きのうのゆめ☆あしたのゆめ

 秋も深まったとある土曜の夕方。学校から帰ったわたしはいつものように、かおると一緒にほうきを動かしていた。

 大きな大きな、おおぞらの樹。張り出した枝葉に見守られながら、いつもの赤と白の服――巫女服、と咲が言ってたその服を着て、ほこらと社務所の周りをゆっくりまわっていく。

 シャッ、シャッ、ほうきを()く音の調子もいつも通り。はらりと舞う落ち葉に邪魔されることさえ、いい休符に思えるくらい。

 でも。さっきまで、もっと騒がしかったはずなのだけど‥‥?

「子供の声が聞こえなくなったわね、かおる‥‥かおる?」

 社務所の方に振り返ると、かおるが座ってる。わきの縁側に腰掛けてひと休み。それも、いつもの光景。

 ただ、今日はひとつだけ違っていた。縁側に腰かけたかおるのひざに、ちいさな人影がひとつある。

「みのりちゃん?」

「しーっ。 起きてしまうわ、みちる」

 ひざの上に頭を載せたちいさな身体が、小さな息の音と一緒に動いていた。

「さっきまで、走り回って遊んでたのにね」

 まぁ、はじめてではないから、人間の子供はわりと普通にこうなる、とはわかるけど。最初に見たときは、かおるも私も、あやつり(ひも)でも切れたんじゃないかしら、ってびくびくしてたわ。

「他の子たちは?」

 わたしが()いたら、かおるはすっ、とふもとの方を指さした。みんな帰っちゃったのね。

 みのりちゃんと一緒に遊んでいた子供たち‥‥この場所も、すっかり遊び場になってしまったわ。

「咲と舞のほかによく来るのは、あの子たちくらいね」

 いつものことだから気にしてはいなかったのだけど、いきなりいなくなると、かえって気になるものね。

「みちるが怒ったからでしょ。たばこ吸ってる人に」

「あたりまえよ。なに、あの煙は。ただ燃やすだけじゃない分、モエルンバより性質(たち)が悪いわ」

 言った瞬間、かおるの目が鋭くなった。指が一本、口の前をふさいでいる‥‥かおるの言葉につい声が大きくなっちゃったわね。

「だからって、ほうきでふもとまで掃き転がした誰かさんも、すごいけど」

 くすっ、と笑うかおるに、思わず顔がむくれてしまう。しかたないじゃない、この山とこの樹と、なにより精霊たちを害する人は、許せないんだもの。

「うわさされてたわね。このやまには、赤青の鬼がいる、って」

 そう、人よりちからが強いこと、忘れちゃいけないわよね。わたしとかおるで、瞳がちょうど赤と青だから、ってことまでうわさになっちゃうんだもの。でも、

「わたしが青鬼か‥‥やっぱり、泣かないといけない?」

 でも、かおるも気にしているのは空気でわかる。だから、

「泣くのは赤鬼よ。それに‥‥」

「それに?」

 ひとつ息すって、わたしは言ってみた。

「鬼なら守れもするのだったら、それでもいいんじゃない?」

 わたしの目線の先を追って、かおるもひとつ(うなず)いた。ひざの上で上下するお腹を見つめながら。

 ほうきを縁側のわきに置いて、わたしもかおるの隣に座った。ゆっくりとあたりが赤っぽくなるなかで、かおるのひざのみのりちゃんを見ていると、いろいろ思い出してしまうな。

「最初は、和菓子が食べられる、って言って来てたのよね」

 わたしたちが住んでいるこの社務所は、精霊たちがつくってくれたもの。なにもしないでも過ごすことはできるのだけど‥‥やっぱり、なにかしたいと思って、先月くらいから、和菓子をつくるようになったのよ。いまは咲のうちのパン屋さんで売ってもらっているのだけど。それを聞きつけた子どもたちが、和菓子をもらいに来たの。でも、

