やたいのこそで

 パン、パン、って軽い音が、公園の反対側から聞こえてきた。

 きょうは花火大会だから、公園にいる人はみんな会場に向かって歩いてるなぁ。浴衣(ゆかた)着てるひとも多いし、みんな楽しそう。‥‥だけど。

 暑い夏のおひさまがちょっと隠れて、ほんのり赤い公園のすみっこ。そこに、いつも通り車が停まってる。

 甘いにおいのする車にくっついてるのは、きょうだけ仮置きの長いテーブル。その下には小さないすがいくつかあったはず。でも、そこにいるのは女の子がひとりだけ。


「はぁ‥‥ かおるちゃん、ジュースとドーナツ、追加」

 車の屋根につけられた電球が照らしてるのは、丸い頭の短い髪――1ヶ月ぶりの、せつなちゃんの姿。

「おいおい、いつからウチは()み屋の屋台になったんだい? それじゃ飲んだくれてるオジサンだよ」

 かおるちゃんの言うとおりだわ。赤いTシャツに、ここからは見えないけど多分パンツ姿。元気そうな格好なのに‥‥テーブルで(ほお)づえついてる顔、なんだか疲れてるみたいだもの。

「気分はそんなものよ。あー、もう!」

 ドンっ、ってテーブル叩いた音と一緒に車までゆれて、思わず声出しちゃいそうになっちゃった。すっごいなぁ、せつなちゃんのストレスってば。

「あんまり派手にやんないでよ? 花火のお客さん用に、わざわざ作ったテーブルなんだから」

「だったら、花火大会のとこでお店出せばいいじゃない‥‥」

 そぉっとまた(のぞ)いてみたら、ぶつぶつ言いながらテーブルに置かれたコップを口でくわえてる――ほんとにストレスたまってるんだ。こんなせつなちゃん、初めて見るもん。

 1ヶ月前はこうじゃなかったのに‥‥

「で、まだ行かなくていいの? 花火の本番には早いけど、お嬢ちゃんのとこで浴衣着せてもらうんでしょ」

 ドーナツの機械いじりながら、かおるちゃんがそう()いてる。いつものことだけど、不思議だなぁ。わたしたち、かおるちゃんには言ってないはずなんだけど。

「先にドーナツ渡してくれって、ウェスターに頼まれちゃったのよ‥‥かおるちゃん、ひょっとしてウェスターになにか吹き込んだ?」

「オレが? できるわけないじゃない。こうして来てくれなきゃ、兄弟の味だってわかんないのに」

「そう‥‥よね」

 そう言って、せつなちゃんが宙を見つめた。そうなの、できるわけないのよね。でも‥‥

「まぁ、ちょっとぐちって、気が晴れるンならいいけどね。でもそれ、兄弟ンとこじゃダメなの?」

「それよ、それ。聞いてよ、かおるちゃん!」

 うわっ、びっくりした!

