いて、お店用の帽子かぶりなおしてる。

「お父さんだって、そりゃあ行きたいさ。でも、だ」

 くいっ、って指を後ろに向けてる。その先はお店の入り口。ガラスの向こうに、もう人が並んでる。

「期待されちゃ、休めないだろ?」

 ドア開けるお父さんの背中見てたら、また自然に息ついちゃった。

 けど、今度はため息じゃないよ。

 髪とめなおして、エプロンのひもも締めなおして。さぁ、始めよっか。

「いらっしゃいませっ♪」

「ありがとうございましたぁっ♪」

 朝のお客さんの波が引いて、時計を見たらまだ10時前。お父さんはお昼用のパン作りはじめてるし、ちょっと休めるかな?


 カランカラン‥‥


 ‥‥って考えてると来るんだよねぇ、お客さん。

「いらっしゃいま‥‥あっれぇ? ふたりとも、どうしたの?」

 ドアのとこには仁美と優子が、えっ?って顔で立ってる。ヘンだな、たしか今日は、ふたりで買いもの行くとか言ってなかったっけ?

「なーによ。みのりちゃんの運動会にお母さんがお出かけで、一日中手伝いだーっ! なんて言ってたの、咲じゃない」

「応援に来たのに、『どしたの』はないでしょ?」

 あたし、ちょっとだけ感激しちゃったよ。やっぱ、友だちだなぁ、って。

 でも、ふたりの服見てあっ、と思った。‥‥ま、いっか。

「じゃ、手伝ってくれるの?」

 レジ前の机に手ついて、ぐいって体起こして、思いっきりにっこりして言ったら、

「それはだーめ。あたしたちにも都合、ってもんがあるんですからねー」

 って仁美がおっきなバッテン作った。わかってますよーだ。それだけよそ行きの格好してんだから。

 優子なんてひらひらのスカート。そんなんで手伝いできるわけないじゃん。

「そのかわり、ちゃーんとお仕事がんばったら、あとで‥‥むぐっ!?」

 ひとつため息ついてる途中で仁美がなんか言ったんで顔上げたら、優子に口押さえられちゃってるよ。ん?

「いやー、あははは。まぁ、そういうことで。がんばってね」

 そのままお店出てっちゃうふたりの背中、あたしはただぽかーんと眺めてた。


 けど、さっき、なんかヘンなこと言ってたみたいな‥‥なんだったんだろ、あれ?

「『手伝ってくれるの』かぁ‥‥」

 優子たちが帰って、イスにすわった瞬間、口からぽつん、ってこぼれちゃった。

 軽く言っちゃったけど、手伝いお願いする気なんてなかったんだよね、あたし。お昼になったら、またたいへんなんだけどさ。

 長いバゲットが1本だけ入ったかご、ぼーっと見ながら、あたしはレジに頭もたれた。レジがちょっとだけひんやりして、気持ちいいな。

 目を横にずらしたら、ちょっとだけ残ってるブールにクロワッサンの棚。そこにお父さんやお母さんがいても何にも感じないんだけどね。お店でクラスの子が働いてると、まだなんとなく思い出しちゃうんだ――(みちる)と、(かおる)をさ。

「舞にだったらお願いできるんだけど、ね‥‥」


 おとといの帰り道だっけ。きょうお手伝いしなくちゃいけないから、舞にもお願いできないかな、って思ったのは。

 けど、言い出す前に舞の方から話し始めたんだ。

『週末にね、となり町のデパートに化石展を見に行くの。いっしょに』

 すっごく楽しそうに言ってたっけ、舞。だから、すぐわかったんだ。いっしょの相手。

 ――お兄さんと?

『ん。お兄ちゃんと』

 ほんとに楽しそうな顔。見てるだけで、ちょっとだけため息でちゃうくらい。

『久しぶりだなぁ。お兄ちゃんとデパートなんて』

 あ〜あ、もうほんと、にっこにこしちゃってさぁ。

 ――デパート、そんなに久しぶり?

『最近は咲とでしょ。もちろん楽しいけど‥‥お兄ちゃんとは、また別だから』

 あー、でも、なんていうか‥‥って口もごもごしてたら、舞が顔のぞきこんで来たっけ。

『ブラコン、って言いたいんでしょ? いいですよーだ』

 ――あ、えとえとぉ、いやその‥‥

『ふふ。うそうそ。小学校の頃から言われつづけてるもん。もう慣れちゃった』

 ――あ、ああ、そうなんだ。

『やっぱりね、ちょっと違うの。お兄ちゃんとは――』


「舞もお兄さんも、大切なんだよね。あたしなんかより‥‥」

 聞こえてきた自分の声で、はっ、とした。いまあたし、なんて言った!?