「ええ。でも、それはよくないから」

 そう。かおるが、ちゃんと買って食べなさい、って断っちゃったのよ。

「頑固ね」

「職人らしいでしょ?」

 本当に。いまではすっかり、このほこらの名物になってしまったわ。ここで売ったら、なんて言う人もいるけど、売る才能はないからって断ってるくらいだもの。

 けれど、それが子どもたちに通じるとは思えない。てっきり、ケチとか言われるかと思ったのだけど‥‥

「みのりちゃんが言ってくれたのよね」

「ええ。作るの大変なんだから、ラクして持ってっちゃダメ!ですって」

 そう言いながら、かおるがみのりちゃんの髪をすいている。

『公平』を知らないのはよくない――まえにかおるが言った言葉を、みのりちゃんはちゃんと実践してる。それは、とても嬉しいことだわ。わたしたちが、ここにいる証拠なのだから。

 ‥‥ここにいた(・・)、になるのかもしれないけれど。

 わたしは少しだけかぶりをふって、縁側から立ち上がった。

「その様子じゃ、かおるはしばらく動けないわね。掃き掃除の残りは、わたしがやっておくわ」

「ん。おねがい、みちる」

 ほうきを持って立ち上がったわたしを、かおるの目が追いかけてきた。

 これは別に不公平じゃない。わたしたちはいままでも、たぶんこれからも、ふたりでひとりだから。

「かおる、掃除おわったわ‥‥あら?」

 掃き掃除を終えてもどってきたわたしの前には、かおるのひざの上で眠ってるみのりちゃんの姿があった。

「まだ、眠ってるのね」

 もうそろそろ陽もかげってきて、暗くなっていくのに、まだ。

 子供によくあることだとは聞いてるけど、具合が悪いとかないわよね‥‥?

「なんの夢を見てるのかしらね――」

 わたしの考えは、かおるの優しげな声にかき消された。

「なんでもいいでしょ。‥‥この子は、夢を見られるのだから」

 わたしもかおるも、夢をあまり見ない。少なくとも、覚えているような夢は。そのへんも、人間とちょっと違うみたい‥‥

「咲は、パン屋さんだったかしら?」

「ひぇ?」

 いきなりだったので、ヘンな声が出てしまったわ。なんで咲が出てくるの?