 いきなり立ち上がったせつなちゃんが、窓の中に顔を突っ込んできたんだもん。

 かおるちゃんの『兄弟』――ウェスターさん。ラビリンスの公園にお店出してる、って、まえに聞いたな。かおるちゃんが、これと同じ車をあげたんだって。

「あの、あのおバカはねっ! ひとに大変な仕事押し付けて、自分はお気楽にドーナツ焼いてるのよ、もうっ!!」

「あー、ドーナツは焼かないで、()げるんだ。普通はね」

「どっちでもいいわよ!!」

 ドンっていう音がして、また車がゆれた。予想してたから、もう声だしそうにはならないけど。

 それにしても。お仕事かぁ‥‥ウェスターさんのお使いが、じゃないよね、これ。それじゃやっぱり‥‥

「もうちょっと、気遣(きづか)ってくれてもいいじゃないのよぉ‥‥」

 あらら、またテーブルに突っぷしちゃった。ほんとに大変。わたしたちには見せてくれない姿だわ。

「そういえばさ、塔の周りのゴミって、片付いたんだって?」

「え? ええ、そう‥‥どうして知って‥‥」

 せつなちゃんの目が、まんまるになった。さすが、かおるちゃん。

「やっぱり、かおるちゃんが何かしたんじゃないでしょうね?」

「疑い深いなぁ‥‥オレは、ただのドーナツ屋のオジサンだって。げは

 ああ、納得してません、って顔になっちゃった。せつなちゃん、ずいぶん顔にでるようになったなぁ。

「でも、先に来てよかったわ。ラブたちにまでグチりたくないもの」

「ま、ね‥‥あとで、ぶん殴られなきゃいいけど」

 苦笑いしながら、わたしたちの方を向いて、ぼそっ、て小さな声。やっぱり‥‥だから、なんだ。

「え?なにか言った?」

「いんや、なーんも。さぁさぁ、十分グチったんじゃない? もう行ってあげなよ」

「‥‥そうね。それじゃ、お代は‥‥」

「そんなの、兄弟のドーナツ運び賃でお釣りが出るよ。そんじゃ、嬢ちゃんたちによろしく〜」

「かおるちゃん?」

 せつなちゃんの背中が見えなくなって、最初に立ち上がったのはラブちゃんだった。

「ん? ‥‥あぁ。いいよ、もう」

 わたしとミキちゃんは、まわりのゴミを袋に詰めながら立ち上がった。

 ジュースのコップにお菓子の袋。せつなちゃんが来る前から、ここで待ってたんだもんね。

「で、行かないの? もたもたしてると、お嬢ちゃんの家についちゃうよ?」

 かおるちゃんがそう言ってにやっ、て笑った。けど、

「かおるちゃん、せつなのこと、知ってるの?」

 ラブちゃん、じっとまっすぐ目を見つめてる。

 気持ち、よくわかるな。わたしだって心配だもん。

「ん〜。まぁ、カンよ。オレ、天才だから。ぐは☆」

 ラブちゃんの目、まだにらんでる。けど、

「やっぱりホントなんだ。せつなちゃん、ラビリンスの偉い人になった、って」

 さっきのやりとりと、かおるちゃんの態度でわかった。これ、ホントにホントなんだ‥‥

「ウラで糸ひいてるの、かおるちゃんじゃないでしょうね?」

「さ〜て、なんのことかなぁ?」

 天井を見上げてるかおるちゃんを見て、ミキちゃんが一歩前に出た。腰のポシェットを両手で持って、

「証拠は()がってるんですからね。ブルン!」

 青い妖精さんが、ミキちゃんのポシェットからぴょこん、と飛び出して、メモを渡してまたポシェットに消えていった。

「ほら、アカルンからの連絡よ。せつながラビリンスの代表になったって。それも、いきなりよ!」

「ほかにもあるよ。メビウスの塔が修復中だからって、ウェスターのドーナツ屋の前で偉い人たちが打ち合わせしてるとか。そんなんで、みんなをまとめられるわけ‥‥!」

 車の中に詰め寄ってる、ラブちゃんとミキちゃんの前に、手が出てきた。

「‥‥選ばれたンなら、それでいいんじゃない?
 見ててごらん。きっと、ドーナツ屋のせっちゃん嬢ちゃんの(まわ)りには、いっぱい人が集まってくるから。みんな黙って、考えてね」

 いままでと違う、わたしたちをまっすぐ見て、ゆっくり話してる、かおるちゃんの顔、それを見て

「そんなに、うまくいくかなぁ‥‥」

 思わず口を開いたわたしに、ラブちゃんたちが振りかえった。なんて言えばいいかわからない顔して。

「せっちゃん嬢ちゃんは、ラビリンスで生まれて、ラビリンスで育った子なんだろ? だったら、信じてやんなよ。あの子と同じ、ラビリンスの人たちをさ」

 そう‥‥なのかもしれない。けど、なんだろう。もやもやするなぁ‥‥


「で、それはそれとして、なんだけど‥‥やっぱり、まだ行かないの?」

 え?