 ああ、な、なんかもう、じっとしてらんないっ!

「お父さん、お昼のパンまだ!?」

 カランカラン‥‥


 お昼用のパンを取りに行ったところで、ドアの音がした。

 トレイ持ったまま、あわてて戻ったけど‥‥あれ? 珍しいな。安藤さんだ。

「いらっしゃい。安藤さんも、うちのお客さんだったんだ。いまちょうど焼きあがったとこだから♪」

 ‥‥ん? なんだろ。メガネの中からあたしの顔、じーっと見てるな。

「安藤、さん?」

 おさげの先っぽいじりながら、まだ、じーっと。よく見たら制服姿だし。なんだろ、いったい?

「やっぱり、そうよね。見間違いなのかな」

 ふぅ、って息ひとつつきながら、安藤さんがぽそっ、って言った。

 でも、見間違いって?

「ああ、ごめんなさい、いきなり。ちょっと資料わすれて、学校に行く途中で見かけたから。てっきり、こっちかと思ってたんだけど」

 んん?? 学校の近くで見て、こっち? なにそれ?

「あ、あのぉ、もしもし? だれのこと、それ?」

「美翔さんよ。今日は化石展に行くって聞いてたのにまだいるんだもの。日向さんの手伝いに呼ばれたのかな、って‥‥考えすぎだったみたいね。
 それじゃ、その焼きたて、ひとつもらえる?」


 トングで焼きたてのブールつかんでから安藤さんが帰るまで、なにやったか覚えてない。目の前がなんだか暗い。頭の中、ずっとぐるぐるしてる。

 舞、あたしにウソついてなにやってるんだろ? お兄さんといっしょに、どこで、なにやって‥‥


 カシャーン‥‥


 音と一緒に、目の前が明るくなった。棚にブール、足元にトングとトレイがころがってる‥‥いっけない!!

「次のパン、焼きあがってるぞーっ、聞こえないのかーっ?」

 お父さんの声がいつもより大きい。

 そうだった。今はお仕事なんだ。舞のことは、考えちゃうけど‥‥考えないっ!

「い、いま行くーっ!」

「ありがとうございましたっ! あ、こちらメロンパン2つですね。はい、えーと‥‥」

 お昼近くから、お店はすんごい混雑。お父さんと交代でレジ打ってるけど、全然おわらないや。

 運動会にお弁当忘れて、買いに来てるひとまでいるんだもんね。これじゃいつもの日曜の方が楽かも。


 それでもなんとかお客さんが少なくなってきたころ、知ってる声が聞こえてきた。

「お、働いてるねぇ」

 ぱっと頭上げて見てみたけど‥‥なんだ、健太か。

 あたしはまた、少なくなってる菓子パンの場所を移しはじめた。健太だったら、動きながらでもいいや。

「あんたが来るなんて、珍しいじゃない。なに、パン買うの?」

 ほんと、めったに来ないのに、今日に限って来るなんてね。

 ‥‥あれ、まてよ。そういえばさっきも珍しい人が来てたっけ。偶然、かな?

「ひっでぇ店員だよなぁ。お客にそんなこと言うなんてよ。まったく、こんなんだから、美翔が‥‥」

 なに!?

「舞? 舞がどうしたの?」

 気がついたらあたし、健太の腕をトングでつかんでた。うわっ、なんて言いながら腕振り回して離れたけど、逃がすもんか!

「ちょっと、健太‥‥んぐっ!」

 飛びつこうとしたあたしの首が、なんかに引っ張られた。ちらっと後ろ見たらお父さん。し、しまったぁ。

「あー、そうそう。オレ、店の手伝いしなきゃいけないんだった。んじゃ!」

 ドアの方に向き直ったときには、健太の駆け出す後姿だけ。あーっ! もうなによ、舞がどうしたっていうのよっ!

「こら健太っ! ちゃんと話してけ〜っ!!」

「いったいなぁ、もう‥‥」

 外のテーブル片付けながら、あたしはまた頭さすった。

 あのあと、お父さんからげんこつ一つもらっちゃったんだよね。そりゃ、トングでひとつかんだりしちゃまずいけどさ。


 それにしても、外は静かだな。

 コーヒーカップをトレイに乗せてると、カチャカチャって音がなんだか声みたいだ。

 お母さんもいない。みのりもいない。舞もいない。あたしはお仕事‥‥しかたないんだけどさ。

「舞、なにやってるんだろな‥‥」

 空に向かって、なんとなくつぶやいちゃった。だれも答えてくれないの、わかってるんだけど。

 さ、怒られないうちに、お店もどらなきゃね。

「‥‥もうそろそろ、マズいんじゃない?あれ」

 って、トレイ持って歩きはじめた途中で、なんか小さい声が聞こえてきた。

「そんなに早く終わんないって」

 近くからだけど、お店の中からじゃないな。表のほう?