「ほら、将来のゆめ」

 おおぞらの樹をまっすぐ見ながら、かおるが言った。

 ああ、そっか。『夢』じゃなくて、『ゆめ』ね。

「そうね‥‥舞が言ってたわ。自分ではただのお手伝い、って言ってるけど、だんだん本格的になってるって」

「へぇ‥‥」

「ゆめは、もうひとつありそうだけど」

 ちらっ、と目線を合わせて、わたしはかおると頷き合った。

 舞のお兄さんと‥‥よね。ふたりだけでも、その先を口にはしないけど。

 慣れちゃうと、つい当事者(咲と舞)にも言っちゃいそうだし、ね。

「舞は、画家さん?」

「絵を描く仕事がしたいのはたしかよ。でも、高校は美術科じゃなくて、普通科にするみたい」

 わたしが言った言葉に、かおるが応えた。

 もちろんそれは知っているけど。だって、ふたりで誘われたんだもの。

「わたしたちもいっしょ、でしょ?」

「そう、なのよね」

 舞に言われた言葉から受けたのは、みんなで同じ高校に行きたい、という思い。とりあえず、高校までは、とは答えたけれど。

「重荷にならないといいけど‥‥わりと、隠す方だし。注意はしといたほうがいいかもしれない」

「ええ。いざとなったら、咲をたきつけるわ」

 言いながらぎゅっ、と手を握ったとたん、声が聞こえてきた。

 ううーん、って寝起きのような声‥‥みのりちゃんが、寝返りを打ったのね。

「どんなゆめをみるのかしら?」

「どんなゆめでも見られるわ。みのりちゃんは」

 わたしと目を合わせて、ふふ、って笑うかおるが、少し寂しそうに見えた。

 言わなかった言葉はわかる。『でもわたしたちは』よね――


 寝返りで横になったみのりちゃんのそばには、とても小さな影がいくつか。小さな子たちが、ちょこまかとうごきながら、わたしたちを見ている。

 咲と舞にさえ見えない、この子――精霊たち。その姿を追いながら、わたしは立ち上がった。

「それじゃあ、夕食を作りに行ってくるわ」

 そう言って社務所の奥に行こうとするわたしに、精霊たちが何人かついてきてた。

 わたしは、ぱっ、と振り返って、

「いたずらしたら、カレー鍋つくるわよ?」

 ひとこと言ったとたん、全員がかおるの方に逃げていく。

 苦手なのよねぇ。カレー好きの咲にはとても言えないけど。

「とりあえず、お鍋を仕込んできたわ‥‥まぁ」

 台所から戻ってきたわたしを迎えたのは、やっぱりみのりちゃんだった。

 両手を上に伸ばしてこっちを向いて。でも、頭はかおるのお腹のあたりに載せて目をつむっている。

「これで、よく起きないものよねぇ」

 かおるが何をやってるのか、怒るべきなのかもしれない。でもわたしはむしろ、みのりちゃんの適応力に感心してしまったわ。

「ええ。さすが、咲の妹だけのことはあるわね」

 度胸の素質‥‥なんて言ったら咲に怒られちゃうかもしれないけど。

「夕ご飯の鍋、火にかけてきたわ」

 わたしはまた、かおるの隣に腰かけた。夕ご飯といっても、材料さえあれば、切ってお鍋に入れて火にかけてるだけの簡単なもの。そう、材料さえあれば。

「そういえば、この間はスーパーに買い物行ってたわよね、かおる」

「ええ。いつものことでしょ?」

 食事の材料は精霊たちが持ってきてくれることが多いけど、お豆腐の精霊なんていないから、ある程度は買い物に行くのよね。

 でないと、お鍋がきのこだらけになっちゃうし。

 でも、

「その姿で、よ」

 わたしはかおるを指さして言った。紅と白のはっきりした巫女服を。

「‥‥ちょうど、洗う前だったから。新しいの着たらもったいないし」

 はぁ‥‥

「洗い替えくらい、また作るわ。っていうか、そうじゃなくて。洋服着なさい、ってこと。この服は特別らしいから」

「いつもの服よ?」

「私たち、じゃなくて、見てるひとたちにとって、よ」

 咲や舞や、クラスの子たちまで普通にしてるけど、町の商店街だとまだ指さされることもある。平然としてるかおる見てると、わたしの方がヘンなのかともおもうけど、

「とりあえず、私はみのりちゃんが気にしなければいい」

 かおるの基準は、これなのよ、ね。

「‥‥みのりちゃんだって大きくなるわ」

 ちょっと口ごもったけれど、ひと息でわたしは言った。

 そう。大きく大きくなって、いずれわたしたちを追い越すのよ。

 わたしたちの時間が、咲や舞よりゆっくりなのはわかっていた。それはもう、ふたりも理解してくれた‥‥けど。

「‥‥高校までは、いっしょに行くわ」

「そうね。高校までは、行きましょう」

 でも、その先は‥‥?

 次のひとことを、わたしが言えないでいたら、

「ゆっくり離れていく、べき、なのかも、しれない、わね‥‥」

 低く、とぎれとぎれのかおるの言葉に、わたしは思わず目をつむった。

 ここで暮らしていて、よくわかること。わたしたちは、精霊たちに近づいている感じがする。なんとなく、だけど。

 わたしたちにしか見えない精霊たち‥‥咲や舞にさえ見えない精霊たち。わたしたちも、そうなっていくのかもしれない――


「‥‥そろそろ、お鍋を見に行った方がよくない、みちる?」

 いつもの声にうながされて、わたしは目を開けた。

 かおるはさっきまでと同じように、眠っているみのりちゃんの頭をなでている。

「そうね。うっかりしてると、また精霊たちに味つけされちゃうわ」

 そう言って立ち上がりながら、かおるの様子を追っていたわたしに、ひらひらと手が振られた。


「大丈夫。なでられるのは嬉しいことよ。まだなでていられるのだもの」

 お鍋の火をとめてフタをして、少しため息つきながら縁側に戻ってきたわたしを、二本の足が迎えてくれた。かおるの両肩から生えてる、足‥‥?