「いや、えーっと‥‥結構カッカきてたから、精神安定用に、ちょっとだけ梅酒入れたんだよね。なんだか、ちょっと酔ってるっぽかったんだけど‥‥」

 え〜っっ!?

「ブッキー、ミキたん、行こう!」

 荷物つかんで立ち上がったラブちゃんに続いて、わたしも走りはじめた。

「せっちゃん嬢ちゃんによろしくねぇ〜」

 なにのんびり言ってんのよ、かおるちゃんはっ!!

「あーあ。なーんか、またごまかされたかーんじ」

 ぷんぷんむくれながら、ラブちゃんが言った。そのへんの小石でも()り飛ばしちゃいそう。

「そうは言っても、糸ひいてる証拠もないし‥‥私だって、ブルンがいなかったら、ラビリンスのこと何も知らなかったもの」

 ミキちゃんがそう言ってとりなしてるけど、逆効果じゃないかな。なんでピルンに連絡しなかったのか、って思ってるの、ラブちゃんの顔に出ちゃってるもん‥‥あっ。

「ごめんね。わたし、ちょっと戻る。ハンカチ落としちゃたみたい」

「ラブの家で待ってるわよ、ブッキー」

 ミキちゃんの声を背中に聞きながら、わたしはかおるちゃんの車に向かって走っていった。

(そうは言っても、糸ひいてる証拠もないし‥‥)

 階段を登ってたら、ミキちゃんの言葉がもいちど頭に響いた。

 そう、そうなのよね。証拠なんて、なんにもないんだもん。かおるちゃんはいつも不思議で、不思議が当たり前だから、それでみんな納得しちゃてるけど。でも、これはなんか違うっぽくて‥‥あら?

「おー、もういいよ。嬢ちゃんたちは帰ったから」

 かおるちゃんの声だ。けど、変ね。わたしたちが帰ったって、誰に話してるの?

『ああ。やっぱり、兄弟にならグチを言ってくれるんだな』

 声はするけど、車のまわりに人の影がないし、車の中かな? ‥‥なんだか、そーっと歩いちゃうな。悪いことしてるわけじゃないのに。

「そう言いなさんな。今のうちだけだよ」

 車の反対側に回ったら、かおるちゃんがドアに向かってしゃべってるのが見えた。ドーナツのお皿持って‥‥あれ?

「まぁ、オレのドーナツでも食べて、がんばんな。ウェスター兄弟」

 そう言って、お皿をドアの‥‥ううん、ドアの脇にある扉の中に押し込んでる!?

『‥‥やっぱり、まだかなわないな。カオルチャン兄弟の味には』

 え?ウェス‥‥あ!

「あ〜っ!むぐっ‥‥」

 わたし、思わず開いた口に思いっきり手を当てて、車の前にしゃがみこんだ。だって、だって‥‥


「見つけたっ、証拠っっ!!」

 口に当てた手でも、小さい声がこぼれるのだけは押さえきれなかった。

「ほいじゃ兄弟、花火帰りのお客さん来る前に仕入れしてくるから、ちょっと待ってて」

 車の中をもう一度確かめようと中腰になったとき、そんな声が聞こえてきた。

 そーっと(のぞ)いたら、かおるちゃんが車を降りてきてる。わたし、頭を引っ込めて、耳をそばだててみたわ。

 ‥‥なんだかウサギになったみたい。わたしクセっ毛だから、アンゴラかなぁ‥‥ううん、ヘンなこと考えてる場合じゃないわ。かおるちゃんの足音、もともとちっちゃいけど、それが消えるまでじっと聞いて‥‥うん、行っちゃった。それじゃ、


 コン、コン


 開けっぱなしの車のドア。わたしはそこに頭だけ入れながら、ドアを軽く叩いてみた。

『ああ、戻ったか兄弟。悪かったなぁ。粉が足りないなら、無理して分けてくれなくても‥‥』

「ウェスターさん!?」

 ドアの脇に、ホールケーキが入るくらいのちっちゃな扉。そこから声が聞こえてきた瞬間、わたしは大声出してたわ。

『え! 兄弟じゃないの!?』

「わたしは山吹祈里(いのり)ですっ!」

 あれ? なんだか考え込んでる感じの声?