 そう思ってよく見てみると、頭が半分こっちに出てる。頭はひとつ‥‥いや、ふたつ。

「無理だよ。いくら舞ちゃんでも」

 あたしはゆっくり深呼吸した。そぉっと近づいて、トレイ足元において‥‥

「で? 舞がいったいどうしたって?」

 お店の表からのぞいてたのは、やっぱりふたり。

「あー‥‥」

「その‥‥あはははは」

 優子と仁美が、朝の格好のまんまでしゃがんでる。

 あたしはふたりの腕つかまえて、

「笑ってごまかさない。どうしたのよ、舞は。まさかなんか悪いことでも‥‥」

「ないないない、それはないって!」

 ふたりとも腕ばたばたさせてるな。けど、

「じゃぁどこよ、舞は!」

 逃がすもんか。舞のこと、聞き出すまで!

「わたしなら、ここにいるけど?」


 え!?

 びっくりして、思わず両手離しちゃった。すぐ後ろから聞こえてきた声。きょう、一番聞きたかった声‥‥!

「舞ちゃん!?」

「ちょ、ちょっと。もう大丈夫なの? まだ6時間も()ってないよ?」

 振り向きかけたあたしの体が、途中で止まった。

 6時間? 大丈夫? ‥‥それって、まさか!

「ふたりとも、なんか隠してたわねぇっ!」

「咲、ストーップ!!」

 な、なに? 後ろから、舞が抱きついてきた!?

「みんな、悪いんだけど‥‥いい?」

 背中からの言葉に、目の前のふたりがうなずいた。『じゃあ、よろしく』なんて言って、そのまま帰ってく。

 あたしはその間、ずっと背中の感じたしかめてた。舞が、そこにいるのを。

「咲?」

 ふたりが見えなくなってから、舞がおなかから手を離した。

「な、なによ」

「げんこつ、落としていい?」

 え?

「一日中お手伝いなんて、なんで言ってくれなかったの? わたし、そんなに頼りにならない?」

 な、な‥‥

「なんでよ! もともとは、舞がきょう出かけるって言ったからじゃない! ジャマするなんて出来るわけないでしょ、舞は大好きなお兄さんとデートなんだからっ!!」

 しまった! って思って口に手あてたけど、遅かった。こんなイヤミ、言うつもりじゃ‥‥

 けど、舞はにっこり笑ってた。

「楽しかったわ、お兄ちゃんと()()()。普通の人が2時間かけて見る化石展を、15分で回っちゃったんだもの♪」

 えぇっ!? それじゃ、見たことにならないんじゃ‥‥

「化石展に行く途中で仁美ちゃんたちに会ってね、咲のお手伝いの話を聞いたの。わたしすぐお店に行こうとしたのよ。でも、お兄ちゃんが止めたの――咲のためにわたしが何かあきらめたら、咲は絶対に喜ばないって。
 だから、15分。一所懸命に見たのよ。わたしも、お兄ちゃんもね。なんの‥‥ううん、()()()ためか、言わないとわからない?」

 え‥‥あ‥‥あぁ‥‥うん。

 顔が熱くなってるの、自分でわかる。

 もう。そんなこと言われちゃ、うなずくしかないじゃないさ。

「じゃ、おみやげあげる」

 ん?

 舞が背中から大事そうに取り出したけど、なんだ、いつものスケッチブックじゃん。それがいったい‥‥え!?

「はい、どうぞ

 ぱっと開いたスケッチブックの中で、みのりが走ってた。

 半分目をつむって、前に倒れるくらいちからいっぱい。土ぼこりたてながら、となりの男の子を追い抜いて‥‥

「みのりちゃんも言ってたわよ。走ってるとこ、咲に見てほしいって」

 あ‥‥あはは。

 みんないないなんて、なんで思ってたんだろ。そばにいるじゃん。舞も、みのりも、舞のお兄さんまで‥‥

「おーい、咲。片付けまだかーっ!?」

 お父さんもいる。怒鳴り声なのに、いまはなんか、違って聞こえるよ。それじゃ、お仕事再開しよっか。

「また、ひとりで行くの?」

 行こうとしたあたしに、舞が声かけてきた。

 あらためてまっすぐ見てみたら、動き易いシャツに、パンツ姿の舞‥‥いっけない。

 あたしは思いっきり息吸ってから、勢いつけて頭さげた。


「お願い。手伝って、舞

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