「ええと、かお‥‥まってまって待ってっっ!!」

 思わず駆け寄って、頭を抱えたわ。だって、

「みのりちゃん、さかさになってるじゃない!」

 ひざに頭を載せて、両足をばんざいして。いっくらなんでも、

「だめ?」

「だめ?じゃないっ! ‥‥まさかかおる、匂いかいだりとかしてないわよ、ね?」

 さ、さすがに、そこまで疑いたくはないけど‥‥

「‥‥さぁ?」

 ちょっとぉぉっ!!!

 もうみのりちゃんが起きても構わない。いっぺん怒鳴りつけてやんないと‥‥


「おーい」

 と、息すったところに声が響いた。

 声の方を見たら、普段着の咲と舞が並んでやってきているわ。

「あ、やっぱり。みのりが帰ってこないからさ、きっと薫ンとこだと思ったんだよ。
 ‥‥にしても、ひっどい寝相だよねぇ。わが妹ながらさぁ」

 舞が、なんか言いたそうな顔してる。わたしはちょっと頭をさげて、言葉を止めてもらった。

「甘えちゃってるのね。薫さんに」

 止めた言葉の代わりに、舞がそう言った。言葉がだいぶ柔らかくなっていて、ちょっとほっとするわ。

「実のお姉さんはここにいンだけどねぇ。お母さんなんか、携帯持たせたほうがいいんじゃないかー、とか言ってるし。あたしのときは心配してなかったんだけどなぁ」

「咲は、どこにいてもちゃんと帰ってこれるから」

「まーい。それ、フォローになってないよ」

 ふたりでぽんぽんとしゃべっていたかと思ったら、

 ぺろっ、と舌を出した舞が、わたしたちの方に向き直って、

「かおるさん、‥‥いいかしら?」

 このかおるの姿みても気遣(きづか)ってくれるのが、舞のいいところよね。

 わたしのとなりで頷いたかおるも、みのりちゃんを‥‥ちゃんと頭を上にして抱きかかえると、素直に咲にあずけたもの。

「もちろん。お菓子の家の魔女になるつもりはないわ」

 笑ってはいるけど、ついさっきまでの姿を見ていると、素直には受け取れないわね‥‥精霊の世界に連れて行かないように、見張っとかないといけないかも。

「そりゃぁ、最近ふたりで和菓子作ってるけどさぁ。お菓子の家にしちゃ和風すぎるって。ほら、みのり。行くよ」

「ん〜〜」

 咲が気づいてないのが唯一の救いだわ‥‥そんなこと考えながら、

 みのりちゃんが咲の背中によじ登っていくのを、わたしたちは見守っていたのだけど、

「ん?」

 登る途中で、その頭がくるっ、と振り返って、

「ばいばーい」

「はい、バイバ‥‥あら?」

 振られた手に、ふたりで振り返した手が、途中で止まった。

 見てる目線が、違う‥‥

「わたしたちじゃ、ない??」

 わたしは思わず、かおると目を合わせて頷いた。

 まちがいない。みのりちゃんの目は、わたしたちのとなりを見ているわ。もっと低いところ、もっと小さいなにかを‥‥なにか?

「見え」

「てるの??」

 わたしの足元で、たくさんのバイバイが手を振っていた。精霊たちの、バイバイが。

 ‥‥そっか。たとえ消えても、見てくれるのね――

「それなら、まだしばらくがんばりましょうか」

 わたしが言うと、かおるが手を振りながら応えた。


「ええ。この土地で、このままのわたしたちで」

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