 ‥‥ああ、そっか。名前じゃわからないんだわ。ラビリンスに帰るときも、ラブちゃんのこと『ピーチ』って呼んでたっけ。

「――キュアパイン、で、わかりますか?」

 プリキュアの名前を出したとたん、扉の向こうで手を叩く音が聞こえてきた。面倒だなぁ‥‥って、そんなことしてられないんだった!

「ウェスターさん、これってどういうこと!? ラビリンスにいるウェスターさんと、日本のかおるちゃんが話せてるの、なんで せつなちゃんには黙ってるの!!?」

 一気に叫んで、わたしはちょっと咳き込んじゃった。でも、なんだか許せないの。だって、

『あー、えっとなぁ‥‥パインくん、か。どうやって話せてるのかは、俺にもよく分からな‥‥』

「かおるちゃんが不思議なのはいつものことだから、どうでもいいの! せつなちゃん、いきなり偉い人になっちゃったんでしょ? なんで手伝ってあげないのよっっ!!」

 だってウェスターさん、のんびりした声で話してるんだもん。さっきかおるちゃんと話してるときも、わたしが叫んでる今も!

 そんなことしてる時じゃないでしょ!? さっきのせつなちゃん、すっごく疲れた顔して‥‥

『イースの手伝いなら、一応やってるよ。ちゃんと見守ってる』

 え?

 次の一声のために大きく息吸ったところで、わたし、動きが止まっちゃった。

「‥‥見守る?」

 吸った息をゆっくり戻しながら、出てきた言葉はそれだけ。でも、

『そう。兄弟が、パインくんたちを見守ってきたようにな』

 わたしたちを‥‥かおるちゃんが!?

「それって、どういう‥‥?」

『ここのところ、兄弟は苦労してたぞ。君たちが変なことに巻き込まれないように、いろんなところと交渉してな。昨日はCIAで、今日は‥‥どこかの大統領だったかな?』

 な、なんだか話が大きくなってるんだけど‥‥ひょっとして、ごまかしてる?

「とりあえず、かおるちゃんのことはいいです。それとせつなちゃんと、どういう関係があるの!?」

 気にはなるけど、今はわたしより、せつなちゃんが先よ。うん!

『あー‥‥いやその、だな。つまり、俺が言うのもなんだが‥‥』

 ああ、もう、なんだかイライラするなぁ!

「はっきり言いなさい! 男の子でしょ!!」

 悪い人だったけど、これなら戦ってたときのウェスターさんの方がましだわ、もう!!

『はは、イースと同じこと言うなぁ。さすが、友達だ。
 つまり、な。強すぎたんだよ。君たちも、イースも』

 え?

『強くなることしか考えてなかった俺が言うのも、変な話なんだけどな。いや、まさか神様にされちゃうなんて、びっくりだよ』

 か‥‥

「神様って‥‥」

『みんな、メビウスさまとその機械に頼って生きてたんだ。解放されても、すぐに一人で生きていけるわけじゃないさ。だから、とりあえず俺たちの誰かがトップに立たなきゃ、
 ‥‥ってな。実はこれ、兄弟の受け売りなんだが』

 なんだか、頭がくらくらしてきちゃった。そんな人たちまとめるために、中学生を国のトップに、なんて‥‥

「じゃあやっぱり、せつなちゃんを偉い人にした張本人って、かおるちゃんなのね‥‥」

 なんとなく、そんな気はしたの。いっくらかおるちゃんでも、あんなに思わせぶりなことって、めったにしないもん。けど、けど‥‥

『言い出したのは兄弟だ。まぁ兄弟に言わせると、俺もサウラーも賛成したから『共犯』だそうだけどな』

 かおるちゃん、なにやってるのよもおぉ〜っ!


 バンッ!!


『うわっ!?』

 おっきな音とウェスターさんのびっくり声で顔をあげたら、原因はわたしだった。左手が、勝手に車のドア叩いてたんだわ。

 だめだ、ちょっと落ち着かなくちゃ。おおきくひとつ深呼吸して‥‥うん。


 かおるちゃんが言うのなら、ホントなんだろうな。

 かおるちゃんのこと、わたしたちむかしから見てたけど、不思議なことしてても、いつも最後はうまくいくんだもん。

 でも、なにかひっかかるの。なにが‥‥あ!

だれか(・・・)でいいなら、ウェスターさんが偉くなればいいじゃない! せつなちゃんを、あんなに疲れた顔になるまで働かせて、あなたは見てるだけってどういうこと!?」

 そうよ。体力も気力もあるウェスターさんなら、少しくらい疲れたって‥‥

『だから言っただろ? 俺は見てる(・・・)んじゃなくて、見守ってる(・・・・・)んだよ。兄弟と同じで』

 はい?

 一瞬、わたしは口が閉まらなくなったわ。な、なに不思議そうな声で言ってるの、この人は‥‥??

『しっかり見守れるように、兄弟が君たちをどうやって見守ってきたか、色々聞いたんだぞ。小さい怪我(けが)やいさかいには口を出さず、大ごとになりそうなときだけ、わからないように手を出して、いつも何もなかったように、だったかな?
 俺も早く、完璧にできるようにならないと‥‥』


「‥‥だからさぁ、それ見守る相手(この子)に言っちゃダメでしょ、兄弟」


 あ!

 背中からの声で振り返ったらわたしの前に、両手に袋抱えたかおるちゃんが立ってた‥‥

「かおるちゃ‥‥あわわっ!」

 詰め寄ったわたしのお腹の前に、かおるちゃんのおっきな手が出てきて、

「ま、座ってよ」

 ちょっと持ち上がったと思ったら、いつの間にかわたし、車の中の長いすに腰掛けてた。

「ん〜とぉ、あ、そうそう。いちご牛乳買ってきたんだよね。どう、一杯?」

 のんびりした声。いつもの通りのかおるちゃん。でも、そのかおるちゃんが‥‥!

「かおるちゃん!! わたしたちみんな、かおるちゃんのこと信じてたのよ!? なのに、なのに‥‥なにやってるのよ、バカぁっ!!!」

 うまく言えないよ。わたしたち‥‥ううん、わたし、ずっと昔からかおるちゃんのこと信じてたのに。

 ただのよく行くドーナツ屋さん、ってだけじゃないわ。ちっちゃなことでも聞いてくれて、わたしたちのこと考えてくれて、わたしたちの友達のことも考えてくれてるって。なのに! ‥‥え?

 目の前に、かおるちゃんの手。開いた手の上に、なにか乗っかってる。

「もうちょっと後で渡すつもりだったんだけどねぇ‥‥はい、これ」

 思わず開いたわたしの手の上に、かおるちゃんの手からきらきらしたなにかが落っこちてきた。

 バッジ? そらいろの地に地球みたいなのが描かれてる。この絵、どこかで見たような気がするな。あ、下に文字がある‥‥

「UNI‥‥あん、じゃなくて、ゆないてっど、ねいしょ‥‥国連!?」

「そ。これでお嬢ちゃんたちは、国連の特別大使ってこと。げは♪」

 ちょっと‥‥え? な、なに、それ??

 手のひらのバッジとかおるちゃんの顔の間を、目が勝手に行ったり来たりしちゃう。だって、こんな‥‥え!?

「だってさ、考えてもごらんよ。あんだけ世界中壊しちゃう相手と戦った、伝説の戦士だよ? このくらいは当然じゃない?」

 そ、そっか。そう言わると、当然‥‥かもしれないけど、

「困るぅ〜」

 わたしの口からは、それしか出てこない。だってだって、

「はははっ、冗談冗談。お嬢ちゃんたちが特別大使あつかいなのは本当だけど、ほとんどの人は知らないことなんだよねぇ。
 そのバッジだってそう。なんなら捨てちゃってもいいよ、バッジが国連から3つ減った(・・・・・・・・・)、ってことに意味があるだけだから」

 バッジが国連で、わたしたちが大使で、でも冗談で‥‥もう、なにがどうなってるのか、ぜんぜんわかんないっ!

「まぁまぁ、とりあえずこれでも飲んで」

 そう言われて手を見たら、いつの間にかわたし、コップ持ってるわ。コップの中には、ほんのりピンク色の白いもの。言われるままにくちつけてみたら、甘くて優しい味が広がった。さっき言ってた、いちご牛乳、かな?

 目をつむって、ふぅ、ってひとつついた息もちょっと甘くて、なんだか少しほっとするな‥‥

「落ち着いた? んじゃ、説明しよっか。
 簡単に言うとさ、『伝説の戦士プリキュア』は、伝説の中に帰ったんだよね」

 え?わたしたちが、伝説に帰った!?

「ちょ、ちょっと待って。でもわたし、わたしたちここにいる‥‥」

 つむってた目を開けたら、すぐ近くのかおるちゃん、口元がにや、って笑ってた。

「お嬢ちゃんたちがラビリンスから帰ってきても、誰からもプリキュアのこと聞かれないでしょ?」

 そう言えば‥‥

 ちょっと変だな、って思ってたの。プリキュアになって、ラビリンスを取り戻して‥‥日本に戻ってきても、みんな普通なんだもん。ラブちゃんにも、わたしにも、モデルのミキちゃんにさえ!

 あんなにすごいことがあって、その原因がここにいて。どんなに隠したって、隠しきれることじゃないはずなのに‥‥

「電線ドカドカ、って世界中にやっちゃったからねぇ。あれを解決した人たちがここにいる、ってわかったら大騒ぎになっちゃうでしょ。このままにしとくと、いろんなトコがちょっかいかけてきて、『困るぅ』じゃ済まなくなっちゃうよ」

「‥‥それで、これ?」

 コップを脇に置いて、青いバッジを目の前に上げてみた。そらいろの、きれいなバッジ。

「それで、それ」

 うなずいたかおるちゃんをじっと見てたら、

「CIAとかも、本当なんだ‥‥」

 思わず声がこぼれちゃった。

「そ。CIAとか、どっかの大統領とか、ちょと裏っかわの人とか。一部の人たちは知ってるけど、そこは、まぁ、ね」

 サングラスの向こうの目が、チラッと車のドアの方にむいた。ドアの脇にはちっちゃなとびら。ラビリンスのウェスターさんと話せちゃう、普通はあるわけないとびら‥‥

「あははっ☆ まぁ、いいじゃない。大事なのは、お嬢ちゃんたちに悪さしようって人はもういないってこと。しようとしたら、世界中のこわ〜いオジサンたちが黙ってないからね。げは♪」

 ‥‥思い出した。いままでもそうだったわ。

 そう。いままでもあったのよ。すっごく困ってることが、なんだかよくわからないうちに解決しちゃうこと。

 わたしたち‥‥特にラブちゃんが走り回って頑張って、でもそれだけじゃできるはずないことができちゃうこと。

 それは、きっと全部‥‥

「これが、見守る、ってこと?」

「これ()、見守るってこと。さっすがに今回はちょっと骨が折れたねぇ。まぁ、まだ手足は動くけどさ。げは

 小さな椅子に腰かけたかおるちゃんが、わたしの目の前で手足をぶらぶらさせてる。

 それを見てたら、なんとなくわかっちゃった。だって、

「ラビリンスの人たちにも、それをやろうとしてるんだ‥‥せつなちゃんを、守るために」

 だってよーく見たら、かおるちゃんの顔が少し疲れてる。さっき見た、せつなちゃんと同じなんだもん。

『俺は力しかないバカだし、どれだけ出来るかわからない。でも、パインくんたちを見守ってるのが兄弟なら、イースは俺がちゃんと見守らなくちゃな』

 ちっちゃなとびらの向こうから聞こえてきた、いままでずっと黙ってたウェスターさんの声。そっか、さっきのんびりしてると思ってたのは、疲れてるからだったんだ‥‥体力いっぱいなのに、ひょっとしたら、せつなちゃんよりも。


「‥‥なーんてね。あはは、信じちゃった? これ、ぜーんぶウソかもしれないよ? なにせオジサンはホラ吹きだからねぇ。げは♪」

 だから、わたしは思い出しちゃった。

「ううん、信じる」

 もう、5、6年前のこと。最初にかおるちゃんとこの公園で会ったときも、こう言ったの。

「信じるよ。だって、わたしはいのり(・・・)だもん」

 あ。かおるちゃん、頭かかえちゃった。あのときとおんなじだわ。

 公園の隅で倒れてた、かおるちゃんに声かけられたとき。ミキちゃんは気持ち悪いって言って、ラブちゃんは救急車呼ぼうとして‥‥でも、あの頃はサングラスしてなかった かおるちゃんの目、子犬みたいだったから。

「う〜ん‥‥まいった。変わんないなぁ‥‥さすがだよ、ブキ嬢ちゃん」

 ふふ。久しぶりに、呼んでくれたな。『いのりはすっごく強い武器だから』って言ってた、このあだ名。

「ちょっとは、成長してます。ふふっ」

 言った瞬間、自分でびっくりしちゃった。だってわたし、いま笑ってたんだもん。ついさっきまで、あんなに怒ってたのに‥‥あ、そうだ。

「それじゃこのバッジ、ラブちゃんたちにも‥‥」

「ああ、それはちょっと待ってくれる?」

 あらら。車を出ようとしたたら、お腹にかおるちゃんの腕が回ってきて、わたし、ちょっと宙に浮いちゃった。なに?

『イースには言わないで欲しいんだ。ラビリンス(こっち)はまだ途中だから。頼むよ、パインくん』

 腕から降りたわたしに、ウェスターさんの声が聞こえてきた。そっか。ラブちゃんが聞いたら、絶対せつなちゃんに言っちゃうもんね。でも‥‥うん、それじゃ、


「だったら、パインって呼ばないで。そしたらわたしも一緒に見守ってあげます」


「『え!?』」

 あははっ。かおるちゃんとウェスターさん、ふたりの声が重なっちゃった。

「おいおい、お嬢ちゃんまで見守る側に回っちゃったら、オジサンどうすりゃいいのよ」

 あ、かおるちゃんってば。

「ただの『お嬢ちゃん』も禁止! ‥‥かおるちゃんは今までどおり、わたしとみんなを見守ってくれるんでしょ。わたしは獣医さんの勉強しながら見守るの。ね?」


『わかった。ブキくん‥‥で、いいのかな?』

 はい、ってウェスターさんに応えてから、わたしはまっすぐ、かおるちゃんを見つめた。きっと‥‥

「はぁ‥‥あーあ。表舞台に立てる夢があるってのに、わざわざ舞台の‥‥いや、屋台の(そで)に引っ込んじゃうんだもんなぁ。失敗したよ、ブキ嬢ちゃんにめっかったのはさ。げは★」

 ほら、やっぱり。サングラスの下にはむかしとおんなじ、子犬の目があるんだもんね

「‥‥るちゃーぁぁー!」


 ‥‥あれ?

 外からなにか聞こえてきた気がして、窓のほうを見ようとしたら、

「あー、もう来たか。早かったねぇ」

 って言いながら、かおるちゃんが機械の下の方からなにか取り出した。‥‥絆創膏(ばんそうこう)

「あ、ちょっとそこのクッション、おもての椅子の上に置いといてくれる?」

 言われてわたしはクッション取って、車の外に出て行った。外の椅子‥‥さっきせつなちゃんが、ぐたっとしてた椅子の上にそれを乗せて、振り向いた向こうから、

「かーおーるーちゃーぁーん!」

 って大きな声。

「お、来た来た。ブキ嬢ちゃんは隠れてて」

 なに? あ、せつなちゃんだ。赤い浴衣はかわいいのに、なんだかすごい勢いで、こっちに向かって駆けてきて‥‥

「よ、く、も、バラしたわねぇーっっ!?」

 階段を二段飛ばしで登ってきたかと思ったら、かおるちゃんのお腹にめり込んじゃった。

「もう! あの子(ラブ)に心配かけたくなかったからここでグチってたのに‥‥っ!」

 そのままばしばし殴ってるけど、かおるちゃんてばぜんぜんこたえてないみたい。

「あはは、やっぱりだ。鼻緒(はなお)で甲が()れちゃってるじゃないか。ほれ、足出して」

「なにが、『足出して』よ! って‥‥え?わ、わわわっ!?」

 転んじゃう! って思ったんだけど、そこにはわたしがクッション置いといた椅子があって、両足上げた状態で、すとん、って座っちゃった。

「だから、そういう、ことじゃ、なくっ、てっっ!」

 ああ、足に絆創膏はってるかおるちゃんの背中を、そのままぽかぽか殴ってるなぁ、せつなちゃん。

 ‥‥っと、わたしも、見守るんだったっけ。

「せつな大統領さん、こんばんは」

「え!? って、ブッキー、あなたまで!?」

 車の陰から出てきたわたしの方を、びしって指さしてる、せつなちゃんのびっくり顔がかわいい きっとかおるちゃん、わたしたちのこんな顔を見守ってたんだろうなぁ‥‥っと、いけないいけない。

「せつなちゃん。ちょっとは、わたしたちにも心配させてよ。いいでしょ、ね?」

 できるだけにっこり笑ってそう言ったら、せつなちゃんが大きく両手を上げて、

「えいっ!」

 かおるちゃんの背中を手のひらで思い切り叩いちゃった。

「今回は、これで許してあげるわ。もう、(だま)したりしないでよ!」

 絆創膏はり終わったかおるちゃんが、背中さすりながら、だまって車の中に戻ってく。

 それを見てたら、思わず言葉がこぼれちゃった。

「かおるちゃんは騙したりしないよ? わたし信じる。信じてるから

 ‥‥あ、車の陰にかくれちゃった。ふふっ。

「ある意味、ラブよりタチわるいわよね、ブッキーって‥‥」

「なーに、せつなちゃん?」

 ちょっと首をかしげたら、せつなちゃんがいきなりため息ついちゃった。

「いいえ。それじゃ、ラブたちのところに戻りましょ。ブッキーも早く浴衣に着替えないと」

「でも、よくわかったなぁ。かおるちゃん」


 せつなちゃんが慣れない草履でぴょこぴょこ歩くあとをついて行きながら、わたしは思わず口にだしてた。

 ほんとに、なんでわかるんだろう。せつなちゃんが怒って来ることも、草履の鼻緒で怪我しちゃうことも‥‥あれ?

(失敗したよ、ブキ嬢ちゃんにめっかったのはさ。げは★)

 さっきのかおるちゃんの言葉が、なぜだか頭に浮かんできた。ひょっとしてあれって、わたしが見つけた(・・・・)んじゃなくて‥‥?

「ブッキー?」

 せつなちゃんが振り返って、わたしを呼んでる。‥‥そうよね。

「ちょっと待って〜」


 スカートのポケットにしまった、そらいろのバッジを手で確認してから、わたしはせつなちゃんのそばまで走っていった。

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